日光農民リベリオン LEGEND OF THE TAKEYARI MASTER 作:kadochika
「……困ったな」
ロマニ・アーキマンは頭痛に近い何かを抑えるように額を手で覆い、うめいた。
彼は弱冠30歳でありながら、極めて込み入った経緯で一つの機関の長の代理を務めている。
機関の名はカルデア。
人類の歴史の存続を、保障することを目的として設立された組織である。
元は医療要員に過ぎなかった彼だが、今や、人類史防衛の最前線にいた。
そして彼を悩ませるのは、その業務に支障をきたす可能性。
ただし、小さな火種の規模ではあった。
(気が重いなぁ……どうやって彼女を説得するべきか)
本来、カルデアは多数の有力な魔術師を擁し、人類史防衛の尖兵として各戦線に派遣する予定であった。
しかし、先日の事件で多数が死亡、あるいは重傷を負った。
結果として、たった一人の新人を残し、全員が戦線を離脱するという痛恨事が発生したのだ。
現在、カルデアが出動すべき事態に動ける要員は、彼女ただ一人なのだ。
(無人島に魔法世界に働き詰めだったからな……チェイテの時はあんなに嫌がってたし)
つい12時間前まで、彼女はスロバキアで生じた事件解決のために派遣されていた。
異変自体は無事に収束したが、彼女の疲労は深い。
ついには仲間たちが止めようとする中、自殺まがいの行動に出ようとする一幕まであった。
結果的には状況を把握した上での作戦だと分かったが、ロマニは彼女が使命の重さに耐えかねた側面もあったのではないかと、未だに危惧している。
とりあえず、彼は交渉役を呼び、相談することにした。
CONNECTING...
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管制室にやってきた少女は、部屋に入るなり冷たく言い放つ。
「何の御用ですか、悪の科学者ドクターロマン」
「何度でもあやまります本当にすみませんでした……」
ロマニは床に膝を突き、平身低頭して再三の謝罪を行った。
彼はもちろん、彼女の言うような悪の科学者ではない。
だが、そういわれる心当たりは十二分にあるので、ロマニは謝る。
それを見下ろす少女の名は、マシュ・キリエライト。
一見して儚げなショートボブの少女だが、現在活動可能な正規のカルデア職員の中では最大級の戦闘力を持つ、戦闘要員でもあった。
そんな彼女が、冷酷に彼を罵る。
「謝って済む問題ではありませんドクター。
先輩は嫌がっていました。人理を救う使命を帯びているとはいえ、一人の女性ですよ!
私はともかく、そんな先輩を、スタッフの皆さんと語らって罠にかけ、あまつさえ集団で手足を押さえつけて無理やり――」
「マシュちょっと!? 何かとんでもなく人聞きの悪い表現しようとしてないかい!?」
「――無理やり動けなくした挙句、泣き叫ぶ口を強引に塞いでレイ――」
「中断してくれると思ったのに頑固だな君もごめんなさい本当に悪かったと思ってるし埋め合わせはこれからも続けていくから!!」
レイシフト、と言おうとしたであろうところに口を挟んだために余計に人聞きが悪くなった気がするが、ともあれ。
ぐりぐりと床に額を擦り付ける彼にさすがに同情してくれたか、マシュは台詞を中断し、別の声を掛けてくれた。
「……先輩のかわりにご用件を伺います」
「助かるよ、それで実はこの新しい奇妙な特異点なんだけどマシュ!! 待ってマシュ!!
すみません話だけでも聞いては頂けないでしょうか!?」
特異点という名詞を出した途端にすっぱりときびすを返して管制室を出ようとする彼女を、必死に止める。
「……聞くだけですよ」
出会った当初と比べると、彼女も随分と、表情が豊かになった。
ロマニは感慨を抱きつつ、マシュに図像を交えて状況を説明した。
CONNECTING...
