その点を有人は重々承知しているつもりだ。でも我慢の限界に陥った人間がどういう行動にでるかはその人間の本質によって異なる。それは予測できない。
喚くか。
嘆くか。
逃げるか。
憤るか。
「忍耐力」に関しては正直言わせると彼女は図抜けたものを持っている。
それこそが彼女―絢辻 詞という少女の本質を最も単純に表した言葉といっても間違いは無いだろう。自分を忍びて本質を隠し、自分を律し研鑽を続け、時に生ずる軋轢にも目をそらさず向き合い、時が熟さぬならば機会を待とうとする姿勢。
彼女の、誰もがまず目が行く図抜けた数々のスキルについつい目が行きがちだがその根本を支えるているのは結局の所、その忍耐力に基づいた「持続力」、「継続力」である。それらが無ければそもそも図抜けた処理能力とやらが身につくのかどうかも怪しい。
地道で地味ながらもベストの行動と選択肢の連続。積み重ね。
時には自分を殺してまでも積み上げた土台を元に今の「絢辻 詞」という少女はいる。
それが壊れることなど絢辻にとって在ってはならない事だろう。
しかし、それは「その日」を限りに崩壊する。
崩壊させた下手人は・・他でも無い絢辻本人だった。
創設際実行委員会が作業の凍結を強行されてからちょうど一週間後の2-A教室―
「その日」は訪れた。
「ちょっと絢辻さん・・聞きたい事があるんだけど」
「・・何かしら?」
教室の席に座り、次の時間の教材を纏めていた絢辻の席の前で田口という背の高い少女が腕を組んで仁王立ちし、やや見下ろしがちな目で絢辻を見る。その傍には二人の少女が居る。これまた疑い深そうに絢辻を見ている。
―・・。穏やかじゃないわね?
絢辻を見下ろす彼女達はこの姿勢を見せつける事で絢辻に対してのある程度の先制、牽制攻撃を仕掛けているようだった。不穏な空気だ。
ただ当の絢辻は何時ものように宿題や次の授業で解らない事がある生徒に対して接する時のようににこやかに話し、その空気を受け流していた。
その態度に毒っ気が抜かれる事を諌めるように不穏な空気そのままの不機嫌そうな声で三人の内一人の少女―恐らく三人の中のリーダー格である田口は絢辻にこう続ける。
「さっき・・『クリスマスツリーが中止』って話を聞いたんだけど、それってホント?」
「・・中止?まさか?誰がそんな事を?」
「他のクラスの子よ。実行委員の子が言ってたって。だから最近実行委員は仕事が減って下校する時間が早くなってるとか何とか」
「・・」
事実に混ざった質の悪い拡大解釈が行われている。絢辻は無言でそれを聞いた。ひょっとしたら噂の情報源の情報を彼女が口を滑らす可能性がある。黒幕、もしくはそれに近しい人間あたりの。しかし―
「作業がきつくて楽したいってのは解るけどそれって酷くない?実行委員会の為だけの創設祭じゃないんだよ?」
畳みかけるようにそう田口は続けた。
―・・・。
「ちっ」、と絢辻は内心舌打ちする。嫌味に対してでは無い。この田口という少女が知っている情報が「所詮その程度」ということにだ。気持ちよく知っている事全て喋らせ、最後に嫌みの一つでも聞いてすっきりさせてやろうと思ったがもうこの時点で早々に嫌味がでてくるようでは望み薄だ。正直今の絢辻にとってはもっとも相手をしたくないタイプの相手である。まさに―
―・・時間の無駄。
噂に踊らされた末端の構成員もいいとこだ。ただ立場上、無下に扱う訳にもいかないのが面倒な所だが。
「・・それは誤解よ。確かにツリーの事は問題になっているけど、中止なんて話は出てないもの。実行委員の活動が縮小しているのもちょっとした事故があって作業を自粛しているだけ。何せ今まで実行委員の皆が頑張りすぎていた矢先に起きた事だから市の方が気を遣って一部の作業を一任しているからなの」
「ホントかな~?案外その事故を口実に市に面倒な作業を引き継がせたんじゃない?ツリーとかの遅れていた作業を任せた、とか?」
言っていい嫌味と悪い嫌味がある。規律を乱したとはいえ懸命に作業をしていた一年生の女の子が負った怪我を、これ幸い口実にして楽をしようとした―だと?
