日光農民リベリオン LEGEND OF THE TAKEYARI MASTER 作:kadochika
ディルムッドが、紅の魔槍の穂先を避けて受け止めるアーチャーの技量に舌を巻きつつも、叫ぶ。
「エミヤ殿! そなたほどの正義の英霊が民を虐げる暴政に手を貸す姿、視るに耐えぬ!」
「エリちゃんこそが正義だ!」
「エミヤ先輩ッ!!」
普段の彼ならば絶対にありえない台詞に、マシュはもはや悪夢を見ている気分で叫んだ。
暴風さえ伴うディルムッドの連続攻撃を双剣でいなし、続いて飛びかかったマシュのシールドバッシュを見切り、アーチャーは重盾を踏みつけて跳躍、後退する。
その着地の隙を狙い、クー・フーリンがその愛槍を、全力で
「――
投げたから当たるのではなく、
因果逆転の槍による、絶対致死の一撃。
それはアーチャーの心臓を刺し貫いたという結果に基づいて弾道を描くはずだったが、届く寸前に虚空に咲いた、光り輝く巨大な花に弾かれた。
「
7つの花弁を持つ花をかたどった、トロイア戦争の英雄アイアスに由来する盾。
赤いアーチャーの守りの切り札だが、“花”の前方に展開した七重の防御結界は、そこに食い込み続ける魔槍の暴威に一枚一枚剥ぎ取られてゆく。
しかし、そこに外から別の力が加わった。
小次郎と天草による攻撃をすり抜けて、赤いアサシンが大振りな拳銃を構え、盾の宝具と拮抗して空中に静止状態にあった
「ン、だと……!?」
アサシンが放ったのは、因果関係を切断し、それをでたらめな構造に再構築するという効果を持つ魔術の弾丸だった。
魔槍は離れた地面へと突き刺さって威力を炸裂させたのち、クー・フーリンの手元へと帰還した。
再び愛槍を手に握り、彼は舌打ちする。
「クソ、味な真似をしてくれるじゃねぇか……!」
「御子の投げ打ちを防ぐとは……むッ!?」
負傷すること無く宝具をやり過ごしたアーチャーの放つ、射撃の雨。
それを回避する二人のランサーに呼びかけながら、
「お二人とも、私の盾に隠れつつ攻撃――」
「邪魔っ!」
「――エリザベートさんっ!?」
自らも槍を持って攻撃してきた彼女を、マシュは苦々しい思いで迎撃した。
彼女を退けることに集中すると、今度はその防御の隙を突こうとアーチャーの矢や、鋭い剣の一撃が飛んで来る。
「くぅ……!」
一方、小次郎と天草はアサシンの跳梁を阻止すべく、竹槍を構えて接近していく。
だが、寡黙なアサシンは短機関銃による牽制を織り交ぜつつも撹乱とアーチャーの支援に徹しており、決定打を放つ隙を与えてくれない。
それでも、天草は防御と牽制に徹し、小次郎がサーヴァント最速級の速度で追いすがる。
しなる竹槍がアサシンをかすめ、短機関銃の弾丸は竹槍に弾かれる。
「その武器……ただの竹槍じゃないな?」
「気のせいであろう、これは何の変哲もない、ただの青竹に過ぎぬ」
神秘など無いに等しい短機関銃とは言え、サーヴァントの武器だ。
本来ならば、特異点に生育していたとはいえ、ただの竹で防げるものではない。
だがなぜか、二騎の竹槍は砕けない。
それを警戒したか、アサシンはついに、切り札の宝具を発動した。
「時は流れ――今日には微笑む小さな花も、明日には死して枯れ果てる。しからば。
「ぬぅッ……!」
時間流操作の宝具の作用で、赤いアサシンが、小次郎さえも上回る速度で彼の背後を取る。
銃弾の速度自体は変わらないため心眼と併せて辛うじて弾くが、同時射撃と見紛うほどの速度で多方向から発射される弾丸の嵐に、さしもの彼も霊基を冷やした。
しかし、速度で上回る相手に対する対抗手段は、まだあった。
助勢に加わった天草の竹槍が、赤いアサシンにヒットする。
「――!」
胴鎧にあたって弾かれたが、その動きに僅かな動揺が混じった。
なおも時間流を加速するが、天草はアサシンの攻撃に最小限の動きで対応する。
彼自身の右腕でもある宝具、
決して破壊力に優れた効果は発揮しないが、彼の持つ限定的な未来視の力を強化する役割を果たす。
速度に劣るならば、未来予測の精度を高めることで、ある程度の防御・牽制は可能だ。
「…………!」
二騎のサーヴァントに致命打を与えられないと見たか、アサシンが加速を中断して後退する。
だがそこに、暗殺のスペシャリストである彼にも、思いもよらない誤算が生じた。
「二人ともがんばりなさいっ!
