ぐれほわSHARK・T   作:GREATWHITE

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他のルートが一段落してから出すつもりだったんですがとりあえず載せます。






ルートA 裏話

裏話 喧嘩は止めて。二人を止めて。

 

 

「一体・・どういう事ですか!!」

 

放課後、水泳部更衣室裏、何時ものあの場所で少女の声が響き渡る。溜息と諦めと恥辱がない交ぜになった何とも切ない声であった。

 

「す、すまん。本当に申し訳ない・・」

 

対称的に少年―広大の声は心底申し訳なさそうに、目の前でいきり立つ自分より遥かに小さな少女に手を合わせながら許しを請う。

 

「は~~全くもう・・私クラスのみんなに今度からどう接すればいいんですか・・」

 

その一時間前の出来事である。

昼休み恒例の大かくれんぼ(鬼ごっこ)祭りが2-A男子、梅原主催によって開催されていた。

校内の広大な敷地面積を利用して開催されるその一大イベントは非常に盛り上がる。校内の数々の備品を使用し、ステルス作戦を仕掛けたり、建物の構造を利用して鬼を撒いたり、時には味方を囮に使って逃げのびたりと中々シビアでエキサイティングなイベントだ。

勝利したと言っても景品も褒賞もない。名誉だけの戦いであるが、終了のチャイムが鳴り響いた後には爽やかな解放感に満面の笑顔でお互いの健闘を讃え合う彼らの姿が見られる。

 

「何て言えばいいのか・・少し暑苦しい・・です」

 

とは2-A田中恵子の談。

 

そして今日、何時ものようにじゃんけんに負け、追われる側となった広大は本日の隠れる場所をここ体育館倉庫に選んだ。

ここは隠れる場所としてはメジャーである。備品が所狭しと置かれているためだ。隠れる場所はいくらでもある。逆を言えば鬼側もここを探す候補地の一つとして当然マークしている。ここの心理的駆け引きが面白いのだ。

かくれんぼは言いかえるならば「見つけられる」ことも楽しむ要素の一つである。あまりに隠れるのが上手で毎回誰にも見つけられないとなると、その優越感の先に訪れるどうしようもない空しさが訪れる。

「参加している」という実感すら薄れるのだ。

そのために敢えて見つかる可能性のある所に潜伏するのが面白いのである。

「見つかるかもしれない」という緊張感を押さえながら鬼をやり過ごし、逃げ切る事こそかくれんぼの醍醐味の一つと言えるのだ。

 

「お前さーあの時ここ探しに来ただろ。俺あそこにいたんだぜ?気付かなかっただろ。けへへ」

 

このような瞬間の為に男はかくれんぼをするのだ。

 

しかし・・

 

悲しいかなこの日、鬼はこの場所をマークしていなかったようだ。

広大は盛大な放置プレイをくらい、汗臭い倉庫の跳び箱の中で眠りについた。

 

「はっ!」

 

何分経っただろうか?広大は目覚め、辺りの状況を窺う。

静かだ。

これは・・確実に寝過ごした。サボリマーの本能がそう告げている。

 

「やっちゃった・・。まぁいいか」

 

基本的に参加者の中で広大は学業に対する意識がとりわけ低い。

おまけにこの時間は広大が苦手な現代文だ。

こうなってしまったら「サボるか」という結論に至るまでのスピードだけは遥かに友人達を凌駕する。

跳び箱の一段目を中から持ちあげ、丁度、某国民的家族アニメのオープニングのタ○のようになった瞬間だった。

 

「うっひひ・・紗江ちゃんは相変わらずないすばでーだね。体育倉庫は人気も無いし思う存分・・そのワガママなぼでーを・・」

 

「美、美也ちゃ~ん・・」

 

「美也ちゃん・・。今は私が居るんだからそんなことさせないよ?」

 

「逢ちゃんのケチ。・・。どうせなら逢ちゃんのも触らせて貰おうかな。どこぞの馬の骨に触られる前に」

 

「美、美也ちゃん?」

 

ガラリ。

 

「・・・」

 

「・・・」

 

「・・・」

 

「・・ひっ」

 

 

・・とりあえず七咲は気付いた。

結構付き合いは長い。そして悲しいかなこの人は・・彼女にとって大事な人だ。

この日、この時間にこの場所で一体何の目的でこういう状況なのかは一向に判断は付かないが、とりあえずまぁ・・この人の性格上変な目的を遂行するつもりでこうなっている訳ではないだろう。

うん。そう思いたい。

 

「・・おー七咲」

 

・・。お願いだからその名前で今は呼ばないでほしい。とりあえず今は何も言わず無言のままもう一度跳び箱の中に戻って欲しかった。

自分が冷静にこの場に居る他の二人を説得して穏便に済ましたかった。

何よりも今は・・他人のふりをしたかった。

 

―なにこの人。って言うかコレ・・逢ちゃんの知り合い?

