ぐれほわSHARK・T   作:GREATWHITE

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ルートS 1~4

第四幕はじめに

中多 紗江編

主人公

御崎 太一 みさき たいち

B型

家族構成

両親、姉三人 一子(長女)、 二子(つぎこ)双子(そうこ)の双子の三姉妹

159.2cmの設定上で最も小さな主人公であり、唯一主な一人称で橘 純一を除き「僕」を使うキャラクター。

ベビーフェイス。声も声変わりしてまだ間もない中学時代まで女の子に見えるぐらいだった少年。中学時代癖の無い髪質を垂らすだけで女の子に間違われたため高校に入り髪形を変え、ようやく間違えられることは無くなった。しかし未だに「カワイイ男の子」という印象をぬぐえず本人も苦労している。

基本的に清潔感のある小さな男の子のため、母性本能をくすぐるのか昔から年上の女性に好かれる。

しかし、散々もてはやされながらも本気になってくれる娘はおらず、そしてやっかみからか近い年齢の男子には嫌われやすい不遇な立場に置かれるという他人には解りづらい苦悩を背負って生きている。男友達が増えない寂しさからか勝手に寄ってくる女の子と打ち解けるのが異常に速いため、余計にやっかみを買って男友達ができにくいと言う悪循環に陥り、この歳になるまでほぼ同年代の同性の友人がこれと言って居なかった。

 

主人公の中で何の苦労も無く生まれた適当なキャラクター。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1 小動物、 小動物に出会う。

 

来年には最高学年になる。正直ほっとする。

これでもう無責任にもてはやす年上の女の子達から逃れられる。

 

「なんてうらやましい悩みをもっているんだ!!死ね!」

 

と、思われるかもしれないけどこれが僕の本音だ。

本気で好きになっても、散々好意があるようにみえてもやっぱり女の子は背が高くて頼りがいがある男らしい男の子が好きなんだろう。

ことごとく言われた。

 

「太一君は『好き。』でもそういう『好き。』じゃないの。」

 

・・なんだよ。それ。

確かに目線が同じだし、ってか時々下だし、手もおっきくないし、たくましい喉仏も無い。

声も高いし、体毛も薄い。男らしさが欠けているのは解る。

だが他に好きな人がいるのに道端でカワイイペットや小動物を見つけて寄っていくような気軽さで来ないでほしい。こっちだって本気になるのだ。期待するのだ。

 

「この人こそは」

 

って。

けどこっちが本気になったら大概の人は引いていなくなる。その人たちの心情を解りやすく言いかえると「ゴメン私貴方の事は~にしか思えない。」

~の部分には「犬」「ハムスター」「ペット」「小動物」が入る。つまり・・「ゴメン。私普通の人間が好きだから。」と、言われているのも同然なんだ。

酷い。

これは酷い。

早く人間になりたい。

 

 

「ぐび・・うぅ・・寒くなると牛乳が辛いなぁ・・」

 

無駄な抵抗だと知りつつも太一は今日もランチのお供に牛乳を欠かさない。この年代の低身長男子にとっては牛乳という存在は宗教に近い。

「せめてあと~センチ欲しいです。」さぁ青少年の君・・「~」←ここに好きな数字を入れたまえ。悲願が叶うか腹痛でのた打ち回るかは君の運次第だ。

 

 

「ん?」

 

ランチタイムの学食は戦場だ。

特にメニューのラインナップが強力なこの吉備東高ではそれが顕著に出る。

ごったがえすカウンターの前でどのように立ち回るかが重要である。

それをある女生徒から太一は教わった。隣のクラスの桜井梨穂子だ。

太一の知り合いの女の子にしては珍しく興味本位で太一に寄ってこない側の少女である。とても優しく、食に関して真面目で・・そして好きな人に対して一途な女の子である。

要するに凄くいい子だということだ。

 

この学校の学食の全メニューを網羅した彼女の話によるとメニューの中でも味がハイレベルで売り切れしやすいスペシャルセットをか弱い女の子が食べるには何よりもスピード、タイミング、知識、最後には運が必要だと言う。

男には縁のない話ではないかと思うかもしれないが、太一自身の体格のハンデは如何ともしがたいので彼女の話はとても参考になった。

実際に今日も狙っていたスペシャルランチを混雑状況から早々に見切り、安定した味の良さを誇る日替わりに切り替えた事が功を奏し、大した時間も手間もかからず未だ戦争状態にあるカウンターを見ながら最後のデザートを牛乳と共に舌鼓を打っていた。

 

混雑状況を見越して妥協案も検討しないと本当にロクなものを食べられない場合もある。

その場合妙な敗北感を感じてしまう。昼休みというかけがえのない幸福な時間にそのような気分を感じるのはある意味不幸だ。しかし・・そこに弾かれ、敗北する人間が出るのは世の常。さながら学食は椅子取りゲーム。社会の縮図ともとれる。

 

その荒波に今宵も飲まれる一人の少女がいた。

 

学生たちがごった返すカウンターの後ろでぴょんこぴょんこと跳ねながらも確実にその存在はカウンターにいるおばちゃんに気付かれていないだろう。無駄な努力である。

その位置に居ては何時まで経っても注文を取ることなど出来ない。

案の上後から来た連中に悉く先を行かれている。

 

―あれじゃ・・ダメだね。あの子がたどりつく頃には売り切れかな。

 

そう思いながら太一はデザートの最後の一口を味わうと食器を片づける。

しかし太一が食器を片づけた後も未だにその少女はその場所から動けずにいた。

しかし跳ねる事の無意味さに気付いたのか動きにキレは無くなり、代わりに頭の両サイドに誂えたツインテールがまるで落ち込んだ子犬の耳のようにしゅんと垂れ下がっている。

 

―・・・。んー。

 

流石に気の毒に感じた太一は声をかける事にした。

彼にとっては初対面の女の子に話しかけるほうが初対面の男より楽という一見羨ましい、が、少し悲しい性質を持っている。

 

「あの・・。君?」

 

「え・・わ。」

 

太一が話しかけ、少女が振り向いた瞬間ごった返す群集によって押され少女がバランスを崩した。

 

「わ!・・と。」

 