「・・・」
内心呆れて絢辻が閉口したのを田口は誤解し、「痛い所をつけた」と思ったらしい。彼女の舌が更に滑らかになる。
「さっきも言ったけど実行委員会の為だけの創設祭じゃないんだよ?『皆の創設祭』なんだから。市に勝手にさせていていいの?」
大義名分―「皆の創設祭」を強調して田口は気持ちよさそうに言い放った。それに呼応してか田口の周りにいた取り巻き二人も閉じていた口を開く。
「それ・・絢辻さん酷いと思う・・」
「そうよ。『皆の創設祭』なんだから」
磯前、山崎という二人の田口の取り巻きの少女が順に言葉を発した。後押しを受けて更に田口は有頂天になる。
「・・意外に今回こんな不祥事があって丁度良かったとか?遅れていた作業をプロに任せることで予定は間に合うし、作業の遅れを責められる事も無くなった上に自分の負担も減る。・・ふふっ・・そうだとしたら絢辻さんって相当頭いいね。狡賢いって言うか」
「・・・」
―頭がいい?・・頼むからその頭の悪い解釈を止めてくれない?
呆れを通り越しながら未だ黙る絢辻は内心そう思いながら苦笑した。
まぁ・・でもとりあえず相手はしてやらなければいけない。上に立つ者の辛い所だ。
「・・心配してくれてありがとう。でも生徒主導で行うっていう基本方針はちっとも揺らいで無いわ。委員会は委員会でちゃんと用意を進めてるの。市に一任した作業がひと段落ついてからまた作業を再開するつもりよ」
「それってさぁ・・信用できると思う?」
・・自分が勝手に想像した全く根拠のない予想をさも真実かの様に仮定し、田口は自分が勝手に作り上げた猜疑心の中で絢辻を疑った。
「出来ない出来ない」
取り巻きの山崎が同調する。自分が同調した事象の内容をちゃんと把握しているのか?この子は?ただ「音」だけ「で」と「き」と「な」と「い」を並べただけじゃないのか?
―・・さてと。言いたい事はそれだけ?はぁ・・何とも無駄な時間を過ごしたわ。さて適当に茶を濁して話を打ち切りますか・・。
絢辻は全く揺らぐこと無く、いつものようにやんわり、粛々と今自分のカバンの中にある事実と根拠に基づいた資料を彼女達に見せ、この下らない話を一刻も早く打ち切ろうとして鞄に手を伸ばそうとした。
が―
「・・絢辻さんにとっては源君とイチャイチャすることの方が大切だもんね」
―・・・!
ピタリと絢辻の手が止まる。
「だって聞いたよ?創設祭の実行委員の子が怪我した肝心な時、絢辻さんと源君って二人で居なくなってたんだってね?一体どこで何していたんだかね~?」
「・・・」
―・・・成程ね。いい情報有難う田口さん?今確信が持てたわ。・・どうやら相当あの時私と「源君」が居なくなった事が腹にすえかねたみたいね?
