日光農民リベリオン LEGEND OF THE TAKEYARI MASTER   作:kadochika

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封建圧政地方 下野国

 

 

 

 

 

 そして、人類最後のマスター、ぐだ子とそのサーヴァント、マシュは17世紀日本、下野国に降り立った。

 彼女たちのいる時空は特異点と化しているので、正確に判明している歴史とは、事実関係に大きな食い違いがあることもある。

 本来死亡している人物が存命であったり、明らかに架空のはずの出来事が実際に起こっていたりするのだ。

 そのため、精密な年代や地域の特定は、困難な上にあまり意味がない。

 

「レイシフト、無事に完了しました」

「フォウ!」

 

 マシュは既に、サーヴァントへの“変身”を終えている。

 彼女は周囲を警戒しつつもフォウ君の毛並みを撫でながら、カルデアのロマンに報告した。

 

『了解、マシュ。今回は通信も特に不調なところはない。感度も良好だ』

 

 太陽の角度からして、時刻は朝の九時前後か。

 場所は、水田の広がる街道のあぜ道。

 既に稲の収穫は終わっている時期らしく、田からは水は抜き取られていた。

 温かな初秋の風が、年季の入りすぎた古い案山子を揺さぶって、ギイギイと音を立てている。

 

「ここが江戸時代の栃木県か……何か、昔の田舎って感じだね。

 もしもしロマン、そっちからは何か変なこととか見えない?」

『うーん……とりあえず、京都や鬼ヶ島の時のような大幅な空間の異変は感じられない。

 ひとまずいつも通りで大丈夫だ』

「それじゃあ俵卿――じゃなくて、拠点を作れそうな場所に誘導願いまーす」

『ぐだ子ちゃんがやる気になってくれたのは俵藤太のおかげか……

 とりあえず、まずは川を探して。そこから下流に行ったところに、村がある。

 そのあたりに太めの龍脈が通ってるから、召喚サークルを設置できるはずだ』

「分かった。そんじゃマシュ、行こう!」

「はい、先輩」

 

 今のマシュ・キリエライトは、一般的な洋服をまとっていたカルデアの時とは大きく異なるいでたちをしている。

 ボディラインに密着する形状の漆黒の甲冑に、腰には細身の剣。

 そして何より異彩を放つのは、中心部の膨らんだ十字架のような形状をした、巨大な盾。

 かかとの高いブーツを履いた彼女の背丈よりも大きく、光沢は、この世に存在するいかなる脅威も弾き返すという説得力を持っていた。

 マシュ・キリエライトは、このような姿に一瞬で“変身”を完了する。

 その能力は、ぐだ子がカルデアに来た当初の事故に由来するのだが――ひとまずそれは措くとして。

 彼女は、燃えていた。

 

「早く俵卿を探すか喚ぶかしないと、ぐひひ……」

「出発前に軽く食事を済ませたというのにその食欲……すっかり健康を取り戻されたようですね」

「待ってて藤太! いまあたしが食べに行くからね!!」

「フォウ!?」

「先輩その表現は誤解を招きます!

 最近ますます先輩が、ティーチさんから精神汚染を受けて!」

 

 走り出すマスター、それを追うサーヴァント。

 そこでマシュは、通信機から小声で語りかけてくるロマニの声を聞いた。

 

『マシュ……聞こえるかい』

「はい」

『ぐだ子ちゃんには悪いけど、わかってるね』

「……はい。ここは江戸時代の下野国の、どこかの藩です。

 正史とは大小の差異のある特異点とはいえ、迂闊に俵藤太さんほどの英霊を召喚してしまうと、地元だけに大混乱になる気がします」

 

 これは、IFの世界であるとはいえ、正史からさほど隔たっていない時空を旅する時に、避けては通れない問題である。

 例えば特定のサーヴァントを、当人の死没直後の時代、人目に触れうる場所で活動させる。

 当人の亡き後、さほど期間が過ぎていない故地でサーヴァントとなった彼や彼女が活動していれば、それは死者の復活と捉えられ、宗教的・政治的に巨大な混乱をもたらす可能性が生じるだろう。

