ぐれほわSHARK・T   作:GREATWHITE

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ルートT 九章 ここに居る

 

 

 

 

 

 

10 ここに居る

 

 

 

 

 

「ようやく見つけた。こんな所あるんだね。この図書室・・っていうかこの学校にこんな所あるなんて思わなかった」

 

「・・・」

 

「・・何て言うのか・・なんか凄く、・・・素敵な場所だね」

 

驚いて振り返った絢辻の反応をよそに有人はとことこと歩き、書庫を見回した。絢辻は未だどうしたらいいか解らないらしく、無言のまま目線で有人を追う事しか出来ない。

 

「うわっ・・すげぇ分厚い本・・よ。・・重い、な・・・げ・・手ぇ真っ白になっちった」

 

適当に取り上げた分厚い本を手に持ち、埃で汚れた掌を一瞬だけ絢辻に見せて苦笑いし、ぱんぱんとすぐに手を掃う。

 

 

「・・・・」

 

 

絢辻は涙目を目一杯見開いたまま、尚も視線を有人から離さずにただ佇んでいた。

最早隠し様の無い、足元に散逸するバラバラにされた白いノートの切れ端―その「不穏」と言う他ない光景、そして今の自分の表情、惨状を上手く説明する事も、言い訳も出来ぬまま、ただ少し赤く潤んだ目元を現状の絢辻が出来る精一杯の強がりの如く、有人から逸らそうとしなかった。

 

―・・強いよな。俺ならすぐにでも逃げ出しそう。

 

内心有人は笑ったが、それは直接有人の顔に何時ものように張り付く。少し困ったような笑顔になってしまったと思う。

と、いうより実際困っていた。今有人は本当に何をすればいいのか解らない。

 

とにかくこの状態の彼女を外に連れだすのは問題がある。自分はともかく絢辻はしばらくここに居るしかないだろう。何よりもきっとそれこそ今の絢辻が最も望む事。

 

「あの・・さ」

 

「とりあえず外で待ってるから」―そう言おうとして少し足を踏みだした瞬間だった。

 

「・・ないで」

 

「え?」

 

「・・来ないで。見ないで」

 

そう呟き、そして「ようやく」と言うべきか、初めて絢辻は恥ずかしそうに有人から目線を逸らす。

 

「・・・」

 

―・・実際来たし、見ちゃいました。本当に・・すいません。

 

そして今の彼女の一言で足が何故だか解らないが動かなくなった。言う事を聞かなくなった足を諦めて有人は彼女と向かい合う。

足が動かないのならせめて向き合おう。背中を見せる自信が無いのなら馬鹿みたいに笑っていよう。

 

それで少しでも彼女のぐらついた足元が何時もの日常に戻るきっかけになるのなら。

何の根拠も無い方法だが今有人に出来る事はそれぐらいだった。

 

 

 

 

 

 

 

「何で?・・なんで源君・・?・・なんで貴方がここに居るの?」

 

―・・・いっつもいつもそう。何で貴方は私の前に現れるの?見せたくないモノ、見せたくない自分。誰にも見せてないそれを全て上手に何で貴方は「持って行く」の?

 

攫っていくの?

 

 

自分の言葉の矛盾に気付きながらも絢辻はそう聞かずに居られなかった。

彼は自分の立場、仕事をかなぐり捨てて居なくなった自分を探していたのだ。そりゃあ探すだろう。突然何も言わず居なくなったのだ。それは容易に予想が付いた。

でもまさか見つけられるとは、そうなれば全く話は別だ。

 

「ここ」まで来るのを正直誰にも見られていない。絢辻にはその自信がある。

ここに来るまで目撃者に細心の注意を払い、委員会活動中、責任ある立場の絢辻がまず来るはずの無い図書室に来た上に、一般生徒立ち入り禁止の札のある書庫まで来た。生徒どころか教師すらほぼ無用の場所である「ここ」に、である。保険の上に更に保険をかけたようなものだ。この学校で恐らく最も孤立した、ぽっかりと空いた「空洞」「僻地」と言っても過言ではない。

