竜神王にフェイから聞いた話を告げると、驚いてはいたが同時に納得もしていた。
「そうか……あの子の、フェイがそなたの中に。巡り合いとは恐いものだ」
「竜神王様?」
「これも、神が与えた試練だったのかもしれぬな。竜神族と、そなたに対する」
「俺への、ですか?」
レイフェリオに対する試練。それは、郷を訪れるまでの道のりのことか。それとも竜神王との戦いのことか。しかし、竜神王は首を横に振った。
「そうではない。今、そなたの中に生まれている筈であろう?」
「俺の、中に……」
話を聞いて浮かんだのは、己の責任だった。レイフェリオが生まれてなければ、竜神王は人の姿を捨てなかったかもしれない。と言うことは、竜神族を苦しめたそもそもの要因はレイフェリオがいたからではないのかと。やはり己は生まれるべきではなかった。人の世界で生きられないのなら、そのまま人の世界で死すべきだったのではないか。
そんな考えが浮かんだ。
「我が人の姿を捨てると決めたのは、人の姿がなければあの様な禁忌を犯すことはないと考えたからだ。人の姿がなければ、フェイもウィニアも外の世界に行くことはなかった。そなたの様な、竜神族と人の間の子も生まれなかったはずだ」
「はい……」
「二度と、同じ過ちを犯さないようにと我は人の姿を不要と考えた。そなたの様な子どもを生まないために」
「そうですね……俺は……」
竜神王も同じ考えだった。 レイフェリオの様な子どもは生まれてはいけない。それは身を以て理解していることだ。この力は、人と生きるには大きすぎるもの。レイフェリオの様に、恐れられることは間違いない。強すぎる力は、意図せずして人を怖がらせてしまうのだから。
「レイフェリオよ、早とちりをするな。話はまだ終わっておらぬ」
「?」
暗い思考に陥りそうなところを、竜神王が止める。たった今、竜神王はレイフェリオを過ちだと話していたはずだ。これ以上の続きがあるというのだろうか。
「確かに、我は人との間に生まれた子を厭うていなかったとは言えん。人の世界で生きられぬのなら、生まれてこない方が幸せだったとも思った。だが、今そなたは……レイフェリオは不幸であったか?」
「……いえ、俺は恵まれていたと、そう思います」
叔母に優しくされたこと。幼い頃は、チャゴスとも仲良く過ごしていた。叔父、幼馴染のシェルトやラグサット、ナンシーら侍女たちも、レイフェリオにとって大切な人たちだ。ずっと傍に居てくれた彼らがいたから、レイフェリオは人を嫌うことなどなかったし、サザンビークという国を守りたいと願った。幸せだったと、言い切れる。
「ならば、間違っていたのは我だ。そもそも幼子に責任はない。生まれた命は、全て慈しむべきだった。それを過ちとし、同じ事が起こらぬようにと否定するのが間違いだったのだ」
「竜神王……しかし、それでは俺への試練とは」
「そなたは己を厭うている。我が過ちと告げたとき、否定することなく受け入れたな?」
「それは……」
人間ではない。それはレイフェリオにとって、コンプレックスの一つだ。周囲の人たちと違う自分が、王として立つことが許されるのかというのは、これまでもずっと考えていた悩みでもある。
だから、レイフェリオの存在を否定されても、すんなりと納得してしまった。やはり、自分は王として立ってはいけないのだと。間違いだったのだと。竜神王の言葉に、憤慨することはなかった。それは常に、レイフェリオが思っていたことだからだろう。
「我は思う。生まれた命を否定することが出来るのは、その命自身だけだと」
「?」
「そなた自身が、己を否定せず認めること。それがそなたへの試練なのではないか?」
「俺が、認める」
考えたこともなかった。否定した覚えはないが、認めるなどと改めて言われるとは思わなかった。だから、認めろと言われても何をどうすれば良いのかわからない。
「簡単なことだ。先ほど、そなたが自身が言っていたではないか。幸せだと……それが答えであろう」
「どういう意味ですか?」
「……その先は、己で考えるがよい」
答えは教えてくれないようだ。それも当然かもしれない。これがレイフェリオへの試練だというのならば、レイフェリオが自分で辿り着かなければいけないことだ。