 異変を解決すればいずれ消滅してしまう時空とはいえ、それは人類の歴史に触れるものの態度として、好ましいものではない。

 現在のところ、そうした必要のある事態は生じていないとはいえ、これを未然に防止するために、十分な配慮を行う必要があるのだ。

 

『既に俵藤太が何らかの役割を帯びてそっちに召喚されていた場合は仕方がないけど……

 もしも彼を見つけられなかったぐだ子ちゃんがカルデアから彼を呼ぼうとした時は気をつけて欲しい。

 本人もそこら辺は分かってるから、多分一緒に彼女を説得してくれるとは思うけど』

「了解ですドクター」

 

 竹林の向こうにちらちらと見え始めた村に、二人は徐々に近づいていった。

 

 

 

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 林床は竹の葉で敷き詰められた、近世日本では一般的な竹林。

 そこに飛び石のように埋められた踏み石を渡るぐだ子とマシュを、呼び止める声があった。

 

「そこな二人、待ちなさい」

「その声は――」

 

 二人が背後を振り向くと、そこには袴に羽織の出で立ちをした侍が佇んでいた。

 飄々とした伊達男。彼女たちの、良く知る顔だ。

 マシュが先に、その名を呼ぶ。

 

「佐々木さん!」

「ははは。無人島に流されて以来だなマスターに、マシュ殿。

 下野は、かの藤原秀郷(ふじわらのひでさと)縁の地と聞く」

 

 静かに笑う剣士の名は、佐々木小次郎。

 ぐだ子がカルデアで使役している、アサシンのサーヴァントだ。

 サーヴァントとは、人類史に残る業績を残した英雄や文人などの要素を抜き出して使役するものをいう。

 現在の状況においては、人類とその歴史が完全に消滅しようとしている危機に際し、カルデアとぐだ子の召喚に応じてやってきてくれた戦士たちの総称と言ってもいい。

 そして、サーヴァントは基本的に、七種類の“クラス"に分類される。

 剣士(セイバー)弓兵(アーチャー)槍兵(ランサー)騎兵(ライダー)魔術師(キャスター)暗殺者(アサシン)狂戦士(バーサーカー)

 今回姿を表した佐々木小次郎は、特異な経緯に基づいてアサシンに分類される。

 ともあれ、サーヴァント・アサシン、佐々木小次郎は、ゆったりと顎を撫で、二人に語った。

 

「ロマニ殿に聞いているぞ。どうやら、この特異点は私の生きていた時代に近いようだ。

 当然、そのようなカルデア式の装束では怪しまれることも分かっていよう。聞き込みなどもするのであろう?」

「えー、鬼ヶ島じゃ平気だったけど」

 

 反論するぐだ子に、小次郎は諭すように説く。

 

「あの時は、鬼が島民を虐げておった。

 来訪者を怪しい者と追い回すようなゆとりはなかった上に、その……他の面子が目立ちすぎて、正直お主らは霞んでいてな」

「ごもっとも……」

「フォウ……」

 

 当時のことを思い出し、ぐだ子は若干の敗北感を覚えつつうなだれた。

 

「身の守りは多い方がいい、私も同道しよう。

 何、まずくなったら逃げれば良い」

「それでは、お言葉に甘えて。よろしくお願いします、佐々木さん。

 召喚サークルを設置したい地点は、村からは少し離れるようですが」

 

 マシュが改めて挨拶をしたその時、村の方から大きな吠え声が聞こえた。

 人間でも、恐らくはこの時代の日本に生息していたような猛獣のたぐいでもない。

 

「マシュ!」

「はい、先輩!」

「早速えねみぃか、急ぐとしよう!」

「フォウフォウフォウ!」

 

 小次郎を加えた一行は、林床に積もった竹の枯れ葉を巻き上げながら、村へと走った。

 そこでぐだ子が目撃したのは、目を覆うような光景だった。

 

 

 

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「待ってくだせぇ、お代官様! おねげぇです、どうかこの米ばかりは……!」

「えぇい、ならぬ! 年貢は八両と決まっておるのだ!