太一の左手が反射的に出た。

決して長くない手だがその小さな少女の狭い肩幅には十分だった。

右肩から左肩へ手を回す。少女は体重も軽いため彼女の上体を支えるだけなら御崎の細腕でも問題無かった。ちゃんと支えられた事に太一は安堵すると改めて少女を見た。

 

―ちっさ・・。

 

「お前が言うな」と内心自分で突っ込みを入れるがその後に対称的な言葉が思わず口から出た。自分の左腕の線上にある少女の右肩と左肩の間に二つある物体が妙に・・

 

「・・おっき・・」

 

「はい・・?」

 

太一の腕の中で固まったままの少女は太一のその言葉の本意を理解できずに大きな目を見開いたままそう言った。

 

「と、とりあえず立てるかな・・?」

 

「あ!す、すいません」

 

かすれそうな声でそう言った少女はいそいそと立ち上がり、その勢いのままぺこぺこと頭を下げた。その動作が元々小柄な少女を一層小柄に見せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの・・すいませんでした。」

 

「いや、いきなり僕が話しかけちゃったから。」

 

「いえ・・。」

 

少女はまともに会話しない。謝罪と応答だけでその場を乗り切りたい、離れたいと思っているようだ。というよりそれ以外の言葉が出ないらしい。

「それじゃ失礼します。」と、言うタイミングを窺っている。そんな感じだった。

別にそれはそれで構わないのだがこの場を離れるという事は恐らく彼女は学食を諦める事だ。さすがにそれは話しかけた身として本末転倒。手助けするつもりが彼女に昼飯抜きを強要してしまった。それもこんな小さな女の子にだ。それは避けた方がいい。だから太一は切り出す。

 

「さっきから何か頼もうとしていたみたいだけど・・よかったら僕が買ってこようか?」

 

「え・・。」

相変わらず不安そうな表情で反応も鈍く声も小さい。目も肩を抱えた時以来合わせてくれなかった。警戒というより脅えの方が強いらしい。

ここはもう下手に遠まわしに会話しようとするより単純な質問に応答してもらうだけでいいだろう。

 

「何がいい?」

 

「あ・・あの・・。」

 

「パン類ならまだ残ってるよ。すぐ買えると思うけど?」

 

次に選択肢を狭める。体格からして恐らく大食いではないだろう。さらに見ていた方向からして定食セットはない。・・まぁ栄養が全て彼女についているとある二つの物体に全て回されているのだとしたら意外に大食いかも知れないが。

 

「それじゃあ・・サラダサンドと・・牛乳をお願いします。」

 

とりあえず少女はひとまず目の前から太一がいなくなって頭の中を整理する時間が欲しいのだろう。相手の善意を綺麗に断る事は案外難しかったりするものだ。

 

「解った。ちょっと待ってて。」

 

「あ。お金・・。」

 

少女は手に握られた五百円玉を渡そうとした。

 

「ん?あぁそれじゃ遅くなるから。とりあえず待ってて。」

 

―行きますか。

 

要するに思い切りだ。

体格が小さい者の利点は人の合間を縫う事。密集している中でも無意識に人が空ける距離感を利用すればいい。そこに入りこむ。そしてそこにあまり長居はしない事。駆け抜ける事。

そしてカウンターにたどり着いた時にお釣りのない金を先に置き、簡潔に欲しい物を言う。

セットはともかく、サンドイッチ、おにぎりなどの固形物はすぐに渡すことが可能だ。

セット物のように調理や配膳のタイミングを合わせる手間を食堂のおばさんに強要させないため他の料理の片手間に早めに対応してくれる。

札を出すと後回しにされやすい。受け入れられても他の並んでいる人間やおばちゃんに余計なイライラを伝達させてしまう。出来るだけ金は細かくしておくのがコツだ。かといって出来る限り一円玉、五円玉は無し。自動販売機等で十円、五十円単位に割っておくのが理想である。学校の食堂は安い分十円単位の勘定の物が多い。

 

「よっと・・。御待たせ。」

 

「あ。ありがとうございます。あの・・お金です。」

 

サンドイッチと牛乳と交換の五百円玉。まだ妙に温かい。握りしめていたのだろう。

 

「はい。お釣り。」

 

「あ・・。はい。」

 

小さな手に渡す。比べると自分の手が妙に大きく見えたのが太一は少し嬉しく感じた。

 

「・・じゃあね。」

 

「あの・・本当に有難うございます。」

 

「どういたしまして・・。牛乳かぁ。僕もよく飲むんだよね。」

 

少し雑談。

 

「あ・・。そうなんです。私背が低いから・・。」

 

「はは。おんなじかぁ。お互い背が伸びるといいね?」

 

「・・あ。・・ふふ。」

 

―ようやく笑ってくれた。もういいか。解放してあげないと。

 

小動物を優しく逃がすように太一はこちらから離れるような動作をすると安心したのか、少女は一礼しゆっくりと踵を返した。

2 再会

 

噂1

「そういやこの前さ・・校門前の坂の通りにデカイ黒塗りの車止まったの知ってる?」

 

「ああ。俺もびっくりした。てっきりヤーさんか何かかな?と思ってビビった。思わず見ないようにしたっけ。」

 

「お前すげぇもん見逃してるよ。実はその車から出てきたのがさ・・。」

 

「何?やっぱり顔に筋がある筋モノとか?」

 

「女の子だよ・・。」

 

「え・・。」

 

「それもすっげぇ可愛いの。転校生らしい。」

 

「お嬢様系?キツイ感じか!?踏まれてぇ・・。」

 

「・・・。逆。お嬢様系には違いないんだけど・・小柄で・・なんつーか箱入り娘って感じ。」

 

「黒塗りの車に小さな可憐な女の子・・素晴らしいギャップ・・鼻血が出そう。」

 

「・・出てるよ。」

 

「え。うそ。鼻血出てる?」

 

「違う。その子。小柄に違いないんだけど・・出るとこ出ちゃってるのよ・・。」

 

「・・マジ?」

 

「・・・あ。今度こそ本気で出てるわ。お前。」

 

噂2

「ちょっとさ・・最近落ち込む事があって。」

 

「どうしたの玲子?」

 

「いやね?あの・・休み時間に校庭で大縄で遊んでる一年生の女の子達がいてね?」

 

「あ。解る。なんかいいよね。アタシら三年はもうあんな風になれないからね。あの若さが羨ましいと思うの解るよすっごく。まだ二年前なのにさ。」

 

