ぐれほわSHARK・T   作:GREATWHITE

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ルートR 終章  花の様で 星の様で

―さて。あいつは今頃こってりしぼられてる頃だろうな。

 

と、御崎 太一を大した理由も無く殴り、それを智也に擦り付け、嵌めた三年生男子―小沢 雄平はほくそ笑んでいた。

 

―あの気の弱い神経質そうな女子生徒にちょっと「あいつキミのスカート覗いてたぜ」って煽ってやったら即真っ蒼な顔してあの通りだ。それの取り巻きの独善的で、頭の足りていない女子共も合わせて何と動かしやすいったらない。自意識過剰もいいとこだ。

 

「きひっ」

 

口の端をこれ以上なく嫌味に吊りあげてその男子生徒は気持ちよさそうに細身な体を機嫌よさそうに振っていた。

 

「おい」

 

その背中に低い声がかかる。

 

「ん・・。うぇ・・」

 

正直「嫌な奴に出会ったな」と男子生徒は悪態を隠さなかった。

智也のクラス2-Eの担任―多野だ。

違う学年の教師とはいえ規律に対する厳格さは学年問わず有名な教師である。

真っ向から異なる決して理解しあえるタイプの人種じゃないとこの男子生徒は多野を理解している。

 

「・・何すか?俺忙しいんですけど」

 

「さっき黒田 郁恵って女生徒から話を聞いたんだが・・キミはある男子生徒が細川 マキという少女のスカートの中を覗いていたという事を目撃した生徒だと聞いてね・・少し話を聞きたいんだが・・君でよかったかな・・?」

 

「ああ!?俺っす。俺っす。見てましたよ。この眼で」

 

待ってましたと目を輝かせた。

 

―へえ・・規律に厳しい先公にまで話が伝わったか・・。ナイスだ。馬鹿女子ども。こりゃあ良い感じじゃないか。こりゃあ下手すりゃアイツ・・停学処分位になんじゃないか?

 

「何ならくわしく説明しましょうか・・?何でも聞いて下さいよ!センセイ?」

 

「いや・・覗かれた本人から私自身がじっくり話を聞いてみた所・・『最初の内、気が動転していたから解らなかったけど落ち着いて考えてみると、覗かれた事に関して全く実感が無かった』という事だ」

 

「え・・」

 

―ちっ・・!使えねぇ。

 

内心舌打ちしながらも男子生徒はニヤニヤと笑いながら気を取り直し、尚も空樽が鳴る様にペラペラ喋り出す。

 

「へぇ・・上手くやってたんじゃないですか?ガタイでかい癖にコソコソしてましたから・・アイツ」

 

「と、言う事で君しか現場を目撃した人間が居ないという事でな・・詳しく話を聞いておきたい所なのだが・・」

 

 

「・・」

 

―そうそうイイ感じ。

 

「・・もういいか」

 

「・・え?どういうことすか?」

 

「どうやら『お互いに勘違いだった』ということで話が収まりそうだ」

 

「は!?なんすかそれ?俺確かに見たんすよ!?この眼で!?ほっといていいんすか」

 

「その覗いていたかもしれない生徒というのは実は私のクラスの生徒でな・・どう考えてもそんな事をするような生徒じゃないんだ」

 

「はぁ!?先生聞いてないんすか!?アイツの『噂』!?」

 

「・・『噂』?」

 

「聞いたこと無いんスカ!?」

 

「よく知らないが・・所詮噂は噂。私が確かめたいのは噂に関わった生徒の話を面と向かって聞く事だけだ。その噂の当人がわざわざ俺に会いに来てくれた。『二人共』な」

 

「と、当人!?」

 

―あのチビか・・!?

