ナノガイガー戦記~勇者とエース~    作:かがみん

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第4章 再会

見霽(みは)るかす大海原、高く晴れ渡った青空が、視界いっぱいに広がっていた。柔らかい風が頬を優しく撫でていく。

ミッドチルダの海上に大きな施設が設けられていた。

主に若年犯罪者を収容する海上隔離施設である。

その、施設のなかを、一人の女性が歩いていた。

時空管理局陸士部隊の制服を着た、髪の長い清楚な女性。

ギンガ・ナカジマ陸曹。108部隊に所属する陸戦魔導師である。

「あら」

ギンガはこちらの方へやって来る、小柄な人影に気づいた。

キョロキョロと不慣れな視線で、施設を歩いていく。

「キャロ」

ギンガは人影に向かって声をかけた。それに気づいたキャロが、

「ギンガさん!」

ぱたぱたと、ギンガのところに駆けてくる。

「おはようございます」

びしっと敬礼しながら、キャロ・ル・ルシエ三等陸士は挨拶した。

「きゅくるぅー」

主の真似なのか、キャロが連れている小さな竜、フリードリヒも鳴き声を上げた。

古代遺失物捜索部隊機動六課・フォワードチーム最年少の10歳。

セミロングのややくせのある髪に、あどけない顔立ちの少女である。

ギンガの妹スバルの同僚にして、ライトニング分隊の竜召喚士。コールサインはライトニング04。管理局員の制服を着ていても、ビシッとした印象より可愛らしさの方が際立っていた。

「おはよう、キャロ。今日はエリオと一緒じゃないのね?」

「はい。みんなは首都の警備のために、市街地の方に行ってます」

JS事件からまだ一日しか経っておらず、街の治安を懸念する地上部隊からの応援で、機動六課も警備や交通整理などに協力していた。

といっても、フォワードを率いる高町一等空尉やヴィータ三等空尉は、事件での負傷と疲労のため、動くことを禁じられていたのだが……。

「あの、遊星主とかいう敵を警戒して、みんなかなりぴりぴりしてるみたいでした」

と、キャロの説明を聞き、ギンガはそう、と、頷いた。

JS事件が終わって、まだ二日目。事後処理を含めて管理局は対応に追われていた。まして、遊星主という未知の敵が表れたからには……。

「それでキャロはどうしてここに?」

「ルーちゃんに会いに──」

「あぁ。ルーテシアね」

J・スカリエッティに手を貸していた召喚魔導師の少女。

ルーテシア・アルピーノ。

「ルーちゃんに伝えたいことがあるので、ギンガさんに頼みにいこうとしてたんです」

ギンガは事件集結後、海上隔離施設で捕まった戦闘機人たちの再更正プログラムを担当することが決まっていて、その前段階として、戦闘機人たちと話をよくしに行っていた。

自らも戦闘機人《タイプゼロ・ファースト》であり、一度は洗脳されて『13番目のナンバーズ』となった彼女だからこそ、更正プログラムの担当者には適任と言えた。

「直接、伝えるわけにはいかないの?」

「えっと、どうしても、私から伝えたくて……それに、ルーちゃんの様子も知りたかったし……」

もじもじと、キャロはギンガに言った。

「そう。それで一人で来たのね」

「はい」

まっすぐに彼女の目を見て、キャロが答えた。

淡い笑みを浮かべ、ギンガは頷いた。

「わかったわ。私に着いてきて」

と、施設内の案内を引き受けてくれた。

 

──JS事件において、ルーテシアとキャロは互いに召喚士として、幾度かぶつかりあった。信じるもののため、大切な人を護るために。そしてルーテシアは敗れ、逮捕された。その二人の因縁とも呼べる関係を思い出したギンガは、キャロの頼みを断ることができなかったのだ。

