ぐれほわSHARK・T   作:GREATWHITE

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ルートT 六章 仮面舞踏会 4

 

 

 

 

 

 

 

 

一通りのルール説明と初心者二人の練習を終えた後、四チームが二台に分かれていざ対戦が始める。前回先述したとおり、負けたチームは対戦相手にジュース代とマイクの口添えで異常に安くなったとはいえ今回のビリヤードプレイ代を負担しなければならない。

絢辻と前回・・「負傷」した有人のチームの対戦相手は―

 

「よっし頑張ろう棚町さん!!ほら~~ははは~~」

 

「・・・む~~」

 

「・・棚町さんってば・・」

 

―僕が何したってんだよう・・。

 

・・テンションダダ下がりの棚町と御崎のチームとの対戦である。自ら直々に田中、国枝ペアを潰したかったらしい棚町はやや恨めしそうに癖っ毛を指先でくるくるとこねる仕草をしつつ、もう一つ借りたビリヤード台で対戦を開始した田中×国枝ペア対梅原×杉内ペアの様子を見ていた。

 

とは言ってもこの棚町×御崎ペアは二人はどちらもビリヤード経験者。ハンデがあるとはいえビリヤード初心者の絢辻と対戦前に「負傷」した有人の二人には不利な面は多い。

 

「じゃあ・・先攻は絢辻さんのチームでいいよ。ね?棚町さん」

 

「いいっすよ~」

 

御崎の申し出に棚町は少し投げやりにそう言った。

 

「じゃあ・・源君お願いね」

 

「・・・頑張ります」

 

ズキズキするこか・・もといみぞおちを抱えながら有人はビリヤードのスタート―「ファーストブレイク」の為に構える。台の中央に三角形に並べられた九つの的玉のやや右よりを狙って集中したが・・背後が妙に気になる。

 

「・・・」

 

死角から「絢辻がまた何かをしてくるのではないか?」、と不安になっているのだ。絢辻は「背後をとられるのが苦手」だと言っていたが現在、有人はその気持ちが良く解った。

 

―知らなかった。バックをとられる事がこんなに落ち着かない事だったなんて・・。

 

しかしその有人の疑心暗鬼・・それも絢辻の策略の範疇だった。

 

カンッ

 

「・・・あぁあああああ~~~~~!!!????」

 

有人は自分でも驚くぐらいの奇声を発した。

 

疑心暗鬼に陥っていた有人は最早絢辻が自ら手を下すまでも無かった。有人のファーストショットはブレイクエースどころか的玉達に一切触れることもなく明後日の方向へ飛んでいき、台の外へ逃避行。そして有人の放った白玉は―

 

コツン・・

 

「・・・ぁん?んんっ・・?」

 

もう一つの台で既にゲームを開始していた友人―国枝 直衛の靴に触れる。

 

「あれ。白のボール・・え?え?こっちの台にはちゃんとあるよね・・?なんで?」

 

隣の田中 恵子と一緒に怪訝そうに顔を見合わせる幼馴染の親友の顔が何とも居たたまれない。

 

「ごめ・・っ。直。田中さん・・」

 

「・・え?有人?お前?」

 

有人、「玉」を突かれて「玉」を突き損なう。・・笑えない洒落だ。

 

「・・・」

 

―不覚・・!

 

「え・・・源君?」

 

「みなもっち・・いくら久しぶりとはいえ・・っていうかファウルになるの?コレって・・。予想外すぎて・・どうしたらいいの?」

 

相手チーム御崎、棚町の二人からすら困惑した反応が出る。その視線に

 

―・・穴があったら入りたいです。

 

状態の有人に絢辻が近付き・・

 

「ドンマイ・・源君。気楽にやりましょ」

 

何時もの絢辻が何時ものように彼女らしい励ましを有人に行う。

 

「そ、そだね。・・じゃあブレイクは僕らがやるよ。棚町さんから行く?」

 

「そうね!じゃあアタシからいくわ!・・・さ~~って気を取り直しまして・・せいっ!!」

 

