「では・・気を取り直しまして・・第一回、ビリヤード大会を行います」
一同―いぇ~~~♪
ルールはナインボール。白玉でブレイク後、台上に残った玉を数字の低い順から落としていき、最終的に九番ボールを落とした側が勝利となる初心者でも解りやすいオーソドックスなビリヤードのルールである。
絢辻、田中の二人はビリヤード未経験者の為、ファールなし。一ターンに二回打てるハンデを設ける。
有人、梅原、国枝、杉内、御崎、田中、棚町、そして絢辻の八人を二人一組の四チームに分け、二つの台で二チームが勝負し、負けた側が勝った側のプレイ代とジュース代負担とする。
負けられない戦いがそこにはある。
「ルール説明は以上。じゃあ・・チーム分けするからくじ引いて。同じ番号の奴がペアだからよろしく」
八人が手下げ袋に入れたノートの切れ端に番号を書いた簡易のくじを引いていく。
「よっっっし!!!俺がNO1!みんな!俺の言う事をお聞き~~!」
梅原がくじの時点で勝負が決まってしまったかのように高々と片手をあげて「1」と書かれたくじを啓示した。
「王様ゲームじゃねぇ。・・ってことは俺も一番だから梅原と俺がペアって事か」
杉内が自分の番号を見ながらそう言った。
「な、何ぃ!?・・よりによって野郎とペアとか・・どこまで女運がねぇんだ俺って奴ぁ!」
「失礼な・・」
チーム1 梅原×杉内ペア
「えっと・・二番って誰かな・・?」
先程の梅原とは対照的に控え目におずおずと少女―田中が「2」と書かれたクジを上げる。
「お。俺だ。田中さんよろしく・・」
「く、国枝君。よ、よろしくね?あ、足引っ張らないように頑張りマス・・ふふ・・」
正直初々しくていい。
・・これだよこれ。くじによって思いがけずペアになった男女の健全な反応。微笑ましいったらありゃしない。
結構高い確率で女性陣とペアになれるこの大会で野郎ペアという文字通り「貧乏クジ」を引いた梅原はちょっとした嫉妬のあまり「ひゅ~ひゅ~」とでも二人を冷やかそうとしたが直前、御崎と杉内が肘を梅原の鳩尾(みぞおち)にいれ、それを制止する。
「おうっ・・・!あ、あああ・・。な、なにすんでぇ・・おめーら」
一時的に呼吸困難に陥った梅原は、まるで手塩にかけて育てた子供に突然刺された親のような困惑を込めた息も絶え絶えに二人にそう言った。
「ダメだって・・梅原君」
「ウメハラ・・ここは押さえろ」
「うう・・だって、だって!私、悔しいんですもの・・」
「・・ハンカチ噛むな。気色悪い」
「梅原君・・あれ。棚町さん見て・・」
「・・目ぇ笑ってないだろ」
これこそ本当の。混じりッ気なしの「嫉妬」なのだろうと少年三人は学んだ。
チーム2 国枝×田中ペア
「ふぅ・・お次は僕だね。えっと僕は三番・・ってことは・・」
気を取り直して御崎は自分のクジを見た後、残ったペア候補達を見る。残るは三人、有人、絢辻、そして・・怒れる棚町。
―源君が来ますように・・!源君が来ますように・・!!源君が来ますように!!!最悪・・せめてあや・・―
「アタシが三番!よっし・・御崎君・・やっるわよぉ!!・・。仇なす者全て叩きつぶしたげるわ・・」
「・・」
―ファー・・・。
打倒国枝×田中ペアに燃える鬼―棚町 薫と御崎 太一がチーム3です!
しかし・・「鬼に金棒」と言うには萎縮した御崎では適当でないでしょう。
「鬼に爪楊枝」あたりが適当でしょうか!