ルーテシアが居る部屋に向かって歩き出したギンガに、キャロはほっとして、その後をフリードと共について行った。

犯罪者を収容しているだけあり、施設は厳重なセキュリティで守られている。魔導師などは能力を封じられ、脱出が出来ぬようつねに監視されていた。

ギンガはルーテシアに宛がわれた部屋の扉の前にキャロを案内した。

「ちょっと、いいかしら。貴女にお客さんが来てるの」

と、扉に備え付けられた送話機に話し掛ける。

『……いいわ』

聞こえてきたルーテシアの声に、キャロははっとなった。

「では、開けるわね」

扉の装置にブリッツキャリバーを通して認証コードを打ち込み、ロックを解除する。

シュッと小さな音をたてて、扉が開いた。

「行きましょう」

「は、はい」

怖ず怖ずとした様子で、キャロは部屋の中に足を踏み入れた。

中は質素に片付いていた。簡単なテーブルやベッド、戸棚などが置かれているだけで、華美な装飾品など全くない。

それどころか、生活臭すら皆無といえた。ここに容れられて日が浅いとはいえ、あっさりし過ぎている。

それが、改めてこの場所が『独房』なのだとキャロに思わせた。

しかし、目の前のルーテシアには不満の色もなく、相変わらずの無表情で、ベッドにちょこんと腰掛けている。

「ルーちゃん……お、おはよう」

躊躇いがちに、キャロが口を開いた。

「……お客さんて……貴女なのね」

ぼそっとした口調でルーテシアは言った。

彼女はスカリエッティに利用され、テロ行為に荷担した召喚士である。

キャロが召喚したアルザスの守護神ヴォルテールに匹敵する召喚虫「白天王」をも操るほどの能力者だった。

見た目はごく普通の少女である。年格好はキャロとあまり変わらないだろう。艶やかな長い髪に、華奢な体格をしている。背は少しだけキャロより高いといったところか。

しかし。幼いとはいえ、彼女は六課襲撃等では多くの人達を傷つけた。当然無罪にはなり得ず、何らかの処罰が課せられるだろう。

それを決定する裁判の日まで、彼女はこの部屋に拘束され続ける。

キャロは、毎日こんな部屋で過ごして退屈しないんだろうかと、ふと頭に浮かんだ。

寂しくはないのだろうか、と。そこで急に思い起こしたのは、ルーテシアと行動していた融合騎や、彼女を「お嬢様」と呼ぶ戦闘機人たちのこと。アギトたちがいれば、たいして孤独ではないのかもしれない。

キャロはそんなふうにも思った。

(それに……私も……)

「それで、私に何の用?」

この事を伝えれば、きっとルーちゃん、喜んでくれる。キャロは確信しながらルーテシアに言った。

「実はね、ルーちゃんのお母さんのことなの」

「!」

ハッと、ルーテシアの表情が変わった。

不安と期待がないまぜになった顔だ。

 

……そもそも、ルーテシアがスカリエッティに協力するきっかけは、彼女の母親、メガーヌ・アルピーノがその原因だった。

新歴67年。

当時、首都防衛隊ゼスト・グランガイツの部下であったメガーヌ・アルピーノは、同僚クイント・ナカジマ等と共に、違法な実験が行われていた施設に突入した。

それは後世、戦闘機人事件と呼ばれる悲劇的な事件へと発展する捜査であった。

昨今、人造生命の操作実験が非合法で繰り返され、管理局もかなりの部隊を投入する。地上の治安に腐心していたゼストは、本部からの圧力を受けて、捜査から外されそうになり、焦りを覚えていた、という。

彼は事件捜査を打ち切られる前に強攻策を採った。精鋭部隊を率いて目星をつけていた研究施設に、強制捜査に踏み込んだのだ。

そこでは、人造魔導師に機械で強化した戦闘機人が制作され、また他の兵器も造られていた。ここで違法技術者を逮捕すれば……。

ゼストたちは研究施設の制圧に、全力を賭けた。

だが。その施設にはスカリエッティが関与していたのだ。

ナンバーズの一人、チンクとの死闘の末、ゼストは死亡。また、ガジェットとの戦闘で機動六課スバル・ナカジマの母クイントも、同じく戦死する。メガーヌは負傷したところをスカリエッティに拉致された。

これで、ゼスト隊は全滅し、スカリエッティには貴重な実験素体を手に入れたわけだ。

そして。幼かったルーテシアもスカリエッティの元に連れ去られ、改造と洗脳を受けた。

死亡したゼストは、スカリエッティの技術で蘇り、協力者にさせられる。

ゼストもルーテシアも、古代ベルカの遺産たるロストロギア、レリックとリンカーコアが融合した「レリック・ウェポン」の実験体にされた。

それは、彼らの目的のひとつ、「聖王」と「聖王のゆりかご」を復活させるための、実験の一環である。

 