気持ちを切り替えて棚町は軽快な音を立てて鮮やかなブレイクを決める。五番に次いで二番も入る見事なショットだった。

 

「よっし!出だし好調!」

 

「いいね!」

 

「棚町さん・・すごーい」

 

ぱちぱちと手を合わせつつ控え目な仕草で絢辻は素直に棚町の手際を賞賛。成程。ココに居るメンツで流石にトップクラスな実力者だけは在る。

 

「へっへ~絢辻さんに褒められると嬉しいわね!どんっどんっ行くわよ~~?」

 

そう言って棚町は上機嫌そうに次の一番も片手間に沈める。運動神経のいい彼女らしく勘を取り戻すのがとりわけ早い。

 

「すごい・・ね?源君」

 

未だに塞ぎこむ有人に絢辻が頻繁に話しかける。相手チームの棚町、御崎の二人にはあまりにも不甲斐ないオープニングショットで落ち込んでいる有人をチームメイトの絢辻が慰めている構図に見えるだろう。

 

・・実際には絢辻は棚町、御崎ペアが次の的玉を沈める為の相談をしている隙を縫い・・

 

(ひそひそ・・源君?今貴方さ~『穴があったら入りたい気分』でしょ・・?でも残念ね~・・ビリヤード台のポケットは流石に小さすぎて源君『でも』←(ここ強調)入れないわ~)

 

・・などの辛辣な言葉攻めが続いている。

 

「・・奴はもうダメだな」

スポーツでは何らかのミスで完全に気落ちし、立ち直れない状態になった選手に対して諦めの感情を以て周りの人間がこんな風に言い放つ場面がままある。

この状態に陥った場合、まずいいパフォーマンスは期待できない。

有人は今この状態である。絢辻は自らの悦楽の為に自らのチームメイト―有人を潰した。ビリヤードの勝負などどうでもいい。ただ自分が楽しめればプレイ代位構わない・・。そう考えたのだ―

 

と。「有人は」そう思っていた。だが・・有人は理解していなかった。絢辻があくまで「勝ちに行く」と言っていた事を。

 

―さぁてと・・。

 

 

相手はビリヤード経験者で実力ははまればこの中では一、二を争う棚町。と、これまた経験者で棚町とは対称的に控えめだが堅実な御崎のペアである。お互いに個性を邪魔しない良ペアだ。よくよく考えれば有人・絢辻ペアには相当に勝ち目は薄い。

十回やって有人のペアが二回勝てばいい方だろう。それも有人が万全であればの話である。

経験者の有人を在ろうことかチームメイトであり、今日初めてキューに触れた初心者の絢辻が自ら潰した時点で勝敗は火を見るよりも明らかだった。もとより低い勝率を絢辻は自らさらに低くしたのである。

 

しかし・・

 

この一見全くの悪手に見える絢辻の行動こそ布石だった。絢辻は小声で有人の耳元に囁くようにこう言った。

 

「ふふふ・・まぁ黙って見てて・・?」

 

彼女は口で有人を責めながらもその瞳だけはビリヤード台から一切目を離していなかった。

突き、弾かれ、転がる手玉、的玉の軌道をじっと見続けていた。

 

 

絢辻は今、急速にこの「ビリヤード」と言う競技を吸収している。

 

 

一方―

もう一つの台―梅原、杉内ペア対田中、国枝ペアは白熱していた。

 

「・・よしっ。そんなもん田中さん。上手上手・・」

 

「うんありがと!・・解った」

 

国枝はパートナーの初心者田中に設けられたハンデを利用し、実に嫌らしい戦法を行っていた。二回白玉を突けるハンデを利用した巧みな白玉の位置のコントロールである。

ターンが相手ペア―杉内、梅原に回ってもまともに打てる状況にしないのだ。二回打てる田中の立場を利用すればそんな位置に白玉を配する戦法は不可能ではない。

その結果、梅原、杉内ペアはファウルが立て込んでくる。そこにターンが回ってきた国枝が攻勢を仕掛ける、という算段だ。

 

