ぐれほわSHARK・T   作:GREATWHITE

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ルートS & R 6,7

ルートS 6 中多と愉快な仲間達

 

「うん!上達したね~」

 

ほんわかとした桜井 梨穂子の笑顔が中多紗江を包み込む。

 

「あ、有難うございます・・桜井センパイ」

 

その笑顔を前に中多は何故か顔が赤くなってしまう。

先日、太一が桜井を紹介してくれた。食に並々ならぬこだわりを持つこの女性教官は中多がバイトの面接を予定しているJOESTERの人気メニューを網羅したツワモノである。彼女から中多はそれらの発音を教わっていた。中には結構噛みかねん複雑な名前もある。

 

オーダーを客に聞き直す、オーダーを調理担当に詳しく伝えるなど、商品名をちゃんと把握しておく事は結構重要だ。元々声が小さい中多にさらに普段滅多に言葉にすることのない料理名をいくつも連呼する事になるのだからコツは掴んでおいて損は無い。

そして桜井は聞いてもいないのに季節によって出やすいメニューやおススメも丁寧に教えてくれた。それに関しては現店員である棚町以上の知識である。彼女曰く「もうお前が勤めたらいいのではないか?」というツッコミは無しで、との事だ。

 

「ふっふっふ~私から教える事はもう何もない。自信をもっていきたまえ~・・ってね~」

 

「桜井先輩・・いろいろと有難うございました・・」

 

ぺこりと小さな頭を下げ、中多は改めて桜井を見る。

ぷくぷくとふくよかであったかい雰囲気を持った優しい、反面茶目っ気やつっこみどころもあって、一緒に居るとこっちまであったかくなる、包み込むような不思議な女の人だと中多は思う。

元々女子校に通っていた中多は何十人もの女生徒と関わってきたがこういう人には出会った事が無い。確かに自分に優しく、頼れる包容力のある女性は居ない訳ではなかったのだがそういう先輩の幾人かが決まって自分に独特のモーションをかけてくる。

 

どこか・・少し恐怖を覚える様な「その手」の独特の。中多を一人の女の子ではなく、何か可愛い小動物を見つけた時の様な・・どこか好奇に満ちた目をして。

最初の頃はマイルドだったスキンシップも日に日に過剰になり、耳に息を吹きかけられたり、唇に触れられたり、胸をまさぐったりと結構過激な場合もある。

 

しかし、桜井には全くと言っていいほどそういう物を感じない。自分に全く見返りが無くとも、自然に人を想い、考え、助ける事が出来る。

「なんで人を助けるの?気にかけるの?」とでも聞かれたら、「ん~その人が困っているからかな」と本心で言える少女だ。男性に対してはともかく、「その手」の女性に対しての嗅覚は鋭い中多の鼻も全く危険を認識しない少女―それが桜井 梨穂子である。

 

―・・御崎先輩と仲いいのが解るなぁ。

 

不思議な事に中多の中に嫉妬心は全く生まれない。有無を言わせず信じさせるような菩薩のような桜井の笑顔を見て中多は癒される。

・・同時自分の母親には一生期待できない違った愛情を注いでくれそうだ。とも。

 

この先輩には好きな人がいるそうだ。

 

それは先日自分の訓練に付き合ってくれたあの大きな体をして一見怖いけど、静かな男の人―茅ヶ崎 智也先輩だ。

訓練とは言え、怖がらせた事を後でこっそり謝ってくるような多分・・いやきっと優しい人。改めて話してみるとなぜか童謡の「森のくまさん」のフレーズが頭に浮かんできた。きっとあの歌と自分達が同じ状況になったら寸分たがわぬ同じ展開になるだろうな、と。

・・流石にお礼で一緒に歌う事はないだろうが。

 

―音痴だしなぁ。私。

 

 

二人の関係は幼馴染と聞いた。中多が大好きな少女漫画の数々でよく聞く言葉だが、そういうものに全く縁の無かった中多は不謹慎ながらも羨ましいと思った。が、現実はやっぱり色々な苦悩があるらしい。「余りに近すぎて踏み出すのも怖い、引くのも怖い」だ、そうだ。あまりにも昔から側に居たせいで。単純に失う事が怖いらしいのだ。

 

それでも桜井は頑張っているらしい。誰よりも気心の知った相手を信じ続け、愛し続けることで自分をいつか「幼馴染」でなく、「一人の女の子」として見てもらえるように。

気が長く、ゆったりとした時間が流れている桜井らしい。

しかし反面一途で一本気、大胆さや派手さは無くても根本に流れる想いは限りなく熱く、冷める事は無い。人を「想う」行為で誰もが真似できる物ではない。例えその「想い」が叶わぬとしてもそれでもきっと彼女は「想う」のだろう。想い続けるのだろう。

 

「・・・」

 

優しい笑顔と、純粋な心の奥に秘めた強い意志、覚悟を感じ取って中多は心から彼女の恋の成就を祈った。

 

 

 

「それで・・中多さんは太一君とはどうなのかな・・」

 

「・・・へっ?」

 

桜井の唐突で意外な質問を前に中多は目を一瞬丸くすると同時にぼんっ!と沸騰した。サイドで結わえた髪が跳ね上がる。その反応を見て桜井は

 

