リンネ「この声は……燕尾服仮面様!」   作:ルシエド

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草薙素子(リンネのアローラのすがた)


バザールでござーる、君はどこに行ってしまったんだい……?

 それは、雨が降りそうな曇り空のある日のことだった。

 

「よくもまー、私達をここまでコケにしてくれたもんよ、ドローン君」

 

「……」

 

 いじめっ子三人に囲まれる、リンネとライ。

 当然の結果だ。いじめっ子達が望んでいたのはリンネの孤立。先日の警告もそのためのもの。

 にもかかわらず、ライはリンネが話しかけてくれば友人として応えていたし、友人としての付き合いもやめなかった。

 彼はいじめっ子達の意図をちゃんと理解した上で、ちゃんと無視した。

 結果、いじめのターゲットは二人に拡大し、いじめは更に加熱する。

 

 ムキになりやすい子供に、半端な反抗は逆効果だ。

 かといって無視も逆効果になることがあるので、中々難しい。

 大人になれば忍耐強くなりブラック企業RX・ロボライダーに機械のようにこき使われても怒らなくなることもあるだろうが、彼女らはどこまでも感情に従う小学生でしかない。

 

「何よあんた、やっぱそいつのこと好きだったんじゃないの?」

 

「違う」

 

「はっ、意味無い反抗しといて今更……」

 

「君達が嫌いなんだ」

 

「―――っ!」

 

「……ああ、ダメだ。やっぱり、面と向かって酷いこと言うのは、性に合わない」

 

 その一言だけで、少年はなけなしの勇気を出し切ってしまったようだ。

 対し、いじめっ子は予想外の反抗に腹を立てている。

 少年は反抗する気を失い、これから行われるであろういじめは苛烈さを増しかねない。

 

「大丈夫、燕尾服仮面様が、きっと来てくれる」

 

(……来ないよ)

 

 メンコホビーのスマッシュボマーも、ポケモンのカードゲームも、ゲームボーイの形をした輪投げゲーム型シャンプー容器も、バトルドームも、電撃イライラ棒も、ヨーカイザーも、メダロッチも、怪人ゾナーのなぞなぞ勝負も、燕尾服仮面が居なければいじめを止める力にはなりえない。

 ウェブダイバーの作画と同じだ。人が居なければどうにもならない。

 

(今日は、来れない)

 

 少年には、燕尾服仮面が来ないという確信があった。

 

「……素顔では、出せない勇気もある」

 

「え?」

 

「なんでもない」

 

 少女は揺るぎなく燕尾服仮面を信じていて、少年は『燕尾服仮面』のことなんて信じていなかった。

 怒れるいじめっ子が、鞄の中に手を突っ込む。

 そこにはきっと、犬の糞よりも最悪ないじめの道具が入っているのだろう。

 

「上等よ、喧嘩売ってるのなら、それなりの―――」

 

 がばっ、と鞄に手を突っ込んだその瞬間。がらっ、と教室のドアが開いた。

 

「こっちだな! こっちに燕尾服仮面の気配が……あん?」

 

 現れたるは、地元最強の決闘者(デュエリスト)と呼ばれて長い、サラの兄。

 

「んだよ、サラじゃねえか」

 

「お、お兄ちゃん!?」

 

「そっちはちょっと前に会った嬢ちゃんに……あれ、燕尾服仮面居ねえじゃねえか」

 

 燕尾服仮面の気配を追って来たのに、燕尾服仮面の姿が見えない。赤毛の兄は首を傾げていた。

 

「お兄ちゃん、どうやってここまで入って来たの!?」

 

「ここの門番はデュエリストだぞ。公式大会での俺のファンの一人だ、顔パスだよ」

 

「そうなの!?」

 

「まあ変身魔法があるから、軽い魔力検査は受けたけどな」

 

 お兄ちゃんは笑い、そして睨む。怒りを顔に出す。

 パワプロで言えば変化幅MAXのフォークに相当する表情の変化。パワプロの大正義ヒロイン六道聖でさえキャッチに苦労するであろう落差で例えられるほどに、その変化は鮮烈だった。

 怒りが瞳に滾っている。

 

