ぐれほわSHARK・T   作:GREATWHITE

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ルートK 9 Love fool

 

 

 

12月24日 

 

11時 JOESTER

 

やはり今日は何時にも増して忙しい。

店長は男のくせに何ともあらゆる世代の甘味のニーズを悉く捉えているなと感心する。

冬休みが始まった小学生の子達と付き添いで来る親や、祖父母達の需要にも応えたメニューは彼らでさえ一度口にしてみたい、と思うのに十分過ぎるほどの魅力を併せ持っていた。

配膳する際にもなぜあの野暮ったく、男臭い店長からこんなカラフルで魅力的なデコレーションをされたスィーツ達が生まれるのかしら?

・・警察に通報した方がいいんじゃない?

あのルックスにこのセンスはちょっと・・。怪しすぎるって。

 

そう思いながら苦笑する薫の表情は複雑だった。

眼と口が笑っていても、今朝細く整えた眉は少し痛々しく内側に曲がっている。

 

「・・・」

 

「・・棚町さん三番テーブルお願いします」

 

「あ、はーい」

 

いつも通り真面目な勤務態度で、しかしいつもの派手さに欠け、反応がやや遅い薫をホール長の女子大生は的確な指示を与え、動かす。何時もなら言わなくても出来る事が、何時もならしでかす余計な特有のお節介なところが一切顔を出さない薫をじっと見ながら。

 

「・・・」

 

今の薫は事務的だった。

いい意味でも悪い意味でも平均水準かそれよりやや上程度のパフォーマンスである。

正直な話、ホール長の彼女からすれば、「部下」としては好ましいと思うレベルではある。

薫がこのバイトに入ってきた当初、何かと我が強い薫に対してホール長は手を焼いていた。

有能だが、暴走気味の彼女を何とかして落ち着かせたいと何度も思ったものである。

抜きんでたものは無くても、落ち着いた、行きすぎの無い節度を弁えた「部下」になってもらいたかった。

今目の前にかつてのホール長が望んでいた理想の薫の姿があった。

・・それのなんとつまらないことか。

 

「・・理想は現実になると空しいものですね」

 

「・・あん?」

 

「いえ。何でも」

 

怪訝そうな店長の言葉をホール長ははぐらかしたが、何となく店長は意図を察した。

薫の落胆は彼女を堕とさず、何処にでもいる平凡な少女に変えた。

いや、平凡で在るべきなのだ。たまには自分の事で頭が一杯で、らしくない表情を見せる少女らしい一面を他人に見せるべきだ。少なくとも彼女は他人にそれをもう少し見せるべきである。

今彼女の中の大半を埋め尽くしているであろう罪作りな顔も知らない男子だけにではなく。

 

「薫ちゃん。バック入れ」

 

「・・・はい?」

 

「・・たまにはいいだろ」

 

「え。でも」

 

いつもの店長には有り得ない言葉だった。厨房に彼女を入れるリスクは過去の経験から店長は痛感している。早い仕事は褒めれる点だが、備品の消耗がやたらと早い、火に過剰な反応と、テンションの増加という危険が伴う。

 

だが・・今の彼女にはそれこそ「有り得ない」。

 

「・・んっ・・」

 

「ほれ。行って来い」とでも言うように気だるそうに店長は首を横に一回振って薫をバックに入る事を促した。

 

「・・はい」

 

彼女の張り詰めていた糸が切れそうな寸前だということは解っていた。

それでも時間が経てば、この場に、店内に居るならば薫は恐らく乗り切って発散する事は無く、何事も無かったかのようにしてしまうだろう。

 

それではダメだ。ならばほんの少しでも場所と時間を与えてみよう。

見せるのが嫌なら、声を聞かせたくないのなら。

 

―せめてそれぐらいはさせてくれ。

 

「あんまり今の薫をこれ以上見たくない」―いつもの彼女を知っている彼達にとっては。

それが店長、ホール長の本音である。

 

「・・・。はい。棚町バックに入ります。」

 

相も変わらず眉は曲がったまま、それでも現時点で出来る精一杯の笑顔を二人に見せて薫は下がる。二人の気遣いが痛いほどに解っているからだ。

そしてドアを閉めた。と、同時にドスンとドアに背中を預ける。

その音だけはホールに、厨房にいる二人には聞こえた。

 

―だめ・・。声に出しちゃ。

 

「・・・っく」

 

―ほら。頑張って。私。

 

「・・・・・」

 

何がいけなかった?

