ぐれほわSHARK・T   作:GREATWHITE

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ルートT 五章 二人だけの秘め事

6 二人だけの秘め事

 

 

「・・・」

 

「・・何?リアクション無しなの?」

 

現れた「新たな」絢辻 詞という少女をじっと眼を見開き、暫く眺めていた有人の反応に絢辻(?)は眼を薄く細め、ややじとりとした視線を向ける。それも両腕を組みながらだ。

「文句ある?」と、でも言いたげに。

 

―まァ文句はございませぬが。しかし・・これは。

 

自分を尊大に見せる腕を組むポーズは何時もの絢辻は絶対に見せない。何時も控えめに掌を行儀よく合わせたり、後ろに手を回したり、目上の人間には自然ながらも礼儀を失わない立ち姿勢を維持している。

それが騙し絵だったと解る。一つの絵に二つの意味が宿るトリックアート。騙し絵だ。

 

―若い女が向こう側を見る絵を一度魔女のような老婆に見えてしまった後、もはや老婆にしか見えなくなるのと同じだ・・。

 

・・例えが悪いと有人はすぐ自分の思考を自粛した。この例えがもし読みとられたら何をされるか解らない。

 

「はぁ~イライラするわねぇ」

 

おっと絢辻(?)が御機嫌斜めになっていく。これはいかん。

 

「・・ごめん。まだちょっと混乱してる」

 

「ふん・・御免なさいね?猫かぶってて」

 

「へぇへぇ私が悪ぅござんした」というような少し拗ねたように絢辻(?)が目をそらす。

 

「ふーん。猫かぶっていたんだ?」

 

「・・。源君もう薄々解っていた癖にいちいちそんな事聞くんだ・・・?ふーん。そう」

 

「漠然と『理解している』と思う事と『確信を得る』のとでは全く違うよ」

 

有人はやや落ち着いた口調で薄く笑う。今まで感じてきた絢辻という少女に対する違和感の出所、正体をある程度把握出来た事によって困惑は薄れつつある。この少年、適応力は在る。

 

「・・。ま。それは同感ね」

 

「でしょ?」

 

「・・でも癪だから凍りつかせてあげるね?源君がこれを誰かにばらしたり、もしくは私に接する貴方の行動で勘繰られたりしたら私は容赦なく貴方を潰すから」

 

くるりと絢辻の表情が悪戯な色を宿し、「邪悪」に近い微笑みで結構にきつく、攻撃的な言葉を吐く。それなりに直前まで「初対面」の有人に気を遣っていた事が解る絢辻(?)の突然の豹変であった。いつもの有人の「らしさ」に気兼ねをする必要はないと判断したらしい。

 

「・・・」

 

「・・そう言えばさっき帰り際に一年生の久野君、『絢辻先輩を襲ったら俺源先輩でもボコりますから』って言ってくれてたわね・・丁度いいわ?・・まずそこから行きましょうか?」

 

「え。早速濡れ衣!?」

 

「むしろ襲ったのは絢辻(?)さんの方なんじゃ・・」と、言いかけたが止めた。絢辻が有人を襲うというイメージの具象化が出来るわけがない。それこそ周りにとっては「赤ずきんが狼を襲う」様なイメージだろう。

有人も決して自らの評判が悪い人間ではない。が、それも一般人クラスと比べてである。

結局この世は信頼、地位、権力、人望の問題である。信頼、立場の強い者が勝つ。

有人を信じてくれる人もいるだろうが少数派に回る事は必至だ。彼らに「少数悪」のレッテルを張らせる訳にはいかない。泣き寝入りだ。このようにして真実は覆い隠されていくのであろう。現状の信頼と実績、地位、権力、人気を兼ね備えたこの「女」傑にかなうワケが無い。

 

「・・察しがよくて助かるわ~み・な・も・と・クン?」

 

有人の思考を読み切ったかのように絢辻(?)はにっこりと笑みを浮かべる。

 

 

「・・ま。それは冗談として・・いや・・冗談でも無いけど」

 

絢辻(?)は真顔に戻ってフォローの様などっちつかずの様な曖昧な表現を使う。

 

