色々詰め込みました・・・。
ククール達を見送ったあと、レイフェリオは自室に赴き、留守中に引き継いであった執務内容についての報告を受けていた。
成人を迎えれば、即位することが決まっているレイフェリオは、既に王の公務をいくつか任されていたのだ。旅の間は、それもすべてクラビウスが行っていたが、その内容については知っておかなければならない。
皆が戻ってくるまでの間、その確認に時間を費やすことにしたのだ。
机の上に積み重ねてある書類を読みふけっていると、久々のことだったからか目が疲れてくるのを感じて右手で瞼を押さえる。
「お疲れの様子ですね、レイフェリオ様」
「? イアン?」
「はい。そろそろお昼時ですから、呼びに参ったのです。どうされますか? ここへおもちした方が宜しいでしょうか?」
「……そうだな。そうしてくれると助かる」
「畏まりました。すぐにご用意いたします」
優雅に腰を折ると、イアンは部屋を出ていく。
以前は当たり前だった光景だが、こうして目にすると随分と懐かしく思える。
今頃、チャゴスを相手に頑張っているだろう仲間を思えば、休んではいられない。念のためとシェルトを使いに送ったが、それでも不安はぬぐえなかった。
王家が管理しているとはいえ、あそこには魔物もいる。この辺りの魔物の狂暴化の影響が山にも出ていないとは限らない。そのあたりも見てくるようにシェルトには頼んだが、それ以上にチャゴスの扱いに苦労するだろうからの援護でもあった。
あれでいて、シェルトはチャゴスの扱いには慣れている。幼いころをよく知っているということもあり、チャゴスはシェルトには口で勝てたためしがないからだ。
これで多少、仲間の負担は減ると思うが、実際戻ってくるまでどうなっているかはわからない。ただ待つということが、これほどもどかしいとは思っていなかった。
「……同じことを俺は皆に強いているのかもしれないな」
戦えるのに戦えないというもどかしさは、今までも感じたことはある。魔物の討伐隊の指揮を執った時も、最後まで攻撃に加わらせてはもらえなかった。
それも当然のことだと、今では理解もしているが、当時は自分ができることをやれないのが悔しかったのを覚えている。後に、クラビウスに強く叱られたのも懐かしい思い出だ。
次代の王となるべく育てられたためか、クラビウスもレイフェリオにはそれなりに厳しかったように思う。それに比べて、チャゴスに対しては叱っているような場面は見たことがなかった。
どういう意図かはわからないが、実の子と兄の子という違いなのだろうと、何となく感じていたが……。
「このままいけば、チャゴスは姫と婚姻を結ぶ。トロデ―ンに婿としていくことになるだろう。それが祖父様の願いだというが……あのままでは迷惑しかかけないだろうな」
ミーティアとは呪われる前に少し話した程度だ。人柄も把握しているわけではないが、ただの弱い姫のようには見えなかった。一国を治めるべく育てられたという点では、レイフェリオと変わらないはずだ。
湖でみた印象から推測するに、一人娘だというのだから甘やかされたと思っていたが、そればかりではないようにも思えた。大した話もしていない状態では、何とも言えないのだが……そう言った雰囲気をミーティアに感じたのは事実だった。
「ミーティア姫……か」
「あら? レイフェリオ様ともあろう方が、他の姫君のことをお考えなのですか?」
「っ!?」
突然掛けられた声に、レイフェリオは慌てて立ち上がり振り向く。そこにいたのは、ナンシーだった。
「ナ、ナンシー!?」
「ノックはしましたよ。何かをお考えの様でしたから聞こえなかったのでしょう。昔から、レイフェリオ様は思考に耽ると周りの声は聞こえないのですから」
「す、すまない……」
「食事の用意が出来ましたので、準備しますね」
「あぁ……頼む」
ダイニングほど広くはないが、食事するには申し分ない程度のテーブルが自室にはあった。そこへ並べられていく料理を見ながら、レイフェリオは息を吐いた。
「……レイフェリオ様、一体何を考えておられたのです?」
「え?」
「ミーティア姫……チャゴス王子の婚約者の姫君だったはずです。何故、その方のことを? 旅の途中でお会いしたのですか?」
「……あぁ。トロデ―ンにも行ったからな」
「レイフェリオ様がお気になさるくらいなのですから、美しい方でしたのですね。それで気になったのですか?」
「随分と直球だよな」
「うふふ。それでどうなさったのです?」
敵わないとばかりにレイフェリオは苦笑する。対するナンシーはどこか楽しそうだ。
「そういった意味じゃない。ただ……チャゴスがあのままだと姫に迷惑がかかる。本当に話を進めるのなら、あいつを何とかしないとな、と考えていたんだ」
「……トロデ―ンの姫君のため、ですか?」
「……何が言いたい?」
レイフェリオの視線が冷たくなる。一方でナンシーは気に留めることもなく、やわらかく微笑むだけだ。
「他国の姫君のことをお考えになるなど、貴方様のことを知っている人ならば誰でも不思議に思いますよ。それほどまでに気になさる方ならば、もしや、と」
「俺が、姫に惹かれていると?」
「違いますか?」
