メディの小屋の前まで来ると、その気配は一層増した。
「……予感は当たったみたいだ」
「兄貴、まさかっ!?」
「バカ、縁起でもないこと言わないでよ」
「とにかく入ってみようぜ?」
「待て」
小屋を開けようとするククールをレイフェリオは止めた。そうして、目を閉じ周囲の気配を探る。
「レイフェリオ?」
「この裏だ」
「お、おいっ!」
メディらしき気配を察知したレイフェリオは、裏へと急ぐ。そこには、洞窟のような穴があった。奥へと入れば、そこにはメディの姿がある。
どうやら無事だったようだ。
「っ!?」
「兄貴っ、後ろでがす!!」
背後からやってくる気配に、レイフェリオは反射的に前へと飛び後ろを見た。そこにいたのは、オオカミたち。
ここで戦うには場所が狭すぎる。
「早くっ! こっちにきなされっ!」
「え?」
奥に行けば尚更戦いにくくなるだろうが、今はメディを信じたほうがいいだろう。
ヤンガスらも武器を振り回し、オオカミを避けつつ奥へと入ってきた。そのまま、最奥のメディの元へとたどり着く。と同時に、オオカミらもレイフェリオらを追って奥へとやってきた。しかし……。
「「グシャァァ」」
奥の床には魔法陣のようなものが描かれており、それを中心に結界が張られているようだ。悪しき者は入ってこれないようなものが。オオカミたちは諦めて去っていく。
「この結界の中にいればもう安心ですじゃ」
「……悪しき者を退ける結界、みたいですね」
「えぇ。お前さんたちもまたこのような時に来て、運が悪い方ですのう」
「おばあさん。私たちグラッドさんに頼まれて来たのよ」
「グラッドに? ……そうかい。心配するのはわしの役目じゃとばかり思っておったが……そうかあの子が……」
「すぐに来るとは言っていたが、この分だと来ない方がいいだろうな……どうするレイフェリオ?」
その時だった。
ゴォォン。
地面にとどろくような豪音が鳴り響いたのだ。衝撃に内部でも揺れを感じる。
「……これは」
「今の音は……それに、このおぞましいまでの邪悪な気配……。どうもただごとではありませんな」
メディも感じ取る邪悪な気配。それは間違いないレオパルドのものだ。
ここを探られてしまった以上、メディをここから出してはいけないだろう。
「メディさん、俺たちが外の様子を見てきます。絶対にこの結界から出ないでください」
「し、しかし……」
「お願いします」
「おい、レイフェリオ、急ぐぜ」
「あぁ。ヤンガス、ゼシカ」
「わかってるわ」
「合点でがすよ」
戦闘になるかもしれないため、準備はしておく必要がある。
慎重に外を伺いながら洞窟から出ると、そこにあった光景は予想以上のものだった。
小屋は炎に包まれ、オオカミの群れの中にあの黒い犬、レオパルドの姿。更に、その足元には、グラッドが踏みつぶされていた。
「グラッドさん!?」
「うっ……ぐっ。す、すまない。君たちの跡を追ってきたら、突然この黒犬に襲われて……」
『また貴様らか……どこまでもしつこい奴らよ』
グラッドを踏んでいるレオパルドは呆れをにじませた声でレイフェリオらに告げる。
剣を構えてはいるものの、グラッドが足元にいる以上先に攻撃をするわけにもいかない。
『……ふっ。愚かな。だが今は貴様たちの相手をしているヒマは、ない。賢者の血を引きし者よ。観念してでてくるがいい』
「ダメだ! メディさんっ!」
「来てはだめ!」
『くっくっく、さもなくばお前の血を引くもの……この男の命はないと思え』
卑怯な手を使う。と叫んだところでどうにもできないことはわかりきっていた。
相手は手段を選ぶことなど最初からしていない。使えるものはなんでも使うだろう。それが他者の命であっても。
さらに言えば、息子の危機にメディが駆け付けないわけがない。
「か、母さん! 出てきちゃだめだ! こいつは母さんの命を狙って……」
『黙れ……』
「ごほっ!」
叫ぶグラッドにレオパルドは容赦なく杖で殴る。殺しては意味がないからだろう。
それでもメディを止めようとするグラッドに、レイフェリオはその拳を力の限り握りしめた。
(何か方法はないのか……彼らを助ける方法が……)