 

ここには誰も来るはずが無いのだ。ただ一人絢辻を除いて。一人ぼっちの彼女だけのはずなのだ。

 

しかし―

 

彼は来た。

 

そして困ったような笑顔から解る。心配してくれていたのだ。何ともお節介で何とも有難迷惑。そのおかげでまた「余計な物」を見る、知るはめになるのに。

彼女の弱みを知ると同時に自分の弱みも、面倒事も増えていくのに。

 

でも・・彼はここに居る。

 

 

それの何と・・・嬉しい事か。

・・でも、ダメだ。今は。今だけは。今絢辻の目の前に居るのが彼であってはいけない。

 

 

「お願い・・今はこっち来ないで・・見ないで?私にも見せたくない顔ってあるから・・」

 

 

目線を逸らし、俯き加減で腫れた瞳を隠して絢辻は手だけで有人の歩み寄りを制する。

 

―漸くちゃんと言えた・・よし・・OK!これで・・受け入れてくれるはず。だって

 

・・彼は私に従順だもの。そして・・少なくとも今の私を気遣う彼は自分を一人にしてくれるはず。それが自分にとっても、私にとっても最善だとも解っているはず。だから、・・だから―

 

 

 

「・・嫌だよ」

 

 

 

「・・はい?」

 

 

愚直に絢辻は聞き返す。生気が抜けてぼやけた瞳を有人に向けた。

余りに意外すぎる単語が頭の中に共鳴、木霊し、それは一瞬絢辻から一切の情動を奪い、同時強固な彼女の防御壁とも言うべき仮面が剥がれる。それは絢辻が必死で覆い隠そうとしていた彼女の現状をハッキリと物語った。

 

消え入るような「空白」(ブランク)。危うすぎる表情。どう考えても―

 

 

「・・放っておけないよ?だから俺は・・・ここに居る」

 

 

言葉少なく、端的、かつ明確に有人は自分の意思と要求を突き付けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―・・実は足が動かないんだよね。

 

こんな情けない言葉は呑み込んだままの有人の精一杯の強がりだった。

しかし、一方で自分の足は怖さや戸惑いが理由だけで動かない訳ではない―彼はそう確信していた。

実際、確かにしばらく外で待つつもりだった。そういう意味ではさっきの絢辻からの要求は有人にとってまさしく「渡りに船」。問題なく、無抵抗にこの埃の舞うかび臭い部屋から一旦は有人を運びだしてくれるはずだった。

 

しかし、有人はその船に乗る事を拒否した。

 

有人に助け船を用意し、港から見送ろうとする当の絢辻がこんな不安げで、哀しげな表情をしているのに乗れるはずがあるものか―そんな感情が有人にハッキリとした強い否定の言葉を使わせる結果となった。

 

 

「・・もう一度言うよ?・・嫌だよ」

 

 

―「嫌だ」・・一体いつ以来使っていない言葉かな?確か・・

 

 

「い、やだよ・・」

 

 

そんなちょっとした有人の現実逃避に割り込む声がある。皮肉にも先程発した有人と全く同じ言葉。言うまでも無く絢辻の言葉である。目線を下に向けながら困惑と恥辱。そして他の「何か」が入り混じったような声で。

 

 

「おね、がいよ・・・・もう・・ひと、り・・は・・いや、だ、よ・・」

 

 

「・・絢辻さん?」

 

不明瞭な言葉に首を傾げ、絢辻の名前を呼んで一歩だけ近づく。それが絢辻の行動の引き金になった。

 

 

「・・・!」

 

 

「わっ!と・・・」

 

絢辻は有人に向かって一直線に走り寄り、有人のブレザーの両襟を両手で掴み、額を有人の胸に当て、表情を見えなくした。

 

「『来ないで』って・・言ったのに・・」

 

小刻みに震えながらも今度はハッキリとした口調でそう言った。

 

 