本人自体は何の自覚、考えも無しであろうが、田口の発言は絢辻にとって重要な意味を持っていた。あの日、絢辻と有人二人が戻ってくるのが遅れた理由をあの場に居た実行委員の子達はちゃんと知っている。ツギハギだらけの予定表を見て彼らは納得してくれた。これじゃあ戻ってくるのは遅くなるワケだ、と。しかし・・「納得しても我慢ならない」人間はいる。それが唯一「あの子」だ。自分達が居なくなった事を知っていて、尚且つそれを不快に思い、捻じ曲げて悪用したくなるような情動を持つ人間は。
絢辻は確信を得た上で思考を整理した。もうこれ以上この子達から聞く事は無い、と。
だが―
・・何故だ?この湧きあがってくるものは?こんなの経験した事が無い。
踊らされた揚句、こんな下衆な勘繰りをしてくる相手を一笑に付してやればいいだけなのに。・・なぜ?
―私は・・怒っているんだろう?
「・・あの人は手伝ってくれていたのよ?」
―・・十点満点中、二点。・・いいえ。百点満点中・・二点・・かな。
絢辻が今、自分が発したその言葉に即下した得点である。内容も語気も全く以て及第点とは言い難い。
「何の『手伝い』していたんだかね~」
じっとりと粘つく様な視線と語気で田口は背後の取り巻き二人と目を合わせる。「ああいやらしい、いやらしい」とでも言いたげに。
―・・ほら。付け入る隙だらけじゃない。
「・・・」
「ちょっと・・黙ってないで何とか言ったら?あ!ごめん・・ひょっとして・・図星?」
過ぎた悪意と悪戯心と勢いを頼り、田口達の攻勢は続いた。
と、言っても「攻勢」と言うにはあまりにも稚拙すぎる最早「本題」などそっちのけなただの嫌みだけの言葉である。空気よりも軽く、ただ口臭みたいな嫌な匂いがする程度のものだ。が、今の絢辻にはそれがなぜか妙に―
―・・・。
応えた。
「ちょ・・ちょっと待ってくれる?」
遠目からその不穏さを見守っていたクラスメイト達を掻きわけ、その場に一人踏み込んだ少年が居た。その正体は言うまでも無い。有人だ。
「ちょっと・・源君?話に入ってこないでくれる?大事な話しているんだから」
「そうよ。絢辻さん助けに来たの?」
「・・え?」
―「大事な話」?あれが?会話も成立していない、成立させる気も無いあれが?
有人もやや内心呆れて苦笑した。ただ彼の場合は絢辻と異なり、表情に張り付いてしまう。表向き真剣を「気取りたい」田口達にその笑顔は「馬鹿にされた」ものに映った。
・・実際「馬鹿にしていた」と言えば有人は否定できないのであるが。昨今あんまり経験をした事が無い久々の感覚だった。
「ちょっと!何がおかしいのよ?」
「あ、ごめん」
一応彼のキャラクターを曲がりなりにも彼女達は一年近く見てきたクラスメイトなだけにいつものこととし、幸いにもその表情はそれ以上彼女達を煽る事は無かった。
「でもさ・・助けるとかじゃそんなんじゃ無くて事情もろくに知らないで決め付けで言うのは良くないと思うよ?」
「事情があったら許されるわけ?」
「あぁ。じゃあ事情があっても絶対許されるべきではない事なのかな?事情が無い人間なんて居ないよね。事実田口さんは『皆の創設祭がダメになるかもしれない』って心配してくれている事情があって絢辻さんに今質問しているワケだから」
「う・・」
本題はそっちのけ。絢辻に嫌味を言う事を目的にしている事が丸解りな少女にそもそもの本題を再び突き付ける。
「・・・ん!じゃあそっちはどんな事情があったって言うのよ!言ってみなさいよ!なんで二人は肝心な時に二人で居なくなっていたんデスか~?」
本題に誘導される事を嫌った田口は話をまた戻す。この事から彼女にはそもそもの目的が「本題」に関する心配を解消するのではなく、ただ噂を元に「お高く止まった優等生に人生たまには上手くいかない事を陰険に、ねちねちと知らしめよう」程度の目的なのである。
「それは・・」
そう言いかけて有人の脳裡に浮かんだのは表向きの事情としてはまぁ納得できる話の「予定表が絢辻のミスでバラバラになった」事では無く、一人書庫で佇み、泣いていた絢辻の真実の「事情」である。
彼女自身が「誰にも見られたくない。知られたくない」と言っていた真実。
それを図らずも自分が知ってしまった以上、有人には責任がある。流石に思案しない訳にはいかない。しかし、その逡巡をせっかちで人の話を聞かない少女は焦ってついてきた。
「ほら見なさい!言えないんでしょう?」
「・・。そうだね」
有人はそう言った。あの「事情」を告げる事は決して許されない。
誰にも話してはならない。増して嫌味を言う為だけに上げ足をとる事にしか注力していないこの目の前の少女に話せる事では無い。
有人は黙って暫し一考・・取りあえず「他の事情を話して穏便に納得してもらおう」と、少し思考を巡らせる。この時有人には余裕が在った。何せ周りを見ると・・
「・・・」
―手ぇかすぜ。大将。
「・・・」
―あったく・・!!言いたい事言わせとけば・・!みなもっち!私も行く!!
