ナノガイガー戦記~勇者とエース~    作:かがみん

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第20章 リミピッドチャンネル

──凱はきっと、驚くだろうな……

聖王医療院の廊下を歩きながら、卯都木 命(うつぎ みこと)はそんな思いを浮かべていた。

目下、医療院の内は遊星主襲撃の影響により、蜂の巣をつついたような状態だ。医師や職員たち、騎士や陸士たちのあわてふためく様子が命の視界に映る。しかし、命の心は動揺もなく、静謐そのもののなかにあった。まるで自分だけ別の次元にいるような……そんな感覚を彼女は覚えた。

ラビットヘアを静かに揺らし、命は医療院の内部を進む。患者が勝手に出歩いているというのに、見咎めるものは皆無だった。その姿はあくまで自然体であり、いぶかしむべきところが見当たらないからだろうか。

やがて、ある部屋に命は入った。緊急事態にみんな急がしく動き回っているためか、命の行動に注意を払う者もなく、望み通り、するり、と侵入出来た。

数分あって、命が部屋から出てきたが、その着衣が変わっている。彼女が着ているのは、管理局の職員が着る制服であった。入院用のパジャマは部屋──職員用更衣室に脱ぎ捨ててきたのだった。

(急がなくちゃ……)

聖王医療院内の、ある一角。

目指す、その場所に、命は全く行ったことがない。だが、どこにあるかはわかっている。迷うことなき足取りで歩いていく。

途中、何度か建物全体に震動が走った。

遊星主プラヌスの攻撃が、医療院を直撃した影響だろう。非常時の結界により被害は食い止められたが、いつまで持つかはわからなかった。

命は足早に、目的地へ急いだ。

(あった……!)

セーフティロックを解除。扉が開き、命はその場所へと踏み込んでいった。

 

戦闘が始まって数分後、パルパレーパの表情に激しい動揺が広がりつつあった。

(ば……馬鹿な!?)

ゴッドジェイダーはパルパレーパに対し、猛攻を加えてきた。最初、強者の余裕から侮っていたパルパレーパだったが、Jの攻撃は信じられない程のスピードとパワーとを兼ね備えていた。

(この私が捉えきれない……だと!?)

速い。

姿が消えたと思った瞬間、背後に強烈な一撃が入り、パルパレーパはふらついた。

(ぐぅっ……!)

まるで相手にならない。ゴッドジェイダーにより、一方的に嬲られるままだ。

「ふざけるなぁぁぁ」

激昂し、メスを突き出すが、ゴッドジェイダーが装備したプラズマソード──バルディッシュのザンバーフォームが変化した刃──で弾かれ、装甲に傷をつけられた。

「おのれぇ!! 私を愚弄しおって」

「創造神といいながら、その程度か?」

Jは挑発するように言った。

パルパレーパはますます怒り狂う。

「ぬぉぉ──!!」

突進。

「……意外と単純だね」

フェイトが呟いた。

ゴッドジェイダーは存分に、パルパレーパをプラズマソードで斬り刻んだ。

「ぐはぁっ!」

ここに至り、相手の方が強い、と認めざるを得ないと悟ったパルパレーパは、

「ならば……これならどうだぁぁぁ」

「む?」

Jが警戒する。

「ドーピングシリンダー!」

背面にあるシリンダータイプカーベタを自身の機体に突き刺した。その形態が変化していく。

「パルパレーパ・プラジュナー!!」

ケミカルナノマシンを自らに注入することで、パルパレーパ・プラスからプラジュナーへ変型したのである。その、強化された形態でゴッドジェイダーに挑む。

「神の力、思い知るがいい!!」

「ふっ……ラウドGストーンの力を限界まで高めた強化形態か。だが、逆に刃の肉体を破壊する両刃の剣でもある──」

出力を最大限に引き出すかわりに、パルパレーパにかかる負担は増大し、ついには活動停止にまで追い込まれる代物だ。

しかし、それと引き換えに、凄まじい力が与えられるのだった。

パルパレーパ・プラジュナーは勢いづいて攻め掛かる。

その速度はゴッドジェイダーに迫るものがあった。

「そうでなくては、戦いは面白くない」

Jは余裕を崩さない。

「フェイト、いくぞ」

「うん」

ゴッドジェイダーの光の翼が、闇の中で輝いた。

 

