「私はいいと思う」
スノーホワイトとの待ち合わせに使っている鉄塔にむかって、駆けて行く。
眼に映る景色はどんどん移り変わっていき、我ながらとんでもない脚力だ、とラ・ピュセルは思う。いまではすっかり慣れたものではあるが、最初のころはただただ驚いたものだ。
もう辺りは暗くなっているが、魔法少女は夜目が利く。月明かりがない夜でも、昼間と大して変わりなく見えるほどだ。
待ち合わせの時間より多少早いが、それはいつものことだ。いまは女になっているとはいえ、男が女を待たせるわけにはいかない。ましてや、ラ・ピュセルはスノーホワイトの騎士なのだ。自分でそう決めたことでしかないが、だからこそ、そう
それに、ラ・ピュセルは、颯太は小雪のことが好きだ。魔法少女好きの同志や、友だちとしてだけでなく、異性として意識している。男子として、女子と仲良くするのがなんとなく気恥ずかしかったため、成長するごとに彼女との接触は減っていったが、たまに小雪を見ると、その可愛らしさにハッとすることもあった。これが恋だと思ったのは、結構最近ではあるが。
また小雪と話がしたい。一緒に遊びたい。そんなことが頭に浮かぶ時はあったが、女子と一緒にいて、からかわれるのは抵抗があった。結局、再び彼女と話ができるようになったのは、お互いが魔法少女になってからだった。
小雪に負けないぐらい、颯太も魔法少女を愛していた。それでも、颯太は男だ。どれだけ愛しても、なりたいと思っても、魔法少女にはなれない。そう思っていた。いつだったか、わたしもいつか魔法少女になるんだ、と言っていた小雪を羨ましく思ったことを憶えている。
『魔法少女育成計画』に手を出したのは、魔法少女が好きだという理由ももちろんあるが、やはり期待があったからだ。噂を本気で信じていたわけではないが、男でも魔法少女になれるのではないか、という期待があった。
奇跡は、起こった。それも、二回もだ。
魔法少女になれたこともそうだが、小雪も魔法少女になって、一緒に過ごせるのだ。どちらも颯太にとっては、奇跡以外のなにものでもない。
彼女を守る騎士となろう。ラ・ピュセルはそう思い定めていた。
しかし、スノーホワイトと組むということは、かなり大変なことでもあった。
彼女は、困っている人の心の声が聞こえる。困っている人というのは、当然ながらどこにでもいる。自分たちの力でどうしようもないことは、そのままにしておくしかないが、そうでなければ可能な限り人々を助けて回る。これはかなり忙しい。
だが、それが嫌なわけではない。ラ・ピュセルも魔法少女なのだ。困っている人を助けるのが魔法少女のやるべきことだと思っているし、そもそも小雪の力になるのが、嫌なわけがない。闘う魔法少女が好きな身としては、
問題は、ラ・ピュセル自身のことだった。
ラ・ピュセルの正体は、岸辺颯太という男子中学生なのだ。性のこととかに興味津々な年頃なのだ。
他人には言えないが、はじめて『魔法少女』になった時、ひと通り自分の
ほかにも、なかなかアクティブに動くにも関わらず、非常に短いスノーホワイトのミニスカートだとか、彼女のスカートとブーツの間から覗く絶対領域だとか、ほかの魔法少女たちの無防備なところだとか、そういったことに、罪悪感とともにいろいろと
そういったことが、スノーホワイトに知られたら困る。もしそれが知られ、スノーホワイトに軽蔑されてしまったら。そんな悩みを抱いていた時があった。
スノーホワイト、というか、久しぶりに颯太の家にやって来た小雪からのアドバイスで、そのあたりの悩みは一応どうにかなった。ほかの魔法少女から言われたという、揉まれれば柔らかくなるだとか、胸を貸してくれるだとか、悪魔の囁きだとかいう言葉にいろいろよろしくない妄想をしてしまったこともあったが、心に悪が芽生えそうになった時には、母の顔を思い浮かべるといいというアドバイスによってだ。
効果は抜群で、それによって即座に平常心を取り戻すことができるようになり、それまで以上に魔法少女として精力的に活動している。いろいろと複雑な思いはあるが。というか、疚しいことを考えてる時に母親の顔を思い浮かべるというのは、いろいろとキツいものがある。
それはともかく、そろそろ鉄塔が見えてくるころだった。駆ける速度を上げる。
ほどなくして、鉄塔が見えた。近づいたところでちょっとだけ勢いを落とし、跳躍する。鉄塔に足を着けると、そのまま駆け上がった。
わずかな時間で鉄塔を駆け上がると、すでに相棒がいた。
「っ?」
早いな、と軽く驚きながらも声をかけようとしたところでラ・ピュセルは、口を開いたかたちのまま、止めた。
なんとなくだが、いつもとは雰囲気がちょっと違って見えた。スノーホワイトという名前が示すように、まるで雪のようにそのまま溶けて消えてしまいそうな儚さがあった気がした。