「うわっ・・またファウルだ・・」

 

梅原、杉内が自らのファウルによって悲鳴を上げる声が響く中、最後はなんとズブの素人田中が・・

 

「よし・・その方向で白玉の中心をそっとつくだけでいいよ。力まなくていいから」

 

「う、うん・・!」

 

緊張しながらも真面目で素直な田中は傍らで目線を合わせつつ、的確なアドバイスを送ってくれる国枝の言いつけどおり、触れるようにして白玉をぎこちない手つきで押し出した。

 

「あっ!だ、ダメだぁ、ああぁぁあああ・・ごめんなさ~~~い!」

 

「・・・!ん!?いや!」

 

「・・え?

 

お世辞にも完璧とは言えないショットだったが田中の素直さ、真面目さにビリヤードの女神も応える。ラッキーなクッションが起き、狙いの九番は無事ポケットへ、しかし打った白玉も九番が入ったポケットに共に入ってしまうかとその場に居る全員が息を飲んだ直後―

 

ピタリ・・

 

幸いにもその動きをピタリと止めた。

 

「・・やったね」

 

「や・・・やったああぁぁ・・!」

 

田中が珍しく嬉しそうに大きな声をあげた。

 

「いや~~やられたぜ・・」

 

「あぁ・・ま、いっか。田中さん全然凹んでなくて良かった良かった」

 

梅原、杉内の負け犬両名も嬉しそうな田中を見て苦笑いした。

 

 

 

「あっちは勝負付いたみたいね・・へー・・けーこ勝ったんだ?」

 

チョークでキューの先端を手慣れた動作で磨きながら棚町は少し嬉しそうに、はしゃぐ親友を見ていた。自分達の方の対戦が開始時点で在る程度勝敗が解りきっていた事が少し棚町のモチベーションを落ち着かせており、いつもの棚町特有のがつがつした勝負へのこだわり、負けず嫌いの精神を彼女から奪っている。

 

「よっし!!こちらもそろそろ勝負付けないとね・・」

 

そう言って残る棚町は台上に残された八番、九番を取りにかかる。さぁ、仕上げだ。

 

「・・・ていっ!・・・あ!あ・・あちゃ・・」

 

完全なイージーミスだった。残り玉が少なくなり、ほぼ勝負が決まったかに見えた中でまさかの棚町のファール。彼女の放った白玉は的玉の八番に触れることなく台上を転がった。

 

「あっちゃ~・・失敗、失敗」

 

何時もの軽いノリで苦笑いする。

 

「じゃあターン交代だね・・そっちのチームは・・絢辻さんの番だよね」

 

「・・私?」

 

「頑張って~。残るは八番、九番!連続で落としたらそっちの勝ちよ~」

 

棚町は他人事のようにそう言った。

 

「・・・」

 

―計算通り。

 

そんな事は百も承知だった。絢辻はこの時を待っていた。元より彼女は勝利以外のものはすべて棚町にくれてやるつもりだった。

 

ビリヤードを楽しむ事、自分のテクニックやプレイに酔う事、そして九番を除く全ての的玉も・・。

 

要するに彼女は九番を沈める事、即ち勝利以外眼中になかった。

 

技術、経験、勘の良さで勝負すれば絢辻がビリヤードで棚町にかなうワケが無い。例えハンデがあろうとも勝算は高が知れている。それは棚町の練習風景、そしてここまでの棚町のプレイを見た上で絢辻は百も承知だった。所詮自分は今日が初めての完全ビギナー。経験者と実力を比べること自体どうかしている。

 

おまけに土壇場の、追い込まれた時の棚町 薫という少女の勝負強さは侮れない。ことスポーツや芸術分野では絢辻を喰う潜在能力、センスを彼女は持っている。

しかし―

その中で絢辻は棚町のある種の勝負事の「甘さ」を認識していた。

 

実力の拮抗した相手、もしくは自分以上の相手、追い込まれないと彼女は独特の「手抜き」を犯してしまうという点だ。棚町は負けず嫌いではある。しかし、逆に「勝ちすぎている」という状況もまた殊更嫌う。