冷静になろうとしても目の前の光景がそれを阻む。
「ほう……これはおどろいたね。わしをよんでるようだから出てきてみれば、何と相手が犬だったとは!」
「メディさんっ!」
「ただの犬ではないね。邪悪な臭気が、お前さんの正体を教えてくれるよ」
『そこまでわかっているなら、我が望みも知っていよう。おとなしくその命我にささげよ』
「フン、何にしても人質を放すことじゃね。話はそれからだよ」
この交渉には他の誰も入ることはできない。ただ黙ってみていることしか。どんなに歯がゆくても、だ。
『……お前には何一つ要求する自由はない。だまってこちらへ来るのだ』
「やれやれ……さすがケモノの姿をしているだけあって、聞き分けのないヤツだね。……いいだろう。今そっちに行ってあげるよ」
「っ……」
そのまま身を投げようとする行為に、レイフェリオは思わずメディの腕をつかむ。しかし、メディは笑みを作るとやんわりとその腕をほどいた。
「……レイフェリオさん、でしたな。貴方様からは、懐かしいような不思議な雰囲気を感じました。その恰好から見るに高貴なる身分でいるのでしょうな。……どうか、後のことは頼みましたぞ……」
そっと離れる間際に、レイフェリオの手に一つの鍵を残し、メディはレオパルドの元へとゆっくり歩いていった。
オオカミたちが見守る中、メディはその歩みを手前で止める。
『よくぞ来た、賢者の末裔よ。今、その命刈り取ってくれよう』
「そうかい」
『だが何も怯えることはない。すぐにお前の息子にも後をおわせてやるのだからな』
「……やはりね。でもバアさんが相手だからってなんでも思い通りになるとは思わないことだね」
メディは袖口に手を入れると小さな袋を取り出し、レオパルドへ向けて投げつけた。袋からは赤い粉が蔓延する。
『ガァァァッ!! き、貴様何を……』
「どうじゃね? ヌーク草の粉はよくきくだろう? さぁ、バフお行きっ!」
粉が目に入りレオパルドが苦しんでいる隙に、バフがグラッドを救出する。目が復活した時には、足元にグラッドの姿はない。側には急ぎククールとゼシカが護りに入った。
人質が解放された今、メディが従う理由もない。レイフェリオがメディの前にでる。
『グォォォ! おのれっ!!! おのれぇ~!!』
「兄貴っ!」
「レイフェリオっ!」
怒りに任せたままレオパルドが襲い掛かってくる。そのスピードは尋常ではない。レイフェリオは剣を構えるが、レオパルドのスピードに弾かれその杖に貫かれる。
「ぐっ……」
『目障りだっ!』
「やめんかっ! あんたの狙いはわしじゃろう!!!」
「なっ!」
『グシャァァ!!!』
勢いのままレオパルドは、杖を振りぬく。その先はメディを貫通した。
ドサッ。
メディは杖から降ろされ、地面に倒れる。杖からは淡い光が漏れ、その命が奪われたことを示していた。
『老いぼれが、ふざけたマネを! これでは目も鼻も利かぬ……目障りなお前に止めを刺したかったが……まぁいい。これで残る封印はあとひとつ。あとひとり……最期の賢者を葬れば我が魂は、この忌まわしき杖より抜け出せる』
「ぐっ」
「レイフェリオ、喋るなっ!」
ククールがそばにより、回復呪文を唱える。腹部を貫かれているようで、手を添えた。
一方で杖の力が増したためか、レオパルドは光を放つとその形態を変えていた。背には翼が生えており、もはや犬の面影が少なくなっている。いや、どちらかといえば……。
「ねぇ、あの格好ってドルマゲスのあれと……」
「似ている、でがす」
力を増していたドルマゲスの姿に酷似していた。
それも杖の力なのだろう。
翼をはためかせながら、空へと飛びあがる。
「ま、待ちなさいよ!!」
「ゼシカ、周りを見ろ!」
ようやく追いついたところで取り逃がすのはごめんだとばかりにゼシカは叫ぶが、生憎周りはオオカミに囲まれており、レイフェリオは重傷、グラッドもいるこの状況ではレオパルドに攻撃を仕掛けるのはリスクが大きすぎる。
「……レイフェリオは?」
「傷は深いが、致命傷ではない。悪いが回復に専念したい。そっちは任せた」
「わかったわ。ヤンガス、いいわね」
