ぐれほわSHARK・T   作:GREATWHITE

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「う~~ん。面識も接点も無いっていう御崎君を殴ったそもそもの原因がなかなか見えてこないわねぇ?」

「・・確かに」

2-Aクラス委員―絢辻 詞が腕組みしながら、眉をしかめる。そんな彼女を色素の薄い茶色の瞳をこれまた少し曇らせながら少年―源 有人も彼女に同調し唸る。

「例の太一君を殴った三年生の男子の名前は『小沢 雄平』・・周りの評判は普通・・ただし『男子には評判は良いが女子の評判がすこぶる悪い』・・だっけ?梅原」

「おう。信頼できる情報筋だぜ。『梅原ネットワーク』をフルに使った確かな報告でぃ。付け加えると『普段は積極的に女子に話しかけるタイプでは無いが、こちら側から話しかけると途端饒舌になるタイプ』・・らしい。『極端すぎて何となく不気味』とか・・」

吉備東高の事情通―梅原はメモを片手にいつもの口調でこう言った。

「う・・。正直・・女の子としてはちょっと嫌なタイプかしら・・」

立場上様々な人間に接触する絢辻故に複雑そうな笑顔をしながら、絢辻はそう感想を言った。

「・・。とりあえず太一君・・?」

「うん?」

一連の梅原の報告を聞いて源が太一に確認を取る。

「その小沢 雄平って人が君を殴った理由に繋がるような接点はホントに無いんだよね?」

「うん・・それに関しては本当に。だって殴ってくる直前『誰だって顔してんな?』って聞いてきたからね。殴った後も『知る必要ねぇ』って言ったし。それって僕と面識無いって暗に認めてるようなもんじゃない?」

「・・確かに」

「そうなると・・当事者以外の関係者洗うしかないかしら・・学年違いの三年生って所がネックだけど。その人の友人とか関係者以外の色眼鏡なしで中立な目線で話してくれる人・・顔が広くて信頼できて口も固そうな・・」

「『洗う』ねぇ・・なんからしくなってきましたねぇ」

「う~ん正直言って・・あ。褒める訳では決してないんだけどね?私・・中々自分の立場を弁えた陰湿だけど狡猾な手法取って来てると思うの?反面よく知らない、面識すらもない御崎君を躊躇い無く殴っておまけにそれを庇った茅ヶ崎君も逆恨みしてる事からして思い込みが強く、執念深い性格も垣間見える・・」

絢辻は彼女独自のプロファイリングを腕組みしながら語る。源も再び同調しながら頷き

「・・そして後はひたすらすっとぼける。相手が自分に『近過ぎない』存在だからこそ出来る。良心の呵責もないってことか」

「正直・・『楽しんでる』面あんだろな・・あ~~胸糞ワリィ」

「・・・」

彼等の反応に御崎は黙りこむしかなかった。

「あ。ごめ。太一君?弱気なことばかり言って。・・よし!考えて行こう!・・・まずは中立で関係者以外の目線で語ってくれる人・・おまけに信頼できる三年生・・かぁ」

源が切り替えたように微笑んでそう呟く。

「・・誰か心当たりが?源君」

「・・うん。その人は俺の直接の知り合いじゃないけどね。居るじゃない?何人か。まずは―



広大辺りに頼んでみるかな?」







「塚原せんぱ・・いや・・響姉に?」




「迷惑にならない程度で」と、源は杉内にそう付け加えた。杉内 広大の幼馴染であり、吉備東高三年生―塚原 響の交友関係は広い。おまけに実直で品行方正な性格からして同学年の女生徒にも人気がある。よく相談事とかもされるタイプだ。
(彼女の友人―森島 はるかも非常に顔は広いが幾分目立ち過ぎ、そして案外特定の人間以外は浅くて広い交友関係の為、割愛)

後日―

「・・成程ね。うん・・。そういう事なら手伝わせて?」

「有難う響姉・・でもさ・・」

「大丈夫よ?・・それにコウ君からの頼みごとなんて久しぶり・・。断れないわ。おまけにそういう情報をコウ君やコウ君の友達は悪用しない事は解ってるもの」

杉内からの頼みを塚原は快諾してくれた。


再び2-Aの有識者会議―


「うん。賛成。塚原先輩ならいいトコだと思う。で、それなら後は・・色々とナゾが多いけど・・茅ヶ崎君のことなら協力してくれそうな『あのお二人』・・ってとこ?」


絢辻の案にその場の三人も同調。

吉備東高のお局の『あのお二人』だ。彼女等に関しては頼みこむ事は容易である。何せこちら側には彼女等にとって目に入れても痛くない可愛い茶道部後輩―桜井 梨穂子が居るのだ。