「・・違うの。」

 

「?」

 

「その一年生の一人がね・・。大惨事なの。」

 

「大惨事?怪我でもしたの!?」

 

「違う!その一年生の小さな女の子がカワイク飛び跳ねるだけでもう・・!跳ねる跳ねる!!揺れる揺れる!!それでもう私の心が大惨事なの!」

 

「???意味解んない。」

 

「なんで私は何時まで経ってもまな板なんだろう・・。トントントン!!トントントントントン!!ほーら今日も綺麗にお葱が切れましたよ~~おほほほほほほ~~」

 

「・・。玲子・・病み過ぎよ。受験勉強のしすぎじゃない?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2-A

 

「ようやく名前が解ったぞ。噂の一年生の転校生・・中多 紗江って言うらしい!お嬢様でありながらロリ顔に控えめな性格!のわりにナイスバディ。バストは希望的観測込みの87!家族構成は両親と祖母の四人かぞ~く!」

 

梅原は得意げにそう言った。

 

「ふーん。噂になってるらしいね。」

 

「何にしろ『転校生で可愛い』って時点でブランドが付くからな。おまけにお嬢様と来てる。話題には事欠かないだろうよ。」

 

「本人にとってはさぞ迷惑な話だろうね。」

 

「御崎・・お前は相変わらずそういう所ドライだよな。」

 

「勝手に盛り上がられるって大変だと思うよ。それを嬉しいと思うんなら話は別だけどさ。」

 

「何分怒りすら含まれているような気がするんだが・・俺の気のせいか?大将。」

 

「・・・。」

 

太一はまだ幼い顔で少し口を尖らせる。

知らぬ間に自分の毒っ気を何の罪もない友人の梅原にぶつけている事に太一は気付く。

同性の友達が出来にくい彼にとって梅原は高校で出会った貴重な友人だった。

顔の広さも相まって他にも色んな人を紹介してくれる気のいい少年。おかげで他にも色んな友人が出来た。少し噂好きでおしゃべりでお調子者なところもあるがちゃんとした一線を守る得難い友人である。

 

「そ~んな腐っててもしゃあねぇべ?今日暇か?久しぶりに棚町んトコ邪魔しねっか?あそこのレストラン週刊誌全部そろってるし。」

 

「・・そうだね。いこっか。」

 

 

放課後―

 

棚町が勤めるレストラン―JOESTERにて

 

「お。来たね。暇人ども」

 

「おーっす棚町。お邪魔~。」

 

「棚町さんお邪魔するよ~。」

 

「あら。御崎君久しぶり。ま、ゆっくりしてって?ハイご注文は?」

 

「僕ドリンクバー。」

 

「俺も。」

 

「かしこまり。あ。丁度良かった。後でさ・・よかったら新メニューの味見してってくんない?パフェなんだけど・・勿論タダでいいからさ。」

 

「マジで!?タダ!?」

 

「しーっ声が大きい。」

 

「すまん。でも・・俺達だけでいいのか?試食なんだしもっといた方が良くない?源っちとか国枝とかいるときの方が・・。」

 

「あ・・それは・・ちょっと勘弁・・ホラあんまり多いと一人分の量少なくなっちゃうし。」

 

「そういうもんか?」

 

「そういうもんなの!」

 

「・・成程。僕たちは毒見役だね。」

 

「あっははは・・人聞き悪いな御崎君・・。」

 

―絶対バレてるねこりゃ。

 

「ま。それじゃあゴチになりや~す。」

 

「はーい少々お待ちを。ん?・・あ・・また来てくれてる。」

 

「・・。何が?」

 

「ほらあの子。ウチの学校の制服着てるでしょ。」

 

「ん・・?」

 

指を差さない代わりに棚町は目で合図した。彼女の視線の先にはこちらに背を向けている肩から上だけ見える少女の後ろ姿があった。色合いで吉備東校の女生徒の制服だと解る。

 

「最近よく来てくれてね・・。しっかり注文もしてくれるから嬉しいっちゃ嬉しいんだけど・・あんなにお金使っても大丈夫なのかしら・・。」

 

「え。そんなに食べるの?」

 

「うーうん。でもかなり短い周期で度々来てくれるから結構いくと思うのよね。」

 

「ま。金を持ってる子は持ってんかんなぁ・・。」

 

「あとそれだけじゃ無くて・・私の考えすぎなのかも知んないけどじっと私を見てる気がすんのよね・・。こっちが見たらさっと身を隠して見てない振りするの。ちょっとそこが・・小動物っぽくて可愛いのよね。」

 

「だったら声をかけてあげれば?」

 

「うん。ジッサイ何度か話しかけてるんだけどすっごく恥ずかしがっちゃって・・折角来てくれてるんだし、あんまり突っ込むのもね。何せお客さんだしゆっくりしてもらいたいしさ?」

 

「ふーん・・?」

 

その棚町の言動から太一は何処となく不思議な既視感に近い感覚を覚えたがその源泉はその時点では解らなかった。

 

「おっとそろそろ行くね。てんちょに怒られちゃう。」

 

「棚町・・お前本当にわかんねぇのか?」

 

「え?」

 

「ふふん。それはな・・『恋』、さ!じす・いず・らっぶゅっっっ!!いやぁ棚町!おめぇも隅に置けないねぇ!!」

 

思いっきり巻き舌で梅原はそうのたまった。が―

 

「・・。ではごゆっくり。」

 

「うん。ありがと。棚町さん」

 

「は~い棚町、御崎コンビの梅原 正吉の生殺しはいりま~~す」

 

 

 

「あ。待って棚町さん。」

 

「ん・・何?御崎君」

 

「試食・・もう一人分・・三人前は無理かな?」

 

「?別に・・三人前ぐらいなら。なんで?」

 

「あの子・・僕らよりずっと常連さんなんだよね?だったら試食してもらったら?」

 

「お。それ俺も賛成。女の子の意見もとれるし一石二鳥じゃね?」

 

「・・そうね。ひょっとしたらもう少し心開いてくれるかも知んないし。よっし!かしこまりぃ~♪」

 

数分後・・

 

「御・待・た・せ。」

 

「おぉ・・。綺麗。」

 

ブルーハワイ色に染まったきれいなパフェが二人の席に二つ置かれる。

 

