ホビーバトル系の漫画やアニメにおいて主人公達の全盛期は八割がた小学生。つまり中学生女子という時点でババアなんですよ
児童誌ホビー漫画基準だとこの作品はフレッシュ作品、ヴィヴィスト本編はババア専アニメとなります
朝登校してすぐに、教室に辿り着くよりも前に、リンネは倉庫の中に連れ込まれていた。
いじめられないように遅めに登校したリンネも賢かったが、その裏をかき、リンネをいじめてもバレない場所を学校に無数に用意している有能ないじめっ子には敵わない。
「その鞄貸しなさいよー!」
「よー」
「このペンであたし達が最高にカッコいいデザインにしてあげるからさ!」
ペンを持ったいじめっ子達が迫り来る。
彼女らはリンネが体育の時間で教室を離れた隙に、リンネの
いじめっ子の巧妙な罠にリンネは英語の授業で追い詰められるが、隣の席の少年に見せてもらうことでなんとか乗り越えていた。
今日もそういういじめが行われていた。
なのだが、リンネの表情に悲壮さはない。緊張感すら無い。
彼女は倉庫の窓から空を見上げて、朝の日差しに心地よさそうに目を細めていた。
(今日はいい天気で気持ちいいなあ)
彼女は信じている。
あの男が来ることを。あの男が助けてくれることを。この危機が終わることを。
誰かに触られるだけで泣き叫ぶ赤ん坊が、親に抱き上げられるだけで泣き止む現象のごとく、『信頼』が『安心』を生み出している。
「きょ、今日はあいつ居ないわよね……?」
「……」
「け、警戒するに越したことはないし。燕尾服仮面様、どっからでも出て来るし……」
同様に、いじめっ子達もひん曲がった信頼をあの男に向けていた。
"奴は必ず邪魔しに来る"という『信頼』が、いじめっ子に『不安』を与えている。
それゆえに、彼は期待に応えて現れた。
「よく分かってるじゃあないか」
「!?」
「!?」
「この声は……燕尾服仮面様!」
聞き慣れた声。
どこだ、どこだ、と視線を走らせるいじめっ子。
狼狽するいじめっ子二人の目の前で、サラが自分の顔に手をかけ、被せられた
「出たあああああっ!?」
「来たあああああっ!?」
ホラー映画で幽霊に襲われた仲間を見捨てて逃げ、再会して『助かったのね!』と言いつつ仲間に近付いたら、その仲間まで亡霊になっていて襲われたでござる現象。それに匹敵する衝撃が二人を襲う!
「薄々感づいていただろう。
燕尾服仮面の姿は変身魔法で作ったもの! ならば他の姿にもなれる!
罪なき少女の心を踏み躙ろうとする魔物、いじめっ子どもよ。
小賢しくなってきた貴様らの行き先を特定するため、最初から紛れ込んでいたのだ」
「!?」
「人間とメタモンのハーフか何か……?」
変身魔法と物質操作魔法こそ燕尾服仮面の真骨頂。
燕尾服仮面はいじめっ子達がビビって落としたペンを拾い、倉庫から華麗に脱出する。
「ふはははは! 今日は時間的にもこれで十分! さらばだ!」
燕尾服仮面が消え、その数秒後に倉庫にサラが現れた。
「今ここに私の顔をした奴が来なかった!?」
「さ、サラ!? い、居たけど……」
「バッカモーン! そいつが燕尾服仮面様よ! 追って!」
「追って……え?」
「よりにもよって! 一限で出さないといけない宿題! 持ってかれたのよ!」
「「 ファッ!? 」」
一限の教師は厳しいこととすぐ怒鳴ることで有名だった。
燕尾服仮面の後を追うサラと、友人のピンチを救うため共に行く二人のいじめっ子。
悪魔にだって友情はある。ならばいじめっ子にないはずがない。
問題なのは、いじめっ子にとってリンネが友達ではないということなのだから。
今日こそはしっかりお礼を! と思っていたリンネだったが、燕尾服仮面の突然の登場・逃走に礼を言えなかったようで、しょんぼりしている。しょんぼリンネ。