 

「その私の生徒の潔白を必死に訴えてくれた。女の子の方は泣きながら、だが・・それでもその態度を見て信頼できると私は判断した」

 

「どうせ二人共脅してたんすよ!やりそうじゃないすかアイツ。・・・何すか?自分の持ちクラスの生徒だからって庇いたいの解りますけど・・それ公私混同だと思いますけど?センセイ!?」

 

「・・そうかもしれないな」

 

やや自重気味に多野は眼を伏せ、小沢の言い分を否定しなかった。

 

「そうすよ」

 

「だが・・ハッキリ言って私の目の前に居る生徒に比べれば、私はその生徒を遥かに信用している。信ずるに値する人間だと思っている」

 

「・・はぁ!?」

 

「小沢 雄平」

 

「・・!?」

 

自分の名前を唐突に突き付けられ、萎縮する。

 

「実は・・『とある』三年生の女生徒に相談されていてな。その女生徒の話によると自分の親しい年下の男子生徒を殴った事を自分からはっきり白状した生徒が居たらしい。その名前が君だったのだが・・申し開きはあるかね・・?」

 

「・・・!!」

 

 

先日。その『とある』女子生徒と男子生徒・・小沢の会話。

 

「ねぇ・・御崎君殴ったの・・小沢君でしょ・・?」

 

「え・・いや・・ちが・・」

 

基本最近は適当にあしらわれていたはずの堂元 由亜から急に話しかけられた事によって舞い上がった小沢は明確にキョドり出す。そんな彼を見て堂元は大げさに首を振って小声で「内緒」とでも言いたげに厚く魅惑的な唇に人差指を添えて軽く片目を閉じながら小沢に笑いかけ、こう言った。

 

「あ。勘違いしないで?攻めたいワケじゃないの・・・。なんつぅか・・お礼・・?私最近あのコ―御崎君にさ~~・・・懐かれて付きまとわれてホント・・困ってたのよね~?正直・・・ありがとね?」

 

「・・・!あはっそっか!!やっぱそうだったんだ!!!」

 

その言葉に男子生徒―小沢は思わず有頂天になった。舞い上がった。お決まりの饒舌さがあっさりと顔を出す。そしてペラペラと中身の無いカラ樽の様にあっさりと肯定してしまった。

 

彼にとって夢の様な時間だった。甘い甘い

 

・・ハニートラップ。

 

 

嵌められたのだ。他でも無い彼女に。

有頂天故に・・いや例え彼が正気でも気付かなかっただろう。元々彼は彼女と目など合わせた事など無い。よって彼と話す堂元の瞳が冷え切っており、全く笑って居ないのに気付くはずが無かった。

 

 

―・・ゴメン。太一君・・私がしっかりしてればこんな事にならなかったのに。

太一君の友達にもメーワクかけなくて済んだのに。・・ちゃんと責任取るね。

 

これで逆恨みされてまたつき纏われてもサ?これも「身から出た錆だ」と思って私自身で何とかするよ・・。

 

 

 

 

 

「それで全てが繋がった。・・」

 

「・・・」

 

「噂の下手人がどうやら私の生徒じゃない以上、今回の件で私の生徒が女生徒のスカートを覗いていたという場所に『たまたま』居合わせ、『たまたま』目撃したキミに話を聞かない道理はないだろう?何せ最終的に私の生徒が愚行を犯した、ハッキリ見たと言っている生徒は最終的に君だけだ」

 

「・・」

 

「だけ」―この言葉が何よりもこの男子生徒の中にごんごんと重苦しい音を立てて響き渡って行く。

 

男子生徒―小沢はもう何もしゃべらない。こっから先に出る言葉にボロが出るのは自分でも確信している。「あの子」に嵌められたショック、間抜けなミスだけを残した滑稽な自分が出来るのは最早だんまりを決め込むことぐらいだ。

 

その小沢の首根っこにいきなり強烈な衝撃が伝わる。多野の両手であった。

 

「・・・!な、何すんだよ・・」

 

「・・。今回の事は見逃してやる。協力してくれた生徒たちを逆恨みされても困るんでな。でもな・・二度と彼らに手を出すな。もし今度舐めた真似をしてみろ。絶対に私が許さん。人を真摯に想って前を向いて歩く生徒達の足を引っ張る事など許さん。教師として生徒に吐く事としては許されん言葉だが・・・繰り返すぞ」