「こんな顔見せたくないよ・・見ないでよ・・どっか行ってよ・・放っておいてよ」

 

 

そう言いながらも今の彼女は有人の両襟をしっかりと掴み、離そうとしない。

 

 

「・・大丈夫。今は・・見えてないよ」

 

 

「・・。じゃあしばらく・・このままにしといて・・。お願い・・」

 

これも「馴れ」なのだろうか?絢辻が有人にこれほど接近するのも何回目になるだろう。不思議と落ち着けるようになっている自分に有人は驚く。

しかしやはり心臓はバクつく。有人の胸に額を触れている彼女にはこの鼓動がダイレクトに届いているはず。

 

―抑えろ・・。今は。

 

結果有人の選んだ姿勢は自然体。直立で両手をだらりとおろし、目線は今の絢辻を映さないように前を見据える。

有人から感じるのは真下にある絢辻の髪の香りと貸した胸の僅かな重み、そして徐々に落ち着いていく首元にかかる震える絢辻の嗚咽と熱い吐息だけだった。

 

 

 

 

まるで天使の羽みたいに床に無数に散らばった白いノートの切れ端達の中心で少年と少女の静かな時間はゆっくりと過ぎていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数分後―

 

「っ・・・・・ふぅ・・・」

 

唐突に絢辻は額を有人の胸から離し、順にブレザーの襟袖をゆっくりと解放して息を一つ吐くと、すぐに伏せていた目を有人に見据えた。まだ少し赤く、腫れぼったいが不安げでぐらぐらぼやけていた瞳の焦点が落ち着き、綺麗な光が宿っている。いつもの彼女に戻りつつあるのが解った。

 

両眼をぐずぐずと交互に指先で拭い、有人を見据えた彼女を前に有人は微笑み、

 

「落ち着いた?」

 

「・・ええ。ごめんなさい。・・んんっ!!はい!!・・御迷惑おかけしましたっ!!」

 

敬礼でもしそうな歯切れのよい彼女らしくない言葉だが、自分が落ち着いた事を必死で有人に伝えようとしてくれた事が有人には少し嬉しかった。(同時にあまり今は強がらなくてもいいとも思ったが)

 

「そう。よかった」

 

―薄い胸板で申し訳ないけどね。

 

そう心の中で苦笑した。ただ彼の心の中の苦笑はすぐに表情に張り付く所が困りものだ。

そんな有人を見、絢辻は可愛くふくれっ面をして

 

「うう・・そんなに笑わないでよ」

 

咎める様にぶぅ、と口先をとんがらせる。

 

「あ・・そういう意味じゃ無くて」

 

「解ってるわ。せいぜい『粗末な胸板でゴメン』とか自虐に走ったんでしょ?貴方の事だから」

 

ふふっ、と一転今度はやや不敵な笑みを浮かべ、有人の思考を見透かしてそう言った。

 

「・・・ははっ」

 

―わぁ・・大したもんだ。このコ。

 

肯定の変わりに更に苦笑いがまた有人の顔に張り付く。絢辻もいつもの少し困った笑顔で一つ溜息を吐きつつ有人から一歩後退、姿勢を正して正直にこう吐露した。

 

 

「・・私ね?稀に情緒不安定になる時があるの」

 

 

「・・そうなんだ」

 

「いつもなら・・『あ。今日危ないな』って前もって解って覚悟するから時間とタイミングもある程度コントロール出来るんだけど・・今日のはどうしてか・・、ね」

 

「・・ふうん」

 

男性にはなかなかピンと来ない女性の独特のサイクルである。個人差はあるにせよこういう話を聞くと女性に比べると大概の男というものは比較的シンプルに作られている事が良く解る。ムラやサイクルのある所が女性と異なっているだけなのかもしれないが。

 

「・・大丈夫?」

 

「うん。大丈夫。一時的なものだから」

 

「・・無理しないでね。何か皆に指示する事があったら俺が伝えるから、もうしばらくここで休んでていいよ?何か欲しい物とかある?」

 