そうなると・・彼女は相手に恐らく無意識にチャンスを与えている。

高い基礎能力を持ち合わせながらも普段運動部に所属しておらず、勝利の為に非情に徹する事が無い故だ。それが今のファール、つまりイージーミスに当たるのだ。

 

実力が拮抗していたり、不利な状況であれば勝ち切る事を前提に彼女は闘う。この状態の彼女に勝てる人間はそういない。だが自分より明らかな格下、在る程度自分が合わせてやらなければ勝負を楽しめない相手には相手が勝つチャンス―即ち自分が負ける僅かな可能性を無意識に作りだし、与えてしまう事。コレが棚町の最大の弱点である。

 

絢辻はそれを見抜いていた。

勝率として低かった物が思いがけず高確率での勝機が手元に転がり込む。まともにやるより遥かに高い勝機が現に今、生まれているのである。

 

このビリヤードの「ナインボール」というゲームの特異性がそれを可能にする。

過程がどうあれ最後の九番を沈めればいいというルール。

 

まさしく「終わりよければ全て良し」。

 

実力、経験、途中経過、全て相手に劣ろうとも最後の九番さえ掠め取ればいいというこの特殊なゲーム性が。

 

この状況を作り出すために絢辻は有人を潰し、自分のターンの際の集中力よりまずは他人のプレイ、ビリヤードという競技を見ていた。

的玉が台上に無数に乱立する前半戦の様相より終盤の的玉が少なくなった状況の後半戦の方が遥かに初心者に優しいし、複雑なテクニックも要求されない。

 

台上にはたった二つの的玉、片方は正真正銘のウィニングボール。つまり今この時、一日千秋の思いで待った絢辻の絶好の勝機の時だった。

 

―ファールは嬉しい誤算だったわ・・棚町さん?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そっちはどうな感じよ・・お・・大詰めで絢辻さんか」

 

国枝がまだ勝負中のチーム3とチーム4の台をひょっこり覗き込み、集中している絢辻の姿を見て声を徐々に低くしながら絢辻のターンを見守っている他三人に声をかける。

 

「勝ったみたいだね・・直」

 

「やるじゃない。恵子と一緒で勝つなんて・・」

 

目をうっすら開けて悪戯そうに微笑みながら棚町はそう言った。少し冷やかすようなじっとりとした雰囲気はあるが、冗談の範囲内ではある。

 

「何にしても田中さんが元気そうで良かったね」

 

御崎がそう言って幼く笑う。

 

「・・そうね」

 

向こうの台では既に奢ってもらえたジュースを両手に持ち、屈託なく笑って杉内、梅原の二人と談笑している田中の姿があった。それを見る棚町の目は優しくなる。

そう。あんな胸糞悪い事なんて笑い飛ばして忘れてしまえばいい。

 

「・・。で、御崎、薫。お前らのチーム結構ピンチなんじゃねぇの?」

 

棚町の無意識の手加減を見抜いている国枝はそう言った。

 

「うーん・・そうなのよね。勝負所でうっかり私がミスしちゃってさ~」

 

そう言ったものの棚町はこの勝負に負ける気がしていなかった。

このゲーム、今のところ沈んだ的玉の七つの内、六つ沈めたのが棚町・御崎ペアであり、今のところ源、絢辻ペアが沈めたのは玉を突かれ、玉が一時的不能になった有人が痛みをこらえ根性で沈めた五ターン目の六番のみである。

絢辻は今のところ一つも決めていない。まだまだ感触や感覚を確かめる様なたどたどしい初心者らしい手付きだった。その初心者の絢辻がいきなり勝負どころで連続で八、九番を沈める事は到底棚町、そして御崎には想像出来なかった。

 

 

―が、

 

 

コトン・・

 

 

 

「へ・・?」

 

「・・・お?」

 

「あ」

 

控え目で低い音が響き、四人が会話していた目の前の玉の排出口に八番が転がり込む。

 