「11番目を探さないと……」

ルーテシアにスカリエッティは「XIの刻印があるレリックを見つけだせば、君の母親は目覚める」という偽りを吹き込み、自分たちの犯罪に利用したのだ。

母親との再会を望む彼女は、六課の捜査を自分の願望達成の邪魔物として認識し、容赦ない攻撃を与えた。機動六課隊舎襲撃では、「聖王の器」ヴィヴィオ誘拐も行った。

全ては母メガーヌを蘇らせ、自分にない「感情」を手に入れるために。そのために必要なレリックの捜索だった。その過程でレリックを巡り機動六課とは幾つかの戦闘を繰り広げた。

JS事件の発端となったレリックは、古代ベルカにて創られた、現在では製法が失われたロストロギアである。

超高密度の魔力結晶体で巨大戦艦「聖王のゆりかご」を動かすジェネレーターであり、聖王を起動させる力の源としても使われる。

スカリエッティはゆりかご復活に向け、レリック・ウェポンを開発。実験データの収集に余念がなかった。

ゼストもルーテシアもまさに「兵器」として使われたわけだ。

ルーテシアにはさらに、外部から行動を操作する機構も取り付けられ、最終決戦においてこの機構を介してクアットロにより感情と力を暴走させられた。

限界を越えた力で究極召喚「白天王」を行使し、ライトニング隊を危地に陥らせる。

が、召喚士として成長したキャロ・ル・ルシエの呼び出した真竜ヴォルテールによって白天王は押さえ込まれ、ルーテシアは魔力を使い果たして気絶。

キャロとエリオは召喚虫たちを収め、暴走を止めた。

あとは、逮捕・拘束されてこの海上隔離施設に送られて今に至る。

重犯としてナンバーズのウーノやオットーなどは各世界の軌道拘置所に収容され、比較的に管理局に協力的な他の姉妹たちは、ルーテシアと同じ隔離施設に容れられた。

近々、裁判にかけられる身だが、能力の封印と行動を監視させられる事を除けば、案外自由に過ごせることができた。

「あのね、昨日ルーちゃんのお母さんの検査結果が出たから、知らせに来たの」

「本当!?」

ルーテシアは逸る声で訊いた。

JS事件の終盤。スカリエッティ・ラボから救出された人々の中には、ルーテシアの母親もいた。

培養漕でずっと眠りについていた彼女たちは仮死状態のまま、すぐさま病院に搬送され、治療と検査が始められた。

「肉体的な異常は見られないって、シャマル先生が言ってた。身体は弱ってるけど、脳死じゃないから、リハビリすれば普通に生活できるようになるんだって」

古代ベルカ式の使い手、湖の騎士シャマルは、優れた医師でもあった。そのデバイスたるクラールヴィントは探索やバックアップに特化した機能を備えている。その能力を用いた診断は患者の容態を探るのにも絶大な威力を発揮してくれた。

むろん、最新の医療機器を駆使しての検査もあった。

「そう……なの」

ルーテシアの瞳に、安堵の色が浮かんだ。

キャロの顔も心なしか嬉しそうだった。

「まだ意識は戻ってないけど……レリックなんかなくても、治療を続けていればきっと、目が醒める。そう、先生が教えてくれたの」

「お母さんが……目醒める……」

ルーテシアは泣きそうな貌をした。

「お母さんと……一緒に……暮らせるかな……私」

「大丈夫だよ。きっと。お母さんと暮らせるようになるよ、ルーちゃん」

涙を零しはじめたルーテシアの肩をそっと抱いて、キャロが言った。

「うくっ……ぐすっ……ひっく……」

嗚咽を堪えるルーテシアの姿に、キャロはなんとか彼女の保護責任者になれないものだろうか、と思った。

自分にその権限があれば、ルーテシアの保護者としてなにかと便宜を図ってあげられるのに。そうすれば、裁判などで彼女を擁護しやすくなるだろうし、刑期も軽いものにしてもらえるかもしれない。

