リンネ「この声は……燕尾服仮面様!」   作:ルシエド

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 原作で描写が少ないキャラに二次でいくら属性盛っても、「原作の裏ではこうだったと作者は解釈しています」と主張できますよね! 男性陣とか!


百人乗っても! 大! 丈! 夫!

 本日、日本で言えば金曜日。更に言えばその放課後。

 

「明日から休みだね、ライ君」

 

「ベルリネッタさん、友達になった途端対応が切り替わった」

 

「リンネ」

 

「……リンネさん」

 

 生来の気質で愛が重い、友情が重い、信頼が重い、一度心の距離を詰めると中々離れないリンネ・ベルリネッタの友達攻勢に、ライ・ドローンは追い詰められていた。

 

「友達を名前で呼ぶのってそんなに恥ずかしいかな……」

 

「……」

 

 恥ずかしいし嫌だよ、と少年は言おうとしたが、ぐっとこらえる。

 

「ベルリネッタさんは、友達がほぼイコールで親友なタイプ。

 少し接近するとそこからグイグイ来るというか、距離感の基準がまるで踏み込むボクサー」

 

「え、もしかして、馴れ馴れしかった?」

 

「……いや、別に、リンネさんは悪くない」

 

「そう? よかった……」

 

 言うなれば彼はサンドバッグ。

 逃げられないし避けられない。そんな彼に彼女はぐいぐい接近し"友達ならこれくらいいよね!"くらいのノリで、親近感という名の拳を叩きつけてくる。

 スマブラで例えれば、ジャンプとダッシュでガンガン接近してファルコンパンチを打ち込んでくるキャプテンファルコンだ。ショイヤムー、ショイヤムー。

 

「リンネさん、変わった」

 

「変わった? 私が?」

 

「よく笑うようになった」

 

「……そう、かな。そうかもね」

 

 最近ミッドで流行っている『君の笑顔が報酬だ』というタイトルの本を広げ、少年は本の中身に目を走らせる。

 

「そうだとしたら、燕尾服仮面様のおかげだよ」

 

「ふーん」

 

「何が目的で助けてくれたんだろう、気になるな」

 

「案外つまんないもので満足してるんじゃない」

 

「つまんないものって……燕尾服仮面様が何か手に入れてるのは見たことがないよ?」

 

「じゃあリンネさんの目には映らないものなんでしょ」

 

「……?」

 

 なぞなぞかな? とリンネは思い、昔孤児院で読んだ『かいけつゾロリのなぞなぞ200連発』の内容を思い返しながらうんうん考え始める。

 本を読む少年と、悩む少女。

 いじめっ子達がそんな二人に近寄るのは、容易なことだった。

 

「ちょっといい?」

 

 三人のいじめっ子が、呼び出しを図る。

 だがその視線は、リンネではなくライに向いていた。

 

 分かっていたことだ。

 ダンの前でリンネの友達を名乗った時から、ライは覚悟を決めていた。

 リンネと一緒に、いじめられる覚悟を。

 "そうなりたくない"と思っていた立場に落ちることを。

 彼女が地獄に落ちるなら、共に地獄に落ちることを。

 リンネのクラスメイトからリンネの友達になるということは、そういうことだった。

 

「ライ君……」

 

「先に帰った方がいい」

 

「でも……」

 

「君が居て悪化することはあっても、状況が良くなることはない」

 

「……っ」

 

 ライはリンネを帰路につかせ、いじめっ子達に付いて行く。

 もうそろそろベルリネッタの家の迎えが来る時間だ。家族に心配をかけたくないリンネからすれば、選択の余地など無いに等しい。

 リンネが無理やりついて行っても、いじめはエスカレートするだけだろう。

 彼女には事態を悪化させることはできても、好転させることはできない。

 

 少年を助けようと踏み留まり、自分の無力さを悔い、悲しみと悔しさを顔に浮かべるリンネ。

 その思いだけで、少年の心は十分救われていた。

 

「ねえ、あんたベルリネッタさんのこと好きなの?」

 

 空き教室に連れて行かれて、彼は開幕そう言われる。

 よくあるいじめだ。

 『お前あいつのこと好きなの?』は子供がよく使う煽りの言葉であり、からかいの言葉であり、大人になるにつれて自然と消えていく言葉である。

 

 誰もが子供の頃に持ち、大人になる過程で失っていく『恋愛そのものへの気恥ずかしさ』。それが、こういう言葉を子供に言わせているのだ。

 いじめっ子達はニヤニヤしている。

 中途半端な回答を返せば、明日からリンネとライが付き合っているという噂が学校中に流れ、これまでのいじめ以上に苛烈ないじめが始まることだろう。

 リンネとライの学校生活を守るために、中途半端な回答は許されなかった。

 