 

違う・・いけなかったところなんて沢山ありすぎて逆によくわからない。

それでもあえて挙げるなら。

「きっと」

「ひょっとしたら」

そんな根拠のない自信に縋っていたつもりで実は何も動いてなかったってことかな。

 

いっつも傍にいたから、これからも傍にいてくれるって言ってくれたから。

 

バカだな・・私。

 

その本当の意味にも気付いていなかったのかなぁ?

 

「うぇ・・っく・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・『仕事』は終わった?」

 

バックから出てきた薫にホール長はいつものように事務的にそう言った。

 

「はい・・。でもやっぱり私には裏方は向いてないですね。やっぱりホールで暴れ回る方が性に合ってます」

 

「・・『暴れる』は余計だけど。まぁいいわ。忙しい時間帯になるからみんなをフォローしてあげて?いつもどおりにね」

 

「はい!」

 

薫は駈け出した。

 

「棚町さん。いい所に戻ってきてくれた!」

 

薫の同僚であり、バイトでは後輩に当たる違う学校に通う女の子が戻ってきた薫に早速ヘルプを要請する。

 

「ん?何何?」

 

「さっき来た一番テーブルのお客さんなんだけどね・・。なんかちょっと・・」

 

「んん!?ひょっとしてまた何か気持ち悪い事言いだす客?」

 

「・・。そういうワケじゃないんだけど、店来て即、入口に近い一番テーブルに一瞬でもの言わず座ってから全く音沙汰が無くて・・怖くて注文も採りに行けないの」

 

「うーん・・このくっそ忙しい日に迷惑な客ね・・わかった!私が行ってくるわ」

 

「うん。お願い」

 

「任せなさい!」

 

―うーやっぱ棚町さん頼れるぅ・・今日棚町さん来れないって聞いてて不安だったんだ。

同僚の女の子は心中で安心した。

 

「今日棚町さん来れないって聞いてた」。・・これを言葉として直接口に出さなかったのは同僚の彼女の見えないファインプレイだろう。復活したにはしたが薫の結構危険な綱渡り状態は続く。そのような罠がこの日にはそこここに張り巡らされているのだ。何せ街中押しも押されぬクリスマスムード。念願叶わず一人でバイトの傷心の女の子には辛すぎる日である。それでも彼女はこの日を乗り切らねばならない。

 

折れそうな心を奮い立たせて。

 

「失礼します。お客様」

 

薫は一番テーブルに居座る客を見据え、言い放った。

 

それにしてもこの客・・寒いのは解るがいくら何でも着こみ過ぎだ。体のラインすら解らない。強盗でもする気なのか?言っとくがこの店にはそれ程の金は無いぞ。

ニット帽に軍モノジャンパー、その下には一体何枚着こんでいるのだろうか?異常なほど着膨れしている。クリスマスにこの有様だ。さぞモテない男に違いない。

 

「あのーお客様?」

 

その客は彼女の再三の言葉に反応せず、上半身をテーブルに投げ出し、尚も両腕で顔を覆っている。な、なんとふてぶてしい。これは強敵だ。

 

―最近の私の授業態度と比べてもこれよりかは随分とマシだわ。

 

比較するのもどうかと思うが薫はそう思った。

 

「・・。御注文はいかがなさいますか」

 

怒りで顔をややひくひくさせながらも、あくまで冷静な態度を崩さないようにする。

 

「・・・う」

 

―・・う?

 

ようやく反応があった。

 

「ん・・?」

 

「うぇ・・」

 

「・・!?」

 

―ちょっとコイツ・・なにかキメてない?

 

「ちょっとアンタ!?」

 

痺れを切らす。

 

―もともと気の長い方じゃないのだ。あたしゃ。

 

ただ彼女のその言葉が幸いしたのか俄かに反応があった。もぞもぞとその客は芋虫のように動き始める。中々正視に堪えない動きだ。

 

「う~~」

 

―うぃ・・もう嫌・・厄日だわ今日は・・。

 

一年に一回の記念日を何とも重苦しい雰囲気にしてくれるものだ。この客。

タダでさえ気が重い、凹んで塞ぎこみたい日だと言うのに。追い打ちをかけないでほしい。

 

「・・ご注文が決まり次第お呼びください・・」

 

ようやくそう言った。反応しない客に背を向け、沸々と薫は怒りが込み上がってくるのを感じた。

 

―それもこれもアイツのせいだ!何で誘ってくれないのよ!バカ!直衛のバカ!

 

しおらしく泣いてたのもバカらしくなってきた。

 

―何で私がこんな思いしなきゃなんないのよ!よくよく考えてみるとアイツの方が悪いじゃん!あんな事言って散々期待させといてさ?何が「傍に居る」よ!何が「大事」よ!

