ぐれほわSHARK・T   作:GREATWHITE

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三幕 はじめに
棚町薫編
主人公
国枝 直衛
176
A型
家族構成
両親 妹
一応主人公ズの中では一番背が高い。が、ずば抜けて高いわけではない。体格はやや細身。登場キャラの中では絢辻に次ぐぐらい成績がいい。上の下~中ぐらい。髪は長めのイメージだがロングまでは行かない。低血圧で寝起きが死ぬほど悪く、基本朝のホームルームは死んでいる。
頭の回転もそこそこ速く、陰でクラスを支える縁の下の力持ち。表だって引っ張ると同時に時に暴走も起こすヒロイン棚町薫をやんわりといなしつつ、振り回されつつ手助けする相棒。
源 有人とはとても仲が良く、幼少からの親友。
他者を助けたり、補助したりする事には持ち前の器用さを発し、要領もいい。が、いざ「自分の事」となると萎縮し、いざという時に結果を出せないと言う最大の欠点がある。
本番に強い実践派のヒロイン棚町薫とは真逆にあたる。この性格が災いし、高校受験の際私立の第一志望校に落ち、ランクを下げて吉備東高に入学した経緯がある。
さらにそんな性格が災いし、中学時代に手痛い失恋を経験しているため基本的にそっち方面は奥手である。女性に対し紳士的であるが一定の距離を置く。感覚が男友達に近い棚町薫を除いて。
独特の飄々とした、しかし意外にしたたかな一面を持つキャラをイメージしています

口癖が「ぐう・・。」というのは流石にヒーローとしてどうなのか。




ルートK 

 

1 相棒

 

「くあ・・」

 

国枝直衛の一日は早い。

と、言うのも朝起きた時点でどん底状態の彼の血圧をあげるのにかなりの時間を要するからだ。国枝一家総出で起こし、絶妙な連携でまずはリビングに連れて行き、コーヒーかカフェオレ、ココアなどで血糖値を上昇させ、意識を覚醒させる。

そうでもしないと朝のトイレ内でもし彼が気を失ったりすると彼の家族全員が盛大なとばっちりを食うからだ。

 

このような家族の愛に支えられ、国枝の遅刻は低血圧という最大の重荷を背負っているにも拘らずとても少ない。それどころかクラス委員長絢辻を抜いて2-A教室一番乗りもざらにある。が、その代償は大きい。

教室に付いた途端、HRまでの十分から二十分程の彼の時間は完全に睡眠に割り当てられる。こうでもしないと授業どころではないのだ。さらに寝起きが悪いと普段の彼では考えられない程のかなりの悪態、暴言を吐く。

 

「煩い!死ね!」

 

これでも彼の寝起き暴言ランクの中では下から数えた方が早い。

 

「ぐう・・」

 

そして今日も直衛は日課を遂行中。

 

「おっはよぅー・・んーまた寝てんのね」

 

「ぐう・・」

 

「相っ変わらず良く寝るわね・・。だからデカくなんのかしら?」

 

「ぐう・・」

 

「なんか・・ムカついてきた・・。っていうより弄りたくなってきた・・」

 

「かぁ・・」

 

「・・・。よっし。おーーい!おっはよう!」

 

「すぅ・・」

 

「おーい?起きてる?あっさですよ~~」

 

「ぐう・・」

 

「もっしもーしっ?」

 

「・・・。」

 

「なーおーえー?」

 

「・・」

 

「・・・ふふふ?直ちゃん?起きる時間よ?」

 

「すぅ・・」

 

「・・ちょっと恥ずかしかったのに。乙女に恥かかしやがって・・」

 

「すん・・」

 

「こいつ・・寝ながら鼻で笑ったわね・・?」

 

「ぐぅ・・」

 

「・・・」

 

・・・カぷ・・・。

 

―・・・・!!!!????

 

「ぬぁっ!!??」

 

「んあっ?おひは?(あ?起きた?)」

 

「!!!おい・・薫。君は・・何を・・やっているのかな~??」

 

「いへわはんはい?(見て解んない?)」

 

「解らない」

 

「ひひはんへんほ。(耳噛んでんの。)」

 

「・・意味が解らない」

 

「いひはんへはひはほ~♪(意味なんて無いわよ~♪)」

 

一分後―

 

「・・・」

 

「おはろー♪」

 

「はい。おはよう。そしておやすみ」

 

事務的に済まし、直衛は再び机にダイブした。

 

「ほぉお?いい度胸ね・・」

 

少女―棚町 薫の闘争心に火が付いた。パキパキと腕が鳴る音がしたさらにその二分後―

 

「目ぇ覚めた?」

 

「・・あっちいけ。ウェイトレスの癖に変な髪形しやがって。うっかり皿の中に落として『おい!ここの店は客に陰毛だすのか!』とでも言われろ」

 

・・この通りこの少年寝起き最悪である。

 

「あんた案外鬼よね・・。私も鬼になろうかしら」

 

さらに二分後。

 

「で?何?薫の用件は」

 

「おう♪目ざとくて助かるわ。今日の英語の和訳見・せ・て?今日アタシに回ってくんのよ」

 

いつもは遅刻上等な彼女が随分早く登校しているわけはコレである。

直衛の後ろの席の他の学生の席に薫はなんの躊躇いも無く座り、和訳されたノートだけでなく、筆記用具まで全て直衛に借りて和訳を写し始めた。

 

「・・自分の席でやれ」

 