「・・そういうことかい。良いよ。喜んでやってやる」

「ふふふ・・我の女子ねっとわーくの広さに恐れ、慄くがいい・・」


茶道部三年生コンビ―夕月 瑠璃子、飛羽 愛歌も参戦。

梅原の情報ネットワーク源は基本ちょっと「尖った」独特の男子視点故に結構偏っている面が強い点がある。立ち入った女子ネットワークに関しては少々不向きだ。




数日後、各々快諾してくれた三年生の彼女達からの情報を収集、整理する。


すると見えて来る。ようやくあの男子―小沢 雄平と御崎 太一との接点が。


―正直。・・何でもっと早く気付かなかったんだろう?




御崎はそう思った。

絢辻のプロファイリング、『思い込み、そして執念深い性格』。そして梅原の情報『話しかけられると途端饒舌になるタイプ』―この時点で気付くべきだったのだと。

繋がってくる。

そして今回塚原、そして三年生お局コンビから届いた情報から確信に至る。その男子生徒の横恋慕を。

よくよく考えてみるとその横恋慕の「相手」はその男子の性格、印象からしていかにも惹きつけられそうなタイプだ。

だが正直その女生徒と彼との相性は最悪だろう。自分から行くのは好きだが相手に必要以上にグイグイ迫られるとあっさりと飽きて距離を開ける「魔性」を持った少女。極端から極端に走る性格の相手は彼女は苦手だ。
まさしくこの男子生徒を彼女に言わせれば「・・コイツはちょっとな」と思うタイプである。当然彼女はその男子生徒と距離を開けた。

しかし思い込みの激しさ、そして執念深さゆえにその事実をその男子生徒は受け入れられない。

そんな彼の彼女に受け入れられない鬱憤を晴らすには丁度良い相手が居た。
小さく弱い癖に彼女にいつも話しかけられている相手。しかし面識はない。接点も無い。


―なんと「丁度良い」相手なんだよ。御崎 太一。


しかし―

そんな悦楽な彼の時間を邪魔してくれたアイツ。「茅ヶ崎 智也」。

しかし、調べてみると・・こりゃ面白い。何とも評判が微妙な奴じゃないか。こうなったらコイツも巻き込んでやろう。怒って殴り返してきたら尚好都合だ。


―が。


コイツ・・思った以上に反撃してこない。まぁこれはこれでいい。こりゃあいいサンドバッグだ。





御崎 太一の中で全ての線と線が繋がった。そして小さな少年は動きだす。



「彼女」のもとへ―



「・・・。そろそろ来るころだと思ってたよ?太一くん」


「・・由亜先輩」




少女―堂元 由亜は屋上の柵に背中を預けながらこの季節に寒々しいほどの軽装で悪戯に、しかしどこか申し訳なさそうに苦笑いした。








ルートR 9  少女 R の献身

 

 

 

 

 

 

梨穂子達の活躍により、智也の悪評は改善されつつあった。

「無理矢理智也に交際を迫られている」という「設定」の中多紗江や「その少女にモーションをかけ、結果智也の怒りを買って殴られた」設定の御崎も欠かさず智也の前に現れたのだから噂自体の信憑性が著しく頼りないものである事が誰の目にも明らかだった。

 

ただし・・それはあくまで智也のクラスでの話である。

 

相も変わらず彼の見た目の威圧感に不安を覚える人間は皆無では無かったし、当の本人も同様に相変わらず誤解を解こうともせず、あくまでも周りの人間の判断にゆだねていた。

 

実際にやましい事などしてはいないのだから何時ものように直に鎮静化する。

達観、楽観というよりは諦観・・智也という少年は見た目に反してあくまでも受け身な男だった。

 

彼が周りに対して行う事は変わらない。ただ言葉を発さず、訴える事も無くただ黙々と日々を送ることである。

 

「それで全てがいずれ元通りになる」―正直あのうっとうしい三年生の男子にも興味は無い。幾度も根も葉もない噂を流して周りが信じてくれるほど、人望はあの男には無いだろう。

 

―要するに少々の時間俺が我慢さえすればいい。

 

水面の波紋と一緒だ。石を投じられた一瞬だけ大きく波打った後、それに続く石が投じられなければやがて水面は凪ぐ。全ては元通りだ。それでいい。そこが俺の―日常だ。

 

 

が、智也の考えは少々甘い。

 