──気がつけば、空のなかにいた。

自分の体が非物質化したような、浮遊感に包まれる。

そのすぐ後に襲ってきたのは、急激な、落下による衝撃。

「み、命っ!?」

突然上空に現れた卯都木命の姿に、凱がひどく狼狽する。同時にこちらに向かって落ちてくる彼女を、危ういタイミングで抱き留めた。

「なぜ──ここに?」

「医療院の転送機を使用したのですね」

シャッハがそう推察する。

「この区域は危険です。すぐに待避してください」

と、戦場からの避難を勧める。

「いいえ。私はここにいます」

「しかし、貴女はまだ治療が……!」

命は首を振って否定する。

「私はもう大丈夫です、シスターシャッハ。身体の具合はすっかり回復しましたから──」

微笑する命に、シャッハは言うべき言葉を見つけようとした。それより早く、

「私は戦います、凱と共に──!!」

「命……」

凱の胸に熱いものが込み上げてきた。だが、一方ではやはり危険に晒すわけにはいかない、と、思う。

「本当に大丈夫なのか、身体は……」

「ええ、すっかり治ったわ。だから──」

私を貴方の側に居させて。

声に出さなくとも、はっきりと凱の心に響いた。

「わかったよ、命」

原種大戦以降、共に生きていこうと誓った女性に凱は頷きその願いを聞き入れた。

「ありがとう」

命の唇が笑みを刻んだ。

凱たちの事情をよく知らないシャッハの顔には、困ったような表情が浮かんでいた。

「命は俺が守る」

「凱の足手まといにはならないから」

シャッハも反対する気を失い、諒解した。

「それより、凱。早く遊星主を倒さないと駄目だわ」

と、命が言った時。

やおら、プラヌスが動き始めた。

「またミサイルか!」

凱とシャッハが叩き落とす。

プラヌスは槍を構え、二人に接近してきた。

急激な移動で突風が巻き起こる。風光明媚で知られた景観はその風によって荒らされ、木々のなかには軋み声を上げながら倒れるものが幾つか見られた。

ランスの攻撃を、凱は命を庇いつつ防御し、シャッハがヴィンデルシャフトでプラヌスと戦う。

そもそも、ロボット形態の遊星主のサイズは、ガジェット・ドローンの比ではない。その武器も然りだ。

巨大な柱のような槍が、高速で襲ってくるのである。

これを受け流し、捌くのは、いかなベルカの騎士でも至難だ。なにしろ、ミッドチルダ式の様な砲撃を有していない。近接戦闘こそベルカの騎士の真骨頂なのだから。

「くそ……」

凱の動きがややぎこちないのは、下手に戦えば命を傷つけるかもしれない、という怖れが迷いを生じさせていたからである。

それは以前、バイオネットに奪われたガオーマシンの捜査中、少女アルエットを守りながら敵と戦っていた時にも感じた焦りと同種のものだった。

「すまん、命。ここでじっとしていてくれ」

一旦、地上に命を降ろし、

「プロテクション!」

防御魔法で命を包み込んだ。

動かないよう促して、再び凱は跳んだ。

「──凱」

凱は遊星主に向かっていく。

シャッハと双方向から攻撃する。プラヌスからすれば小さな人間たちがたかっているようなものだが、その二人には鋭い牙があるのだ。

しかし、プラヌスは二人相手にも的確に対応している。つけいる隙が見当たらず、凱やシャッハは唇を噛んだ。

(凱!)

「……!?」

突然、凱の頭のなかに、声が響き渡った。

(凱、その攻撃はフェイントよ!!)

「命の……声……!?」

プラヌスの槍に拳を当てようとした凱であったが、急に行動を変えた。

「プロテクトシェード!!」

プラヌスは槍を突くと見せ掛け、盾で殴打してきたのだ。

その一撃をシールドで受け止める。

(そうよ、凱。次はメーザーを撃ってくるわ)

「な……!」

声の通り、プラヌスはランスの先端からメーザーを発射した。的の小ささ故か、凱とシャッハは難無く回避する。驚愕した凱は問い掛ける。

「今のは命、お前なのか。これは、思念通話の魔法……?」

そういえば。少し前にも、命の声を聴いた気がしたが……

まさか、命も魔導師の能力を──

凱はやや混乱したようだ。

(魔法とは違うわ。リミピッドチャンネルという能力なの……)

空を見上げ、凱の脳内に直接話し掛ける命の額に、光の点が瞬いている。それが、リミピッドチャンネルが使われている証となる光だった。

「リミピッドチャンネル?」

凱には、微かにだが、聞き覚えがあった。

たしか、亡父の知人がそれについて研究していたはずだ。

命が簡潔に説明してくれた。

 

──リミピッドチャンネルは、太古の時代、人類全てが持っていた精神感応能力である。

その《場》に存在する意識の波を受信することで、起こりうる事象を感知できる、いわば予知能力という側面があった。

思考を直接やり取りできる、テレパシー能力が本領なのだが、今では極少数の人間にしか発現しない。

人類以外の地球の生命体では、《ソムニウム》がリミピッドチャンネルを通して意思の疎通を行う種族だった。

かつて、原種大戦と重なる時期、ベターマン即ちソムニウムが人類を死滅させる災いの元凶カンケルたる《ベストマン》の出現をいち早く察知できたのは、このリミピッドチャンネルがあればこそだ。