「どっちなの!?」

 

「私としても敵を作るのは本意じゃないしね。特に貴方の友達は私から見てもいい子が多いと思うし。梅原君、国枝君、御崎君に杉内君、女の子なら棚町さんに田中さん、・・私のお見舞いも手助けしてくれたあの子達を敵に回すなんて心苦しいわ」

 

「あ、案外義理堅いんだね・・」

 

「ふん。借りを作りたくないだけよ。(ひょっとしたら何かに使えるかもしれないし・・)」

 

「絢辻(?)さん!?今不穏なセリフが聞こえたような気がしたけど!?」

 

「気のせいよ。要するに!源君?・・貴方次第って事よ?せいぜい上手く立ち回ることね。さっきも言ったと思うけど貴方が誰かに『この事』を話したり、貴方がヘマして明るみに出るような事があったら・・」

 

「言わずとも解るわよね?」と絢辻(?)は再び不敵に笑って有人を見据えた。

 

「ひー」

 

「創設祭実行委員・・途中で投げ出すなんて事はしないわよね・・?貴方は既にあの歯車の中に入ってしまっているんだから・・クルクル、きりきり回りなさい?私も本性さらけ出した以上、貴方には気を遣う必要も無くなったから嬉しいわ~♪」

 

絢辻(?)の恍惚の表情と対称的に抜け殻のような表情をした歯車―有人。小林 多喜二著―「蟹工船」の乗員はこんな気分だったのだろうか。捕えたカニの中身をほじくり出して殻だけにしながら自分も空っぽになっていく気分を味わいながら。

そんな有人を見て少し絢辻(?)はクスリと笑い、

 

「ま。悪い様にはしないから・・私についてきて?」

 

悪魔のような表情で天使の様な声色をして有人に囁く。

 

「・・既に悪いようになっている事は置いといて?」

 

・・もう騙されねぇぞ、とでも言いたげに有人は恨めしそうに絢辻(?)を見るが、

 

「源君?貴方何時も一言多いわ?身を滅ぼすわよその癖?」

 

今度は天使の様な表情で悪魔の声色をさせ、反撃してきた。一を返すと二にも三にもなって返ってくる。有人は流石にもう諦めた。

 

「・・途中で投げ出したりなんてしないよ。ばらすことだって上手く伝えられる自信無いし・・そもそもそんなリスクを払ってまで広めたい物でも無いしね・・」

 

「そうそう。自分で言うのもなんだけど結構グロテスクな真実だしね♪これ♪」

 

「良い調子よ。続けて?」と、言いたげに絢辻(?)はうんうん頷きながらご機嫌そうに笑った。

 

 

―しかし対称的に

 

「そう・・リスクしかないからね。俺なんかより絢辻さんは実行委員の遥かに中枢だし?その絢辻さんに余計な噂が立ったり、俺が元でトラブルを起こしたらそれこそ問題」

 

有人は珍しく笑わなかった。今度は絢辻が有人の発する違和感に目を丸くする形になる。

 

「・・?」

 

「現に二日絢辻さんが居なくなっただけであんだけ実行委員内で動揺があったんだから尚更だよ。だから絢辻(?)さんの不利になる様な事はしない」

 

「・・・」

 

「・・だから無理しないでね。前みたいに。一応それが俺が絢辻(?)さんの事を黙っておく事の交換条件って感じかな」

 

「・・・へぇ・・一方的不利な状況で相手の要求を受け入れながらもちゃんと自分の条件も付け加えるのね?それも何とも断りにくい綺麗事・・、でも実際実利も兼ねてる。確かに今の状況で私自身や私の評判を失う事は今の実行委員会には不利益しかない・・」

 

うぬぼれでも過信でもない。事実を淡々と、しかし傲慢に聞こえるほどに彼女はそう言い放った。物凄い自信である。

 

「ふふ・・解ったわ。でも覚悟して居てね?そこまで言ったんだから私、源君を当然こき使うわよ?・・今の言葉、後悔するぐらいにね」

 