「・・・」
―はいどうどう薫。・・お前が感情のまま行ったら更にややこしくなるんで。
有人の友人達―梅原、棚町、国枝の三人が既に待機していてくれていた。田口の取り巻きたちに比べれば万倍頼りになりそうなメンツである。
しかし―
その三人の参戦を前に思いがけない「声」が教室内の沈黙を破る。
・・否。
・・・・切り裂いた。
「うふふ・・あははは!!はははははははっ!」
「え・・」
―・・・・え?
そのひきつったような笑い声と共に寒空の中、窓も空けていないはずの教室が絢辻を中心に一陣の風が吹いた。ややうつむき加減の彼女の後頭部をきめ細かく、美しい黒髪が逆立つように宙に舞う。
有人はその絢辻の語調に戦慄を覚えた。いつもは彼にしか聞こえないそれは今、確実にこの教室に響き渡っている。
その声はあまりにも理不尽な田口の言い分にいらつきを覚え、参戦を身構えていた棚町 薫の足を止め、その向かいに座って仮眠をとっていた国枝 直衛の目を見開かせ、いつも通り、軽いノリで場に入ろうとした梅原 正吉の能天気な言葉を喉元で留め、凍りつかせる。その凍りついた時の中で現状動けるのは有人だけだ。
「絢辻さ~~~~ん!ストーップ!!!まだ先があるんだから!!」
―マズイ、まずい、拙い!!
「・・だーめ。もう許さない。源君・・黙っていてくれる?コレは私の問題・・」
鋭角に曲がった眉。丸みを失った三角の攻撃的な瞳。何時もと全く異なる挙動で長く美しい黒髪をふぁさりと払う。
別に大きな声を出したわけではない。騒いでいる訳でも無い。しかし、普段と異なる全く異質な「存在」そのもののみで彼女はクラス中の視線を釘づけ、氷漬けにした。
「・・・は!?何がおかしいのよ!意味解んないんですけど!?」
田口の顔が醜く歪んだ。その表情にはいきなりの絢辻の豹変に対する当然の戸惑いとハッキリとした恐怖が混ざっており、この時点で既に勝負は決している。
が、今の絢辻には元々「勝負」などするつもりは無い。これから行われるのは一方的な・・
「だって今の田口さんにはどんな事情を伝えても自分の都合で捻じ曲げて解釈しそうですもの。そんな人に話しても・・意味無いわよね。違う?」
「んなっ・・・!どういう意味―」
「さて・・そんな貴方にも解るように私が懇切丁寧にこれから説明してあげるわ?いいかしら?」
田口の言葉を遮る。
「・・・せ、説明?」
実はジンマシンが出る程「説明」されるのが嫌いな田口と言う少女。
「あ。くれぐれもヒステリック起こして私の話をうやむやにしようとして叫んだり、騒いだりするのは止してね?何せ・・私は今から貴方が『知りたい』、『心配してくれている』事を全てちゃ~~んとはっきり説明するんですもの」
ワザとその状況を氷漬けにされながら見守る周囲のギャラリーにも聞こえる様にした絢辻のその言葉は完全に田口の退路を絶った。田口に周囲から無言の圧力が集中。絢辻の申し出を了解したも同然である。田口は「開き直り」という選択肢を奪われた。
―・・・!アンタ達!