「ホントだぜ。クリスマスに向けてのメニューか?」

 

「いいえ。来年のバレンタインに向けての新メニューに御座いますお客様。」

 

「偉く早めにとりかかるものなんだね。」

 

「ま、まぁね。」

 

―・・言えない。店長に頼み込んで二カ月もフライングしたなんて。

 

「じゃごゆっくり。もう一個はあの子に渡してくるわ。喜んでくれるといいけど。」

 

「うん。いってらっしゃい。」

 

「じゃ俺らもいっただっきます。」

 

早速二人はがっついてみる。金の無い学生時分、タダより美味いものは無い。

 

「お・・甘いけど美味いじゃん。」

 

「そうだね・・けどバレンタインって言ってたからこれ基本男の人に食べてもらうんだよね・・もう少し甘さ控えめの方がいいかも・・。」

 

「ま。国枝は甘党だからこれでもいいだろうさ。」

 

事も無げに梅原はそう言った。

 

「なんだ。気付いてたんだ?」

 

「おめぇよりあの二人との付き合いはなげぇの。」

 

そのやり取りの中、棚町は奥の席に座った最近の常連という女の子の席に行き説明していた。声は聞こえない。最初、中々棚町は新メニューのパフェを机に置こうとしなかった。

恐らく女の子が恐縮しているのだろう。しかし棚町は笑ってお構いなしに置いた。

そうすると後ろ姿の少女の頭が少し下がる。どうやらぺこりとお辞儀をしたようだ。

押し切られたのであろう。しかし後ろ姿であったが嫌々ではないことぐらいは解った。

そして棚町がこちらに戻ってくると同時にその姿を見送りながらお礼を少女がした結果・・

 

太一と梅原から少女の顔が見えた。

 

「あ。」

 

思わず声のトーンの調節を忘れた場違いな声が出た。

 

少女と目があう。あちらも口の形が「あ」の形になっていた。両サイドで結わえたツインテイルが小動物の両耳が立ったときのように上下に揺れる。

 

「おいおい・・あれ噂の転校生・・中多 紗江・・ちゃん、だぜ。」

 

梅原の唐突に付け足した「ちゃん」がどうにも不自然な響きを隠さなかった。

 

 

 

 

 

「はい。中多さんって言ったのね。初めまして2-Aの棚町です。いっつも利用してくれてありがとね?当店を今後とも御贔屓に。」

 

棚町はドリンクバーのおかわりのアイスティーを中多の前に置き、空になった試食のパフェの容器を満足そうに回収した。

 

「あの・・ごちそうさまでした。美味しかったです。」

 

「そ?ありがとう。ゆっくりしていってね。」

 

いつもの棚町には無い独特の優しい雰囲気が中多の表情を少し熔かしていた。

 

―うーん。さすが棚町さん。プロフェショナル。

 

「はぁ・・可愛いねぇ。」

 

小声で梅原がそう漏らす。

 

「・・。梅原君・・中多さんが緊張するからあんまりそういうのは出さない方がいいって。」

 

いつの間にか席を移動して中多の向かいに座りに向かった梅原を積極的と褒めるべきなのか、図々しいととるべきなのか。ただ散々に棚町に「可愛い常連さんに手ぇだしたら許さないからね。」と釘を刺された。

 

・・あの目はマジだった。

 

白衣装に包まれ、五寸釘と金鎚を持った棚町の手には梅原に似た藁人形。そんな絵が太一の中に思い浮かんだ。

 

「あ、あの・・先日は・・。」

 

御代りのアイスティーを一口飲んで気を落ち着かせたのだろうか。意外にも彼女から話を切り出してきた。しかし冷たいグラスから両手を話さないあたりまだ彼女の緊張がほぐれていない事が解る。

 

「お礼はこの前にしてもらったよ?それより今日は棚町さんの試食に付き合ってくれてありがとうね。」

 

「と、とんでもないです!御馳走になっちゃったのに・・。」

 

「棚町も女の子の意見聞けて嬉しかったみたいだからな。お互い様って事にしとこうぜ?」

 

「はい・・そうですね。」

 

「あ。僕ら自己紹介がまだだった。」

 

「お。そういやぁ。」

 

「僕は御崎 太一です。棚町さんと同じ2-Aです。」

 

「俺は梅原 正吉。俺達三人全員2-Aなのよ。」

 

「梅原先輩に・・・御崎先輩ですね。初めまして・・私は1-Bの中多紗江です。一カ月

ほど前に吉備東に転入しました。その・・よろしくお願いします・・。」

 

「あぁ知ってる。すっっげぇ噂に―」と、呑気に言いかけた梅原をすんでのところで太一は止めた。

 

「・・な、何か?」

 

「いやぁ何も。ね?梅原君?(ダメだって・・)」

 

「お、おう。(わ、わりぃ・・)」

 

「あの・・棚町先輩の下のお名前は何と仰るのですか?」

 

「棚町の・・下の名前?」

 

「『薫』だよ。」

 

「棚町・・薫さんですね。解りました。」

 

「うん。」

 

「・・・。やっぱり凄く素敵・・。とっても可愛いし・・。いいなぁ。」

 

「・・・お?」

 

「・・え?」

 

戯れで先刻棚町に言った梅原の冗談が妙に現実味を帯びる台詞だった。ややうっとりと甲斐甲斐しくホールで働く棚町の姿に見とれている中多の目を盗み、太一と梅原はひそひそと会話をする。

 

―お、おい・・マジか。

 

―・・詳しくは聞いてみない事には何とも。

 

―どうやって聞いたらいいんだ!?それにもしそうだったとしたら・・どういう言葉をかけてやりゃいいんだ!?コレ!?

 

―解んないよ。棚町さんには国枝君がいるし・・いや・・自分を好きになってくれる人に案外なびいちゃうタイプかも・・棚町さん。例えそれが女の子だったとしても。

 

―マジか~~!?棚町は男っぽいトコあるもんな・・。昔さ、遊園地のイベントで男装したらやたらカッコ良かったし。

 

―・・・。そうなの?

 

―そして御崎・・お前にまだ言ってなかったんだが信頼できる情報の筋によると・・。

 

―・・・?何?

