視点が変わります!
バタンと倒れてしまったレイフェリオ。そこへ慌てた様子でアイシアが駆け寄る。後方に下がっていたシェルトも焦りを隠すことなく駆け付けた。
「レイ様っ! しっかりしてください、レイ様っ」
「殿下‼」
その身体を仰向けにし、シェルトが上半身を抱き上げるようにして支えた。額にから汗が流れ出てぐったりしている。投げ出されたレイフェリオの手をアイシアが取り、両手で包み込んだ。その体温は酷く低い。
「レイ様……どうか私の力を受け取ってください」
「アイシア様?」
「おそらく慣れぬ力を長時間解放したため、レイ様のお体に負担がかかりすぎてしまったのだと思います。であれば、私の巫女の力を譲渡すれば」
「ですがそれは――」
シェルトの言葉をアイシアが首を横に振ることで遮る。そのようなことはわかっている。だが、今のこの状態、聖地ゴルドで起きた出来事を諫めることが出来るのはレイフェリオを置いて他にはいない。静まり返るこの聖地で、誰もが不安でいるはずだ。アイシアとて不安でたまらない。何が起きたのかわからないままなのは同じ。力を譲渡すれば、レイフェリオは目覚めるだろう。そして、この事態の収拾を図ろうとするはずだ。それが王太子としての役割だと。どれだけ身体に疲労がたまっていたとしても。
「わかっています。それでも、私たちには今は法皇の力を継ぐレイ様の声が、この場を諫めることのできる言葉の力が必要なのです」
「……アイシア様」
巫女である己だけではだめだと、それはアイシア自身がよくわかっている。信者だけでなく、この場にいる皆に届けるためには。だからこそ、アイシアはレイフェリオに力を籠める。その力がレイフェリオに伝わるのを感じ取った。
★★★★★
「うっ……」
温かい力が流れてくることを感じ、レイフェリオは目を覚ます。後ろから誰かに支えられているのがわかった。見上げれば、そこには心配そうな顔でレイフェリオを見下ろすシェルトがいる。
「殿下っ」
「シェル、ト……」
「気が付かれましたか、レイ様」
「……あぁ、すまないアイシア」
支えられながらレイフェリオは身体を起こす。目の前には祭壇であった場所が空虚となっているのが見えた。そこからククールとマルチェロの姿が見える。どうやら杖を手放したことでマルチェロも意志を取り戻したのだろう。ククールとのやりとりが気にならないわけではないが、どうやらそれどころではないらしい。
「ぐっ」
「殿下⁉」
足に力を入れて、レイフェリオは立ち上がる。倒れそうになる背中をシェルトが支えてくれていた。
「大丈夫だ、シェルト」
「ですが……」
「今は俺にすべきことがある。まずはここをどうにかしないとならない」
「……わかりました」
一時のことだとしても、レイフェリオは法皇の力を受け継いだ。ならばその責任を果たさなければならない。力と責任、そして義務。どこへ行ったとしても常にそれが付きまとう。それが王族として生まれた者が背負うわなければならないものだ。マルチェロが言うような人間がゼロではないことはわかっている。わかっているからこそ、大国の王族として示さなければならないのだ。
ゆっくりと歩き、民衆の前に立つとレイフェリオは支えてくれていたシェルトから身体を離す。
「皆、聞いてくれ。私は、サザンビーク王太子のレイフェリオ・サザンビークだ」
★★★★★
レイフェリオの声を聞きながら、ククールは穴底へと手を伸ばしていた。その手に掴んでいるのは、異母兄であるマルチェロ。先ほどまでククールたちが戦っていた相手である。掴まれていることに気が付いたマルチェロは苦々しい表情をしつつも、ククールを鋭く睨みつけていた。このような状況において、まだそんな顔をする気力があるのは流石と言えるだろう。
「な、んの……つもりだ! 放せ……」
「……」
「貴様らが、邪魔をしなければ……暗黒神の力を手に入れる、ことができたのだ」
マルチェロはわかっていてなお、その力を手にするために動いていた。暗黒神がどういう存在なのか、杖を手にした時点で知ったのだろう。ゼシカと同じように。違うのは、マルチェロには野望があったこと。何を犠牲にしても、己の野望を果たすためならば暗黒神の力さえも利用する。そんな異母兄の姿を、ククールはどこか寂し気な表情で見つめる。
「望みは潰えた……すべて、おわったのだ」
「……」
「放せ……貴様なぞに、助けてられて、たまるか……」