「それ、と。俺なりに学校の子供に話聞いて、真実ってやつを探って来たぞ」

 

「「「 ぎくっ 」」」

 

「サラ、母さんと父さんにはもうメールした」

 

「せ、殺生なっ!」

 

「それとッ!」

 

 ゴン、ゴン、ゴン、とゲンコツ三回。

 年長者が"間違ってしまった子供"に、"間違ってしまったことを伝える"ための痛みの形。

 三人の頭に、漫画のようなタンコブが出来ていた。

 

「あだっ!」

「痛い!」

「ウボァー!」

 

「こいつは! スジの通らねえことをしたてめえらへの罰だ!」

 

 罰とは、罪の重さを対象に実感させるためにある。

 教師のような子供を殴れなくなってしまった大人の代わりに、優しく耐えるだけだったリンネの代わりに、無言で佇むライ少年の代わりに、子供の行動に責任を持つ親の代わりに、彼は妹とその友人に拳を落とした。

 "不良の自分が一番失うものがない"と、彼はちゃんと認識していた。

 "これは家族の責任だ"とも、彼はちゃんと認識していた。

 

 男は、リンネとライに深々と頭を下げる。ライはずっと無言のままで、リンネは戸惑っていた。

 

「悪かったな、うちの妹がスジの通らねえ真似をした。

 お嬢ちゃんは何も悪いことしてなかったってのに、最悪に災難だったな」

 

「あ、はい」

 

「許してくれとは言わねえ。

 だが、これ以上こいつに同じことはさせねえと誓う。

 俺が目を光らせて、何かあればすぐに親に話を回す。

 どうかそれで手打ちにしてくんねえか? この通りだ」

 

「……はい、分かりました」

 

 結局のところ、リンネのいじめっ子に対する感情は、謝られれば許してしまえる程度のものでしかない。いじめっ子達が"自分達がリンネの眼中に無い"と認識していたのは、正解だったのだ。

 男がいじめっ子三人に促して、いじめっ子達三人が嫌々頭を下げれば、リンネはそれだけで――全てを忘れられるというわけではないにしろ――許せてしまう。

 

 それにリンネは、この男が妹とその友達のために、家族のために頭を下げていることに気付いていた。『家族』というフレーズに、リンネは弱い。

 許さないなんて、言えるはずもなかった。

 リンネは許したが、少年は何の感情も顔に出さず、無愛想に赤毛の兄を見ている。

 

「……」

 

「……お前らからすれば、最悪なことをした悪人なんだろうけどよ。

 悪いとこだけで出来てる人間ってわけでもねえんだ、うちの妹は。

 嫌いになってもいい、許さなくてもいい、だけど憎まないでやってくれ」

 

「それを決めるのは僕じゃない」

 

 ライにも赤毛の彼の気持ちは分かる。彼が妹のこととリンネのこと、その両方を想ってくれているのも分かる。だがライには、許せる勇気も立ち向かえる勇気もない。

 彼らの視線の先には、"謝らされている三人"がしぶしぶ頭を下げ、謝罪している姿があった。

 同様に、三人を苦笑して許しているリンネの姿もあった。

 ライは暗に、いじめっ子を許す許さない、憎む憎まないはリンネが決めることで、心配しているようなことは起こり得ないと言っている。

 

「第一、その頼みは意味が無い」

 

「……かも、な。悪いことしちまったよ、本当に……」

 

 この先、赤毛の彼が子供にゲンコツを落としたことが問題になるかもしれない。

 諦めなかったいじめっ子がいじめを再開し、またバレて彼に殴られるかもしれない。

 いじめが終わったところで、離れていった友達がすぐ戻って来る、なんてこともないだろう。

 だが、それでも。

 ここに、いじめは終わったのだ。拍子抜けするくらい簡単に。

 

「うし、けじめは付けた!