気を取り直し、ゴホンと咳払いをすると、スノーホワイトがハッとした様子でこちらをむいた。なにか考え事をしていたのかもしれない。
「そうちゃん」
挨拶しようとしたところで、スノーホワイトが呟いた。どこか、ホッとしたような響きがあったように思えた。
気になったものの、二人で作ったルールについて先に指摘しよう、とラ・ピュセルは思った。
「この姿の時は、っ!?」
言葉の途中で、いきなり立ち上がったスノーホワイトに抱き着かれ、ラ・ピュセルの躰が固まった。
スノーホワイトは、小雪は颯太にとって、好きな女の子なのだ。突然こんなことをされたら、硬直するに決まっている。
我に返り、慌てて声をかける。
「スノー、――――小雪?」
普段ならスノーホワイトと呼びかけるところだが、なんとなくさっきの様子を思い出し、本名で呼びかける。スノーホワイトはなにも答えず、ラ・ピュセルを抱き締める腕に力をこめてきた。
ラ・ピュセルに比べればそこまでの力はないのだが、スノーホワイトも魔法少女である以上、それなりに力は強い。少し息苦しくはあった。
息苦しくはあったが、スノーホワイトの様子はまるで、やっと会えた家族にしがみつく迷子のような切実さを感じさせ、ふりほどくのも抵抗があった。
恥ずかしくはあったが、落ち着かせるために、彼女の頭をなでる。
「小雪。なんか、あったのか?」
ちょっと声が上擦ってはいたが、それぐらいは仕方がないだろうと思う。むしろその程度で済んでいる自分を褒めたい。
それでも彼女は、なにも言わず抱き着いたままだった。彼女の躰の柔らかさなどを意識しないよう気をつけつつ、頭をなで続ける。
そろそろ母の顔を思い浮かべるべきかもしれない。だんだんスノーホワイトの感触や体温が無視できなくなり、そんなことを考えたところで、スノーホワイトの腕から力が抜け、彼女が身を離した。
ホッ、と息をつく。安堵のものではあるのだが、残念な気持ちもあった。
スノーホワイトが、恥ずかしそうにモジモジしながら口を開いた。
「ご、ごめんね、そうちゃん」
「あ、いや、別に謝ることないけど」
嫌ではなかったのだ。戸惑いはしたが、決して嫌ではなかったのだ。
彼女の躰の感触だとか、体温だとか、香りだとか。
そこまで考えたところで母の顔を思い浮かべ、心を鎮める。
「そ、そう?」
「う、うん。それで、なんかあったのか、小雪?」
ラ・ピュセルが訊くと、スノーホワイトがうつむいた。
「その、ね。なんか、そうちゃんの姿を見たら、いても立ってもいられなくなっちゃって」
「どういうこと?」
「わかんないけど、そうちゃんがどっかに行っちゃいそうな気がして」
「――――?」
ラ・ピュセルの顔を見ながら紡がれたスノーホワイトの言葉に、首を傾げる。なんだか、いまにも泣き出しそうに見えた。
「嫌な夢でも、見た?」
「多分。よく憶えてないけど、そうちゃんがいなくなっちゃう夢だった気がする」
再びスノーホワイトがうつむいた。
彼女のその様子にラ・ピュセルは、胸が引き裂かれるような痛みを感じた。
安心させるため、微笑みながら優しく話しかける。
「心配いらないよ。僕はどこにも行かない」
「う、ん。ありがとう、そうちゃん」
スノーホワイトも、微笑みを返してきた。ただ、どこか無理をしているようにも思えた。ラ・ピュセルに気を遣っているのかもしれない。
どうしたものか、と考えたあと、ひとつ思いついた。気恥ずかしくはあるが、彼女を安心させるためだ、と意を決する。
長剣ぐらいのサイズにした剣を鞘から抜くと、その剣の
キョトンとした様子のスノーホワイトにむけ、誓いの言葉を紡ぐ。
「たとえこの身が滅びることになろうとも、あなたの剣となることを誓いましょう。我が盟友、スノーホワイト」
仕草や口調は芝居がかったふうではあるが、ラ・ピュセル自身は大真面目だ。言葉に、嘘はない。
スノーホワイトの眼から、涙がこぼれ落ちた。
再びスノーホワイトが抱き着いてくる。躰が熱くなった。
「やだ」
「えっ?」
耳元で聞こえたスノーホワイトの切なそうな声に、ラ・ピュセルは戸惑った。
彼女を慰めたかったのに、ふざけていると思われてしまったのだろうか。
熱くなっていた躰が冷めるような、血の気が引くような感覚を覚えながらそう思ったところで、スノーホワイトが否定するように首を振った。
「違うよっ。そうちゃんがそう言ってくれるのは、すごく嬉しいよっ。でも、そうちゃんが死んじゃったらやだよっ」
「小雪」
「もう、そうちゃんに置いてかれるの、やだよ」
「もう?」
涙ながらの彼女の言葉に、どういう意味だろうか、とラ・ピュセルは困惑した。自分が、彼女を置いていったことがあっただろうか。