人というものは「何もない」という事に非常におびえる。自らの作りだした幻想に不安を覚えやすい生物でもあるという事だ。

 

波風のない水面を全く不安に感じない時もあれば、逆に根拠のない不安を時に覚える事がある。「嵐の前の静けさ」という言葉がいい例だ。

全く何の不安も無い状態が不思議と続いた時、反動でより大きなトラブルが起こるのではないか―と、考えるのもまた人である。

 

智也の場合。

 

―今は大人しくしてるけど・・ひょっとしたら・・。

 

と、いう不安である。

こうなると、特に神経質な人間は無駄に智也を意識してしまう。

有りもしない不安を自らに作り上げ、それに無駄におびえるという悪循環である。

実質的には例え何も起こっていないとしても。この日起きた事件がそのいい例だった。

 

 

 

「ちょっと!!!」

 

 

「ん・・?」

 

唐突に智也は声をかけられ、振り返るとそこには五人の女生徒が立っていた。

智也が振り返った瞬間に女生徒たちは押されるように身を少し引いたが気を取り直すようにして一歩前に進み、智也を見た。「見た」というより「睨んだ」。明らかに敵意が存在している。

 

「・・!・・。・・」

 

ただその五人の少女の内一人は心なしか他の女生徒とは一歩引いた所に立ち、他の女生徒に守られるようにして不安げに、それでも咎める様な目で智也を見ていた。

 

「・・何?」

 

智也は努めて冷静な口調で聞いた。

 

「・・何って?とぼける気?」

 

女生徒の・・恐らくリーダー格だろう。最初に智也に声をかけたであろう真ん中に立つ鋭い目をした少女が相変わらず非難の目を向けたままそう言い放った。

 

―・・・?

 

智也の疑問は直接彼のこめかみに大きな皺を作った。智也に心当たりは無い。そもそも彼をずらりと囲んだ連中は誰ひとり顔も名前も知らない女生徒たちだ。一向に話が見えてこない智也の当然の反応が彼女達の気に障ったらしい。

 

「・・最っ低ね」

 

「・・・。とりあえず説明してくれないかな?本当に解らないんだ」

 

「ちっ・・何よコイツ・・やっぱり『噂』の通りじゃん」

 

「・・。どういう『噂』か知らないけど、それでもちゃんと筋道立てて話すのが筋だと思うけどね。相手が自分の言いたい事全て解っていると思うのは勝手だけど、相手が君と『話す』こと自体『無意味だ』と話を打ち切られる前にそうした方がいいと思うよ?」

 

「なっ・・!」

 

鋭い目が少し見開いた。自分の追求に即相手が白旗を挙げて懺悔する所までイメージしていた彼女が予想外の智也の反撃に面食らい、言葉を失った。

 

「・・変わりに君が話してくれる?俺が何をしたのか」

 

明らかに一人庇われている少女―見覚えも話した事も無い少女に智也は話しかける。低く、冷静な口調で話しかけたつもりだが少女は口を精一杯横にひきつらせ、怯えた顔でさらに一歩退いた。

 

―・・ダメか。

 

こういう時は普段からもう少し表情を調節する技術を自分は持つべきだと智也は後悔する。

 

「ちょっと!マキちゃん脅してるんじゃないわよ!・・あー・・被害者直接脅して自分のやった事黙らせる気なんだ?そうはいかないわよ?」

 

「・・『被害者』?」

 

「すっとぼけてんじゃんないわよ!!アンタさっき階段でマキちゃんのスカート覗こうとしてたでしょ!?」

 

「・・は?」

 

鋭い目の少女のその一言をきっかけに庇われていた少女―どうやら「マキ」という名前らしいがその少女が堰を切ったように泣き出した。その姿を女生徒たちはちらりと横目で一瞬見た後、更にその少女を後ろに追いやり、

 

―悲しかったね?怖かったね?でも大丈夫。後は私達がやるから。

 

とでも言うように智也を睨んだ。

 

別に怖くも何でも無かったが智也は内心大きな溜息をついた。何故かテレビでよくある正義の味方の集団が悪役を追い詰めて仁王立ちしている姿を思い出す。

 

しかし、ここまでの見当外れの誤解となるといささかその光景は滑稽以外の何物でも無かった。

しかし―

 

―困った。

 

のは確かだ。何せ誤解された、誤解させたそのもののシーンすら智也には浮かんでこない。

「あの時、俺はこうした。そして・・こうしていた、あの時のあの行動が誤解させたんだろうか?」と、言う様な漠然としたイメージすら浮かんでこない。

 