 

―彼女の転入前の学校・・女子校らしい。おまけに小、中、高一貫の超お嬢様学校。男禁制の花園だよ。漫画だよ。

 

―うわ~~! リアリティ帯びてきたぁ~~~。

 

太一、梅原プチパニック。

 

「・・先輩方?」

 

「はっ!」

 

「あ。ごめん。」

 

「あの・・すいません。私の話なんて面白くないですよね・・。」

 

―不覚だ。気を遣っているつもりが遣われていたらしい。

 

「いや。ちょっとびっくりしちゃって。へ、へぇ~~棚町さんに憧れてるの?」

 

―と、とりあえずやんわりと・・。

 

「憧れ・・そうかもしれませんね。」

 

「ま、まぁ実際に棚町に憧れてる女の子って居ない訳じゃねぇからな。適当に見えて行動力があるし、物事はっきり言うし、根は優しいし。」

 

「そうなんです。それに今日近くでお話しして再認識しました。本当に綺麗で可愛い!」

 

まだ出会って一緒に居た時間は合計一時間も経っていないがこれ程まで強く言い切った彼女を見た事が無い。やけに熱がこもっている。

 

―・・この子はどうやら真性かもしれない。

 

―多くの「可愛い転校生」に憧れた少年よ。哀れ・・。俺もだが・・チクショウ!

 

男性陣の勝手極まりない落胆をよそに少女は更にヒートアップ。うるうるの瞳をキラキラさせて―

 

こう言い放った

 

 

「あのエプロンが似合ってて本当に可愛い!!羨ましいんです!私も着てみたいんです!!」

 

 

 

 

 

 

三十分後―

 

三人はJOESTERを後にし、梅原は先に帰った。実家の手伝いがあるのと「今回の件での余計な気苦労で疲れた」とのことだ。

中多は初日こそ自家用車で送ってもらったがそれ以降は電車通学であるらしく、共に電車通学の御崎は彼女を途中まで送る事にした。

 

「・・成程ね。転校初日たまたま入ったあの店で棚町さんのエプロン姿と働く姿に憧れたってわけか。」

 

「・・はい。外から可愛いエプロンが見えて思わず入ってみたんです。そしたら棚町先輩も他の店員さんも良くしてくれて・・すごく居心地が良くて・・おまけに私の好きなマンガも置いてあるし、ケーキもパフェも紅茶も美味しくて・・」

 

JOESTERは漫画の品ぞろえがいい。お洒落なカフェでは景観を損ねる可能性のある漫画雑誌、単行本を惜しげもなく置いている。棚町の話によると「店長の趣味」だそうだ。

 

太一はホッとした。どうやら普通の女の子のようだ。可愛いものが好きで、落ち着くところが好きで、甘いものも好き、そして漫画も好き。そして・・自分と異なるタイプ、自分が持たない物を持つ人間に憧れる真っ当な年頃の女の子の持つ感情がある。

 

「・・。あの店のエプロン着てみたいんだよね?」

 

「・・はい。」

 

「アルバイト・・考えてみた事は?あそこは常募集してると思うよ。」

 

「・・当然ありました。でも・・。」

 

恐らく通い詰めただけに知っているのだろう。飲食店は戦争だ。それこそ学校の食堂の比にならない位に。そう考えると棚町の性格は本当にあのバイトに向いている。

身だしなみに気を遣えて、センスもあって物事をはきはきと言えて、気が強くて、責任感もある。そして何と言っても働く確固たる理由もある。・・時々暴走するのが玉にキズだが。

そんな棚町の毎日の仕事ぶりを見ていれば憧れると同時に中多自身自ずと解るのだろう。

自分の性格がどれ程向いていないかを。まだ知りあって間もない太一にすらココまで解る。

 

―確かに・・エプロンを着たいだけっていうだけじゃ理由としては弱いかな・・。

 

結果的にアルバイトというのは自分がした行動、かけた時間を金に換えるシンプルな行動である。最終目的はそこだ。それによって生じる責任や最低限の義務を受け入れる。つまるところ代償を払い、代償を得る行為。

ただ彼女が得る物としての「金銭」はどうにも彼女の払う代償に見合うと思えない。

少なくとも太一はそう思った。

彼女からは育ちの良さを感じさせるが見た目はそこまで華美ではない。高いブランド志向というよりも自分にあった物を選んでいる感じがする。親から最低限与えられるもので足りない訳ではなさそうだ。そこの遣り繰りはちゃんとしているのだろう。

好きなファミレスでゆっくり時間を過ごすというのもそこまで大きなお金はかからない。

確かに普通の高校生にしては贅沢とも言えるが、普通より明らかに上流の家庭に生まれた女の子なら捻出できない額ではない。

むしろ意外に大きな出費になる定期雑誌、コミック本などをJOESTERで賄えるのだとしたら倹約しているとさえ言えるのかもしれない。

 

「お金に執着が無い」というのは聞こえはいい。が、逆に言うならお金の為、言い換えるなら自分の為に少々の理不尽を被るリスクを受け入れる原動力にはなってくれる。

それが無いとなると・・彼女に残るのは可愛らしい「あの店のエプロンを着てみたい。」という理由だけになる。

それは流石に・・。

 

「うーん。」

 

おいそれと「受けてみるだけ受けてみれば?」と、軽々しい言葉を言えないのは事実。

もし本当にエプロンを着たいだけなら棚町に本当に頼んでみればいいだろうか?案外面白がってOKするかもしれない。そう太一が考えた始めたころ・・

 

「・・理由なら他にもあります。」

 

「え?」

 

突然中多はそう言った。

どうやら太一が考えている事の大体を彼女は理解していたらしい。

ちゃんと自覚がある。そして確固たる理由も。それを確信させる強い口調だった。

 

「パ・・お父さんに・・今年のクリスマスにプレゼントをしてあげたいんです。それだけじゃ無くバレンタインも。それには自分で稼いだお金じゃないとダメなんです・・。」

 

「あ・・。」

 

太一は彼女を見くびっていた。

原動力は金などではない。彼女にあるのは金の先にある金には絶対にたどり着けない境地である。それは「気持ち」そのものだ。

 

「・・棚町さんに何か聞きたいことある?」

 

「はい?」

 

「協力するよ。僕に出来る事なら。」

 

「・・はい!!!よろしくお願いします。御崎先輩!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

3 話をしよう

 

「え?正直顔パスよ?あの子なら。歓迎」

 