頬杖をつきながら直衛はトロンと下がった瞼で精一杯薫を睨んでそう言ったが彼女はお構いなく続けている。

 

「冷ったいわねぇ。憂鬱な朝に潤いを与えてくれる女の子に向かって」

 

「・・・ぐぅ・・」

 

頬杖をついたままふたたび直衛はお休みの扉の向こうへ。

 

「器用ねぇ・・。」

 

うつらうつらと直衛の顔が上下し、前髪が男性にしては長めの睫毛にかかる。

 

「・・・。ふふ」

 

更に二分後

 

「・・・はっ!?」

 

うつらうつらと上下していた顔の重さに耐えきれず直衛はバランスを崩して再び目を開ける。

 

「ぐっもーにん。」

 

「あ。薫。おはよう。ん?お前何で俺のノート取ってんだよ!」

 

「・・話が通じないわね。いつもながら寝起きのアンタはなんか多重人格の人間と話しているみたいだわ。『とぅるるるるる』ってか?」

 

十分後

「よっし!まる写し完了!てんきゅね」

 

「くあ。おはよう・・」

 

「ようやくホントに目が覚めたみたいね。今度こそおはよ!直衛♪」

 

本来の覚醒を果たした直衛が今だしぱしぱした眼をしながらも漸く本来の彼の口調に戻る。

 

「あー・・すっきりした」

 

「相変わらず予備校で遅いの?」

 

「うん、まぁ」

 

「そ。全く高二で予備校通うなんてつまんない奴ね。たまにはサボりなさいよ」

 

「薫もちゃんと考えた方がいいぞ」

 

「大丈夫よ。ホラ。あたしって実践派だし?本番に弱いアンタとは違うの。それに今はバイトが楽しくて仕方無いからね」

 

「ん・・そっか」

 

「直衛もバイト、やってみたら?で、ちょっとお金溜まったら遊びに行こうよ」

 

「流石にアルバイトまでは無理かな・・。ただ遊びに行くのは賛成。有人やウメハラ誘ってまた行くか。久しぶりにビリヤードでもしたいし」

 

「うん!久しぶりね。高校入ってから結構御無沙汰だからなぁ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―俺とコイツの付き合いはそれなりに長い。

 

初めて出会ったのが中学二年の頃。何ともショッキングな出会いだった事は確かだ。

二年の一学期早々クラスの喧嘩の仲裁に入った俺がとばっちりを受けてあろうことかグーで殴られた。しかも女の子に。その女の子とは言うまでも無くコイツである。

女の子にグーでぶたれ、あろうことか保健室送りにされるとは男としての自我が目覚める年ごろにはつらい事件だった。

 

おまけにそれを引き起こした張本人―つまるところ終始薫が笑っていたのもいたいけな少年の心をさんざ抉ってくれたものだ。

ただそれ以来気にいられたのか、それとも自分に恥をかかせた相手に俺が一矢を報いたかったのか・・それなりに仲良くなってしまったまま現在に至る。

まぁ他にも紆余曲折はあったのだが奇妙な事に付かず離れず、今もこうやって駄弁る事の出来る仲ではある。一緒に居ると楽だ。・・基本的には。

 

 

直衛のその感覚は女友達と言うよりも男友達の感覚に近い。

彼女自身が控え目な女性像などふっとばす強烈なキャラクターだからだ。世話焼き、お節介、そして愉快犯、トラブルはサメのような嗅覚でかぎ分け突っ込んでいく。

 

吉備東校の核弾頭と呼ばれる所以である。

 

そしてやる行動が「・・お前それどうなの?」というすれすれを通過していく。

反面困っている人をほっとけないという一面もある。問題を先送りにすることも結構に嫌う良く言えば行動力のある好かれる人間である。それ故男女問わず友人は多い。

ただどうも近くに居ると生傷が絶えない。薫自身ではない。それを仲介、補佐する直衛自身がだ。

友達までなら許せる人間は多かろうが、親友、そして直衛と薫のいわば「悪友」関係となると本当に苦労する。

 

「こいつホンマどついたろか」

 

と、直衛がなる事も多いがそうなるとそこは女の子だ。流石に手をあげる訳にもいかないし、情けない話だが下手をすれば返り討ちにあう危険性すら持つ武闘派の少女である。

 

―コイツが男だったらな・・。

 

ふと直衛はそう思う事がある。

 

一緒にバカやれる間柄としてはお互いにちょっと時が経った。

彼女も行動や性格こそ男勝りだが見た目は結構に女の子。さすがに危なっかしさを感じるのである。ただでさえ彼女が起こすトラブルをフォローするのに四苦八苦するのに、年々積み重なる不可避のツケにハラハラさせられる。

 

「・・・・。なぁ薫」

 

「ん?何?」

 

「モロッコに行くのってさ、幾らすると思う?」

 

「・・もろっこ?聞いた事はあるような気がするけどモロッコって・・そもそも何処にあんのそれ?」

 

「アフリカ」

 

「へぇ、そ、そうなんだ?さぁ・・考えた事無いからわかんないけど。結構するんじゃない?イメージだけど」

 

「でさぁ・・性転換手術って幾らすると思う?」

 

「え。は、はい?さっきからアンタ何の話してんの?」

 

「お前の貯金で賄えるかな」

 

「ちょっ!私の貯金アテにしてんの!?さ、さぁどうだか。な、直衛?ひょっとしてアンタ・・実はこっち・・なの?」

 

薫は他聞をはばかり、こそこそと内緒話の際の口に添える右手 → 俗に言う「オネェ」を表すジェスチャーにコンビネーションする。

 