「・・ありがとう。でもへーき。治まってしまったら大丈夫。それにやる事はまだまだあるんだからこれぐらいでは休んでられないわ」

 

「解った。でもホントに無理しないでね。絢辻さんに何かあったらそれこそ・・」

 

「うん。貴方も立場がないもんね♪」

 

「そういう意味じゃ無くてですね・・」

 

「・・解ってる。・・でも・・・有難う」

 

「・・うん。じゃあ行こっか。っと・・まずはここの片付けからだね。・・」

 

有人は取りあえず落ち着いた絢辻から目を離し、しゃがみこんで、床に散乱したノートの惨状を検分する。

 

―この破り捨てられたノートの事・・果たして詳しく聞くべきか聞かざるべきか・・。

 

かなり微妙な所である。

 

「あ。大丈夫。ただの暇つぶしだから」

 

そんな有人の複雑な心境を慮り、絢辻は事も無げにそう言った。「ヒマ潰し」で破られるノートが気の毒と言えば気の毒だが。

 

―・・「暇つぶし」、ね。まぁそういう事に・・ん?・・・!!!!

 

有人に電撃走る。

 

「絢辻さん・・『これ』って・・ひょっとしたり、ひょっとしたりなんかして・・」

 

「ん?ああコレ?先日終わった作業の行動予定表よ。もともと処分して大丈夫なやつ。いざという時はコピーもとってあるし・・」

 

この絢辻の言葉―「先日終わった作業の行動予定表」

 

有人はこの単語を何処かで聞いた気がする。しかもごく最近、否。「極々」最近だ。

 

「・・。いや絢辻さん。これ多分、今日、からの・・作業予定表だよ・・」

 

無残なノートのバラバラ遺体を検分しながら有人はそう言った。

 

「・・へっ?」

 

絢辻は目を丸くして素っ頓狂な声をあげる。

 

「さっき坂上さんが俺の所来てね・・『絢辻さんに渡された』って言って一つ前の行動予定表の原本を見せてもらったんだ。・・あれがまだイキってことはつまりバラバラのコイツは・・」

 

 

「・・・」

 

 

流石の絢辻も黙りこくった。この原本の創設祭実行委員会の予定表作成に少なくとも彼女は一週間以上費やしてきているのだ。何かの間違いであってほしいと絢辻は今直立不動で思っている、が―

 

「・・・あ。ホラ見てココ・・この切れ端。今日の日付書いてある・・」

 

・・終わった。余りに非情すぎる現実が有人の口より突き付けられる。

 

「・・・」

 

 

恐る恐る事実を語った有人を前に、尚も直立不動のまま絢辻は黙ったままだった。しかし冷や汗がだくだくと流れているのが解る。表情は笑っているが最早違う意味で泣きそうになっているのも解る。

 

「・・ぷっ。仕方ないね・・テープで貼り付けよう。図書室の秘書の子・・良いコそうだったから多分貸してくれる。後それと・・」

 

「え・・」

 

「まず絢辻さんは水分補給!・・何か飲む物買ってくるよ。干からびちゃう」

 

「・・・ヴん・・」

 

内心「これ以上水分を出させないでよ」と思った。自分の失敗に対する情けなさと有人の気遣いが合わさって背筋に走り、泣きそうになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

埃まみれの足元に散らばった無数の白く光る切れ端を二人でかき集め、一つ一つパズルのようにつなぎ合わせ、ツギハギだらけの原本がようやく体を成したのが下校前であった。

その最中の事―

 

 

「これは・・ココ・・これは・・ココだ!あ!違う!!」

 

 

「・・・」

 

―・・・。

 

 

一つ一つの白いノートの切れ端を丁寧にかき集め、繋ぎあわせていく有人の指先を見ながら絢辻はまるで自分のバラバラになった心が一つ一つ丁寧に繋ぎあわされていく感覚を覚えた。

 

 

―ありがとう。

 

ありがとう。

 

 