思わず生物の習性として田口は自分の逃げ場を確認するようにちらりと後ろを見る。が、
「・・・」
「・・・」
そこには何とも頼りない既に自分と同じように豹変した絢辻に圧倒されている取り巻きの山崎、磯前の青ざめた顔があった。
―・・・!!!つっかえない!!
人間自分に残された手札の弱さの再認識をするとそれが全くない時よりも絶望をする。
まさに「無い方がまだマシ」である。その田口の感情をも絢辻は鋭く見抜く。
―・・無駄よ?人に頼りすぎの磯前さん、勝ち馬に乗ろうとするだけの山崎さんには貴方を救う器量も度胸も無いわ。
三人の少女は馬券を買い間違えた。しかしレースは既に開始している。払い戻しはもはやできない。
「まずはこれ・・」
絢辻は自分のカバンから大きなグレーのファイルをとりだす。コンパクトな鞄から取り出される割には重厚な重みがありそうな、一目で「重要な資料」と解る存在感がある。
「クリスマスパーティーに関する全ての情報が書いてあるわ、委員の選んだツリーの備品の搬入予定から飾り付け日程までの全て・・つまり先日から一時凍結しているまでの作業状況、そして凍結が解除された際に行う作業予定表も同封してあるわ。校長も内容に納得してくれてね?凍結が解除された際、即その作業に移る許可も貰ったし、後はGOサインを待つだけなの」
「・・・」
「で。その凍結解除後の作業の為の用意も実行委員の皆が終わらしてくれたから結果、解散の時間が早まってるだけなの。言っとくけどあくまで『実行委員の解散』の時間よ?その後の実行委員の子達が各自何をしているか・・貴方達知っていて?」
知る由も無い。公的な活動が終わった時点で噂を流す大抵の人間は興味が失せる。その後の実行委員の一人一人が何を心がけているかなどをわざわざ調べることなどしない。
例え知っていたとしても噂を面白おかしくするには「不都合」な点は排除しなければならない。「実行委員の士気の低下」の印象を植え付けるには相応しくないものは。
「噂」というものを面白くなくさせるのは大抵の場合、真っ当な「真実」、「現実」である。
「その子達は今まで出来なかった自分のクラスの創設祭の活動、ううん、それだけじゃ無いわ。他のクラスへのヘルプ。学年すら跨いで手の足りないクラスに手伝いに行っているのよ」
―・・指示も出して無いのに。
絢辻は内心唇を噛みしめる。嬉しく、そして何処か申し訳ない―そんな複雑な感情を押し殺すようにして。しかし尚も言葉を紡ぐ。
「・・。もし疑ってるならそうね・・三年生のクラスの人にでも聞いてみたら?三年生の大概のクラスにはヘルプに行ってるはずだから」
「そんなの・・」
「聞ける訳ないでしょ」、と言いかけた言葉を絢辻は次の言葉で遮った。田口の受け答えは予想の範疇だ。
「ええ?憧れの先輩位いないの?」
「・・!!」
絢辻はこの三人が三年生の何人かの男子生徒に憧れてちょくちょく会いに行ったり、迫ったり媚びたりしているのを知っている。聞ける相手がいないはずが無い。
「いないわよ・・確認する方法はない、・・わね」
田口はようやくうそぶくことぐらいしか出来なかった。
「じゃあ・・仕方ないわね。私達の授業を担当している三年生の担任にでも聞けばいいじゃない。全く・・少しは頭を使いなさいよね?いつも感心するぐらい質問しに行ってるじゃない?貴方達」