「いや俺じゃないんだけどね」

 

薫は思わずほっという溜息がこぼれる。

 

―いきなり何言いだすのよコイツ。本気で焦った・・。

 

「びっくりさせないでよ・・。でもまさか・・・アンタの知り合いに手術したいって人でもいる、の?」

 

「まぁ・・」

 

「・・。ちょーーっとぐらいなら私にも役に立てるかもしれないわよ?・・思いとどまらせるとか、せめて話を聞くぐらいは・・」

 

何だかんだでデリケートな相談には乗ってくれる優しい少女―棚町 薫。

 

「そいつ女の子なんだけどね」

 

「え。成程。想像の斜め上だわ。私の知ってる子?」

 

「うん」

 

「マジ?名前聞いていいの?」

 

「別にいいよ。薫と無関係ではないし」

 

「え?私が知ってる子?」

 

「うん」

 

「・・誰?」

 

「お前」

 

「え?」

 

「だからお前」

 

秋の暮に近いやや肌寒い朝の教室の時間が凍りついた。

 

「・・んーーー直衛?」

 

満面の笑みで薫は微笑み―

 

「ん?」

 

「まだ寝てるの?もぅ・・ワタシが起こしてあげるね❤

 

さもなきゃ・・

 

一生寝てろ!!!!」

 

っパァン!

 

聞いている人間が手の平に痛みを覚えそうな炸裂音が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そ、そりゃあ直・・君が悪いよ」

 

ゲームセンターの対戦通信台で黙々とレバーを操る直衛に源はそう言った。

その右頬にはくっきりと赤い紅葉が描かれている。「あれ」から半日以上経っているが未だに腫れが引かないのだ。

 

「うーん。秋の風物詩だねぇ。まさかゲーセンでみられるとは」

 

梅原は楽しそうに独特の江戸前口調でそう言いながら直衛の右頬の紅葉をつんつんつつく。

はっきり言って操作を誤るぐらい痛い。

 

「いだっ!!あ。あ、あ、あ、あ、あ、あ~~!・・死んだ」

 

「?国枝君らしくないミスだね?」

 

対戦台の向こう側で国枝と対戦していた少年がひょっこりまだ幼い顔を出す。

御崎だった。国枝の操作ミスにつけ込んで浮かせ始動の残り体力をキッチリ掻っ攫う美しくも容赦ない空中コンボであった。

 

「すまん。大将・・」

 

 

対戦が一段落し、源、梅原、御崎と直衛の四人はファストフード店に入り浸って駄弁りを開始する。

 

「そりゃあ国枝君が悪いよ」

 

事の詳細をくわしく聞いた御崎もまたそう断言した。

 

「有人からもう聞いたからそれぐらいで勘弁してくれ。御崎」

 

「まーな・・女の子相手に『性転換手術しろ』って・・冗談にしてもデリカシーが無さ過ぎるってもんよ。」

 

「え・・梅原君が言うの・・それ」

 

「ははっ。でもよくその程度で済んだよね?棚町さんが本気で怒ったらデンプシー位はくると思ってたけどビンタだけだし。直には遠慮しないっていうイメージがあったんだけどな」

 

「有人甘い」

 

「え?」

 

そう言って直衛は上半身のシャツをめくった。

 

「・・!」

 

「こ、これは・・!大将・・!」

 

「・・『顔をあんまり殴ると先公が煩い。だからボディにしといてあげる』だそうだ」

 

「何その典型的ないじめっ子的な発言・・」

 

「国枝君が昼食を残していたのはそのせいか・・」

 

「ああ・・内臓をやられてしまってな・・」

 

 

 

 

 

 

 

「でも・・棚町さんは乱暴だけどいじめは絶対しないよね。女の子は結構そういう所男より影でドロドロしてるけど棚町さんにはそれを感じないっていうか」

 

「そうだな。棚町は昔からコソコソした事が大っ嫌いだったからな」

 

「おい・・ちょっと待て。俺の体に刻まれたこの陰湿な暴行の痕はいじめとは呼ばないのか?虐待レベルだぞ」

 

「んーそれはちょっと違うんじゃないかなー?国枝君」

 

「ま。痴話げんか、夫婦喧嘩の類じゃねーの?」

 

「今回に限っては直が全面的に悪いよ」

 

満場一致でボロクソである。

 

―いや・・解ってんだけど俺に味方はいないのか。

 

 

「ん・・・」

 

帰り間際、いつもより妙に厚みの無い学生鞄に違和感を覚え、直衛は中を覗く。

 

「あ」

 

「どした?直?」

 

「・・俺弁当箱教室に忘れてるわ」

 

「まじかよ。しまらねぇなぁ」

 

「本当?取りに行く?」

 

「うーん・・いいや。俺一人で行ってくる。三人は先帰って」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・あれ?」

 

一人学校の2-A教室に戻り、直衛は自分の席の中を調べたが完全に空だった。

 

「あれ?やばい・・何処置いたっけ?」

 

何せ今日の弁当は今朝の諸事情の結果、中身がそれなりに残っている。昨今気温が下がってきたとはいえ流石に日を跨げば何らかの突然変異を起こす可能性も捨てきれない。

 

 

 

「お探しはこれかしら~?」

 

カラカラという音の方を向くと一人の癖毛の少女が右手で直衛の空の弁当の包みをつまんで軽く振っていた。

 

「薫」

 

「にひ♪」

 

 

 

 

「何でお前が俺の弁当持ってんの?」

 