こういう時こそアタシの歌声で、全ステUP、気力限界突破よ!!」
そこで戦っていたサーヴァントたちに、深刻な戦慄が走る。
「な、なんだって――――――――!!!!?」
アーチャーがマシュやランサーたちを押し返したために完全にノーマークになっていた、自称サーヴァント界のトップアイドル。
彼女は今度こそ、何者にも邪魔されることなく歌った。
それこそが暴威、それこそが威力。
「いくわよっ!
「ここは江戸じゃありません!?」
『ぼえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!』
事前の発動宣言があったため、ほぼ全員が何らかの防御態勢に移行できた。
マシュとレオニダス一世は、盾を構えて渾身の防御を。
クー・フーリンとディルムッド、小次郎はエリザベートの宣言を聞き、頑丈そうな屋敷の囲いや石造りの井戸の影へ。
天草に至っては、強化された未来視で誰よりも速くそれを察知し、同様の場所へ退避していた。
だが、肝心の彼女の味方である二人のエミヤは、その予兆を察知できなかった。
彼女との距離が近かったアーチャーと、宝具による加速中で宣言が聞き取れなかったアサシンだけが、直撃を受けた。
「何――」
「しまっ――」
巻き起こる大破壊、不可視の殺戮音波。
エリザベートを中心に、城下町には小さく濃密な台風が落とされたかのような被害が発生した。
だが、その直後、芸を披露してすがすがしい表情で微笑む彼女を、二条の青々とした閃光が直撃した。
「悪代官、覚悟!」
「これが、人々の受けた痛みです!」
「みぎゃぁぁぁん!?」
小次郎と天草、宝具を回避した二人の農民出身のサーヴァントの、竹槍による同時攻撃。
無防備になっていた圧制アイドルは空中高く吹き飛び、そして程なく落下する。
ぼろぼろになってべちんと地べたに墜落したエリザベートは、
「り、リハと違う……ドラゴンのたたきになっちゃう……」
無念そうにそう呻くと、霊子に分解されて特異点から退場した。
マシュは盾にかぶさった瓦礫や砂塵を押しのけながら立ち上がると、仲間のサーヴァントたちの安否を確かめる。
「み、皆さん……ご無事ですか……!?」
「肉のおかげで無傷ッ!! 計算通りでしたッッ!!」
すぐ近くでレオニダス一世も起き上がり、小次郎と天草についても、すぐに目に入った。
ディルムッドとクー・フーリンも、やや離れた場所で材木を押しのけながら姿を表した。
「私は無事だ。御子は……」
「何とかな……対人宝具のはずなのに範囲広すぎんだろ……!」
「いやはや、強敵であった……ん?」
アーチャーがよろよろと立ち上がるのに気づき、小次郎は身構えそうになる。
だが、その必要はないようだった。
大きく傷ついた体を引きずりながら、彼は瓦礫に埋もれたアサシンを助け出し、抱き上げる。
もはや両者ともに限界なのだろう、霊基の一部が光る霊子の流れになって、身体から漏れ出していた。
アーチャーが、アサシンに対して感慨深げに語りかける。
「不思議だな爺さん……遠い昔に、どこかで……あんたにこんな風にして、助けてもらったことがある気がするよ……」
「そうか……そんなことも……あったのかも知れないな……
次も一緒に……今度は、正義の味方の役で……喚んで欲しいものだな、シ――」
「爺さん……!」
ひとしきり愁嘆場を演じると、エミヤを名乗る二人のサーヴァントは消滅した。
たとえカルデアに戻っただけだと分かっていても、マシュは悲しい思いでうつむく。
「エミヤ先輩……」
そこに、しゃんしゃんと鈴の音を引き連れたソリが到着した。
カバのような愛嬌のある木組みの動物像を前方に備えたそこから、黒いミニスカートのサンタ風の装束をまとう鋭い目つきのサーヴァントと、マシュのマスターでもある少女が降りてくる。
サーヴァント、ライダー、アルトリア・ペンドラゴン[オルタ]。
様々な変遷を経て変わり果ててはいるが、原型になったのは5世紀イングランドのアーサー王伝説の登場人物である。
ともあれ、敵を退け再び合流した彼女たちは、瓦礫の廃墟となった城下町の一角を離れ、情報の整理や確認を行った。
『確認できたよ……保管設備がクラッキングかまされて、聖杯が一つ持ち出されてた……不覚を取った』
「つまり、信長さんが聖杯を奪って、この特異点を作った……
今度こそ聖杯を爆弾にしようとしているのでしょうか……?」
「そういう感じでもなかったような……ひたすらサンタオルタに恨み節ぶつけてはいたけど」
城の外から対城宝具で破壊するのは難しい。
ひとまず手分けをしつつ城に突入し、信長を取り押さえて聖杯を回収するか、最悪の場合は倒してカルデアに強制送還するという方針が固まった。
だが、突入する班と、彼女が脱出しないよう城の周辺を監視する班とに分ける段になって、日本組が主張を挟んだ。
「マスターよ、私は突入班に入れて欲しい。
信長公が主犯だとすれば、つまりは彼女がサーヴァントたちに悪代官の役を割り振っていたことになろう?
