やっとだ!
掲げられたその瞬間、杖から無数のムチが現れる。レイフェリオはすかさずアイシアを抱きかかえて、ムチを躱した。祭壇さえも破壊し、壁までも傷つけていた。
「シェルト!」
レイフェリオは入口で待機していたシェルトへ声を掛けた。強く頷いたシェルトが人々の避難を促し始める。人的被害を出すわけにはいかない。
「チッ」
レイフェリオに躱されたことに舌打ちをするマルチェロ。他にもここにいる人々はいるが、眼中にはないらしい。彼らを気遣う様子さえ見せなかった。どうでもいいということだろう。この場にいる人々を導くかのように宣言をしておきながら、それを守ることもない。マルチェロにとって大切なのは己。そして力か。
腰に携えた剣を抜き、レイフェリオはアイシアを下ろす。そのまま祭壇の下の陰に隠れるよう伝える。
「アイシア、できるだけ離れていてくれ」
「わかりました。ご武運を」
「あぁ。リオ、アイシアの傍に」
『うん!』
まずはあの杖の動きを封じ込めなければならない。レイフェリオは魔力を込める。
「ライデイン!」
稲光がマルチェロへと向かう。直撃を受けてはいるが、大したダメージは与えられていないようだ。杖の影響を受けているのか、身体が強化されているらしい。意識を奪われていなくとも、その支配は始まっていると考えていいかもしれない。杖とマルチェロを引き離さなくてはならない。目的はマルチェロを倒すことではなく、その手にある杖だ。
「はぁっ!」
「小賢しいっ」
マルチェロが杖を振るうと、その衝撃波がレイフェリオを襲った。陰に隠れているとはいえ、アイシアに影響が及ぶことはさせられない。レイフェリオは左手を前に突き出した。
「猊下、使わせてもらいます」
意識を集中させて前方に陣を展開させる。法力による障壁だ。
「ぐっ」
「その程度の障壁など、砕いてくれる!」
法力で作られた壁であるが、その杖から迸る闇の力に押される。以前戦った時よりも、闇の力が増しているのは気のせいではない。
やはりまずマルチェロの意識を奪うことを優先すべきか。障壁を解き、レイフェリオは跳躍するとマルチェロの背後に回った。意識をレイフェリオへと向けるためだ。相手も王族ということもあり、レイフェリオを狙ってくるだろう。レイフェリオの後ろにあるのは壁だ。逃げ道はない。もとより逃げるつもりもなかった。
「火炎斬りっ」
焔を纏った剣がマルチェロの身体へと向かう。だがそれをマルチェロは杖でもって封じた。口端をあげ、嘲笑うように声を発する。
「その程度の攻撃など効かん。あの爺のように、貴様もこの私の前で消え去るがいいっ!」
「ちぃ」
呼応するように杖から禍々しい霧が発生していく。ドルマゲスの時よりも強い闇の力。意識を持ったかのように鋭い刃となってレイフェリオへと降り注ぐ。後方へと下がったところで防げるものではなく、数発の刃が身体を貫いていった。
「レイ様っ!」
離れた場所にいるアイシアが両手を合わせ祈るように目を閉じていた。その傍にはリリーナが剣を手にマルチェロを睨みつけている。アイシアの祈りの力。巫女姫の力は光の力だ。祭壇を覆うように光が注ぐ。それにより杖の力が幾分が和らいだのは気のせいではないだろう。
「忌々しい光の力め。この王族を殺した後にしようかと思ったが、それほどに祖父の下へ行きたいというのであれば望み通りにしてやろうっ……⁉」
「お前の相手は俺だ、マルチェロ」
アイシアを視界に入れ、レイフェリオへ背を見せてしまうマルチェロへ、レイフェリオの剣先が向かう。反応したのは流石と言えるだろう。だがマルチェロの頬にはさっくりと切れてしまっていた。
「……先に死にたいというのか」
「やれるものならな」