チーム3 棚町×御崎ペア
「・・と、いうことは残るは・・」
「チーム4は自動的に源×絢辻ペアに決定だな。・・畜生・・残り物には福があるなオイ!それに比べて俺ときたら・・ははっ・・ミジンコだ・・。プランクトンだ・・。ミドリムシだ・・。大腸菌だ・・」
「・・お前時々すんげぇ嫌な卑屈さ出すのなウメハラ。・・それに終わった事をネチネチと・・女々しい野郎だ」
勝手に凹む梅原に流石に杉内もゲンナリしてきた。
チーム4 有人×絢辻ペア
以上、4チームが決定。後に更なるくじ引きで対戦カードを決める。それまで各チームは暫しの練習タイムに入る。経験者は勘を取り戻しつつ、未経験者はビリヤードのルールや基本スタンスをペアの相手から習う時間が設けられた。
田中は国枝、絢辻には有人と綺麗に経験者、未経験者がペアになったのは幸いだった。
「実行委員ペアかぁ・・平和そうで羨ましいよ・・」
絢辻、有人の二人に向かって悲しそうに御崎はそう言った。相棒が「吉備東の核弾頭」そして既にやや発火気味の棚町となってしまっては彼の気持ちは解る。
「ふふ・・負けて元々だしね。楽しくやりましょ。御崎君?ね。源君?」
「そうだね」
「御崎君~~!?なにくっちゃべってんの!?練習するわよ!勘取り戻さなくっちゃ!」
一喝するように御崎を呼ぶ棚町の声が響く。かなり彼女は本気モードである。全てはあのペア―国枝×恵子のKKコンビを潰す為。
「は、はいぃいぃ・・今いきますよぅ~」
「ガンバ・・太一君」
「お互い頑張りましょう。御崎君」
御崎が去っていくとチーム4の二人、絢辻と有人の二人が残された。
「さてと・・源君はビリヤードの経験はあるのね?」
「うん一応ね。中学の頃直衛とか梅原とか・・あと棚町さんとはよく行ったから」
「そうなんだ・・」
「遊びだけどね」
「・・ってことは皆の実力在る程度知ってるのね?」
「うん・・皆どっこいどっこいだと思うけど・・少なくとも直と棚町さんは俺より上手いと思う」
「へぇ・・そう」
「ま、気楽に行こうよ。太一君が渡してくれた割引券とマイクさんの口利きでかなり安くしてもらえたし例え負けて奢ってもそんなに・・」
「・・・は?なに言ってんの?」
有人の「温い」言葉に絢辻の顔色がくわっと変わる。
「当~然勝ちに行くわよ?最初から負けに行くなんて私のプライドが許さないわ」
まるで今からバットを持ってどこかカチコミに行く不良学生のように、手に持ったキューの中心部分を掌の上でトントンさせている本性の絢辻があらわれた。
「・・・」
―・・げ。出た~~。
有人は思い知る。自分の今の立場が御崎と大差ない事を。彼も祈るべきだったのだ。
―太一君が来ますように。太一君が来ますように。太一君が来ますように。
と。
「ほら・・源君?さっさと私にビリヤードの基本とルールを手短に教えなさい。適当な事を教えたって私が後で調べれば・・私が言いたい事は解るわね?」
「・・俺の知りうる出来る限りのことは伝えます。だからお手柔らかに・・」
「よろしい」
「・・ほ」
「・・勝ったらね?勝てばどうだっていいわ。負けたら・・例え貴方が正しい事を私に教えていようがいまいが・・これも後は解るわよね?」
―ファー・・・。
この時、有人は理解する。三人の女性陣のくじで当たりは田中一人であった事が。
女性陣の誰かとペアになれなかった事を嘆いていた梅原を有人は今、本当に羨ましく思った。
数分後・・
「成程・・大体解ったわ」
「理解が早くて助かります。俺もそんなに大して知ってるわけでもないけどね」
「性別、年齢、体力差関係なく出来るスポーツで、ハンデをしけば初心者でも経験者に勝つ事が出来る・・おまけにボールの軌道を計算し、無理をするのか、それとも安全に行くのか等のテクニック以外の判断力、思考力、想像力も必要になる・・程良く単純で程良く複雑な奥深くていいゲーム性ね」
「うん・・それは同感かな・・」
いち女子高生の感想としてどうかと思うが。
「・・でも経験者に勝つ事は可能でもやっぱり難しい事は確かね・・やっぱり得物を扱うスポーツってどうしても馴れは必要になるから・・」