「はい?」

 

なんとも冷淡なテンションの下がる棚町の言動が太一の熱を下げる。

 

「そんなもんなの?」

 

「そんなもんよ?」

 

「薫・・。身も蓋もない言い方をしてやるなよ・・相談にのってくれって言ってるんだし。」

 

二人の会話を聞いていた国枝が寝ぼけ眼でそう言った。

 

「だって・・ウチ実際人足りてないし・・?」

 

如実に昨今の飲食店の現状を物語る冷めた意見が発される。夢の無い事だ。

 

「むしろあんな女の子が来てくれたらお客も増えるんじゃないかしら・・色んな意味で。あ、安心して?ちゃんとアタシがフォローするから。」

 

頼りがいがあるのか適当なのか解らない。

 

「そうなんだ・・。」

 

「うん。だから歓迎よ?昨日改めてほんの少し話してみたけどイイ子だっていうのは充分解ったしね。」

 

「・・・。有難う棚町さん。とりあえず伝えてみるよ。」

 

「うん。『待ってる』って中多さんに伝えたげて?」

 

肩透かしを食らって戸惑い気味に太一は教室を出る。それを棚町、国枝の二人は見送った。

 

「・・薫・・お前実はその子をバイト先に来させる気無いな?」

 

「・・バレてた?」

 

「ホントに入れたいならお前は脅すだろ?『ある程度腹くくって来い』って。」

 

「ふふん。さっすがね~直衛」

 

「常連を失わないため・・ってワケじゃないみたいだけど?」

 

「まーね。確かにその子、きっとイイ子なんだけど・・やっぱり向かないんじゃないかなってのは思うの。飲食店ってやっぱり長続きしない子が多いから、楽しいのは確かなんだけどやっぱりキツイ時もあるし、理不尽なことも腹立つ事もあるしさ?ま、飲食店に限った事じゃないと思うけど」

 

「ふうん・・。」

 

「それにその・・中多 紗江ちゃんって言うんだけどね。結構芯はしっかりしてると思う。だから御崎君にはああ言ったけど多分それを伝え聞いたとしても鵜呑みにしないと思うの。だって実際短い間だけど私達の仕事場見てるから。それも結構混む時間にも来てくれてたりしたからさ。『案外楽に入れる』ってなると逆に現実味が帯びてくるからね?自分があの中で本当にやっていけるのかっていう現実味が。」

 

「・・成程。」

 

「聞こえが悪いかも知んないけどやっぱりお嬢様のちょっとした暇つぶしだって言うんなら勘弁してほしいな。たかがバイト。でもされどバイトだからね。」

 

「ま。それは恐らく御崎も解っているだろうけどな。」

 

「うん・・そうかな。」

 

「あいつ肩透かしくらったような表情はしたけど安心した表情は一切して無かったから。」

 

 

 

「それにしても御崎の奴・・相変わらず女の子と打ち解けるの速いよな・・まだ転校してきて間ぁないんだろ?その一年生の子。」

 

「・・・ってか昨日話したのも二回目とか言ってたような気がすんだけど・・。」

 

「・・。」

 

「・・。(アンタにもこれぐらいの手の早さがあればね~~)」

 

「・・・?」

 

「なんでもないっす」

 

 

 

 

テラス―

 

「そうですか・・。」

 

太一から棚町の話を伝え聞かされた話を聞いて棚町の予想通り中多は少し複雑な面持ちになった。

 

「うん。実際入る事はそこまで難しくないかもね。ただ・・。」

 

「・・向いてないのは確かだと思います。・・正直・・自分があの場に居るのを想像すると・・。」

 

憧れていたファミレスの制服に袖を通した華やかな見た目の裏で直面する現実。客に対しても同僚に対しても必須、不可欠な対人スキル。コミュニケーション力。

それが中多には圧倒的に欠如している。特に異性に対しては。

実際太一に対してはそれなりに会話を出来ているように見えているが基本まだ視線は宙を泳ぎ、落ち着かない所作が消えない。

胸の前で合わせた両手の指を忙しなく動かしつつ視線を合わす事は極端に避けている。

太一、棚町など比較的好意的な人間に対してこうなのだからひっきりなしに初対面の人間が訪れるファミレスでは硬直して動けなくなるのではないか。言い過ぎでも何でもなく。

 

「中多さん・・。」

 

「・・はい。」

 

「簡単なことだね。要するに今の自分では到底出来ないって事は自分でも解ってるわけだ。」

 

「・・はい。」

 

シンプルで直結的な言葉に中多は視線を落とした。

 

「・・自覚が無いよりよっぽどいいと思うよ。はっきり課題が見えてるってことはそれだけそれに対して向かい合わなければならないって自覚もあるわけだ。」

 

「・・でもどうすればいいのか・・。」

 

「・・何せコミュニケーション力だからね。一人じゃあどうしようもない事だから。多くの人間と話してみるぐらいしかないと思う。」

 

「・・そうですね。」

 

「・・・よし。やってみるか。」

 

「御崎先輩?」

 

「・・『教官』と呼びなさい。」

 

「・・え。」

 

「中多さんをびしばし鍛えます!僕心を鬼にするんでヨロシク!」

 

「え。ええ!?先輩?」

 

「先輩じゃない!教官と呼べ。」

 

「は、・・はい教官。」

 

「よし。ヨロシク!」

 

中多は太一のキャラが掴めなくなっていた。

 

 

しかし余程現実的だろう。

伸びる保証の全くない身長の為にあれこれ考えて努力するよりも人の中で生きていけば確実に上昇するスキルである対人意思伝達能力。そしてそれの方がきっと財産になる。

もともと同性の友人が少なかった御崎はそれをよく知っていた。

やっかまれる相手として、微妙に距離をもたれる相手と認識していた同性のイメージを変えてくれたのは梅原達のおかげだからだ。

もともと双方男性に対して距離感を持っていた者同士、太一は中多という少女に今までにない親近感を覚えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・俺?」

 

「うん。まずは入門コースで源君に頼みたいんだ。源君なら安心して任せられるよ。」

 

「・・。(入門コース?)別にいいけど・・。でも俺も初対面の女の子にそこまで話出来るかって言われたら微妙だと思うんだけど・・その子年下だって言うし。」

 

「大丈夫。」

 