「・・・」

 

「・・・」

 

「・・・」

 

「・・・」

 

 

「やった!初めて入った!入ったよ!源君!きゃ~~~っ♪」

 

 

絢辻はきゃっきゃっと喜び、飛び跳ねながらチームメイトの源に駆け寄っていく。あまりにも意外な「逆王手」に流石に棚町、御崎も微妙な顔をしつつ―

 

「へぇ~・・」

 

「あらら・・すごいや。さすが絢辻さん」

 

記念すべき絢辻初ゲットをとりあえず複雑な表情で祝う。

 

「やったよ!源君!入った!」

 

無邪気な彼女らしくないはしゃぎ様に有人も反応に困った。

 

「や、やったね~」

 

―・・ん?・・はっ!?

 

有人ははっと我に帰る。有人の目の前に居る絢辻の目が、有人のイマイチな反応に今でも「ちっ・・・」とでも舌打ちしそうな色を浮かべ、他三人の目を盗んでこう語っていた。

 

 

―もっと喜びなさいよ。わざとらしいでしょ。

 

 

と。

 

有人は今ようやく解った。理解した。絢辻がこの瞬間を完っ全に狙っていた事が。

つまり、この絢辻の「あざとさ」を他の人間から見れば完全なビギナーズラックに見えるようにするために有人は今、完全にフォローを要求されているのである。・・失敗すれば当然身の安全は保障されない。

 

後から考えても有人はこの時の自分の演技力は大したものだったと思う。

見守っていた彼の友人達を騙している様で罪悪感は募ったものの・・

 

―ゴメンな皆・・俺、・・まだ生きたいんだ。あいどんわなだい。

 

 

一通り喜び終えた後、「良いでしょう。・・中々鬼気迫る迫真の演技だったわ。貴方もワルね❤」と言いたげに絢辻は満足げに有人を悪戯な視線で讃えた。

 

―いや・・実際に「危機迫って」ましたし・・。

 

未だそこに在る危機―絢辻 詞を前に有人はそう思う。

 

 

 

 

「それ沈めたら勝ちだよ。絢辻さん」

 

最後の的玉―黄色に輝く9番ボールを前に、ゴルフのパットラインを慎重に読む、「勝てるタイプ」の女子プロゴルファー顔負けの集中力を発揮する絢辻に一旦呼吸を促すように有人は一声かける。

 

「・・っと!・・ふぅ・・。・・ありがと」

 

中々タイミングは絶妙だったらしい。絢辻は唐突に空気を吸う事を思い出したように一息吐き、珍しく素直に有人に礼を言う。

 

「いや」

 

「・・そっか。・・この九番沈めたら勝ちなんだよね?・・ようし。

 

・・頑張ろう」

 

―・・・ん?

 

そう言って構えた絢辻の言葉に有人はいつもの取り繕った感じを受けなかった。

自分に言い聞かせる様な絢辻の小さくも力強い言葉。自分を何時も偽る彼女だが、そこに在る根底の気持ちに嘘偽りは無い。

 

「・・源君。狙いどころを教えて」

 

・・こういう所がこの少女のしなやかさ、柔軟性を表している。自分に絶対の自信を持っていても決して経験者や格上の人間の意見を蔑にしない。現状の自分のキャパを超えたと判断したならば素直に相手の意見を聞き入れる。

 

こんな風に頼られたら応えたくもなる。有人は構えた絢辻の視線に合わせて上体を屈め、

 

「・・そうだね。サイドポケットに流し込むなら薄めに右にやや緩めに当てる。向こうのコーナーポケットなら左斜めに厚く、やや強めに打ち抜くのがベストだと思う」

 

「・・後ろから見てて。微調整のアドバイスをお願い」

 

「・・え」

 

少し有人は戸惑った。その有人に絢辻は小声で返す。

 

「大丈夫。もうふざける気は毛頭ないから。・・決めるわよ?」

 

不敵に横目で笑ってそう言った。嘘偽りはない。

 

