断章 女の子は誰でも
「・・早くしてくれる?この前源君『達』がサボったせいで作業が遅れているんだから」
「うん。ごめんね」
作業している有人を見下ろしながら毒を吐く少女に有人は全く逡巡することなく受け流し、手を動かしていた。そんな有人を少女は腕を組み、見下ろしつつも、その彼の一挙手一投足に目を配っていた。
―・・。源君・・。
少女の厳しい目付きが徐々に和らぐ。キツイ言葉をかけつつも、やや伏せ目がちのその眼に憂いや切なさの入り混じった色が浮かぶ。「長年」この少女はこの「眼」を彼に見えるように直接向けた事は無い。プライドの高い少女の性格がこれを許さなかった。
「自分が求める男性の理想はもっと高い」と高をくくっている少女は自分の中にある本当の気持ちの源泉を抑え込み、無視し続けていた。
「私の理想の相手は彼なんかよりもっと背が高くて、ハンサムで、決断力があって、勉強ももっと出来て、スポーツも万能な人だ。私の理想はもっと高い所にあるんだ」、と。
しかし、実際は所々こういう風に表に漏れだす感情を彼女は抑えきれずにいる。それを当人―有人に見られないようにするだけで精一杯だった。
背を向けて作業をしている有人の背中を腕組みしながら少女は見つめ、肩までの髪を軽く首を振って整え、何時もの厳しい表情に戻る。有人がそろそろ振り向く気配を感じ取ったのだ。それが解るくらい少女と有人の付き合いは実は長い。
当の有人はそんな事知る由もないだろうが。
有人にとって少女は「特に接点は無いが同級生として意外にも結構長い付き合いのある間柄」程度だろう。この少女の気持ちに気付く事はあるまい。
「・・黒沢さん?」
「・・何かしら?」
少女―「黒沢」と呼ばれた彼女の予想通り、有人が振り返りつつ尋ねる。
「市との連携はどうなの?上手くいきそう?この前出した委員会の活動報告書の返事は?」
「・・それ貴方が気にする事じゃないわ。余計な事考えてないで手だけ動かしてくれます?」
「ごめん・・」
「・・!」
―あ、謝らせちゃった・・そ、そんなつもりないのに・・。
見た目の強気な態度とは裏腹に少女―黒沢 典子 (くろさわ のりこ) の内部はくず折れるようにへなへなと頭を抱えた。
―それに、それにしても最近腹が立つことがある!
ただでさえ気に入らないのに源君に近付く「あの」女!
ほんの少し前までは噂程度の事だったけど、最近では常にあの女が彼の隣にいる事が普通になってきている!周囲も徐々に「そんな気配」を感じ始めてる在り様。
・・・・ああ!!気に入らない!ほんっと気に入らない!!寄りにもよって「あの」女なの?源君!
ちょっと頭が良くて、ちょっと顔が良くて、ちょっと人気があって、ちょっと・・etc・・ちょっと・・etc・・・だからって!
「・・沢さん・・黒沢さん・・?」
「ん!何よ!?・・・!」
―・・・っあ!
「う・・ごめん」
少し脅えたように笑う有人の笑顔にあわてて黒沢は―
「・・何かしら」
気を取り直して優しく言い直そうとしする。が、黒沢の尊大な高飛車感は抜けない。そんな自分に内心頭を抱える。
―はぁ・・私ってなんでこうなんだろうか。
「一応半分位終わったから・・一旦休憩しようか?もうそろそろお昼だし・・」
今日は第二土曜日。休日返上の委員会活動は八時から休みなしぶっ続けの作業に流石に少し疲れた顔をして有人はそう言った。
「・・そうね。じゃあお昼の休憩にしましょうか」
「今日中には終わらすから。色々ゴメンね。黒沢さん」
「フン。ホント頼むわね?」
―・・・ん?お昼?休憩?今二人・・?
