断章 2 桜会
―・・・時が経つのは早いもので。
先日―
茶道部の重鎮であり、吉備東のお局であった二人、夕月 瑠璃子、飛羽 愛歌が卒業した。
まるで「何十年もこの学校に居るみたい」「四十年くらい生きているんじゃないか」などと失礼な彼女等に関する印象、感想が周囲の連中にあったがやはり彼女らもれっきとした正真正銘の女子校生であったのである。それ故に当り前の事なのだ。
しかし、この学校でそんな二人と二年間共にし、二人の卒業後、残された茶道部の少女―桜井 梨穂子にとっても彼女達もまた、当り前の事、存在だったのだ。
そんなな当たり前の存在が当り前の様に居なくなってしまった事に梨穂子は物悲しく、寂しく感じながらも、そんな彼女を「そんな暇はないぞ」とどこか急かすように時は移ろうとしていた。
ざっざっざっ
「ふんふんふ~~~ん♪」
去年のクリスマスの創設祭の際、茶道部の出し物である「野点」の会場となった茶道部の庭園を梨穂子は箒で掃きながら一息つき、空を見上げる。
「う~~~ん。絶景かな、絶景かな~~♪」
ご機嫌にふわりとウェーブがかった栗色の髪をくすぐったそうに掻き分けて心地よい風、そして―
―綺麗だな~~。・・去年の春も思ったけど・・茶道部に入ってよかったと改めてこの光景を見る度思いますよ~~~♪
そう。
吉備東高校春―茶道部の庭園は一年に一度のとっておきの桃色の化粧に身を包んで、訪れる人を魅了する。元々茶道部の「和」を基調とした庭園に桜の木々と花びらが舞っているのだ。はっきり言って誰もが足を止める十二分な魅力に溢れている。
春は桜、夏は緑や虫の声、秋は紅葉、冬は雪、日本の四季の風物詩をそれぞれの季節に身に纏ってこの庭園は魅力的に変容する。小さな「日本」そのものと言って過言ではない。
茶道部自体現在、非常に部員数が少ない文化部にも関わらず、こんな年中魅せ場のあるオールマイティな優良物件の茶道部専用の庭園、茶室が用意されている辺り、何者かの裏からの手まわしを疑うほどの妙な優遇がされている。しかし―
―・・呑気にもしてられないんですね~~これが。あはあは・・。
梨穂子は竹箒を衝立にしてやや困った顔で苦笑いする。何せ茶道部は部員数が枯渇しかけている。おまけに先述の重鎮の二人が今年卒業した事により、残された梨穂子―現茶道部部長の双肩に部の存続が委ねられているのだ。・・流石に部員が居なければこんな優良物件もまさしく「宝の持ち腐れ」である。
この吉備東高の遺産を引き継ぐ未来の部員達を梨穂子は今年確保せねばならない。
―んっ・・!負けるもんかぁ~~。
よって本日、後日の新入生歓迎のお茶会の用意に梨穂子は余念がない。気合い入れて庭園の周囲の掃除、草むしりを彼女は開始している。美しい桜の花びらも大量に降り積もれば滑る要因にもなりかねない。「おもてなし」として安全に新入生たちを迎え入れる為、梨穂子は奮闘している。
―よしっ後はちりとりで掬って・・終了っと・・。
びゅおお。
「うわぁわわわわ・・・わぷっ!」
春の心地よい風も世間の冷たい風の如く、梨穂子に立ちふさがる。折角綺麗に纏めていた桜の花びらがちりとりから勢いよく舞い上がり、砂嵐の如く梨穂子に襲いかかってきた。桜の花びらにも遊ばれる少女―桜井 梨穂子。
「うわぁ・・・わっ、と!!」
風と花びらに煽られたやや太ましい彼女の下半身は少々バランスが悪い。もつれた足はバランスを崩し、尻もちをつくような形で梨穂子は両腕を上げてバンザイしながら倒れそうになる。
「・・・!おい!」
「わぁ」
そんな彼女の背後から低い声をかけ、たくましい両腕で彼女を支えた一人の少年が居る。
「わ!あ・・」
「・・・」
「智也・・」
「危ないだろが・・」
「おかえり・・」
茶道部期待の新入部員(三年生だが)であり、入部即副部長を任命された少年―茅ヶ崎 智也が梨穂子の脇を両腕で支えながら、呆れた顔をしていた。仰向けの梨穂子の視線からは逆様であるがその見慣れた顔にホッとする。
