ヤンガスと合流し、日も暮れてきたため宿屋で休むことになった。
その日の夜のこと。
再びレイフェリオへといずこからか声が届く。声に導かれるように身を起こし、宿の外へと出た。
だが、そこには誰もいない。酒場から騒ぐ音が聞こえるが、それ以外の場所では寝静まっているのだろう。
「トラペッタでも聞こえた……気のせいではないと思うけど」
『気のせいではありません』
「!?」
はっきりと耳に届くその声は、凛とした響きをもって伝わってきた。
それでも人の気配を感じることができず、辺りを見回す。
「誰だ……?」
『今は思うままにお行きなさい。己が信じる道を』
「……」
『……いつでも貴方を見守っていますよ』
「お前は一体……」
どこか懐かしい。けれどレイフェリオには覚えがない声だった。
口調からみるに、レイフェリオのことを知っているのだろうが……。
腑に落ちない現象にレイフェリオはただ夜空を見上げていた。
そして、夜が明けた。
「ふわぁ~おはようでがす、兄貴」
「あぁ、おはよう。ゼシカは?」
「アッシが起きたときにはいなかったでがすよ。先に飯でも食いに行ったんじゃないでがすか?」
「ヤンガスは俺を待ってたの?」
「アッシとゼシカが二人で行動するのは違和感があるでげすよ」
「そうかな?」
「……まぁいいでげす。アッシらも行くでがすよ」
「あ、あぁ」
少し呆れた風のヤンガスに連れられ、ゼシカと合流した後、レイフェリオたちは再びマイエラ修道院を訪ねた。
修道院にいくと恐らく巡礼者だろうが、祈りを捧げている人がちらほらと見受けられた。
昨日よりも人が多いように感じる。中には邪な願いを持つ者もいるようだ。
「巡礼が聞いて呆れるわね……」
「あぁ、目的が自分本意過ぎる」
「そうなんでがすか?」
ゼシカとレイフェリオは嫌悪感を示すが、ヤンガスはそうでもないようだ。
「あんた、なにも思わないの? 巡礼で天国に行けますようにとか、借金取りから逃げ切れますようにとか、自分のことばっか。そもそも祈ってないで自分で何とかしなさいっていうのよ」
「アッシは別にこういう場所に縁がないでがすし、祈ること自体に興味がないんでがすよ」
「そうか……嫌とかではなく関心自体がヤンガスはないんだな」
強いて言えば無関心か。
確かに他人が何を祈ろうが関係ないとは確かだが、全ての巡礼者がそうしていると思われるのも教会としては本意ではないだろう。
決して無関係ではいられないが、あまり関わりたくないのがレイフェリオとしての想いであったため、ヤンガスの考え方は羨ましいとも言えた。
「まぁ、興味がないのはいいけど、それでも三大聖地位は知っているんだろう?」
「ええと、ゴルドとサ……サラエボ……でがしたっけ?」
「サヴェッラ大聖堂かな。聖地ゴルド、このマイエラ修道院を含めてそう呼ばれてる」
「私はどこも行ったことないわね。レイフェリオは?」
「俺? 俺は、小さい頃に一度だけかな」
「へぇー兄貴は色んな所に行ってるでがすね」
心底尊敬の眼差しで見ているヤンガスには申し訳ないが、聖地に関しては行きたいと思ったことは一度もないので、あまり期待を込められても困る。
「それよりも、騎士団の所へ向かおう。ククールの名前を出せば中には入れるんじゃないか?」
「そうね、さっさとあのケーハク男に返してしまいたいし」
そうして足早に歩くゼシカを先頭に入り口に立っている騎士団員へ声をかけた。
「ククールっていう団員に指輪を返したいんだけど、通してもらえる?」
「うん? ククールだと!! またツケに指輪を使ったのか。しょうがないやつだ。ほれ、ククールは奥だ。さっさと通れ」
「あ、ええ、ありがと」
「全く困ったやつだよ……」
昨日とは打ってかわってすんなり通されたのにも驚いたが、こちらの話も聞かずにツケと勘違いしたのにも驚いた。ククールが指輪を預けるのは日常的なことなのかもしれない。
「何てやつでげす」
「まぁいいんじゃない。こうやってすんなり入れたわけだし」