ここは是非とも己の耳で、その理由を聞いてみたい」
「私も、佐々木殿と同じ意見です。百姓の倅だった者として、ここは譲れない」
二人はすっかり、百姓一揆の風情になっていた。
竹槍を得物にしているのも、そういう気負いからだろうか?
「うーん……サンタオルタは空を監視してもらいたいから監視組に入ってもらうとして……あとの割り振りはどうしようかな」
残る面子はマシュの他は三人のランサーだ。
ここは広域監視の得意なサーヴァントを呼んで三人とも突入班に組み込むか、あるいは屋内戦闘の得意なサーヴァントを喚び、ランサーたちには監視にまわってもらうという戦術が妥当か。
特にレオニダス一世は、短時間とはいえ最大で300人のスパルタ兵を出現させる宝具が使用可能だ。人数を絞れば、宝具の効果時間を伸ばせるだろう。
そう考えた、その時。
「おいマスター……何か聞こえねぇか?」
クー・フーリンの指摘に耳を澄ますまでもなく、地鳴りのような音が近づいてくるのが分かる。
城の方から急速に、小山のようなシルエットが突進してきた。
それを見たディルムッドの顔から、血の気が失せる。
「魔猪だと……!?」
それは、およその外観だけは、猪と形容できた。
だが、大きさと重量、知能と荒々しさ、全ておいて比較にすらならない、幻想種と呼ばれるものの一種だった。
現代の自然界にはおおよそありえない、強力な肉体と恐るべき魔力を秘めた生物。
特にディルムッドは、生前の直接の死因がこの魔猪によるものだったとあって、サーヴァントとなった現在では致命的な弱点になってしまっているほどだった。
「
いち早くレオニダス一世が宝具を発動し、300人のスパルタ兵とともに突進を食い止めにかかる。
しかし体格差は大きく、屈強なスパルタ兵たちも脚にまとわりつくのが精一杯で、その巨体全体を利用した突進を押し留めるのは難しいようだ。
その鼻先にしがみつきつつ、彼は絶叫した。
「ぬッ、くぁおぅッ!? ムァスタァッ!! ここは我らに任せて、城に向かってくださいッ!!!」
「いやちょっと、さすがに単独で置いていけそうな状況じゃないような……」
ぐだ子は躊躇する。
レオニダスとスパルタ兵だけでは、明らかに劣勢だ。
「マスター、ここは私が……!」
「おいディルムッド……!?」
クー・フーリンが止めようとするが、彼は続けた。
「御子。マスター。
不肖このディルムッド、今こそ己の欠点を克服するべき時だと考えます。無人島の一件で、それを痛感しました……!」
「まだ気にしてたんだ……」
彼が言っているのは、無人島の特異点で夜の番を任された際、生前の主君であったフィン・マックールともども、襲来した魔猪に無残に蹴散らされてしまったことだろう。
その後は黒ひげたちと共謀して魔法世界で暴走するなど、少々不安になる言行が見られたのだが、まさか、その一件を引きずっていたのか。
フィンのことは生前と変わらず敬愛していたので、自分がついていながら主君にまで恥をかかせてしまった――生真面目な性格だけに、そう考えている可能性は否定できない。
時代こそそさかのぼるが、いわばフィンも含めた彼らの先達であるクー・フーリンが、彼の肩を掴んで叱咤する。
「バカ野郎、別にそんなのは大した恥じゃねぇ!
生前の因果に縛られちまったとしても、それはケルトの男がゲッシュに殉じるのと同じだ! 笑うやつがいるものかよ!」
「だとしても、です。御子……あの魔猪に背を向けては、ともに戦う仲間に顔向けできぬ! お許しを!」
そして彼は、レオニダスを翻弄している巨大な猪へと飛びかかっていって――
「ぐはぁッ――!?」
――振り回した牙に吹き飛ばされて、明後日の方向へと墜落した。
「ったく……見てられねぇぜ。マスター、悪いがあんたはマシュにそっちのサムライ二人と、先に行っててくれや。俺たちはあいつを片付けて、後を追う」
「わかった。気をつけて!」
「誰に言ってやがる!」
彼はそう吐き捨てると、木造家屋を蹴散らしつつ暴れまわる幻想種へと駆けていった。