恐らくその時点の自分は「何も考えずに階段を上っていた」だろう。

その時にこの女生徒がたまたま近くに居た、自分がスカートを覗けるような角度、位置にいた―など、覚えているはずが無い。それこそ覗くつもりでその位置に意識的にいない限りは。つまり―

 

「・・。覚えが無い」

 

と、言うしかないのだ。

しかし到底連中は納得できるはずが無い。

この智也の言葉は拙い犯人の見苦しい言い逃れに聞こえるはずだ。それこそ刑事ドラマの物語上、間違いなく犯人であろう人間の鼻につくような苛立たしい否認に。

 

「ここまで来てしらを切る気?」

 

―・・「ここまで」?何処まで来たと言うんだ?

 

内心智也は皮肉を込めて笑った。

 

「こうなったら埒あかないわ。先生呼びましょ郁恵・・」

 

取り巻きの内、一回も言葉を発さなかった少女が鋭い目の少女に対して助言を挟んだ。どうやら鋭い目の少女の名前は郁恵(いくえ)と言うらしい。

 

「さんせー」

 

「そうしましょ」

 

出番の無かった取り巻きが一斉参加し、リーダー格の少女を鼓舞する。その後押しに応えるように鋭い目の少女が智也をまた見る。

 

―どう?今認めないと先生が来るよ?それでもいいの?

 

と。その目は語っていた。

 

―どうぞ。どうぞ。

 

智也は態度でそう返した。

実質彼女達は智也を追い詰めてなどいない。このチンケな脅しがいい証拠だ。ちょっと肝の据わった人間がじっと彼女達を見てれば解る。

智也を追い詰める確実な手段も無ければ証拠も無い。そこからして恐らくこの「被害者」だと言う少女の話もちゃんと聞いてないはずだ。

 

おそらく「あの人に覗かれたかも」程度の話を完全に鵜呑みにしたのだろう。そして智也が「噂の通り」というこのリーダー格の女生徒の言葉からして智也の最近出回った悪評のイメージをそのまま通過して正義感というにはあまりにもチャチな妙な使命感を持って今この場に臨んでいるのだ。

「こんな奴を野放しなんていけない!私がやらなくちゃ!!」

・・何とも御苦労な事である。

 

―・・「年下の女の子に横恋慕して無理矢理交際迫って、その女の子に近付く男を殴って、さらに他の女の子のスカートを覗く趣味のある男」か・・

 

ははっ・・どういう人物像だよ俺・・。

 

と、智也は内心自虐気味にまた笑った。

 

一方通行過ぎる善意の押しつけ、自分の正当性に疑いを持つこと無く、自分の正当性を疑うもの自体を悪とみなし、相手の言い分等聞く気は無い。

 

彼女は智也と闘っているのではない。ただ自分の中にある勝手に生まれた、勝手に作った敵を彼女が作ったシナリオ通りに攻撃して勝利し、優越感に浸っているだけなのだ。

自分の両手でじゃんけんをしているのと変わりがない。滑稽を通り越して哀れみさえ覚えた。

 

が、

 

 

―・・・!!!

 

 

同時に智也は感じた。強烈なデジャヴを。それは拙い少女の追求より遥かに応えた。

 

 

―ちょっと待て・・俺はあの時、「こう」じゃ無かったって言い切れるのか?中学の・・あの時・・。

 

 

 

 

 

 

―何でコイツら解んないんだよ。

 

―先生の気持ちが解んなかったのか?

 

―ただ厳しい、無愛想なだけの先生だと思ってたのか?ちゃんと見ろよ!

 

―どれだけ俺達の事考えてくれていたか!

 

―そんな事も解んないお前らなんかとやってられるか・・。

 

 

言葉には直接出しては無い。しかしこの言葉達は確かに智也の心の中に確実に存在していた言葉達だ。中学二年、剣道部顧問が死んで以来、統制がとれなかった剣道部を立て直すため、智也は必死になって行動した。

 

先生ならこうしたはずだ。

先生ならこう怒る。

先生なら。

先生なら。

先生なら・・・

 

「剣道部はこのままじゃいけない。俺がやらなくちゃ」

 

聞こえはいいかもしれない。この決心は。しかし、この言葉の裏で自分がやってきた事は何だ?そう考えると・・

 

―正直俺はこの目の前の俺を無責任に攻め立てるこの子―郁恵という子と変わりないんじゃないか?

 

俺は聞いただろうか。部員達とちゃんと話しあっただろうか?