 

「・・ひっ」

 

「俺の大事な『生徒』に二度と手を出すな。まぁ最早お前の言葉を信じるような奴などもう居ないと思うがな」

 

多野は最後にそう付け加えて小沢の首から手を振り払う。最早言葉を失った小沢は項垂れたまま無言で立ち尽くす他なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数日後の放課後であった―

 

智也は意外な人物に屋上に呼び出される事となる。

 

 

「・・来たか。茅ヶ崎」

 

 

担任の多野だった。

 

「・・お前は本当に厄介な揉め事を起こす奴だな」

 

ため息交じりに腕を組んで多野はいきなり智也にそう切り出す。何の話かは既に想像が付いている為、

 

「・・すいません」

 

智也は淡々と謝る。そんな彼を多野は

 

「・・それだ」

 

指差しながらこう言った。

 

「え?」

 

「・・何故そんなに堂々と自分の現状を受け入れる?何故自らで変えようとしない?否定しようとしない?本当にやきもきさせるなお前という生徒は・・おかげで私も今回柄にも無い事をしてしまったぞ。教師失格と言って過言ではない事をしてしまった・・」

 

「・・・?」

 

「・・とりあえず安心しろ。お前の容疑は晴れた。いい友達と後輩達に感謝するんだな」

 

「多野さん・・」

 

「多野『先生』だ。バカたれ」

 

「・・ははっ」

 

ここ数日で梨穂子と多野の二人に二回もバカと言われた。「違いない」と言いたげに智也は微笑む。その自嘲の笑顔に向けてやや呆れた様な珍しい表情を多野は見せてこう呟く。

 

「・・また何を悟った様に笑っとるんだお前は・・被害者ぶるのもいい加減にしろ」

 

「被害者ぶってる・・?俺が?」

 

「そうだ。被った理不尽を全て自分だけが我慢すれば全ての事が丸く収まると思うな。ちっとは自分で足掻け。お前が理不尽にさらされる事を我慢できない、気の良いお前の友人達こそ今回の件の被害者だ」

 

多野は智也につかつかと歩み寄る。こう続ける。

 

「茅ヶ崎・・お前のまだその歳で我慢なんかするな。自分の身の回りにある解らない事、納得のいかない事に対して抵抗しろ、疑問に思え。『何で俺がこんな目に遭わなきゃならないんだ』と、考えろ。お前にはその力も積み重ねた知識もある。それを無駄にするな。・・嫌われ役なんぞ百年早いぞ」

 

「・・じゃあ言わせてもらいますけど何で先生は、先生の言うその『嫌われ役』を自ら買ってでてるんです?」

 

「ん?」

 

「先生だってそうじゃないですか?自分の評判ぐらい解っているはずです。生徒に『厳しい、鬱陶しい』って言われる小言を繰り返して嫌われ役をいっつもいっつも買って出てる。相手にどう思われようがお構いなしだ。それ俺と一緒でしょ?」

 

まるで―

 

智也は亡くした中学の剣道部の顧問に時を超えて語りかけている気分だった。

 

いつもそうだった。

 

多野と話していると智也はどうしても尊敬していた彼を思い出す。だからこそ内心智也は多野を慕っていた。そして同時に距離を置きたかった。

でも今なら面と向かって聞きたい事を言える。ただ真っ直ぐに。その智也の言葉に多野も真っ直ぐこう応えた。

 

「・・ふん。教師なんぞ鬱陶しがられて当り前の職業だ。何せ『教える』という事はいつも良い事ばかりを教える訳ではない。元々鬱陶しい社会の秩序やルール、理不尽さ、そして実際の所、社会に出て役に立つかはわからない事をただでさえ大量に子供―生徒に詰め込ませるんだ。そう考えると嫌われない方がおかしい」

 

 

