リンネ「この声は……燕尾服仮面様!」   作:ルシエド

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ぶっちゃけ第一話でリンネがバトルフェニックス使ったのは不死鳥の輪廻とかいうネタ以上の何物でもありません


正解は、越後製菓!

 いじめを外野から見ている者は、見て見ぬふりをする子供もまた加害者であるという。

 だが、それは違う。

 いじめの傍観者は、『加害者にも被害者にもなりたくない』のだ。

 当事者でもないのにいじめの関係者を総じて非難する"無関係な外野達"こそが、いじめの傍観者達が真になりたいものなのである。

 

 加害者にも被害者にもなりたくない、責任の無い外野で居たい、面倒事に触れたくない。

 大半の人はそういうものだ。

 笑う人間と笑われる人間という構図が出来やすくなった現代ならばなおのこと。

 学校は社会の縮図と言うが、こういった点にも社会の一面が凝縮されている。

 

 とはいえ、一つ言えることがある。

 いじめられている人間の大半は、自分をいじめている人間も、それを見ているだけの人間も、善人面でいじめを非難している遠く彼方の傍観者達も、等しく好きではないということだ。

 いじめられている人間が被害者であることだけは、絶対に変わらない事実なのだから。

 

 例外があるとするならば。

 

「あ、ドローン君。ポケットからビー玉が落ちましたよ」

 

「!」

 

「綺麗ですよね、ビー玉。最近私も見る機会があって。

 ドローン君も持ってたなんて面白い偶然……あれ、どうかしましたか?」

 

「ベルリネッタさんは鈍い人だと思って」

 

「う、時々言われます……」

 

 いじめられている環境で、味方でなくてもいいから、敵にならないと信じられる人が一人居るか居ないか、という点がそれを決めるだろう。

 

「これ」

 

「? プリントですね、これがどうし……進路希望調査!? 提出日が明日!?」

 

「いじめっ子がベルリネッタさんの分は隠して捨ててた」

 

「ああ、これよく見たらコピーした跡が……ありがとうございます!」

 

「別に。僕も捨てるの止めた正義漢ってわけでもないんだし」

 

 ライ・ドローンはまた本を読み始める。

 今日の本は『喧嘩の仲裁の仕方』というタイトルのようだ。

 彼はいじめをおおっぴらに止めもしないし、いじめっ子を敵に回さないし、リンネの明確な味方にもならないし、リンネの私物が捨てられているのを見ても止めないし、自分からリンネに話しかけることもなく、リンネの友達というわけでもない。

 この少年は、終始自分らしく生きているだけだった。

 

「……それでも、ありがとうございます」

 

「そう」

 

 友達でもなく。敵でもなく。仲間でもなく。

 "隣の席のクラスメイト"、そう表現するのが一番正しい、そんな関係。

 それがこの二人の繋がりだった。

 放課後に気が向いた時、話すこともある。けれど一緒に遊ぼうと誘うこともなく、同じ帰り道を帰ることもない。そんな距離感。

 

「あらー、ベルリネッタさん何持って……ほゲェっ、ビー玉!」

 

 そこに現れるいじめっ子三人衆。

 されど彼女らは、リンネが持っていたビー玉を見るだけで顔色を変えた。

 さながら、高町なのはを前にした戦闘機人クアットロのように。

 

「捨てろぉッ!」

 

「あっ!」

 

 いじめっ子の一人がビー玉を奪い取り、ゴミ箱にシュゥゥゥーッ! 超! エキサイティン!する。人の物を奪ってゴミ箱に捨てるなど、なんと典型的ないじめ行為だろうか。

 その表情がライオンに噛みつかれたシマウマを思わせる、死を前にして必死に足掻く生物のそれであることに目を瞑れば、外道畜生極まりない行為である。

 

(彼女のお守りにはならなかったか。ビー玉)

 