「な、なんて聞いちゃったりして。あ~~・・そ、その、ほら、私っていつも聞いてない事もついつい喋っちゃってその・・智也との事も中多さんにうっかり喋っちゃったし・・?だからその、良かったら中多さんの事も話してくれるとうれしいなぁ・・って思って・・あ~ごめん!私なんかに話しても~だよねっ!」

 

胸の前でバッテンをして、目も×マークにして恥ずかしそうに「今の無し!忘れて!」と必死でアピールする桜井の姿は同性で、年下である中多すらも「か、可愛い」と自然に口に出るほどのあたふたぶりだった。そしてその姿を見て中多はふぅっと息を吐き、微笑んだ。

 

―はぁ・・・何でだろう、桜井センパイには何でも話したくなっちゃうなぁ・・。

 

ただその笑顔は少々桜井を誤解させてしまったようだ。

 

「うぅ・・その顔は馬鹿にしてる顔ですよ~!!ひどい、ひどいよ~」

 

「え!そ、そんなことないです!ご、誤解ですよ~」

 

結局は二人してあたふたした。そんなやり取りが三分ほど続き、「とりあえず落ち着こう」とお互いに深呼吸をした時だった。

 

周りに居る人間は最初はひたすら食い物の名前をお互いに連呼していた状況から打って変わり、二人真っ赤な顔で音に反応してクネクネ動くダンシングフラワーの如くお互いの言葉に反応して忙しくあたふたしている光景に変わり、そして最終的にスーハ―スーハ―一緒に深呼吸している一連のやりとりを見て

 

―この二人は何をやってるんだろう。知りてー・・。

 

と、そんな目をして注目をしている事に二人は気付き、真っ赤な顔でそそくさと二人はテラスから場所を移す。

 

 

 

裏庭・・ベンチにて。

 

「そりゃあ居たたまれなくなって出ていくワケだわ・・」

 

一連の事情を聞いた桜井の同級生で親友の伊藤 かなえは中多、桜井の二人を呆れた仕草を交えながらこうバッサリ断罪した。

 

「メンボクないです・・かなえちゃん・・」

 

「お騒がせしました・・」

 

「・・ふぅ・・ところでさ・・お二人さん?」

 

「・・?」

 

 

「・・私も混ぜなさいよその話!ここなら見てる人もいないし思う存分あたふた出来るわよ!?」

 

 

同じく全員片思い同士、感ずるところがあったらしい、伊藤も先輩としての威厳を崩壊させ、中多に迫った。そして片思いの相手に対するノロケ、愚痴、不満を肴に三人は昼休みの尺一杯費やすこととなる。

 

 

―・・・「片思い」?

 

そっか・・やっぱり私は・・御崎先輩が好きなんだ。

 

小さくて、かわいいけど優しくて、でも意外に度胸があって・・私の・・王子様なのかな?

 

茅ヶ崎は「くまさん」。御崎を「王子様」。中多 紗江の思考は基本、メルヘンと少女趣味で彩られている。

 

 

 

そんな物思いにふける中多の肩に突然がっしと掌が置かれ、ひゃっと中多の喉が汽笛を上げる。伊藤の右掌が中多の左肩を捉えている。

 

「む!」

 

その言葉と同時に伊藤は今度は中多の右肩を左手で掴み、ぐいと引き寄せる。少し恐怖で顔をひきつらせる後輩の少女にさらに伊藤は顔を寄せ、

 

「いい!!中多さん!?」

 

と、まず一喝。

 

「はいっ!?」

 

「自分に自信を持ちなさい!!大丈夫!!貴方なら!!」

 

「・・。そう・・でしょうか・・?」

 

「ん!!!何せ貴方は顔も可愛いし、小さくて、もう男がどうしようもなく『守ってやりてぇ~』と、思う様な雰囲気してるの!!少し頼りない所も逆にプラスポイントだわ!その脅えた目もいい!!」

 

「か、かなえちゃ~ん。中多さんが脅えてますよ~っ」

 

「桜井は黙ってる!!」

 

くわっ!!

 

「・・はい」

 

しゅん・・。

 

「それに中多さん?貴方はね・・・」

 

「・・?わ、私は?」

 

「貴方はね・・」

 

そう繰り返した後、伊藤は黙りこくって視線を下げる。そして伊藤の言葉を真剣な表情でうるうるおめめで待っている目の前の少女の首よりやや下の二対の「モノ」を見る。

 

「・・・」

 

そして自分の「モノ」を見た後、今度は親友―桜井の方を振り返る。その視線も「モノ」の位置だ。その行為の真意に気付かない後輩、そして親友の少女は

 

「・・?」

 

「ほえ?」

 

目を真ん丸にしながら?マークを頭から出す。その能天気な反応、そして「非情な現実」から目を逸らすように伊藤はがっくりと視線を落とした。

 

「・・・」

 

―だ、ダメだ。口に出すと私が凹みそう・・・。

 

「い、伊藤先輩?」

 

「と、とにかく!な、中多さん貴方はいい『モノ』を持ってる!大丈夫!」

 

伊藤は「モノ」が何かは具体的には言わない。と、言うより言えない。

 

「は、はい!!」

 

「打倒御崎よ!御崎が何よ!」

 

「は、はい!御崎先輩がナニですかっ!?」

 

 

―ぎ、疑問形?