尊大な態度を崩さないながらも黒沢の思考が目まぐるしく駆け廻った。この千載一遇のチャンスに。
簡単な事だ。
「・・一緒にお昼でもどう?」と一言言えばいいだけの話。先程はぞんざいに扱ってしまったが、有人から聞かれた「市に提出した報告書の返事がどうだったか詳しく話したいから」と、でも言えばいいだろう。
「・・源君」
「ん?」
手元の資料をトントンと纏め、整理しながら有人は横目で黒沢を見る。薄茶色の瞳が垂れた目じりを沿ってくる。・・昔から彼のこの眼に彼女は弱い。
―・・う。
「・・・?」
この一瞬の怯みを彼女は後悔する事になった。
「・・失礼します」
がらりとドアが開いて今黒沢が最も会いたくない、この場に現れて欲しくない人物が現れる。嫌味なほどに艶やかで整えられた黒髪が光る。内心黒沢はまるで汚いものを見るように「うっ」と呻いた。
「・・源君、黒沢さん。二人共休日の作業本当にお疲れ様です。源君・・御免なさいね?」
その人物―絢辻 詞が室内に居た二人に目を配りつつ、二人を申し訳なさそうに労った。
「いいよ。この前サボったのは俺だし」
「でも・・私を家に送るためだったのに」
「・・・!!」
黒沢を一人置いてお互いを気遣う様な会話をし始める二人を前に、黒沢は双方を目配せしながら
―・・何だ?何なんだこの状況は?死ねばいいのに!
などと内心憤るが、哀しいかな黒沢を抜きにして二人の話はどんどん進む。
「どう?源君?午前中の作業の進捗具合は?」
「え~~っと・・リストのまとめがようやく半分くらい済んだトコだ・・。あは・・要領悪くてゴメン」
「あ!じゃあ丁度良かった!私、源君の作業を自分の手が空いたから逆からやってみたの。だったら丁度半分ちょっと終わったから・・」
「え・・ホント?」
「ちょっと見せてみて・・あ!うん!!ここまでやってくれたら充分。もうさほど時間がかからず終わりそうね。良かった」
「ごめん・・フォロー有難う絢辻さん」
「そんな・・謝らないで。元々は私のせいなんだし・・」
阿吽の呼吸、トントン拍子で二人の作業の遅れは解消されているようだ。一行に解消されない、それどころか秒刻みで増していくのは黒沢のフラストレーションである。
―っきぃ~~~っ!!もしもし!?
「お陰さまでとりあえず目途はつきそうだし・・お昼にしようか。絢辻さんはお弁当?」
「ううん。今日は学食にするつもりだけど・・」
「じゃあ行こっか。俺流石にお腹すいたや。・・。・・あ!?黒沢さんゴメン!さっき俺に何か言いかけてたみたいだけど・・?」
何も知らない酷な少年からの一言。コレは少々辛い。
「・・。作業がさっさと終わってくれるんならどうでもいいわ」
絞り出すように平静を保って黒沢はつっけんどんにそう言った。ここ数十秒で黒沢は何度苦虫を噛んだか解らない。おかげで今は口の中がジャリつきそうなぐらい不快だ。
「・・本当にごめん」
「私からも・・本当にごめんなさい黒沢さん・・」
「(ぎりっ)・・」
―きぃぃっ・・貴方が謝るな!なんか「違う意味」で謝られている気がすんのよ!