「あら御挨拶ねぇ。アンタが残っているかどうか机漁ってたらこれがあって、しょうがないから家にでも渡しに行ったげようとすら思ってたのに。はい!」

 

「あぁ。ゴメン。有難う薫」

 

そう言ってあっさりと弁当箱は返してくれたが妙に素直だと思った。・・裏があるコレは。

 

「俺探してたっつってたけど・・何か用?」

 

「ちょっとね。ま、いいや今日暇でしょ。付き合いなさいよ」

 

「・・ひょっとしてまだ怒ってる?」

 

「は?なんのこと?」

 

直衛は何も言わず今だ赤い自分の右頬を指差した。

 

「ん?ああ!まだ殴られ足りない?あいかわらず直衛ってMなのね~。・・別に気にして無いよ。それより早く。待たせてるんだから」

 

「『待たせてる』?誰を?」

 

「つべこべ言わないで付いてくるの!」

 

「引っ張んなって。行くから」

 

 

直衛は第一校舎と第二校舎を挟んだ裏庭に拉致された。この場所は植木などが多く、俗に言う死角が多い。それ故ここを訪れる生徒たちの用途は幅広い。

密談、密会、告白、相談、詰問そしていじめなど良くも悪くも生徒の使用率が高い曰くつきの場所である。

 

「薫。・・優しくしてね」

 

小刻みに震えながら直衛はそう言った。せめて五体満足で帰してくれと。

 

「だからそんなんじゃ無いっつってんでしょうが!案外しつこいわねあんたも」

 

「全く説明なしに拉致られたらこうなりますって~」

 

「チキンねぇ・・ほらいたわよ。おーい!」

 

女子生徒達がよく昼食の際、座っているベンチに心もとなく鎮座した少女を薫は指差し、手を振ると向こうもこちらに気付き手を振った。薫に比べるとかなり控えめな動作だ。

 

「・・田中さん?」

 

「おまたせ。けーこ。全くこのボンクラがチンタラしてるから!おいボンタラ!恵子に謝りなさい!」

 

「・・略すな。ごめん田中さん。詳しい事薫が教えてくれなくて。待たせたかな?」

 

「いいよ。そんなに待ってないから」

 

栗毛で肩までの髪を少し手で整えながら少女―田中 恵子は不器用そうに笑った。

 

「お互い大変だね」

 

「もう慣れちゃった。へへへ」

 

「そこでイチャイチャしない!恵子本題入りなさい!」

 

「うん・・ねぇ国枝君。早速なんだけど・・田村君・・ってどう思う?」

 

「え・・田村ってウチのクラスの?」

 

「うん。田村 孝之君」

 

「どうって・・正直あんまり話した事無い。別に俺からしたら普通だとは思うけど。そいつがどうかした?」

 

「私ね。・・彼に告白したの」

 

「え・・あ~そう言う話?」

 

「ゴメンね。ヘンな話で。いきなり混乱しちゃうよね」

 

「いえいえ。もともとちゃんと詳細言わないコイツが悪い」

 

「むっ!」

 

「それで・・?」

 

「私ね『返事は少し待ってくれ。』って言われたの。で、しばらく待ってたんだけど・・」

 

「ふん。返事が無いって所?」

 

「そ。それも一カ月」

 

不機嫌そうに薫が口をはさんだ。サラっと言われた割には中々重大な事実である。

 

「・・!一カ月!?」

 

よくもまぁ同じクラスに居ながらそれ程デリケートな話題を先延ばしに出来たものである。

 

「うん・・」

 

「恵子・・普通そんなに待たないって・・そんなことしてたらあっという間にバアサンよ?」

 

「あはは・・」

 

「あははじゃ無いって・・。で、直衛・・話はこっからなのよ」

 

「ほお」

 

「さすがに私も待ちきれなくなってもう一度直接会って返事を聞きに行ったんだ」

 

「・・・(健気だね)」

 

―告白したら一旦保留されるわ、返事をもらえないまま待ちぼうけにされるわ、挙句返事が無いので恥を承知でもう一度話を聞きに行く・・か。女の子に何させてんだか。田村の奴。

 

「で・・そいつ恵子に何て言ったと思う?」

 

「え・・もしかして『もうちょっと待ってくれ』とか?」

 

「甘い。『キスさせろ』だってさ。いきなり、それだけ」

 

「え」

 

―・・・!?

 

「バカにするのもいい加減にしろっての!ろくに返事もしないでぬぁにが『キス』よ!」

 

「う・・う~む。で、その後は・・?」

 

若干聞くのが怖い質問だ。「やらせたの?」って聞いているようなもんである。

 

「さすがに断りました。なんか・・違う意味で少し怖かったし」

 

「で、今に至るワケ。どうしたらいいと思う?」

 

「成程。話はだいたい解った」

 

「ごめんね・・国枝君。いきなり呼びだしてこれじゃ・・」

 

「気にしないでいいって。素人的に聞いても非があるのはどうやら男(こちら)側みたいだし」

 

「国枝君・・」

 

「そういう訳で男子代表。手っ取り早く意見を述べなさい」

 

「明らかにハズレくじだよ。切ったらいいんじゃないこの際?」と、いうのが直衛の本音だが田中がどれくらい田村のことを想ってきたかが詳細に解らないだけに下手な事も言えない。とにかく田村の気持ちをハッキリさせることが大事だ。

 

―田中さんもそれでどっちに転がろうと納得できるはず。・・そんな単純な事でも無いかもしれないけど・・。こうするしかないわな~。

 