話は終わりだと、竜神王はその場を立ち去っていった。後ろ姿が祭壇へと向かうのを、レイフェリオは見送った。
姿が見えなくなると、レイフェリオは改めてウィニアの墓の前に立つ。横にはグルーノが立っていた。
「レイフェリオよ」
「……お爺様?」
「先ほどの、竜神王様のお話じゃが……」
顔をグルーノへ向ければ、厳しそうな表情で墓を見ていた。竜神王の話は、グルーノとて他人事ではない。
「ウィニアが人間と恋に落ちたと聞いた時、わしは憤慨したのじゃ。エルトリオへもどれだけの罵声を浴びせたことか……生まれたばかりで弱っていたお前を連れてきた時も、わしは認めんかった。必死に我が子を守ろうとしていた娘を突き放した」
郷を飛び出したことも当然として、まさか人と子を成していたなどと禁忌どころの話ではない。連れ戻そうとした時には、既にウィニアの腕にはレイフェリオがおり、連れ戻すだけではすまない事態となっていたという。グルーノはその場で子どもを捨て、ウィニアだけを連れ戻そうとした。二度と人の世界へ降りられぬようキツイ監視のもとで過ごさせようと。
だが、ウィニアとエルトリオ二人の抵抗に合い、グルーノは半ば無理矢理ウィニアを郷へ連れてきた。子どもはいつでも捨てられると。まさか、郷がその子どもを受け入れるとは思わずに。
「竜神王様が許可しなければ、間違いなくお前は生きておらんかった。そして、娘からは恨まれていたじゃろう。すまんかった」
そこまで話すと、グルーノは頭を下げる。レイフェリオを見殺しにしようとしたのは確かなのだろう。しかし結果的にレイフェリオは命を救われた。グルーノが無理矢理連れてきたからこそ、生きていけたのだ。ならばレイフェリオにグルーノを責めることはできない。
「頭を上げてください、お爺様。貴方がここに連れてきたお陰で、俺は生きているのです。俺が今ここにいるのは、貴方のお陰ですから」
「……お前は本当に他人には優しい子じゃな」
「そういう訳では──―」
「その優しさを己にも向けるべきじゃろう。実際、お前がわしらを責めるとは考えておらん。ずっと、傍で見てきたのだ。それくらいはわかる」
「それは……」
トーポとして、ネズミの姿でレイフェリオの傍にいたのはグルーノだ。思い返せば、トーポがレイフェリオの傍を離れることなど一度足りともなかった。悩んでいたときも、嬉しいときも、悲しいときも常に傍にいたのだ。
言葉が伝わることがわかってからは、相談もしていた。泣き言も吐いていた。間違いなく、レイフェリオを一番理解しているのはグルーノのはずだ。
「じゃから言わせてくれ。ウィニアがどれだけお前を愛していたかを。種族の違う相手と契ることは、言葉にするほど簡単な事ではない。それだけの覚悟を以て、二人は愛し合った。その結果が、お前の存在だ。犯した罪の結果ではなく、人と竜神族が理解するきっかけを作ったのがお前なのだ」
「……」
「わしは思う。例え、ウィニアが飛び出さなくとも、お前がいなくとも……いつか、竜神族は人の姿を厭う時が来たのではないかと。外の世界と関わることが許されぬなら、人の姿を持つ意味はないのではないかと、考える者は必ずいたはずじゃ。それが少し早まっただけのこと……違うと思うか?」
「…………いいえ、思いません」
掟として人との関わりを避けてきた竜神族。好奇心から外の世界に興味を持つ者は少なからずいた筈である。今の竜神王でなくても、どこかで綻びが出ていた可能性は否定できない。
「ウィニアが亡くなった時、考えた。このままお前を一族の中で育てるべきか。それとも、人の世界へ戻すべきかを」
レイフェリオを産んだことで、ウィニアの身体は健康とは言えないものとなっていたらしい。竜神族の身で、人との子どもを産んだことで、身体に負担がかかっていたのだ。ウィニアが郷を離れることは出来なくなっていた。その姿にグルーノは心を痛め、エルトリオと再び会うことを決めた。手紙だけのやり取りでも、ウィニアが喜ぶのならと。父としての愛情だったのだろう。この時には、グルーノはレイフェリオを孫として受け入れていた。
数年後、ウィニアが亡くなると直ぐにエルトリオに告げた。レイフェリオをどうするか尋ねた時、エルトリオは迷うことなく即答したのだという。レイフェリオを引き取ると。
