「え・・。先輩、先に帰っちゃったんですか?」
創設祭終了後―めでたく大盛況、おでん完売の祝賀ムードに包まれる水泳部員達の中であまりにも意外な事実を塚原から伝え聞き、素っ頓狂な声を上げたのち、七咲は眼を丸くした。
広大が水泳部のおでん屋台の片付けを終えた後、足早に帰ってしまったらしい。
「うん。『ごめんね。七咲によろしく。』だって。」
「そんな・・ちゃんとお礼も言えてないのに。」
「ごめん。私も引きとめたんだけど。何せ・・」
「私・・先輩にお礼を言ってきます!まだそんな遠くには行ってないですよね!?いってきます!!」
その言葉を言い終える前に既に七咲は駈け出していた。
「え。ちょっと!!待って!七咲!コウ君は―」
塚原の制止も聞かず、完売したおでん屋台の成功を祝う軽い打ち上げで最大の功労者の一人が場を去ってしまった。
「あちゃ・・行っちゃった。」
「あれぇ?ナナちゃんどこにいったんですか~~?塚原先輩?」
祝賀ムードの水泳部員の一人が一向に現れない今回の最大の功労者を探しに来た。
「あ・・七咲は・・・何か、お手洗い?みたいよ?」
「あ。そうだったんですか。寒いから近くもなりますよね~~あはは!」
「そ、そうね」
「塚原先輩!次何飲みます?」
塚原はそう言ってその場をごまかした。
「ふぅ・・長い長いお手洗いになりそうね。」
一目散に走り、あっという間に見えなくなってしまった可愛い後輩が消えた方向を苦々しい表情で見送ると塚原は頭を抱えた。
―さて、と。どうしようか、な。
―どうせ疲れてるに決まってるんだから。
私と比べてひ弱な先輩の事だから。
ゆっくりのろのろ帰ってるに決まってる。
きっと追いつける。
私の足を舐めないでください。先輩。
七咲。夜を駈ける。
―・・でも。
「・・あ。」
五分ほど走った彼女の足がつと止まる。
「はっ、はっ、はっ・・。・・・。」
考えてみれば自分は正確な広大の家の道は知らない。いつも一定の場所まで行くと別れていた。
その場所はだいたい七咲自身の家に近い方にある。内心広大が少しでも七咲の家に近い場所まで安全に見送る為に気を遣っていた証拠でもある。彼と一緒に帰った記憶はあるのに彼女は未だ詳しい彼の家の場所を知らない。
この道だとこの住宅街の次の曲がり角で打ち止めだ。そこで広大とは何時も別れている。
あとは広大がどのような道を辿って帰っているのかはまるで未知。七咲にとってどこにでもある変哲のないその道は異国の道を彷徨うに等しい。地名や番地を知っていてもそこからある特定個人の家を探し当てるには時間が悪すぎる。
七咲の上がる息とは反比例に頭の中は今日の冷気に冷やされてどんどんクリアになっていく。
「ははっ・・はぁ――」
少し苦笑して視線を落とし、顔にかかった髪をパサリと乱雑に頭を振って整える。
あまりに乱雑すぎたその整髪は大した効果をもたず、何本かの細い髪は未だ七咲の視線の前を離れようとしない。だが七咲は気にも留めなかった。
全てが意味のない行為に感じた。
勢いのままの急激な情動の急速冷却は七咲を極端な思考へ誘導する。表情はいつもと変わらないが目の前の物をちゃんと見据えるためにいつもしっかりと開ける視界を髪で覆い隠したまま七咲はとぼとぼと学校に戻ろうとした。
・・思えば広大の家に行こうとした事は無い。「行く理由が無い」と言えばそれまでになる。
塚原のように広大の幼馴染ではないし、いきなり行っても、もしくは行きたいと言ってもさぞ困った顔をされるに違いない。もし言ったとしても冗談ととられるかもしれない。
―七咲。また俺からかってる?