 

―叫びたいけど怖くて声でない・・それにこの人逢ちゃんの名前知ってる。・・怖い!!

 

連れの二人から声にならない呆気にとられた視線が七咲に突き刺さる。

 

「二人共・・ここは私が全て上手くやるから大丈夫。先行ってて?」

怒りでひくつく口の端を必死で取り繕いながらようやく七咲はそう言った。

 

そして二人が去った後、再び跳び箱の中に戻った「コレ」を見下ろす。跳び箱の隙間の穴を睨みながら七咲は先日弟とやったゲームを思い出す。

樽に空いたいくつかの穴の何処かに一つずつナイフを刺していくあのゲーム。

確か・・全敗したっけ?でも今日に限ってはこう思う。

 

―・・何処にナイフ刺せば中身が飛び出すかなぁ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私がかばわなかったら一体どうなってた事やら・・」

 

「・・そうだね。停学くらいにはなってたかも・・いや~逢がいてよかった」

 

「よくないです!んああ~本当にどうしてくれるんですか~あの後紗江ちゃんと美也ちゃんが心なし距離を離して可哀そうな物を見る目で私を見ていたんですよ?本当にどうしてくれるんですか!」

 

「だって眠かったんだよ。仕方ないし」

 

結構悪びれもせず広大は愉快そうにそう言った。どうやら取り乱す七咲に少し快感を覚え始めたらしい。

 

―やばい。ちょっと可愛い。

 

 

 

「全く・・ほんと先輩ったら・・親の顔が見てみたいもんです!」

 

 

 

「・・・。見に来る?」

 

 

 

「・・・。はい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・。やぁーねぇ年とるって。耳が悪くなって幻聴が聞こえるようになるから」

 

「・・・。幻聴じゃねぇって・・」

 

全てを諦め、遠くを見るような眼をした広大の母、博子の言葉をうんざりとしながら息子、広大は否定した。

 

「そう!よかったわ!これは幻聴じゃなくてアンタの妄想ってわけね!よかった~息子がおかしくなっただけで私は正常ってことね。ホント・・ホントに良かった!」

 

「その場合は嘆こうよ・・。母親だろーが・・」

 

通年こんな親子会話をする故に自分はこんな性格になったんだろうなと広大は自己分析をしている。

いちいちこんな暴言を吐く母をまともに相手し続けたら身が保たないのだ。

 

「とにかく!今度連れてくるからさ・・会ってみてくんない?」

 

「・・。ふーん。アンタに彼女がねぇ・・」

 

漸く博子は真面目に取り合った。もとより彼女は自分の息子がこの手の話題で冗談やウソをつくタイプで無い事は重々承知である。

 

「響ちゃんじゃないわよね?とてもそんな風には見えなかったし」

 

去年のクリスマスのあの日、無言で帰宅した息子、広大の表情を見ただけで博子は「結果」を理解していた。それぐらいは解る。

しかし同時にその表情には違和感もおぼえたのだ。

十年越しの、恐らく実らなかった想いを嘆いたり後悔するような表情をしていなかった。確かに泥だらけの服と冷え切った体で憔悴はしていたものの、目と表情には何かを悟り、決心したような力があった。そして次の朝何も言わずその表情のまま家を出ていったあの広大の姿。

 

恐らくあの時には既に・・息子は「選んでいた」のだろう。

 

「ひょっとしてアンタのクリスマスの時の服。選んでくれた子じゃないの?」

 

「え」

 

「やっぱり・・当たりね。やっぱり女の子だったんだ」

 

「何で解ったの?ひょっとして響姉から聞いた?」

 

「聞いてる訳ないでしょ。響ちゃんとアンタの事話してどーなんのよ。そんなつまんない話しないわよ」

 

「そっか」

 

「流石に長く生きてるだけある」。広大はそう思った。

 

「いいわ。日曜ね?連れて来なさい。ちゃんと迎えに行ってちゃんと家まで案内する事。いいわね?帰りも同様よ。責任もってちゃんと送りなさい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―・・・この子なの?