 少年は捨てられたビー玉を見て、それが牽制にならなかったことを残念がった。

 対し、リンネはいじめに巻き込まないため少年に話しかけられず、同時に"凄く謝りたい"という感情の奔流に、胸を掻き毟りたくなる苦悩を感じさせられていた。

 

「付いて来てくれるわよね?」

 

「……はい」

 

 いじめっ子達は恐怖を乗り越える勇気を無駄に見せ、リンネを連れて行く。

 放課後の教室に、それを止める者は居ない。

 

 ただ、リンネが教室を出ていってから数分後、本を閉じておもむろに立ち上がったライと。

 それを見て、無言で教室の扉を開けてやったクラスメイトが居たことだけは明言しておこう。

 ライとクラスメイトは互いに頭を下げ、無言のまま離れていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここは特別教室。

 中に入って鍵を閉めれば、この学校の授業形態の問題から、気付く者はほぼ居ない。

 三人の内二人がリンネを――ビビりながら――抑え込みにかかり、残る一人がリンネの付けていた宝石付きのタイピンを奪い取る。

 その瞬間、リンネは血相変えて暴れ始めた。

 二人がリンネの腕関節を抑えているはずなのに、リンネが腕を動かすたびに二人の足がふわっと浮いて、小刻みに床から離れる。

 

「返して!」

 

「なぁにこれ、センスないタイピン!

 こんなの捨てちゃった方がいいんじゃない? 私が代わりに捨てておいてあげようか?」

 

「やめて!」

 

「あ、ちょ、ちょっとタイム。それ以上近付かないで、距離近い」

 

 二人分の体重を引きずって接近してくるリンネに、タイピンを持ついじめっ子は出そうになった短い悲鳴を噛み殺し、素早く後退した。

 

 このタイピン・スクーデリアは、"ベルリネッタの家族の繋がり"の象徴である。

 リンネは養子だ。家族と血の繋がりを持っていない。

 ゆえに、母・ローリーが「お友達がたくさん出来ますように」と願いを込めて(リンネ)にプレゼントしてくれたこれは、少女にとって血の繋がりに等しい大切な繋がりなのだ。

 

 リンネの祖父が、妻に愛の証として一つの宝石を贈った。

 夫から貰った愛の証を、妻は娘に二人分の愛の証として贈った。

 夫が妻に向けた愛、母が娘に向けた愛、その両方が込められたそれを、祖父の娘であるローリーがリンネに贈る。それは、義母が養子に向ける愛を証明する行為。

 同時に、"本当の家族として愛します"という、母ローリーの意思表示でもあった。

 

 スクーデリアには、『家族の愛』が込められている。

 

 なればこそ、リンネはこれを奪われれば冷静でいられない。

 このいじめっ子達なら、何をしても不思議ではないからだ。

 スクーデリアを絶対に傷付けない、絶対に汚さない、と祖父に誓ったリンネにとって、これを汚されることは死ぬよりも辛いことである。

 

「返して!」

 

「かーえーしーまーせーんー」

 

 ゆえに、リンネの危機に彼は駆けつける。

 

 どこからともなくバラが飛んで来て、いじめっ子の手元のスクーデリアを奪い取ったのだ。

 

「このバラは……燕尾服仮面様!」

 

 バラは空中でバラの代名詞とも言える飛行機動(マニューバ)・インメルマンターンを決め、スクーデリアごとバラを投げた者の手元に戻る。

 バラを目で追う少女達。

 そして彼女達は、教卓の上に立つ白い仮面と黒い燕尾服の男を目にした。

 

「意地になり屈服させようと気張る矮小な妖魔、いじめっ子どもよ。この私が許さん」

 

「教卓の上に靴を履いて立つなんて……教師を、いえ、神をも恐れぬ所業……!」

 

 燕尾服仮面は、スクーデリアを握って跳躍。

 

「とうっ!」

 

 怪我をしないよう教壇の前にゆったり着地し、足をぐっと曲げて全身で衝撃を殺しつつ、つかつかと少女達の前に歩み寄る。

 

「ふっ……元通りとは情けない。

 ベルリネッタ嬢を敗者の恥辱に突き落とすのではなかったのかな?」

 

「へん、よく考えたら私達に玩具での勝負を受ける必要なんて無いし?」

 

「ほう」

 

「うやむやになってたけど、あんたは要するにそこの子を守りたいんでしょ?