「そう、だね。じゃあ、ククールを探そう」
しかし宿舎内を歩き回ってもククールの姿はない。
「どこにいるんでがすかね」
「……探してないところは、奥とあとは地下くらいか」
「地下でがすか?」
「入り口の横に降りる階段があったからなんだけど……」
「地下って普通牢屋とかそんなのがあるんじゃ……でも、あのケーハク男のことだからあり得そうね」
牢屋にいることがあり得るとは、とんだイメージを持たれたものだ。レイフェリオとヤンガスは苦笑するしかなかった。
とりあえずは、地下へと進んでみると奥から話し声が聞こえてきた。
奥にある扉を開くと、その更に奥にある鉄格子の部屋が見える。鉄格子の間からは、レイフェリオたちが探していたククールの後ろ姿が見えた。
「ホントに牢屋にいたのね──」
「しっ、止まって」
「レイフェリオ?」
歩み寄ろうとするゼシカを止め、黙ることを要求すると、レイフェリオは静かに壁へと寄り耳を傾けた。
聞こえてくる声は一人ではない。
「……また騒ぎを起こしたらしいな」
「随分とお耳が早いことで」
「どこまでマイエラ修道院の名を落とせば気がすむんだ。この疫病神が」
「……」
「そう、本当にお前は疫病神だよ。お前が生まれてこなければ誰も不幸にならなかったのに」
「……」
「顔とイカサマだけが取り柄の出来損ないめ。半分でも私と同じ血が流れていると思うとゾッとする」
会話の流れからククールと相手、声から察するにあの騎士団長だろうが、そいつは異母もしくは異父兄弟らしい。ククールを余程憎んでいるのか、その言葉は辛辣で一方的なものだった。
自分勝手な言い分。
レイフェリオは、いつのまにか拳を握りしめていた。
「ふん、まぁいい。ククール、聖堂騎士団団長の名において当分の間謹慎を言い渡す。如何なる理由があろうとも外に出ることは許さん。一歩たりとも、だ。それさえ守れないようならば、いかに院長が庇ったとしても修道院から追放だ。わかったな」
ククールは何も言葉を発しなかった。
あれだけ一方的に言われても何も返さない。もしかするとそれが、ククールなりの相手との接し方なのかもしれないが部外者からすると意外感を隠せない。
「……ここから離れよう」
「……そうね」
これ以上盗み聞きをするのをやめ、レイフェリオたちは一階へと戻った。
「!?」
「? 兄貴?」
戻った途端に感じた気配。
レイフェリオは思わず走りだし、まだ立ち入っていなかった奥へと向かった。
ヤンガスたちは慌てながら追いかけてくる。
扉の先は湖があり、その中に島。島とここを繋ぐのは、騎士団員が塞いでいる橋のみのようだ。
「ちょっとどうしたのよ?」
「……まずい、嫌な予感がする」
「兄貴、一体どうしたんでがすか? 突然走りだして」
「奴がいる。あそこに」
「奴? って、まさか!?」
ゼシカにレイフェリオは頷いた。
この気配は、あのトロデーンが呪われる前にも感じたもの。あれがドルマゲスの者なら、間違いなくここにドルマゲスがいる。
だが、唯一の道は塞がれている。まだ何も起きていない以上、荒手は止めておきたいが、時間がそれを許さないだろう。
どうするか考えていると、後ろから声がかかった。
「おい、お前も感じたのか?」
振り向くとそこにいたのは、先ほどまで地下にいたククールだった。
「ククール!?」
「そうなんだな。あの部屋には院長がいるんだ。あの禍々しい気配、ヤバい感じがする」
「ちょっ、あんたもわかるの?」
「なぁ、俺の指輪を持ってるだろ? それを使えば昔の道を使って院長の部屋に行けるはずなんだ!」
「……俺たちに行けっていうのか?」
「お前もこのまま待ってるなんてできないんだろ? 俺はここから出れない。だから、お前たちに頼むしかないんだ。頼む! 院長を」
酒場で会ったときとはちがう必死な様子にレイフェリオは一も二もなく頷く。
ゼシカもヤンガスも異論はないようだ。
ククールに場所を教えてもらうと、レイフェリオはすぐにその場所へ向かった。