正直―彼の存在がなければこんな春の快晴の中でのこの美しい桜の景色も先行き不透明の茶道部への心配ごとで色あせて見えてしまっていただろう。梨穂子は謝罪と感謝を包み隠さずににぱりと微笑んだ。
が―
パこ~~ん
「あてっ!」
ぱらぱらぱら・・・
梨穂子が後ろ向けに転んだ拍子に宙高く舞ったちりとりと、それに満載されていた桜の花びらが時間差で智也の頭を金ダライの如く直撃。
さらに「おめでとうございます」とでも言いたげに紙吹雪の如く桜の花びらが少年の頭上を舞う。
「「・・・」」
漫画の様な絶妙なタイミングと光景に暫し二人は唖然とするが―
「ぷっ・・あはははは!!」
梨穂子が噴き出した。
しかし対照的に少年は不機嫌さを一切隠さない憮然とした表情でこう言った。
「・・俺が買い出ししている間にお庭のお掃除も満足にできませんか・・・?部長・・?」
「はっ・・!・・いえこれは・・深い理由がございましてな・・ふ、ふくぶちょ~~~っ!?」
梨穂子ははっと違和感に気付き、。自分を支えた少年のたくましい両腕の両掌が徐に彼女の両脇に接近し、わきわきとやや挙動不審な動きをしている事に梨穂子は焦ってキョドリだす。
「そ、それだけは!!や、やめっ!
あひゃ、あっは!!あっひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!!!」
・・これでどさくさにまぎれて胸あたりを揉まないあたり、健全かつかなりの鋼の理性を持った少年である。
「いやぁ、や、やめて~~~あっははひゃひゃひゃひゃ!!」
「全く・・」
「・・スイマセンでした」
結局掃除を手伝う事になった買い出し係の智也がちりとりの直撃した周辺を抑えながら茶室の軒下に腰掛けて憮然としていた。そんな彼に心配そうに梨穂子は話しかける。
「こぶになってなぁい・・?ごめんねぇ」
「ん・・ああ。だいじょぶ。・・とりあえず少し休憩すっか。掃除も一段落したし、歓迎会の茶会用にいろいろ買ってきた奴もあるしな」
「うん♪あ、でも・・」
「ん?」
「その~~、いいの?」
茶道部の予算管理は既に副部長である智也の役目である。無駄な出費は極力最近抑えられてきたため、梨穂子はやや不安げに上目遣いで智也を見る。
「・・確かに無駄な浪費はダメ。でも・・少しは贅沢する『緩み』って言うか『余裕』は大事だろ。人をもてなすんだったらこっちにもある程度心の余裕がないと、もてなす相手に余計な気を使わせるんじゃないのか?」
「おぉ・・!それもそうだね。じゃあ~遠慮なく~~♪」
目移りしそうなほど色々魅力的なお菓子やらなんやらが詰まった買い物袋にご機嫌そうに梨穂子は頭を突っ込む。そして―
ぱくぱく
もぐもぐ
ずず~~
「むふ~~❤」
食う食う、呑む。食う食う、飲む。ぷは~~~っ。
「・・・」
「♪」
幸せそうに茶菓子をついばみ、お茶を啜る梨穂子の姿に智也は頬杖をつきながら微笑み、彼自身もほうっと息をついてお茶を啜る。
「・・・」
満開の桜の下で綺麗になった庭園を臨み、茶室の軒下でお茶と菓子をついばみながら隣には幸せそうな梨穂子の姿。
―・・・む。まずい・・。これ・・なんかめちゃくちゃ幸せじゃないか?・・言う事無いぞ。
「ふ~~食べた!食べちゃいました~~。さて・・休憩終わりっと!」
梨穂子は意気揚々と立ち上がり、パタパタとスカートをはたいた後、「腹ごなしにもうひと頑張りしますか♪」と、微笑んだ。そんな彼女に
「・・・。あ。梨穂子・・忘れてたわ」
「ん・・?なぁに」
「そういや、もう一個食うもんあったんだ・・危ない危ない」
「へっ?」
「・・。『なまもん』なんだよ。置いといて悪くなっても勿体ないからさ。今食って?」
そう言って智也は白いケーキ屋が包んでくれる様な可愛らしい小さな一軒家みたいな箱から綺麗に包装された掌大の狐色の物体を取り出した。
「こ、これは!!?ま、まさか!?」
喰い入る様に梨穂子が乗り出してくる。