 そんで、改めてお前らにファイトを申し込む! 受けてくれるか?」

 

「いいですとも!」

 

 リンネの返答は妙に元気だ。ずっと頭を悩ませていた問題がなくなったおかげか、とても晴れ晴れとした表情で、声にも張りがある。

 

「さて、そしたら燕尾服仮面の奴を待って……」

 

「いいえ、ここで決着をつけます!」

 

「……リンネさん?」

 

 いつもの流れなら、燕尾服仮面が来てから遊ぶように勝負する流れ。

 だが、今日は違う。

 リンネの手の中には最近燕尾服仮面から「暇な時に使うといい」と言われ渡された、『レトロあそびだいひゃっか』がある。

 そして胸には、今日ここで全ての決着を付けるという勇気がある。

 今日この場で勝負の種目を決めるのは、燕尾服仮面ではなく、リンネ・ベルリネッタだった。

 

 彼女は初めて、燕尾服仮面の力を借りずに、因縁に決着をつける決意を固めたのだ。

 

「勝負の内容はこれ!」

 

 本のページが開かれる。そこには図解付きで描かれた、とあるゲームのルールがあった。

 

 

 

「『手を二回叩いて溜めたり攻撃したりするやつ』です!」

 

「なん……だと……!?」

 

 

 

 それは、正式名称が不明なまま広範囲に拡大していたある遊び。

 試合は一対一(ワンオンワン)で行われ、手をパンパンと二回叩いた後、両選手は両者同時に三種類の行動を許される。

 胸の前で腕をクロスさせて行う防御の構え。

 攻撃のために必要な溜め数を溜めるために必要な、拳を噛み合わせた溜めの構え。

 そして、勝利のために必要なかめはめ波っぽい攻撃の構えである。

 勝敗が決まるまで、これを繰り返すという勝負だ。

 

 防御は攻撃を無効化するため、相手が溜めを行った時に攻撃することで勝利となる。

 そして地域によって違うが、複数回溜めることで攻撃が防御を貫通する攻撃となる。

 攻め急げば負け、守り過ぎれば負けに近付く。

 単純ながらも完成されたルールであり、何よりも読み合いと戦略が必要なことから、『神が創りたもうた究極の完成度』と評されるほどの遊びであった。

 

「ルールは聖王教会公認ルール!

 溜めが無ければ攻撃はできず!

 攻撃するたびに溜めは一つづつ消費!

 溜め五回で相手の防御を貫通する攻撃になります!

 貫通攻撃と通常攻撃がぶつかった時勝利扱いになる、鍔迫り合いルールは無し!」

 

 これが最後だ。

 いじめっ子がリンネに絡んで行けるチャンスも、リンネがいじめっ子との想い出の最後を勝利で飾るチャンスも、これが最後。

 勝者は心の平穏を手に入れ、敗者は心に小さく暗い何かを抱えていかなければならない。

 まるで魔法の世界で最後に拳の決着を望んだメモリア魔法陣のように、バトル漫画のお約束のように、最後の戦いは武器(ホビー)を捨てた徒手空拳によって行われるのだ。

 

「言いたいことはいっぱいあるけど、今迂闊なことは言えない……

 この鬱憤! あんたと最後の会話になりそうな今日、晴らさせてもらうわ!」

 

「私だって……燕尾服仮面様が来る前に、一人立ちできる自分になってみせる!」

 

 赤毛のお兄ちゃんの手前口汚く罵れない、なればこそいじめっ子もこれに全身全霊をかける。

 リンネもまた、現在(いま)の問題を全て片付けたこの瞬間にこそ、過去の全てを断ち切り振り切るべく全身全霊をかけていく。

 

(くっ、『年末はガキ使見るから紅白とかどうでもいいよ』

 みたいな"もうそんなのどうでもいいよ"感を露骨に顔に浮かべて……

 見てなさい、リンネ・ベルリネッタ! 最後くらい、その私達を見てない目を変えさせる!)

