8 みっしょん いんぽっしぼー
「とりあえず言質をとれ」
・・いえっさー。
店長から下されたこのミッションをこなすために、後日、再度薫は直衛と接触する必要がある。
・・ただ話す事が話す事なのでタイミングと場所を選ばなければならない。
ただでさえ国枝 直衛という少年は周期的に会話が全く意味のない状態に入ってしまう特異体質である。意識のはっきりした覚醒時、つまり「正気時」を狙い撃ちするしかないのだ。
さらに悪い事に、この年末の忙しい時期に差し掛かるとそのバイオリズムが不定かつ、不規則に変化するものだから溜まらない。
それを踏まえ、自分の状態と、相手の状態、お互いの体が空いた時、都合のいい場所、そして・・女の子としては出来る事ならムードぐらいは欲しい。
―はぁ・・。よくよく考えれば物っ凄くめんどくさい男よね。直衛って。
そう思いながら薫は思いっきり溜息を吐く。
さらに悪い事に、創設祭の準備が佳境に入っている彼の親友の創設祭実行委員―源 有人の手伝いを率先して直衛は行い始めた。結果直衛の貴重な覚醒時間、正気時間は削りに削られる。
当の薫も決して行事ごとに関しては我関せず、というタイプでもない。
面倒くさい事は苦手でも、やはり皆と一緒に一つの目標に向かって作業を行う行為はいいものだし、楽しいし、大好きだ。
それに彼女はクラスの女子勢の中でも行動力とそれなりの統率力もある。気まぐれで飽きっぽい所は彼女をよく見知った連中がそこはかとなくフォローすれば問題ない。
適当なところで他の作業を振ってやれば、新鮮味を感じてモチベーションはある程度保ったままクオリティの高い仕事をしてくれる事を知っている理解ある友人たちの手によって・・
―あれ?私いいように使われてる?
と、なるが楽しいのだから仕方ない。
そして・・何よりも。
仲のいい友人達と協力し、連携し、集中して何かの作業に没頭、粛々とこなす男の子の姿というのは否応なしに・・かっこいいのだ。
使うのは彼女にとって癪な言葉だが、これが「惚れ直す」ということなのだろう。
―他人事ならカッコいいのになぁ・・あいつ。
源やクラス委員―絢辻 詞と直接対話して作業の方向性、仕事の優先順位を的確に掴んで梅原、そして薫の男女のムードメーカーと協調し、他のクラスメイトに的確に指示を出す直衛の姿は薫にそう感じさせるには十分だった。
と、呑気に構えてもいられない。
今年の創設祭の準備は例年に比べると遅れているとのことだ。
このままでは創設祭、・・つまりクリスマスイブまでうやむやにしてしまう可能性だってある。
―流石にあの日までには・・。
どどどどうにかした~~い!
・・さすがに彼女も女の子である。今年は特別な、いつもとは違う日にしたいのだ。ケリをつける意味でも。
人員の足りないバイト先―JOESTERのシフトも「あの日」だけは休日にしている。
母親との確執も完全に拭いきれては居らず、家に居づらい状況は今も続いているため、他の新しいバイトも始めた。が、そちらも同様だ。シフトに完全な穴をあけている。
完全「どフリー」だ。さぁ「パス」よ。来い。
この季節もあってか最近妙に彼女は告白される事が多い。しかし、その全てを完全にスルーし、ただ一人からの「パス」をひたすら待っている。
しかしその勝負の日以外は・・よくよく考えてみると何とも恐ろしい状況に自分を追い込んだものだと薫はくるくるパーマの頭を抱えたくなる。自分が撒いた種とはいえ、先日課された店長からのミッションを達するには日に日に状況が悪化している。
○-サン・ハ○トもびっくりの鬼のような年末だ。
おまけに課されたミッションはいつものように彼女の持ち味―「気力、体力、負けん気」だけでは乗り切れない特殊なミッションである。何せ当然一人で出来る事では無いからだ。タイミング、時と場所、自分と相手のモチベーション、コンディション、そして最後には何よりも「運」が高次元にバランスよく配されなければ達成できない。
―私流石に死ぬかも知んないな・・。
殺人的スケジュールをこなしつつ、タイミングを見計らうが中々に時は訪れない。
運良く時間がかちあってもお互いへとへとだったり、充実している時は大概創設祭の仕事を振られた。特に直衛は創設際の実行委員でもないのにその要領のよさと熱心さを買われて他のクラスへのヘルプに出される場合もあった。
「茅ヶ崎のとこが遅れてるんだってさ。ちょっと手伝ってくる」
―え~~?ちょっと!!直衛!あんたいいように使われてるんじゃないの!?