―ま、質問と言うよりテスト範囲を猫かぶって聞きだそうとしている事が丸わかりだけどね。
コレに関して田口達は言い訳出来ない。このクラスの全生徒が知っている事実である。その状況を静観していた何人かは「あ。成程」と合点がいった顔をした。
「・・・!!こっの・・っ!!」
もう何振り構わず喚きだそうとする田口の言葉を―
「ごめんなさい。話それたわね。とにかく校長が話を快諾してくれている以上、私達は市と学校側の話し合いの折り合いがつくまで出来る限りの事はしているの。そしてこうなった以上、市もそろそろ譲歩する筈だわ。市としても貴方が気にしてくれている『皆の創設祭』っていう言葉を気にするしね。生徒がやる気と結果を示している以上、それを全く無視して事を進める度胸は市には無い筈よ」
再び田口の望まない「本題」に戻して、矢継ぎ早にまくしたてて絢辻は遮る。
市が件の事故をきっかけに過剰なほどの反応を示し、新たな業者を呼んで作業を強行している裏で、発注を断られた業者やその関係者からの不満の声が挙がるのは自然だった。
直接ことわりと謝罪の電話を入れる事を表向き禁止された絢辻自身が直接休日に一つ一つの業者を回って確認をとっている。密接かつ定期的に連絡を取り合っていただけに大抵の業者は不満があるだろうにもわざわざ休日返上で訪れ、熱心に謝罪を行う絢辻に理解を示してくれた。
市としては地元と揉める事はあまり良しとしないだろう。何せ「選挙」があるのだから。
「・・・。でも、校長が納得したってのは本当なの!?絢辻さんがそう思ってるだけなんじゃないの!?」
「じゃあ校長に直接聞きに行ったらいいじゃない?・・この資料を持っていけば大抵の事は答えてくれるわ。ついでに聞きたい事あれば聞けば?私は全部把握しているから持って行ってもらっても一向に構わないわよ。校長は今日三時半から会議だからそれまでに行けばすぐ確認取れるわ。もともと校長先生は生徒と話すのが好きな方なの。きっと歓迎してくれるわよ?何なら私が直接話通しましょうか?ほら、今からでもいいのよ?どうせ時間あるでしょ?貴方達って」
「・・・」
完全に閉口する田口ら三人を前にいかにも張り合いなさそうに絢辻は溜息をつく。
―・・雑魚が図に乗らないで。
「要するに・・ツリーは中止になって無いし、市に全てを一任した訳でも無いの。今は学校側がやれるかどうかの瀬戸際ってところなのよ。要するにこのバカ騒ぎは無意味なの。どう?そろそろ分かってくれた?」
「ぐっ・・・」
予想以上にスケールの大きな話に真っ向から向かい合っている少女と噂に流されただけの少女。
「・・・」
―あぁ・・・。絢辻さん完全に怒っちゃってる。
「結果」のみ見ればこうなる事は有人には解っていた。
しかし何時もの彼女らを論理的に納得させ、穏便にその場を収める事など造作も無かったはずだ。なにせ先ほど述べたように人伝の噂に流されただけの人間と今回の事象に根本から終始関わっている人間を比べれば後者に分が在るのは当り前なのだ。
だがここまで攻撃的に断罪する事になるとは。何時もの冷静な彼女ならもっと厳かに、粛々と事態を収められたはずなのに。
しかし状況はそれでは終わらない。
「・・ああそうだ。ツリーの件のついでに貴方達の欠点も教えてあげる」
「・・!絢辻さん!!」
―ダ、ダメだってもうこれ以上は!
