でもなんとか、今年中に一話だけでもあげられて良かったです。
次回でようやく会える、と思います!長かったですね……
法皇の間。そこは先日訪問した時と変わりなかった。ただ、目の前にある執務机に座っている人物がいないことを除けば。
「……お爺様」
目を閉じてアイシアが両手を組ながら膝を突く。祈りの所作だ。レイフェリオはそれを邪魔しないように、本棚へと向かった。何となく、その手に一冊の本を取る。それはただの物語の本だった。それ以外もさっと中身を確認すれば、どれも似たようなもの。要するに形だけのものということだろう。もしくは……。
レイフェリオは本を手にする際に、法力を左手に込めてみた。すると、本が重さを増す。
「っ……こういうことか」
書物を開いてみれば、先程とは違った内容が書かれている。法皇のみが読むことが出来る。それ以外の者たちの目には、無用の本だ。廃棄されてもおかしくはないが、おそらく炎の類では燃やすことが出来ない。ここまで劣化もされず埃をかぶっていないのも不自然過ぎる。そういう細工が施してあるのだろう。この館が焼かれたとしても、この本たちが失われることはない。
「殿下」
「シェルトか、どうだった?」
「猊下を最後までお守りしていた騎士たちは皆……ですが、数名は煉獄島へ送られたということです」
「煉獄島か。なるほどな」
煉獄島。一度入れば死ぬまで出てこれないという場所。余程の罪人でなければ投獄されない場所だ。そもそも煉獄島に送るかどうかを判断するのは、この大聖堂の法皇のみ。つまり本来は処分を下せる人間はいない。
「一月が経過しているが、生きていてくれることを祈るしかないか……」
「はい」
「それでマルチェロの居場所はゴルドか?」
「殿下の予想通りです」
「ここまで想定通りに動かれるのもわかりやすくて助かるが……奴の真意だけが見えないな」
犠牲者が出ている状況では真意がどうであれ関係ないのかもしれない。
大聖堂にいるマルチェロの信望者は全て拘束した。いや実際は、ただ口車に乗せられただけだ。彼を信じる聖堂騎士団員は元々が孤児であったり不遇な人生を送ってきた人間が多かった。生まれで不幸が決められるのは間違っていると言っていたらしい。孤児として生まれたから不幸で、王族として生まれたから幸せ。それが全てに当てはめられるとは言わない。実際にそういう輩もいるし、レイフェリオとて特権階級生まれだ。説得力がないだろう。だが、だからといって犠牲者を出すのは間違っているし、罪もない人間を罪人として処断することも間違っている。
元より噂を聞いて疑念を抱いていた騎士団員もおり、その統率力は微妙なところだった。
「大聖堂を訪れる人もほとんどいなくなっていたらしいです。噂もそうですが、禁止令も効いたのかもしれませんね」
「そうだといいんだがな。ただゴルドは熱心な信者たちも多い。一体どうなっていることか……」
「それでも向かうのですよね?」
「あぁ」
大聖堂の掌握は済んだ。この場に数人の騎士を残して、ゴルドへと出立することにした。
☆★☆★
聖地ゴルド。信仰心の強い信者らが沢山集う地でもある。そこにも、聖堂騎士団員の姿が見えた。私物化にも見える所業に、流石のレイフェリオも黙っていることなどできない。それはオディロ院長への冒涜だ。彼が生きていたら、絶対に許すことなどないだろう。そもそも、聖堂騎士団員がこの地を護衛するなどありえない。ここはマイエラ修道院ではないのだから。
「レイ様」
「覚悟はいいか?」
「無論です。私も巫女姫としての覚悟はできております」
「わかった……それじゃあ行こうか」
「はい」
サザンビークの騎士たちがぞろぞろと動くのは目立つのか、周囲の注目を集めていた。だが多くの信者はここではなく、奥にある祭壇を兼ねた会場に集まっているらしい。そこで宣言でもするつもりなのだろう。当然、それをさせるつもりはない。
祭壇へと上がれば、予想通りマルチェロが聖堂騎士団員らしからぬマントに身を包み、登壇していた。その手にはあの杖が握られている。まさかとは思っていたが、マルチェロの手に渡っていたようだ。ただし、ドルマゲスを初めとした杖を手にした者たちとは違い、マルチェロは意識を奪われてはいない。つまりは己の意志で、法皇の命を奪ったということになる。レイフェリオは拳を強く握りしめた。