所詮その時の俺はまだ中学生だ。一生徒にいきなり顧問の先生の替わりなど務まるはずが無い。本職の教師の仕事をこなしながら、弱小だった剣道部を県大会常連にするまで成長させた手腕を持つ先生だ。

 

・・でも先生だって最初から上手く言ったはずはない。

何年、十数年、ひょっとしたら何十年の努力の積み重ねできっと先生はあそこまで積み上げたのだ。さらに元々先生は剣道部の顧問を希望していたのではない。実は茶道部を作りたかったと言っていた。先生はこれを笑い話にしていたが不満が無かった訳ではないのだろう。それでも自分の与えられた仕事を手抜きもせず、何年も努力を積み重ね、実際に結果も出していた。

 

そして俺はそんな先生を尊敬していた。その先生の遺志を継ごうとしていた。

 

「完璧」に。

 

完璧?・・どだい無理な話だ。

俺と先生では積み上げた時間が違いすぎる。見てきたものも全く違う。先生は俺の人生と同じぐらいかそれ以上の時間悩んで、苦しんだ結果の先生が俺の目の前にいたんだ。

 

不本意、不満が無いわけではない道を受け入れ、長い時間進んだ先の先生が。

 

なのに、俺と言ったらどうだ?大好きな剣道の事、それに一本気に集中できる身でありながら自分の考えを持とうとしていなかった。先生と違って自分の一番やりたい事に真正面から向き合える事も出来たのにそれができなかったんだ。

 

ただ思考停止していた。

 

先生のしていた事を必死でなぞっていただけだ。これを「付け焼き刃」と言う以外に何になるだろうか?出来もしないのに。なれもしないのに。

自分と顧問の先生がいた時間は確かに大切な時間だった。でも時間にして非常に短い時間だった。先生の人生の恐らく五十分の一程度だ。

なのに自分は顧問の事を知っていたつもりだったのだ。彼のノウハウも全て吸収したつもりだったのだ。

でも・・そんなはずは無いのだ。

 

結果―俺の出来た事はなんだ?その付け焼き刃を文字通りふるっていただけじゃないか。

そしてその切っ先で部を分裂させた。真っ二つに。

 

 

元々部活動の「キャプテン」という立場は集団を瓦解させないため、またはそれを修正するために一人の生徒に他の部員を統制する権限を与えるシステムでもある。

それを与えられた当のキャプテン―智也自身が部を真っ二つにしていたのも事実なのだ。

そしてある意味それを受け入れていたのだ。

 

―解らない奴は解らないままでいいさ。

 

と、内心智也はどこかで思っていたのだ。放置していたのだ。見下していたのだ。

 

―悪いのは俺じゃない。解らないお前らだ。

 

と。

 

対立する相手の言い分を聞かず、自分に賛同する者だけ従えて自分の言い分だけを一方的に押し付ける。

相手に理解させようとも、説得しようとも、相手を理解しようともしていない。ただ「自分は間違っていない」と大した根拠も無しに思いこんで黙っていただけだった。

 

そんな俺と今目の前にいる少女・・何の違いがあるのだろうか。一緒じゃないか。

 

今目の前にいる少女に対する嫌悪感。

 

それはそのまま直接自分への嫌悪感に変わる。俺にこの目の前の少女を責める資格があるのか?

 

・・恐らくない。

 

 

「何よ・・いきなり黙りこくって。あ。認めるのね?だったらさっさと来なさいよ。そして自分の非を認めて詫びなさい。悪いことしたんだから当然よね」

 

 

―ああ。詫びたいね。でも君達にじゃない。

 

かつての部員達に。

 

梅原に。

 

そして先生に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―・・智也?

 

明らかに雰囲気が不穏な集団―到底関わりたくない空気を惜しげもなくさらけ出しているその場を何人もの生徒が素通りする中、その少女は足を止め、凝視する。

知らない女の子達に囲まれている智也の姿。普段なら嫉妬―というには少し大げさな表現だとしても似たような感情を少なからず抱いてしまう彼女だが今目の前にある光景は到底許容できるものではない。

 

「・・・」

 

ゆっくりと落ち着いて、地に根を張る様に立ち、じっと見据える。

 

―・・智也の表情。

何時もと変わらない。でもどこか寂しそう。ううん。きっと寂しいんだ。悲しいんだ。

私じゃないと解らない。私は・・おっちょこちょいで頭もよくないけど・・だけど自信はある。

 

彼の事に関しては。

 

智也をこれ以上見る必要はない。あの人には非は無い。あるとすればまたいつものように自分の身にかかった火の粉をはらわず、何時もの様に甘んじて受けている事くらいだ。

それより今見るべきはあの子達。攻撃的な目つき、表情。そして彼女達の立ち、振舞い、姿勢。

 

・・感情的だ。きっと何か大きな誤解をしている。

 

解った。了解したよ。解った。なら私が今やれることは・・

 

先生を呼ぶこと?