「だが・・それでいいと私は思っている。所詮人生など望む事、本当にしたい事を出来る時間は限られている。対してそれを享受するためには嫌でもやらなければならない事の方が多い。それからある程度目を逸らし、逃げる事は出来るが結果、それを乗り越えることで得るチャンスや本当に己が望む、実現したい事をただ諦めるだけの人生を生徒に歩ませたくない―その為に私は言い続けるだけだ。それぐらいしか出来ないからな。私には」

 

 

「ちょっと性格が悪い言い方かもしれないが、私がさんざん言った小言が近い将来妙に身に沁み、生徒が思いだしながら後悔する瞬間―それこそ私の教師冥利に尽きる時だ。教師をやっていて最も報われる瞬間の一つだろう。何せ気付いたその時まだ本人は『生徒』だ。まだ何も決まっていない。・・いくらでも取り返しは利く。本人にその気があれば、の話だがな」

 

「・・・」

 

「茅ヶ崎」

 

「・・はい」

 

「お前も同じだ。お前にも色々と後悔、失敗があったんだろう。だがその経験に懲りて、物事から距離を置いたり、必要以上に我慢したり諦観等する必要など無い。その経験、失敗を糧に今やりたい事、信じた事をやれ。それを助けてくれる、応援してくれる奴はお前にはどうやらちゃんと居るようだ。だからお前はまだ大人になる必要など無い」

 

多野がそう言って初めてふっと笑いこう続けた。

 

「・・茅ヶ崎。お前は俺の大事な優秀な生徒だ。自信を持て。そして今度はお前の仲間達の力になってやれ。・・お前なら出来る」

 

 

茅ヶ崎―お前なら出来る。

 

 

今の多野の姿がかつて彼に剣道部の主将を任命した際の顧問の姿と重なった。

 

「・・」

 

放心し、じっと自分を見つめる智也の視線に少々照れくさそうに視線を逸らし、多野はポンと茅ヶ崎の肩を叩いた後、背を向けて屋上を後にしようとする。

 

「・・先生」

 

その背中を智也は呼びとめる。

 

「ん・・?」

 

「凄くカッコイイ事を言ってもらった後でなんなんすけど・・」

 

「・・何だ?」

 

「凄く言いだしづらい事だったんですけど・・やっぱり言いますね」

 

「なんだ・・?勿体つけるな」

 

 

 

 

「・・チャック空いてますよ」

 

 

 

 

「・・・!??ぬあっ!!!バカたれ!!早く言わんか!!」

 

基本暴力は振るわない多野であるが余りの意外さと恥ずかしさに赤面し、思わず手がでる。

 

「っと・・」

 

それを智也は片手間にひょいと躱す。かつての剣道部の顧問の鋭い鉄拳制裁と比べると智也を仕留めるには鋭さが少々足りない。

 

 

 

「避けるなぁ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全く・・」

 

身だしなみを今度こそ整え、多野は小声で「まぁ・・正直助かった・・礼を言うぞ」と律儀に礼を言う事も忘れなかった。

 

「・・先生」

 

「・・何だ茅ヶ崎。また言いそびれた事があってみろ。今度こそ本当にゲンコツを直撃させるぞ」

 

「いえ。言いそびれた事じゃ無くて今度は自分のことで先生に言いたい、伝えたい事が在って・・。っていうか今先生の話を聞いて俺が今決めた事があるんです。本当に突然すけど・・聞いてくれます?」

 

「ん・・一体なんだ・・?」

 

 

 

「俺・・教師になりたいです。先生みたいな」

 

 

 

「・・!これまた唐突だな・・」

 

「ええ。唐突に今思いましたから」

 

「ふん・・あまりお勧めはしないがな。想像を絶する激務の割に案外給料は安いぞ」

 

「決めましたから」

 

「・・ふん。好きにしろ」

 

踵を返してもう多野は振り返らなかった。しかし、その後ろ姿がどこか嬉しそうだったのを見て智也もまた嬉しくなる。

 

お互いの表情は見えない。しかし双方確信していた。似た者同士の二人、同じようなカオで笑っているであろうことを。

 

 

「はぁ・・」

 

 

深く息を吐いて多野が去った後の屋上から校舎を智也は見下ろす。

 