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マイルームの寝床。
カルデアに残された唯一の、実働要員としては最後の魔術師。
自分に割り当てられた私室のベッドの上で、彼女は眠っていた。
顔にはまだあどけなさの残る、赤毛の少女。
彼女はまさに今、うなされていた。
「きよひー……頼光さん……静謐ちゃん許して……ハッ!?」
女たちに溶岩の中へと引きずり込まれる悪夢から、彼女はようやく解放された。
「夢……」
「フォウフォウ!」
彼女の体の上では、白い毛むくじゃらの、ウサギのような子犬のような、はたまた猫のような。
いずれともつかないが、ともかくそうした大きさの愛くるしい動物が、尻尾を振りつつ四肢を踏ん張っていた。
鳴き声からか、カルデアではフォウ君と呼ばれてかわいがられている生き物だ。
「フォウ君か……よかった……」
魔術的な警戒、および防御向上のため、カルデアとの完全な接続が許可された特殊な端末以外では、彼女の正式な本名は表示されない。
よって、ここでは仮に、彼女の名はぐだ子と呼んでおこう。
ぐだ子は汗まみれ、寝癖だらけのまま、周囲を見回した。
セキュリティを突破して寝床に潜り込んでくる者はいない。
そこに、遠慮がちに扉を叩く音。
「!」
ぐだ子には、すぐに見当がついた。
悪夢からの寝起きだということを悟らせないよう、意識して声の音程を上げる。
「マシュ、どうぞ」
「失礼します……あ、フォウさんもいらっしゃったのですね。
おはようございます、お二人とも」
正解。
入ってきたのは、マシュ・キリエライトだった。
彼女の最初の相棒にして、もっともいたわりと気遣いをくれる友人の一人。
心配させまいと通したのだが、さすがに寝起きのままは見苦しかったか。
「先輩、寝癖と汗が……大丈夫ではなさそうに見えるのですが」
「大丈夫大丈夫……待たせちゃうかなって思ってさ。
着替えながら聞いてもいい?」
「はい、先輩が良いのでしたら……」
ぐだ子は毛布を畳み、クローゼットを兼ねる更衣スペースを壁から引っ張り出した。
「ドクターから、また事案の相談がありまして……断りますか?」
魔術礼装を兼ねるカルデアでの普段着のセット――純白のジャケットに、黒いスカートや下着の替えを取り出す。
バスルームに乗り込みつつ、マシュに返答する。
「チェイテじゃなきゃ行くよ、大丈夫」
「場所は、近世日本、シモツケという地域だそうです」
シモツケ。聞いたことのあるような、ないような地名だ。
漢字は、下漬でいいのだろうか?
湯のスイッチを押して心地よい雨に打たれつつ、ぐだ子はマシュに無駄口を投げつけた。
「シモツケ、しもつけ……
やめて、社会2の私をバカにする気でしょう!」
「先輩、分かりにくいネタ振りは正直どう反応したらいいのか困ります……」
「実際全然知らないので教えてください……」
「え、えーとですね」
ロマニが彼女に特異点のことを話すのは、それが無視できない規模に膨れ上がる可能性があるためだ。
人類の歴史――すなわち人理に生じた、歴史上ありえないはずの、IFの時空。
放置しておけばそれが巨大化し、本来の人類史の存在を脅かす可能性さえあるという。
魔術に関しては素人同然、そもそも数合わせとしてカルデアに採用されたぐだ子だったが、事の重大さは、これまで多くの特異点に関わってきて、よく分かっているつもりだった。
マシュが持参の端末で、検索結果を教えてくれる。
「
「栃木……ど、どのへんだっけ……」
シャンプーで髪を洗いつつ、教養不足を嘆く。
またしても、自分を先輩と慕うマシュに不甲斐ないところを露呈してしまった。
たとえどれほど彼女が情けない状態になっていても、マシュはそれを非難することなく助けてくれてしまうのだが。
「東京の北……関東地方北部です。
あ。
もしかしたら、特異点の作用でカルデアから召喚されてしまっているかも」
「
汗が湯で流れた身体の奥で、腹の虫が鳴るのが分かる。
「先輩が嬉しそうで何よりですが……体調管理は私も協力しますので、どうか食べ過ぎには気をつけてください」
「うんうん。カニエビ白米豆腐鮭……ぐひひひ……」
「先輩……?」
チェイテでの事件から丸一日と経たずに特異点に出発するのは、正直なところやや乗り気ではなかったが、彼の生み出す大量の美食にありつける可能性があるならば、悪くない話だ。
もっとも、彼が現地で彼女たちと敵対するような役柄を与えられていなければ、だが。
ぐだ子は湯を止めて、清々しい気分でバスルームを出た。