大聖堂に戻ると、レイフェリオはすぐに煉獄島解放のために動いた。
まずはマルチェロの駒として動いていたマイエラ修道院出身の聖堂騎士たちは使い物にならないため全員が拘束。生きていた元々の騎士たちは既に解放されているが、法皇の護衛も兼ねていた騎士団長は殉死、つまり新たな騎士団長を選ばなければならない。
「関わりがあった連中から選ぶのは致し方ないか」
「そうですね」
残った聖堂騎士のリスト、顔と名前が一致する者たちはそれほど多くない。レイフェリオがここに来ていた目的はアイシアの婚約者としてだったので、会うのは法皇とその周囲にいる騎士たち、そしてアイシアくらいだった。アイシアの世話をしているシスターたちを含めても、大聖堂内にいる半数にも満たない人間しか知らない。この中から編成しなおしをするのは一苦労だ。
「シェルト、これを持って煉獄島に聖堂騎士一部隊を率いて行ってくれ」
シェルトに渡したのは法皇としての書簡を作成したものだ。煉獄島送りになった者たちの中で、ここ一か月近くの間に投獄されたものを中心に解放をする。その書簡には既に脱獄済みであるククールたちの名前も記載した。証拠を残しておくという意味では、法皇として正式な書簡ほど確かなものはない。
「わかりました。すぐにでも」
「頼む」
ニノ大司教をはじめ、無実でありながら投獄された者たち。ククールたちから聞いた様子から、無事に生きているという保証はない。レイフェリオに出来るのはただ願うことだけだ。
死ぬ間際まで法皇はここで過ごしていた。マルチェロが法皇として何かを為したことはない。同じようにレイフェリオにも法皇が行うことなど、公にされているもの以外知らないことばかりだ。ゆえにレイフェリオが法皇としてできることはほとんどない。今できるのは、大聖堂の体制を整えることだけ。
「ニノ大司教が無事であれば、少し話をする意味はあるだろう。猊下と違って欲深い人だったから、今の考えを聞いた上の判断だな」
まずはこの法皇の館周辺だけでも体制を整える。レイフェリオは館から出て直接足を運ぶ。レイフェリオの顔を見知った連中は多く、そういう意味では話も通じやすかった。中にはアイシアを伴っていないことを案ずる声も聞こえた。聖地ゴルドで人々のために尽くしているといえば、アイシアらしいとシスターたちは寂し気な笑みを浮かべる。
その中でひときわ年を重ねたシスターが一人前に出て、レイフェリオの前に立つと両手を胸のところまで上げてくみ上げる。祈りのポーズだ。
「レイフェリオ様、どうか……この先も巫女姫様のことを宜しくお願いいたします。あの方は、幼い頃にご両親と引き離されてからずっと一人だったのです」
法皇である祖父とも家族らしい会話などほとんどなく、巫女と法皇としての関わりの方が多かった。それはレイフェリオも知っている。
「レイフェリオ様の下に嫁がれた後は、巫女姫の役割を終えるのはご存知だと思いますが」
「あぁ、そう聞いている」
巫女とは未婚の女性でなければならない。ゆえに、婚姻を結んだ時点で巫女という柵からアイシアは解放される。その日をシスターたちも待ち望んでいる。ようやく一人の女性として生きることが許されるのだと。
「その日を猊下がどれだけ心待ちにしていたか、もはやそのお姿を見せることもできないことを悲しく思います。その代わりというにはおこがましいですが、私たちシスター一同、その姿を一目見たいと願っています」
「……」
「そのために……どうかこの世界を、あの忌まわしき闇をどうか――」
「わかっている。あれは必ず俺が払う」
その先は言われずともわかっている。聖地ゴルドの上空に浮かぶ不気味な存在。あれがある限り、人々の心は本当の意味で休まることはない。あの闇がなくならない限り、この世界に先はないのだ。
「本当にご立派になられました。巫女姫様も、レイフェリオ様も、まだお若い皆様に命運を任せてしまうこと、申し訳ありません」
「俺もアイシアも、十分にわかっていることだ。今更気にしなくていい。そういってもらえるだけで、俺たちは救われる。アイシアもきっとそう思うはずだ」
当たり前だと思われるのも慣れているし、それが王族の義務だと言われても、理不尽だとは今更思ったりはしない。けれど、一人でも自分たちを案じてくれる人がいるだけで、そう言葉にされるだけでも心が軽くなるのもまた事実だ。感謝されるためにやっているわけではないけれど、案じ心配してくれる気持ちは嬉しい。
「ありがとうございます。私たちはここで祈ります。レイフェリオ様を、お仲間の皆様の無事を」
「あぁ……」
「世界が平和になりましたら、巫女姫様の花嫁姿も早くお目にかかりたいものです」
「……伝えておく」
「まぁ」
困ったようにレイフェリオが笑えば、これまでの緊張感が漂う雰囲気が崩れ、シスターたちからも小さな笑い声が漏れ出た。この年長者だからこその気遣いだろう。この雰囲気を崩さないようにと、レイフェリオは静かにその場を離れた。
再び戻った法皇の館の前。そこから見下ろしていると、船着き場にシェルトたちの姿が見えた。随分と時間はかかったがどうやらニノ大司教らの解放はできたらしい。
『レイ』
「リオか」
『ここの雰囲気、闇に負けないね』
「……あぁ、猊下が守り抜いてきた大切な場所、だからな」
一時はマルチェロによって陰の気が漂っていたが、今はもう消えている。元の通りとまではいかないまでも、陽の気が満ちてきたのだ。この地にいる人々の気がそうさせている。戦う力を持たずとも、ここにいる人たちは信じてくれている。レイフェリオたちを。その期待に応えないわけにはいかない。
「ニノ大司教と話をしたら、城に戻らないとな」
『レイも休まないとだめだよ』
「わかっている」
今日中に戻ることは難しいだろうなと思いながら、館から島全体を見渡す。そしてレイフェリオはその視線を剣呑なものに変えた。その視線は聖地ゴルドの上空を捉えていた。