「……違う。そういった感情は俺にはない。分かっているはずだ」
「レイフェリオ様が気が付かれていないだけということもありますよ」
「大した話をしたこともない相手に、そのような感情を抱くはずがないだろう」
「あら、恋に時間は関係ありません」
「ナンシー……」
「ふふふ。本当に違うのならば、不用意に名を呟くなどなさらないことです。アイシア様がお聞きになれば、悲しむでしょう」
「……わかっている」
からかわれただけだとわかると、ややむきになっていた己に恥ずかしさが満ちてくる。
母親代わりだったナンシーには、結局口では敵わない。これでは、シェルトとチャゴスの関係と同じだ。
「アイシア様は、本当にレイフェリオ様をお慕いしておられます。無下になさいませんように」
「……法皇の意向だから、か」
「国との取り決めですから。お父上は愛する人と結ばれましたが、それは婚約者がおられなかったからです。既に婚約者がおられる身では、それができませんことご理解しておられるとは思いますが……」
「あぁ……」
「それでも……どうしてもというならば、私たちもお力になりますけれど?」
「叔父上を敵に回すだけだ。それに……俺は別にそういった相手はいない」
「それならばよいのです。でも、いつ何時そのようなことがあるやもしれませんから。それでも私たちは、レイフェリオ様のお味方です。貴方様の幸せを願っておりますよ」
「……そうか」
「はい。多少の我儘が合った方が、私たちは嬉しいのです。ほら、よく言いますでしょう。手のかかる子ほどかわいいと」
茶目っ気たっぷりに言うものだから、思わずレイフェリオも笑ってしまった。
その様子にナンシーも目を細める。
「やっと笑ってくださいましたね。本当、アイシア様はレイフェリオ様をよく見ていらっしゃいます」
「アイシアが?」
「あの方はいつでも心配なさっておいでです……ですがもうじきお帰りになるそうです。お見送りをなさってはいかがですか?」
「……そうだな。食事をしたら伺うと伝えてくれ」
「はい。かしこまりました」
食事のあと、アイシアと街を再び回り、船着き場まで彼女を見送った。
淋し気な表情には気づかないフリをすることしかレイフェリオには出来なかった。
その日の夜。
月が出た頃に、レイフェリオはテラスへと足を踏み入れた。
風が頬を撫でるように通り過ぎていく。
『……魔力が乱れていますね』
「!? お前は……」
『この地に戻ってきてから、力が不安定になっています。何を迷っているのですか?』
久方ぶりに聞く声だった。
レイフェリオを知っているようだが、こちらには身に覚えがない声。それでいて懐かしい気持ちになるのが不思議だった。
「……迷っている、か」
『……』
「違う、んだろうな。この地に戻ってきて、俺はどれだけ周りに支えられていたのかを気づかされた」
『そうですね……貴方はこの国に、民に愛されています』
「俺の力に恐怖を抱いている者も含めて、俺は護っていかないといけない。けど……俺はあの恐怖におびえた目を見せられる度に、逃げてきたんだ」
レイフェリオが暴走した時に居合わせた兵の一部には、顔を合わせるたびにその瞳が恐怖へと染まっていく。もうあの時ほど子供ではないし、制御もできる。それでも、再び同じようなことが起こるのではと、恐怖が消えないのだろう。恐怖の色を認識するたびに、あの日を思い返すようでレイフェリオ自身も避けてきた。
目を向けられるのが嫌で、訓練に没頭したこともある。城に居れば、恐怖を抱かせてしまうのなら、出たほうがいいと考えたことも一度や二度ではない。
「このまま王となってもいいのか。何度も考えた……結局、俺はこの立場から逃げきれなかったわけだけど」
『……王太子という立場を捨てたいのですか?』
「わからない。国を、民を護りたいと思う。俺の力を掛けて……だが、王という立場は俺には重すぎる」
『王、ですか……人間の王の形は知りませんが、人とは迷うもの。王であろうとなんであろうと、貴方は貴方でしかありません。巫女姫は、そう貴方に伝えませんでしたか?』
ふとアイシアの顔が脳裏によぎった。言葉は違うが、レイフェリオの力を見せたときの彼女の心は、確かにレイフェリオへ安らぎを与えてくれた。
「……言葉は違うが、アイシアなら言いそうだな」
『……覚悟、できましたか?』
「……さぁな」
悩みを吐くことすら、レイフェリオにはできなかった。そういった意味では、いまここで話をしていることがそれに当たるのかもしれない。
これ以上逃げていても何も変わらない。前に進まなければいけないのだ。
チャゴスが儀式へと出発し、進んだように。
「……ふぅ」
『安定してきましたね……少しは吹っ切れましたか?』
「お蔭様でな。お前は一体、何者なんだ?」
『……もう少しです。……貴方の一番近くにいますよ……』
「近くって……」
『魔力を放てば、大気すらもその命に従います……それが貴方の力。竜神族の力です』
「竜神族……母上、の……お前はまさか……」
答える声はなかった。
声の主は一体誰なのか。近くにいるといっても、周囲に人の気配はない。
レイフェリオはただ、月を見上げていた。
主人公の心情が中心のお話でした。
次回はトロデーン編です。