人々の勢いが収まったところで、レイフェリオは仲間たちと合流する。その前に、マルチェロが通り過ぎていったが、レイフェリオを一瞥するだけで何も言わなかった。ただその瞳には、祭壇の時に見られた憎しみは浮かんでいない。結局、マルチェロが成したかったことが何かはわからないままだ。暗黒神の力をその身に宿し、支配者となりたかったのか。それとも……。
「レイ様……まだどこかお加減でも」
「いいや、大丈夫だ」
マルチェロの背を見つめていたところへアイシアから声を掛けられた。未だレイフェリオの周りには少なくない人たちがいるが、多少落ち着きを取り戻したのか、もうレイフェリオへ声を掛けてくる様子はない。
「ですが、まだ――」
「後で休ませてもらうさ。その前にやらなきゃいけないことがある」
心配そうに見上げてくるアイシアの肩に手を置くと、レイフェリオはこちらへゆっくりと歩いてくる者たちを見つめた。およそひと月ぶりだ。どこかくたびれた様子を見せてはいるものの、こうして再会できたことが嬉しい。
「ヤンガス、ゼシカ、ククール、そしてゲルダ。こうしてまた会うことが出来て、本当に良かった」
「それはこちらのセリフよ。無事だとは思っていたけれど……良かったわ」
「なんとなく状況は想像できるが、まずはお互いの状況を共有しておくべきだろう。お前も、休んだ方がよさそうだしな」
「……あぁ」
辛うじて宿屋は残っていた。レイフェリオが顔を出せば、直ぐに客室へ通してくれる。多く視線がない場所に来るだけで人心地つくことができたと言えるだろう。レイフェリオはゆっくりとベッドへ腰かけた。手招きをすればアイシアもその隣へ座る。ククールたちもそれぞれ散らばっていた椅子を移動させて座った。
「殿下」
「まずはゴルドの被害状況の確認をしておいてくれ」
「わかりました……ちゃんと休んでくださいよ」
「わかっている」
「では」
頭を下げてシェルトが出ていった。この場にいるのは、レイフェリオとアイシア、その護衛のリリーナ。そしてククールらの七人となった。
「改めてになるが……皆が無事で何よりだ。王と姫も無事なんだよな?」
「大丈夫よ。今も船で待機してくれているわ」
「そうか」
それが一番心配だったことだ。見た目は馬である姫はともかくとして、トロデ王は魔物に見間違われても不思議ではない。煉獄島に追いやられたとしても、みんなと一緒であれば問題はない。だがもし、魔物だと判断されて手に掛けられていたら……その可能性があるとわかっていても、レイフェリオに出来ることは何もない。割り切って考えないようにはしていても、どこかで不安だったのは確かだ。無事だという言葉に、心から安堵の息を漏らす。
「アニキ、おっさんはゲルダと一緒だったんでがすよ。だから会ったのはここに来る前でげす」
「……どういうことだ?」
「煉獄島にいたのは、あたしとヤンガス、ククールの三人だけだったの。ゲルダはその前に逃げてもらったわ」
「さすがの逃げ足の速さだったな、あの時は」
「当たり前さ。あの程度の連中に掴まるようじゃ盗賊なんてやってられないよ」
ゲルダが連れて逃げてくれたということらしい。船も接収されず、煉獄島まで三人を迎えに行ったと。
「たださすがにあの島から逃がすようなことはできなかった。こいつらが逃げ出せだのは、運が良かったとしかいえないだろうね」
「あぁ……確かにそうだな。ニノ大司教のお陰だな」
「ニノ? 大司教に会えたのか?」
法皇に次ぐ地位にある大司教。今は空位となっているのは、ニノも下手人の一人だと考えられているからだ。その身が煉獄島に送られたことも知っている。ただ煉獄島が実際にどういう場所なのか、レイフェリオは知らないのだ。
「あのおっさんに、あっしらは助けられたでがすよ」
「隙を見て、わたしたちも逃げようとしたけれど……そう言っている間に一か月も過ぎちゃって。流石に限界だったわ」
一か月。満足に水も食料もない場所だったという。なけなしのものをわずかに分け与えてもらえた。空腹も忘れるほどの時間。太陽の光もなく、地下深い場所。聞けば聞くほど、怒りが膨れ上がりそうだった。言葉を失い顔面蒼白になっているアイシアの隣で、レイフェリオは拳を強く握りしめる。
「ほんと、よく生きてたわよね……」
「死ぬわけにはいかなかったからだろ? 俺たちは」
「でげすな」
死ぬわけにはいかなかった。そう告げたククールにヤンガスも同意する。そこまで厳しい状況にいて、それでも死ぬわけにはいかなかったと。
「だって、レイフェリオが待っているもの」
「え?」
「お前なら、どうにかしようともがいているはずだって。状況的に俺たちを助けにくることは難しいだろう。お前の立場ではな。それでもお前が何もせずに、この状況を静観しているはずがない」
「アニキなら、あのマルチェロをどうにかしようと動いているはずでげすからね」
ゆえに煉獄島からは自力で脱出する方が早い。マルチェロをどうにかしない限り、レイフェリオの力で煉獄島に追いやられた人間を解放することは難しいことを、ククールはわかっていた。無理やりならばできないこともないが、それでもレイフェリオは正攻法を取るはずだと確信していたという。だから脱出する機会をうかがっていた。空腹にも慣れ、普通なら生きる気力さえも失う環境に置いて、それでも諦めずに三人は戦っていたのだ。その機会を与えてくれたのが、ニノ大司教だったと。
