ゆりかご内部の奥深く。
管理制御を行っていた場所だが、巨大飛行物体との接触によって天井の一部は崩落し、辺りには瓦礫と機材が散乱している。
「はっ。それより聖王の間は──」
あの機動六課のエース・オブ・エースがディエチを倒し、聖王の間に向かっていることは確認している。
その直後、さきほどの衝突のため状況把握が疎かになっていた。
「くっ……」
彼女は地上のアジトに通信を開いた。何度も連絡を送る。しかし、創造主や姉から返事は返ってこない。スクリーンの画像も乱れたままだ。
「まさか、あの執務官が!?」
そんなはずはない。ドクターともあろう人物がたかが人造魔導師ごときにやられるなんて。
「私たちは神。神に逆らう奴らはみんな───」
「創造神に逆らう者には、絶望と痛みを、です」
見知らぬ声に、彼女は振り向いた。暗がりのなかに、小柄な人影が佇んでいた。
フード付きの外套をまとった、少女の姿。
その唇は冷笑が浮かんでいる。かつて、彼女、クアットロも浮かべていた、蔑みの笑み。
「何者!?」
驚愕するクアットロ。
少女は答えた。
「私は神。貴女たちよりも遥かに進化した、ね」
赤の星の指導者アベルは、謎めいた言い方で答えた。
「な……」
警戒したクアットロは、自身のISを発動させようとした。
「安心してください。私たちが貴女たちのかわりに、この世界の創造神になって差し上げますよ……ふふふ」
クアットロより早く。
全身から砲身を生やしたアベルは、戦闘機人に狙点を定め、砲撃を放った。
「この世界に新しく再生した、三重連太陽系の、ね」
アベルの言葉は爆音に掻き消され、届かなかった。
どういうことなの……全く、わからない。
彼女の頭の中は混乱していた。
万事手を尽くしてきた計画の狂いに、半ば混乱し、ふらふらと立ち上がりながら状況の分析を始める。
「一体、何が……」
彼女は知らず、敵の指揮官と同じ疑問を口にした。
いつもは嘲笑の笑みを浮かべた口元が、不安と懐疑の色に染まっている。
「管理局が……まさか、アインヘリエルは全部破壊したし、それにあんな巨大な艦なんか、次元航行部隊にもなかったはず……」
聖王のゆりかご。
高町なのはは、船内を飛び進む。
少し前、突然、轟音と共にゆりかごに衝撃が走り、なのはは隔壁に叩きつけられた。レイジングハートがとっさに張ったバリアによって、怪我などはなかったが、ゆりかごの動きが遅くなったことに焦りが生まれた。
ヴィヴィオに、よくないことが起こったのかと思ったからだ。心配が募るなのはは、急いで艦の中枢、聖王の間を目指す。
なのはは、速度を上げ、求める場所へ。
聖王の間にたどり着いたなのはが目にしたものは、一人の男に抱えられた娘の姿だった。
医師を思わせる格好に、背中からは羽根が生え、淡く肌が発光している様は普通の人間には思えない。
彼が抱き上げている娘は、ぐったりとして意識がなかった。
頭の横で束ねた金髪が所在なげに揺れている。
なのはにはそれがヴィヴィオだとすぐに解った。
「ヴィヴィオ!」
「……この世界の者、か」
男が口を開いた。
傲慢な口調であった。
「その子を、渡してください」
油断なくレイジングハートを構えながら、なのはが要求した。
「……ふん」
男の口が嘲笑を浮かべたように、なのはには感じられた。
「この娘、なかなか興味深いな」
「なんですって?」
「強化された生体に、エネルギー結晶体を埋め込み、ソルダートの様な強力さを実現している――か」
またもや興味深い、と呟き、
「この娘は我等の計画に役立つやもしれぬ。したがって貴様の要望には答えられん」
「その子を、返して!!」
なのはが激昂する。
冷静さをかなぐり捨て、ディバインバスターを撃とうとした。
《Master. Attack will hit her. Please take a calm(攻撃すればヴィヴィオをも傷つけてしまいます。もう少し冷静になってください)》
レイジングハートはなのはを諭した。
「そうだね……」
なのはは心の中で逆上しそうになった自分を戒めた。
「貴方は何者です?」
スカリエッティの手のものか? だが、このような協力者などデータにはなかったはず――
男は尊大さをにじませながら、名乗った。
「我はパルパレーパ……ソール11遊星主の一柱なり」
「ソール11……遊星主!?」
初めて聞く存在だ。
「それが貴方の組織の名前なのですか」
次元犯罪者のグループは無数にあるが、そのうちの一つだろうか。
「ソール11遊星主は三重連太陽系の守護神」
また知らない名前が出てきたが、問い返すことはせず、警告を発した。
「その娘を渡さないというのであれば、貴方を拘束させてもらいます。投降するなら――」
「神である我を拘束。面白い冗談だ」
パルパレーパと名乗る男が声を上げて笑った。
「ちっぽけなる人間に、神の力を見せてやろう」
なのはが魔法を起動するより早く、パルパレーパが分子配列を思わせる球体を呼び出した。
「ケミカルフュージョン!!」
召喚魔法?