 ベルリネッタさんは私達がこうしてる方が困るんでしょ?

 勝負受けても、私達には勝利の実感くらいしか得がないしー?」

 

「成程、得があれば勝負を受けるのだな。予想通りだ」

 

「えっ?」

 

 燕尾服仮面は不敵に笑い、懐から三枚の紙を取り出す。

 

「商店街の引換券だ。額は見ての通り」

 

「―――!」

 

 日本で言うところの、一枚五千円相当の商品引換券。商店街にある店ならばどこでも使用可能でお釣りも貰えるという代物。

 購入するなら、パフェにも本にも服にもゲームにも使える。

 一枚手に入るだけでも小学生は大喜びし、小学生が自分の財布で三枚用意するのであれば、血を吐くような苦痛を伴う代物であった。

 

「欲しくはないかね?」

 

「ほ、欲しい……!」

 

 もはやいじめっ子達はニンジンを目の前にぶら下げられた馬、アルトリアを見せられた武内崇、道端に落ちていたエロ本を発見した男子中学生に等しい。それしか見ていない、ということだ。

 

「ベルリネッタ嬢に君達が勝てたなら、一人に一枚づつやろう」

 

「本当!?」

 

「だが負けたなら、一週間はベルリネッタ嬢に関わらないと誓約してもらう」

 

「はぁ? そんな約束私達が守るわけ……」

 

「嫌がらせを止めたなら、またこの引換券を巡って勝負する機会が訪れるかもしれんぞ。

 何もずっと関わるなと言っているわけではない。

 君達が勝つまで関わりを断っておけばいい。

 ただし、約束を破って嫌がらせを行ったなら、もう二度と機会は訪れないと思いたまえ」

 

「……っ」

 

 小学生の幼い心に対しては強烈すぎる、五千円という名の暴力。

 金の力は偉大だ。金で買えない物もあるが、金で買える物の方が圧倒的に多い。

 これはリンネの平穏という金で買えないものを、商品券という金で買える物を餌にして勝ち取ろうという交渉であり、取り引きである。

 良心や罪悪感では動かなかったいじめっ子達の心は、金の力で派手に揺らがされていた。

 

 揺れるいじめっ子をよそに、燕尾服仮面にスクーデリアを手渡されたリンネが不思議そうに、堂々と味方ポジションについている彼に話しかける。

 

「燕尾服仮面様、最初に出て来た時の中立を気取っていた姿はどこに……」

 

「黙れ。建前は捨てたのだ。

 それに、君の平穏は君が勝ち取らなければならないというのは変わらん」

 

 リンネの天然と鈍感っぷりも筋金入りだが、燕尾服仮面のスタンスも筋金入りだ。彼女の平穏は彼女の手で勝ち取らなければならない、という主張だけは揺らがせていない。

 

「……よし、分かった、乗るよ。その提案」

 

「え、乗っちゃうの? 確かに欲しいけどさ……

 私達、燕尾服仮面の思い通りにはならない、って話し合って決めたばっかじゃない?」

 

「あんた頭スカリエッティなの?」

 

「ぬわんですってぇ!」

 

 『お前頭スカリエッティなの?』

 これはここ数年、ミッド等の若者達の間で流行している煽り文句だ。

 意味としては"お前頭おかしいんじゃねえの?"だが、ミッドを中心とする管理世界の者達に対して使えば、この煽りは最大の侮辱として機能する。

 ソーシャル・ネットワーキング・サービス・ミクシ……MIDO(ミッドゥ)を中心とする各種SNSにおいては、日常的に使われている煽りの言葉である。

 

「よく考えなさいよ。私達が負けても何も損しないのは変わらないのよ」

 