「予知……パピヨンの能力のようなものなのか?」

凱の疑問に命は少し違う、と答えた。

GGGオペレーター、パピヨン・ノワールの《センシングマインド》は、空間内に漂う磁場の感知により、起こりうる現象の予兆を知ることができる能力と理解されている。

これについては、本人にすら明確な定義が難しいのだが、自身が執筆した論文によると、《神経細胞の新たな受容体》から、《自然界に存在する微弱な信号》を、読み取り《過去、現在、未来の事象を脳内において》ある程度なら《観測が可能となる》能力ということになる。最大限にまで高まった分析能力とも言えよう。

ただし、任意に行える能力ではない。

幻覚のように、突然、パピヨンの脳裏に現象のイメージが浮かび上がるのである。これは、獲得した経緯が、薬物を含む様々な実験に基づくからかもしれないのだが……おおよそ好きな時に予知ができるという訳にはいかないのだ。

これでは戦略的な使い方は困難だろう。

一方、リミピッドチャンネルは何人もの使い手が確認されており、世界中で研究・実験が行われている。

命のリミピッドチャンネルが開いたのは、《セミ・エヴォリュダー》としての特殊な神経ネットワークに因るものだ。

機界新種との戦いの後、Gストーンの奇跡が、物質昇華に苛まれた凱のサイボーグボディーと、機界新種の素体となった命の身体を、生命ある肉体へと戻した……の、だが──

凱は超進化人類《エヴォリュダー》に、命は強力な神経細胞を持つ《セミ・エヴォリュダー》にそれぞれ生まれ変わった。

その能力故に、パルパレーパのパレッス粒子の攻撃から自力で脱することができたのである。

受動的という意味では、《センシングマインド》と同じようだが、命の場合はベターマン並に使いこなせるという。

いくつもの意識を一方的に受信するために重圧から精神崩壊にすら陥る能力者もいるというリミピッドチャンネル。しかし、命はセミ・エヴォリュダー能力によってチャンネル制御が可能だと述べた。

 

「じゃあ──その能力で奴の動きを読めるんだな?」

(完全に、じゃないけど、数秒以内なら90%の確率で予知できるわ……)

「それだけでも──」

凱はプラヌスの放ったメーザーを避けながら、

「ありがたい!!」

シャッハと連携しつつ、プラヌスの隙を伺う。

「頼むぜ、命!」

(任せて、凱)

彼へのサポートは自らが望んで進んだ道だ。凱の力になることは本望ともいえる。

(それだったら凱、急いで遊星主を倒してしまいしょう。一刻も早く護くんやルネと合流しないと……)

「どうしたんだ、命?」

その時、心なしか、命の額の輝きが光度を増したような気がした。

(判ったのよ! 私たちが元の時空に戻る方法が)

その言葉に、凱も衝撃を隠せなかった。

「なんだって!」

元の時空……それは三重連太陽系か、もしくは地球か。

いずれにせよ、次元世界からの脱出は可能だということなのか。

命はその方法を、リミピッドチャンネルによって会得したのか……

(あまり時間がないわ……鍵はナノガイガーが握っているわ!)

それは、とどのつまり──

(ナノガイガーがいまいる場所。次元の海……ピサ・ソールのもとに行かなくちゃいけないの、私たちは!)

凱は空を見上げた。

二つの月が浮かぶ異境の空。ピサ・ソールはその遥か彼方にあるはずだった。──

 

世界を賭けた攻防が終結に向かいはじめた頃。

どこまでも拡がる闇のなかに、仄かに青白い光がぼんやりと輝いている。その数、凡そ九つはあったろうか。

「くくくくく……」

愉悦を含んだ笑いが、空間に反響した。

「もうすぐ……もうすぐだ──」

その、闇のただ中に、わざとらしく靴音が鳴った。

「む……?」

「そこまでです」

若い声が、先客だった男に投げつけられる。

「貴方の野望も、これまでです」

ぱぁっ、と若者の掌からほとばしった輝きが、空間を照らし出す。

その明かりの元に青年の姿が曝される。

金色の髪。眼鏡をかけた、温和な風貌の青年だった。

だが、瞳に宿る光は、厳しいものを含んでいる。

「これは、これは……よく私の居場所を突き止めましたね、ユーノ・スクライア教授」

青年・ユーノは相手のおどけた口調に、真面目な表情で言った。

「探索は僕の仕事なのでね……それより、その《ジュエルシード》を今すぐ僕に渡してくれませんか? いまならば窃盗だけで済みますよ」

「それは無理だね。私の目的にはこれが必要なのだよ……レリック同様にね」

ユーノは微かに溜め息を吐いた。

「なるほど。よくわかりました」

ユーノはいつもの作業着から、防護服を纏った。

「それならば、力づくで取り返させてもらいますよ。ジェイル・スカリエッティ博士!」

決然と、宣戦布告した。

 

 

 

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