時と場所が移り食堂にて―
「相変わらず作業が遅いのね・・あれくらい午前中に終わらしときなさいよ。だったらご飯食べてすぐ帰れたのに・・」
絢辻は何時もの絢辻に戻り、B定食の味噌汁をすすりながらそう言った。
「ごめん・・」
嫌みに聞こえるようにワザと言った絢辻に有人は何時も通り素直で愚直な返答を返す。そんな彼に「相変わらずね」と絢辻は微笑んだ。
「ふふ・・何で謝るの?『半分は絢辻さんのせいじゃないか』とでも言えばいいのに。貴方大概非は無いわよ?」
「まぁ・・実際俺の作業が遅いのは確かだと思うし・・」
「・・むふん。殊勝な心がけね。嫌いじゃないわそういうの。おっと・・私もちゃんと源君にはお礼言わないとね。・・どうも有難うございました」
両手をきっちりテーブルの上に添え、ぺこりと絢辻は頭を下げる。
・・先日の一件以来、絢辻は有人だけに見せる本性の時も少し素直になった。
「いえいえ。結局は半分絢辻さんに振っちゃったワケだし」
少し溜息を吐きつつ、このスペックが悲しいほど自分より高い向かいに座った少女の礼に有人は応えた。
「・・ねっ。ちょっと聞きたいんだけど・・・黒沢さんと源君って知り合いなの?」
「ん?んん~・・あ~考えてみれば小学校の、五年生くらい、だった・・かな?それぐらいの時からの知り合いだと思う。結構長い付き合いだよね。でもさっき見て貰った通り・・嫌われてるみたい。何か何時も怒られるんだよね」
「・・」
―あらら・・なぜ・・そう言った結論になるのかしらね?
悪戯そうに頬杖つき、昼食のパスタを啜る神妙そうな有人のカオを上目づかいで絢辻は見上げる。そしてこう付け加えた。
「ふぅん・・あの子・・源君の事好きなのね?」
「そうなんだよ・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「え」
「ステゴサウルス並みの神経伝達速度ね・・」
こくんと定食の味噌汁を啜りつつ、目を丸くする有人の視線を平然と絢辻は受け流す。
「多分貴方の事追いかけてこの学校に来たわよ。黒沢さん」
確信し切った口調で絢辻はそう言うが有人は俄かに信じられない様子だった。
「えー・・それは流石に無いんじゃないかな?だって黒沢さん中学からずっと俺より成績良かったはずだよ?現に今もいいはず」
「・・貴方達どれくらい差あった?例えば中学の試験の順位とか、模試の判定とか」
「ん・・?あんまり覚えてないけど・・大体・・少し上ってイメージかな・・?」
「貴方の志望の高校・・さりげなく聞いてきたりしなかった?」
「・・・ん?あ。『貴方も吉備東なの?大丈夫なの?受かるの?』とか嫌味で言われた気がする・・そういや吉備東の模試の判定も・・聞かれた、かな・・?」
「やっぱりね・・彼女凡人だけど同時結構努力家よ。きっと貴方の少し上を行くために相当努力したはずだわ。ずっと貴方の下にぴったり付くんじゃ気付かれる可能性が高いし、彼女のプライドが許さなかったんでしょうね」
「『気付かれる』って・・」
「そのままの意味。勿論貴方と周りによ。少なくとも上の順位に居れば貴方につかず離れず、ぴったり『追走』しているなんて誰も考えないでしょ?」
「まさか・・」
「・・自分の生まれ持った器量だけで物事を諦めない。才能という言葉で片付けない。目標―『せめて同じ高校に行く』為に出来る事をする。・・その点は私も彼女を認めてるわ」
「・・」
「源君?貴方・・変に小器用な所あるから。それについていくのは中々大変だったと思うわよ。彼女・・自分の適性も省みず貴方を追っかける為に相当努力したんでしょうね」
「実感湧かないな・・昔から・・今の委員会でも嫌味ばっかりだし」
「興味の裏返しよ」
「・・そんなもんなの?」
「そんなもんよ。(さて・・帰りの下足室はちょっと気を付けないと・・)」
「ん・・何か言った?」
「ううん。何でも。・・・。ねぇ」
「うん?」
「パスタ用のスプーン・・使わないなら私に貸してもらえる?」
「・・?別にいいけど」
絢辻が頼んだB定食は和食のセットである。付属で割りばしが付く上、献立もスプーン等必要ない品目が並んでいる。なのに有人が頼んだパスタ用のスプーンとテラスの机の予備のスプーンを絢辻は両手に持った。
・・?何をする気だ?