ただひたすらに拙く、一つ一つ温かい糸と針でちくりちくりと紡がれていく様な痛痒い心の中で繰り返し絢辻はそう呟く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何で・・私が居る所が解ったの?」

 

つぎはぎだらけの原本を胸に大事そうに抱えながら隣を歩く有人に絢辻はそう聞いた。

 

「う~~ん消去法・・かな。作業場には居ないって解った後は絢辻さんの何時もいる場所を探そうと思って。ほら・・絢辻さんと一緒に縁さんの残したジュースこっそり飲んでた時あったじゃん?その要領で。この時期だし・・まず図書室だなって」

 

「・・そう」

 

「・・。でもそれだと一つ疑問が残るんだよね。あの書庫に行くには図書室の入り口を通るはずだから司書の女の子に見られるはずなんだけど・・絢辻さんを見ていなかったみたいだし・・どうやったの?」

 

「・・さぁ・・?それは教えられないわね」

 

絢辻はすっかり要領を取り戻し、いつものように悪戯そうに笑う。

 

「気になるなぁ・・」

 

「・・。大した事はしてないわ。あの部屋の隣の部屋は立ち入り禁止じゃないの。そこから窓と窓を伝って入るだけよ。書庫の窓のドアのカギを常に開けておいて私だけこっそり入れる様にしてるいだけ。絢辻特製の秘密基地よ」

 

「え!?ここ三階・・」

 

「ふふ~~中々痛快よ~~?下を生徒やら教師が横行する中、その真上をまさか『この』私が校舎三階の外の壁をウォールクライミングしているなんて誰も考えないでしょうから」

 

「冗談・・だよね?」

 

「ホントよ」

 

「・・危ないって」

 

「ええ。下からは多分色々丸見えでしょうしね?」

 

ひらりとスカートの裾をつまみ、挑発的な目で絢辻は有人を見る。

 

「・・いや、そういう問題じゃねぇって」

 

「じゃあどういう問題なのかしら?ふふっ♪」

 

「・・・」

 

絶句する有人をよそに絢辻はまた悪戯に笑い、凛と長い髪を揺らす。そして―

 

 

「・・それほど私は『あれ』を誰にも見せたくなかったの」

 

 

憂いを含んだ真面目な口調でそう言い直す。

 

「・・!」

 

「・・貴方には色々見られちゃうわね」

 

眉をしかめ、からかいも茶目っ気も無く、本当に恥ずかしそうに、困ったような表情で絢辻は微笑んだ。そう言われると有人は何も答える事が出来なくなる。

やっぱり探すこと自体が野暮なことだったのだろうか?絢辻の事だからと深く考えずにただ彼女がいつも通りの姿で戻ってくるのを待ってれば良かったのだろうか?―そんな風に有人は考えてしまう。しかし、絢辻は―

 

 

「・・勘違いしないで?源君」

 

 

首を振って有人を真っ直ぐ見る。

 

「え?」

 

 

「嬉しいのよ?自分でも驚くくらい。『誰にも見せたくない』と思っていたのに・・それなのに貴方が、他でも無い貴方が私を見つけてくれた事が・・私嬉しい・・んだと思う」

 

 

有人が辿った細い糸。絢辻が残した些細なサイン。違和感。

そこから僅かな経験を頼りに最後には偶然も重なって、有人は絢辻の元に辿り着いた。

 

・・辿り着いてくれた

 

―天然の癖にこんな時だけ・・全く心身が参ってる時に反則だなぁ・・。

 

と、絢辻はまた心の中で苦笑いする。

 

―あはは・・ここで畳み込まれたらちょっと私―

 

・・やばいかも。

 

 

でも・・

 

 

つけ込ませてあげよっか・・?源 有人君?