「趣味悪いわねー。あいつ、話題も少なそうじゃん。話してて楽しくないと思うんだけど」

 

「確かに、僕は彼女と話しててもあまり楽しくない」

 

「だよねー! 天然だからからかい甲斐はあるけど、それだけだし!」

 

 彼がいじめっ子に返した言葉は、嘘だった。

 

「君達が心配してるようなことは無い。僕が彼女にそういう感情を向けたことは一度もない」

 

 嘘である。

 

「僕は彼女に隣の席の人以上の何かを感じたことはない」

 

 嘘である。

 

「彼女がいじめられてるのを見ても、助けたことは一度もない」

 

 嘘である。

 

「君達が彼女をいじめてるのを見ても、僕は何もしない。約束する」

 

 嘘である。

 

「あんた、ああいう付き合い方しててあの女のことなんとも思ってないって言うの?」

 

「うん」

 

 嘘である。

 

「……まーいいわ。あんたも賢い選択をしなさいよね」

 

「うん」

 

 嘘である。

 

 いじめっ子達は彼のリンネを突き放した返答に満足したようで、彼を離して去って行った。

 

「……」

 

 少年は空き教室で、机に背中を預けるようにごろりと寝転ぶ。

 

「賢い選択、か」

 

 賢い奴はあんなオモチャで遊ばないだろ、と少年は思う。

 

 その右手には、消しゴムに手足と顔が生えたキャラクター・ケシカスくんの消しゴムが握られていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その夜、○INEで少年が何事もなく帰れたと伝え少女を安心させ、その翌日の土曜日。

 リンネは祖父のロイ・ベルリネッタと外出するため、公園のベンチに座り、ウキウキした気持ちで足をぶらぶらさせていた。

 携帯電話越しに少年に無事だったと言われ、それをあっさり信じてしまうのはリンネの欠点であると同時に、美点でもある。

 こうして、許容範囲であれば素早く気持ちを切り替えられるからだ。

 

 リンネの祖父はここ数年、病気のせいでベッドから離れられない状態だった。

 だがここ最近、少し体調がよくなってきたらしい。

 看護師の付き添いがあれば、一日くらいは外を歩いてもいいと医者から許可が出ていた。

 そこで、ロイは孫娘のリンネと少しばかり外を歩こうという約束をしていたのである。

 

 リンネが居るこの公園は、学校のそばの並木道沿いにある公園だ。

 彼女が登下校の際、"綺麗な花がたくさん咲いてる並木道だ"と毎回思っている並木道に、ほんの数秒で移動できる位置にある。

 ベルリネッタ家から車に乗って移動すれば、二人揃って行けるだろう。

 だが、ロイはそうしなかった。

 

「何年先かは分からないが、好きな子ができた時のため、デートの予行練習にするといい」

 

 好々爺という言葉をそのまま形にしたかのように、ロイは笑った。

 まだ恋愛というものがピンと来ないリンネであったが、祖父と一緒にお出かけできるというだけでも彼女は嬉しい気持ちになってしまう。

 祖父も孫娘も、互いに家族思いな二人であった。

 

(おじいちゃん、まだかな)

 

 リンネは一人、並木道そばの公園にて座っている。

 少し経ってから、ロイが到着する予定だ。

 "この楽しみなもどかしさがデートっていうのなんだろうか?"と、リンネは自分なりに考える。

 彼女の手の中には、ライがくれた『ギエピー』という正式名称のストラップがあり、リンネは手の中でそれを転がし遊んでいた。

 

「お前、リンネ・ベルリネッタだな?」

 

 だが、彼女はどういう星の下に生まれたのだろうか。

 何か変なものに呪われているのだろうか。

 ただ祖父をちょっとだけ待っていようと思っただけなのに、その短い時間で、リンネは何人もの不良に囲まれていた。

 声をかけられ、不良達を見て、リンネの心は萎縮してしまう。

 

「あ、あなた達は……?」

 

「ククク……ちょっと付いて来てもらおうじゃねえか」

 

「へっへっへ、親分に逆らわない方がいいぜ?」

「へっへっへ、そうだぜ」

「へっへっへ、大人しくしな」

 

 不良に連行され、リンネは今座っていたベンチよりも少し大きなベンチに連れて行かれる。

 連れて行かれたベンチの横には、大きな自動販売機があった。

 不良のリーダーっぽい赤毛の男は、悪人面でリンネに問いかける。

 

「ククク……どうだ、ジュースでも飲むか。何が飲みたい?」

 

「へっへっへ、親分に逆らわない方がいいぜ?」

「へっへっへ、そうだぜ」

「へっへっへ、大人しく欲しいやつの名前を言いな」

 