「……あ」

 

「私達は挑戦でも敗北でも何も失わない。

 でも勝利すればマネーゲット。

 ザギン(ミッドの地名)でシースー(ミッドの食べ物)も食べ放題よ!」

 

「ひゅー!」

 

 いじめっ子達が全員乗り気になったのを確認し、燕尾服仮面は指を鳴らした。

 

「よろしい。ならば今日の種目はこれだ!」

 

 すると、どこからともなく平たいすり鉢状のスタジアムと、せんべいをまとめて買うと容れ物として付いて来る金属箱――子供が玩具入れとかに使ってそう――が現れる。

 

「あれは、『ベイブレード』!」

 

「知っているのサラ!」

 

「あれはベーゴマ文化をスタイリッシュに進化させた時代の革命児!

 コマとは地球における人類史の象徴!

 約4000年前のエジプトには既に原型があり、日本では平安時代に普及!

 大正時代にベーゴマへと進化したものが一般にも普及!

 1999年にベイブレードへと進化、2001年にアニメとマンガが大ヒット!

 その回転が生む真空状態の圧倒的破壊空間はまさに歯車的砂嵐の小宇宙!

 Mr.ティミルの魔法操作ベイによる世界大会五連覇は未だに記憶に新しいわ!」

 

「サラ! 詳しすぎて気持ち悪い!」

「そこまで聞いてない!」

 

 四人の少女が金属箱の中のベイブレードを漁り、その背後から燕尾服仮面が覗き込み、ガチャガチャ音を立てながら使用機を選び始める。

 

「あ、あたしこのドラグーンFってのにする。この軸、なんかロマンがあるね」

 

「ベルリネッタ嬢はその辺から選ぶとよい。

 ゴリタネッタ嬢が攻撃型を使えば、そのパワーですぐにリングアウトしてしまうだろう」

 

「そ、その呼び方はやめてください! ではこの、ドラシエルSで……」

 

 いじめっ子の一人は軸が大きなゴムで出来ていて、ぎゅいんぎゅいん動き回るロマンの塊な攻撃タイプ。リンネは重量のある防御タイプを選択した。

 

「え、ベイブレードってラジコンもあんの?」

 

「ああ、あるとも。デカいがちゃんと使えるぞ」

 

「あ、じゃあそれで」

「あ、私もそれで」

 

(躊躇なく邪道に行くなこのいじめっ子ども……)

 

 残り二人のいじめっ子が迷いなく邪道に走ったのを見て、燕尾服仮面も思わず真顔になってしまう。

 

「ベルリネッタ嬢。

 ドラグーン、ドランザー、ドラシエル、ドライガー……

 色々とビットチップを用意した。

 そして、君に似合うビットチップを一つ選んでおいた。ドラえもんだ」

 

「わ、かわいい」

 

 ドラグーン、ドランザー、ドラシエル、ドライガーのビットチップが脇にどけられ、手製っぽいドラえもんチップがドラシエルSに取り付けられる。

 

「ベルリネッタ嬢、ここはこう……

 ああ、それだと(ワインダー)を引く時に手を傷付けてしまうぞ」

 

「えっ? あっ……た、確かに」

 

「何故君はちょくちょくそんなに不器用なんだ……?

 仕方ない、シューターにカスタマイズグリップを付けてやろう」

 

「わぁっ、持ちやすい! ありがとうございます、燕尾服仮面様!」

 

「やだ、なにそれかっこいい……」

「ちょっと! 私達にもよこしなさいよ!」

「そうよそうよ!」

 

「……人数分あるから、落ち着きたまえ」

 

 四人全員に行き渡らせて、燕尾服仮面は咳払い一つ。そして、開始の合図を送った。

 

「ルールはクラナガン公式ルール。

 位置について、構えて……ゴー、シュート!」

 

 リンネといじめっ子が一対一で向き合ったのを見て、燕尾服仮面は始めさせた。

 

「!?」

 