 

智也だけ引っ張って逃げようとする事?

 

智也をかばって応戦すること?

 

違う。

 

「庇う」んじゃない。対抗するんじゃない。智也は無実。それは間違いない真実。私は貴方を信じている。誰よりも。だけど・・それが解るのは私だけ。ならば・・私の出来る事は、たった一つ。

 

 

少女―桜井 梨穂子は喧嘩は弱い。そもそも喧嘩なんて大っ嫌いだ。

だから・・

 

 

「あの・・・・何やってるの・・?」

 

 

―私の出来る事―それはまず聞くこと。智也を誤解し弾こうとするもの・・つまりは「彼の世界の話」を聞くことだ。そして理不尽に生まれた智也へ向けられた負の感情を一つ一つ、丁寧に拭う事だ。

 

梨穂子には「敵」はいない。智也を責めている目の前の子達にすら敵意は無い。

あるのは・・

 

―智也を解って欲しい。理解してほしい。

 

その想いのみ。ただそれだけ。

 

「・・梨穂子」

 

何時もと変わらない大好きな人の声。

 

―優しく、気遣う様な。そしてこんな状況に現れた私に対して申し訳なさそうに、そして少し恥ずかしそうな表情。

 

それで充分。それだけで私は嬉しい。

 

 

 

 

 

口々に

「横から割り込むな」「アンタには関係ない」「ってかアンタ誰よ」という声が飛ぶ。

後から来た人間―そして智也を責めている今の彼女達にとっては梨穂子の様な中立派ですら排除すべき「敵」だ。

しかし、その敵意に驚いてちょっと身をすくませながらも、梨穂子の空気は揺るがない。

 

「う~ん。そうなんだけど・・よかったら詳しく私に話してみてくれないかな~?」

 

一つ一つ、順を追って聞きだしていく。ゆったりと・・少し困った顔をしながらも相変わらず表情は柔らかい。智也が犯したという罪状、被害者、その時の状況、目撃者など。

それをひも解いていくうちにどれだけ彼女達が当の被害者である「マキ」という少女からまともに話を聞いていなかったことが解る。

マキという少女は智也の体が大きく、少し低い声からしてどうしても生まれてしまう彼の意図しない威圧感と雰囲気に呑まれ、彼の「俺が何をしたか」という質問にまともに応える事が出来なかったが、ほんわかふわふわ梨穂子なら話は別だ。

 

「その・・私が直接見た訳じゃないんだけど・・」

 

漸く真意を自らの口でおずおず語りだした。

 

「ふんふん」

 

それに梨穂子は頷く。

 

「え、どういうことよ!マキ!」と騒ぎだし、彼女を問い詰めようとした彼女の友人達を梨穂子は手で諌め、「ごめん。ちょっと待ってね」というやわらかい表情で引き続きマキという少女の話をじっくり聞く。まあるい瞳を見開いて優しそうな微笑みを絶やさずに。

 

マキという少女には下着を見られていた「らしい」時間の記憶自体が智也の下着を見ていた「らしい」時間の記憶同様存在していないことが解った。

それを「知らない誰か」に指摘され、元々神経質で臆病な彼女は元々ありもしなかった不安が発生し、「覗かれたかもしれない」という未知の恐怖によって増幅され、怯え、それを思わずここにいるやや正義感が過ぎる友人達に相談したのである。

正義感が過ぎる人間の集団である以上、悪評には敏感だ。智也の最近の噂を知っている人間がこの集団に居る事は既に分かっていたことである。

後はその後の顛末通り。怯えた「被害者」を後ろに置いて庇いつつ、彼を問い詰めるだけ。

至極単純な過程だ。後は感情によって拡大解釈された彼女達の誤解を

 

「そこが罠なんですよ~」

 

と、ある意味間の抜けた明るい声で優しく、しかし鼻にかけない能天気さでその子達の感情を逆なでしないように努めて答え、丁寧に誤解を拭っていく。物事の悪の本質はあくまでその誤解によるものだと。

 

悪いのは誰でも無いのだ、と。その誤解こそが不毛な現状を作りだしたのだ、と。

そして最後に誤解によって立つ瀬を無くした彼女達の居心地の悪そうな雰囲気を見て、

 