杖の力で強化されているマルチェロに大した攻撃を与えられてはいない。そのようなことはレイフェリオもわかっていた。マルチェロはレイフェリオも、アイシアでさえも殺すつもりだろう。殺すつもりの相手に対し、こちらは急所を避けながら攻撃をしていかなければならない。後手に回ることなど承知の上だ。加えて、ドルマゲスと対峙した時よりも杖自身の力が上がっている。レイフェリオ自身もあの時以上に強くなっているとはいえ、守りながらの戦いを強いられるレイフェリオと、制約が一切ないマルチェロとでは不利になるのは必然だった。意識を刈り取るなどと言っている場合ではない。それでも、殺すことだけは避けたかった。どんな奴であろうとも、マルチェロはククールの兄でもあるのだから。
マルチェロから繰り出される全体へ影響がある攻撃をレイフェリオは障壁を駆使しつつ防いでいく。その都度攻撃も繰り出すものの、決定打には足りない。加えて呪文も高度なものを唱えてきていた。ちらりとアイシアの様子を確認すると、彼女は今も祈りを続けている。少しでも杖の闇の力を抑えようとしてくれているのはわかっていた。
「よそ見をしている暇はないぞ! メラゾーマっ」
「なっ⁉」
反射的に手を前に出した。それでは防ぎぎれないことはわかっている。躱すしかないのだろう。だがレイフェリオが躱せば、それは後方にいる者たちへの向かってしまう。メラゾーマの火力をその身に受けながら、できるだけ無散させようとするもレイフェリオの腕は酷いやけどを負った状態になってしまった。
「レイフェリオ様っ」
「ぐっ……」
「殿下、我々もっ!」
「お前たちは下がれっ!」
「ですが殿下!」
ある程度人々の避難を終えたサザンビークの騎士たちが戻ってくる。だがそれをマルチェロは嘲笑うように杖を掲げ、彼らへ攻撃を加えてきた。回復呪文を唱える余裕さえ奪っていく。
「殿下っ! お怪我をっ」
「レイフェリオ殿下っ……」
障壁で騎士たちを守る。本来ならば守る側の騎士たちが、守らねばならぬ相手に守られるという光景。それが異常だとわかっている。それでも彼らには対抗できる術がない。
「殿下……」
「シェルト……皆を、下げろ。足手まといだ……」
「わかってますっ! でも俺は、俺たちは殿下を守るためにここにいます! 殿下を置いて逃げるなんてことは、もうできないっ。盾になるくらいできるんです! 貴方がどれだけ強くても、俺たちは――」
「あんたらの想いは、俺たちが引き継ぐさ。だから退けよ」
その時、シェルトの声を遮ったのは久しく聞いていなかった声だった。思わずレイフェリオもマルチェロから視線を外し、振り返る。
「よぉ、待たせたなレイフェリオ」
「アニキっ!」
「遅くなったわ……でも間に合ってよかった」
「ふん、何もたもたしてんだい。さっさと行くよ」
レイフェリオだけではなく、シェルトも放心したように動きを止めていた。そんな中、ククールがレイフェリオの腕に手を伸ばす。
「ベホイミ」
「っ……ククール、どうしてここに」
「大司教が助けてくれたんだ」
傷が癒えたレイフェリオの腕を持ち上げるようにしてククールが立たせる。まさかここで再会できるとは思わなかった。
「詳しい話はあとだ。まずは……あいつを止めないとなんだろ?」
「……あぁ」
「いくでがすよ、アニキ!」
隣に立つとんがり頭のヤンガス、そしてそのさらに隣にはゼシカとゲルダ。反対側にはククールが立つ。レイフェリオは剣を握る手に力が入るのを感じていた。ひと月の間、レイフェリオは一人で戦っていた。だからこそわかる。彼らの存在がどれだけ力になっていたのかが。その彼らが今隣に立っている。これほどうれしいことはない。
「行くぞっ」
「「あぁ/おう/えぇ」」
さぁ、ここからが本当の闘いだ。