すると、しょんぼリンネの耳に予鈴の鐘の音が届いてきた。
「ああ、時間的に十分って、そういう……」
あの三人の位置次第じゃ遅刻確定になるのかもしれない、とリンネは思いつつ、教室に帰還した。
案の定、リンネは朝のHRに間に合ったが、宿題を手にしていじめっ子達が戻って来たのは、一限が始まってから少し経った頃だった。当然怒られている。
ただ、意外なことが一つだけ。
何故か、ライ・ドローンがいじめっ子よりも遅刻して来て、先生に怒られていたのである。
リンネは珍しいものを見たような顔で、一限後の休み時間にライに話しかけた。
「珍しいですね、ドローン君が遅刻するなんて。
私、ドローン君がこのクラスで一番真面目で遅刻しそうにない人だと思ってたのに」
「……授業に遅れないことは大事。大事なことは蔑ろにしてはいけない」
リンネの言葉は鈍感だが正解だ。
ライはこのクラスで一番真面目で、反面要領がよくないというか、不器用なところがある。
遅刻など、彼が心底嫌うものの一つだろう。
「でも、大事なことは一つじゃない。僕は優先順位を間違えない人間で居たい」
「……驚きました。意外と熱いところもあるんですね」
リンネが驚きを顔に浮かべて、少年が誤魔化すように本を開く。
本のタイトルは『背が伸びる方法』。
親近感を抱きながら、俗っぽいところもあるんだなあ、とリンネは思った。
放課後。
校舎裏に呼び出されたリンネは、二階のベランダの手すりの上に立ち、地面に立つ自分を見下ろすいじめっ子三人を見上げていた。
「待っていたわ、ベルリネッタさん」
「燕尾服仮面様の真似ですか?
一度やってみたかったんですか? 気持ちは分かりますけど……」
「ちゃうわい! 私達が上、あんたが下! そういう事実を再認識させてやってんのよ!」
三人が二階から飛び降り、いじめ実行まであと僅か。だが、リンネが安心しきってしまうくらいには、このタイミングで間に合わせるという実績を彼は積み上げてきた。
「待てい!」
「この声は! 燕尾服仮面様!」
またしてもいじめを中断させる、介入者の男の声。
どこだどこだと見渡すも、いじめっ子達は彼の姿を見つけられない。
だがやがて、彼女らは宙に浮かぶ巨大な魔力製の鏡と、そこに映る屋上の光景を見た。
「いったいどこに……ハッ!」
「屋上! 給水タンクの上!」
「バカな……奴は私達の遥か上を行っているとでもいうの……!?」
リンネやいじめっ子達の位置からでは角度的に見えない高み、屋上の給水タンクの上に彼は居た。高い所に上がったのはいいものの、少女達からは角度的に見えないことをうっかり失念していたのだろう。
ゆえに自分で巨大な鏡を作り、反射を利用して少女達に自分の姿を見せたのだ。
「とうっ」
燕尾服仮面は跳躍し、宙に浮いていた鏡にぶら下がって、スライスされたみかんの間で腰を振るサザエさんの猫のような格好で降りて来る。
「二階の手すりの上に立ったせいで下からパンツ丸見え。
その事実をベルリネッタ嬢の優しさに隠されていた卑猥な妖魔、いじめっ子共よ聞くがいい」
「!?」
「貴様らの知能が足りていなかったとしても、この燕尾服仮面は容赦せん!」
「よッ! 余計なお世話よ!」
ぶら下がる筋力が足らず、腕がプルプルしてきたタイミングで、燕尾服仮面は鏡を離してシュタっと着地。
「本日の種目はこれだ」
ベイブレードのスタジアムより広く、完全に平面かつ楕円の形をしているスタジアムと、『武器と車の中間』と表現すべきホビーの数々を取り出し、彼女らに見せた。
「あれは、『クラッシュギア』!」
「サラ! 聞き流してあげる!」
「クラッシュギア!