奇妙なことに、レイジングハートには魔力反応が感知されなかったようだった。
なのはが困惑する間に、男と、ヴィヴィオと、球体が融合していく。
「な……!?」
誕生した巨神が高らかに告げた。
『パ ル パ レ ー パ ・ プ ラ ス !!』
30メートルはあるであろう、白い装甲をもつ巨大ロボットが、なのはを見下ろしていた。
「こ、これは……!?」
素早くレイジングハートが検索するが、該当する情報は見当たらない。
それもそのはず。
パルパレーパは遥か異郷の宇宙からやって来たのだから――
それを知らないなのはは、混乱を静めるのに必死だった。
「あのロボットみたいな姿は……融合騎? ゆりかごのような古代ベルカの遺産?」
わかりません、レイジングハートもそう答えるしかないだろう。
ミッドチルダには、サイボーグに似た技術はあるが、三重連太陽系で発達した生機融合はそれとは全く異質な技術である。
『さぁ、どうする。戦うか、我と』
好戦的、というよりも、弱者をなぶって愉しむ嗜虐者といったほうが正確であろう。
パルパレーパが挑戦的に言ってきた。
「……レイジングハート」
《Yes.Master》
先程、起動準備をはかったディバインバスターをパルパレーパに撃つ。
「シュート!!」
『ふ、それが貴様の攻撃か』
パルパレーパ・プラスはマントをひるがえし、飛んだ。
『はぁっ!!』
パルパレーパは右手をメスに変化させ振るった。鋭く、重量のある一撃。
紙一重で避けたなのはが、誘導弾を生み出す。
『よくぞ避けたものだ……次は外さぬ』
「的は大きい……だけど思ったより速い」
しかし、誘導弾を周囲から浴びせ掛ければ――
「ディバインシューター!!」
パルパレーパの巨体を魔法が襲う。
着弾――したと思った。
だが、向かってくる誘導弾を、パルパレーパは全てメスで割断してしまう。
恐るべき反応とスピードだ。
この技量は、戦闘機人をも凌駕しているのではないか。
「そんな……」
なのはは軽く動揺する。
『次はこちらからいくぞ』
メス同様、腕を変化させた注射器にナノマシンを充填する。
あの娘も、我がケミカル攻撃で陥落するだろう。
その後はどうするか。GGGのようにパレッス粒子で腑抜けに変えるか、それともケミカルボルトで操り人形にするか……
パルパレーパは戦闘後の愉しみに思いを馳せ、笑みを浮かべる。
「くっ――」
なのはは頬から冷や汗を流した。
エクシードモードの長時間駆動はなのはとレイジングハートに負担を強いる。だが、もはや躊躇は許されない。
ヴィヴィオを救うため、全魔力を使い果たしてでも、パルパレーパを倒す。
全身がボロボロになっても構わない……あの日の時のように。ヴィヴィオが戻ってくるのなら――
「レイジングハート、全力全開でいくよ」
《Yes.My Master》
魔力が極限にまで増幅されたブラスターモードならば。パルパレーパ・プラスにも対抗できるはずだ。
決意を秘めたなのはの瞳を見てもパルパレーパの嘲りが止まることはない。
『神に逆らう愚かさを後悔するがいい!』
突進。
なのはは《スターライトブレイカー》で応戦しようとした。
その時だ。
ゆりかごの天井に穴が穿たれ、空からの光と突風が、砕かれたゆりかごの建材と一緒に降り注ぐ。
『……!』
「パルパレーパァァァァ!!」
一人の青年が、激しい叫び声を伴って《聖王の間》に飛び込んでくる。
自由落下の状態で青年がパルパレーパの元に近づく。
「あああああぁぁぁぁぁ!!!!」
『貴様は!?』
青年はパルパレーパの頭部に着地、すかさずそこを蹴って宙に浮遊する。
「はぁぁぁっっ!!」
青年がパルパレーパにかざした左掌から、無形の衝撃波が放たれた。
『むっ、Gストーンの衝撃波か!!』
パルパレーパは腕を上げて攻撃を防ぐ。もとより、こんな衝撃でやられるような相手ではないことは青年も充分承知している。