そうしてもう片方の手でマルチェロはククールの手を外そうともがく。一瞬外れたその手を、ククールはもう一度手を伸ばしてつかみ取った。再び上げられたその顔は驚きと、そして憎しみが込められたものだ。
「……死なせるかよ」
「なに……?」
「死なせてたまるか。あんたは生きるんだ。虫けらみたいに嫌っていた弟に助けられてな。好き放題やって、勝手に死のうなんて許さない!」
今度こそ引き上げるべく、ククールは両手でマルチェロを引っ張り上げた。既に抵抗する力もないマルチェロはされるがままに引き上げられる。
「ふぅ」
「……貴様、この上……生き恥を晒せと」
「……」
睨みつけてくるマルチェロから視線を映し、ククールは中央にいるレイフェリオへと顔を向けた。先ほどまで倒れていたレイフェリオだが、今はまっすぐに立ち、不安な表情をする信者や一般人たちへ言葉をかけていた。それは王族としてのレイフェリオだ。ククールもこうしてみるのは初めてかもしれない。
「あいつは……」
「レイフェリオは王族だ。だが俺たちの父親とは違う」
「っ……なにが、違うと……あいつも、生まれが王族というだけで……」
「そうじゃねぇよ。あんたが何を考えているのかなんて想像がつく。けど、レイフェリオは違う。あいつの従弟はまぁ、嫌う王族そのものだったが、それでも違う人間もいるんだ」
「綺麗ごとを抜かすなっ……法皇も、あいつも同じ、だ! のうのうと、それを享受し……権力を笠に着て、何もかも踏みにじる腐った連中と」
ここまでマルチェロを曲げてしまったのは、間違いなく父親の存在だろう。そしてのちに生まれたククールの所為で、地獄に落とされたと思っている。そこに違いはない。ククールとて同情はしている。己しか憎むものがいないのならばそれでもいいと。マルチェロに憎まれても構わないと思っている。だが、そこにレイフェリオも法皇も関係がない。
「あいつに自由なんてない。権力があっても、それを振るうのはあいつが守る人々の為だ。自分のために振るうことはない。お前とも、親父とも違う。法皇だってそうだっただろうし、オディロ院長もそうだったはずだ」
「……」
「サザンビークの国民は、あいつを慕っていた。それが何よりの証拠だろうな」
レイフェリオの周りに人だかりができていく。騎士たちが守っているが、どこか悲痛な顔でレイフェリオへ迫っている人の姿も見えた。その声をレイフェリオは真剣な表情で聞き入っている。この状況において、不安に駆られるのは仕方がない。そこへ人の上に立つ人間が現れれば、その感情の吐き出すはけ口にされてしまう。当然、レイフェリオもわかっていただろう。同じ状況にいて、同じように不安に駆られているなどとは考えていない。否、同じ人間だと思われていないのだ。だがそれさえも、レイフェリオは受け入れる。王族とはそういうものだと。それが人の上に立つ者の覚悟なのかもしれない。
「レイフェリオも一人の人間だ。だが、お前と違うのは己のために生きるか。他者のために生きるかの違いだろうぜ」
「……」
なんにせよ、ひと段落したら休まなければならないだろう。この上空に浮かぶ、闇に包まれたものをどうにかしないとならないのだから。ククールは溜息を吐くと、もう一度マルチェロへと振り返る。
「なぁ、あんたは覚えてないかもしれないが……俺は、あんたに一度だけ優しくしてもらったことがある」
「何……?」
「10年以上前、だ。身寄りのなくなった俺が、初めて修道院に来た日。最初にまともに話したのがあんただった」
「……」
「家族も、家もなくなって……知り合いも誰もいない修道院で、最初に会ったあんただけは優しかった。俺が誰か知ってからは、手のひらを返すように冷たくなったけど、それでも……それでも俺は忘れたことはなかったよ」
どれだけ嫌われていたとわかっていても、憎み切れないのはその思い出があったからだ。初めて接した時のあの優しい顔のマルチェロを見てしまったから。ククールが思わず顔を伏せると、ゆっくりと立ち上がったマルチェロが傷ついた身体を引きずるように歩き始めた。
「……いつか、私を助けたことを……後悔、するぞ」
「好きにすればいいさ。また何かしでかすなら、何度だって止めてやる」
「……」
それが弟しての役割だ。どれだけ嫌おうともその繋がりは消えることはない。分かり合えると思っているわけでもない。ただ、ククールが弟としてできることはそのくらいしかないから。
何も言わずに去っていくマルチェロの背中を、ククールはただ黙って見送った。