有人の解答、出してきた条件を中々上機嫌そうに絢辻(?)は受け入れる。有人がただ漠然と受け入れたのではなく、少々ながらも張り合いをもって今の自分に接してくれたのが嬉しいらしい。

「貴方に本性を現した甲斐がある♪」と言った表情を浮かべた。普段の絢辻も今の絢辻(?)も人を認めたり、褒めることを表情でハッキリと示す事が出来るのは彼女の美点だ。

 

「・・・」

 

―・・少し安心した。例え全く雰囲気が変わっても「絢辻さんらしい」や。

 

「・・何よ」

 

「いや何でも」

 

「・・そ?まぁ・・いいわ。じゃあ・・帰りましょうか?折角の休養日、ゆっくりしないとね?貴方の言うとおり」

 

「そうだね」

 

「あ、はい」

 

何時もの絢辻にはないぞんざいな口調で絢辻(?)は自分の肩にかかった鞄を有人の前に掲げた。

 

「ん?え?」

 

「ほら~~鞄持つぅ。折角の私の休養日なんだからね~せめて荷物持ちぐらいはやりなさい?」

 

「・・既に始まっているんだね・・はいは―

 

 

どずん!

 

 

―いっ!?・・な、何入ってるのコレ?」

 

華奢な少女が持つ割に異常なほど重い鞄だった。

 

「砂袋」

 

「え!?」

 

「嘘。教材一式と辞書が入っているわよ?『自宅用、学校用』と分ければいいじゃないかと思うかもしれないけど普段から体力をつける目的で重めにしているの。登下校中も鍛えないとね?」

 

こきこきと肩を鳴らし、「あ~~肩かっる~」と言いながら絢辻は先々、スタスタと歩きだした。

 

「・・。もう脱帽です」

 

それに有人も続き、二人は吉備東神社を後にする。

 

 

―帰り道

 

絢辻(?)は既に有人から鞄を受け取っていた。万が一知り合いに目撃された際の手まで打っている所が抜け目ない。傍目にはただ仲良く下校している学生に見える。

 

「はぁ・・う~ん・・・たまにはぼ~っとするのもいいわね」

 

「天気もいいしね」

 

「そうね。ま、色々すっきりしたってこともあるけど」

 

「それって・・俺に絢辻(?)さんの本音を見せたからってこと?」

 

「ま、そういうことね。これ、結構回転勝負なのよ?猫かぶるって」

 

自分のこめかみを右手人さし指で差し、挑戦的な上目遣いをして絢辻(?)はそう言った。

 

「・・結構疲れるのよね。中には鋭い相手もいるし・・相手を過小評価して油断するとあっさり見抜かれちゃう可能性もあるから要らぬ心配も多いわ」

 

「そこまで・・するの?」

 

「そうしないと完璧な信頼と実績は維持できないって事よ」

 

 

「・・でも・・『完璧』ってそれ自体欠点だらけじゃ無い?」

 

 

有人のその返答、普段の絢辻の否定ともとれるその言葉に絢辻(?)は気分を害した様子もなくただ淡々と―

 

「・・・良く解ってるわね?」

 

受け入れた。そしてこう続ける。

 

「当然全く支障が生まれない訳が無いわ。大抵の人には目に見えないけど確かにやっかみは存在する。自分が物事の中心、先頭に立たないと気が済まない子っているから私を気に入らないって子は全く居ない訳じゃない。でも結果、評価次第で簡単に黙らす事は出来る。周りに居る人間の反感を買ってでも結果を出した相手の粗を突くって事がその子達には出来ないの。何せ自分が褒められたいからね。自分の評判を必要以上に悪くするリスクを望まないの」

 

「・・・」

 

「本当に物事の中心、先頭に立ちたいなら・・自分が認められるためにまず何をすればいいのか、何を犠牲にすればいいのか―それが解って無いのよね・・その子達。自分の無能を棚に上げて他人の足を引っ張っているんだから・・迷惑な連中よ」

 

「・・」

 

一見平和で呑気そうに見えるあの吉備東校にも裏では色々あるということらしい。

 

「って・・あんまりこういう話させないでよ。折角の休養日なのに」

 

「ごめん」

 