―あ。ばれちゃいました?先輩も少しは成長しましたね。
そんなやり取りをしている自分達の姿が目に浮かぶ。それはそれで幸福な時間ではあるのかもしれないが。
そんなことを考えながらさっきまで快調だった重い脚を引きずりながら七咲は戻ろうとする。住宅街に時間外、且つクリスマス・イヴの夜に住宅街に現れた珍客に容赦なくある家の番犬が吠える。
―ごめんね。騒がせて。・・すぐ居なくなるから。
そう思いながら彼女は前髪に隠された澄んだ瞳を番犬に向ける。この時間に現れた場違いな少女に吠えかかった一匹の小さなコリー犬はその少女の表情にすぐその鎚を振り下ろす先を無くし、逆にその優しい気性を発揮して鼻を鳴らし、何処か儚げなその少女を慰めるように見つめた。
―・・いいコ。
少女はその健気な番犬に微笑み返し、また歩き出す。
そしてそこから七咲が十歩ほど歩いた時だった。
・・・!!・・!・・!
再び背後でその小さなコリー犬がいきなり吠えはじめた。
探るような吠え方ではない。明らかに異常を察知した威嚇に近い吠え方だった。
犬というのは不穏な状況や相手の状態を察知する能力が非常に高い。それにしてもこの吠え方はおかしい。純粋な警戒と共に少し脅えが入っている。
逆に言うなら吠える対象者の精神状態を如実に物語っているとも言えるのである。
端的に言うと怯えているのだ。番犬が。近付いてくる何者かに。そしてそれが間違いなくあまり穏やかな状態ではない事に。
―・・・誰?
警戒しつつも急激に今日の疲れが身を包み始めた七咲は足早に去ろうとしなかった。
いつもなら走って逃げていただろう。だが足は一歩も動いてくれない。
冷静に考えても良くない状況にある事は間違いない。しかし、今の七咲は冷静を通り越した冷極に落ちていた。
徐々に気配はハッキリとした人間のシルエットに変わる。息が上がっているのがはっきりわかる。大げさな肩の上下動をした黒い影は七咲の前に立った。
「ぜ~~ぜい・・。なな・・さ・・・七咲ぃ・・。」
苦虫を噛み潰したような顔で突如現れた闖入者―杉内 広大は七咲を思いっきり睨んだ。気の弱い小型犬には少々荷の重いおっかなさである。
「え・・先輩・・!?」
「何やってんの!!全くもう・・。」
「どうして・・」
七咲の心に温かい灯がともる。七咲は目の前の信じられない光景を覆い隠す乱れた前髪を整えた。
しかしその光景は変わらない。幻じゃない。
「え。先輩車で送ってもらってたんですか?」
「・・響姉に聞かなかった?」
「・・。」
―そう言えば・・私が飛びだす前に塚原先輩最後に何か言いかけていたような・・。
「って事は・・。」
「そ。後から追っかけても俺は既に家に着いていてもおかしくない状況ってわけだよ。それとも七咲は俺んちの車に追い付けるほど俊足なの?」
「あ・・。」
「響姉から事情を知らない『七咲が心配だから迎えに行ってやって欲しい』って連絡が家に来てさ。おかげで俺は肝心の漫才のオチ見逃したんだぞコンチクショー!」
「す、すいません。」
十分前。
杉内家居間にて
極寒の外から生還し、早速こたつに入ってクリスマスのお笑い番組に広大含めた杉内家全員が見入っている中であった。
トゥルルルル・・
廊下の電話が鳴る。
「む。何よ・・良い所なのに。こ~~だ~~い?電話出て~~?」
「やだよ。さみぃ~~」
「つべこべ・・言うな!」
「ぎゃん!」
大好きな漫才コンビの漫才中の突然の電話に広大は母の足蹴り一発でコタツを追い出され、寒い廊下の受話器を「さむさむさむさむ・・」と言いながら取りに行く羽目になった。
そして電話の相手である塚原から事情を聞く。断る事など当然出来ず、泣く泣く少年は家を飛び出し、七咲を探しに出かけたのである。
『あはははは!!』
―・・ちくしょう。
去る広大の背後、杉内家内部から響く主に母の笑い声が疎ましい。広大はマッチ売りの少女にでもなった気分だった。
「七咲!!」
「は、はい!」