清々しかった。今まで無いぐらいに。

 

そして唐突に。無性に。・・「彼女」に会いたくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ。智也!いらっしゃいだよ~~えへへ~~」

 

「・・お邪魔します」

 

何時もの茶道部部室で智也を向かい入れる栗毛の少女がふんわりとした髪を靡かせ、いそいそと御出迎え、おもてなしの用意を開始する。

 

「~♪」

 

薬缶の中の水をコンロでカンカンに沸かし、適量の茶葉を測り入れ、ゆっくりと湯を注ぐ。温かな湯気と香りが部室内にふんわり薫り立つ。普段はドジ方面に針が振れるタイプの彼女も先輩二人の的確な指導と回数をこなせば成程、その手つき、手際共に「流麗」と言って差し支えない風流さが在る。

 

「はい。智也?召し上がれ♪」

 

「・・頂きます」

 

「・・」

 

梨穂子は頬杖をつきながらお茶を飲んでいる智也の姿をみてニコニコ微笑みながら

 

―本当に。・・るっこ先輩の言うとおり最早智也がここに居るのは違和感が無いね・・。

 

と、梨穂子は言いたくなる。言葉にだしたらまた「よしてくれ」みたいな顔をされてお茶を濁されるのかなぁと梨穂子は苦笑いをする。暫くそんな感じで無言のまま二人の時が過ぎた後―

 

「梨穂子」

 

「ん~~?」

 

「とりあえず・・例の件は落ち着いたよ。・・有難うな。今回の件だけじゃない。今までの事全て・・まるっと全部ひっくるめて」

 

「・・智也」

 

「俺はこれから色々と恩を返していかなくちゃなんないと思う。梨穂子だけじゃない。正直本当に色んな人に世話になっちまった・・これから一つずつ返していくよ」

 

「・・うん。そうだね。ホントだよ。一杯一杯助けて貰ったね?御崎君に梅原君達、かなえちゃんに紗江ちゃん、絢辻さんまで・・そしてるっ子先輩、まな先輩・・他にもホント色んな人に助けてもらっちゃったね・・」

 

「ああ」

 

「・・智也は・・幸せ者だぁ」

 

「うん。違いないな。おかげでなんだか今日はすっげぇ気分がいいんだ。なんか・・憑きものが落ちた・・解放されたって言うかさ・・だから敢えてこういう日こそこれから俺がどうすべきなのか、どうしたいのかってはっきりと言葉に出して置きたいってガラにもなく思った。だから・・その証人になってくんないか?梨穂子がさ」

 

「私が・・!?うん・・!うん!!喜んで~。な~~んでも話して?」

 

―うわは!嬉しいなぁ。嬉しいなぁ。

 

この桜井 梨穂子という少女は内心の感情と表情に殆ど差が出ない。その愚直なほどの正直さこそ彼女の美徳である。さらにそれが幸せな表情であればもう言う事無し。敵無し。対峙した人間の黙秘、偽証は不可能レベルだ。それは少々意地っ張りな智也とはいえ例外ではない。

 

「実はな?・・俺・・今日いきなり『夢』なんか見ちまったんだよ・・?あ・・。寝る時の夢じゃないぞ?将来何になりたいかっていうあの『夢』さ。俺にだぞ?」

 

第三者から言わせれば「・・ちょっと梨穂子を馬鹿にし過ぎなんじゃネ?」とつっ込みたくなる言葉だが―

 

「え・・え・・?そ、そうなんだ!!うわぁ・・あっはははは?ホント、ホントいきなりだねぇ?」

 

梨穂子はほんの少しまん丸い眼を見開いた戸惑いの後、満面の笑みでするすると受け取り、ほんの些細な突っ込み所を完全にスルーする。

 

この少女の包容力―絶大。

 

「・・だろ?俺もびっくりした」

 

「あっはははは・・でもなんか・・なんでだろ?私・・なんか自分の事みたいに嬉しいよぉ。・・・ん。あれ、あれ、何で?何か涙でちゃってくる・・あはは、その、ゴメン・・ぐすっ・・」