現に、ナンバーズたちはナカジマ陸佐や聖王教会の騎士カリム、シスター・シャッハが保護者として名乗りを挙げている。

キャロはなのはやフェイトに頼みたかったが、忙しい身の上の隊長たちの迷惑になるやもと思い断念した。

だが、もし彼女のために自分にできることがあるのなら、躊躇いなく、責任を持って尽くそう。そんな決意をキャロは抱いていた。

「……ねぇ、それを伝えに、わざわざここに来たの?」

目を擦りながら、ルーテシアが訊いてきた。

「え? う、うん。えっとね、私の口から伝えたかったの……ルーちゃんの様子も気になってたし」

「あと。前から聞きたかったんだけど。知り合いでもない、それどころか敵対すらしていた私に対して、なんでそんな風に馴れ馴れしく呼ぶの?」

「それは……」

最初に遭遇した時から、キャロは「ルーちゃん」と彼女に向かって呼んでいた。その時は本人が名乗らず、アギトが「ルールー」と呼びかけたりしているのを聞いて「ルーちゃん」と漠然と覚えたわけだが、事件の最中、ルーテシアの素性を知ってからも「ルーちゃん」と親しげに呼んでいた。

「えっと……」

「……」

「友達になりたい……から、かな」

ふっと、優しい笑顔になって、キャロが言った。

「友達?」

「うん……友達になりたいの」

フェイトがその光景を目にしてたら、あるいは驚

いたかもしれない。

かつて、10年以上も昔。

同じ言葉をなのはから伝えられた彼女ならば。

「ルーちゃんのこと知った時から思ってたの。私と同じ召喚士で私と似たような悲しみを持った子がいるんだなぁって。もし、ルーちゃんの悲しみを変えられら……友達になれるかなって」

「何それ。同情したから、友達になってあげましょうって、優越感に浸りたいの?」

「違うよ!それは違う!!」

険しい目をしはじめたルーテシアに、キャロは反論した。

「たしかにかわいそうだとは思ったけど。でも、私は優越感とかそんなんじゃない……ルーちゃんとなら友達になれると思ったから……ただ、それだけだよ。だって一人は寂しいから……」

「私は散々、貴女たちを傷つけてきたのよ。それでも、許せる?」

「あれは──騙されてたから……操られてたから。本当のルーちゃんは優しいいい子だって思うから」

「どうして解るの?本当の私がどういう人間なんて」

「だから。これから。本当のルーちゃんを知りたいから、ルーちゃんと。友達になりたいの」

キャロはルーテシアの手をそっと握った。

温かい手だった。

「!」

ルーテシアの頬が紅く染まる。

「私だけじゃなく、エリオくんも、スバルさんやティアさんも! きっと、ルーちゃんと仲良くなれるはずだよ」

キャロは、にこっと、微笑む。

「……どうすれば。私と貴女たちが友達に、なれるの」

ぷいと、視線を逸らしてルーテシアが訊ねる。

「フェイトさんが教えてくれたの。友達になる、第一歩は『なまえを呼ぶ』だって」

皆でなのはの過去を知った、ホテル・アグスタの一件の後。エリオとキャロはフェイトから二人の馴れ初めを聞き出していた。

今のルーテシアのように、頑なな態度のフェイトを変えた、「別れ」の話を。

『なまえを呼んで』

なのはから言われ、フェイトは初めて「友達」の名前を呼んだ。

だから、キャロも同じように──

「なまえを呼んで……私はキャロ、キャロ・ル・ルシエだよ」

「キャ、キャロ……」

躊躇いがちに。小さくその名を声に出した。

「うん。ルー……ルーテシアちゃん」

「本当に私と……友達になれる?」

「そうだよ。私は悲しい過去は消せないけど、でも、楽しいことや嬉しいことは今からでも作れるってことをみんなから教えてもらったもん」

「キャロ……」

「フェイトさん言ってた。どんな子供も幸せになれる権利と変えられる未来があるんだって……だから。これから変えて、作っていこう。ルーちゃんの新しい未来を……一緒に」

「新しい……未来」

「お母さんと、ルーちゃんと……私たちで」

そうすれば、いつか、フェイトさんやなのはさんたちみたいに私たちも……

「そうね……もう、戦わなくてもいいのよね。普通に、お母さんと暮らせて……友達もいて……そして」

ルーテシアの瞳は潤んでいた。ずっと、胸の奥に封じ込んできた、小さな願い。

他の子供と同じ。普通の穏やかな暮らし。

キャロはそこで確信していた。ルーテシアは自分には感情はないと言っていた。それはスカリエッティによる操作によってであり、そう思い込んで意識の底に押さえ付けていただけなのだと。