と、のたまりたいところだが、作業している直衛はカッコイイから文句を言えない。
「いてらっしゃい・・」
健気に癖毛の少女は少年を見送る。
放課後は放課後でさらに絶望的である。
当の薫は労働基準法ギリギリ、週五ペースのバイト。片や直衛は予備校、フリーの日は放課後の創設祭準備。時間など取れそうもない。
―ええい!こんな状況に誰がした!・・私か。こーなったら日曜だ。それしかない!
中々いい判断で在ったが当の直衛が・・
「あ・・悪い。妹が『クリスマス用の服買いたいからついてきて』って言われてさ・・」
とか言いだした。
「・・」
―衛奈(えいな)ちゃん・・!!!お兄ちゃん好きなの解るけど空気呼んで・・。
そしてその後もいくつかのトラブルや紆余曲折を経て日に日に時間は無くなっていった。課されたミッションは宙ぶらりんのままうっとおしい程、学校も街も「グロテスク」なクリスマス色に染まっていく。焦る少女にはこの季節の町の変容は中々スプラッタームービーものだ。
―・・嫌がらせ?これって?
そんな今日も薫は放課後はバイトである。
といっても今日はJOESTERではない。短期募集の野外バイトである。
現在彼女はバイトを三つかけ持ち中。・・大丈夫なのか。校則的にコレ。
そして今日は街と共に彼女自身も今日はクリスマス色に染まっている。
「ん~~・・」
―私ってこういうキワドイのに結構縁があるわね・・可愛いのは良いけど複雑だわ。
流石の彼女も出された今回の仕事着に唖然とした。ひらひらリボンにタイトスカートのJOESTERもJORSTERだが、今日の物と比べると随分マシに思えてくる。
―そもそも高校生にこれ着せて大丈夫なの?これ?風営法流石に仕事するんじゃ・・。いか~ん。そうなったら報酬が出ない!仕事しないでよ~?
出されたのはタイトでミニスカのサンタ衣装。可愛い耳付きの帽子付き。
この格好で冬の寒空の中、ケーキを売るのだ。拷問以外の何物でもない。時給が安ければ見向きもしない所だが悲しいかな、体を張った仕事故に報酬はそれなりの魅力がある。貧しさに負けた。いいえ。時給に負けた。
―・・このまま創設祭のミスサンタコンテスト出れるんじゃ?結構いいトコいくかも。
だがさささ寒い。さ、さすがに上着は用意してほしかったぜ。
おまけに視線が痛い。ケーキを買った記念に写真撮影を頼まれた事もあった。わざわざカメラを持ってくるあたり用意がいい事だ。
―・・不純な連中に面白い様に売れるわコレ・・。商売解ってるなぁ。これ企画した経営者・・。
「あの・・すいません」
背後で男の声。・・ほらまた「釣れた」。営業スマイル、営業スマイル。
「あ、いらっしゃい!・・ま・・せ」
薫の営業スマイルは尻すぼみに凍りつく。
―・・う、嘘。
「・・・。よう」
「うあっちゃ~・・直衛」
少し愉快そうに悪戯に微笑みながらやや寝ぼけ眼の直衛が薫を優しく見ていた。鼻が少し赤みがかり、首元まで覆ったマフラー越しに白い吐息が漏れた。ちょっとした男性的な色気が在る。
―・・・。
「・・薫?」
「・・!あ~~いらっしゃいませ~」
「かけもちしてんの?」
「まーね。相も変わらず家に居場所が無い可哀そうな女の子ですから。・・ま。マッチ売りの少女に比べたら遥かに世間のニーズ捉えたもん売ってる自負はあるけどね♪」
「・・。マッチ売りの少女の霊に祟られてしまえ」
「祟りが怖くてケーキが売れますか!・・と、いうわけで何か買ってけ。寄付のつもりでね。マッチの替わりにケーキをやるわよ」
「もう少し値段を下げてくれ。だったら買う」
「短期バイトの売り子に値段交渉すんじゃないわよ。冷やかしなら帰っておくんなまし!見世もんじゃないよ!」
しっしっと邪見に薫はあしらう動作をする。
「そっか。邪魔したな」
「って・・ホントに帰んの!?タダで私の美脚を見るなんて人生そんなあまかないわよ!」
「あれ・・?見世物じゃないって・・今」
「煩い!せめて・・この私の格好の感想ぐらい言って行きなさい」
「・・・ふむ。いいと思うよ?」
「ホント!?」
「うん。目の保養になった。おかげで視力が上がりそうだわ」
とろんとした眼を指で差しながら直衛はそう言った。結構眼に痛い赤色なはずだが。
「・・どういう褒め方よそれ」
「今度有人連れてきていい?視力が改善されて喜びそう」