「・・お前行きたがってたろ。この前駅前に出来たあの店・・。この前は定休日でムダ足だったけどさ」
「うぅ・・智也・・それをもう言わないでおくれやすぅ・・」
「・・ま、いいや。そこのシュークリーム」
「おおおお~~?しゅ~~くり~~む!!!かつて欧州のイジワルな王様に虐げられた人々が税金逃れの為にその中に金銀財宝を詰めたと言われたスウィーツだね~~~っ!?」
「・・。それ夕月先輩の嘘だから。本気にするな。・・で、どうする?流石に今は腹いっぱいか?」
本当の意味は「クリーム入りのキャベツ」という意味である。もちろん王様も所得隠しも税金対策も全く関係ない。
「まっさか~~甘い物は別腹ですよ~~ふっふっふっ~~」
「・・・」
―いや・・さっきまで散々甘い物食ってたがな。
「うふ~~♪有難う智也~~♪いっただきま~~~す」
意気揚々と梨穂子は丁寧に包装されたシュークリームを生まれたばかりの子犬でも箱から取りだすみたいに両手に置いて幸せそうなカオをしながら、まずは愛でる。
バリバリ、むしゃむしゃ、もぐもぐ、ゴクンする前の梨穂子なりの儀式である。しかしその最中―
「・・・むっ!!むむっ!?」
梨穂子の顔が険しくなる。そしてじとりと智也を睨んだ。梨穂子にしては珍しい警戒姿勢である。
「・・・お、おい。どした?」
「・・妖しい」
「あ?」
「なんか妖しいな~~?いつも優しいけど基本、時々、たま~~にイジワルな智也がなんか今日変だよ~!?」
「・・意外だ。俺って梨穂子の中でそういう評価だったのか・・」
「智也に『ごく潰し』と呼ばれ、茶道部の予算管理を握られ、食生活の節制を徹底されて早三ヶ月・・。なのにこのいきなりの智也の突然の大盤振る舞い、それも大事な新入生の歓迎会の直前のこのタイミングに・・・まさか・・智也!?」
「・・・な、なんだよ」
―・・。な、なんだよ。まさか・・ば、「バレて」んのか・・!?「あの」梨穂子に!?
「私を太らせて食べる気なんじゃ!!!ひぃ~~、わ、私は美味しくないよ~~!?」
「・・・」
―いや、まぁ・・その・・
・・「いずれ」、は?
って、い、いやいやいや!違う違う!!
「そして、私を食べた後・・晴れて智也は部長の座につくってわけだね!?ひどい!!」
「・・・」
―ダメだ。埒が空かん。こうなったら・・「あの言葉」を言うしかないか。
梨穂子の「食」への原始的本能を最大限刺激するあの魔法の言葉だ。それは―
「梨穂子・・あんま馬鹿言ってると俺が食うぞ?」
「はむっ!・・・!!美味しい~~美味い~~じゅうしぃ~~でリしゃあぁす~~♪」
一口、二口、三口。
「・・・」
―ふっ・・チョロすぎる。
内心智也はふっと邪悪に笑い、相も変わらず幸せそうな梨穂子の食事姿を飽きることなく眺めはじめる。
―・・さて。
「どうなる」、・・かな?・・柄にもなく緊張する。
「おいし~~♪」
「・・」
「じゅうし~~♪」
「・・」
「でリしゃあす~~♪」
「・・」
―語彙のバリエーションに乏しい奴だな・・。
「くり~~み~~♪」
「・・」
―お。新語。
「もぐもぐ」
「・・」
「むしゃむしゃ」
「・・・」
「んぐんぐ」
「・・・・?」
「・・ゴクン」
「・・・・・!?????」
「美味しかったぁ~~もうこれで思い残すことはないです。さぁ!智也~~?梨穂子ちゃんをご賞味あれ~~?あははは~~♪」
何とも色んな意味で問題のある梨穂子の申し出だが正直―
「・・・!?り、梨穂子!?」
智也は今それどころでは無い。基本動じないタイプの智也の表情がかつて無いほど青ざめている。
「ふぇ?」
「な、何ともないのか?」
「へ?別に大量のわさびとか、辛子とか入って無かったよ~~?大変美味しゅうございました♪智也?ごちそうさまでしたっ♪」
とかく食っている間の梨穂子は「♪」←これが多い。ただ繰り返すが今の智也はそれどころでは無い。
「梨穂子」
「はい?」
「口開けろ」
「へ?なんで?」
「いいから!」
「ぐぇっ?! ほ、ほもや~~~(智也~~)」?
