修道院を出て左手に向かうとドニの町があった。
巡礼者を迎えるという意味合いのある場所だが、町というよりは村と言っていいほど小さな規模に見える。
「ドニの町でげすか……人があまり見えないでげすね」
「ん? おっ旅人さんかい?」
こちらの姿を見つけると近くいた男が声を掛けてきた。
「アッシらはポルトリンクからやってきたんでがすよ」
「そうかい、そうかい。なら確かに人が少なく見えるかもな」
先ほどのヤンガスの呟きは聞かれていたようだ。ばつが悪いような顔をしてヤンガスは頬を指で掻いた。
「以前はもっと活気があったんだが、領主様がはやり病で亡くなられてね。今じゃどうもパッとしない場所になってしまったのさ」
「そうだったんですか……」
「でも、うちの酒場は年中無休でパァーッとやってるよ! 朝から晩まで休まずに営業中だ」
「そ、それはご苦労様です……」
客引きだったようだ。
レイフェリオは苦笑いをしたが、酒場は情報収集にはうってつけの場所でもある。
声がするところをみると人がいるようだし、後で向かうことを告げてその場を去った。
「客引きだったようでがすね」
「みたいだ。けど、後で様子を見に行ってみよう。人の気配もあるから情報が得られるかもしれない」
「そうね……気は進まないけれど」
人が少ないドニの町だが、ちらほらと町人の姿が見受けられる。まずはその人たちから情報を得ることにした。
宿屋の近くに恰幅の良い女性が歩いていたのをみつけ、レイフェリオたちは声を掛けてみた。
「すみません、ちょっとお聞きしてもいいですか?」
「おや、巡礼の人かい?」
「いえ、俺たちはポルトリンクから旅をしているんです」
「あれま、そんなところからご苦労だねぇ。それで何を聞きたいんだい?」
「最近、この辺りで不審な人物を見かけませんでした?」
「不審な人ねぇ……最近は巡礼者も減ってあまり人が来なくなってしまったからよそ者がこればすぐわかるんだけど、あんたたちくらいしか見かけてないよ」
「そうですか……」
「以前はもっと活気があったんだけど、領主様のせいでね……」
さっきの男と同じ口ぶりだった。はやり病で亡くなったという領主だが、この恰幅の良い女性の口ぶりからするに良い印象は抱いていないようだった。
「……その領主様というのは?」
「10年ほど前だったかねぇ、ここの領主様は金に汚いわ、女好きだわで最低の男だったんだよ。死んだときはそりゃ喜んだもんさ」
死を喜ばれるということは、よっぽどの嫌われ者だったのだろうか。だが、女性はすぐに表情を悲し気に変えた。
「? どうかしたんですか?」
「……あぁ、その領主様には子供がいたんだよ。残されたククール坊ちゃんは本当に気の毒で。あの年ですべてを失って修道院暮らしになってしまって……」
ククールというのが領主の子ども。跡継ぎというべきなのだろうが、全てを亡くしたと言うことは家も財産もなくなったということなのだろう。
修道院ではそういった子どもを引き取っていたらしく、そこへ身寄りのない子供たちが集まってくる。その中に、ククールという人物もいたようだ。
領主の話をする時とは違い、女性の感情からは嫌っている様子はうかがえない。今でも坊ちゃんと呼んでいるところからみると、かわいがられているのかもしれないが。
他にも町の人に話を聞いたが、出てくるのは領主とククールの話だけだった。
その領主には他にも使用人に産ませた子どもがいるらしいが、その子はククールが生まれると無一文で修道院に追い出されたらしい。
聖堂騎士団にいるらしいククールという人物は、日ごろ町の酒場にきてはカードゲームなどで賭け事をしているらしい。見目もいいせいか、女性からは好まれているが、男性からは敵視されているとのことだった。
「男の敵でがすよ」
「……まぁとりあえずその酒場に行ってみよう」
「仕方ないわね……行きましょう」
レイフェリオとゼシカに促され、ヤンガスも酒場へと足を向けた。
酒場に入ると、酒を飲む人と一緒にゲームをやっている集団が目に入った。
服装からして聖堂騎士団員のようだが、青い制服ではなく赤い制服だった。
「あれ、服の色が違うでがすね」
「あぁ。けど、騎士団員なんだろう。もしかして、あれが……」
入り口で固まっていると、こちらの視線に気が付いたのか赤い騎士団員が手を上げた。
「おっと俺に何か用かな? 今は真剣勝負の途中なんでね、あとにしてくれないか」
「真剣勝負だとぉ!!!」
だが、その団員の言葉に目の前で共にカードを持っていた男が声を荒げた。