 

 

「・・嘘だろ」

 

「え?」

 

―嘘?そんなつもりは・・・

 

「見て!あれ!」

 

有人のかつてないほどの動揺の声が聞こえ、有人の表情を確認する。その表情も何時になく凍りついていた。茶色い目にも焦燥の色がはっきり映し出されている。

その視線の先には創設祭のメイン舞台の裏が映っている。そこには・・

 

「・・誰か倒れてる!」

 

倒れた一人を取り囲むように周りを数人の生徒が立ちつくしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい!」

 

「何があったの!?」

 

 

 

「あ。絢辻先輩に源先輩。お帰りなさいですぅ~」

 

 

 

焦燥の色が隠せないまま息を切らし、駈けつけた二人とは対称的に倒れた一人を取り囲んでいた内の女子の一人―買い出しに行っていた美作が能天気な出迎えをした。

 

「・・?」

 

「へ・・?」

 

 

「見て下さ~いアレ・・久野君が『死体ごっこ』やっているんですよぉ。『余った時間が勿体ないから』って。正直・・ぷぷっ・・・ホント傑作ですっ!・・今はサスペンスVerらしいですね~。『犯行現場を目撃して犯人を強請った結果、返り討ちに遭う被害者』だとか・・ほんっと芸がこまかぁい・・!!あっはははははぁ~」

 

 

「「・・・」」

 

―は?「時間が勿体ない」から死体ごっこ?小学生?幼稚園児ですか?

 

そう二人はツッコミたかった。

 

 

「はい~!絢辻先輩!ほらぁ源先輩も!」

 

 

備品を買いだしに行っていた二人、結城と美作の二人が段ボールの箱から大手メーカーでは無く、無名のメーカーで恐らく単価が恐ろしく安いお茶を取り出し、二人に手渡す。

 

「これ箱買いすると一本単価18円なんですよ。やっすいでしょ?」

 

太ましい少年―買い出し部隊の内一人の結城は少し得意げにそう言ってもう一つの袋を漁りだす。

 

「そんかわし・・こっちはちょっといいやつですよ。季節限定の」

 

放心状態のまま絢辻、有人の二人は機械的に受け取る。そんな二人に―

 

「たまには一服しましょう~~。先輩方♪お疲れ様です♪」

 

美作がおっとり微笑んでそう言った。

 

「・・・」

 

「・・・あは」

 

目線をお互いの方向に滑らせ、目が合うと安心したのか、気が抜けたのかお互いに苦笑いして二人は後輩達に促されるまま座り、久野の見事な隠し芸を肴に委員会メンバーと共に二人は一服をついた。

 

 

―数分後

 

「それにしてもぉ・・お二人は何処に居たんですか?あんまり遅いので皆心配していたんですよ?」

 

ゆっくり、おっとりとした口調で美作は二人にそう聞いた。

 

「・・。これ・・今日からの作業予定表なの。私が間違って処分しようとしていた所に源君が来てくれて・・」

 

つぎはぎだらけの原本を申し訳なさそうに後輩の女の子に見せながら絢辻はそう言った。

こう聞かれた際の対処は既に決定済みである。

 

「・・でも一足遅かったて感じでね」

 

「あははぁ。何か安心しましたぁ。絢辻先輩もそんな失敗するんですね~」

 

処分するとはいえわざわざノートをバラバラに破る事の不穏さをおっとりとした少女は感じ取ること無く、ただの失敗談として受け取った。そもそも絢辻が「あんな」理由でノートを破るなどと連想し難いが。

 

「ごめんなさいね。私のミスで作業を止めさせちゃって・・」

 

「と~んでもないです。それに・・やる事なんていくらでもありますぅ。休んでいる暇なんてありませんよぉ」

 

自主的に自ら仕事を探し、動けるほどにモチベーションと作業に対する責任感が絢辻の予想以上に同輩、後輩達に根付き、浸透しつつある事が絢辻は嬉しく、少し胸が詰まるような感覚を覚えた。

 

「・・有難う」

 

「い~え。・・絢辻先輩は頑張りすぎなんです。もっと私達を頼って下さぁい」

 

「・・ええ。本当に頼りにしているわ。皆」

 

「えっへへ~~♪」

 

 

「・・」

 

嬉しそうな絢辻を見て有人も微笑む。

 

来年、二年生になった彼女達が引き続き創設祭準備を主導に行ったらこれは物凄く期待できるだろう。来年も顔を出して彼らの創設祭を見守りたいと思った。受験シーズン真っただ中であろう時期に一息をつく来年の年末の楽しみが有人には出来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「久野君はぁあまりにお二人の帰りが遅いのでぇ~『あの二人・・さては逢引でもしてるんじゃねぇか~~?』って訝しがってましたけど~先輩方がそんなことするわけありませんよねぇ~~?あっははぁ~」

 

 

「・・!」

 

―久野・・!