「――私は次の法皇に即位するつもりはない」
その言葉に、レイフェリオは目を見開いた。法皇になるつもりはない。ではどうしてその場所に立っているのか。これまでの騎士たちの口ぶりからそうだと思っていたのだが、どうやら彼らの思い込みらしい。
「王とはなんだ? ただ王家に生まれついた。それだけの理由でわがまま放題、かしずかれ暮らす王とは?」
マルチェロの高説が始まった。生まれついての身分がどうしたのか。生まれながら王族に生まれたから、平民には許されぬことが許されると。
「知った口を……っ」
「神も、王も、法皇も、皆当然のように民の上に君臨し、そして何も役に立たぬ。尊き血など私には一滴も流れてはいない。そんなものに意味などない。だが私はここにいる。自らの手で、この場所に立つ権利をつかみ取ったのだ!」
それは違う。奴は利用しただけだ。おそらくはその杖の力を。法皇を殺してまでもマルチェロが成したいこと。変革。力在る者が力持たぬものを支配するという暴力的な支配。その根底にあるのは、生まれだけで左右された己の人生への抗いなのかもしれない。
「私に従え! 無能な王を玉座から追い払い、今こそ新しい主を選ぶ時!」
「それに従わなかった場合は、どうなるのか。教えてもらえるか? マイエラ修道院の聖堂騎士団長、マルチェロ」
レイフェリオの声が祭壇へと届く。ゆっくりとマルチェロへと歩むレイフェリオに、アイシアも付き従う。
「あ、あれは巫女姫様⁉ それにあのお姿と紋章、あれはサザンビークの王家の」
「巫女姫様……法皇猊下と共に身罷られたと……」
「いやしかし」
口々に噂されるが、レイフェリオは見向きもせずに真っすぐにマルチェロを見ていた。そのまま祭壇へと昇る。
「貴方は……」
「聖堂騎士団員の頂点に立つものが、私の顔を知らないとはな。オディロ院長が聞けば、どう思うか」
「私と共にあるお方、とくればこの方が誰なのかはおのずとわかるはずですよ、団長殿」
マルチェロをただの聖堂騎士団員でありその団長だとレイフェリオらは名言する。彼が言う言葉に正当性はないのだと、知らしめるために。
「巫女姫様、ご無事であったのですね。賊の手にかかったものだと思っておりましたが」
「おじい様をその手にかけた方から、そのようなことを言われるとは思いませんでした。私は守っていただきました。おじい様の遺言を受けた、この方に」
「遺言、ですか? 前法皇猊下の」
マルチェロの額から冷や汗が流れているのがわかった。想定外、というのがありありと見て取れる。この場に集まった信者たちもざわめき始めていた。
レイフェリオは受け継いだ法力でもって聖十字を描く。
「なっ⁉ ……そ、れは」
「おじい様から法皇を継いだ証です。巫女として、私もその場に立ち会いました」
「……ば、かな。遺言、だと! そんなことできるはずがっ……ぐ……くそっ」
マルチェロが持っていた杖をレイフェリオらへと向けて薙ぎ払う。
「くっくっく、そうか、そうだったのか。サザンビークの王族、またその身分で私の邪魔をしようというのか。法皇も最期まで愚かなことを……だったら貴様も、亡き者にしてやるまでだ!」
「……力づくで、か。ならお相手しようか。私もサザンビークの王族として、猊下を手に掛けた下手人を放っておくことなどできない」
レイフェリオは剣を構える。祭壇という狭い場所であり、見世物となってしまっているのは自覚している。それでもここで退くことはできない。
「やってみろ! 生まれただけで力を手にし、平民を嘲笑う愚か者がっ」
「貴方に何がわかるのですかっ! レイ様がどれだけ悩まれ、民を愛し、国民と寄り添っているか。サザンビークの国民たちがどれだけレイ様を愛しておられるのか。見てもいない貴方に、それを言われる筋合いはありませんっ」
マルチェロに食い掛ろうとする勢いで反論するアイシアをレイフェリオが左手で制する。
「構わないさ」
「ですがレイ様……」
「一人ひとりの想いは違う。その人生さえも。それに、生まれで決まるものがあるのもまた事実だ」
「ふん、分かった風な口を」
「風なのかどうか、試してみればいい」
「所詮は王族の戯言だっ!」
マルチェロが杖を掲げた。