時刻は20時を過ぎた頃。
超特急で仕事を終わらせた俺は高垣さんと夜の街を並んで歩いていた。
行先は彼女に完全に任せており、どこで飲むのかすらも聞いていない。
これはあれだ。昔流行ったミステリー列車に乗ったかのような気分だ。
隣をチラ見すると楽しげに鼻歌を歌いながら歩く高垣さんがいる。
左右で瞳の色が違う、所謂オッドアイ。
この行先のわからない旅の神秘性は彼女の瞳によって猶更増しているかのように感じた。
うん。ぶっちゃけ緊張する。
さっきから無い知恵を絞って必死に真面目なことを考えることによって、何も考えないようにするという、矛盾したことをしていたのだが、やっぱり無理だ。
だって!これまるでデートじゃん!!
年齢=童貞歴 () の俺にとって、隣にいる超絶美人との夜のデート (意味深) は難易度が高すぎるんだよ!
あ?年齢=童貞歴の日本語がおかしいって!?ホントにな!!
「着きましたよ」
「わひゃぃ!!」
いつの間にか目的地に着いていたようだ。
店の中に入っていく彼女に慌てて着いていく。
俺、超カッコ悪い。
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落ち着いた雰囲気の店だった。
カウンターとテーブルで席が半々になっていて、天井のスピーカーからはしっとりした洋楽が流れている。カウンターを見れば、少し暗い過去を抱えていそうなオジサンがグラスを拭いている。
…うん。間違いない。
「ここ、バーじゃん!!」
「はい!」
「えっ、松茸は!?」
「よくよく考えてみたら、一昨日松茸食べたばっかりだったんですよね」
「いやいやそれにしたって松茸からバーって!! 松茸からバーって!?」
「それに、折角のデートなので。デートの時くらいは、こういうお洒落なお店もいいですね。なーんて、冗談ですよ。ふふふっ」
「 」
アカン…。この人天敵や…。
「事務員さん。とりあえず座って飲みましょう」
「アッハイ」
対面のテーブルに座って、そこからしばらく俺の意識は途絶えた。
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気が付くと目の前には日本酒が入っているであろう徳利が置いてあった。
目の前にいる高垣さんは顔を赤くして何やら言っている。
少しずつ頭が覚醒してきた俺は耳に意識を傾けて、彼女の言葉を聞くのに集中し始めた。
「プロデューサーさんは全くお酒飲めないですし、いつもの面子以外の人は飲みに誘っても断られるんです。事務員さんくらいです。誘ったら来てくれたの」
「いや、結構無理やりでしたけどね」
「お酒おいしいですね」
「高垣さん、話そらさないで下さい」
「固ーい!事務員さん、私たちもう飲み友達なんですからもっとフランクに!ですっ」
「高垣さーん、酔ってますか?酔ってますよね?日本酒何本飲んだんですか?」
「2本っしゅ。ふふふっ」
「ダメだこりゃ」
お手上げである。
酔った彼女はどうやら無敵なようだ。
美人で可愛くて無敵。どうしようもない。
時計を見ると22時を回っていた。
そろそろ帰り時である。
「マスター、お会計お願いします」
「マスターにお会計を聞きますたー。ふふふっ」
「絶好調ですね」
渡された金額を見て度肝を抜かれる。
いや、これ日本酒2本どころの値段じゃねーぞ。
とりあえず高垣さんは払える状態じゃなさそうだし、泣く泣く全額を払った。
まあ、でも、楽しそうな高垣さんを見ていると、それだけで値段分の価値はある気がした。
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もう十月の中旬にもなりそうなだけあって、この時間帯の外は非常に冷える。
とりあえずタクシーを探して道を歩く。
十分もしないうちにタクシーを発見して高垣さんと一緒に乗り込んだ。
彼女の家まで送る最中、ポツリと彼女が言葉を紡いだ。
「今日は、ありがとうございました。とても楽しかったです」
「こちらこそ。楽しかったですよ」
本当である。
こんな美人とお酒が飲めたなんて、一生の思い出モノだ。
しばらくして彼女が住むマンションに到着した。
ここから先は一人で帰れるだろう。
「事務員さん、それじゃあおやすみなさい」
最後になって、ほんの少し、もったいない気がして、それとほんの少しの勇気が重なって、言葉が口から出た。
「おやすみなさい。 楓さん」
綺麗な笑顔で、また飲みましょうね、と言って去って行った彼女の背中は、ミステリアスな雰囲気を纏った深い夜の色をしていた。