「大丈夫。きっとこれから、その願いは叶うよ。

私たちも手を貸すから」

「根拠のない、楽観的な話ね……有罪判決で私も軌道拘置所に容れられる可能性、あるのに。キャロ」

冷たい物言いに、キャロはちょっとシュンとなった。

「でも。ありがとう……」

照れ臭げに、ルーテシアは呟いた。

キャロは微笑して、ルーテシアに頷く。それから、また会いに来ることを約束して、暇乞いを告げる。現在起こっている事件については口にしなかった。

そんな、二人の少女たちのやり取りを、ギンガは穏やかな笑顔を浮かべて見つめていた。

彼女も、昨日、ナンバーズに対し同じような言葉を交わしたのだ。

スカリエッティに改造され、妹に拳を向けた過ちを償うためにも。

ギンガは戦闘機人たちを「機械」でなく「人」として、幸せにしてあげたいと。キャロとルーテシアの事を見ながら強く思った。

自分も「友達」になりたいから。

スバルが、ティアナたちと絆を深めたように。

(お母さんが私たちを愛してくれたみたいに。私も、彼女たちを大切にしよう。戦うために生まれてきた身体でも、人の幸せを手に入れられるのだと、伝えていこう)

この、目の前にいる、勇気ある少女のように──

 

蒼く枝葉を繁らせる大樹の根元で、一人の少女が寝息をたてていた。

年の頃は14、5歳だろうか。幼く見える顔立ちに、兎の耳のようなヘアスタイルが特徴だった。制服を着たまま仰向けで眠っている。

((みこと)……命)

そんな彼女の意識に呼び掛ける声があった。

卯都木 命がよく知った、幼なじみの声。

(ん……凱?)

獅子王 凱の声は、起きろと、命に何度も呼び掛けを続けた。

(もう……わかったわよ。せっかく、気持ち良く寝てたのに。凱ったら……)

命はうっすらと、目を開けた。逆光の中に、少年のシルエットが浮かび上がる。髪を短く刈った、体格の良い少年であった。

(凱)

(やっと起きたか、命)

凱はホッとしたように呟いた。

(どうしたのよ。そんなに慌てて……)

(俺達にはお前の力が必要なんだ)

命は首を傾げる。

(私の力?)

私に、なんの力があるのだろう。むしろ、高校生でありながら宇宙船パイロットに選ばれた凱の方がよほど自分より優れた能力の持ち主ではないか。

(お前にしかできないことがあるんだ)

凱はまだ寝転んだままの命に、手を差し出した。

大きな手だ。

(さぁ。早く行くぞ)

(ちょっと、どこによ?)

(俺達の誓いを果たす場所だ)

(なんの

誓いよ?)

命は困惑した。

(忘れたのか。俺達の……勇気ある誓いを!)

(勇気ある……誓い……)

(思い出せ、命)

がっしりと、凱は命の掌を握り締めた。

(凱……)

(さぁ立ち上がるんだ、勇者として!!)

ぐいっと、命の腕を引っ張った。

(……!!)

そして。命の意識を鮮やかな緑の光が包み混んだ。

遥かな時空を飛翔したような気がした。

(私……私は……!)

光の洪水が弾け──

 

「はっ……!?」

命は双眸を見開いた。

白い天井が、眼に映る。

「こ……ここは?」

命はベッドの上に寝かされていた。

ゆっくりと上半身を起こすと、質素な装いの部屋に居ることがわかった。

「病室?」

まさに病院の一人部屋といった風情の部屋で、窓の向こうに美しい山や森が広がっている光景が見えた。

命には、全く見覚えのない景色だった。

「一体、ここ……どこなの?」

例えようもない不安感が胸に込み上げてくる。迷子になった子供のような心境だ。

さらに。身体にかかっていた布をまくると、服が変わっていた。

GGG隊員の制服を着ていたのが、黄色いパジャマになっている。

命はベッドを降りようとした。

(もしかしたら遊星主に拘留されたのかしら?)

命は敵の名を思い出した。ソール11遊星主。赤の星に誕生したプログラム。彼女は、その遊星主と戦っていた。仲間と共に。

(そうだ。みんなはどうしたのかしら!? 凱!!)