 

日曜―玄関前に立った変わり映えのしない息子の隣に立つ小さな少女を凝視して広大母は思う。

 

「こんにちは」

 

凛とした立ち姿。飾り気は無いものの整えられた服装。清潔感のある肩までの髪。少し緊張はしているが柔和な笑みとしっかりとした焦点をもった光一点の黒い瞳がその少女の性格を表すように真っ直ぐ自分を見つめている。

 

―世紀末ねぇ。

 

こんな・・こんな馬鹿な。

きっとこの子は広大に頼まれて来たその手のお仕事をしている人に違いない。広大?一体アンタこの子にいくら払ったの?もしそうでないとしたらきっとこの子は・・。

 

「あの・・初めまして。私は七咲 逢と申します。吉備東高校の杉内先輩の後輩です。先輩にはいつもお世話になっています」

 

―こ、後輩なの?

 

広大母の暴走をよそに七咲はいつもどおり礼儀正しく挨拶した。

 

「で、吉備東の水泳部期待の一年生。つまり響姉の後輩だよ」

 

広大がそう付け足した。「期待の」に少し照れたように広大をちらりと見た後、再び七咲はまだ呆気にとられている広大母を見る。

 

「・・。はっ!よ、よく来てくれたわね。遠い所から。コイツちゃんと案内した?ちょっと遅かったから心配してたのよ」

 

「いえ。そんな・・」

 

そう言いながら七咲はついさっきまでの事を思い出す。学校の帰り際、いつも別れるはずの場所に差しかかっても広大に案内され、知らない道をどんどん進むうちにどんどん胸の動悸も挙がって言った自分を。それを押さえながら必死で道も覚えた。今度は一人でここまで来るために。

 

 

「ほら。広大。早くあがってもらいなさい」

 

「うん。はいスリッパ・・ゆっくりしていって七咲」

 

「有難うございます。じゃあ・・お邪魔します」

 

「はい。どうぞ。あ・・七咲さん」

 

「・・はい?」

 

「ちょっと一つ聞きたいんだけどいいかしら?」

 

「・・はい?どうぞ」

 

「玄関で聞かなくてもいいじゃん・・」

 

「いや。大事な事なのよ」

 

「大丈夫ですよ。何か・・?」

 

「七咲さん。貴方何かボランティアか何かしているかしら?」

 

「・・?はい・・」

 

とりあえず水泳部の活動の一環として海岸のごみ拾い等をしている七咲はそう答えた。広大の母のその質問の本当の真意に気付く事は無い。

 

「やっぱり・・やっぱりね~うんうん。なんかおかしいと思ってたわ~~」

 

「ヴぉい・・何聞いてんだいきなり・・」

 

流石に広大も半ギレだった。流石に十七年この母に付き合っている息子である。広大には母の真意がありありと読みとれた。

 

「はぁ~・・それでもおかしいわ。ホント世紀末ね~・・」

 

息子の怒りなど歯牙にかけず、広大母はそう呟きながら居間の方向へ消えていく。

 

「????」

 

親子会話に全く付いていけずに七咲の頭に?マークがどんどんついていく。

 

「・・気にしなくていいよ。本気で」

 

「そう、ですか・・?じゃあ改めて・・お邪魔します」

 

「はい。いらっしゃい。七咲」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―しっかし・・やっぱりおかしいわね。警察に通報した方がいいレベルじゃない?これ。

 

用意したお茶を居間の机に用意しながら、隣で広大の横に座った可憐な少女を改めて広大母は眺めてみる。

 

―なぜこんな子がウチの広大なんかに・・?