とはいえ──
『ぬぅぅ。これは』
パルパレーパ・プラスの腕の一部が分解され、消失していた。
『ジェネシックオーラ……Gストーンを通じて体内に蓄えていたか』
青年は、なのはの傍らに降り立った。
「……」
なのはよりやや年上の、長身の若者だった。
茶色がかった長髪に、引き締まった肉体。
彼はゆっくりと、左手の甲を前に掲げてみせた。
そこには、鮮やかな青緑色の光とGの紋章が浮かびあがっていた。
パルパレーパの反転したようなのではなく、本物のGの紋章だ。
『貴様も来ていたとはな。青の星の勇者。 獅子王 凱よ』
(獅子王……凱……)
なのはは、凱と呼ばれた青年を見た。恐らく自分と同じ地球の出身か。あるいはスバルのように先祖が地球の生まれなのだろうと推察。
「貴方は……」
なのはが声をかけようとした時、青年が振り向いて言った。
「俺が奴を引きつける。その間に君は逃げろ」
真っすぐな眼差しで彼は告げた。
「……だめよ!」
「奴は恐ろしい相手だ。だけど──」
「待って、あのロボットの中には私の……」
『なにをゴソゴソ言っている?』
傲慢な態度でパルパレーパは二人を見下ろした。
『たった一人加わったところで、戦況が変わるとでも思っているのか』
心底、見下した言い方であった。
『青の勇者よ、ギャレオンはどうした? ラティオは?』
「……」
『ふん、もはやメカノイドにフュージョンすることも出来ぬ貴様が、この私と戦えると、本気で思っているのなら、これほど愚かな考えはないな』
「パルパレーパ……!」
『そもそも、すでに貴様との決着はとうに着いている。あの時、ガオファイガーを破壊した時にな!』
「あぁ、確かに、一度は貴様に敗れた……」
凱の声は、静かだが、強さに満ちていた。なのはには、そう感じられた。
「だが、それは俺が俺の勇気を信じられなかったからだ……」
苦みのある成分を含んだ言葉が、なのはの耳朶をうつ。
「だけど、もう俺は──」
『死に損ないの人間がなにを!』
激高したパルパレーパは、凱に挑みかかる。
「駄目!!」
なのはは凱の前に回り込み、砲撃を撃とうとする。
「よせ!!」
彼女は凱の制止を無視した。
そして、パルパレーパ・プラスは、ひと思いに二人の命を絶つべく必殺技を使う。
対するなのはも、必殺の砲撃を撃つ準備に入った。
──星よ集え!
本来はこのような建造物の中で使用する魔法ではない。だが、巨大なゆりかごの内部はかなりの奥行きと広さを持っている。この魔法を撃っても、艦を崩壊させるような被害は出ないと踏んでいた。
『いくぞ、異界の人間よ』
「待て……」
「スターライト……」
『ゴッド・アンド・デビル!!』
「ブレイカー!!」
「やめろっ……!!」
三人の絶叫が重なった。
ドギュン!!!!
なのはが撃ち放った光の束と、パルパレーパ・プラスの両手が合わさった鉗子(かんし)の攻撃が、衝突する。
「そんなっ!?」
高速で動き、スターライト・ブレイカーの光を打ち砕いたパルパレーパのゴッド・アンド・デビルが、真っ正面からなのはを狙う!
「ちぃっ」
このままではなのはは押し潰される。
凱はなのはの前に回り込んだ。
それは、ほんの数秒間の出来事であった。
なのはは飛翔しつつ、防御を展開しようとしたところに、凱が視界を遮るように飛び出し、そこに凄まじいスピードでパルパレーパ・プラスの鉗子が迫る。
「ぐわぁぁぁっ」
鉗子は、まともに凱の身体を直撃した。
「ああっ!」
「ぐぉぉぉっ」
『最期だ、死に損ないの勇者よ!』
凱の肉体に、鉗子がめりこむ。裂けた傷から鮮血が噴き出した。
「ぬぅぅぅ!!」
それでも、凱の闘志は衰えない。意識を高め、左掌のGストーンに力を集める。
緑の光と赤い雫が、背後にいたなのはの体に、さながら驟雨(しゅうう)の様に降り注いだ。
白いバリアジャケットとレイジングハートは凱の血で汚れた。