焦燥感が募る。

凱は敗北から立ち直り、再び勇者としての姿を見せた。命は喜んだ。

だが、それがまた離れ離れになってしまった。

(凱を捜さないと!!)

こんな場所でうろたえている場合ではない。GGG隊員として行動しなければ。

そう、決意の表情を浮かべたとき。

ガチャリと、ドアが開いた。

たてがみを思わせる長髪の青年が部屋に入ってくる。

「命、目が醒めたんだな!」

獅子王凱の顔には、安堵と慈しみの色が浮かんでいた。

「凱……」

青年は恋人の元に歩み寄ると、優しく抱きしめた。

「俺……命が二度と目を醒まさないんじゃないかって……怖かった。でも、よかったよ。命」

「心配かけてごめんね……凱」

涙をこぼしながら、命は謝った。凱のたくましい胸板に頬を埋める。

「おかえり、命──」

「ただいま……凱」

こうして、卯都木命は、勇者のもとへと帰還を果たした。

だが、その覚醒は新たな戦いの開始を意味する序章となる。

凱と命に新たな力と使命を与える戦いの。

 

「え~と、お熱いところを悪いんやけどな……」

「!?」

いきなり背後から聞こえてきた声に、凱と命はビクッとなり、慌ててお互いから離れた。

「驚かせてすまんなぁ。まぁお目覚めしてなによりや」

と、二人だけの世界に割り込んできた女性は謝ったが、その口許はにやついていた。

「八神隊長……」

凱と命は赤い顔で、女性の前に並んだ。

「凱、この人は?」

と、命は彼女の事を訊ねる。

「おっと、これは失礼。私は八神はやて。時空管理局遺失物捜索課・機動六課の隊長です」

「機動……六課?」

命はキョトンとなった。思わず凱は苦笑する。

「まぁ、私らの事はおいおい説明するとして……それでな、これから会議があるねん。それに二人も出席してもらうから」

と、はやては凱たちに伝えた。

「そこで、あんたらの事情も詳しく聞かせてもらうよ……」

 

ミッドチルダ北部にあるベルカ自治領。そこにある聖王教会が運営する聖王医療院。

命は短い検査を受け、退院してもよいという医師のお墨付きをもらった。彼女の身体に異常も見つからず、健康体だと判断されたのだ。

「私、二日も寝てたの!?」

廊下で凱から話を聞かされ、命は驚いた。

記憶が曖昧なため、時空間を越えたという自覚は皆無である。

「Gクリスタルが破壊されて、凱がギャレオンの中から現れたとこで記憶が途切れてるわ」

先を歩くはやてに従って、凱と命は医療院のロビーを進んだ。

やがて玄関を抜け、外へ出ると、緑の自然が視界に飛び込んできた。

異世界と言うが、まるで北欧辺りを旅行しているような気になる。

はやては駐車場の方に向かう。すでに部下が待機しているはずだ。

車の見た目は地球の自動車とほとんど変わらなかった。

「隊長」

「お待たせや、アルト」

運転席には機動六課ロングアーチのアルト・クラエッタが隊長の帰りを待っていた。小柄だが、元気な雰囲気の少女である。ロングアーチを統括するアルトの上司シャリオ・フィニーノが出かけているため、今回の運転手を頼まれたのだ。

早速アルトは車のドアを開けた。

はやては助手席に乗り込んだ。凱と命は後部の席に並んで座る。

「ほな、地上本部まで頼むわ」

「了解」

車は発進した。

「どこへ向かうの?」

と命が訊いた。

「クラナガン……ここの中心らしいぜ」

と、凱は説明した。

ミッドチルダ中央部。首都クラナガン。時空管理局地上本部はそこにあった。

車は急ぎ足で、湾岸高速を疾走していく。

「フェイト執務官はもう本局かな?」

「はい。一時間前にシャーリーさんから連絡がありました」

「他の皆は会議室に集まってるんかな」

「みたいです」

「よっしゃ。これでやって本格的に動き出せるな」

はやては機動六課の設立にこぎつけた時の様な興奮を覚えていた。

「JS事件が終わってまだ間もないのに、皆さん大張り切りですよね」

「こういう事態が起きた時のためにあるんが、うちらみたいな部隊やからな!」

はやては力強く言った。

「あんたたちにも期待してるで、GGG(スリージー)の人!!」

「ああ!」

凱は不敵な笑みを浮かべながら、指を立てた。

ここ数日。管理局地上部隊はスカリエッティから受けた被害や事件の収拾におおわらわで、新たに出現したソール11遊星主に対する行動に踏み切れずにいた。しかし、二日を過ぎミッドチルダは落ち着きを取り戻し、はやての呼びかけでようやく遊星主の対策会議を開けることとなった。