 

基本的に彼女は自分の息子に対する信用はゼロである。

正直彼女の視点から言えば塚原 響も広大の相手としては相当のオーバーハングだと考えていた。それ故に今回広大が結果的に塚原とは上手く行かなかったこともまた仕方のないものと考えていた。

 

その矢先に予想だにしない息子の彼女のいきなりの来訪。

流石に塚原を超える逸材、少なくとも彼女に並ぶ逸材を期待するのは「この息子」には酷だと思っていた矢先のことであった。

 

―それでも初めて息子が家に連れてくる女の子だ。どんな子でも温かく迎えてあげよう。

少なくとも広大に選んでくれた服を見る限り広大をちゃんと好きでいてくれそうだし。

 

正直ひっじょうに失礼な話だが、息子の彼女に過度の期待を抱いていなかった広大母が今日目にする現実は完全に虚を突かれた。

 

―わっかんないわ~・・。意外と女運あるのかしら・・この子。響ちゃんといい、この娘といい・・。

 

「・・んだよ。折角七咲が来てんのに俺ばっか見て」

 

「ふふふ・・仲よろしいんですね」

 

「それ嫌味?七咲の所と比べたら酷いもんだよ。ウチは」

 

「そうなんですか?」

 

「・・そうね。少なくとも犯罪臭がするぐらいの釣り合わない彼女を連れてくる息子が今はとても信用できないわ」

 

「俺になんか恨みでもあんのか・・」

 

 

 

色々聞きたい事はあるのだが、とりあえず今は二人のやりとりを広大母は見守っていた。

とりあえず見ている方が腹いっぱいになる様なベタベタイチャイチャはしていない。

それどころか七咲という少女に接する息子は少し大人びて見える。

礼儀、礼節を心得た少女だがやはり緊張を拭いきれていない。その少女にきちんと目を配り、表情で安心させている。

今までの日常と全く関わりの無かった場所に来た少女の唯一の日常との接点がこの広大という少年なのだ。無意識に広大を頼ろうとするのは当然の事。それを広大はちゃんと理解している節がある。

 

彼の仲間内では自分以上に頼れる少年が多くいるのであまり表には出ないが、元々中々包容力のある少年なのである。

 

「七咲・・あれあれ」

 

広大が指をさす。居間のテレビの上に置かれたいくつもの写真立て。そこには不機嫌そうに撮り手から目をそらした黒いデブねこの姿があった。

 

「はい?あ・・ひょっとして先輩が何時も話してくれた黒猫のクロちゃんの写真ですか?」

 

「そうそう。・・ぶっさいくだろ?プーがどれだけ可愛かったか解ると思わない?」

 

「そんなこと無いですよ。愛嬌のある顔してます。プーは結構素っ気ない所もありましたから」

 

―ふむ・・どうやらボランティアではなさそうね。サバを読んだキャバクラのお姉さんって訳でもなさそうだし・・。

 

・・とんでもない事を考える母親もいるものである。しかしこの母親コレだけでは止まらない。

 

―さて・・自己紹介も済んだ所で作戦の第二段階に入りましょうか・・。

 

 

 

 

 

 

 

「・・。あ、そうだ。広大?ちょっと二階のトイレットペーパーを切らしちゃって・・私じゃ上の戸棚に身長届かないから補充しといてくんない?」

 

「えぇ!?今から?七咲迎えに行く前に言ってよ・・」

 

「仕方ないでしょ。今思い出したんだから。お客様と一緒のお手洗いを使う訳にはいかないでしょ。ほら!いってらっしゃい。どうせすぐでしょ!」

 

「・・ゴメン七咲。すぐ戻ってくるから」

 

「はい。大丈夫ですよ先輩」

 

 

 

 

 

そこのキミ。「どこかで見た様な展開だ」とか言わない。

 

 

 

 

2F

手洗い場

 

「全く・・何でこんな貧乏なウチの二階にわざわざトイレ設置するかね・・」

 

ぶつくさ長年住んだ家の間取りに文句を言いながら広大はトイレットロールをセットする。

 

「これでよしっと・・」

 

ガチャリ

 

―・・・!?

 

背後で鳴った異音に広大は目を見開くと同時にドアノブを回そうとした。が、回らない。

 

―・・・!?あれ?何だよコレ!?