 だがいじめっ子達は、開始の合図と同時に三人同時にベイを発射。

 三つの独楽(ベイ)にて、リンネのベイブレードを囲んで叩き始める。

 騙し討ちに近い、リンチ作戦だ。

 

「なんと卑劣な……ブレーダーの魂すら失ったか!」

 

「最初から持ってないわよそんなもの!」

「というかなんで持っていて当然のように言ってんの!?」

「卑怯もラッキョウもお金も大好物よ! 勝てばいいんでしょ勝てば!」

 

 防御型のリンネのベイを、三つのベイが囲んで叩く。

 パワー溢れるリンネに防御の強さを加え、隙の無い強さを構築しようとした燕尾服仮面の判断は極めて正しかったが……この数が相手では、意味が無い。

 

「卑怯者め……ベルリネッタ嬢! 必ず勝つのだ! 頑張れ!」

 

「燕尾服仮面様! ベイを発射してからそんなことを言われてもどうしようもありません!」

 

「そうだな! その通りだ! 正論だなベルリネッタ嬢!」

 

 ラジコンでちまちま削ってくる二人に、ドラグーンFで豪快に削ってくる一人。

 リンネ、絶体絶命。

 だが燕尾服仮面に応援されると、不思議と敗北を受け入れる気にはなれなかった。

 この子はこの子で、結構責任感の強い子だったからだ。

 リンネはドラシエル(ドラえもん)に向けて手を突き出し、無駄な思念を送る。

 

「なんか、なんか出ろ! 私の中の隠されたパワーとかそういうの! えいやっ!」

 

「あははは、バカじゃないのベルリネッタさん! それで何か出るわけないじゃない!」

 

 そして、そんなことをやっていたら。

 

 リンネのベイを中心に、全てのベイが発火した。

 

「「「「「 何か出たー!? 」」」」」

 

 突然の炎に誰もが驚愕を隠せない。

 びっくりしてる内になんやかんや炎で上昇気流が生まれ、なんやかんやでリンネ以外のベイが吹き飛ばされる。

 呆気に取られる五人をよそに、落下していくいじめっ子達のベイブレードが、勝者と敗者を決定していた。

 

「あれは……あれは摩擦熱! そして火災旋風!」

 

「知っているのサラ!?」

 

「このスタジアムもベイも燃えにくい耐熱素材で出来ている!

 にも関わらず摩擦熱で発火した!

 ならばそれはゴリラネッタパワーによるものであることに間違い無し!

 その熱が全てのベイを発火させ、竜巻を発生させた!

 火災旋風とは災害現象!

 震災時に発生することが予期されておる、恐るべき殺人災害!

 炎の竜巻であり、合わさると足し算でなく乗算で規模が拡大するという!

 発火したベイは四つ、一つの炎の竜巻が100であると仮定する!

 100×100×100×100=一億で、バッファローマン! お前を上回る一億パワーだッー!」

 

「サラ! どこでそんなことを学んだのサラ!」

「バッファローマンって誰!?」

 

 あれが火災旋風、つまり炎の竜巻であるのなら、その中心は台風の目に近い。中心に居たリンネのベイだけが無事だったのは当然と言えよう。

 リンネの恐るべきパワーが生み出した炎が、必然の勝利を引き寄せたのだ。

 

「え、ちょっと待って。今燃えにくい素材の摩擦だけであの炎の竜巻作ったってこと?」

 

「せやで」

 

 リンネを除いた四人の思考がシンクロする。

 思い返されるのは、中学校の歴史授業で見たワンシーン。

 大昔の人間、子供達からすれば原始人にしか見えない毛むくじゃらの人達が、木と木を擦り合わせて火を起こしていた姿だった。

 原始人が火を起こす姿と、勝者として立つリンネの姿が、重なる。

 

「原始人……」

「原始人だわ……」

「原始人の力にこの怠惰な社会で堕落した軟弱な現代人の私達が勝てるわけがなかったのよ……」

 

「やめてください!」

 