「ま。私に言わせれば恵子が泣かされる羽目になるってとこなんだけど。この際そんな奴こちらから願い下げにしてやれば?」

 

「・・・」

 

―成程、俺は薫と同程度の思考レヴェルだった訳だ。

 

膝をつきたい気分になった。

 

 

「・・。ま。とりあえず田村の言い分が全く解らんだけにもう一度話を聞く必要がありそうだね。この様子だとあっちから返事が来るっていうのは期待できそうにないし」

 

「やっぱりそうよね」

 

「・・」

 

「けど直接田中さんが行くのは・・また『キスさせろ』じゃ話にならん」

 

「じゃあ恵子の変わりにアンタが聞きに行くってのはどう?」

 

「ダメだな。いきなり俺が言っても」

 

―『男呼んだのかよ面倒くせぇ女』とか言い出しそうだからな。

 

「仕方ない。じゃ、私が行こうかしらね。ふふふ」

 

「お前は謹慎してろ。頼むから」

 

「なにおう!?」

 

「じゃ、じゃあどうすればいいかな・・?」

 

「電話か・・手紙かな。田中さん。田村の家に電話した事は?」

 

「ううん。無いよ」

 

―成程。あっちにとっちゃ結構意外で唐突な告白だった可能性が高いな。田中さんガンガン行く方には見えないし。

 

「それだと手紙かな・・。いきなり電話じゃキツそうだね。留守で捕まらない可能性もあるし。それに手紙ならじっくり内容を考えて見直しも出来るから失言して誤解させる可能性もある程度防げるし」

 

「う、うん・・なるほど」

 

「それに田中さんアガリ症だからね。面と向かうより手紙だったらもう少し冷静になってちゃんと言いたい事も伝えられるかも」

 

「あ。はははは・・」

 

「ふむ。一理あるわね。どう恵子?やってみる?」

 

「うん!早速やってみようかな。日記とか時々書くから話すより楽かも」

 

「田中さん字綺麗だしね」

 

「あ、ありがとう。きょ、今日は二人ともいろいろ有難うね。相談に乗ってくれて・・」

 

「どういたしまして」

 

「じゃあ私はこれで。本当に有難う」

 

「恵子!なんかあったら遠慮なく言いなさいよ!いつでも聞くから」

 

「ふふふ。頼りにしてるよ!薫!」

 

初めここに来た時より明るい表情になって去っていった彼女に残された二人は安堵した。

 

「ふう。可愛い子なのに。何で男って奴ぁ・・」

 

「すいませんね」

 

―男(ウチ)の子が。

 

「全くよ」

 

「ま。今日はてんきゅね。思ったよりちゃんと相談に乗ってくれて助かったわ」

 

「役に立てるかはかなり微妙だけどな。所詮素人の意見だし」

 

「・・素人の意見か」

 

「?」

 

「さて・・アタシもバイトだ。そろそろ帰んないと。じゃあね直衛」

 

「おう。弁当箱ありがとな」

 

「直衛」

 

「ん?」

 

薫は何も言わず右の握りこぶしを出した。

 

「・・・」

 

直衛も何も言わず左手の握りこぶしを薫の拳にコツンとぶつけた。

 

 

 

 

 

 

 

それより数日が経過した。

 

田中の田村への手紙作りは当初思ったより難航したらしい。田中に色々聞いてみると

 

「やっぱり色々と考えて書くとなると恥ずかしくて・・書いては消しての繰り返しなの」

 

とのこと。

彼女らしい真面目さだ。その間にも何らかの返答が田村から来るのではないかとひそかに期待もしたが相変わらずその気配は無い。

クラスメイトとして傍から見ればいつもと変わらない態度に直衛には見えた。

でも案外傍目には普通に振舞いながらも真剣に考えるあまり結論を先延ばしにしてるんじゃないかと好意的に考えたくもなる。そうじゃないと一生懸命な田中が、そしてそんな親友の事を思って暴走しながらも奔走している薫が気の毒だ。

 

だがさらにその数日後、その思いは裏切られる事になる。

 

2-A教室

 

昼休み

 

「ぐう・・」

 

腹は埋まり、天気もいい。席はもう金輪際席替えをしなくていいとも思える窓際のベストポジション。これは寝ずにいられない。

向かいに座った友人の源は本を読みながら日光浴をしている。

一緒に居るからと言って気を置かず、お互いが好きな事をしていても苦痛じゃないのがこの二人の間柄である。幼稚園の年少の頃からの長い付き合いだ。

 

「ん・・?」

 

一定のペースで直衛に聞こえる友人の本のページをめくる心地よい紙の音が止まり、怪訝そうな声が聞こえた。

 

―ん・・?

 

 

ガァァンッ!

 

 

「あんたっっっ・・!!!ふざけてんじゃないわよっ!!!」

 

口火を切ったその声の後罵倒し合う声が教室中に響く。

 

―・・・・!!!!・・・!?・・・・!!!