 

 

 

「すまん広大・・」

 

 

 

消え入りそうな声でドアの向こうから声が聞こえた。

 

「・・?と、父さん!?今日休日出勤って・・」

 

「母さんにパチンコでの使いこみがばれてな・・従うしか無かったんだ・・広大お前をここから出す訳にはいかない」

 

「ふ、ふふふふざけんな!友達来てんだぞ!!」

 

「出来心だったんだ・・でも気付いたら二万も負けてて・・」

 

「そんなこと聞いてねぇ!だせ!クソ親父!」

 

「クソ・・?トイレならそこにあるだろう」

 

「おー!なら入ってこいや!流したるわ!」

 

 

 

 

 

 

居間

広大母にとって好都合な事にこの場所から広大の叫びは聞こえない。

 

「さてと・・」

 

「・・はい?」

 

「邪魔者も居なくなった所で・・沢山お話しましょうか♪七咲さん」

 

「あ、あの先輩は・・?」

 

「大丈夫。とって食ったりしないわよ。一応アレでも我が子だし」

 

「・・・」

 

―・・。先輩って本当にここの子供なのかな。

 

 

 

「塚原・・響ちゃんの水泳部の後輩なんだって?」

 

「あ、はいっ。先輩は水泳部のキャプテンをされていましたのでとてもお世話になりました」

 

「そうよね~『広大にお世話になった』ってのは疑問だけど響ちゃんなら信用できるわ」

 

「そ、そんなこと無いですよ。先輩にも凄くお世話になってるんです!」

 

「ふぅん。そうなんだ・・?でも・・」

 

「・・・?」

 

「貴方が広大の面倒を見ている時の方が多そう。でしょ?」

 

「・・・」

 

それに関して七咲は否定できない。

 

「ねぇねぇ七咲さん。広大とはどこでどういう風に知り合ったの?響ちゃんからの紹介かしら?あの子が学年も違う女の子に自分から声をかけるなんて想像がつかないし・・」

 

「あ~ああ・・えっと・・」

 

とりあえず言葉を選ぶ。他人に開けっぴろげに話すには色々と問題のある二人の出会い方だ。七咲はこの先も自分達の出会い方を誰かに説明するのに苦労するに違いない。

 

「・・・?言いにくいことなの?」

 

「あ。いえ、そんなことは」

 

「響ちゃんをストーカーしていた広大を見つけて怪しんで注意した・・とか?」

 

「・・・!!」

 

―すごい!先輩のお母さん!殆どあってる!

 

七咲は内心感心したが少し切ない気持ちになる。広大のストーキングの対象が塚原ではなく猫のプーだったという違いがあるが、その先に広大が塚原に会いに行く目的があったのは明白である。自分はそのとばっちりを受けてスカートの中を覗かれた・・というのが広大と彼女の出会いである。

 

出逢いとしては通信簿で言えば五段階中、二と言ったところだろう。去年の春先の塚原とプーとの素敵な出逢いとは比ぶるべくもない。

 

「あ、いえ、その・・なんて言いますか・・」

 

複雑な気持ちは結果、曖昧な返事となる。その心象を広大母は汲み取った。

 

「ゴメンなさい・・当たらずとも遠からずってところね。あんまり聞いちゃいけない事だったかしら。広大のヤツは後で殺しておくから」

 

「・・。お手柔らかにしてあげて下さい」

 

 

 

 

 

 

「ふ~解ってはいたけどアイツは七咲さんにも苦労させているみたいね~」

 

「『にも』ですか・・やっぱり塚原先輩『にも』?」

 

「そよ。あいつには兄貴もいるんだけど少しヤンチャなやつでね。ま、決して仲は悪くないんだけど。それでも血の繋がって無い響ちゃんに比べると・・響ちゃんとの方がよっぽど姉弟していたかな」

 

広大母はさっき広大が教えてくれたプーの写真の隣にある別の写真を見ながらそう言った。そこには塚原と広大が猫のクロと写った写真が立てかけられている。

広大にぎこちなく抱きかかえられた黒猫が隣に居る塚原の膝に移ろうともがいている一コマの様だ。

 

―昔から猫好きだけど猫には懐かれない人なんだなぁ。

 

七咲はクスリと笑った。今の自分の弟と比べても遥かに小さかった頃の二人。七咲自身が立ちいる事の出来ない事をかつて嘆いた広大と塚原との時間のほんの一部を垣間見る。

 