当時制作側で流行っていた『電池で走る玩具』の流れで作られた物の一つ!
そして数少ないヒット作の一つ! 特にアニメは盛況だったと聞くわ!
その最たる特徴はモーターがホイールと共に付属武器を動かすこと!
車を『速さを競わせる』のではなく!
『敵を倒すという勝利条件で戦わせる』という画期的発想!
それは黄昏よりも昏きもの、血の流れより紅きもの、時の流れに埋もれし偉大なるホビー!」
「今日も気持ち悪い!」
「サラ、気持ち悪い!」
共通パーツ・量産パーツの部分がパッケージより数段落ちるショボさなのが気になるが、全体的にカッコイイ車のホビー。
それが、燕尾服仮面が持って来た今日の勝負内容だった。
燕尾服仮面は得意気に、今日の勝負とは関係の無い他の車ホビーを取り出して、リンネに見せ始める。
「ちなみにこれがミニ四駆。これがカブトボーグ。これがダンガンだ、ベルリネッタ嬢」
「え、全部同じじゃないんですか? 車の玩具ってことで……」
「違うのだ!」
はぁ? といった顔をして、いじめっ子の一人がチョロQとダンガンを左右の手で掴み、食ってかかる。
「これがミニ四駆! これがクラッシュギア!
そこになんの違いもありゃしないでしょうが!」
「違うのだ!」
車系の玩具なんて皆同じようなもんじゃないの、という女子の意見が心に刺さる。
「男の人ってなんでそんなに違いにこだわるの? ロボだって全部ガンダムでいいじゃん」
「違うのだ!」
いじめっ子にはリンネの気持ちが分からない。燕尾服仮面の気持ちも分からない。毎日鉄板の上で焼かれる日々がやんなっちゃって海に逃げ出したたい焼きの気持ちも分からない。
「ええい、勝負を始めるぞ!
ルールは時空管理局公式ルール!
同時に投げて、相手を引っくり返すか場外に押し出したら勝ち!
投げ方は自由! ギアファイト・セットアップ! レディ――」
いじめっ子の一人が、鎧輝という名のギアを手に取る。
アニメ設定だとこのギアとその周辺機器などのために、10年の時間と800億の資金をかけたというホビー界特有の狂気が垣間見える機体だ。
リンネはガルダフェニックス。主人公機でフェニックス。これは強い。児童誌や少年誌で出る不死鳥モチーフの七割くらいはデタラメに強いのだ。
双方が構えた段階で、いじめっ子はニヤリと笑った。
(流石に電池で動く車同士をぶつける玩具で、あんたの馬鹿力は活かせないでしょ!)
クラッシュギアは自分の力で走る玩具だ。単三電池ニ本分の力で戦う以上、リンネの腕力は活かせない。そう見込んで勝利を確信した笑みだった。
リンネと力で戦えば、その先に待つのはシヌネ・ベルリネッタEND。少なくとも、いじめっ子はそう確信していた。
「――ゴー!」
いじめっ子はじっくりと攻めるべく、手元に落とすようにクラッシュギアを投げ―――自分のギアを粉砕する、リンネのギアの姿を目にした。
「えっ」「えっ」
「えっ」「えっ」
野球ボールみたいなノリでギアを投げたリンネに、彼女が投げたギアのスピードと威力に、それがもたらした破壊に、四人が絶句する。
周りが絶句しているのを見て初めて、リンネは自分の行動が何か間違ってるんじゃないかと思い始め、うろたえ始めた。
「え、あ、すみません……
クラッシュギアという名前なので、
「無知なりに自分で考えて察しようとするその姿勢、尊敬に値する。
だがあえて言おう。そんな遊び方は誰も想定していない。というか、思ってもできない」
「あうっ」
リンネの投げたギアはいじめっ子のギアを粉砕し、フィールドに突き刺さっていた。
シャイニングギアブレイカーか何かだろうか。
その威力たるや、剛力乙女の異名を彼女に付けたくなるほどだ。リンネの容姿とパワーがあれば、どんなバトル漫画を実写化しても、ヒロイン役は彼女に振っておけばいいと確信できる。
「一対一ならベルリの女に負けはないんじゃないかしら……あはは……」
「し、しっかり!」
「気を強く持って!」
心的ショックでいじめっ子の意識は昇天しかけたが、雲の上のベルカの騎士さんに「ベルカの格言バカにしてんのか」と蹴り返され、元の体に数秒で帰還する。
はっと気が付き、意識が戻るやいなや、いじめっ子はリンネにキレた。