あーむかつく!この苛立ちはどうすればいいのよ!

 

「・・おる・・」

 

―あ~~~ちくしょーーっ!

 

「・・・かおる」

 

―うるさい!名前で呼ばないで!

 

「・・薫ってば・・」

 

―あんたなんかに名前で呼ばれると虫唾が走るのよ!

 

「薫・・」

 

―・・ふふふ。もう全部いいじゃない。私はもう我慢の限界だよ・・いいじゃないか。コイツを殺そう・・。うん、そうしよう。

 

「薫」

 

「もう!うっさい!何よ!直・・え・・。・・?」

 

記憶がフラッシュバックする。時は―中学二年。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―・・殴っちゃった。

グーで思いっきり。

 

教室でいきなりマジギレの喧嘩をし出した男子生徒がもみ合って一人の女の子が巻き添えを喰らう形で床に椅子ごと押しのけられ、倒される。

怪我こそないがショックのあまり、半ベソをかいているその子を介抱した後、きっ、と、薫は周りが全く見えていない喧嘩をしている二人とそれを取り押さえようとしている他の男子が密集状態になっている修羅場を睨む。

修羅場を構成する彼らには新たに発生した背後から迫る強烈な殺気を察知する事は出来なかった。

パンチの助走としてあまりにも長い距離を彼女は駆ける。

渾身の右ストレート。拳の中には威力増強、拳保護の為の百円玉。

それは途中まではマジギレ喧嘩中の二人を的確に捉えた軌道だった。

ただ如何せん助走が長すぎた。その間に揉み合ったままマジギレコンビは寝技に移行。それを在る男子生徒がやや腰を屈めて引きはがそうとする。

 

そう。彼のこの位置がまずかった。

 

そこが丁度爆心地である。

 

―あ、やばい。止まれ、ない。ま、いいや。アンタに恨みはないし罪はないけど運が悪かったと諦めて。

 

SEI・・

 

BAI!

 

綺麗に入った。拳が伸びきる前の衝突エネルギーが最も高い地点で炸裂。

マジギレコンビがその威力に冷静に我に帰るほどだった。吹っ飛んだ男子生徒は動かない。

 

―死んだ。今の死んだって絶対。

 

その光景を見ていた周りの人間は皆そう思い、血の気がサッと引いていく。

対称的に薫はじんじんする右拳と興奮の中でやや夢見心地になっていた。

 

―あはは・・。気持ちイイ・・。

 

くたりとのびた男子生徒に向かって、半笑いの顔を崩さないながらも、「ごっめ~ん。わざとじゃないのよ?」と心の中で謝罪だけはした。これ以降この事件に関しての謝罪はこの男子生徒には一切行われていない。

要するに謝っていないも同然という事だが彼女は「自分の中だけでも謝罪したのならそれは謝罪したという事」という彼女独自の超理論で解釈、自己完結したのである。

その彼女なりの謝罪後、不謹慎にもくたりとのびたその男子生徒の顔をちゃんと見て、

 

―あ。・・コイツ綺麗なカオ。

 

と、思った。

 

・・一目惚れの形も人それぞれである。

正直謝罪どころでは無かった。その日から彼女はその男子生徒に夢中になったのだから。

 

その男子生徒の名前は

 

―・・コイツ確か・・しまった。クラスの最初の自己紹介の日私遅刻したっけ?え、えーっとぉ~・・確か・・その・・ダメ。カンニング。名札名札。・・国・・「くに」・・「わざ」?・・くにわざ君・・?

 

「おいおいおい!国枝!大丈夫かおい!」

 

親切な彼の友人梅原が謀ったかのように叫び、走り寄る。

 

―あ、そうそう「くにえだ」君!「くにえだ」君!

 

続いて彼の親友―源 有人が叫ぶ。

 

「しっかりして直!なお―

 

 

 

 

 

 

「直・・衛・・?」

 

 

「・・よお」

 

あの日と同じようにくたりとのびながらも彼は自分の名を呼ばれて返事をした。

顔を覆い隠していた両腕を解き、ニット帽を外すと長めの癖の無い髪が解放され、長い睫毛に前髪がかかる。

 

―相も変わらず。

 

中々綺麗なカオよね。アンタは。

 

 

その顔。

 

ホントに。

 

・・・大好き。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一時間前。国枝宅―

 

「・・ホントに行くの?」

 

玄関先で小学生高学年くらいの少女はそう言った。その表情は誰がどう見ても「心配、不安」としか書かれていない。

 