 

声だけではない。椅子や机が床にすれ合う耳障りな重い、耳に引きずるような不快な音も響く。いくら寝起きが悪いとはいえさすがにこれでは直衛は眠れない。

 

「・・・薫か」

 

―誰に向かってキレてるんだ?・・。げ。

 

机に足を乗りあげた薫に胸ぐらを掴まれ、気圧されている相手が一人、その取り巻きに一人。当の薫に胸倉をあろうことか掴まれているのが・・

 

―た、田村じゃん・・おいおい。田中さんは!?・・・。ほ。とりあえず居ないか。

 

ほんの少しの安堵も現状の惨状と比較すると何とも気が重い感情が直衛に覆いかぶさる。

 

―・・くそ。絢辻さんが居ない。

 

信頼と実績と要領のいいクラス委員長の彼女が居れば丸く収められるだろうに。

まぁ居ないものに縋っても仕方ない。直衛は重い腰を上げる。

 

「おいどうした。落ち着け薫」

 

「おぉ国枝!何とか言ってくれよ!棚町がいきなり突っかかってきて迷惑してんだけど?」

 

これお前の責任だろ?どうにかしろよとでも言わんばかりに田村はそう言った。

 

「・・だってさ。薫。まず離せ」

 

「うっさいわね!事情も知らずに口出ししてんじゃないわよ!」

 

「空気読め。離せっつってんの」

 

「・・・ふん!!」

 

薫は掴んだ田村の胸倉を引きちぎらんばかりに振りほどき、いきなり解放された反動に田村は後方によろける。その時その手からひらりと何かが落ちた。が、全く意に介していない様子だった。

そして当の薫は制止した直衛に目も合わさず、怒りを交えた歩調で教室を後にし、乱雑に戸を閉めた。近くに居た女子生徒が「ひっ」と萎縮するぐらいに。

 

「大丈夫か?」

 

直衛はとりあえずそう田村に聞いた。

 

「あぁ助かったよ。ちっ・・何だよあいついきなり」

 

「大丈夫かよタカ」

 

隣で唖然と見ているだけだった田村の連れである花野もようやく気を取り直して友人に語りかける。

 

「襟伸びてない?ったく・・」

 

「う~~ん・・大丈夫じゃね?」

 

「おーおーどうしたのよ。一体」

 

ウメハラもいつの間にか場に現れ、不穏な空気が抜けきらないこの場に相応しく無いテンションで一向に話しかける。

 

「聞いてくれよ~ウメハラ~棚町がさ~~」

 

田村は被害者としての態度は崩さない。

 

「・・これ落としたよ。田村の?」

 

源も騒ぎの中に入り、ついさっき田村の右腕からこぼれた綺麗に折りたたまれた紙を渡す。

 

「おぅ。サンキュ」

 

直衛は嫌な気分がした。その飾り気ない、でも適度に整えられた白い紙。田村という少年から連想されるイメージからは到底かけ離れた物体だ。その紙には裏面からでも解る綺麗な、整えられた文字が映し出されていた。

位置からして最後の文だろうか。

 

「ずっとお返事待っています。 田中 恵子」

 

―・・・。

 

その直衛の視線に気付いたのか田村はこう言った。

 

「あ。コレ?ちょっと面白いからコイツと一緒に見てたんだけどさ。そしたら棚町がさ・・いきなり血相変えて・・」

 

「あぁ成程。大体解った」

 

―・・マジか?こいつ?

 

「まぁ薫の事は怒んないでやってくれ。あいつもついカッとなったんだろうさ」

 

―例え自分の意に沿わなかろうと相手の気持ち汲んでそれなりの誠意ってもんを見せる必要があるだろうが・・。

 

「アイツにはきつく言っとくから」

 

―それをはっきり答えも示しもせず相手の行動だけ笑うだと?

 

「薫の事は許してやってくれ」

 

―・・・!!

 

 

 

「・・・俺の事は許さなくていいから」

 

 

 

「直!」

 

源がそう制止した瞬間だった。

直衛はさっきまで薫が身を乗り出していた田村の席を蹴り飛ばし、なるべく他の席に全く迷惑をかける事の無い位置へ縫うようにひっくり返した。田村の机の中の教材が散乱する。

 

「あぁ!??」

 

あまりの直衛の豹変に唖然としている田村たちを尻目に薫とは対称的にゆっくりと直衛は教室を後にした。

 

「な、なんだよアイツ!ちょっわけわかんねぇ・・・!!!」

 

混乱と羞恥、そしてちょっとした恐怖の中、田村は自分の席を直しながらそう言うのが精一杯だった。

 

「ほんとに解んねぇの?」

 

何時もは陽気な梅原の口調が完全に冷え切っていた。

 

「え?」

 

「いやはや・・厄介だねぇ」

 

やれやれと梅原は首を振り―

 

「そりゃあ田村、花野・・君達が悪いよ」

 

源が最後に言い切った。

 

 

 

 

屋上―

 

「やっぱここに居たか」

 

「アンタ・・何しに来たのよ。説教なら願い下げよ」

 

「・・・やっちゃった」

 

「は?」

 

「梅原と有人が居るからつい・・田村が徹底的に悪者になる方法を選んでしまった・・。穏便に済ましたかったのに・・」

 

「何の話???アンタ一体何したのよ?」

 

 

 

 

 

 

「ぷ・・あははははは!!やるじゃない!!直衛!」

 

自分が去った後、教室内で起こった事の顛末を聞いてさぞ痛快そうに薫は笑い、落ち込む直衛の背中をバンバンと叩いた。

 

「当分教室に帰りたくね」

 

「ふふっ。久しぶりにサボるか!」

 

「あーあ・・たまにはいいか」

 

「やりぃ!恵子も誘いますか」

 

「やめて・・会わす顔無いって俺」

 

「女々しい事言ってんじゃないわよ。はい。まずは座る!」

 

薫は屋上の地面に、どっかと座りこみ、足を広げて真っ直ぐ空を見上げながら隣に座った直衛にこう呟いた。

 