太一は自分の友人達―つまり中多にとって面識がほぼない男子メンツとの会話訓練から入る事に決めた。

決戦場はテラス。第一ラウンド。相手は源 有人。彼に関しては「任せていい」との判断から太一は二人の会話を聞いていない。

 

「こんにちは。初めまして。俺は源 有人って言います。」

 

「は、初めまして。中多紗江といいます。」

 

「うーん。・・いざいきなり『何か話してみて』って言われると困っちゃうよね。とりあえず2-Aで太一君と棚町さん、梅原とは同じクラスです。よろしくね」

 

「よ、よろしくお願いします。そ、その。皆さんには・・その・・。今回は変なお願いをしてその・・ごにょごにょごにょ」

 

ふしゅふしゅしゅ~と末尾が不明瞭な言葉を発して中多は視線を落としてしまった。クスクスと源は笑いながら―

 

「・・大変お世話になります。・・かな?」

 

中多の続けたかった言葉をフォローする。

 

「は、はい。」

 

「ありがとう。伝えとくよ。」

 

生来の習性で終始笑顔を絶やさない源の雰囲気は相手の警戒を生まない独特の安心感がある。

 

「転校して間もないって話だけどどう?この学校には馴れた?」

 

「・・わかりません。私ずっと女子校に居ましたから・・大きな男の人がたくさんいる場所って言うのが初めてで・・やっぱり正直言っちゃうと・・。」

 

「少し怖い・・よね。当然だ」

 

「はい・・。」

 

「でもいい奴多いから。中多さんも怖がらず色々話してほしいと思う。焦らなくていいと思うけど。」

 

 

「成程・・それで太一君に会ったわけか。」

 

「はい・・初対面の時からとっても良くしてくれて・・そこまでおっきくないから落ち着いて話せるんです。」

 

話しやすいとは言えまだまだ動揺を抑えきれない彼女は失言に近い言葉を発する。

 

「は、はは・・。」

 

―言えないな。これは太一君には。案外気にしいだし。

 

 

「おっと・・そろそろ時間だね。いろいろ話が出来て楽しかったよ。中多さん。」

 

「はい・・。こちらこそ。」

 

「じゃ、頑張って。応援してるから。」

 

「はい。ありがとうございました。源先輩」

 

好感触。

常に源が当たり障りのない質問に終始する事によってそれに中多が応答するという形。

話題の提起は中多には無かったが滞りなく会話が進む。初歩的だが滞りなく進むのは源の雰囲気のおかげだろう。ファミレスに来る人間が常に彼のように紳士的ならいいのだが。

 

 

第二ラウンド

 

「初対面の年下と何の脈絡も無くいきなり話せって!?無茶言うなよ!」

 

杉内 広大。

ここからは太一は二人の会話を傍らで聞く。初対面同士としてお互いにリスクがあるだろう。

 

「初めまして・・。」

 

緊張。

 

「初めまして・・。」

 

緊張。

 

「えっと・・『中多さん』でよかったよね。俺は杉内 広大って言います。ミサキとはクラスメイトです・・。」

 

「・・はい。・・私は1-Bの中多紗江です。」

 

「そ、そう。」

 

「・・はい。」

 

―やべぇ・・会話終わっちまったよ・・こういう時はどうすりゃあいいんだ?こういう場合は親密度を深めるために敢えて下の名前で呼んでみる・・とかどっかで見た様な・・いや!馬鹿言え!現状はそれ以前の問題だ!あ~どうしよう・・ん・・?

 

「・・1-B?・・なんだ?ひょっとして七咲と同じクラス?」

 

「あ。そうです。・・杉内先輩は逢ちゃんを知っているんですか?」

 

「うん。・・『あいちゃん』?」

 

「あ、はい。転校初日朝から私緊張してましてその・・筆箱を家に忘れてしまって・・誰にも言えず困ってたのを隣の席の美也ちゃんと一緒に助けてくれたんです。わざわざ自分の消しゴムを切って貸してくれたりして・・。」

 

「・・七咲らしいや。仲いいんだね。」

 

「・・とっても良くしてもらってます。えっと・・杉内先輩は逢ちゃんとはどこで?杉内先輩も水泳部なんですか?」

 

「ん?いや俺は別に。七咲とは・・あ・・あ~その~。」

 

「?」

 

流石に「憧れの先輩に会いに行って、猫に遭遇して、夢中で追っかけたらその子のスカートの中を覗いてしまった」とは言えない。

 

「・・・いや水泳部の更衣室裏にさ・・黒猫が住み着いてるのって知ってる?」

 

「あ・・知ってます!プーちゃんのことですね?」

 

「知ってるんだ?恥ずかしい話・・俺猫好きで。触ろうとおっかけてたら偶々水泳部員の七咲と知り会っちゃったわけ。」

 

その裏にあるさらに恥ずかしい話は演出上カット。出そうものならこの話はココで終わりだ。初対面の少女の軽蔑の眼が目に浮かぶ。

 

「ふふ。そんなことがあったんですね。でも気持ち解ります。プーちゃん可愛いですもん

ね。」

 

「うん・・。」

 

「プーちゃん毛並みが凄く綺麗でふわふわしてて触ると気持ちいいですもんね。日向ぼっこをした後に抱かせて貰うととってもいい匂いがして・・」

 

「な・・・に!?」

 

杉内の雰囲気が変わる。

 

「ひ・・す、杉内・・先輩?」

 

「・・中多さんプー抱っこしたことあるの?」

 

「は、はい・・。」

 

「・・お腹触った事は?」

 

「はい・・。あります、よ・・?」

 

「そう・・なんだ。」

 

―何故だ。何故なんだ。

 

「せ、先輩・・?」

 

「あ、ごめん・・実は・・一向に懐いてくれないんだよプーが・・。お腹触るとか抱っことかもってのほか。撫で撫でもさせてくれない・・俺さ・・どうしたらいいと思う?」

 

「え・・。」

 

意外や意外。まさか相談事をされるとは。

 

太一が杉内を源の次に選んだのはこういう理由である。シンプルだ。七咲という共通の知り合い。そして杉内の嘘偽りない影のオトメン属性。共通の話題を持って同じ目線で語れるという点だ。男にもいろんな奴が居る。何がきっかけで話がはずむか解らない。

 

「うおお・・!いろいろと参考になる話を有難う。俺頑張ってみるよ中多さん。」

 

「はい!・・プーちゃんを抱っこできる日が来たらいいですね。」

 

「ありがとう!!・・中多さん良かったら図書室今度行ってみて?ここ『ねこのおもい』置いてあるよ。」

 

「え、ホントですか!?」

 

「やっぱり中多さん解るんだ!?いいねぇ!気が向いたら行ってみて。じゃ。七咲によろしく。」

 

―・・元気づけるどころか元気づけられてるじゃん。杉内君。嬉しい誤算だ。

 

 

第三ラウンド

 

国枝 直衛。

 

「え。俺もやるの・・?」

 

 

 

「・・初めまして。」

 

「・・は、はい。初めまして。」

 

今までのメンツの中では最高身長。低血圧族のためテンションはやや低め。声もずんと低い。言い換えるならば男臭い面が光る。さぁなかなかの強敵だ。どうでる?