「う~ん誤解だと解ってくれたならちょっとは智也に謝ってあげて欲しいなぁ」

 

ほんの少し口を尖らせ、何とも薄味な毒を梨穂子は吐く。偽らざる梨穂子本人の最後に出た本音である。中立の50:50が僅かに智也側に傾く。それを苦笑しながらその子達を代表し、「郁恵」と呼ばれていた少女が―

 

「その・・悪かったわね。早とちりだったわ」

 

素直に詫びた。今は居心地悪いままでこのまま散会になるよりも自分の至らなさを認め、謝る方が何倍も気持ちも楽になる。それを誘導してくれた梨穂子のほんの少しの毒を心地よく彼女は受け取った。

 

「・・いや。俺もひょっとしたら誤解するような行動したのかもしれないし、申し訳ない」

 

「・・そうよ。少しは釈明しなさいよ」

 

「え~それならもう少し落ち着いて智也の話をちゃんと聞いたげてほしかったよう・・」

 

梨穂子が苦言をまた嫌味無く言った。最早中立の立場は何処かへ吹っ飛んでしまったようだがそれも落ち着いた相手の少女は聞き入れ、

 

「そうね・・御免なさい。・・。梨穂子って言うの貴方・・名字は?」

 

「・・?桜井だけど・・」

 

「そう。桜井 梨穂子ね?うん・・貴方気に行っちゃった。また今度お話ししましょ。じゃ・・ホントにゴメンね。マキ。行こう」

 

去っていた彼女達を梨穂子が笑顔で手を振って見送った後、智也が大きく息を吐いた。

 

「・・・凄いな。お前」

 

「・・・」

 

「あの子達言いくるめて・・いや、御免。言い方悪いな。あの子達・・説得するだけじゃ無くおまけに友達になっちゃうなんて」

 

「・・・智也」

 

「ん」

 

「・・バカ」

 

「・・え」

 

あまりの梨穂子の意外な言葉に絶句した。というより以前何時言われたか、覚えていない単語である。そしてその言葉を発しているのが「あの」梨穂子なのだ。耳を疑いたくもなる。

 

「智也は本当にバカです」

 

それを梨穂子は連呼する。「言い間違えじゃないよ」と言いたげに。

 

「智也なら・・ちゃんと解っていたでしょ?あの子達が感情的になっているって・・誤解しているって・・少し話を聞けば簡単に智也なら・・でしょう?」

 

「・・かもね。でも今の梨穂子みたいに心から納得させて綺麗に和解する事なんて出来なかったと思うな」

 

「出来なくてもいいの!」

 

梨穂子は珍しく声を荒げた。

 

「出来なくてもいいよ。それは私がやればいい事なんだから」

 

「・・」

 

「でも・・ちゃんと否定しようよ」

 

「いや。否定はしたよ」

 

「今さっきの事だけじゃないの!今のだって・・智也がそういう風に受け入れてきたから起きちゃったことじゃないかな・・」

 

「・・」

 

「私だってひょっとしたら・・何も知らない人の事でそういう噂が立ったら怖いなぁ、とか近寄りたくないなぁって思っちゃうかも知れないから偉そうなことは言えないよ?でも・・智也が、その人が悪くないって解ってるのに明らかなのに、その人がそれを受け入れてる事は悲しいよ・・やっぱり」

 

「・・」

 

「でも解るんだ。智也は悲しかったんだって。辛かったんだって。自分を責めてるんだって・・それが解っていたから何も言えなかった」

 

「・・梨穂子?何言ってんだ?」

 

「中学の剣道部の事だよ・・ずっとずっと・・智也は自分責めてた」

 

「・・・!」

 

「解るよ。ずう~っっと見ていたんだから」

 

梨穂子は微笑んだ。

 

「頑張っても理解されなくて、悲しくて、辛くて、でもそのうちきっとみんな分かってくれるって信じてたんだよね?」

 

「違う。そんなカッコイイもんじゃない。馬鹿にしていたし、見下していたし、諦めてたんだよ」

 

「言ったでしょ~?『私も何も知らなかったらそういう風に考えちゃうかも』って。でも~智也は思っていたんだよ。『知ってもらいたい、解って欲しい』って。人の考えなんて一つじゃないよ。本音と建前があるって言うけど・・建前が本音になる事も本音が建前になることも・・それどころか何が本音で何が建前なんかも解らなくなっちゃう時もある」

 

「・・」

 