「えっと……じゃあそこのミッドクターペッパーで」

 

 赤毛の男がリンネの飲みたがっていた飲み物を買い、手渡す。赤毛の男は不良全員に一番安い飲み物を買ってやり、投げ渡し、あざーっす! と言われてから悪役面で笑った。

 

「あ、ありがとうございます」

 

「ククク……ベンチでも座るか? 立ち話もなんだしな」

 

「へっへっへ、親分に逆らわない方がいいぜ?」

「へっへっへ、そうだぜ」

「へっへっへ、大人しくしな」

 

 リンネがベンチに座ると、その隣に人二人分ほどの距離を空けて赤毛の親分が座る。そしてその周囲を不良達が囲んだ。

 不良に囲まれたリンネには、もはや恐怖しか無い。

 赤毛の男は、鞄の中からコンビニの袋と、その中に入っていた"見るからに皆で食べる用"っぽい感じのお菓子の袋を取り出す。

 

「ククク……ミッドラ焼きとミッドンタコス、どっちが食いたい?」

 

「へっへっへ、親分に逆らわない方がいいぜ?」

「へっへっへ、そうだぜ」

「へっへっへ、大人しく食べたい方の名前を言いな」

 

「え、えと……ドラ焼きで」

 

 戦々恐々としながら、リンネは渡されたお菓子を食べ、ジュースを飲む。

 それを見た赤毛の男が、悪役にしか見えない笑みを浮かべた。

 

「よし、食ったな」

 

「え?」

 

「スジは通して貰うぞ。食った菓子とジュースの分の情報は喋ってもらう」

 

「だ、騙したんですか!?」

 

「ククク……騙しただなんて人聞きが悪い。食った分のスジを通せってだけの話だぜ?」

 

 なんと卑劣な罠か。相手に借りを作らせ、その借りを無理矢理に返させる。返さなければ暴力に走るぞーと拳をチラつかせれば、もうおしまいだ。

 相手が暴力慣れしていない小学生のリンネであることを考えれば、効果的すぎる交渉であった。

 

「俺はお前の知り合いの一人、サラの兄だ」

 

「えっ!?」

 

「お前の話は聞いてるぜ? 性格が悪いクラスメイトが居るってな。そうは見えないが……」

 

 どうやらいじめっ子は、自分を正当化する形で、大好きなお兄ちゃんに学校のことを話していたらしい。彼は、学校での実情を知らなかったようだ。

 

「まあいい、今日用があるのは、お前の味方をしているとかいう男のことだ」

 

「!」

 

 燕尾服仮面様のことだ、とリンネの体が強張った。

 不良達の狙いは燕尾服仮面。

 この赤毛の親分が率いる不良達は、最初から燕尾服仮面をターゲットにしていたのだ。

 

「エンヴィーフック仮面だったか? クソっ、敵ながらかっけえ名前じゃねえか」

 

「えっ」

 

嫉妬の拳(エンヴィーフック)とか最高にかっこいいじゃねえか、センスあるぜ」

 

「……えっ?」

 

「お前を捕まえりゃ飛び出てくるって、そう聞いてたんだがな……お前、何か知らないか?」

 

「あ、いや、その、知りません。正体や素性は私も知りたいくらいです」

 

「あん? 嘘だったら承知しねえぞ」

 

「ほ、本当です!」

 

「ちっ、マジかよ。最悪の場合は恥捨ててお前を人質に取ろうと思ってたってのによ……」

 

 赤毛の男は、リンネの方をチラチラと見る。

 手段を選んでる場合か? とスジの通らない人質という手段を取ろうとし。

 いや、んなスジが通らねえ真似はしたくねえ、と迷って止める。

 そんな親分を、親分から奢って貰った飲み物を飲む不良達が生暖かく見守っていた。

 

「そこまでだ!」

 

 赤毛の男がリンネに手を伸ばそうとし、その手を止めるかのように声が響く。

 その場の全員が、一斉に振り向く。

 するとそこには、黄色く染まったイチョウの木の上に立つ燕尾服仮面の姿があった。

 

「いたいけな少女を捕まえ、私を呼び出そうとする不埒な輩。許せん!」

 

「燕尾服仮面様!」

 

 イチョウの木に下半身が埋まっていた状態から、燕尾服仮面は華麗に地に飛び降りる。

 

(……痛い!)

 

 飛び降りた時に少し足を痛めていたが、仮面が彼の痛みを隠してくれていた。

 

「てめえがエンヴィーフック仮面か。待ってたぜぇ。

 シャレオツでハイカラな格好じゃねえか、渋いぜオタクよぉ……ククク。

 サラから話を聞いてたんだ。円滑な学園生活を邪魔するやつだってな……

 俺の妹の学校での生活を守るため、てめえの得意なオモチャで叩きのめしてやりに来た!