絢辻はキューを手に馴染ませ、フォームを細かく確認し、感覚を掴もうとする。
有人が今日中に自分なんか追い抜かれてしまうんじゃないかと思うほど絢辻は真剣だった。
「でもちょっと苦手な所もあるかな・・」
「『苦手』・・・?絢辻さんが?」
「・・私にだって苦手なことぐらいあるわよう・・」
珍しく絢辻が口を尖らせ、有人の心外な反応に拗ねたようにそう言った。
「・・ゴメン。でもやっぱり意外かな?例えば・・どんな所が?」
「この体勢よ。前屈みになって的玉とキューの先端を見据えながら集中して構えると背後が全く疎かになってスキだらけになることよ」
「え?そんなこと?まさか・・」
「馴れないのよね・・その『そんなこと』が」
「俺には解んないな・・」
「でしょうね・・。・・。ねぇ?私が構えてる時・・源君が後ろに立っていてくれないかな?」
「・・え?」
「それなら真後ろから私のフォームも確認出来るでしょ。一石二鳥よ」
「え・・でも・・」
「貴方なら・・その・・安心だし・・」
「え・・」
「・・もう!!解ったら私の後ろに居て!」
「う、うん」
有人はやや複雑な心境ながらも少し嬉しかった。普段から本性を隠して振舞っている彼女にとって意図しない場所、知覚できない場所に誰かの目線がある事、またはその可能性がある事が本能的に我慢できないという事なのだろう。その領域にあえて自分を置く事を選んでくれた絢辻の言葉が有人は少し嬉しかった。
「・・どう?」
「え」
―う~~ん何て言えばいいのか・・
・・いい眺めかと。
「・・・?」
「あ、ごめん」
―あぶね。・・今の言葉にしたらヤバかった。
「・・・」
「・・どう。こんなもんかしら?」
「うん・・そんなもんだと思う」
「そう。・・あ・・!」
「・・!?どうかした?」
「あ・・っ!・・!私ったら・・!!いたた・・!」
ビリヤードの基本フォーム―前かがみの姿勢のまま絢辻はいかにも「やっちゃった」的な苦しそうな声を上げる。
「あ、絢辻さん!?」
―何処か怪我でも・・・!?
そう想って有人が絢辻に背後から更に近付いた時だった。
「・・・♪」
―かかった・・。甘いわね・・源君?
有人は「射程」に入った。
ずむ・・・!
勢いよく引いた絢辻のキューのグリップの先端が有人のみぞおち・・否。それよりやや「下」の「とある部位」に深々と突き刺さった。
「・・・!!!!!?????」
有人は悶絶。崩れ落ちる。
「きゃあ!!みみみ源君!?源君大丈夫!?ごめんなさい!ごめんなさい!」
「ぐぐぐっぐっ・・・」
泡でも吹きかねないレベルの激痛である。マジで有人は起き上がれない。
「どうしたの・・?」
「おーいゲン!大丈夫か!?」
「大将!しっかりしろ」
「有人・・おい・・」
友人四人が駆け寄ってきてくれたがその励ましに応える事が有人は出来ない。
―・・かか、か「片方」潰れた・・。
「ご、ごめんなさい・・私が練習していたら源君がたまたま後ろに居たみたいで・・ああ!ごめんなさい!!」
「・・・!????」
―いや・・「後ろに居て」って・・・。言ったよね?
「おいおい・・気をつけろよゲン・・」
友人達の温かい励ましの言葉に少しの
―自業自得かよお前・・。
―それは不注意だったね。
―お前らしくないな・・。
―そりゃあ・・可愛い子の後ろに居たいっていう気持ちは解るけどな?大将。
・・以上の様なニュアンスの呆れが混じる。視線も心なしか違う意味の哀れみが混ざりだした様な気がする。
―ひ、ひどい・・。ひどいよ・・。
「本当にごめんなさい!源君」
絢辻はひたすら有人に謝り続けていた。
・・・そう。
声量、響き、発音。全てにおいてその「声」は謝罪の声として完璧だった。
そう。
・・・あくまで「声」としては。
・・にやり。
―♪
有人を取り囲んだ友人達の合間から悪魔のような笑みで脆く有人を見下ろし、天使のような声を出している絢辻の姿がそこにあった。そして―
カタン・・
何気なく、そしてさりげなくキューを新しいのに取りかえる所業もまた悪魔だった。
―これもうダメ。汚いから。えんがちょ~~♪
―・・・・。