 

桜井は混乱する後輩の少女と親友の暴走を敢え無く見守っていた。完全に蚊帳の外である。

 

「ダメダメ!いつまでも『御崎先輩』じゃ!!名前の『太一』で呼ぶの!!ほら、『太一!首洗って待ってろよ!』はい!復唱!」

 

「た、たたった、たひっ・・ひち・・ム、むむむ無理です!!!」

 

 

「・・・」

 

―ああ・・難しい料理の名前とか簡単に言えるようになったのに・・。

 

桜井はさっきまでの二人の特訓の成果が無駄になった様な物悲しさを感じる。

 

「ええい!仕方ない!!せめて『太一先輩』と呼びなさい!!」

 

「た・・たい・・たひちせん・・ぷぁい・・」

 

「よろしい!!」

 

 

―え・・今のでいいの?かなえちゃん厳しいけどやっぱり優しいんだなぁ・・ははは。

 

桜井も妙な所で何時ものように暴走し始める。基本常識人の伊藤が暴走した結果、現状この場はツッコミ役の人材不足に陥っている。

 

「桜井!アンタもぼけ~っっとしてないで来るの!!」

 

「ええぇ~っ私もやるの?」

 

普段ボケ専門の桜井が急遽伊藤のツッコミに回るレアな光景が展開される。はいはい、と困った顔で桜井は頷きながら

 

―たぶんかなえちゃん・・「彼」とのことで何か嫌な事在ったんだろうなぁ・「彼」・・智也より鈍感だからなぁ・・。

 

親友の複雑な心情を読み取って苦笑いした。

 

そんな場に―

 

 

 

「あの~盛り上がっているとこ悪いんだけどさ・・」

 

 

 

「「「へっ?」」」

 

 

「ちょっと~いいかな~?」

 

 

そんな声が三人の向こうから響く。そこにはやや遠慮がちに三人のやり取りを見守っていたらしい癖毛の少女が立っていた。

 

「・・あ。棚町さん!?」

 

「ち~っっす・・今、忙しいかな・・ちょっと中多さんに話したい事があるんだけれども」

 

語尾の「あるんだけれども」をわざと棒読みにして、少し緊急性の高い用事である事を現れた少女―棚町 薫は匂わせる。

 

「ど、どうぞお、お構いなく~棚町さん。ってかアタシらも席外そうか?」

 

伊藤は気まずそうだった。親友の桜井、学年の違う中多はともかく、隣のクラスでなにかと顔を合わす事も多いが友人と言うほどの関係では無い棚町 薫にあの光景を見られたのが少し気不味い。

 

「あ、ありがとう。でもお構いなく。中多さん・・?ウチのバイトの面接の日程が決まってね?三日後の放課後・・急で悪いんだけど予定は大丈夫かしら?」

 

「三日後・・ですね。はい!お願いします!!」

 

「解った。店長にそう伝えとくね。じゃ頑張ってね!応援してるから!ぐっどらっく!」

 

親指を立てて彼女らしく爽やかに締めくくった。

 

 

 

「ところでさ・・」

 

「?」

 

「今色々御三方話してた事色々聞こえちゃって・・その~・・ゴメン」

 

「あ、そだったの~?いや~お恥ずかしい~~」

 

伊藤は本当に恥ずかしそうだった。

 

「で、さ?・・そ、その言いにくいんだけど・・」

 

「な、何かしら?」

 

「・・・ぜて」

 

「え?」

 

 

 

 

「混ぜて!!私もぶちまけたい!今日恵子が逃げ出して発散の相手がいないのよ!!」

 

 

 

 

「・・・!」

 

「・・・!」

 

中多、桜井絶句。

 

「・・・!!よおおっし!来いや!」

 

棚町参戦。中多が憧れ、尊敬していた先輩―棚町もこの連中の「同族」だったのだ。

 

「本当もう・・直衛が何よ・・いっつも肝心な時に寝くさって・・それにいっつも無愛想で!こっちがどんな想いで・・あ~ちくしょ~~!!」

 

「そうよそうよ。男なんて・・ホント優しくないよね!!ね!そう思うでしょ!桜井!?」

 

「え?そう?智也はいっつも優しいよ?」

 

「空気読め!今の話の流れの空気を!あんたは『そうだよね』って頷いていればいいの!」

 

 

 

 

 

 

―・・素敵な先輩たち。

 

 

中多は三人のやりとりを見ながらほんわかと笑い、そう思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

7 硝子の王子様

 

 

 

 

「・・紗江ちゃん」

 

「・・はい」

 

「僕弱いね」

 

「そ、そんなことありません!た、太一先輩は・・太一先輩は・・」

 

「・・・ううん。いいんだ。何よりも僕がそう思いたいんだ・・今は」

 

 

―・・!