 

「・・・何かお前・・」

 

「え?」

 

「母さんみたいだな」

 

「・・。あははっ・・」

 

―何か嬉しい様な悲しい様な微妙な判定だね。でもね?しょうがないじゃん?・・止まらないんだよぉ~~。

 

両目からあふれ出る涙をまさしくオカンのように「あんたもおおきくなってぇ~~」的な仕草でハンカチで梨穂子は拭く。

そして鼻をぐずりながらも取りあえず一口お茶をすすり、あったかい湯気と茶葉の薫りで梨穂子は心根を調え、深呼吸と同時に智也に尋ねる。

 

「ほふうぅ・・ふぅ~~~。・・で。で。で?なに?智也の夢って。すんご~~~い気になるよ!では・・おほん!智也殿~~?そちの夢とは何ぞや?私が聞いてしんぜよう。ふっふっふっ~~」

 

気取ったお代官口調で梨穂子は愉快そうに笑ってそう語りかけた。しかし何と汚職も地上げもしそうにないクリーンなお代官もいるものである。

 

そんなお代官様に越後屋―茅ヶ崎 智也もやや口調を畏まらせ、こう言った。

 

「教師・・先生になりたいと思うております」

 

「・・・!?智也が教師!!うわぁ!!うん・・うん!!すっっっごくいいと思う!!智也良い先生になりそうだぁ~~うん、うん!私が保証するよ!」

 

「・・梨穂子が『保証』?」

 

「なぬ?不満かコラ~~?うが~~~!」

 

両腕を振りあげて「失礼な~~」とでも言いたげにプンスカ梨穂子は怒ったが残念ながら全く怖くない。むしろ可愛く、そして智也にとっては―

 

「・・いや。心強い」

 

「・・!」

 

―うわぁ・・!

 

照れ隠しも臆面もなく言い切った智也の顔に逆に梨穂子が言葉を失う構図になる。なんかほんの少しの間見ないうちに一気に大人びて先に行ってしまった様なやや寂しい感覚を覚えた梨穂子は必死で心の中でこう祈る。

 

―智也がすっごいカッコイイ大人の男の子になっちゃったのはと~~っても嬉しいんだけど・・反面すこし悲しいよ~~。・・ほんの少し、ほんの少しでいいから戻って来てよぉ~~。

 

でも―

 

真っ直ぐ前に進み出したこの幼馴染の少年の歩みを止める事など梨穂子には出来ない。少し悲しくも、そして切なくも彼の歩みを前に自分ができる事、まずすべき事は何だろうかと「う~ん」と梨穂子は腕を組んで考え込み、唸る。

 

―智也・・お願いだからいきなり置いてかないで~~。私もも少し頑張るからさ~~。

 

ただ・・その、・・私は智也が知っての通り足遅いし、ドンくさいので・・・少し・・いや、だいぶ。気長に。待っていて欲しい、デス・・。

 

 

・・なんて情けない要望だろう。言えないこんな事。

 

そんな弱気な自分を奮い立たせて少し前に行ってしまった目の前を智也をしっかりと見据えて梨穂子はこう言い放つ。

 

「・・うん。決めた。智也!」

 

「うん?」

 

「私も智也に負けないように頑張るね。頼りなくて・・ドンくさいけど私も頑張るからさ・・だから―」

 

「・・だから?」

 

「・・・だからぁ」

 

 

 

―・・ずっと傍に居て・・?

 

 

 

・・言えない。

 

智也を助けるためならば。力になる為ならば私は何でも出来る。

 

豚もおだてりゃ木に登るのです!ぶ~ぶ~。

 

けど・・私。コレは出来ない。コレ「が」出来ない。昔から。

 

言えない。言えないよぉ~~うぅ~~。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・そのままでいいよ」

 

 

 

 

 

「・・・え?」

 

 

 

 

 

「梨穂子はそのままでいい。・・そのままがいい。そのままで・・俺の傍に居てくれ」

 

 

 

 

 

 

―ずっと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                   ルートR               完

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