 

 いじめっ子達も、生半可な覚悟で挑んだわけではなかった。

 

「ぐああああっ!」

 

 だが覚醒したリンネに、いじめっ子達は手も足も出ない。一人、また一人と、リンネがかめはめ波のような構え――攻撃の構え――で放った腕力衝撃波に吹き飛ばされていった。

 

「ひぃぃぃあぁぁぁうぃぃぃぃ!」

 

 フルに溜められた攻撃が、いじめっ子達の防御の上からそれを貫く。

 

「ごぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」

 

 敵の動きを先読みする知力。十分な反射神経。そして腕力。彼女の姿は、森の賢人ゴリラの継承者にして後継者を名乗るにふさわしいものがあった。

 

「リンネさん、才能ある」

 

「そうかな? ライ君が言うならそうなのかな」

 

「格闘技でもやったら、腕力と先読みで敵は居ない」

 

「……その発言、何か含みない?」

 

「ない」

 

 いじめっ子達三人を薙ぎ倒し、得意げに胸を張るリンネに少年が水を差す。

 少女三人が地に伏せた後は、妹の敵討ちにやる気を出している兄のご登場だ。

 

「次は俺だな、ククク……」

 

「よろしくお願いします!」

 

 リンネは友達(ライ)にいいところを見せようと奮起し、三人を倒したことで自信を付けて、意気揚々と赤毛の彼を瞬殺しようとする。

 が。

 

「ま、負けた!?」

 

「素直過ぎるな、経験が足らねえ。スジは良いが」

 

「ううう……」

 

 どうやら、相手の方が一枚上手だったようだ。

 この遊びは大体の人間が子供の頃にやる遊びである。なればこそ、この赤毛の兄も小学生の頃十分にやり込んでいる。年季が違うのだ、年季が。

 才能は年季を超えることもあれば、年季に押し潰されることもある。

 

 悔しそうにうなだれるリンネを見て、少年の無愛想な顔の目の色が変わった。

 少年はリンネの肩を軽く叩いて、前に出る。

 

「ライ君?」

 

「次は僕」

 

「ほーん? お嬢ちゃんのナイトさんの登場か」

 

 男と少年が対峙し、構える。

 廊下の方で誰かが歩く足音、妖怪ウォッチ特有の音が鳴り、それが時代の寵児たる二人の戦いの合図となった。

 男と少年の腕が、動く。

 

 その瞬間、彼らの両手は光を超えた。

 

 大気が引きちぎられる。風が鳴る。空間に光が走る。

 バチバチバチと、動作の前に課せられた"手を二回叩かなければならない"という義務が、絶え間ない連続打撃音となって響いていた。

 その連打速度たるや、ゲームセンターあらしの炎のコマに匹敵する。

 音が鳴っていない瞬間を探す方が難しいほどの攻防が繰り広げられ、男と少年は攻撃・防御・溜めを十数の残像を残しながら連発していった。

 

「み、見えない! 手の動きが見えない!」

「何てスピード! 何てデタラメな精密動作! 両者共に星の白金(スタープラチナ)の域!

 その腕の軌跡は既に星を越え月のそれに至っている!

 月を描く腕の動き、その残像が宙に描く影、これで騎士(ナイト)というのなら……

 今のライ・ドローン君に異名を付けるとすれば、月影の騎士(ナイト)以外の名前は似合わないッ!」

「あれ、この動き、あいつもしかして中の人……いや仮面はどこに……」

 

 当然だが、人間が光の速度を超えられるわけがない。ファンタジーやメルヘンじゃあるまいし。

 凄い速さで動き、緩急を付けて動いているため、そう見えているだけだ。

 二人の心の姿勢は速度勝負に集中し、既にソニックフォーム・ザ・ヘッジホッグ。

 体格差の問題で男に速度で劣っているライは、ビューティフルジョー的マックススピードを魔法で再現し、なんとか食い下がっていた。

 

 そして最後は、『勝ちたい』という気持ちが強い方が勝った。

 

「俺の、負けだ」

 

「ん」

 

「おお……! やったねライ君!」

 

 男は溜めの構え、少年は攻撃の構え。

 少年の勝利を自分のことのように嬉しがって接近して来るリンネに、ライは顔ごと逸らして対応した。

 

「お前、ただ者じゃないな……?」

 

「さあ」

 

 ライはかつて、超能力者育成ファミコンゲーム・マインドシーカーで腕を磨いた猛者だ。

 超能力者でこそないが、シンプルな仕組みの駆け引き勝負なら結構強い。

 この場でライが本質的に勝てないのは、リンネのみだ。

 不思議なことに、燕尾服仮面級の強さを彼は持っていた。

 

「さて、ちょうどいい感じに勝ち負けが散っちまったな……どうしたもんか、もう一勝負」

 

 次の勝負はもう一度これをやるか、別のものをやるか。顎に手を当てた赤毛の彼に、ライの方が主体で繋がれた念話が届く。

 

(ファミコンやります?)