そしておもむろに立ち上がり、机にカードをたたきつけた。
「おいっ! このクサレ坊主! てめぇイカサマしやがったな」
「イカサマ……?」
レイフェリオはククールの様子を伺う。一方のヤンガスは憤っている男の元へいき、ポンと肩をたたく。
「まぁまぁ、そう興奮すんなよ。負けて悔しいのはわかるけどよ」
「何だとぉ! ……そうか、お前らこいつの仲間だな」
「えっうわぁぁ」
男はそう決めつけ、肩を勢いよく振りほどいた。不意うちを食らってしまったヤンガスは、そのまま後ずさりをするように後ろにあるテーブルにぶつかる。
「って何しやがる!! 妙な言いがかりつけやがって!!」
頑丈なヤンガスは痛がる様子もなく、ぶつかったテーブルをあさっての方向へ投げると、ズンズンと男を睨みつけながら近寄っていく。
にらみ合う両者が取っ組み合いでも始めようとした時だった。
ヤンガスと男に大量の水が掛けられた。
思わず水がやってきた方向をみると、ゼシカがバケツをもって立っていた。
「いい加減にしなさいよ。ちょっとは頭を冷やしたら、この単細胞」
ククールの近くに移動をしていたレイフェリオもその行動に目を見開く。火に油を注ぐだけじゃないか、と思ったが声には出さなかった。
案の定、男の取り巻きらしき連中がゼシカを取り囲む。
「何しやがる!!」
「女だからって容赦しねぇぞ!!!」
ゼシカに手を上げる男たち。レイフェリオも手を出そうと構えるが、それより早く男たちへ向かってテーブルが飛んできた。
「ぐわっ!!」
犯人はククールだった。何でもないような顔でいるが、恐らく足で蹴ったのだろう。
テーブルに当たって倒れた取り巻きたちは、更にヤンガスが追い打ちをかけていた。いつの間にかそこにトロデ王がいたのは……幻だったのかもしれない。
「こっち」
「えっ?」
乱闘が起っているのを後目に、レイフェリオはゼシカと共にククールに連れられ裏口から外に出た。
外に出て誰もいないことを見計らうと、ククールは立ち止まり改めてレイフェリオたちと向き合った。
「あんたら何なんだ? ここいらじゃ見かけない顔だが……」
「あぁ、俺たちは今日ここに着いたばかりだからな」
「へぇそうなのか。まぁいいや。おかげでイカサマがバレなかった。一応礼を言っておくか」
レイフェリオへ向けて右手を差し出し、握手を求めてきた。拒む理由もないので、握手を交わす。
すると、交わした右手でマントを翻した。
「……そういうことか」
「まっいいかもだったんでね。ついやりすぎちまった。……あんまりここにいたらバレちまうか」
「修道院に戻るのか?」
「あぁ……っとその前に」
レイフェリオと話をしていたククールはふとゼシカを見やる。
ゼシカはいきなり視線を向けられたのと、先ほどのイカサマの件でククールを見る眼は厳しくなっていた。
「何か……」
「俺のせいで怪我でもさせていないかと心配でね」
「平気よ。じろじろ見ないでくれる?」
どこか芝居かかったようなククールの口調に、呆れもにじんでいるようだ。だが、ククールはそれにも構わず続けた。
「助けてもらったお礼と、出会った記念に」
「はぁ?」
ククールは手袋を取ると、その右手にはまっていた指輪をとり、ゼシカの左手を取り渡した。
「俺の名はククール。マイエラ修道院に住んでいる」
「何するのよっ!」
手を振りほどき、ゼシカはククールから距離を取った。その手には指輪がある。
「その指輪を見せれば俺に会える。……会いに来てくれるよな?」
「何言ってるのよ!」
「じゃあまたな!」
「ちょっ、ちょっと!!!」
ゼシカの制止も構わず、ククールは去っていった。
残されたのはククールの指輪だけだ。
「なんでこんなもの渡されなきゃいけないのよ」
「……その指輪、何か彫ってあるな」
「えっ?」
「ちょっと見せてくれ」
「う、うん」
ゼシカから指輪を受け取ると、その表面にある刻印を見つけた。恐らくは団員に渡される身分証明書のようなものなのだろう。
僅かだが、その刻印には力を感じる。それがどういうものなのかはわからないが。
「どうかしたの?」
「いや、なんでもない。とりあえずこれはゼシカが持っているといい」
「なんで私が?」
「ククールが渡したのは君だからね」
「押し付けられただけよ……返しに行きましょう」
不本意極まりないという表情のゼシカ。
ククールとしてはナンパのつもりだったのだろうが、全く対象とみられていないようだ。
持ち主に返すという点に異論はないため、ヤンガスと合流後一休みをしてからになるが、再び修道院へ行くしかないだろう。