会議は首都クラナガン、管理局地上本部ビルで行われる。

戦士たちの休息は終わり、戦いの嵐へ再び翼を振るう時が近づいていた。

そして遊星主もまた、雌伏から活動に移ろうとしていた……。

 

幸いと言うべきか。

時空管理局地上本部はジェイル・スカリエッティのテロ襲撃に会いながらも、機動六課隊舎ほどの被害は免れていた。

また、地上部隊を統括する施設であることから、優先的に修復を受け、組織の中枢としての役割を回復させつつある状態だ。

最も、レジアス中将の死によって、強力な指導者を失い、地上本部を纏めるリーダー役が不在であった。本部長以下、レジアスのイエスマンばかりしかいなかったからでもあるが、そんな中、八神はやての名が急速に支持されつつある。

JS事件を解決した奇跡の部隊の長。そしてレジアスに迎合せず批判すら辞さない凜とした態度が、うろたえ気味の隊長たちには頼もしく映ったのだ。

ここ数日で、はやては各部隊のイニシアティブを制する程の人望を築いていた。

今回開催される遊星主対策会議も、それがあってこそ、こぎつけられたものである。

自らはやてが発起人となって、地上本部に遊星主対策本部が置かれることになった。

スカリエッティ事件解決の功績の賜物だった。

会議は10時から開かれるが、会議室は9時前にはすでに参加者が集まっていた。

皆、それだけこの事件への関心が高いという事だ。

会議室はかなり広く、正面には大型ディスプレイが設置されていた。

本部の上役、各隊長たちをはじめ、GGGからは獅子王凱、卯都木命、天海護ら、機動六課からは主催者の八神はやて、高町なのは、シグナム、ヴィータ、リインフォースIIが出席している。また次元通信を介しては、時空管理局本局の次元航行部隊の提督たちやフェイト・T・ハラオウン執務官、三重連太陽系を代表してソルダートJと彼と行動を共にしている対特殊犯罪組織シャッセールのルネ・カーディフ・獅子王捜査官が、聖王教会からは騎士カリム・グラシアがオブザーバーとして参加する。

 

「それでは、これより遊星主対策会議を始めたいと思います」

はやてが厳かに宣言すると同時に、リインがある映像をディスプレイに映させた。

「これは……」

「これは次元航行艦クラウディアによって観測、撮影された遊星主の基地の映像です」

とはやてが解説した。

星々の間に、太陽のように輝く巨大な天体である。

もちろん、ただの恒星であるはずもない。

「今のところ、連中はなりを潜めていますが、油断はできません」

「そもそも」

隊長の一人が手を挙げ質問した。

「遊星主とはなんなのだね? スカリエッティの仲間なのか」

「そのことに関しては、彼に説明してもらうほうが早いでしょう」

と、傍らの少年に話をふった。

「えっと。皆さんはじめまして。天海護と言います」

緊張しつつも、真剣な眼で、護はマイクを握った。

「僕たちはソール11遊星主と同じく、別の宇宙からやって来ました……」

「別の宇宙……管理外世界のことかね?」

護は首を横に振った。

「もっと遠い、時空の彼方に三重連太陽系はありました……。でも、もうすでに滅んでしまいました……」

辛そうに護は言った。

「遊星主はもともと、三重連太陽系を甦らせるために創られたプログラムなんです」

 

「三重連太陽系?」

「プログラム?」

「滅んだ……?」

 

隊長たちは理解できず、ざわついた。

「そうですね。遊星主について話す前に、すべての始まりからお話したほうが良さそうです」

護は、三重連太陽系の歴史を、己の宿縁に絡んだ物語を語りはじめた。

遠い時空の彼方の宇宙の、滅亡と再生の物語を……

 

 

 

 

 

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