 

(こいつ直接脳内に……! できるわけねーだろ! ここ学校だぞ!)

 

 リンネが先の種目を決めたなら、今度はいじめっ子サイド、あるいは赤毛の兄貴が種目を決める番だ。だが今の種目を繰り返しても勝機がないことに赤毛の彼は気付いていた。

 ストIIにおけるリンネガイルリネッタに対するザンギベルリネッタくらいには勝ち目がない。

 せめてリンネダルシムッタかリンネベルサガットくらいの勝ち目は欲しいところだ。

 

(この嬢ちゃんはともかく、この坊主の動きは厄介だ。

 この種目を繰り返しても勝ち目はない。

 手をパンパンと叩く動きが、まるで祈りの所作のようだ。

 しかもその祈りの所作が異様に速い。何故か観音を連想させる。

 こいつに手の平を合わせた祈りの所作を取らせれば、どんな遊びでも敗北は必至……ならば!)

 

 男は二つの拳を振り上げた。

 そして大きく弧を描き、自信を中心とした∞の軌跡を残し、二つの拳を貝合せにする。

 拳を合わせて、祈るかのようなその姿勢。

 合わされた二つの拳から、二本の指が柱のごとく立てられていた。

 

「決めたぜ、種目はコイツだ。ルールは聖王教会公認ルール!」

 

「……『指スマ』……!」

 

 先の種目が『正式名称が存在しない遊び』であるならば、この遊びはその対極。

 『正式名称が多すぎる遊び』である。

 

 「指スマ」「チョメチョメ」「バリチッチ」「チーバリ」などなど、地域によって多様な呼び方が存在するも、違うのは掛け声だけだ。

 対戦者は二本の指、すなわち両手の親指を動かす権利を持つ。

 そして「指スマ○」「チョメチョメ○」「バリチッチ○」「チーバリ○」などの掛け声を出し、この○に数字を当てはめ、親指を立てるか寝かせたままかを選ぶことができる。

 そして参加者が立てた指の総数と○の数字が一致すると片手を脱落させることができ、両手を脱落させた者から勝者となっていく、そういうゲームだ。

 

 例えば二人で対戦するとする。

 数字の範囲は0~4となるので、これ以外の数字を口に出すのは無意味。

 自分が指を上げなければ範囲は0~2、両方上げれば2~4となるので、この範囲を指定しなければ……といった感じに、自分の行動と相手の行動を考慮した数字指定が必要となる。

 これまた、シンプルながらも非常に高い完成度の遊びと言えよう。

 

 しかもこれは、参加人数が多すぎると中々決着がつかなくなるものの、複数人が参加できるという大きな利点があった。

 "人数が半端でハブられる一人"が発生しないのである。

 その中毒性から、『悪魔が創りたもうた至高の完成度』と評されるほどの遊びであった。

 

「最初くらいは、形式はそっちに選ばせてやるよ。坊主、嬢ちゃん」

 

「……なら、チーム戦で。代わりにそっちは四人でいい」

 

「おいおい、人数差倍じゃ勝負にならねえぞ」

 

「なる」

 

 赤毛のアンちゃん(男)は元より、いじめっ子達のグループに入るつもりはなかった。

 この遊びならチーム戦ができるものの、人数差がある以上公平ではない。

 いじめっ子がチーム戦を提案したなら、赤毛の彼はリンネ達の味方につくつもりだった。

 だがライは、ライ&リンネVS四人という試合形式を指定した。

 

 彼は無愛想なまま、信頼を見せる。

 

「僕なら……いや、僕とリンネさんなら、絶対に勝てる」

 

「―――! うん、うんうん!」

 

 人の言と書いて信。

 言葉もなく信じて貰えることもあるが、それを期待してはならない。

 信頼とは言葉で、会話で勝ち取るものだ。

 

 リンネの隣には友が居る。

 奇縁で繋がった友が居る。

 されど、それはリンネの行動の結果として得たものではない。

 運が良かった、そこに善意があった、ただそれだけのこと。

 