「お互いガキねぇ・・私達。あ~~上手く行かないもんね」

 

「・・そだな」

 

その後二人は一時間サボり、六時限目前に粛々と教室に戻った。

 

だが意外にもクラスの人間に二人に対して非難やよそよそしい態度はなく、

 

「普段滅多に怒らないあの国枝が怒ったんだからなんかワケがある」

 

「棚町さんは怒りやすいけど意味無く怒る子じゃ無い。何か理由ある」

 

と、いう感じには治まっていた。

自業自得だがその雰囲気の中で田村と花野は小さくなっていた。

思ったとおり梅原、源、そして後に彼らから事情を聞いたクラス委員長絢辻がフォローに動いてくれたらしい。そして教室に戻った二人を友人達が向かい入れてくれた。

 

「お帰り。直」

 

「大将お帰りぃ」

 

「・・・ただ今」

 

そしてそこにはもう一人

 

「お帰り、薫」

 

「・・・けーこ」

 

「ふふふ」

 

ふっきれたような陰りの無い笑顔を田中は戻ってきた薫に見せた。

 

 

 

 

放課後―

大所帯で久方振りのビリヤード大会が開かれた。

試合結果次第で対戦相手のプレイ代、ジュース代を負担するガチバトル。非常に熱い大会である。ルールはナインボール。

飛び入り参加の絢辻を含めた八人を二人四チームに分け、2vs2の仁義なき勝負が繰り広げられる。

くじ引きで選ばれた直衛のパートナーは田中だった。どうやらビリヤードは初めてらしく緊張している。対戦前少し時間があった。

 

「ゴメン・・あたし足引っ張っちゃうかもぉ・・」

 

「気にしないでいいって。・・俺らも久しぶりだから大差ないと思うよ。ハンデもあるし」

 

「そっか、そうだよね」

 

「・・」

 

「国枝君」

 

「ん?」

 

「私・・振られちゃったみたいなものだけど、これでよかった気がするんだ」

 

「・・」

 

「少なくとも今の私には薫が本当に私の事を考えて、私の事で本気で怒ってくれた事が何よりも嬉しいって思えたから。今の私には薫の方が・・親友の方が遥かに大事だって心から思えるから。だからこれでいいの」

 

「・・そう」

 

「あ。勿論国枝君にも感謝してる。源君から聞いた。二人共本気で怒ってくれてたって・・聞いただけだけど本当に本当に嬉しかったんだよ。ありがとう」

 

「勿体ないお言葉で。・・役に立つどころか田中さんに嫌な気分にさせちゃったし」

 

「そんなことない」

 

「・・・」

 

「そんなことないよ」

 

「ありがとう」

 

「・・。国枝君?」

 

「ん?」

 

「あのね、薫はね、凄く・・いい子だよ」

 

「え?あ、うん。知ってる」

 

「だよね。中学からの付き合いだっけ」

 

「まぁ・・腐れ縁って奴ですか」

 

「羨ましいな。国枝君と薫の関係って・・実は私の理想なの」

 

「・・低い理想だね」

 

「そうかな?うーんやっぱり本人同士だと解らない事なのかなぁ・・。言いたい事を言い合える。それも面と面を向かい合って。一見簡単な様でとっても難しい事だと思う」

 

「・・言いたい事を言い合えるんだったら薫よりむしろ有人や梅原とかの方が話しやすい面が多いんだけどな・・」

 

「・・国枝君にしては珍しく凄く的外れな事を言うんだね」

 

「え」

 

「簡単だよ」

 

「・・?」

 

 

 

 

 

「それは薫が『女の子』だから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




断章 調理実習

私は田中 恵子
吉備東高校2-Aの自分で言うのも何だけどぶきっちょで冴えない普通の女の子だ。
・・自分で言っていて悲しくなってきた。
まぁそれはともかくそんな私にも友人が居る。大事で大好きな親友が。

棚町 薫

私と全く違う性格。あんまり何事も真剣にやる事は珍しいけど器用でコツをつかむのが上手。強気で行動力もある。度が過ぎる事もあるけど。・・かなり。今日もそれが遺憾なく発揮されるのだろう。

三時間目、家庭科の調理実習。

今日の料理は鮭のホイル焼きだ。

吉備東高校では調理実習をクラスの男女に分けて行う。
女子が調理実習の日、男子は教室で授業をやっている。今日は英語の補填授業をする日だそうだ。

つまり・・

―薫を止める子が居ないの。

国枝君、源君、この際梅原君でもいい。私を助けて。
2-Aで唯一薫を止める事の出来るタレントを持つ女の子、絢辻さんが先日倒れて今日はお休み。今日倒れるのは私かなぁ・・。遠い目。

今朝の出来事を思い出すと溜息が出ます。今日の調理実習の材料で決して欠かすことの出来ない材料―鮭。コレの調達は私が担当でした。

「これを私が忘れれば今日の調理実習は中止になって生き残れるかもしれない」

そんな悪魔のささやきが私を包みました。
しかし―

「恵子、今日コレ必要なんでしょ?」

・・お母さんありがとう。先立つ不孝をお許しください。


三時間目―

「はぁぁ~~。血が湧くわね」

薫がそう言った。この子は調理実習を格闘技か何かと勘違いしているのかもしれない。

「か、薫?薫は普通に料理出来るんだから鮭のホイル焼きなんて楽勝よね」

早めにおだてて外堀を埋めに掛る友人K子。涙ぐましい。

「ま、楽勝なんだけどね。伊達に母子家庭じゃありません。ただ・・普通に作っても面白くないでしょ?折角の調理実習なんだしドカンと一発・・」

―助けてぇ!国枝君!