「『クリスマスどうで笑』録ってる!?」
「あ、はい。弟も大好きなので・・。」
「よかった!!貸してよ!?今度絶対!」
「は、はい・・。」
「はぁ・・何にしろ七咲に何もなくてよかった・・。」
ようやく広大はしかめっ面を戻し、ほっとした表情でそう言った。
「心配してたんだから。響姉も、・・俺も」
「本当にすいません・・。」
「意外なところでおっちょこちょいだよね七咲は。」
「お、おっちょこちょい・・・。」
彼女の人生であまり言われた事のない言葉である。まぁ・・今日に限っては―
―・・悔しいな。言い返せない。
ぼろが次々ボロボロと出た日だ。今までの人生で一、二を争うぐらい。だが―
「・・七咲?」
「え・・?あ・・」
・・どうやらまだ今日の「ぼろ」を七咲は全部は出し切ってはいなかったらしい。
無意識に七咲の両眼から一粒、また一粒と次々に―
涙が零れおちていた。
「ボロボロ」、と。
「・・大丈夫?七咲?」
さっきまでの怒りは何処へやら。
よくよく考えると自分が七咲に対して一言挨拶をすませていれば起きなかったトラブルの責任の一端が広大にはある。それを自覚し、冷静になった広大はすまなそうにそう言った。
別に広大が怒っていた事に対して七咲は涙を流したわけではない。実は七咲自身も良く解っていない。当の本人も流れた自覚すら無かったのだから。
―何で?
これが嘘偽りない七咲の自分の涙に対する本音である。
「・・はい。本当にすみませんでした。先輩。」
「いや・・そもそもお礼言うためにわざわざ追っかけてくれたんだよね・・悪いの俺の方だわ。ホントにゴメンなさい。七咲・・。」
「・・・。折角お礼に来たのにお互いに謝るなんてヘンですよね・・。うん。やめましょう。」
「・・そだね。」
「では。先輩。今日は改めて本当に有難うございました・・。」
ぺこりと頭を下げて七咲はそう言った。
「こちらこそ。おかげで楽しい創設祭だった。本当にお疲れ様七咲。」
そう言って七咲の下げた頭を広大は軽く右手で触れ、撫でる。
「頑張ったね。七咲。」
「・・・」
―・・やめて下さい。
また七咲は唐突に訪れる情動に今度はハッキリと瞳の奥が熱くなるのを知覚した。思わず反射的にその広大の手首を掴むくらいに。
しかしその時同時に。
七咲の中で何かが吹っ切れた。
「あ・・ごめ・・。え・・?」
広大は馴れ馴れしすぎたかと自分の行動を後悔し、その手を反射的に離そうとしたが掴んだ腕を七咲が離してくれない。強い拒絶を感じさせた七咲の最初の行動とは裏腹な後の行動に広大は七咲の真意が掴めない。
力は決して強いわけではない。
所詮本気で振りほどけば簡単に解放されるような小さな女の子の握力である。
だが広大の利き腕であるはずの右手が痺れたように動かない。
広大の右手首を左手で掴んだまま七咲はゆっくりと掴んだ手首の先にある広大の右掌を彼女の左側の横髪に伝わせる。広大の右手の指に七咲の耳が触れる。外気で冷やされた彼女の耳は極端に温度が低い。
「・・っ!?」
思わず広大は背筋がぞくりとした。右掌の降下は七咲の頭頂、左耳を伝って華奢な肩の上、首元で止まる。細く白い首元が暗闇でも光る。艶めかしいほど彼女の白い首は細い。簡単に壊れて、否。壊してしまいそうな危うさ。
「・・・」
言葉が出ない。
完全に固定された広大の腕を確認し、七咲は左の掌の握力を緩め、広大の右手甲を細く白い指で伝わせてまたしっかりと握る。振りほどくには最大のチャンスの瞬間を呆気なく広大は見送ってしまった。全く以て未知の「力」である。
同時にいつの間にか広大の左手も七咲の右手に掴まれ、既に宙を泳いでいた。利き手が振りほどけないその「力」に逆手で対抗できるはずもない。
双方そろった広大の掌は七咲の顔両側面の髪に触れる。そして七咲の両掌の外から内への圧力が徐々に強くなる。
触れているのが頬なのか、顎なのか、首筋なのか解らない。ただ黒い絹の様な髪ごしに触れる少女の素肌の感触は柔らかく、温かく・・心地いい。