智也は梨穂子の口の中に両手の指を突っ込み、大きな口を開けさせる。彼女は歯医者が大嫌い故に毎朝、毎晩の歯磨きは念入りである。その賜物か歯並びもいいし、虫歯もない。そんな彼女の健康そうなピンク色の口内を不躾にまさぐる。「梨穂子の中・・あったかいな」とか、変態チックな感想は現在浮かばない。
今智也はただ―
ひたすら―
「・・・えぇ~~~っ!?」
・・必死!
「ほもや~~?ほふじそくごほおふはほほほふひひへほふっほぶばびべ、ほふびはぶひほ~~~~?」
・・翻訳しよう。(智也~~?食事直後の女の子の口に手を突っ込むなんて、行儀悪いよ~~?)である。残念ながら事前だろうと事後だろうと失礼で行儀悪い行為です。
十秒後―
落胆した表情で智也は蒼く乾いた春の虚空を見上げる。
「だ、だめだ・・」
―無い。
ない。
・・・・無ぇよ!嘘だろ!?
ど、どうする?今から吐かせるか!?それか若しくは「下」から出るまで待つのか?・・どっちにせよ・・。最っ悪だ!?梨穂子の食い意地を甘く見ていた!!
あぁ・・気絶しそう。
ここ数カ月の日々を智也は放心状態で澄んだ春の青空を仰いで反芻する。「あれ」にはそれなりの「投資」がなされている。それが水の泡、いや梨穂子の胃の藻屑だ。あわよくば「出て来ても」どうすりゃいいんだか。
―嗚呼・・良い春風だ。このままどこかへ飛んでいってしまいたい気分だ。嗚呼・・舞うサクラの花びらよ。俺を一緒にどこかに連れていってくれ・・。
彼にしては珍しくセンチな心象状態である。
「智也・・大丈夫・・?ゴメン・・半分、欲しかった?」
いつもの梨穂子のほんわかとした間の抜けた、そして的外れな声が澄んで乾いた春の空に響く。
―・・もう―
いい、かな?
「・・。智也・・?」
「ん・・?」
「・・べっ」
「っ・・・!??」
「あんまり・・美味し過ぎて食べちゃいそうになっちゃった・・・でも、やっぱり勿体ないから・・
ここに・・はめとくね?」
梨穂子は綺麗なピンク色の舌の上に悪戯に微笑みながらも、照れくさそうに乗せていた白銀色の無駄な飾り気は無くも流麗な線をした一つの「輪」―それを惜しげもなく左手の薬指にはめる。
「ふふっ・・ちょっと・・大きい、かな?」
そしてやや桜色に紅潮した満面の笑みで放心状態の智也に微笑む。そして未だ絶句の智也を相手に尚も言葉を紡ぐ。
先程こそは彼女を悪戯に翻弄した春風、桜の花びらも今は同じ名を持つ少女をこれ以上なく引き立て、お膳たてをする。
・・最高の「おもてなし」。
彼等が迎える、もてなすは智也、梨穂子、そして今日その二人の間に生れた一つの「輪」。
「・・・るっこ先輩はやっぱり嘘なんてついて無い」
「え・・?」
「甘い甘いシュークリームの中には・・大事な大事な宝物がやっぱり入ってた・・
ありがとう・・智也。最高の贈り物です。・・やっぱり私は貴方が―」
―・・大好きだよ。
最高の笑顔で薄紅の、彼女の名の如く桜色に頬を染めた少女の栗色の髪がふわりと花びらと共に舞い上がる。
「・・・」
智也は今、
本当に全てが報われた気がした。
意地を張り、カッコつけ、被害者ぶって色んな物を見失い、諦め、また見ないようにしてきたここ数年間―ずっと回り道。迷い道。遠回りしてきた。
それが全く・・、全てに於いて他でもないたったひとりの、いつもずっと傍に居た、ずっと自分を見てくれていた少女の力によって。
智也は今この日こそ、この日の為に自分が生まれて来たのだと確信する。
「・・梨穂子?」
「うん・・?なぁに・・?」
「負けた・・。お前には」
遠回りしたけど。やっと・・会えた。
薄紅の花。
二人の肩に落ちて。