「・・・ウ○ト○マン。・・シュワッチ!!」
「・・・ぶぐっ!!!????」
パスタが有人の気道に詰まる。絢辻が二つのスプーンを使って両眼を隠し、遥か遠い宇宙から地球を救う為にやって来た国民的巨大ヒーローとなっていた。
―馬鹿な。誰なんだ!この絢辻さん!
むせる有人を絢辻は少し冷めた目で見下ろし、
「そんな面白い事したつもりないんだけどね・・」
二つのスプーンを顔の外にスライドさせ、悶絶する有人を見ながら絢辻は不思議そうに首をかしげる。
「ごっほ!!!げぇっほ!!い、いや・・無理だってこれ!!」
―まさかあの絢辻さんがそんな脈絡なくこんな事するなんて・・!意外すぎる!!
「くすっ・・いつまでも笑ってないでさっさとご飯食べちゃいなさい。さっさと終わらせて帰るわよ?貴方はともかく私は暇じゃないんだから」
「解った・・解りましたから今みたいな不意打ちは止めてね。本当に・・反則だから」
「・・・」
絢辻、腕を組んで有人から眼を逸らす。
「・・・!!次のネタ考える様な顔は止めて!!」
―・・あー楽し。
源君をからかうのも、彼の笑顔を見るのも。それを引き出すために考え込む自分も。
そして・・遠目で私達のやり取りを親の仇を見るような眼でにらむこの視線も心地いいわ~~。
・・殺気は私だけに向けているらしいから源君は気付く事は無いでしょうね。勿体ない・・こんな楽しい事なのに。ぎりぎりと歯ぎしりがここまで聞こえてきそうなこの視線。
まぁ・・普段散々私にしょうもない嫌がらせや言いがかりをつけてくるんだもの。それをいちいち毎回付き合ってやっているのだからこれくらい我慢しなさい。
さぞかし悔しいでしょう?羨ましいでしょう?
自分が中々引きだす事の出来ない、空回りして、逆走して彼に嫌味を言うことぐらいしか出来ない貴方には見せない彼の笑顔がこんな近くにある私が?
絢辻は純粋に有人との会話を楽しみつつも一方で、どす黒く自分に向く他人の敵意と嫉妬心を浴びて生じる優越感を楽しみながら気持ちよくB定食を完食したと同時―
・・絢辻に戦慄走る。絢辻の適性摂取カロリーの目安を既に振り切っていたからだ。
―・・・やば。・・夕食抜こ。
黒沢 典子
2-Bのクラス委員長と創設祭実行委員会を掛け持ちする女生徒できつい眼差しと物言いが特徴の絢辻とはまた違ったクラス委員長の典型的タイプである。
彼女の父親は吉備東市の市議会議員を務める男性で、名誉心と功名心の強い父親の影響を受けてか彼女自身も「集団の先頭に立ち、集団を牽引する事が上に立つ自分の義務、責務」と心がけるある意味感心できる少女だ。
だが「適性」というものはやはり存在する。
生来物言いがきつく、自分の感情がハッキリと顔にでるタイプ故に周りの人間を萎縮させやすい。決して立場にかこつけた無能では無く、絢辻の考察通り努力家な一面もあるのだがそのような性格が災いしてか彼女の下に付く人間は自然、彼女に従順なYESマンになりやすい。それが彼女の成長を妨げているとも言えた。
そして彼女にとって不幸な事にこの学校には絢辻 詞という存在が居た。
全てのスペックにおいて彼女を一回りか二回り上回る絢辻を意識し過ぎるあまり、彼女は自分のいい所を殺している。「努力し、成果を出して彼女を正々堂々出し抜く」よりも「嫉妬し、妬んで彼女の足を引っ張る」ことに傾倒してしまったのだ。
皮肉にも彼女の「市議会議員の娘」という立場がそれを可能にするのだから質が悪い。それが現在の創設祭の「市と学校側の連携の停滞」にも繋がっているのだから迷惑な話である。
彼女は絢辻が推す創設祭の「生徒主導派」に真っ向から対立する「外注派」である。ただし、それは外注の方が効率性、安全性、クオリティにおいて前述を上回るなどの比較的真っ当な理由から来る物ではない。彼女自身の酷く個人的な理由ゆえだ。
それは単純に「生徒主導派が絢辻の派閥だから」と言う理由だけである。
元々彼女自身の本音はむしろ「生徒主導派」だ。自分の優秀さ、リーダーシップを披露するこの学校最大の目玉イベント、アピールの場を奪われる等、本意ではない。