広大の断続的だった背筋を伝う感触は最早途切れることなく続いている。
白く、華奢で細い首を広大の両掌がすっぽりと周りを覆う。それ程に細い首。
だが尚も広大の両手の甲にある七咲の両掌の圧力がゆっくりと内側へ向かう。
―やばい。これは・・本当に―
・・ヤバい。
「すぅ・・っ・・はぁ・・はぁ・・」
さっきまでも段階的にあがっていた七咲の吐息のグラフも顕著な振り幅を示して上昇していた。
しかしそれでもお構いなしに彼女は両手の圧力を強める。当然圧迫された頸部によって呼吸は更に浅くなり、一方で空気を取り入れようとする間隔は狭まる。熱っぽい白の吐息が彼女の小さな口から艶めかしく漏れる。
普段の彼女からはうかがい知れない大胆な行為。そして想像だにしない色香だった。
「・・・・!!!」
ごつ。
「つツッッッ・・!」
「痛た・・。」
役に立たない両腕を捨て、頭を文字通り使って、意識の束縛から解放された広大は深海から急浮上した様にようやく肺に酸素を取り入れた。痺れて動かなくなっていた両腕は運ばれた酸素によってようやく制御を取り戻す。
「はぁっ・・・。七咲!」
「・・はぁ・・はぁ・・はい?何ですか・・?先輩?」
息が上がりながらも嬉しそうにくっくと笑う様な声で七咲はそう返す。
「悪ふざけが過ぎるって・・。」
「ふふ・・先輩が悪いんです。子供扱いしないでください。この前は両手が塞がっていたから反撃できませんでしたけど今回は・・リベンジ成功ですね。」
無呼吸状態の運動に慣れている七咲らしく呼吸の乱れは少ない。不敵に笑ってそう言った。しかし未だ瞳の焦点はややぶれ、揺らいでいる。
互いにぶつけた額の衝撃で意識がはっきりしたのだろう。記憶も回転もしっかりしてきた。
数週間前のメロンパン事件を反芻できるほどに。
「根に持ってたのか・・アレ。」
「当然です。クスっ・・ふふふ・・。」
「おい・・。・・はっ・・はぁ・・。ははっ」
笑い事じゃない。しかし笑い事じゃない時ほど案外に人は笑ってしまう。
笑い事じゃない出来事とは何せ全く予想だにしない事象に出会っている事なのだから。
今の二人には十数秒前の出来事が最早夢を見た後のような非現実的な時間と化している。
あまりに衝撃の強い夢はその反動で急激に覚醒した途端忘れてしまう事が多い。
それに似た感覚だ。
「・・アホ七咲。」
「・・アホ先輩。」
「・・・。もういい。戻ろう。送るよ」
「・・クスッ。」
打ち消すように七咲から背を向けた広大であった。が―
残る。留まる。滞る。
彼の両掌には。
―なんだ・・?なんだよ?これ・・?
「・・どうかしましたか?」
悪戯な声が背後より響く。広大には久しぶりに七咲が戻ったようであった。
まるで出会った頃の様に。
「ここでいいですよ。先輩。」
吉備東高の正門に繋がる坂の入り口で立ち止まり、七咲はそう言った。
創設祭が閉会して帰宅者がごった返すピークを過ぎたこの場所は非常に静かだった。
この場所は正門のように派手な装飾をしておらず、クリスマスイヴの夜にしてはムードの無い場所だが静かで落ち着いた雰囲気を醸し出している。
「・・正門まで送るけど?」
「大丈夫です。ここからなら。先輩。本当に有難うございました。」
「うん。帰る時も気をつけてね。くれぐれも!・・今度は一人で帰っちゃダメだよ。」
「はい。」
「それじゃ・・。」
「・・先輩?」
「・・ん?」
「とうとう明日ですね。」
「・・・。そう、だね。」
踵を返しかけた広大は再び七咲と向かい合った。
「・・粗相のないように。」
「・・それだけ言うために呼びとめたの?」
「忠告ですよ。有り難い後輩からの、です」
「先輩とその家族とお食事かぁ・・きっと楽しいんだろうなぁ。」
「うん。俺も久しぶりに響姉のおじさん、おばさんに会えるからすごく楽しみにしてるんだ。」
広大はそう言って笑った。
「・・・。鈍感。」
―「先輩」と言ったでしょ?先輩?