「相手の頭を狙って投げるのが好きな160km/h野球投手でもあんたよりは怖くないわ!」
「ボーリングで勝つために相手の頭に球叩きつけて
『スペア! ストライク! いや、フューチャーストライク!』
とか嬉々として叫ぶような人でもベルリネッタさんよりかは怖くない!」
「サッカーで友達に勝つために
『ボールは友達。だから友達の君はボールなんだ!』
ってハイキックかますような人が居たとしても、まだそっちの方が怖くない!」
「かつてないくらい酷いいじめの言葉をぶつけないで下さい!」
「これが自覚のあるいじめっ子というものだ、ベルリネッタ嬢。
自覚のないいじめっ子は自分がいじめている事実に気付きもしない。
だが、罪悪感を覚えてしまういじめっ子は、逆襲と復讐をふとした時に恐れるのだよ。
まあ小さな罪悪感や良心の疼き程度なら、簡単に無視されてしまうのがいじめであるのだが」
「私は、別に……」
「手始めに熱湯プールに落とすくらいの逆襲なら許されると私は思う」
「いや、あの、本当にいいですからそういうの」
管理局公式ルールで許された相手のギアへの投擲が導いた破壊勝利。
今日も結果的には彼女の勝ちか、と燕尾服仮面がほっと一息ついた時。
彼の脳裏に電流走る。
「! この気配……何奴!」
気配は校門前に止められた車の中から現れ、門の受付と一言二言交わすなりすぐさま、迷いなく校舎裏へと歩いて来る。
そして、娘を迎えに来たその男は、興奮冷めやらぬその戦場に現れた。
「話には聞いていた。君が燕尾服仮面か」
「お父さん!」
「お父さんですって!?」
突然のファーザー・カム・インに皆が驚く中、リンネの父の目が光る。
服飾メーカー・ベルリネッタブランドと言えば、極めて優秀な経営者一族と層の厚い優秀な社員で構成された、次元世界指折りの服飾メーカーだ。
この男は、そのブランドの社長なのである。
その規模を的確に表現する言葉を選ぶなら、"スティーブ・ジョブスとビル・ゲイツをポタラで合体させ生まれた戦士・ブスゲイに匹敵する"と言わざるを得ない。
ブスもゲイも別に価値があるわけではないが、ブスゲイと繋げて言えばその圧倒的資産力がしっかりと伝わるだろう。リンネの父の凄さを表すのなら、ブスゲイという言葉以外にありえない。
「ただ……少し、状況が読めないな」
ブスゲイ級の男の眼は、それが人であっても物であっても全てを見抜いているかのようだ。
いじめっ子を見れば、いじめの事実が見抜かれているような気すらする。
燕尾服仮面を見れば、その正体さえ見抜かれているような気がする。
無論、見ただけで何もかもを理解できるわけがない。
だが、リンネの父の眼には、全てを見抜いているかのような光が常に煌めいていた。
「読む必要など無いでしょう。
子供の世界の問題は子供が片付ける。
あくまで基本ですが、それがルールです。
大人が出て来るのは本当に最後の手段。
でなければ、その子は学校で自分の居場所を得ることはできない」
「かもしれないな。だが、君は……」
ダン・ベルリネッタは燕尾服仮面を凝視する。
燕尾服仮面の正体と目的、変身魔法のその奥にあるもの、仮面に隠されたもの全てを見通すかのような眼だ。
リンネの父は、リンネが学校で何か問題を抱えていることを薄々察していた。
察していたのに踏み込めなかったのは、"義理の父に心の中に踏み込まれるのは嫌なんじゃないか"という娘への気遣いであり、"娘が打ち明けてくれた時にこそ、全力で行動する"という愛があったからだ。
最近のリンネは、食事の時間に燕尾服仮面のことを話すことが多い。
その時のリンネは、血の繋がらない父の目から見ても楽しそうだった。
暗い顔をしていることが少なくなった。
なればこそ、ダン・ベルリネッタが選ぶべき選択肢は一つ。
「いや、問題の焦点はそこか。
リンネの信を得る君が何者か、という話だ」
ダンが懐から長方形の電子端末を取り出し構える。
画面の中で吠えるのは、鉄獣『メタルガルルモン』。
その真剣な表情に、燕尾服仮面も真摯に応えた。
取り出したるは、竜騎士『ウォーグレイモン』が映し出された電子端末。
「ほう」
「お初にお目にかかります。ダン・ベルリネッタ殿」
そして、サラは興奮した。
「あれは『デジモン』!