ついこの前まではこれを悔しく感じることも出来たであろうが今はそうでもない。自分は知りたいのだ。自分が最も大事にしている人達がどんな人生を歩んできたのか。そしてもっともっと知ってもらいたい。自分の事、自分の家族の事も。

 

 

「あの・・」

 

「何かしら?」

 

「先輩って昔・・塚原先輩に辛く当たったと思ったら急に甘えたりする事って無かったですか?」

 

「あるわよ~。ちょっと早い反抗期って奴かしら。母親である私には今一つだったけど響ちゃんにはその反動なのか頻繁にコロコロ態度を変えていたわね。響ちゃんだけでなく響香・・あ。響ちゃんのお母さんで私の親友なんだけどね?」

 

「存じてます。お会いした事もありますから」

 

「そう?なら話が早いわ。その響香にも度々そんな風に振舞っていたらしいの」

 

「やっぱり・・」

 

「やっぱり?」

 

「あ。その・・私には弟がいるんですけど。九つ離れた弟が」

 

 

―九つ・・小学校低学年くらいかしら。

 

「あ。もしかして・・今そんな年頃なの?」

 

「ええ、まぁ。・・私が作った料理をついこの前まで『美味しい美味しい』って言ってたのに最近いきなり『いらない』とか言われたり、お風呂に一緒に入る事を拒否したかと思えば翌日には『一緒に入ろう』って言いだすしで・・」

 

「成程。難しい年頃って奴ね。ウチはさ?一人ヤンチャなクソ兄貴とアイツで男二匹居たからそれが普通だったんだけど、響ちゃんの所は女の子一人だったからやっぱり最初は戸惑ったみたいなのよね。ひょっとして『私達・・嫌われてるのかな』とか言ってたわ。でも・・私が『気にするな。男の子はそういうもの。まともに相手しなくていいのよ。ドンと構えて自信もって!少なくとも私よりは貴方達親娘は広大に好かれていると思うわよ?』って言ったの」

 

豪快な広大母の言葉である。

 

「・・・」

 

「そしたら今度は広大が『おばさんや響姉が母さんみたいになっちゃった。僕のせいだ!』なんて言いだして反省してるもんだからもう笑って笑って!!」

 

さりげなくディスられているはずなのだが、かかかと心底愉快そうに広大母は嗤う。

 

「あはは・・・」

 

「―ま。気にする事は無いって事よ。多分七咲さんの弟さんもそんなもんだと思うわ。何かよく解んない見栄張って心にもない突き放した言葉を口走っちゃって、後で反省してひょっこり甘えに来てるのよ。そうやって自分への相手の愛情が失われてないか確認しているの。要するに好かれている証拠だわ。な~んにも心配ないわよ」

 

「・・やっぱり。塚原先輩は知っていたんだ・・」

 

「・・何の話?」

 

「あ。すいません。実は・・私塚原先輩にも昔この事を相談した事があって・・その時丁度・・今おばさんに言われたような事をそのままアドバイスとしてもらったんです。その時は『塚原先輩ってやっぱり凄いなぁ。何でも出来るのにこんな私の質問にもちゃんと答えてくれる』って。でも同時に『何で兄弟がいないはずなのにそんな事が解るんだろう?』って疑問に思っていたんです。今ハッキリしました」

 

「あ・・ははは。多分響ちゃんは私みたいに乱暴で適当そうな言葉は遣わなかったでしょうね?」

 

「いえ。それがびっくりするぐらいおんなじで・・だから確信したんです」

 

「うわ~お恥ずかしい。響ちゃんに申し訳ないなぁ」

 

―貴方の可愛い後輩を幻滅させちゃったかも。ごめ~ん響ちゃん。

 

広大母は居心地悪そうに苦笑いしながら頭を掻いたが、七咲はそんな彼女を真っ直ぐ見据えてふるふると首を振り、こう続けた。

 

「いえ。嬉しいんです。あの塚原先輩が実は得意げにおばさんからの受け売りを話してくれていたって思うとちょっと安心したって言うのか・・塚原先輩は知らない事も全て解っちゃうような凄い人じゃない、ちゃんと過程を経た上で自分が経験したこと、または誰かに教えられた事を参考にして得た経験談を私に教えてくれているんだって。ちゃんと自分で考えて、悩んで、信頼できる誰かと相談して得た経験を私に共有してくれる事・・それって何よりも私を大事にしてくれている事じゃないかって思えて嬉しいんです」