「ベルリネッタ嬢。原始人にもメスは居たのだ、恥じることはない」

 

「あなたはフォローしたいのか貶めたいのかどっちなんですか!?」

 

 純粋な力勝負でなければ、三対一なら、勝てると思っていたのに。

 そう思ってしまうからこそ、いじめっ子達の悔しさは大きい。

 いじめっ子達は捨て台詞を残して、三人揃って逃げ出した。

 

「「「 これで勝ったと思うなよーっ! 」」」

 

 走り去る三人を見て、リンネはほっと一息つき、燕尾服仮面に礼を言おうとして、彼の背後に見える時計の時刻に驚愕してしまう。

 

「あ、いけない!」

 

「む?」

 

「ありがとうございました、燕尾服仮面様! 私急ぐので、さようなら!」

 

 駆け出すリンネ。彼女には急がなければならない理由があった。

 

(もうこんな時間! あの三人に絡まれちゃったから、こんな時間に……)

 

 いつものいじめが行われていたなら、もっと遅くなっていただろう。

 燕尾服仮面のおかげで、ギリギリ間に合う時間にいじめが終わったのはいいが、走らなければ間に合いそうにもなかった。

 

 今日、リンネの祖父が病院の検査を終え、ある時間に帰って来る予定になっていた。

 リンネはその前に、祖父と約束していたのだ。

 "この時間には帰るから、今日はずっと一緒にお話しよう"と。

 遅刻すれば、リンネは約束を破ってしまう。

 祖父が笑って許してくれるとしても、約束を破ってしまうことに変わりはない。

 

(おじいちゃんとの約束に遅れちゃう!)

 

 リンネは律儀で心優しい。だが、いつもいつも致命的なレベルで運が悪かった。

 

「あ、今日私掃除当番……」

 

 教室に辿り着いてようやく、リンネは自分が今日の教室掃除当番だったことを思い出す。

 彼女らの教室はクラスの人間が持ち回りで掃除を担当し、放課後に掃除することになっているのだ。リンネは運悪く、よりにもよって今日、その当番だったのである。

 祖父を優先するか。

 決められた責務を優先するか。

 どっちも蔑ろに出来ない生真面目さが、リンネの足を止めてしまう。

 

 フリーズしたリンネ。

 そんな彼女の横を通り、クラスメイトの掃除当番表をきっちり暗記していた少年が、掃除用具入れを無表情のまま開けていた。

 

「僕がやっとく」

 

「! ドローン君!?」

 

「行けばいい」

 

「……でも……悪いです……」

 

「その自己満足と、今急いでた理由、どっちが大事?」

 

「っ」

 

「行きなよ」

 

 リンネは少しだけ迷い、決意を固め、鞄を持って少年に深く深く頭を下げる。

 

「ありがとうございます! また明日! 明日お礼します!」

 

 そして、迎えの車が居る場所まで、全力で帰り道を走った。

 

 リンネが消えたのを見届けてから、少年は一人で教室を綺麗にし始める。

 後でリンネがとやかく言われないよう、徹底して丁寧に。

 少年の要領の悪さがそのまま表出しているかのように、掃除はそんなに手早くもなく。

 厚い雲が傾いた陽に重なって、教室がそこそこ薄暗くなってくる。

 

「……」

 

 今日は気温も低かったため、教室はそこそこ暗くて寒い。

 そんな教室で、手伝ってくれる友達も居ないライは、生真面目に掃除に打ち込んでいた。

 

「……寂し……」

 

 ポロッとこぼれた本音の言葉を、首を振って否定して、

 リンネ・ベルリネッタは主人公気質だ。優しくて鈍感、好かれやすくて嫌われやすい。

 そして、ライ・ドローンはヒロイン気質。献身こそが、彼の本質だった。

 

 

 




燕尾服仮面の正体はコナンの正体並みに謎です

彼の正体当てゲームをしてもいいのですが、ネクストコナンズヒント並みに存在価値のないゴミのようなゲームになりそうなのでしません

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