『お前らよくたまごっちに怒られないと思ったな』
と言われ当時爆発的に増えていたたまごっちの不認知チルドレンの一角!
アニメシリーズは末永く多様に愛され、今でもなお支持者が多い大人気シリーズ!
1997年に生まれ、20年以上愛されている、そろそろ遊んでた子供が親になる長寿ホビー!
デジモンを育てるためにはリアルの時間を割かねばならず!
かつ、リアルタイムでデジモンがするウ○コをすぐに掃除しないとまともに進化しない仕様!
おかげで子供達が学校に持って行って育てるという事例が多発!
デジモンがエサ寄越せと授業中に鳴いて先生に見つかり、取り上げられるという事例も多発!
汝、その
長台詞、そして息継ぎ、長台詞。
「加え、あの人はダン・ベルリネッタ!
元DSAA(Digimon Savers Activity Association)の有名選手!
かつてDSAAのランカーとして、ワールドランク一位だったほどの人!
チャンプだったMr.ストラトスにこそ勝てなかったものの、間違いなくあの時代の最強の一人!
燕尾服仮面が持っているのはウォーグレイモン。
ダン・ベルリネッタが持っているのはメタルガルルモン。
デジモンの格は共に最上級かつ互角。これは女房を質に入れてでも見ないといけないわ!」
「か、解説二連撃!?」
「サラの突発的抜刀解説は、隙を生じぬ二段構え!」
腐女子特有の秘奥義、"ホモ
「私が知りたいことは一つに集約される。
君の人格。君が娘の揺らがぬ味方であるか。
そして、君が居ることで娘の心の何が保証されるのか。
……それさえ確認できればいい。つまり、君を知れば十分なのだ」
「娘思いなのですな」
「親で在るというだけだよ」
ダンはリンネの学校生活の実情も知りたかったが、それを知らなくてもリンネが元気にやっていると確信できる方法が一つだけある。
それは、リンネの友達の姿を確認すること。
あるいは、学校でリンネの味方になってくれる誰かが居ると知ることだ。
彼は父として、燕尾服仮面を試そうとしている。
二人の男の争点となってしまったリンネは、あたふたしながらあっちへ行ったりこっちへ行ったりしていた。
「ど、どうしよう……燕尾服仮面様とお父さん、どっちを応援すれば……」
「そういう天然なとこがイラッとくんのよベルリネッタぁッ!」
男達の端末がぶつかり合い、接続され、二体のデジモンが戦いを始める。
否。
戦っているのはデジモンではない。デジモンを通して戦う。この二人なのだ。
「ルールはDSAA(Digimon Savers Activity Association)公式ルールだ」
「いいでしょう。いざ……」
「「 勝負ッ! 」」
天地揺らがす激戦が、二人の間で繰り広げられる。
そして――
「私の、負けか……」
勝者は敗者を見下ろし、敗者は地に膝をつく。
それが勝負の世界の掟。
燕尾服仮面は地に膝をつき、敗北の味を噛み締めていた。
「あの玩具分野なら何でも勝てそうだった燕尾服仮面様が……」
(あ、なんかお腹空いてきちゃった……後でミッドナルド寄ろうって二人に言おう)
「燕尾服仮面様が負けた……なんてこと……」
いじめっ子の三人も、流石に動揺を隠せないようだ。
「お父さん、凄い……」
燕尾服仮面に無敵のイメージを持っていたリンネも、父に尊敬の眼を向けている。
ダンはそんな娘に苦笑し、燕尾服仮面を優しげな眼で見下ろしていた。
「私も衰え、弱くなったものだ。燕尾服仮面君……手加減したね?」
「なんのことやら」
「娘の前で父に花を持たせようとするとは……成程、魔法の奥の『君』が見えてきたな」
「あなたが何を言っているか分からないな。私の負けであることに変わりはない」
燕尾服仮面はやや食い気味にダンの言葉を自分の言葉で遮って、"これ以上何かが露見する前に"と考え撤退の動きに入る。
「……必ずやいつか、勝利で私のことをあなたに認めさせてみせよう。さらばだ!」