 

七咲は一気にそう言った。曇りない笑顔を込めて。

 

―・・・。いい娘を選んだわね。広大。

 

頬杖をついて無言のまま広大の母は、嬉しそうに自分の娘同然の響の事を語ってくれる今日会ったばかりの少女をマジマジと見た。

その視線に気付いて七咲は微笑んだ顔を少し赤らめて視線を逸らした。

 

―やっぱり・・先輩のお母さんだなぁ。目が・・良く似てる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―よかった。私は先輩のお母さんを好きになれそうだ。

 

大事な人がまた増える。

それが何よりも七咲は嬉しかった。

一通りの話を終えた後、急に広大母が悶絶したように下を向いて苦しそうに唸り始めた。面倒見のいい七咲という少女は当然心配した声で話しかける。

 

「ど、どうかしたんですか・・?おばさん!・・お母さん!?」

 

「・・・。いい」

 

「え?」

 

「うん!凄くいい!七咲さん!貴方すごくいいわ!」

 

顔を大きく上げ、広大母は溜めていた物を一気に吐き出すようにそう言い放った。

 

「???」

 

「そんな貴方を見込んでお願いがあるの!」

 

ひしっと広大母は七咲の両腕をしっかり握った。

 

「は、はい・・何でしょうか?」

 

「・・広大は捨てても構わないわ。だけどお願い!私を捨てないで!」

 

「・・・はい!?」

 

流石に困った表情をして七咲は気圧され、机を介して一歩踏み出してきた広大母からのけぞった。と、同時だった。

 

バタン!!!!がたたたたたたっ!!!

 

二階から物凄い音がしたかと思うと何か重い物が転がり落ちる様な音がして地響きが二人の居る居間に近付いてくる。

同時に広大母は舌打ちした。

 

「ちっ・・相っ変わらず使えない・・」

 

「え。え。えぇっ!?」

 

その穏やかじゃない広大母の言葉を聞いた七咲が反応すると同時に居間の扉が開く。

 

 

「てんめークソババァ!クソ親父に何吹きこんでやがんだ!!!」

 

 

「全く・・ホント使えないわねぇ。時間稼ぎも出来ないのかしらあのクソ亭主は・・」

 

たった二フレーズの会話の中で連呼された「クソ」「クソ」「クソ」・・。その「クソ」の三分の二を占める広大父に七咲は心底同情した。

 

―・・。先輩のお父さん・・可哀そう・・。

 

「・・・!七咲!!」

 

「は、はいっ!?」

 

何時になく激昂した広大の言葉に一喝されたかのように七咲は背筋を伸ばした。

 

「大丈夫か!?何かされた?ゴメン。ほんとゴメンな!」

 

「え・・いえ・・その」

 

すぐに自分の元に駆け寄り、ぺたぺた自分の肩や頭を触りながらあたふたする広大に七咲もあたふたした。上手く言葉が出ない。

 

「ってぇか七咲に何した!!!クソババァ!!」

 

「別に何もしないわよぉ。クソ息子。お話してた・だ・け。よね?」

 

これで晴れて杉内一家全員が「クソ」の認定。ゲス内一家に相応しい称号を得た。

 

「は、はい・・」

 

「怯えてるだろーが!」

 

「それは今のアンタに怯えてんの。少しは落ち着きなさい。別にとって喰おうとした訳じゃないんだし・・」

 

「ぐっ・・!」

 

「すみません・・先輩大丈夫です」

 

「・・・。そう?」

 

「はい・・」

 

くすっ・・

 

心底ほっとした表情をした広大の顔を見て七咲は少し嬉しかった。

自分の事を本気で心配してくれた。無事だと知って心底安心してくれた。それが何よりも嬉しい。

 

 

「・・。ま。とって喰いたいぐらい可愛い子だって事は解ったけどね~」

 

 

・・。どうやらこの「姑さん」は息子に茶々入れないと気が済まない性分らしい。

 

怒り狂った息子によって再び場は振り出しに戻る。

 

しかし・・七咲は二人を宥めながらも不謹慎ながら其のひとときがとても楽しかった。

 

 

 

 

―わったしの為に

 

 

争わないで~~♪

 

 

 

 

 

 

 

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