ラ・ピュセルの呟きに、スノーホワイトが身を離した。瞳を潤ませながらラ・ピュセルと見つめ合う。
「そうちゃんが一緒に魔法少女のアニメ見なくなった時、すごく寂しかったっ。なんだか、わたしだけ置いてかれちゃった気がしてっ」
嗚咽が混じったスノーホワイトの言葉に、ラ・ピュセルは頭をガツンと殴られたような衝撃を覚えた。
恥ずかしいから。周りから変態扱いされるのが嫌だから。だから、魔法少女に興味をなくしたふりをして、小雪と遊ばなくなった。彼女から離れた。
だが自分は、そのことで小雪がどんな思いを抱くか、一度でもしっかりと考えたことがあっただろうか。自分のことしか考えていなかったのではないか。誰になにを言われても、気にすることなどなかったのではないか。魔法少女の趣味は隠しても、彼女のそばを離れることはなかったのではないか。
よくそれで、小雪を守るなど、彼女の騎士になるなどと言えたものだ。
自分への怒りが、自嘲するような声が、後悔が、頭の中を埋め尽くしていく。
「でもね、嬉しかった」
「っ?」
「そうちゃんは、魔法少女が好きなままだったんだって」
「小雪。でも僕は」
なにも言わないで、とばかりにスノーホワイトの腕の力が増した。
締めつけるようではなく、スノーホワイトの気持ちが伝わってくるような優しい抱擁からは、ラ・ピュセルを包んでくるような温かさを感じた。
自然と、ラ・ピュセルも抱き返していた。
ありがとう。その気持ちだけが、心の内にあった。
しばらく経ってから、どちらともなく抱擁を解いた。
身は離さず、互いに見つめ合う。
「さっきの誓い、やり直させてもらってもいいかな?」
「うん」
再び片膝をつき、剣の柄を差し出す。
「君を、いつまでも守り続けよう。互いに年老い、別れるその時まで、僕は、君を守り続ける」
騎士としてだけではない。魔法少女の仲間としてだけではない。
岸辺颯太として、姫河小雪を守り続ける。
岸辺颯太として、姫河小雪を幸せにする。その誓いだ。
スノーホワイトの眼に涙が溜まっていく。ラ・ピュセルは慌てなかった。
感極まったように息を詰まらせたあと、スノーホワイトが微笑みを浮かべた。
「はいっ」
彼女のまばゆいばかりの笑顔に、ラ・ピュセルも笑顔を返した。
いや、しかし。
誓いの言葉のあと、少し経ったところで、ラ・ピュセルは自分の言葉を思い返した。
いまのはもう、プロポーズと変わらないのではないか。そう思うと、この場で身悶えしたくなるような、とんでもない恥ずかしさが湧き上がってきた。
スノーホワイトも同じなのか、顔が真っ赤になっていた。
「あっ、えっと、その」
「あ、あのね、そうちゃんっ」
「う、うん。なに?」
「わ、わたし、なりたいものがあってねっ?」
「え?」
スノーホワイトの唐突な言葉に少し困惑する。彼女のなりたいものといえば魔法少女だろうが、もうすでになっているのだ。わざわざいま言うことだろうか。
そう思ったところで、スノーホワイトが恥ずかしそうに呟いた。
「お、およめ、さん」
「えっ」
「そうちゃんの、お嫁さん」
全身が、燃えるように熱くなった。スノーホワイトの顔も、さっき以上に赤くなっている気がした。
スノーホワイトがうつむき、モジモジとしはじめる。
その可愛らしさにさっきとは別種の衝撃を受けたが、恥をかかせてはならない、とラ・ピュセルは思考を切り替えた。
深呼吸をして気持ちを落ち着かせ、スノーホワイトに歩み寄る。
落ち着かせたつもりだが、躰はガチガチだった。スノーホワイトも同じなようで、躰の動きがぎこちない。
勇気を出せ、岸辺颯太。男だろう、男を見せろ、ラ・ピュセル。いや、ラ・ピュセルの時は女だがそれはともかく、どんな相手でも臆さず、立ちむかうのが魔法少女だろう。いや少女では駄目だ。男として、魔法少女魂を見せろ、と己を奮起させる。
手をなんとか動かし、スノーホワイトの手を取る。
逃げ出したい、という思いがどこかにあった。恐怖ではない。恥ずかしさのためだ。
しかし、スノーホワイトが、小雪が勇気を出して伝えてくれたのだ。
ここで逃げたら、騎士ではない。彼女を幸せにすることなど、できはしない。
唾を飲みこむ。
スノーホワイトと見つめ合いながら、ラ・ピュセルは意を決して言葉を紡いだ。
二人が幸せに生きていく。『魔法少女育成計画』らしくはないかもしれないが、そんな世界があってもいいと思う。
小雪への愛とか、ほかの魔法少女たちとの友情とか、慈悲の心とかで火事場のクソ力を発揮したラ・ピュセルが魔法少女強度7000万パワーで勝ち残って、スノーホワイトの衣装に散らしてある花に魔法少女フラッシュを浴びせたことで、命を落とした魔法少女たちが花から復活するとかそんな世界があってもいい。多分。