そして、視界を埋め尽くす魔力製の花びらを発生させ、それに紛れてどこぞへと消えて行った。
最後に、高笑いだけを残して。
「燕尾服仮面様……いったい何者なんだろう……」
娘の呟きに父が振り向けば、いつの間にやらいじめっ子達まで居ない。
それもそうだ。いじめっ子が恐れるのは親や教師にチクられることである。
親が出て来た以上、いじめっ子にできるのは事態が発覚しないよう逃げることだけ。
「リンネ、迎えに来たよ」
「あ……ありがとう、ございます。お仕事はどうしたの?」
「今日は私もローリーも早くに用事が片付いてね。
家族皆で揃って、時間を合わせてご馳走を食べよう、という話をしていたんだ」
「ご馳走? わぁっ、楽しみ!」
無邪気に喜ぶリンネに、父の口元もついほころぶ。
娘は突然出来た父親に遠慮していて、父は血の繋がらない娘に対する距離感を掴みきれていなかったが、そこには確かな家族の愛があった。
リンネは父と帰ろうとして、その途中で校舎から出て来るクラスメイトを発見した。
そして、何も考えずに反射的に声をかけ、手を振る。
「あ、ドローン君。さようなら!」
「さよなら」
ライは返事を帰すが、リンネはすぐに自分の失態に気が付いた。
「リンネの友達かな?」
「―――あ、ぇ、と」
彼に声をかければ、父からこう言われることは予想できただろうに。
リンネは父の問いに答えられず、口ごもってしまう。
彼は友達ではない、ただのクラスメイトだ。そんなことは、リンネにだって分かっている。
だがそう言ってしまえば、そこから話が繋がってしまえば、リンネは嘘をつくか友達が居ない現状を素直に白状するしかなくなる。
編入当時は居た友達も、いじめの開始と同時に全て消え失せてしまっていた。
いじめの状況自体は、改善傾向にある。
もう少し時間が立てば、状況が何か変わるかもしれないが……少なくとも現段階で、リンネに『学校の友達』は一人も居なかった。
「……」
ライのいつもの無愛想な顔が、無口なスタンスが、今はリンネを怯えさせる要素にしかならない。
彼が口を開けば終わりだ、とリンネは思い、ぎゅっと目を瞑っていた。
そんな少女を見たライは、顔に出さずに呆れ、同情し、その言葉を口にすることに怯えながら、腹を切るような覚悟でその言葉を口にした。
「友達ですよ」
「……え」
「僕とベルリネッタさんは、友達です」
その言葉こそが、リンネ・ベルリネッタの『家族に心配させたくない』という願いを叶える、たったひとつのものだと知っていたから。
「彼女には友達が居る。玩具で遊ぶ相手も居る。あなたが心配するようなことは何もありません」
「……そうかい」
ダンには見えない位置で、ライには見える位置で、リンネが目を輝かせる。
"これで誤魔化せる!"という多大な歓喜。
そして、"ありがとう!"という感謝の気持ちが顔にも雰囲気にも表れている。
全身全霊で嬉しさを表現しているリンネを見ていると、少年は照れ臭くなって目を逸らしてしまう。
だが目を逸らした瞬間、リンネはSCP-173のごとく一気に接近して手を握って来た。
「そうだよね、私達友達だよね!」
いじめが始まっても態度が変わらなかったクラスメイトと、いじめが終わる前に友達になれた。その事実が嬉しいらしい。
リンネは目を輝かせて、彼の手を握り握手する。
「そうだね、ともだ……全ての関節が折れるッ!」
「あっ」
そして、握撃が綺麗に決まった。
少年の細い指に激痛が走り、リンネがごめんなさいごめんなさいと必死に謝罪を開始する。それを見て、ダンは愉快そうに笑っていた。
あわあわしているリンネの横で、ダンは少年の耳元に口を寄せ、手で周りを覆い、リンネに聞かせないよう小さな声で囁いた。
「君のような子なら、信頼することに迷いはない」
「―――」
「重要なのは勝ち負けでなく、信頼できるかどうかだ。
君もそれは分かっていただろう?