 

目を伏せたままの太一に中多は声をかける事が出来ない。

もどかしい。

落ち込んでいる大好きな人にまともな声をかけられず、いつものようにただもじもじと手をこまねく事しか出来ない今の自分が。

 

―何で私はこうなのだろう。口下手で他人の優しさにいっつも甘えて、助けてもらって震えるだけ・・。

 

沈痛な面持ちでしゅんと目を伏せた中多の心と次に太一が泣きながら発した言葉が完全にシンクロする。

 

 

「紗江ちゃん・・僕ね?昔から『弱くて良い』と思ってた。『弱さは罪じゃない。力の無さは罪じゃない』って・・言い聞かせてた。例え僕が弱くても・・僕の替わりに強い人がいつも最後は守ってくれる・・そんな風に考えてた」

 

 

―・・私と一緒ですね。私もいっつもパパと・・ママに助けられて、守ってもらってます。

 

 

「でも!!こんなに・・!こんなに弱い事が辛いって思わなかった!!悔しいって思わなかった!!僕を思って頑張ってくれた強い人に対して何にも出来ないのがこんなに辛い事だって僕・・思わなかった!!!!」

 

 

歯を喰いしばり、泣きじゃくる太一を見ながら、中多もまた涙を流す。

 

 

 

 

 

 

 

数週間前―

 

 

 

「はぁ~~い!太一君。お久しぶり!・・・最近その子よく連れてるね?ひょっとして・・・彼女?」

 

少し派手目の蛍光ピンクのインナーをこの初冬のこの寒空の中でも胸元の開いたシャツの隙間から覗かせる茶髪の少女が太一にひらひらと指先だけで手を振り、声をかける。

 

形よく盛り上がった胸、健康そうなやや浅黒い肌、高校生にしては少し濃いめの化粧にやや厚めの唇と肉惑的な魅力を持った少女であった。太一を見る長く毛先まで整えられた睫毛の下に光る瞳もやや艶を帯びている。

 

「ああ。由亜(ゆあ)先輩。お久しぶりです」

 

太一はそのベイビーフェイスを崩すことなく、その視線を受け流す。

「この手」の人間に彼は馴れていた。普通に友達として付き合う分には問題ない。しかし、決して恋愛対象にしてはいけないタイプと理解している。

 

「太一君は『好き』。でもそういう『好き』じゃないの」

 

この「由亜」と呼ばれた少女―こういうタイプである。興味本位から距離は比較的簡単に近づけてはくれるが太一のようなタイプには一線は越えさせてくれない典型的タイプだ。常に二、三人は付き合う、若しくはそれに近い間柄の男友達は居るがその枠に太一は決して入る事はない。

 

「・・・」

 

太一が色んな同学年、そして一つ上の三年生の女子からよく声をかけられる光景を中多は見てきた。が、その中でもこの少女は結構異色なタイプだ。

 

敢えて言うなれば中多がエスカレータ制の女子中、高校時代に居た、中多に「過剰なスキンシップ、モーションをかけてくるタイプ」によく似ている。故に少々中多はこの先輩が苦手だ。すっと脅えたように中多は太一の背に隠れる。

 

「あららら。隠れちゃった~か~わいっ。よかったらさ?今度三人で遊びに行かない?その子ちゃんと紹介してよね」

 

「はい。先輩が本気なら是非」

 

「あらららら。可愛くなくなっちゃたね~太一クン?ま。いいや。じゃあねぇ~~~♪」

 

この少女は非常にさばさばした性格だ。人間関係は出来るだけドライ。本気にされると距離を離したがる故に意外にも行動にしつこさは無くあっさりしている。但しその分ちょっと気に入った相手に接触してくる割合と回数は多め。最近は太一+その彼とよく一緒に居る中多に興味を示しているようだ。「面白そうだ」と感じた子ならこの手のタイプは同姓で在ろうと異性であろうと見境は無い。ある意味得な人柄である。その度に中多は脅える羽目になっている。

 

「行こう紗江ちゃん。七咲さん待ってるんだよね?」

 

太一はその度に軽く、手早いやり取りで彼女をあしらい、話を打ち切ってすぐ中多を見てくれた。その姿に不安げながらも上目遣いで不器用そうに微笑む彼女を太一が笑う―そんなルーティンを最近繰り返している。

 

 

そんな光景を由亜―本名 堂元 由亜は横目で見ながら

 

 

―・・ふ~~ん。どうやら今回はそれなりに本気みたいね太一君。「年下の女の子」ってのは意外だわ~・・な~~んかお気に入りのコ盗られちゃった気分だケド。ま、いいわ。せいぜいお幸せにね~~♪

 

嫌味も負け惜しみも無く、それが堂元の本音で在った。良くも悪くもこの堂元と言う少女は「去る者は追わない」。盗られたからと言って奪いに行くほどの執着が無いのがある意味美点ではある。

 

 

しかし―

 

彼女にも「好き嫌い」はある。この性格、そしてルックス故に言い寄ってくる男子には不自由しないがそれでも誰かれ構わず常に愛想を振りまくほど彼女はボランティア精神に溢れてはいない。彼女なりの「一定の水準」を超えたメンツを数撃ち、その過程で「コイツはちょっとな」と思った相手にはそれなりに冷たくあしらって関係を切る。