「おう」
数はさほど多くない。二人でも十分だった。
オオカミを蹴散らすと、いつの間にかレオパルドも姿を消していた。当面の危機はさったと考えていいだろう。
だが……失ったものは大きい。メディの亡骸には、バフが寄り添っていた。
「か、母さん……。俺が……俺が黒犬に捕まったばかりに……ようやく、謝ることができると思ってたのに……オレの、オレのせいでっ!」
泣き叫ぶグラッドに、誰も声をかけることはできなかった。
★☆★☆★
「うっ……」
「目が覚めたかよ」
「ククール?」
気が付くと、レイフェリオは洞窟の中だった。小屋が焼かれたためだろう。
お腹に手を当てれば、傷は癒されてふさがっている。レオパルドが去っていった後に、気を失っていたようだ。
「どのくらい寝ていた?」
「二時間くらいだ。まだ寝ていていいぜ」
「……グラッドさんは?」
「さてな。……どうすることもできないさ」
「そう、だな」
思わず、レイフェリオは自らの手に視線を落とす。
目の前にいたというのに、また守れなかった。オディロも、ギャリングもそうだった。手の届く場所にいたはずなのに、いつもこの手はそれをすり抜けていく。
「……何を考えているんだ?」
「えっ?」
「今回は肝が冷えたぜ、流石の俺でもな。お前も無意識に避けたんだろうが、傍から見たらそうは見えなかった」
どんなに優秀な僧侶でも心臓を射抜かれてしまえば回復することはできない。死者をよみがえらせることはできないのだ。そういった意味で、ククールは全身から血の気が引くほどの衝撃だったという。
「お前に何かがあれば、色々と大変だ。……レイフェリオ、この際だから言わせてもらうが」
「……」
「お前が守るのはお前だということを忘れるな」
「? どういう意味だ?」
「……お前が他人を守る必要はないってことだ」
「ククール、俺は王族だ。民を守るのは当然だろう。たとえ他国だとしてもそれは変わらない」
「……王族として守るのは、戦いの中じゃないだろう。人々の生活を守るのが王の役割じゃないのか?」
「……」
それは確かにそうだ。
王となれば、民が健やかに暮らせるように国を動かしていくのが役割。そうして守っていくのが正しいあり方だろう。ククールが言いたいことはわかるし、正しい。
だが、それでも納得できないものもある。
「……俺は……これ以上目の前で誰かを失うのは、嫌なんだ。俺の我儘なんだろう。それでも……この手から温もりが失われるのをこれ以上見たくない」
「レイフェリオ……」
「ごめん……ククールが言いたいことはわかる。それでも、だ。助けられるかもしれないなら、その可能性がわずかでもあきらめたくない。諦めてしまえば、俺は王族としてじゃなく人として終わってしまう気がするんだ」
「相手がどんな奴でも、か?」
「あぁ。俺が俺でいるために」
ククールとレイフェリオの視線が交わる。どのくらいそうしていたのか。先に、折れたのはククールだった。わざとらしく肩を竦める。
「……はぁ。そうかよ。本当、お前の国に住んでいる奴らがうらやましいな」
「ククールも来ればいいだろう? すべてが終わったら」
すべてが終わったら。
暗黒神の野望を砕き、世界に平和が戻ったら、その時には……。
「そうだな……お前の国なら、悪くないかもな」
そのためにも、暗黒神をなんとしても止めなければならない。残りは一人。誰であっても守らなければ。
☆★☆★☆
翌朝、目が覚め外に出ると、落ち着いたグラッドは外にある墓石の前で祈りを捧げていた。
「グラッドさん……」
「? あぁ、君か……傷はもういいのか?」
「はい……それはメディさんの?」
墓の前には黄色い花が手向けられている。今朝摘んだものなのか、滴が花びらから落ちていた。
「……母さんが好きだった花でね。この厳しい雪の中でも咲いてくれるんだよ」
「そうなのですか……」
墓の下にはメディが眠っている。せめて安らかに眠ってほしいと、レイフェリオは握った拳を胸元に上げ祈った。
ふと気がつけばグラッドは立ち上がり、レイフェリオを見ていた。
「あの……?」