この時、レイフェリオは3歳。苦悩の末、竜神王と相談しエルトリオの元へレイフェリオを渡すことが決められた。郷での記憶の全てを封じることを条件に。
「どうするのが一番か悩んだものじゃ。父と過ごすためには、お前から母の記憶を奪わなければならないのじゃから。祖父と過ごすより、父と過ごす方が良いだろうと、エルトリオに託すことにしたのだ」
「だから、俺は母上を知らないのですか……」
「すまぬ……」
3歳ならばそれほど記憶には留められていないだろうが、念には念をということなのだろう。竜神王により記憶を封じられたレイフェリオは、エルトリオに引き取られサザンビークで育てられることになったのだ。
何故、母の記憶がないのか。父との思い出はあるのに、母を覚えていないのか不思議に思っていたが、これで謎は解けた。人の世界で過ごすことになるレイフェリオに、郷での記憶は不要だ。竜神族は隠された一族。その判断は間違っていない。
「父は……母と会うことはなかったのですか?」
「……うむ。エルトリオが郷に来たことはない。死に目に会わせることも出来なかった。それでも、わしを責めることはせんかったよ……」
父と母の間に何があったのか、それは誰も知ることはない。グルーノを責めなかったのは、エルトリオが薄情だったわけではないだろう。レイフェリオへ、母がどんな人だったかを良く話してくれていた。幼いながらも、両親は本当に愛し合っていたのだと理解するほどには。
「父らしい、です」
「……エルトリオは、お前のことも深く愛していた。ネズミへと姿を変えて見ていたからわかる。エルトリオだけではない。傍にいる者たちは皆、お前を愛している。ウィニアの忘れ形見でもあるお前が、皆に愛されている姿を……誇らしいと何度も思ったものじゃ」
「……トーポ」
「お前の命を奪わずにすんで、良かった。オディロ殿も願っておったが、わしも見てみたいと思う。レイフェリオが王となり、国を導いていく姿を」
「……いいの、でしょうか? 俺が……半端な俺が人の世界で、王となっても」
父が守ってきた国で、父のような王に成りたいと願ってもいいのだろうか。サザンビークの王子として、あの国で生きていきたいと望んでも。
「竜神王様も仰っていた。決めるのは、お前自身じゃ。それに、お前は半端者ではない。ウィニアとエルトリオの子じゃ。それに理由など、もう十分に得ているはずじゃろ?」
「……はい」
レイフェリオはその場に膝を付くと、目を閉じて胸元に手を当てた。そうして黙ったままレイフェリオは墓へ向き合う。まるで誓いを立てるように。
「申し訳ありませんでした。いつまでも引き摺って……俺は、俺が怖かった。責任だといいつつ、どこかで居なくなっても構わないと考えてもいました。叔父上にも指摘されていたことです」
「そうじゃったな……」
「チャゴスが優秀であれば、俺は既にサザンビークを出ていたかもしれません」
今のチャゴスに国は任せられない。レイフェリオがいるからチャゴスは甘えているのだが、逆にチャゴスが自立していればレイフェリオは不要だと考えていたはずだ。そういう意味では、チャゴスはレイフェリオをサザンビークに留めてくれていたのだろう。チャゴスにそんな考えはないかもしれないが。
全てを抜きにして、もし己が普通の人間だったなら。間違いなく、エルトリオの跡を継ぎたいと考えた。王となり、父の様に成りたいと願っただろう。
「この体たらくでは、チャゴスのことを責めることなど出来ませんね……」
「ふっ、そうかもしれんな」
苦笑するレイフェリオにグルーノも同意する。それも仕方がない。
今後の己の身の振り方は、また後でいい。先にするべきことがある。何をするにしても、まずは世界を守るのが最優先だ。
魔力を巡らせれば完全に制御出来ている。怪我はまだ痛むが、動くのに支障はない。ならば、レイフェリオがやることは決まっている。
「チャゴスとも向き合わなければなりません。その為にも、ラプソーンを倒します。ヤンガス、ククール、ゼシカとゲルダと共に。必ず」
サザンビークへ戻り、ヤンガスらと合流する算段をつけなければならない。そして、ラプソーンが今どんな動きをしているのか。マルチェロの動向も含め、情報が必要だ。
「サザンビークに戻ります」
何が書きたいのか詰め込みすぎたかもしれません。
次でいよいよ国に戻ります。