「うん。・・それにまだハンデもあるし。気負わないで大丈夫だよ」

 

「ダメよ」

 

「・・そう?」

 

「うん。『ハンデが在る。次が在る』。・・そんな半端な気持ちじゃダメ。常に『後がない、チャンスは一度きり』・・それぐらいのつもりで行かなきゃ失敗するわ。少なくとも得るものはない」

 

「・・絢辻さんならそう言うと思った」

 

「ふふん♪」

 

 

二人のやり取りを見ていた対戦相手の御崎は

 

「・・・。何かあの二人・・カッコイイね?」

 

そう隣に居るパートナー―棚町に一声かける。しかし―

 

「・・・」

 

棚町からの返答がない。

 

「ん・・?どうかした?」

 

「ゴメン・・御崎君。やっば・・私そういや今日持ち合わせないわ・・・」

 

結構意外な衝撃的事実を棚町は彼女の財布を覗きこみながらぼそりとそう言った。

 

「え・・!?この中で最も高所得のはずの棚町さんがいきなり何言いだすの!?」

 

「いや~~あっははは・・この前さ?・・御崎君と相談して見に行ったあの店の新作の可愛いコート・・遥かに予算オーバーだから保留してたんだけど余りにも忘れられなくってさ・・後日」

 

「え!?あの『今年はコレ着てちょっと勝負したいな~』とか言ってたアレ!?ひえ~~」

 

女性物の服は時々マジで目玉が飛び出るくらい値段がおかしい物が在る。それもフツーにお手頃商品に混じって爆弾が紛れ込んでいるモンだから質が悪い。

 

「結果この有様ですわ・・」

 

棚町の財布がチャリンと軽い音をたてる。御崎が覗きこむと驚く事になんとさ、札が無い!?そして音からして小銭も相当軽量級だ。

 

「どうすんの!?多分、何か雰囲気的に絢辻さん決めちゃいそうだよ!?」

 

「・・じと~~」

 

「え?え?コレ僕が立て替える流れ!?」

 

「極端に申し訳ない」

 

「うそ~!?もう!・・せめて国枝君との事ケリ付けてから買ってよ!!早とちりもいいトコだ・・下手すりゃ企画倒れの無駄な巨額先行投資だよ!?( ̄Д ̄#)ぷんすか」

 

流石の御崎も毒を吐く。

 

「うっさいわね!!」

 

棚町のフライング行為に御崎ペア崩壊。

 

 

 

 

 

 

 

「・・どう?」

 

「・・サイドポケット狙いだね。いい判断だと思う」

 

「角度は・・?」

 

「もう少し右・・かな」

 

「・・どう?」

 

「・・うん。いいと思う」

 

「・・。解った。・・有難う」

 

そういえば「この」絢辻にお礼を言われたのはこの時が初めてではないだろうか。後ろ姿での素っ気ない礼であったが何となく有人は嬉しかった。

 

コツン・・

 

有人が少し距離を離したと同時に絢辻が白玉を弾く音が響く。結果は見るまでも無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 








帰り道―

有人は絢辻の一歩後ろ、距離を保ったまま彼女と歩数を合わせる。

「ん~・・・遊んだ♪遊んだ♪正直楽しかったわ。ビリヤード」

夕暮れの空を仰いで何とも心地よさそうに絢辻はぐ~~っと伸びをする。

「そう?喜んでもらえてよかった」

「おまけにあんなに楽しんだのに無料なんてね?棚町さんには悪いけど・・」

「・・。なんだ。気付いてるんだ?」

棚町の持ち合わせが足らず、今日の所は勝った絢辻は自分のプレイ代をとりあえず支払っていた。「楽しかったからいいのよ」と表向き絢辻は棚町に言っていたが・・。

「多分返してくれると思うわ。負けた上に罰を見逃してもらうなんて棚町さんのプライドが許さないだろうしね」

本性の絢辻は結果的に今日のプレイ代が戻ってくるだろう事を半ば確信して、悪戯そうに笑った。

「・・ね。源君?ビリヤードって人間関係に似ていると思わない?」

「・・・?そうかな?」

「うん。方向性や、角度、強弱を考えて接触してその手玉、的玉を弾いてどの方向へ向かわせるか、どの位置に収めるのか計算する事・・少ない手数で無駄なく最大限の効果や成果が得られるように模索する事・・人間関係に通じるところがあると思うわ」