しかし、結局どちらにせよ自分がその主役に立つことは困難だ。絢辻に創設祭実行委員長の座を既に奪われた彼女の屈辱はより苛烈な絢辻への嫌悪感を強める。自分の思い通りにならないならさんざ邪魔してやろうというのが彼女の行動指針になった。
しかし、さらにさらに悪い事に今度は小学生の頃からずっと気になっていた少年―有人があろうことかその絢辻と過ごす時間が増えている点だ。
創設祭の実行委員に意外にも有人が入って来たという噂を聞いた時、小躍りするような彼女を絶望の奈落にたたき落とすには十分過ぎる厄(妬く)ネタである。
まぁここまで私事で頭が一杯な時点で彼女が「人の上に立つ器では無い」と言ってしまえばそれまで。だが、不運が積み重なっている事も事実である。
かといって私事で頭が一杯なのは絢辻とて例外では無い。が、持て余した感情を上手くコントロールする術に関しても絢辻は全く以て黒沢を上回っていた。その点は潜り抜けた修羅場の数が絢辻と黒沢には歴然の差がある。
感情と自分を殺し、コントロールした回数の差がケタ違いなのだ。凄く悪意のある言い方をするなれば自分を騙し、律し、それによって他者を騙した回数に差がありすぎるのだ。
黒沢の場合、自分の感情を支配し、制御しているつもりでも相手に押し隠した感情を簡単に気取られてしまう。表情や態度、口調にあっさり出てしまうからだ。
そして逆に自分が本当に伝えたいこと、自分のいい所は器用に覆い隠して肝心の人物達に伝わっていない点が気の毒ではある。
しかし―
周りの評価には現状差があっても絢辻と黒沢は実際よく似ている。
他人に自分を認めさせたいという渇望も。
その為に努力を惜しまない本来の性質も。
とことん素直じゃない所も。
同じ人間に惹かれている所も。
本人たちにとっては「同志」と割り切るのは絶対不可能だが客観的に見れば類似点の多い二人ではある。
女の子は誰でも砂糖とスパイスで出来ている。
それによって生じる結果の差は結局少女たちのそれの匙加減に委ねられている。
素直になれない長い付き合いの少女は片や最近少し素直になった少女に大きく差をつけられた。
↓元没ネタ
おまけ
「ね。源君」
「・・・ん・・・?」
「この前、ね・・?その、色々私・・源君に悪いことしちゃったじゃ、ない?だから・・何かお詫びって言うか?」
「あぁ別にいいよ。何かどこかムシの居所が悪かったんでしょ?誰でもそう言う時はあると思うし」
「・・。それじゃ私の気が済まないから言ってるんだけど・・。ん~~、・・あ!!じゃたまにはこんなのどうかしら?」
「ん・・?」
「源君。今日は私にありったけの悪口言ってもいいわよ?今日は何言われても絶対私怒らないし、反撃もしない。こんなのどう?」
絢辻は腕を組みつつ綺麗な右手の人差し指をピンと立て、得意げにそう言った。しかし―
「そう。じゃあ俺『何も言わない』。それじゃ」
有人は素っ気なくそう言って絢辻からくるりと背を向けた。
「ちょ、ちょっと!?源君!?」
絢辻はそんな有人に追い縋り、がっしと肩を掴む。「わっと」と、言いつつ有人は後方に重心を乗せたまま、背後の絢辻に視線をやる。絢辻の顔は「怒らない」と言った割にややぷんすかと不満そうだ。
「いや・・だって特に俺、絢辻さんに言いたい悪口なんて無いし・・」
「ええ!?ほら、在るでしょう!?その、色々と積り積もった・・その・・」
絢辻はそう言いかけて口籠る。数々の「仕出かし」を自らで赤裸々に大公開する様な物である。
「・・・。絢辻さんって何だかんだで本性の自分には自信ないんだね・・」
「ああ言ったらこう言うヒトね。・・あぁ腹立ってきた」
「・・・『怒んない』って言ったのに」
「ぐ。・・・も~~!つべこべ言わないの!!ほら!何でも言って御覧なさい?いつもの『裏表の無い素敵なヒト―絢辻さん』で優雅に受け流してあげるわよ」
手の甲を有人の方向に向け、くいくいと有人を挑発する。
「・・ホントに怒んないんだね?うん解った。でももし怒ったら・・そうだね・・」
「・・・」
「・・・意外に嫌な条件をこのヒトは出してきそう」と、絢辻は今回、自分の短絡さを内心後悔する。
―ま、まさか・・なんか「〇〇〇―ちゅど~~ん」←(「例」のロケットの発射音)な事要求してこないわよね・・?