 始まりを辿るならばきっと、『お友達がたくさん出来ますように』と願いを込めてスクーデリアを娘に贈った、ローリー・ベルリネッタの愛と願いが現実に実を結んだ。ただそれだけのこと。

 

「行くぞ!」

 

「私達の戦いはここからだ!」

 

 少年がリンネに勝てると言ったなら、きっと勝てるのだろう。

 その言葉は、いじめっ子についた嘘とは正反対のそれ。

 この勝負の結末は既に見えている。

 

 リンネが種目を提示した一戦目、赤毛の彼が種目を提示した二戦目、ならばいじめっ子達が種目を決める三戦目もあるのだろうが、何も心配はない。ライとリンネは勝つだろう。

 

 燕尾服仮面が居なければ何も解決できなかったリンネの時間は、もう終わったのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 心に決着をつけ、いじめっ子達と赤毛の彼が帰って行くのを見送り、リンネは昇降口で立ち尽くす。彼女の視線の先には、天気予報を裏切って大振りの雨が降り注いでいた。

 今日は迎えの車が来ない。そういう予定になっていた。

 皆が忙しくしていた上、リンネ自身が皆に迷惑をかけたくないからと、迎えの車を携帯電話で断ったのもそれに拍車をかける。

 

 けれど、後悔はない。

 今日の彼女は、自分の足で、胸を張って、誇らしい気分で帰りたい気持ちだったから。

 

「……すっごい雨」

 

 当然だが、天気予報にないこの大雨を前にして、リンネの手元に傘は無い。

 そんな少女の横に現れた少年が、少女に青い傘を差し出した。

 

「はい」

 

「え、ライ君? これライ君の傘じゃ……」

 

「心配ない。先週置き傘してたから二本持ってる」

 

「そうなんだー」

 

「そうなんだ」

 

 納得した様子のリンネに傘を渡し、少年は踵を返す。

 

「僕、職員室に用があるから」

 

「うん、また明日」

 

「また明日」

 

 そして職員室に行くフリをして、15分ほど物陰で小説を読んで時間を潰す。小説のタイトルは『献身』。リンネとはち合わせないよう時間を空けてから、彼は帰路についた。

 彼の手元に傘は無い。

 物を大切にするこの少年が、盗まれる可能性を考慮せず何日も置き傘するわけがない。

 

 少年は鞄を頭の上に構えて一人、雨の中を走り出した。

 

「……さむい」

 

 雨が服を濡らす。服の隙間から肌を濡らす。

 ばしゃりばしゃりと水飛沫を上げる水たまりが、靴の中を濡らす。

 胸の中は熱くても、体の中は冷え切っていた。

 傘は無く、後悔も無い。

 水たまりを踏み抜きながら、少年は帰り道の角を曲がる。

 

 そして、曲がった先のコンビニで。

 ビニール傘を買って出て来た、リンネ・ベルリネッタの姿を見た。

 リンネは感謝と呆れが入り混じった表情を浮かべて、少年に歩み寄って来る。

 

「……あ」

 

「はい」

 

 冷え切った少年の指先に、暖かな少女の指先が触れ、少年の手に傘が握られる。

 

「私二本持ってるから、心配ないよ」

 

「……意趣返し?」

 

「恩返しだよ」

 

 リンネが笑う。花が咲くように笑う。

 彼女の気遣いに、少年は自分が少し前にした行動を、少し恥ずかしく思ってしまう。

 

「途中まで一緒に帰ろ?」

 

「……ん」

 

 帰り道は違うけれど、少しだけ一緒に歩くことはできる。

 少しだけ話すことはできる。

 二人の小学生は友達として、楽しく話しながら、家に帰って行った。

 

 

 

 不幸(ふこう)な少女は、こうして富幸(ふこう)になった。

 

 

 




 二戦目の後滅茶苦茶チョコラテ・イングレスしました。リンネちゃん達が勝ちました。

 グリッドマンの腕に付けるやつを持って来たり、トイ・ストーリーを皆で見たり、スマブラやスターフォックス64を皆でプレイすることもできるとは思います。
 でも中編なので、次回が最終回です。

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