その点を考えれば自分の性格が時折メンド臭い事態を招くことが在る事にちょっと彼女は反省している。自分だけがその被害の対象になればまぁまだいいのだが時にそれが特に罪の無い他人に類が及ぶ点だ。

 

そして「特に罪の無い他人」―それが今回の御崎 太一、中多 紗江、そして彼の友人たちであった。

 

 

 

この堂元と言う少女―この独特の魅力故にファンは多い。中には思い込みの激しい奴も居る。自分が彼女にあしらわれた原因を「自分自身」とは思わずに全く関係の無い他者にその矛先を向けてしまう奴もいる。

 

 

堂元 由亜―あの子といつも親しそうに話す二年生のいけ好かないチビ―御崎 太一。

 

 

 

 

―アイツ。気に入らねぇ。

 

 

 

 

 

 

 

その数日後であった。

 

 

「・・・!?」

 

正直最初はワケが解らなかった。昼休み、一人太一が廊下を歩いている時、後ろから羽交い絞めにされた。梅原や杉内等クラスメイトの友人にこれに近い事をされた事が無いわけではない。が、太一はすぐさま彼等のそれとは違う不穏さに気付く。

 

「・・・」

 

乱暴で陰湿。冗談と本気の間に存在する一線―加減がない。微塵も友好性は感じられない細い腕に巻きつかれ、声も上げられないままずるずると太一は中庭に引き摺られていった。そこに連れて行かれる過程だけでも解る。「これは何かやばい」、と。明らかに人目につかない場所に連行されている。

 

「う・・!げっほ!!・・・あ、な、一体何・・」

 

ようやく解放され、振り返りつつ下手人を双眸に映す。しかし、

 

―・・・!誰だろう・・?

 

下手人は背の高い男子生徒であった。背は高いが同時に首から脚に至るまで細い。細くて奇妙に白い首は蛇みたいに横筋が走っており、おまけに猜疑心と妬みに溢れた上目遣いの細い眼を持っている。人相からはお世辞にもいい印象は持てない。

 

おまけに太一にはその男子生徒は一切見覚えが無かった。

当然である。その男子は先述した堂元 由亜のクラスメイト。つまり三年の男子だ。接点はない。面識もない。

 

「・・・『誰だ』って顔してンな?」

 

太一の疑問を見透かしたように男子生徒が口を開いた。嘲るような口調で冷たく太一を見下ろす。

 

「あの・・どなたですか?」

 

やや脅えを含んだ目、そしてなるべく相手を刺激しないようにここまでの乱暴にされた経緯に対する当然の非難の感情をなるべく込めないように太一は努力した。が、無駄だった。

 

みしり…

 

返事の替わりに顔に飛んできた骨ばった拳の感触に太一の眼の中にちかちかと星が舞い、気付いた時には地面が目の前に在る。吐息で巻きあがった土の香り、それが口の周りに呼気の湿気によってべたべたと張り付く。

 

 

「あ・・!だだっ・・ぶっ・・ぷっ!」

 

 

「・・知る必要ねぇよ。とりあえず・・まぁ殴られてくれや?うぜぇから。お前」

 

 

「くひっ」という笑い声と共に言葉とは裏腹な汚れたスニーカーの靴底が太一の黒いブレザーにくっきり靴痕をつける。

 

しかし―

 

 

―・・・。なんだ。

 

 

 

殴られた事によって意外にも太一は安心していた。この男子生徒の浅く、薄っぺらな感情と彼の目的がはっきりしたからだ。

 

 

 

 

 

―・・別に。

 

 

 

「初めて」じゃないし。ちょっと・・「ご無沙汰」だっただけだ。

 

 

 

でも・・やっぱ痛いや。

 

 

 

 

確かに太一は中多にとっては「王子様」かも知れない。が、残念ながらハンサムで背も高く、頭脳明晰で、そして悪い魔女をやっつけるような腕っぷしも強い童話に出てくる白馬の王子様など居る訳がない。

 

小さくて弱い。それ故に理不尽な目に遭ってもそれを耐え忍ぶ他ない王子様も中には居る。

 

 

 

 

 

 

 

 

蹲ったままどのくらい時間が経っただろうか。唐突に太一の体から衝撃が止んだ。

 

「・・?」

 

顔を守っていた両手のガードを太一はおずおずと開けると同時―

 

 

 

「・・何やってんすか」

 

 

 

低い、しかし力強さと意志の強さを根拠もなく確信してしまうような声が聞こえた。

 

 

 

 

―・・ち、

 

 

 

 

 

ちが、・・崎・・くん?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ルートR 6 硝子の王子様 2

 

 

 

 

 

2-E教室にて―

 

「ど、どう・・かな?茅ヶ崎君・・」

 

自席に座りながら相変わらず少々おっかない雰囲気を纏いながら両手に持ったノートを無言で少年―茅ヶ崎 智也は「ん・・」という訝しげな声を出した後にノートを机の上に開き、右手に持ったペン先でノートの一節をなぞる。

 

「・・ここ。代入する所で間違えてる。こっちは・・途中の掛け算をミスってるだけ」

 

「わわわーとんでもない初歩的ミスじゃん!お騒がせしました・・」

 

「・・ケアレスミスで混乱しただけじゃねぇかな。冷静に見直せば大丈夫だと思う」

 