 用立てられぬ時は、相応の米で収めるものという法度である!!

 ガォォォォォォン!!!」

「そ、そこをばなんとか……その米さ持ってがれちまったら、おらだつのまんまがねぇんですぅ!!」

 

 周囲の茅葺屋根の家屋に比べて、壁が厚く頑丈そうな作り。

 ぐだ子自身は実物を見たことはないが、いわゆる倉に見えなくもない。

 そこを民家の影からこっそりと覗ける位置で、ぐだ子にマシュ、小次郎は彼らのやり取りを見ていた。

 構図としてはどうやら、農民たちが税金の代わりに、米俵に詰まった米を押収されようとしているらしい。

 彼らは集団で、代官と思しき大柄な男に向かって、すがるように頭を下げていた。

 三人はしばしの間それを観察していたが、それに耐えかねたのか、マシュが小さく声に出す。

 

「先輩、この場合問題なのは、なぜエジソンさんがこんなところで年貢の取り立てなどしているのかということではないでしょうか……」

「ぶっちゃけこんな謎の展開なんていくらでも……じゃなかった、頭痛くなってきた……」

 

 ぐだ子はそれまでの好調も忘れ、にわかに頭痛を覚えてこめかみを抑えた。

 それは、白い毛並みのライオンの頭部を持つ男。

 ぐだ子たちは以前から知っている、キャスターのサーヴァント、トーマス・エジソンだ。

 本来、彼は20世紀アメリカ合衆国で発明王の異名を取るほどの活躍をするに至った偉人だ。

 しかし、サーヴァントとして召喚された彼の姿は写真などで伝えられる本来のそれとは異なり、両肩からはランプのような器具を生やし、全身にアメコミヒーローのような真っ青なぴっちりとした衣服で全身を覆ったマントの巨漢。

 それが、時代劇を思わせる場所で、粗末な日本式の装束をまとう農民たちに大声を浴びせている姿は、端的に言って、極めてシュールだった。

 

「無人島で顔を合わせたことはあるが……

 あのとおますという御仁、あのように暴君めいた振る舞いは見せなかったはず」

「そうだね。あんなことしてる暇があったら発明に精を出すタイプだし……」

「これも特異点のなせる業というものか。なんとも面妖なことよ」

 

 そこでぐだ子はやるべきことに思い当たり、マシュに呼びかけた。

 

「マシュ、早く召喚サークルを設置に行こう。

 急いでエジソンを正気に戻すか、カルデアに送り返さないと」

「は、はい……!」

「では、私が時間を稼ごう。さもなくばあのキャスター、年貢の米を担いでどこかに行ってしまうかも知れぬ」

 

 小次郎の提案に、マシュが危惧を口にする。

 

「佐々木さんでも、単独では危険では……?」

「なに、あくまで足止めをするのみ。

 無人島からの脱出を助けられた恩もあるゆえな」

「……すぐに戻るから!」

「頼むぞ、マスター!」

 

 もし小次郎がエジソンに破れたとしても、彼はぐだ子と契約を交わしている。

 彼女は現在フェイトという巨大な召喚契約システムと繋がっている唯一の魔術師であり、彼女との契約はすなわち、フェイトを擁するカルデアとの繋がりをも意味する。

 たとえ戦闘で霊基を粉々に破砕されたとしても、それを構成していた霊子は自動的にその契約を媒介しているカルデアへと戻り、同一のサーヴァントとして再構成が行われるのだ。

 身も蓋もない表現だが、“一度契約してしまえば、ぐだ子とフェイト、カルデアが無事な限りは死んでも大丈夫”ということになる。

 だが、例え彼らが笑って捨て石になってくれるのだとしても、それだけは。

 戦闘で生じる負傷や、それに伴う苦痛――そして死は本物なのだ。

 出来ることならばサーヴァントは一騎たりとて見捨てず、できるだけ近くから魔術礼装などで支援したい。

 そう主張して食い下がりたいところを堪え、ぐだ子はマシュと、召喚サークルの設置予定地点へと向かった。

 

 

 

 

 

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