しかし―
「帰りに例のお店でメロンパン奢ってくれる?」
「え・・?・・安いベッドね・・そんなので良いの?」
肩透かしな軽い条件に絢辻はホッとすると同時にどこかがっかりしている自分に驚く、
が。
有人の次の一言に―
「うん。だってこれぐらいのリスクなら絢辻さん『怒ってもいいか』って思えるレベルだと思うし」
流石に絢辻、「イっラァッ!」とくる。
「ほぉ・・・私が『怒る』前提で話をしてるのね?良い度胸ね~~」
青筋をぴくぴく立てつつ、絢辻は怒りの籠った満面の笑みを向ける。「怒らない」と言った手前、一応表情は取り繕うが最早怒っているも同然である。色々と忙しい絢辻に「中々見ていて飽きない人だ」と有人は内心思う。
「よっし・・じゃあ行っくよ~~」
「・・・」
絢辻、身構える。
―・・取りあえず今日さえ乗り切れば私の勝ち。後日罰ゲームとして盛大な反撃をしてやるわ・・。
その為には絢辻は負けるわけにはいかない。今日怒ってしまえば後日有人に仕返しする権利すら失ってしまう。それでは踏んだり蹴ったりである。
そう!
怒りとは!溜めるものでは無い!!「何か」に向けるものなのだ!!!
この!
へらへら腹立つ少年に向けて!!
「すぅっ・・」
「・・・」
↓以下ヒッティングマーチに乗せて
天使の様な微笑みに♪
邪悪な笑みを押し隠し♪
欺き♪騙して♪ほくそ笑む♪黒い~~ぞあっやつじ~~♪
黒いぞ!あざといぞ!あっやつじ!!
併せて!略して!「あっざとじ」!!!
「・・・・」
・・ぶちん
「うあぁ~~~~~!!もう!!許さない!!」
絢辻は高々と両腕をあげて吠えた。「殺す!!もう殺す!!」とでも言いたげに。しかし―
「・・・!?・・ちょっ・・!!源君!!!?源君・・どこ!!??」
絢辻が激高した頃にはすでに有人は「♪」と言いたげに絢辻に背を向けてすたこら逃げていた。
「・・・!!逃げないでよ~~~卑怯者~~!!」
絢辻がぷんすか追いかける中で有人は逃げながら振り返り、間延びした口調で―
「はは~~怒らないって言ったじゃない~~?」
「貴方がまさかここまで煽りのポテンシャルをもってるなんて予想だにしなかったのよっ!!」
「絢辻さんってさ~~?貶(けな)され慣れてないでしょ~~?ムリは体に良くないよ~・・『あざとじ』さん?」
「っきぃいいいいいい・・・!」
その日の夕方―
口に死ぬほどメロンパンを詰め込まれた有人がぷんすかしている絢辻を宥めながら下校していた。
―・・やばい。
私。なんか―
・・・・死ぬほど楽しい。