「次からは気を付けた方がいいわよ?足元すくわれちゃうから」
有人の必死の制止を振り払うように絢辻は尚も言葉を紡ぐ。今の絢辻には有人の声は届きそうにない。更なる追い打ちを畳みこむ様に続けた。
「まず山崎さんは―」
「次に田口さん。あなたは―」
「それと人に頼りすぎの磯前さん?―」
まるで罪状を読み上げるように一人一人の内心抱えた、そして何処かで彼女達の中で自分自身でも押し隠していた淀みを丁寧に絢辻は抉っていった。まるで見てきたかのように。
その証拠に三人の顔色は恐怖に青ざめていた顔から徐々に上気した怒りと、図星を突かれた羞恥がない交ぜになった真っ赤な表情になり、目も潤みだした。
田口が次の瞬間、絢辻に掴みかかるような行動と共に発した言葉、「も、もう、許さない!」という言葉は―
―もうやめて。
そんな痛々しい懇願に有人には聞こえた。
それをひらりとかわし、御丁寧にそこに「うっかり」置いてきた絢辻の右足のつま先にひっかかった田口は机を抱え込むように倒れた。
自分は何一つ目の前の少女に勝てる物がない―
田口の中に新しく生まれた恥辱、屈辱のやり場を探すようにその姿勢のままきっと絢辻を睨む。しかし、睨んだ当の相手はまるで何時ものように本気で心配しているかのような哀れむ目を向けてくる。
「大丈夫?机とじゃれたりしたら危ないわよ」
そして―
「貴方達も来る?何なら三人一片にどうぞ?」と言うような眼で他の二人、山崎と磯前をけん制する。ここで三人一緒に思いきれない所やこの状況の田口を心配して駆けよってやれない所に彼女達は自分達三人の関係の本質を知る。何とも浅く、薄い友情だ。
「あらあら・・もしかして友情にひびが入ったりした?そうだったらごめんなさいね~」
目ざとく見抜いた絢辻は止せばいいのに更にそこもじくりと抉る。今の彼女には容赦、手加減というものが存在していない。
返す刀も言葉も失った三人は無言のままただ絢辻を睨む事しか出来ない。平然とその視線が受け流されることも解っていながらもそうせずには居られなかった。その三人が止まったことで教室の時も止まる。
「・・・あ、絢辻さん。すげぇ・・」
「・・・私出る幕なし・・」
「・・・!」
梅原、棚町、国枝も予想だにしない絢辻の強烈な反撃の光景に面を喰らい、固まっていた。今この教室の中で時が動いているのは平然と佇んでいる絢辻と―
―・・やっちゃった・・。
と、内心頭を抱える有人だけだった。
「・・・。絢辻さん・・・!」
「・・・!」
有人の咎める様な、そして少し落胆が入り混じったようなその言葉に絢辻は反応し、一瞬有人には絢辻が睨んだように見えたが直後、昼休みの終了を告げる予令が鳴り響くと絢辻は再び表情を余裕の表情に戻し、
「・・はい。タイムリミット。お疲れ様。机はちゃんと元の位置に戻してあげてね?」
終始落ち着いた口調と表情を崩さず、まるで何事も無かったかのように絢辻は自分の席に座り、五時限目の授業は始まった。
この2-Aというクラスは決して授業中騒がしいクラスでは無い。騒がしい奴は梅原、棚町含め幾人かいるが、ある程度の節度は守っている。だが今回の五時限目の静けさが異質なものである事をクラスの全員が感じ取っていた。
問題を当てられた絢辻の見事な解答も、規則的に鳴り響く執筆の音も全ては平常通り。
その「平常通り」が今の彼らにとっては何とも異質だった。
現実味のないさっきまでの出来事と今の何ら変哲もない日常の光景。しかし一方、確実に爪痕残る田口ら三人の少女の席で項垂れた姿。
彼らは何時もの平常の光景とそれら異質な現実を交互に見ながら日常と非日常を行ったり来たりした。
・・ただ有人一人を除いて。
「・・うん。いつも通り完璧な英訳だな絢辻君。座って結構」
「有難うございます。恐縮です」
英語教師の労いの言葉に何時もの澄まし顔で微笑み、悠々と席に着く。