「はははっ・・謝るの?ほとんどあたしが勝手に喋った事なのに?」

 

「・・聞きたいと思ったのはホントの事だしね」

 

「・・調子狂うわね」

 

 

 

「あのさ・・」

 

「何?」

 

「絢辻さんが俺に今日伝えたかった事って全てこの事なの?」

 

「・・・まぁね。手帳を拾われた事で順番があべこべになっちゃったのは確かだけど・・まさかよりによって拾うのが貴方とはね・・まぁ教室で落とした可能性が高かったから教室で待たせていた貴方が拾う確率が高かったのは確かだけど・・流石のあたしも焦ったわ。貴方があたしの手帳を持ってた時は・・」

 

「・・そっかぁ」

 

「・・何よ?」

 

「絢辻(?)さん焦ったんだ・・ちょっと、嬉しいかな」

 

「う・・」

 

―ちっ、しまった。今度はあたしが一言多かったか。

 

本当に調子が狂う。・・でも腹が立つ事にあんまり悪い気がしない。腹が立つのに悪い気がしない、ある意味矛盾している表現だが今の絢辻(?)にはしっくりきた。

 

「呆れるほど素直ね貴方。・・危なっかしい」

 

「そうかな・・?でもこれで今までどうにかなってきたから今更変えにくいけどね」

 

そう言って笑った有人の顔に猜疑心、闘争心、敵愾心の感情が一切感じられない。

そのような感情を抱いても表に出すことなく、ただその場は内包し、別のエネルギー方向に効率よく転換していた絢辻(?)とは決定的に違う所である。

 

だからここは自分も素直になっておこうと絢辻(?)は思った。何せ―

 

 

・・癪だから。

 

 

「ねぇ・・源君」

 

「ん?」

 

「私が何故貴方に『あたし』を見せようと思ったか解る?」

 

「え?」

 

「・・聞きたい?」

 

「うん・・まぁ」

 

 

「よろしい、それでは問題です。私絢辻 詞は何故貴方に本性を見せようと思ったでしょーかっ?」

 

「え、結局問題形式?」

 

「時間制限ありです」

 

「え・・ちょっちょっと待って・・え~っと・・」

 

「チッチッチッチッ・・・・・」

 

「うわぁ・・止めて!その音ひたすら焦るから!」

 

「チッチッチッチッ・・・・・」

 

「えっと・・『楽だから?気を遣わずこき使えるから』?」

 

「ピンポーン」

 

「え・・。そう・・正解なんだ?けど・・少し悲しい」

 

「不正解です」

 

「・・絶対俺の精神殺しにかかってるよね」

 

「正解は・・・

 

 

『これ以上はもう騙しているみたいで嫌だったから』

 

 

でした・・」

 

「・・え」

 

「そして・・

 

 

『もっと仲良くなりたかったから』

 

 

・・でした」

 

 

 

「・・」

 

―ずるいや。・・正解は二つなんて解るわけない。

 

 

相手に正解を答えさせる気は無いイジワル問題としての常套手段。だが―

 

答えなんて大概の場合一つじゃない。

 

そして―

 

「二つだけ」とも限らない。時に答えというものは無数に在る。生まれていくものだ。

 

 

 

「正解を知った後どうするのか・・後は貴方次第です。それじゃあ今日はここまで。また明日」

 

「・・。あ。送るよ」

 

「いいわよ。ここで・・じゃ・・またね源君」

 

そう言ってととっと駈け出し、有人の前に出た彼女は最後にもう一度、有人にくるりと振り向き、右手の白く細長い人差指を立て、

 

「・・ふふっ♪」

 

それをそっと唇に添え、悪戯そうに笑った。

 

 

し~~っ

 

 

有人には初めて彼女が幼く見えた瞬間である。子供のような約束事。

 

 

 

二人だけの秘め事。

 

 

 

「・・うん。また明日、絢辻さん」

 

 

 

 

 

 

 

 

大人だけじゃない。

 

 

子供もまた―

 

 

秘密を守る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




あ~~・・ようやくコレで面倒な(?)や「」を省けるぜ・・。溜息が出ちゃう。








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