「あ、いやすまない。その、慣れているように見えたんだ。というか、随分と様になっているというか……昨日はその、母のことで頭が一杯だったのもあるが……君はどこかの貴族か何かなのか?」
確かに、今までの旅とは違いレイフェリオは身分を隠してはいない。不思議に思われるのも無理はないだろう。
「……まぁ身分的にはそうですね」
「やはり、その紋章……昔、母から見せられたことがある。サザンビークのもの……いや、これ以上は知らない方がよさそうだ」
「ははは……」
暫くグラッドと話をしていると、ヤンガスらも集まってきた。旅立つ前に再度、メディに祈りを捧げる。
「さて、わしらも向かわねばの」
「そう言えばあの黒犬は東の方へ飛び去ったと聞いたが……東には確か、法皇の住む島があったはず……」
「!?」
法皇。その言葉に、レイフェリオの背筋が凍る。
「レイフェリオ……?」
「兄貴?」
「おい、どうしたんだ?」
顔色が悪くなったレイフェリオに気づいたヤンガスらが声をかけてくる。
一方、トロデとグラッドは怪訝そうに首を傾げるだけだ。
「……法皇様は、アイシアの祖父なんだ」
「えっ?」
「……そう言えば、そんな話してたな」
「ん? 何がどうしたんじゃ?」
話の見えず困惑しているトロデだが、説明はされることなく話は進む。
「法皇様が賢者の末裔かもしれない……言われてみれば、そのような話を聞いたことがある」
「最後の一人は法皇、か。厄介だな」
ククールも眉を寄せる。
法皇というのは、王族と同等か信者にとってはそれ以上の存在だ。おいそれと会える相手ではない。
「だが、先にあの犬を追うのが先だろ? まだ、たどり着いていないはずだ」
「そう、だな……」
「じゃが、相手は空を飛んでいったのじゃぞ! 一体どうやって追うというのじゃ? それとわしを無視するな!」
「空か……そうだ、レティスだ!」
「おいっ!」
グラッドが言うレティスは神鳥レティスのことだ。
暗黒神と戦った伝承の鳥。その力を借りることが出来れば、空を飛ぶレオパルドを追うこともできる。
幸いにして、メディが守っていた遺跡にはレティスについて記された石碑があるらしい。
「レティスならばきっと力を貸してくれるに違いない」
「神鳥レティス、ね……まずは、その石碑を見てみる?」
「あぁ、行ってみよう」
「石碑は奥にある。君たち、どうか母のような犠牲者をこれ以上出さないためにも、頼んだぞ」
「元よりそのつもりじゃ。任せるがよい」
ドンと胸を叩くトロデ。戦うのはトロデではないが、釘を指すのも違うだろう。そのままトロデは放っておいて、奥にある石碑を確認しに行く。
そこには大きな石碑と、小さな石碑がある。まずは、大きいものから確認をして行く。
『われは 七賢者がひとり。暗黒神ラプソーンは 我らと神鳥レティスの手により、封印された。しかし、長き時の果て、再びこの世に邪悪が現れることもあるだろう。そこで 未来に希望を残すべく わが盟友たるレティスの伝承をこの地に刻み記そう』
「これって……」
「メディさんの先祖が遺したもの、みたいだな」
「おいっ、こっちを見てみろ。あの杖のことじゃないか?」
ククールが見ていた石碑には、レティスの力を借り血の呪縛によって杖に暗黒神の魂を捕らえたと記されていた。あの杖は封印の杖だったということだ。
他の石碑には、神鳥レティスの住まう場所についても記されていた。
その名は神鳥の島。断崖に囲まれ人を寄せ付けぬ未開の大地。訪れるのであれば、正しい道を記した海図が必要のようだ。
「海図か」
「それがないとその神鳥の島には行けないんでがしたね?」
「ねぇ、ヤンガスは聞いたことないの? 盗賊でしょ?」
「元、だ! うーん……」
確かにここで一番詳しそうなのはヤンガスかもしれない。しかし、海図というからには海関連になる。盗賊として大地をメインに動いていたのであれば、わからなくても無理はない。
「うーん……そうでがすね……」
「ヤンガスは盗賊だろ? なら、海賊ってのがいてもおかしくないんじゃないのか?」
「海賊?」
「お! それだー! 海賊でがすよ、兄貴! 大海賊キャプテン・クロウでがす!」