どれだけ過酷な環境に置かれていたのか。汚れた服に以前よりも痩せて見える姿。それだけでも伝わるものがある。だが、その中でもレイフェリオを信じていてくれた。レイフェリオも彼らの無事を信じていた。だからこそ動けたのだ。それが何よりも嬉しい。言葉にせずとも伝わっているのか、皆と視線が合うと彼らも頷いていた。
「……大司教には感謝してもしきれない恩が出来たな」
「そうですね。レイ様、直ぐにでも煉獄島にいる無実の人々を解放しなければ」
「あぁ」
大聖堂の掌握も済んでいる。今ある法皇としての権限を使えば、煉獄島の対応も可能だろう。この先、レイフェリオが法皇として在ることはできない。これはあくまで悪意ある者に法皇の力を渡すわけにいかなかったという、一時的なものにすぎないのだから。
「こっちはそんな感じだ。それで、お前の方は?」
「俺?」
「さっきの力といい、お前が腰に差しているその剣といい……何かがあったんだろ?」
ククールの目線はレイフェリオが差している二つの剣。そのうち、竜神王から受け取ったそれを見つめていた。大聖堂に向かう前にはなかったものだ。
「そういえば、前はそんなの差してなかったわよね」
「あぁ……みんなが煉獄島に囚われたことはわかっていたんだ。けど、あの時の俺にはそこに介入する力はなかった。俺が動けば、それをサザンビークの意志だと。そう取られてしまうから」
既に王太子として姿を見せている以上、行動すれば国とは無関係ではいられない。だからこそ国として動くことに決めた。法皇崩御において懐疑的であることを示し、意図的な噂も流した。レイフェリオが取ったのは情報戦だ。
「なるほどな」
「その上で俺自身もこのままではいけないと思ったんだ。だから生まれ故郷に行ってきた」
「アニキの故郷ってサザンビークではなくて、その……」
ヤンガスの視線が泳ぐ。当然、知っていることだ。レイフェリオの出自について。それでもはっきりと言わなかったのは、この場にアイシアとリリーナがいるからだろう。この二人はレイフェリオの出自を知らないのではと。その気遣いが嬉しかった。レイフェリオはヤンガスに笑みを向ける。大丈夫だと。
「アニキ……」
「俺がサザンビーク生まれでないことは事実だ。隠す必要もない。それに、猊下はそれを承知の上で俺をアイシアの婚約者にと考えていたらしいから」
「おじい様のお手紙に書いてあったことですね」
「……アイシアは聞いていない、んだよな?」
レイフェリオの出自について、法皇はすべて知っていた。けれどもアイシアは知らされていない。これは確認だった。アイシアはレイフェリオの問いに頷きを返す。
「はい。ただ、特殊な立場なのだと、そう聞いております」
「そっか」
「席を、外した方が宜しいでしょうか?」
「いや、ここにいて構わない。いずれ言わなければならないことだ。君だけじゃなく、シェルトたちにも」
戻ってきたら話すと約束もした。だからこれ以上隠す必要はない。レイフェリオは腰に差していた剣、竜神王から託された剣を外すと、皆の前に見せた。
「これは竜神王から託されたものだ。この世界を見守る存在として、ラプソーンをそのままにしておけない。だが彼らが手を下すこともできない。だから俺にそれを任せると言って」
「竜神王、でげすか?」
「あぁ、竜神族を束ねる王。俺がそこを訪ねた時、彼は人の姿を捨てようとしていた」
「ちょっとまて、レイフェリオ。人の姿ってことは、つまり竜神族ってのは――」
「竜神族は、人と竜の姿を持つ一族。古来より、この世界を見守る者として在った。俺はその竜神族と人間との混血ってことになる」
パッと見は人間と同じだ。だが里に住む者たちは耳の形が違う。加えて竜の姿を取ることも可能だった。それが竜神族というもの。レイフェリオは混血児だからなのか、外見は人と同じではある。それでもその身に宿す力はどちらかといえば竜神族に近い。
既に竜神族の混血児だと言うことを知っているククールたちでも驚きを隠せずにいた。その名から想像はできることではある。だが実際に竜と人との姿を取るなどということは想像さえしないことだったに違いない。
「人の姿を捨てようとして、それで無事で済むものなの?」
「いいや、その試みはうまくいかなかった。竜神王は我を失い、里の人たちをも巻き込んでしまうところだったんだ」
「なるほどな。それでお前がその異常事態を引き受けて、竜神王を強引に止めたってところか」
「そういうことだ」
結果として剣を託された。この剣は竜神王から認められた証。そしてレイフェリオは竜神族の想いも背負うことになった。
「俺の中にある力についてもわかった。今ならば俺の意志で扱えることが出来る」
「ドルマゲスを倒した時の力のことか?」
「あの時は無我夢中だったけどな」
レイフェリオの中にある力。同じ時に生まれた未熟な竜神族の子。死ぬ前にレイフェリオの中へと入ったことで、レイフェリオは生きることが出来た。
「けど、アニキが無事でよかったでがすよ」
「一人なのに挑むなんて無茶もいいところだわ」
「あはは……」
実際にはリオもいたし、トーポも力を貸してくれた。何よりも、皆が待っているのだ。負けるわけにはいかなかった。レイフェリオがあの時の竜神王に負けることがなかったのは、その想いがあったからだろう。傍にはいなかった。けれどレイフェリオは本当の意味で一人ではなかったのだから。