 覚悟しやがれ! 妹を守るのは兄の役目! 妹の敵は俺の敵だ! かかってこいやあっ!」

 

「へっへっへ、親分に逆らわない方がいいぜ?」

「へっへっへ、そうだぜ」

「へっへっへ、親分に勝てるわけねえぜ」

 

 不良達に囲まれるが、燕尾服仮面は眉一つ動かさない。というか眉が見えない。

 燕尾服仮面は懐に手を入れて、そこからバトルえんぴつ……通称『バトエン』を取り出した。

 五本の指に四本挟み、両手合わせて八本構える。

 

「黙れ、外道。……次に戦いがあるのであれば、これを使おうと思っていたが」

 

 バトエンは、ドラゴンクエストモンスターズのキャラクターが描かれるシリーズが一番多い、遊べる鉛筆だ。

 転がすことで『こうげき』『ひのいき』『ぼうぎょ』などの行動が行われ、簡単なルールで戦闘が行えるという点が受け、爆発的な人気を博した。

 勉強と遊戯の融合。まごうことなく、小学生ホビーの象徴の一角である。

 

 燕尾服仮面はそのバトエンを構え、空へと投げる。

 空へと舞い上がったバトエンは彼ら全員を囲むように、円形に地に落ち、燕尾服仮面の魔力を通して円柱状の結界を構築した。

 

「こいつは……極めて隠密性の高い魔導結界!? バトエンを基点にしたのか!?」

 

「私を理由に、ベルリネッタ嬢に迷惑をかけたな。貴様も私も、許せそうにない」

 

 バトエン結界の中心で、燕尾服仮面は怒っていた。

 彼らに。自分に。自分が原因となってリンネに迷惑をかけてしまった現状に。

 

「ポケモンで悪タイプに何故格闘と虫が効果抜群なのか知っているか?

 それは、スタッフが仮面ライダーが好きだったからだ。

 バッタが格闘で悪を倒すのが、世界の法則であるとしていたからだ。

 全ての人間には大なり小なり、どこかで悪行を止めねばならない使命がある」

 

 おこだ。激おこだ。激おこ真田丸である。

 

「貴様の土俵で戦ってやろう、赤毛の男」

 

「言うじゃねえか、仮面野郎。気に入ったぜ。そういうノリは大好きだ」

 

 その怒りに、赤毛の男は燕尾服仮面とリンネに対する評価を改めた。

 こういう怒りを見せられる人物、それほどまでに思われる少女に、単純な評価を下すのをやめたのだ。男は、腰のホルダーからカードの束を抜いて構える。

 

「こいつで勝負だ! 玩具(オモチャ)の王、『遊戯王』! 説明は要らねえな!」

 

「! ここで遊戯王か……!」

 

「ルールはミッドで最も普及している古代(エンシェント)ルール! 異存はねえな!」

 

 説明しよう!

 古代(エンシェント)ルールとは、ミッドにおいて最も定着しているルールである!

 ミッドには輸入の関係でほとんどカードが入って来ない!

 そのため、カードプールが初代漫画遊戯王の頃のカードばかり――許可を得て魔法で複製された――であり、その時代から後のカードはほとんどないのである!

 

 昨年の都大会優勝者ゲンヤ・ナカジマに優勝賞品として送られたカオス・ソルジャー -開闢の使者-でさえ超の付くレアカード扱い。

 当然、禁止制限などもほとんどない。

 このカードを使って戦う決闘者(デュエリスト)達は、自然と古代ベルカの騎士に例えられた。

 決闘こそが古代ベルカの騎士の本懐。

 なればこそ、このルールで戦うデュエリスト達は、イコールでベルカの騎士なのだ。

 

 ちなみに元祖遊戯王の連載終了は12年前。今遊戯王を触っているキッズ達の一部からすれば、『生まれる前に終わっていた漫画』である。

 劇場版遊戯王・光のピラミッド等を皆がワイワイ見ていた世代くらいまでだ。

 余談だが、初代漫画遊戯王の連載終了が2004年3月22日、テレ東初代アニメ遊戯王の放映終了が2004年9月29日、初代アニメリリカルなのはの放映開始が2004年10月1日。

 世代が結構近いので、ここに存分に『時間の流れ』を感じて欲しい。

 

「へっへっへ、諦めた方がいいぜ?」

「へっへっへ、そうだぜ」

「へっへっへ、親分に勝てるわけねえぜ」

 