私の答えを聞く前に逃げたのは、答えを聞くのが怖かったからかな」
「……失礼します」
そそくさと、ライはダンから逃げるように帰って行った。
「……あれ? ドローン君は?」
「リンネが手を冷やそうとハンカチを濡らしに行ってる間に、帰ってしまったよ」
「ええっ!?」
「ハンカチを濡らしてくるから待ってて、と言えば彼も待っていてくれただろうに」
「た、確かに……」
血が繋がっていないためか、父親と比較にならないレベルの天然なリンネ。その手をダンが引いて、迎えの車の後部座席に並んで座る。
「友達と楽しく過ごせているようだね、リンネ」
「うんっ!」
並ぶ二人の笑顔からは、二人が親子であることを疑うものは、何一つとして見つからなかった。
「友達もちゃんと出来ているようで、何よりだ」
「きっと、お母さんがくれたスクーデリアのおかげだよ!」
「それはお母さんに言ってあげなさい。きっと喜ぶから」
「うん!」
リンネが笑顔で居てくれれば、それでいい。
娘の好きなようにやらせてやりたいと考え、笑顔になれない道に進むようなら、その前に導いてやりたいと考える。
ダン・ベルリネッタは、そういう父親だった。
「あれが燕尾服仮面という人かい」
「うん。仮面を取ったらどんな人なんだろう……?」
「仮面を被らなければ、勇気を出せない人間も居る。
仮面がなければ、誰かの味方になれない人間も居る。
仮面越しでなければ、伝えられない言葉というものもある」
「……?」
「リンネにはまだ、難しいかもしれないね」
「そう、なのかな?」
「相手が友達だと言ってくれるのを待っている内は、子供だよ」
「……うぅっ」
何もかもが見透かされているような気がして、けれど全部は見透かされてないはずだと自分に言い聞かせ、耳を赤くしたリンネが顔を逸らす。
車の中で、可愛い娘を持った父親は、いつまでも笑っていた。
一方その後。
家に帰ってからライ・ドローンは、接着剤片手に砕けたクラッシュギアと悪戦苦闘していた。
魔法を使えば一発なのだが、これは自分の手でやるから意味のあることなのだと、少年は自分に言い聞かせる。
かくして、リンネに粉砕されたギアは、接着剤だけで歪ながらも元の形を取り戻していた。
「ありがとう」
少年は修理したギアを棚に置き、頭を下げる。
「お前はあの子の笑顔を守る戦いに準じた英雄として、部屋にずっと飾っておいてあげる」
そして、拝む。
「南無」
少年は昔から、物を大切にする子供だった。
昔世界ランク一位だった人に強キャラ扱いだった味方が負ける。これはコロコロだったら新製品のゲットイベントですね……
燕尾服仮面のウォーグレイモンのニックネームははオーグ、ダンのメタルガルルモンのニックネームはメルーガ。劇場版で二人は共闘するかもしれないし、しないかもしれません
僕らのポッキーゲームとかそういうタイトルのアレで