「・・。うん。ありがと!茅ヶ崎君」

 

―す、すごい。茅ヶ崎君って頭いいんだ・・・。教え方も静かで少し怖いけど・・上手だし。

 

最近雰囲気が少し変わった智也からダメ元で数学を教えてもらったその2-Eの女生徒はその指導の的確さと丁寧さに舌を巻いた。

意外にも成績は学年中60番台をキープしている智也。だが普段のイメージ故「カンニング等の不正をしているのではないか」という根拠のない噂もあったがそれが全くのデマである事が女生徒には解った。

 

高校入学後、とりこまれた不良グループの連中の勉強を見てやったこともあるため、教えることも実は上手かったりする。

 

智也のイメージは遅まきながらも徐々に彼の本質に追随しつつあった。

静かすぎて少し近寄り難い。が、実は人格者で一見ぶっきらぼうな言動や行動の端々にどこか温かみと思いやりをもつ少年という本質。梅原、杉内、そして梨穂子等、一部の友人達が知る「彼」を回りもまた理解しつつある。

 

「智也~。失礼します・・あ」

 

ただそうなると少し切ない思いをするとある少女が出てくる。彼女にとっては嬉しいこと―とはいえ彼女にとって同時少し複雑だ。

 

「お。・・桜井」

 

「・・・。あ、・・ごめん智也。お邪魔かな」

 

智也と現在向かい合わせで勉強を教えてもらっていた女生徒の姿を見て梨穂子は一歩後ずさる。

 

「あ。アタシの方がお邪魔かな?気にすること無いって~」

 

時折、このクラスにやってきては声をかけ辛い智也に度々親しそうに話しかける別クラスの少女―梨穂子は後半クラスでは結構な有名人だったため、勉強を教えてもらっていた少女は気を遣って向かいの席をたつ。

 

「あ・・俺の説明で解ったかな・・?」

 

「うん!ありがとね。茅ヶ崎君!また・・解らない所あったら教えてくれる?」

 

「ああ・・どうぞ」

 

「うん!じゃね。ごゆっくり・・」

 

喜ぶべきなのか、悲しむべきなのか。相当に複雑そうな表情をしながら梨穂子は女生徒を見送り、直ぐに振りかえって大きな真ん丸い目で「じと~~っ」という音が出そうなくらいまじまじと智也を見た。

 

「どした?」

 

そんな少女の情動を知ってか知らずか相も変わらずいつもの鉄面皮を貫く少年。

 

―くそ~~。茶道部に連れ込んで美味しいお茶とお菓子、そして温かいコタツでまどろめばスキを見せてくれるのに~~。

 

「おい?梨穂子」

 

「は!はい?」

 

「桜井」からいつも通りの名前に呼び名を変えてくれたのが嬉しい。同時自らの単純さに内心梨穂子は呆れる。

 

「いや・・何か用か?」

 

「あ~いや~その~えっと~・・・あはは」

 

「用を忘れたとか?」

 

「ち、違いますよぅ~・・その~」

 

「何?」

 

「・・智也。もう十一月だね・・」

 

「・・?そうだな?それが・・どうかしたか?」

 

「へへへ・・」

 

梨穂子は苦笑いしながら頭を掻いて誤魔化す他なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二時間前―

 

2-A教室にて

 

「そうなんだ・・」

 

梨穂子はしゅんと肩を落とした。そんな梨穂子を向かい合わせになった梅原がすまなさそうに見る。

 

「わりぃな・・桜井さん。俺も何度かアイツを剣道部に誘ったんだけど悉く断られてこの前とうとうタイムリミットになっちまった・・」

 

吉備東高校剣道部の決まりで、入部を受け入れる上限は「二学年の十月末日」までとなっている。十一月に入り、智也が剣道部に入部する道は完全に断たれた。

 

「ううん・・何度も誘ってくれていたの知ってるから・・・有難う梅原君」

 

「アンタの権力でどーにかなんないの?梅原君?」

 

腰に手を添えて不機嫌そうに眉をしかめる話に混じっていた梨穂子の親友―伊藤の言葉に困った顔で梅原は

 

「無茶言うねぇ香苗さん。ただでさえ最近幽霊部員気味の俺にその要求は酷ってもんよ。それに何と言っても選ぶのはアイツ自身だし?・・頑なに拒否し続けられた以上、俺にはどーする事も出来ねぇよ」

 

お手上げポーズで梅原は首を振る。

 

「そこは男の子なんだし・・叩き伏せて引きずってでも連れて行ったら良かったんじゃない?『馬鹿―っ!!!お前はそれでいいのか!喰らえ友情パ~ンチ!』的な?」

 

物騒な事を言う少女―伊藤 香苗。こういう気の強い所はクラスメイトの棚町 薫と同じ気配を梅原に感じさせる。余談だが先日の一件でこの二人が結構マブダチになったことを梅原は知らない。

 

「・・それこそ無茶だぁ・・腕っ節強いんだよアイツぁ・・帰宅部最強じゃねぇかな?」

 

 

 

 

 

 

―現在

 

 

 

「大丈夫か・・御崎」

 