 取り巻きの不良の声など聞こえていないかのように、燕尾服仮面は平然としている。

 二人の男は対峙し、同時に魔力でデュエルディスクを構築する。

 魔導師(ウィザード)決闘者(デュエリスト)であるのならこれは標準技能。

 驚くほどのことでもない。

 

「燃えて来たぜ!」

 

「下がっていなさい、ベルリネッタ嬢」

「は、はい」

 

「「 決闘(デュエル)っ! 」」

 

 かくして、戦いは始まった。

 

 先に動くは赤毛の男。

 

「先行は貰った! 俺は、ブラッド・ヴォルスを召喚! 伏せカード二枚でターンエンド!」

 

 赤毛の男はモンスターを召喚し、リバース二枚を伏せてターンエンド。ちなみに古代(エンシェント)ルールでは魔法罠は「伏せる」と言わなければ反則負けとなる。生贄召喚ではなくアドバンス召喚と言うと反則負けとなる。「生贄に捧げる」と言わず「リリース」と言うと反則負けとなる。

 

「へっへっへ、親分の勝ちパターンだぜ。生贄無しで攻撃力1900!」

「へっへっへ、そうだぜ。おれらは子供の頃から親分に一回もデュエルで勝ったことがねえ」

「へっへっへ、親分は騙されやすいが仲間思いで家族思いで強いんだ。負けるわけねえ」

 

 かつて、四つ星攻撃力1900のカードを何枚持っているかがステータスであった時代があった。

 赤毛の男は、ヂェミナイ・エルフの強さで昔から無双していた男である。

 生贄無しで攻撃力1900という圧倒的な説得力。

 その強さこそが、古代環境において無二の最強を保証していたのだ。

 近年地球においても、デュエルリンクスなどでその強さが再認識されている。

 

 強そうなモンスターが出て来たこと、不良達の反応から、リンネは不安そうに燕尾服仮面に声をかけた。

 

「だ、大丈夫ですか……?」

 

「安心したまえ、ベルリネッタ嬢。このカードでも見ているといい」

 

「? あっ、わぁ……綺麗……」

 

 燕尾服仮面はブルーアイズホワイトドラゴン(ミッド限定仕様)をリンネに渡し、リンネはその輝きに目を奪われた。

 小学生はレアカードの輝きに目を奪われる。

 大人になると忘れてしまう感覚だが、子供はカードがキラキラしているだけでちょっと興奮し、性能がゴミでも宝物にしてしまうものだ。

 

 男の子は綺麗で光ってるものが好き。女の子は男の子以上にそういうものが好きだ。大人になっても宝石に惹かれる人であれば、その心をまだ持っていると言えるだろう。

 ブルーアイズホワイトドラゴン(ミッド限定仕様)は光を反射して光り、夜中は大気中の魔力を吸って光り、デッキの一番上にある状況ではドロータイミングを認識して光り、デュエルを演出するという触れ込みで生産されたレアカードだ。

 光の封殺剣等を食らうことで、相手側の神シーンを演出する助けもすると評判で、一部のエンタメデュエリストから大人気の一品である。

 

「あ、傾けると光の模様が変わる……」

 

 スクーデリアを気に入っていたことからも分かるが、リンネもまた、こういうキラキラしたものに魅力を感じる感性を持っていた。

 彼女の意識はすっかりデュエルの内容ではなく、目の前の綺麗なカードに向いている。

 

「オラ、どうした? その仮面は飾りか?

 俺はお前の仮面を見た時からデッキが分かってんだよ。

 噂に聞くレアカード、仮面魔獣のデッキ……だろ? ククク、お見通しだ」

 

「すぐに分かる。私のターン、ドロー。スタンバイ飛ばしてメイン1」

 

 リンネに慈愛を見せる燕尾服仮面。

 だが、忘れてはならない。彼は怒っているのだ。

 

「処刑人マキュラを召喚する」

 

 ゆえに、今日の彼は燕尾服仮面様であると同時に、処刑人仮面様である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『処刑人-マキュラ』。

 遊戯王の闇を象徴する悪夢のカードだ。

 有する能力はシンプルに一つ、「このカードが墓地へ送られたターン、このカードの持ち主は手札から罠カードを発動する事ができる。」のみ。

 漫画遊戯王を読んだことがある人間なら、カードの方に手を出していなくても、五秒でこの能力の恐ろしさは説明できる。

 「先行1ターン目でマキュラが死んで現世と冥界の逆転が発動するんじゃよ」と言えばいい。

 

「ぐあああああああああああっ!」

 

「お、親分ー!」

 