 

「・・」

 

―・・久野君。一発芸でムードを良くしてくれたのは評価に値するけど頂けない発言ね?中途半端に勘がいい所も癪に障るわ。これはお仕置きが必要ね・・。

 

 

絢辻が黒いオーラを発して同時悪いカオに変わる。その変貌を有人は横目で見ながら気の毒そうに体張った一発芸披露中の久野を見てこう思う。

 

 

―久野・・明日から絢辻さんから暫く物凄い仕事量をさりげな~~く、違和感な~~く振られるだろうな・・そして夜に気付くんだろう。「・・あれ?何で俺今日こんなに疲れてんだろ?」って。・・気の毒に。

 

 

 

気の毒に思いつつも有人は全く助けるつもりが無い。たまには絢辻の悪意の矛先が他人に向くのを傍目で見つつ、嗜むのもまた一興とすら考えている。

 

 

だいぶとこの少年、絢辻に「仕込まれ」つつある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






間章 不協和音 2





忙しい創設祭の作業の合間の一服のひとときの中。その輪に加わらず、一人離れた所でそれを見守る一人の少女が居た。
一年生実行委員代表、坂上だった


―うう・・痛い・・。


痛みがどんどん酷くなっている。



十数分前―

「ここが最後、ホントに最後」・・そう思って舞台裏の補強作業を脚立で補助なし、こっそり一人で行っている作業中―

「・・・あっ!!きゃぁっ!!」

バランスを崩して彼女は落下した。幸い運動神経がいい彼女はちゃんと腕で支え、頭や腰などに痛手は受けなかったものの、全体重を一瞬支えた右手首は流石に負荷が大きすぎた。

先程結城から手渡された差し入れのお茶の缶を持っただけで鋭い痛みが走り、慌てて逆手に持ちかえた。おかげで折角貰った缶の蓋を開ける事が今も一向に出来ない。

有人から制止された作業を無視する形になった上に、普段実行委員の決まり事として「危険な作業をする際、教師、または絢辻や二年の男子を二人以上最低でも補助に付けて行わなければならない」という決まりを破った形になる。そしてその決まりを作ったのは・・当の絢辻だ。それを破って怪我をしたとなると自分は当然として彼女の監督責任も問われかねない。そこに―



「坂上さん・・?」


一人の少女が歩み寄る。

「えっ・・?」

「・・どうしたの?」

「え?何がですか?」

「こんな所で一人で・・」

「何でも無いですよ」

坂上は一年生の実行委員代表に選ばれるだけあって強がる事はなかなか上手い。しかし、残念ながら今彼女の目の前に現れた少女の「見分ける」目の方が上手だった。
人の後ろめたさ、人の弱みを見抜く力が「彼女」はここ数年で皮肉な事にかなり増している。

「・・・」

創設祭実行副委員長・・黒沢 典子は腕を組み、薄く微笑んで強がる少女を見下ろす。

「・・・!」

その所作を眼の前にして少女はつい自分の後ろめたさを隠す所作を無意識に起こしてしまった。患部の右手首に触れてしまったのだ。

「・・・っ!?」

びりっと走った患部の痛みに思わず坂上はカオを歪める。その表情を見てさらに黒沢は薄く笑い―


「右手首・・見せて?」


こう言った。




数秒後、プシュッと小気味良い音を立て缶の口が開かれる。




しかし、それはこれから始まる不和の狼煙―


不協和音。






















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