「でも共通している事があるよ。変わらない真実が。智也が本当は『良くしていきたい。仲良くしていきたい』って。今まで通り同じ目標に向けて頑張って行きたいって願っていた事だよ」

 

「・・」

 

「でもね。智也は意地っ張りだから。不器用だから、そして優しいから言いだせなかったんだよね」

 

 

 

剣道部は確かに瓦解していた。二つに分かれていた。厳しい規律と秩序を保たせていた顧問の先生を失った事で。でも・・それでも存在はしていた。

 

確かに規律と秩序は失った。

 

でもその結果、それなりの脱線―良く言えば独自性が生まれていたのもまた確かなのだ。自由な時間の増加、練習の方針、部員同士での会話の増加。

厳粛故に欠けていた、厳しさゆえの無意識の心理的圧迫によって言いだせない改善案、自主性が生まれていた事も確かだったのだ。

 

確かに部は暫くは弱くなるかもしれない。剣道という一競技に置いてはひょっとしたら致命的な事なのかもしれないがそれでもこれからの行動指針を取捨選択し、新しい秩序の中でいい物は取り入れ、行き過ぎな物を取り締まる。それぐらいは出来たはずだ。

でも結果智也にはそれが出来なかった。彼がした事は失った今までの秩序をトレースする事だけ。維持しようとした事だけだ。

確かに一つの集団の将としてこう書けば「無能」の烙印で済まされるのかもしれない。

でも実は案外智也はそれを受け入れる柔軟性も全く持っていなかった訳ではない。

事実、部内が真っ二つに分かれた時も相手側を一方的に潰そうとは考えなかった。

そこには嘲りも見下しも諦めもあったのかもしれない。しかし何処かで相手側を認める、理解しようとする感情もあったのだ。行動や態度に示さないだけで。

智也が辛かったのは、何よりも辛かった、許せなかったのは部員の死んだ顧問に対する理解の差だ。

 

顧問の厳しさの中の優しさ、人間臭さ、部員達に対する想い。その認識の差だ。

でも・・それは仕方が無い事でもある。顧問が意図的に隠していた物をその時点で理解していたのが智也を含めたほんの数人だけだったのだ。

そしてその不器用さを死んだ顧問の替わりに伝え、死んだ顧問の意図や想いを全て伝える事も同じような不器用さを持つ智也には無理な話だったのだ。

それでも智也は続けた。顧問が居た日々を。居なくなってしまった戻らぬ日々を続けようとした。亡くなった顧問の思いや意図を知ることがこれからもない、智也から伝えられる事もない他の部員達に向けて。

 

欠けたものは決して戻らない。欠けて漏れた穴から水が出るのを防ぐ事は出来ない。

それが自然なのだ。しかし違うもので塞ぐ事は出来る。その選択を智也は誤った。

 

敢えて智也の失敗を上げるとしたそれぐらいのものだ。

 

欠けた欠片になるべく近い物を。しかし決して同じにはなれない物を。少し小さく歪なかけらで塞いだ穴からは隙間から水が勢いよく漏れだし、詰めた新しいかけらを徐々に崩していってしまった。

 

 

―俺じゃダメなのか。俺じゃ先生の替わりは出来ないのか。俺じゃ先生の思いを伝える事が出来ないのか・・?じゃあ・・先生が居た意味は・・何だったんだよ・・そんなの・・

 

 

悲しすぎるだろうが・・!

 

 

 

 

 

「優しすぎて優しさが伝わらないなんて・・そんなの悲しすぎるよ」

 

 

梨穂子は栗色の髪を僅かに揺らして眉を曲げ、少年に微笑みかける。

 

―そんなんじゃない。

 

「そんなんじゃない」

 

―だからそんな真っ直ぐな瞳で見ないでくれ。

迷いなく今の俺を見ないでくれ。

 

俺は

 

そんな上等な人間じゃない。

 

眼を伏せる。

 

少年は大きな・・成長した体をこれ以上なく小さくして背を曲げ、肩を震わせた。

中学時代、尊敬する顧問が死んだ時もこんな風にはならなかった。

 

 

「おいで」

 

その大きく、しかし小さな体を抱きとめる。両手で。

大きな木の幹を抱くように。しかし、泣きじゃくる幼子をよしよし、と抱きしめる優しい母親の様に。

 

震えが強くなる。それを押さえこむほどに、強く、しかし優しく。

 

 

―大きくて強くて優しい、でもどこか弱いこの人をこれからも絶対私が守るんだ。

 

何があろうと、私は貴方の味方です。

 

・・・智也?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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