「ははは」

源は細い眉をしかめ、苦い顔で笑った。

「何よ・・文句ある?」

「どちらかと言うとそれは『人間関係』どうこうと言うより一歩か二歩踏み込んだ『人心掌握やコントロール』って感じかな。まぁ、絢辻さんらしいけど」

「あ、絢辻さんらしい!?ひ、ひどい・・・!まるで人が他人を手駒にして操るのを楽しんでいるみたいに・・ひどいわ!」

有人の言葉に絢辻は両手で口を覆っておもいっきり悲しそうに眉を歪めた。

「え、そんな悪意に満ちた解釈止めてよ!そんな意味で言ったわけじゃ・・」

「私・・、私そんな、そんな子じゃないもん!!うぇ~~ん!源君なんて死ねばいいのに!!」

「・・!?絢辻さん!?」


「・・そのとおりよ」


「へ?」

けろっとした顔に一瞬で戻って絢辻は有人にそう言った。自分の胸に手を当てて言葉を続ける。

「対象者が私の言葉、態度、仕草に触れてどう動き、また何を思い、考え、汲み取り、私の思い通りに動いて結果を出す。それが回り回って私のもとにちゃんと私への賛辞と評価がついてくる算段をする事・・。これを楽しく思えない、快感だと思えない様じゃこんなボランティアみたいな事やってられるもんですか」

「あはは・・・」

「一見私は何の見返りも無く周りの人間の為に働いているように見えるかもしれないけど、お生憎様・・私は貰うものはちゃんと頂いています。御馳走様~♪」

絢辻は合わせた両手を傾かせ、有人を覗きこむように上目遣いで見ながら愉快で悪戯そうに笑う。美しいが有人が今まで見た事の無い絢辻の一面だった。

繊細で儚い華奢な女の子の微笑みでは無く、しなやかでしたたかな少女の微笑みだ。
だが話の内容、表現は幾分過激であるが有人は不思議と悪い気はしない。
彼女が自分達の為にしてくれる行動は例え裏にそのような彼女の些細な悪意や打算があるにしても許されるべき範囲にきっとある。
彼女は間違いなく気丈に前を向いて懸命に歩いている人間の一人。そんな彼女のような人間のちょっとした悪戯心や悪意が許されない世界に何の意味があるのだろう。
そしてそんな人間にほんの少しかもしれないにしろ、ちょっとした寄り道と普段彼女が押し隠している茶目っ気、悪戯っ気、可愛い悪意の拠り所を与える事が自分に出来るならそれもまたいいと有人は考える。

「絢辻さん」

「ん?」

「鞄貸して」

「え・・?いいわよ。今日のは重いから」

「はいはい。早く」

「・・・。強引ね」

重しのとれた絢辻は急に身軽になった体を持て余すような戸惑いを一瞬見せて、少し疑い深そうに有人を無言で見た。対称的に絢辻の想い鞄によって体の重心を傾かせながら有人は絢辻を見て

「・・本当に重いや」

そう言って笑った。その鞄の重みと共に絢辻が普段抱えている物―その「重み」の断片を僅かに感じ取って。

「・・何かその台詞私が体重重くなったみたいに聞こえるんですけど・・」

少し口を尖らせて絢辻はやや照れくさそうに文句を言った。

「え?絢辻さん太ったの?それは確かめてみないと・・」

「セクハラ発言禁止!」

「あたっ!」

軽量級ながらキレのある絢辻のローキックに膝が折れて一瞬下を向いた有人の目に次に映ったのは愉快そうに笑いながら舞う夕日を背にした絢辻の姿だった。






絢辻 詞。




仮面の少女。舞う。


















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