 燕尾服仮面は、たった一ターンで赤毛の男を敗北に突き落とす。

 それでいて、赤毛の男に傷一つ付けずに勝利した。

 まるで、1999年9月にフルタ製菓が『日本の動物コレクション』シリーズとして産み大人気を博した名菓、チョコエッグのチョコだけを溶かし中のフィギュアを取り出すかのように、精密に。

 なんという精密性であろうか。

 

「燕尾服仮面様、このカード本当にきれ……

 ……あれ、終わったんですか? まだ始まってないんですか?」

 

「いや、終わったよ」

 

 周囲の不良達に駆け寄られる赤毛の男が、息も絶え絶えに体を起こす。

 

「お前、まさか……」

 

 そして男は、燕尾服仮面の正体の一端を見抜いていた。

 

「二年前、敗者を魔法でカードに封印してしまうという次元犯罪組織が居た!

 組織名は『帰って来た新グールズジャック二世』!

 行われたのは、リンカーコアではない人丸ごとの収集!

 闇の書の被害の再来とさえ言われた大事件!

 普通の魔法事件でなかったため、管理局でさえ手を焼いたという難事件!

 それを解決したのは、千年眼(ミレニアムアイ)の異名を持つ決闘者(デュエリスト)ヴェロッサ・アコース。

 そして、その男に協力していた、仮面のマキュラ使いが居たという噂が……まさかお前が!

 

「昔の話さ」

 

(この長文解説、疑いようもなくサラさんのお兄さんだ……)

 

 燕尾服仮面は実戦経験豊富のようだ。ならば、小学生時代から近所の悪ガキを遊戯王でまとめ上げ、この歳になってもお山の大将をやっているだけの男では勝てるはずもないだろう。

 

「へっへっへ、親分は調子が悪かっただけだぜ」

「へっへっへ、そうだぜ」

「へっへっへ、もう一回やったら今度はまぐれはないぜ……」

 

「やめろお前ら! 実力の差が分かんねえのか!」

 

 親分の尊厳をオラオラと守ろうとする不良達であったが、赤毛の男はそれを止め、敗者として勝者に敬意を捧げる。

 

「こいつが妹から聞いた通りの男じゃねえことはデュエルで分かった。

 容赦の無さの中にも、誠実さがあった。こいつは外道でも悪党でもねえ」

 

「親分……」

 

「なら、こいつをとっちめるのはスジが通らねえ。

 俺の妹が嘘つくわけねえし……何か、誤解があったんだろうよ」

 

 ヤンキーのくせに人を簡単に信じる。一度信じたら疑わない。

 この赤毛の男は、どことなく面倒臭い感じがする男だった。

 ミッドチルダの橘朔也の異名を襲名するのも時間の問題だろう。

 

「善良だな、君は。短慮だが、兄の鑑だ」

 

「ああん?

 悪いやつは痛い目を見る!

 嫌な目にあったやつには味方が出来る!

 現実はそうじゃないって大人はほざくが、俺の目と耳が届く範囲の現実はそうすんだよ!」

 

 短慮だが、善良。燕尾服仮面の人物評は的を射ていた。

 彼は典型的な、正義感と善意が人を傷付けるタイプである。

 彼の周りの不良達は、それを分かった上で彼に付き合っている人間なのだろう。

 

「今日は帰らせて貰うぜ。妹と話して、また後日来るわ」

 

「ああ、そうしたまえ」

 

 サラの兄は赤毛を揺らして、踵を返す。

 そして、格好付けすぎて周囲確認がおろそかになり、背後のリンネにぶつかってしまった。

 リンネはキラキラしたカードに見蕩れるあまり男に気付かず、気付いた時には男が目の前で、半ば反射的に男を右手で突き飛ばしていた。

 

「あっ」

 

 燕尾服仮面のホビー戦争が始まって一年が経とうとしている。

 その年月が、リンネ・ベルリネッタに『筋力の成長』を与えていた。

 ゆえに、突き飛ばすその一撃はもはや張り手のそれである。

 

 彼女の張り手の威力は既に横綱・白鵬(はくほう)と同レベルの域にあった。

 言うなれば、白鵬(はくほう)少女リリカルリンネ。

 咄嗟に込められた力は、ゴリライトブレイカーとなって男の体を吹き飛ばす。

 

「ひでぶっ」

 

 吹き飛ばされた赤毛の男は木にぶつかり、何の目的で持っていたのか分からないが、懐に入っていたナイフが衝撃でくるくると宙を舞う。

 そして、キリストの奇跡に等しい偶然をもって、リンネの手元のカードに突き刺さった。

 

「あーっ!?」

 

 リンネの不運のせいか。俗に言う世界の修正力=サンの仕事だろうか。あるいは抑止力=サンの仕業だろうか。

 信じられない流れで、ブルーアイズのカードに節穴が空き、リハクアイズになってしまう。

 

「す、すみません!