「・・うん。衛奈(えいな)・・留守番頼むな?・・出かける時は戸締りもしっかりしておくんだぞ」

 

「・・アニキこそ安静にしててよう、その顔色でよく他人心配出来るね」

 

「・・ゴメンな。母さん達には上手く言っといて」

 

「そんな体で・・生き倒れになっちゃうよ」

 

「・・・」

 

無言のまま直衛は玄関を出た。同じく衛奈―直衛の五つ違いの妹もまた無言で見送った。

その直後、家の電話が鳴る。衛奈は不安な表情のまま、かったるそうに受話器を取る。

 

「はい・・。もしもし国枝です」

 

『あ。国枝?俺。・・皆と今日クリスマス会すんだけど・・よかったら君もどう?』

 

「いかない。じゃね」

 

ガチャ。

 

一蹴。相当の覚悟で電話を掛けたであろう少年のいたいけなお誘い。一蹴。

 

―ん・な・こ・と・よ・り・も。

 

今日の予想最高気温二度を、三十七度二分上回る兄の事が気がかりで仕方のない妹だった。

 

―はぁ・・アニキってなんでいざという時あんなんなんだろう・・。情けない・・。

現在JOESTER―

 

「あんた・・ここで何してんのよ」

 

「いや・・多分薫ここにいるかなって思って」

 

「・・・!?ちょっ、あんた動かないで、・・げ。あんた熱何℃よ!?」

 

長い前髪ごと彼の額に手で触れるが常軌を逸した温度差を感じる。多分今の薫の手は程良いアイスノンだろう。

 

「家でる時は37度7分・・」

 

「・・嘘おっしゃい」

 

「・・プラス1.5」

 

「よし!帰れ!」

 

そう言いながらもこんな状態の直衛を一人で帰すわけにもいかない。薫は少し途方に暮れた。彼女の労働時間はまだ後三時間ほど残っている。

 

「とりあえず何か注文できる?一応客として扱った方が話しやすいんだけど」

 

「・・ドリンクバー一つ」

 

「お客様。追加でビフテキは?」

 

「うっ・・」

 

「・・食欲は無い、と。重症ね・・じゃあちょっとお待ちを」

 

さりげない、ただし同時食欲など極限にない病人に対して洒落にならない嫌がらせをして薫はその場を去った。離れた場所で見守っていた同僚が薫に話しかける。

 

「・・・何かあのお客さんと色々話していたみたいだけど・・大丈夫?」

 

「・・大丈夫は大丈夫だけど・・新たな問題が・・」

 

「え・・?」

 

「と、とりあえずあの客は私が対応するから、近付かないで。危険だから」

 

「え!?」

 

―危険!?

 

 

 

 

 

 

「はい。直衛。スポーツ飲料が無いから水で薄めたコーラ。少しは気分マシになると思うけど・・」

 

「ありがと。・・?お前?」

 

薫は店の制服姿にいつものフライトジャケットを羽織り、直衛の向かいに座る。

 

「店長に言って休憩貰った」

 

「・・すまん」

 

「いいよ・・で・・何しに来たのよ。あんた・・」

 

「・・・」

 

 

 

 

 

 

「私を・・?誘いに?」

 

「・・うん。バイトでていても・・終わるまで待つつもりだった」

 

色々聞きたい事はあったが在りすぎて纏まらない。はぁっと溜息をついて呆れ顔で癖の強い髪をしゃくりあげる。

 

「何で・・何で『今日』なのよ?」

 

「・・」

 

「何であらかじめ誘ってくれないのよ」

 

―待ってたのに。

 

一日千秋の思いで。

 

「・・言わなきゃダメ?」

 

「それが一番大事なトコでしょうが!いきなりこんな状態で『誘いに来た』って言われても混乱するばっかよ!全く・・」

 

「・・ですよね」

 

しばしの沈黙の後、直衛は口を開けるのすら重そうにもそもそと話し始める。

 

「・・・俺なりの・・サプライズのつもりだったんだけど・・」

 

―・・はぁ!?

 

「さ・ぷ・ら・い・ず・ぅ?」

 

―これが!?これがか!?違う意味でサプライズだわ。

 

「だけど・・この有様です」

 

「はぁ・・あんったって・・バカだよね?」

 

「はい・・・」

 

「ホント・・バカ」

 

呆れを通り越した後、急激な情動が薫を襲った。

 

悔しい。

 

相手に対する怒りも、恥ずかしさも、呆れも、幻滅も全てあるのに。

例えようも無く喜んでいる、嬉しいと思っている自分が確実に自分の中に居る事を。

 

 

―要するに私も・・バカね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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