「え?」
「い~え別に。気にしないでください」
「・・キャラ変わってない?」
「そんな事在りませんよ。あーあ。私も付いていきたいなぁ・・。」
「・・。じゃあ来る?」
悪戯そうに広大は言った。冗談を滲ませて。その言葉の意図を七咲は百も承知だった。
「いえ。結構です。遠慮しときます」
「そ。」
「そのかわり―
・・私『あの場所』で待ってますから。」
「・・。え?」
「・・待ってますから。」
「七咲?」
「・・・。」
先程までと全く異なり、少女はニコリともしなかった。ただ光一点の瞳は真っ直ぐと広大を見据えている。
―冗談ですよ。
―本気にしたんですか?
―単純ですね。先輩。
いつもなら直ぐに表情を緩め、広大が何度も聞いたそんな言葉達が続くはずだった。まだ出会って三カ月も経っていないその少女が幾度となく彼に言った言葉達を。
微笑んで。
悪戯そうに。
少し見下したような目で。
短い付き合い。でも、この短い期間で広大に心を開き、色んな表情を広大に見せてくれた目の前のその少女の表情が今は頑なに動かない。
「待っている」「あの場所で」
ただそれだけの言葉を広大に残して彼女は背を向ける。
一瞬ハッとするほど美しい横顔を見せて。
そのほんの僅かな瞬間、無表情に翳りが見えたような気がしたが確かめる術は無い。
今の広大には彼女を呼びとめることも、彼女に追いすがる事も出来なかった。
場所も空間も全く意味を持たない。
この広大という少年が今この七咲という少女の後を追うという行為は今この世界に完全に欠如している―そんな感じだ。
正確な場所も正確な時間も全てを投げ出して成立しない、最早「約束」とも呼べない何もかも足りないその言葉達だけを残して七咲は消えた。
この日、この時。
吉備東の町の空に降りだした雪も何もかもが今の二人には無意味だった。
広大には全てが夢のように感じた。今いるこの場所も今までの事も全ては幻だと。
この感覚は広大が翌朝目覚めるまで続く。もっともこの夜は自分が眠ったのかずっと起きていたのか解らない曖昧な時間を過ごした・・というのが正直な表現だ。
現実感がマヒしていた。
そもそも―
―「あの子」はなんだったんだろう?
茅ヶ崎から渡されたカメラで撮った写真達に「あの子」は映っているのだろうか?
自分と塚原の間に突然ひょっこりと現れた猫の様な少女―「あの子」は本当に―
居たのか?
疲れているのにまともに眠ることを許してくれない広大のバカな脳みそは迷走を繰り返し、一晩中そんなことをずっと考えていた。
「・・・いっつまで寝てんのよ!おい!」
彼を現実に引き戻したのは彼の母のこの言葉だった。言葉だけでなく足蹴りが飛んできたのだが。あまりにも現実的で日常的なその出来事は彼の意識を引き起こす。
「いってぇ・・。」
「もう昼よ!広大!そろそろ用意し始めなさい!」
ぶつぶつと文句を言いながら広大の部屋を去っていく母の姿を見送り、やや筋肉痛の体をコキコキ鳴らして時計を見る。どうやらそれなりに睡眠はとれたようだ。
時刻は14時。
―オッケー流石にコレだけ寝れば・・。
「・・?14時?」
確か三時には一旦集まるって・・。
「早く起こせよ!チクショウ!」
待ち焦がれた日の朝(もう昼過ぎだが)にしては何とも現実的で日常的な光景だった。