 き、キラキラしたカードに、見とれてしまって……

 ああ、そうじゃなくて、私が悪くて……燕尾服仮面様のカードに穴が……!

 あわわわわ、よく見たら魔法式が壊れて光らなくなってる!? ど、どうすれば!」

 

「……」

 

 慌てるリンネからカードを受け取り、燕尾服仮面は沈黙する。すぐにフォローが出て来ないあたり、彼もショックを受けているようだ。

 

「いや、嬢ちゃんが謝るのは筋違いだ。

 すまねえ、俺が前を見てなかったせいで……

 このまま帰ったんじゃスジが通らねえ。

 かくなる上は、この場でこのカードで腹かっさばいて、詫びとさせてもらうッ!」

 

 そんな彼らを見て、赤毛の男も覚悟を決めた。

 手に持っていたカードに魔力を纏わせ、腹に当てる。

 おそらくは腹切り。ミッドチルダ式の詫びを見せようというのだろう。

 

「へっへっへ……お前ら止めろ!」

「へっへっへ……いやお前も止めろ!」

「へっへっへ……つか全員で止めろ!」

 

「何をするだァーッ!」

 

 それを不良達が止めに動き、赤毛の男も抵抗する。

 ぎゃーぎゃーと騒ぐ彼らを見て、燕尾服仮面は溜め息一つ。

 燕尾服仮面は少女の手を引き、赤毛の男の肩に手を置き、謝る彼女と詫びようとする彼を共に諌める。彼の声色は優しかった。

 

「これは事故だ。誰も悪くない。そうだな?」

 

「でも……」

「だが……」

 

 燕尾服仮面は物質操作魔法を起動、結界構築に使っていたバトエンを回収し、ポケットからケシカスくん型消しゴムを取り出す。

 そして、その両方をリンネの手に握らせた。

 

「ベルリネッタ嬢、部屋での勉強などに使うといい」

 

「え、でも……この鉛筆と消しゴムは、削ってはいけないものじゃないんですか?

 削ったらオモチャや人形として使えなくなってしまう、そういうものなんじゃ……」

 

「いいのだ」

 

 バトエンは鉛筆として使えば遊べなくなってしまう。

 ケシカスくんは消しゴムとして使えば消しゴム型フィギュアでなくなってしまう。

 だが、それでいい。

 それでいいのだ。

 

「ホビーとはいつか壊れるもの。

 壊れ、親にこっそり捨てられるのが運命だ。

 子供の頃遊んでいた玩具が20代の頃残っている方が希少なのさ」

 

 オモチャとは、十年後、二十年後も残っているものなのだろうか。

 残しておこうと思うものなのだろうか。

 いや、違う。

 残っていれば見つけた時に懐かしい気持ちにもなれるだろうが、残らなくていいものなのだ。

 

「だが、それでいい。

 壊れてもいい、失われてもいいのだ。

 無かったことになどならない。子供の胸に、ちゃんと思い出は残るのだから」

 

「―――」

 

 そのホビーで遊んだという想い出は、貴方の胸の中に十年後も二十年後も残っているのだから。

 

「君が付けているスクーデリアもそうだろう。

 大切なのは物それ自体ではない。そこに込められた想いと、想い出なのだ」

 

「……あ」

 

 リンネがスクーデリアを大切にしようとしたのは、これが宝石だったからでも、綺麗な見た目だったからでもない。

 そこに、『家族の愛』があると知っていたからだ。

 

「でもなんで、そんなことをあなたが知って……」

 

「……君は友達に、明け透けに話しすぎるきらいがあるな。人に話したことは、伝わるものだよ」

 

 隣の席のクラスメイトだった頃から、友達になった今でもなお、リンネは隣の席の少年に色んなことを話していた。

 少年が、この少女に感情移入してしまうくらいには。

 

 燕尾服仮面はリンネに背を向け、赤毛の男の横を通り過ぎていく。

 

「君が敗者のスジを通してくれるというのなら……

 今日は私のやり方を、私の流儀を優先させてくれ。頼む」

 

「……わぁーったよ。……あと、悪かった。最初に、お前を疑ってたことを、謝らせてくれ」

 

「ふっ、私は燕尾服仮面……怪しまれるのが仕事というものだ! さらばだ、諸君よ!」

 

 燕尾服仮面が去り、不良達も「悪かったな」とリンネにひと声かけてから、続々とこの場を離れていく。

 後には、鉛筆と消しゴムのホビーを握った、リンネ・ベルリネッタだけが残された。

 

「……あ」

 