一方2-A 男子は英語の補填授業。

「国枝。次の英文訳せ」

「はい。『その可哀そうな女の子を救う術はありませんでした。従って・・』」


再び家庭科室

息も絶え絶えの状態で田中恵子は材料を切り、調味料、野菜、レモン、そして鮭をアルミホイルに包み、残すはフライパンでじっくり蒸して仕上げと言う段階まで漕ぎつけた。

「ねぇねぇ包丁を使って空中で野菜切れるかな?ホラ?漫画じゃ良くあるじゃ無い?」

とか薫が言い出した時、田中恵子は寿命が縮む思いだった。
田中恵子は決して料理が得意な方ではないのだがその一言を聞いていつもの倍ほどの記録を叩きだして野菜を切り分けた。
幸い実習指導の先生が薫と田中恵子の班の様子を見に来たタイミングに合わせ、薫がヘタに動けないうちに野菜を切り分けた。おまけにその手際は先生にも褒めてもらえた。

「恵子やるじゃない」

と薫は彼女を褒めながらも顔に「残念」と書いてあった。

「残念」で結構。
人生時には何も起こらない方が幸せなことだってある。

しかし問題はここからだ。

原始の時代。
人は獣から身を守るため火を駆使した。獣は本能的に火を避けるものである。
しかし今田中恵子の目の前に居る獣は火によって興奮する可能性が非常に高い。
二十一世紀を控え、獣はここまで進化したのだ。

「バイトでは店長が調理場に入れてくんないから我慢してたのよね。」

と薫。田中はその言葉に内心刻々と頷きながらこう思う。

―店長さん。貴方の判断は間違っていません。尊重します。

鮭のホイル焼きという料理はじっくりと弱火で時間をかけ蒸す必要がある。材料を切る時とは違う。必然的にある程度の時間は生じてしまう。この獣―薫に付け入るスキを与える時間が増えるという事だ。いっそのこと「生焼けにして食中毒で済ました方が被害少ないんじゃない?」と再び田中の中に潜む悪魔―魔中が囁く。

しかし、ここで思いがけない助け船が登場する。

実習の時間が押し、フライパンの火加減を見る調理役と使用した器具、道具を洗い、片づける役目を分担して行うようにとの指示が出た。

―これだ!

田中恵子は内心そう思った。
そして提案する。班は六名。二人ずつでペアになってじゃんけんを行い、勝った方が調理を、負けた方が片付けと実食の用意をするという提案だ。

当然田中恵子は

「薫」

バチチッ

「あら。ヤル気?」

薫を潰しにかかった。

薫もこの申し出を断らない。これで勝てば晴れて田中恵子と言う対立勢力を正式に排除でき、火と共に踊り狂う事が可能になるのだ。

「いくわよ恵子!最初はグー。じゃんけーん・・」

「負けないよ薫!最初はグー。じゃんけーん・・」

少し過去の記憶に戻る。国枝の話だ。

「薫は基本的に「最初はグー」を使った時の本番の手はそのままグーをだす事が多い。裏を掻いてるつもりらしいけど。百パーセントとは言わないけどね」

―信じるよ!薫と国枝君の過去を!

田中恵子の決心は決まった。


「「ぽいっ!!」」


「・・・」


「・・・。くっ・・負けたわ恵子」

―はぁ・・はぁ・・やった。やった!!ありがとう国枝君。ああ・・私は今猛烈に感動している。


「じゃあ私達が洗い物をしている間、勝った三人は寛いでて?仕方ない・・負けた方が全部やるのがこの世の常だもんね?」


―は?

「え?ホント?棚町さん」

「ありがとう。私火扱った事無くて」

班員のずれた反応に田中は呆気にとられる。は、話が違うじゃないか。

―まってまってまって!だからこその調理実習でしょ!?

「任せといて!うーん。でも洗い物しながら調理となるとさすがに骨よね。よし!ホイル焼きはフライパンでやらずに電子レンジでやっちゃおう!」

「あ。あったまいいね!棚町さん!」

「それでいこう!」

―いやいやいや!?

もう田中は呆気にとられて頭の中で突っ込むことしかできない。行動に移せない。

その躊躇が命取りになった。既に鮭を包んだアルミホイルは電子レンジの中。運命のスイッチが押される。

「うわ~なんか放電してる~!かっこいい。『バッ○・トゥ・ザ・○ューチャー』みたい」

「・・・」

―ははは。いいね。鮭のホイル焼きは未来にいくんだ?

「あれ~?何か焦げくさいね」

「凄い!何か一層放電が強くなったよ~」

―だめ!ここは私が!

止め、無きゃ・・・。




カッ




昼休み―2-A教室

「直衛見て見て~」

「あ?」

「頭チリチリ!」

「元からだろ・・ん?なんか今日は一段と・・」

「・・・。国枝く~ん」

「ああ田中さ、ん・・・え!?田中さんまで何か凄いパーマかかってる!?」

「あ、はははは、う、う、うええええ~~ん国枝く~~~ん!!」

「え・・へ!?え!?」

「あ~~!!恵子何直衛に抱きついてんの!!離れなさいコラ!!って・・・アンタもかたまってんじゃないわ・・よっ!!!」

「ぐえっ!!」



「はぁ~~~っ平常運転だね。梅原」

「だな。みなもっち」

「有人・・梅原・・お、お前ら俺嫌いだろ・・」



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