彼の仲間内では唯一近眼の親友の召還を検討し始める。「や、やめれー」と、内心薫は想う。
「やめんか。知り合いにこれ以上コレ知られたら流石にこの私でも・・無理」
「そう。じゃ、梅原は?」
「噂になっちゃうでしょ!!尚・更・無理!」
「じゃ、そろそろ行くわ」
「予備校?」
「・・今日は無い。創設際の手伝いも有人が休みにしてくれた。だから今日は適当に街ぶらついてるだけ」
「そう・・」
疲れてるんだね、と今の直衛の姿を見て薫はそう思う。源もそこを気遣ったのだろう。
―・・はぁ。今日も今日とてすれ違い、か。
折角直衛が休みなのに仕事を離れられない自分に内心ガックリする。そんな薫を余所に直衛が少し驚いた様に眼を見開いた。
「ん?・・何だ。クリスマスのケーキの予約も受け付けてんのか」
「ああ・・今日から予約始まったの」
「・・。どーせ必要になるし、売り子さん。頼めるかな?」
「え?いいの?」
「俺が金出すんじゃないし。必要なもんだから」
「相変わらず黒っ・・。ま、いいや。じゃあ・・ここの必要事項に記入して?苺のショートでいい?」
「うん。一番オーソドックスなので。流石に許可なく予約する以上無難なのにしときたい」
「了解。毎度ありぃ~♪」
予約した後、直衛は足早に帰っていった。
―気を遣ってくれているんだろうけど・・帰んないでよ・・。
と言うのが本音。でも薫は控え目に見送る。今は売り子として一人のお客に贔屓をする事は主義に反する。形式通りのお礼を言って小さく左手で無言のまま手を振った。
少し小さく笑ってすぐに直衛は前を向いてもう振り返らず、ごった返す人混みに埋もれて消えていった。
―当日には直衛が予約したケーキを取りに来るのだろうか?それを誰と一緒に食べるのかな?順当にいけば家族となんだろうけど。
そんなことをついつい考えてみる。・・何の気なしに薫は仕事を終えた後、その店のショートケーキを二つ買ってみた。あまり最近口も聞いてない母にも一つお土産にして。
一人部屋で食べるケーキは・・甘い。
でも少し時期の早い苺はとても酸っぱかった。
言いしれない期待と不安の中でも日々は進んで行く。イヴまでにも色々な事が在った。
とても忙しくでも充実した時間だったと思う。それ故にあっという間に過ぎた。
でも結局ミッションは達成できなかった。
―「それどころじゃなかった」ってのは言い訳・・かな?
不可能だったんじゃない。物事を不可能にするのって実は結局自分の気持ち次第なんじゃないかと思う。
明確な形を成さないまま結局私はあいつの「薫が大事」という言葉を信じてみるほか無くなった。
自分がここまで臆病で消極的だったなんて考えた事も無かった。
でも・・私だって生活が在るし、頭抱えて悩む家庭の事情だってある。
アイツの事ばっか考えてられないっての。
・・そう思いながらも大半アイツの事を考えている自分が悔しい。
でもどこかで「分の悪い賭けじゃない」と何処か思っていた。
アイツにあそこまで言わせたんだから、私も私なりに頑張ってきたんだからって。
そう言い聞かせた。
でも結局、時は動かなかった。一日、一日。指折り数えたその日まで。
私達はそのままで時が過ぎた。
イヴの前日、私はJOESTERの店長に連絡した。重い重い受話器をようやく上げて。
「明日・・入れる事になりました。よければ呼んでください。」
『・・そっか。助かるよ。薫ちゃん。じゃあお願いしようかな』
―てんちょ。ミッション・・フェイルド(任務失敗)。・・です。
23日にも最後にアイツと顔を合わせた。
・・「顔を合わせた」と言っても遠目からアイツを見ていただけだったけど。
アイツは気付いてもくれなかった。どうしようもない寂しさが襲った。
直衛。私ホントに帰っちゃうよ?
―私。ホントに帰っちゃっていいの?
いいの?
―いいの?
ホントに?
―ホントに?
・・ばか。
―私の。
まるで・・中学二年の時、アイツがかつての彼女と付き合い始めた頃、あの子と帰るアイツの後ろ姿を見送った時と似たような感覚だった。
何時ものように冷やかす事も、からかうこともできずに自分らしくない見送り方をしたあの日と。
やっぱり私は何も変わって無いのかな。
やっぱり私達は何も変わって無いのかな。
ねぇ・・直衛?
答えてよ。