 気付けば、リンネのポケットには一枚の紙が入っていた。

 役所で貰える、この公園の横にある並木道の案内パンフレットのようだ。

 リンネが祖父と見に行こうと思っていた綺麗な花々の、名前や咲く季節などがずらっと並べられている。これで祖父との会話に文字通り"花を咲かせなさい"という気遣いだろう。

 

 誰が入れてくれたかなんて、決まりきっている。考えるまでもない。

 

「リンネ」

 

「あ、おじいちゃん」

 

「勉強かい? リンネは勉強熱心だねえ」

 

「うん」

 

 リンネはそうして、祖父(ロイ)と合流する。

 右手に鉛筆と消しゴム、左手にパンフレットを握っているリンネを見て、ロイはリンネが今日のために勉強していたと思ったのだろう。

 その言葉に、リンネは笑顔で答えた。

 

「私、勉強ももっと頑張るよ。この鉛筆と消しゴムが無くなるまで」

 

 きっと、最後にはこの鉛筆と消しゴムを使った思い出が残ると、信じて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数日後。

 リンネは迎えの車に乗り、帰路についていた。

 今日はライも先に帰ってしまっていたため、彼女も早めのお帰りだ。

 

 その途中、リンネの優れた視力が、カードショップの陳列の前でしゃがむ友の姿を捉える。

 ライはそこで、財布とカードを交互に眺めていた。

 どうやら『高くて買えない』というほど金が無いわけでもなく、『気軽に買える』ほどに金があるわけでもないらしい。

 とはいえ、そのあたりの機微をリンネが察せるわけもなく。

 

「あ、止めて下さい」

 

「はい、お嬢様」

 

 リンネは車を止めさせて、特に何か考えがあったわけでもなく、友達に近寄って行った。

 

「ライ君、どうし……えっ!?」

 

 そして、少年が見ていたものを見てビックリする。

 少年が見ていたのはブルーアイズホワイトドラゴン(ミッド限定仕様)、リンネの手の中で穴が空いてしまったカードであり、その下には結構な数字の値段が書かれていた。

 

(こんなに高いの!?)

 

 その値段は重度のデュエリストであれば「こんなもんだろうな」となる値段で、一般人が見れば「たかがカードにこんな……」となる値段で、間違いなく小学生が手を出すべきではない値段で、孤児院出身のリンネが白目を剥きそうになる値段であった。

 

「謝らないと、燕尾服仮面様に……」

 

「……」

 

 その値段が、今更にリンネの罪悪感を復活させる。ライは無愛想な目でそれを見て、無造作にそのカードを購入した。

 

「すみません、これください。ラッピングしてこの子に渡して下さい」

 

「はいよ、毎度あり」

 

「え?」

 

 突然の行動に少女が戸惑う間に、少年は畳み掛ける。

 

「燕尾服仮面が気にしてないようなら大丈夫。

 カードやってる人間からすれば、このくらいは端金。

 リンネさんの家で動いてる金に比べれば、砂粒みたいなもの」

 

「それは、そうかもしれないけど」

 

「子供が大人の財布の心配しても意味はない。

 僕がこうして気軽に買えてしまうもので、大人の財布が痛むと思う?」

 

「……そう、なのかな?」

 

 そう言われると、そういう気がしてきてしまう。

 燕尾服仮面に言われた『ホビーはいつかなくなるもの』という考えも、リンネの思考に作用していた。

 

「気が済まないなら、次に会った時に『ありがとう』って改めて言えばいい」

 

「……、……うん、そうする」

 

 少年は店主がラッピングしたカードを掴んで、少女に渡す。

 

 少女がそのカードの綺麗さに見惚れていたのを、覚えていたから。

 

「どうぞ。きっとこれは、僕と君の想い出になる」

 

「……!」

 

 花の咲いたような笑顔というのは、きっと今、彼女が浮かべているそれだ。

 

「ありがとう! 明日の学校で、貰ったものよりもっと凄いお礼するからね!」

 

 少女は手を振って、車の中に戻っていく。

 

「お礼? 僕はもう貰ってる」

 

 彼の鞄の中には、金曜日にリンネと話していた時に読んでいた本が、そのまま入っていた。

 

 

 




マリク「次のターン…ラーが特殊召喚される」←できない
マリク「神に生贄効果が通用すると思っているのか!」←通用する
マリク「このターン神はフシの能力が備わった!」←備わらない
マリク「ラーの攻撃力は生け贄にしたモンスターの合計となる!」←ならない
マリク「不死鳥は 再び墓地より 舞い戻る」←舞い戻らない
マリク「死者蘇生!」←できない
マリク「神に魔法・罠・モンスター効果は通じない!」←通じる
バクラ「墓地に置いときゃあ恐れる必要はないんだよ…神はなぁ!」←正解

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