「あ、はははは。茅ヶ崎君・・ありがと・・・あ。イタ!」

 

「口切れてるな・・」

 

「あは。大丈夫。ハンカチあるから・・あれ?ゴメンやっぱ無いや・・ははは」

 

小さく、華奢な少女のような細い手で御崎はハンカチを智也から受け取る。彼の左頬には痛々しい浅黒い痣が出来ている。本人は大したこと無いようにアピールしているが未だ足元がおぼつかない事を証明するように尻餅をついたまま茅ヶ崎を見上げていた。

 

校舎横、裏庭

 

五分前―

 

「・・何やってんすか」

 

「あぁ!?お前には関係ねぇだろ?あっち行けよ」

 

御崎に更なる追い打ちを入れようとした痩せぎすで目付きの悪い男子生徒はその風貌に全く沿いすぎな程の粗暴な口調で智也の制止を一蹴しようとした。が―

 

「でも・・俺そいつに呼ばれてたんすよ。一向に現れないんで探していたんです」

 

智也に特に逡巡は無い。

 

「嘘言ってんじゃねぇよ。ここが人目につくわけねぇだろが。第一俺がこのチビここに連れてきたんだよ」

 

「成程。わざわざこんな所まで連れ込んだんすね・・人目避けてまで何していたんですか?」

 

「関係ねぇって言ってんだろが!!失せろ!」

 

凄んだようにやや上から智也を見下ろす恐らく三年生であろうこの男子生徒に智也は全く怯まなかった。

「小物臭い」と智也は決定づけた。チャチな台詞回しが虚勢を張っている証拠である。

これで大抵の人間が怯むと思っているらしい。

 

「・・・」

 

智也は敢えて無言で応対した。眉一つ動かさずに。気圧されて言葉がでないのではない事を圧倒的に相手に知らしめる沈黙だった。

 

「ちっ・・」

 

―コイツ・・面倒癖ぇ・・。

 

徐々にその男子生徒は智也の後ろをチラチラと見始めた。この場を去るタイミングを窺っているのである。

彼には大した決心も覚悟も無い。ただの鬱憤晴らしに多大なリスクを払う度胸は無い。

そして智也の前を堂々と通り過ぎる器量すらない。智也の予想を遥か上回る小物だった。

 

「・・・」

 

「・・っ!!あにすんだよ!!」

 

埒が明かないので智也はその男子生徒の手首を掴む。握ったほそっこい手首から大した力は感じられない。見えるのは弱々しい決意と何の研鑽や努力の証拠すらない「棒きれ」のような腕だった。払うように後ろにその生徒を腕と一緒に追いやる

 

―さっさと行って下さい。これが望みっしょ?

 

そう言いたげに男子生徒から智也は背中を向けた。と、同時急速に背後の気配は足音と共に離れていく。最早興味は無かった。

智也にとって関心事とは気のいい彼の友人の梅原、杉内の2-Aクラスメイト、御崎の事だけだった。

 

 

 

 

 

再び現在―

 

 

「大丈夫か・・御崎」

 

「はは・・ホント情けないよね。まだ膝が笑ってる。殴られたのが効いてるのか、未だビビってるのかどっちか解んないや・・いや・・どっちも・・かな?」

 

小さな少年、御崎は切れた口を痛そうにひきつらせながらも助けてくれた智也に笑顔を向ける。

あの上級生の態度からして明らかにこの少年に非は無いだろう。だが「その手の理不尽な被害」を被る資質が彼にもあるのかもしれない。そこの所は性格も、見た目も全く正反対と言っていい智也と御崎の共通点でもあった。

 

「特に話は・・聞かないでおこうと思うけど、このままで大丈夫なのか?」

 

「うん。大丈夫!ありがと。茅ヶ崎君」

 

そう言って小さな少年は微笑む。長い「経験」の中で彼はこの手の被害が一時的なものか、それとも暫くは継続する厄介なものかを判断する基準は出来ている。

さっきの上級生は完全な前者タイプだ。一時的な鬱憤を晴らしに現れた暇人にすぎない。

 

智也はまだ心配そうに溜息をつくと御崎に渡したハンカチを受け取る。ハンカチを受け取りながらも御崎は口に付いた血を拭かなかったため、ハンカチはまだ白いままだ。

そして汚れた制服を払う御崎を待っていた。

 

―とりあえずあの変な奴が戻ってくるかも知んねぇし、暫く俺もここで待つか・・。

 

この智也の判断が少々拙かった。

 

いつ「来た」のか解らない。智也も全く気づかなかった。

気付いたのは制服の汚れを払い終わった御崎が智也の方を見て、「あっ」と声を上げたと同時に自分の右手の制服の袖にかかる僅かな重みがきっかけだった。

 

―え?

 

思わず振り向くと少し柔らかい香りがした。

 

「・・・!」

 

そこには御崎よりもさらに小さい背をした栗色の髪を両サイドで纏めた少女がいた。余りに小柄な上にうつむき加減のせいで智也からは表情が見えない。しかし、彼の袖を掴む少女の小さな手がぶるぶる、がったがた震えている事から容易にその少女の精神状態を推し量ることが出来る。・・怖いのだ。それでも少女はその小さな手を袖から離そうとしない。

 

「・・っ!」

 

流石の智也も驚いて絶句した。

そして掛ける言葉が見当たらない智也を尻目に小さな少女は声を絞り出すように吐く。

その声は手と同じ周期で震えていた。が、気丈にも袖を掴む力は少し増す。

といっても智也が簡単に払いのけた先程の男の上級生に比べても、遥かにひ弱で小さな力である。だが智也が振り払う事は不可能だった。

 

「そ・・の・・た、太一先輩をいい、苛めないで、く、くだ、下さい!!」

 

御崎 太一の後輩―中多 紗江が瞳を恐怖と不安で塗り固め、最早半泣きになりながらも気丈に智也をしっかりと見上げる。その姿は物理的な力を遥か超えた拘束力、強制力が備わっていた。

 

 

「な、中多さん!茅ヶ崎君は僕を―」

 

御崎は必死で弁明した。自分の声が言い訳に聞こえないように必死で真実を少女―中多紗江に伝えようとする。疑念が生まれないように。少女がねじ曲がった真実を受け入れないように。

 

智也の名誉を守らなければならない。自分をついさっき救ってくれた少年の恩を誤解という仇で返すなど御崎が受け入れようはずも無い。

 

「え・・、そ、その、だって・・センパイ・・その・・血・・ううぅ」

 

少女は智也の手から目を離し、駆け寄った御崎の話を俯いていた顔と背筋をちゃんとあげ、不安そうな表情をしながらもきちんと聞いていた。

 

 

その後、御崎の懸命な弁解もあり、少女は落ち着いて自分の誤解を認識。そして誤解が解けた後に

 

「すいません!本当に、すみませんでした!!茅ヶ崎先輩、わ、私・・てっきり・・」

 

その小さな体をさらに小さくして何度も何度もぺこぺこ智也に頭を下げた。

謝罪の言葉と頭を下げた回数は最早数えても仕方が無い程に。

 

「大丈夫・・僕は大丈夫だよ?・・紗江ちゃん?・・ね?」

 

御崎も誤解が解け、ようやくホッとした顔をして彼もまた智也に謝った。

終始立ちつくすことしかできなかった智也も安心し、去っていく小さな二人を少し微笑みながら見送る。

 

そして智也は思った。

 

もし御崎が必死で弁明してくれなかったら俺はそのままその少女の誤解を受け入れていたのではないのだろうかと。自分の正当性を強く訴えもせず、黙ったまま相手の誤解と言い分を受け入れて成り行きに任したのではないのだろうかと。

 

―誤解されるのも馴れている。避けられるのも馴れている。だから・・別にいい。

 

そんな風に意地を張って。

最近徐々に周りの自分に対する印象が変わり始めているのを彼は自覚している。徐々に積み上げた彼の本質に対して周りの理解が得られている感覚―それは彼にとっても決して悪い物ではなかった。それを失い、また元に戻る事に僅かながら不安を覚えているのも今の自分だ。

 

でも、しかし。それでも―

 

それでも自分はそのような境遇を受け入れてしまうのではないか、物事の流れに任せ、その流れ着く先に留まる事になるかもしれない。川の流れの先でぐるぐると滞留する地点、淀みやゴミと共に甘んじて留まる枯れ葉のように。

 

今回は御崎の必死の弁護によって幸いな事にそのような状況には至らなかった。

でも、いざそのような状況が訪れた時自分は足掻くのだろうか?いや、多分、きっと・・。

 

―まぁ・・考えても仕方ないか。

 

ある種の諦観。無関心ともとれる言葉で彼は状況を締めくくった。

妥当とも言える。実際にそのような状況は訪れなかったのだから。

 

・・あくまで「この時点」では。

 

些細な「悪意」は存在する。その発生の理由がどれ程理不尽で身勝手なものだとしても。

 

それは存在する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あいつ・・ぜってぇゆるさねぇ・・確かあのチビ・・あの野郎の事を『ちがさき』っつってたな・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





智也が異変に気付いたのは数日後のことだった。

―ん・・・?

少し懐かしい感覚。しかし、この学校に智也が入学して以来、大抵の月日がこんな感覚だった。どこかよそよそしく、少しの距離感を保つクラスメイト達。これが智也の高校生活での大半を占める日常であったこともまた事実である。
否、それともまた違う。と、言うよりもう少し何かが加味されている感覚。どこか・・敵意の様な物さえ感じ取れた。

その原因はすぐに解った。


こんな「噂」が流れていた。


「智也が裏庭でとある男子生徒を殴っていた」

「泣いて制止しようとする一年生の女子生徒を振り切って殴っていた」

「どうやらその女子生徒を巡ってのトラブルらしい」

「その女子生徒をテラスで向かい合わせになって無言で睨んでいた事もあったらしい」

「その女生徒に半ば強引に交際を迫っていたようだ」

「そして最近その女子生徒に近付いていた男子生徒に腹を立てて、今回の事件が起きたのではないか」


智也はある意味感心した。

―成程。確かに見えなくもない。

と。苦笑して。









彼は確かに御崎に比べると力は強いし、意志もメンタルも強い。
しかし―






確実に彼もまた危ういガラスの王子様。










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