 

「薫・・棚町のお店の常連だそうで・・。」

 

「は、はいぃ・・。」

 

―・・ビビらせちゃってるよ。

 

「・・どう?あいつちゃんと働いてる?」

 

「え。はい。とっても・・スゴイと思います。」

 

「そう・・。最近あんまり行ってなかったからさ。元気にやってるんだアイツ。」

 

その言葉と口調に思いやりを感じ、中多の脅えは少し和らいだ。

 

「先輩はその・・棚町先輩とは仲がよろしいんですか?」

 

「ん・・まぁ腐れ縁かな。中学からの。俺だけじゃ無く有人・・あ。さっき君と話した源のことね?梅原、杉内もおんなじ。たまたま高二で全員同じクラスになってね。御崎は今年の春に梅原に紹介してもらったんだ」

 

「そうだったんですか・・皆さんとっても仲がよろしいんですね。羨ましいなぁ・・」

 

 

 

「もともと棚町先輩はあんなにしっかりされている方なんですか?」

 

「・・『しっかり』?まぁそう見えるかも知んないけど。一見仕事もできるし・・でも違和感あるな・・アイツのその評価。」

 

「違うんですか?」

 

「間違っては無いんだけどね。決める所はちゃんと決めるし。ま、良く言えば切り替えが早い奴。悪く言えば気分屋。普段のアイツ知ったら中多さん幻滅するかも。」

 

「・・。多分しません。」

 

「?そう?」

 

「私が・・その・・こんな風ですし。例え普段と違う棚町先輩を見ても私の前で見せる働く棚町先輩を知っているから・・逆に嬉しくなってしまうかもしれません。あぁ棚町先輩もこんな所があるんだって。」

 

「・・ふーん。」

 

―薫さすがだな。お前の言うとおりイイ子だわ。間違いなく。

 

 

「・・もうこんな時間か。」

 

「国枝先輩。どうもありがとうございました。」

 

「・・もし面接に受かったら言ってね。俺もまた遊びに行くから。」

 

「・・恥ずかしいので馴れてからだと嬉しいです。気長に・・期待せず待ってて下さい」

 

いい傾向だ。自分の意見もキッチリ出てくるようになっている。

 

第四ラウンド

 

「俺にぃ・・任せとけ・・!」

 

梅原正吉初めての面識ありの人物。だが当然傍らに太一はつく。不安だ。任せられん。

 

「中多さん・・俺一つ聞きたい事が・・。」

 

「はい・・?何でしょうか?」

 

「・・スリーサイズを教えて下さい!!上だけでも結構です!!」

 

「・・・・~~~・・・!」

 

―タイム・・。梅原君。ちょっと表出ようか・・・。

 

 

「何聞いてるんだよ・・梅原君!!中多さん真っ赤じゃないか!」

 

「ちっちっち。甘いな~太一君は。」

 

「ん!?」

 

「イレギュラーな状況が発生する事は珍しくないんだぜ?不意の質問に対する即座の切り返し!いなし方を覚えるのもまた大事だ・・。今まで良心的な三人が偶々相手だったからよかったようなものを・・時にはこんな事もある可能性がある・・。何せ彼女はアレだからな!!」

 

彼女を指差す梅原の視線の先がどこかおかしい。彼女というより彼女のどこか一部を・・。

 

―・・。確かに・・はっいかん!

 

「俺は敢えて偽善を捨てて必要悪になっているんだぜ?心を鬼にしてだな・・。」

 

「・・。」

 

猜疑心の塊のような目で太一は梅原を睨む。その立場を利用して純粋悪の塊のような邪な下心を隠さない梅原のその表情を見て。

 

「げへへ。」とその顔には書いていた。

 

―・・もしもの時は僕が責任を持ってこの純粋悪を始末しよう。

 

太一はそう決心した。

だが意外にもそれ以降梅原は真摯かつ紳士に中多の予行演習の相手になってくれていた。元々実家が寿司屋である彼は客商売に関してのキャリアは棚町以上である。意外にも礼儀作法や幅広い客層に対しての接客スキルを持っている。それにプラスして生来の愛嬌のよさがある彼は隠れたダークホースだった。

 

―初めからそうしてよ・・。でもやっぱり梅原君はすごいや。

 

第五ラウンド

 

茅ヶ崎 智也

杉内 広大の紹介により参戦。

 

「・・黙っているだけでいいんだな。」

 

 

「・・・。」

「・・・。」

 

「・・・。」

 

「・・・。」

 

「・・・。」

時には沈黙に耐える。沈黙は金なり。見た目の威圧感最高峰の茅ヶ崎の沈黙にひたすら耐える。針の筵の様な沈黙の中にも平静を失わない事。これもまた立派なスキルだ。

 

ぷるぷるぷる・・

 

チワワのように震える中多。

 

―おお?破壊力高そうだな・・。あれを利用すればひょっとしたら・・。

 

だが・・災厄が近付く事を太一も茅ヶ崎も気付いていなかった。テラスは「彼女」が頻繁に現れる出没地域だということを二人は失念していた。

 

―智也・・はは・・一緒に居る子可愛い子だね。智也も隅に置けないなぁ・・。

 

切ない表情をしてテラスを飛び出す「彼女」を見て太一は大いに焦った。そして彼女―桜井梨穂子を追いかけ、土下座して謝り説明した。桜井の親友である伊藤かなえに「紛らわしい事すんじゃないわよ。」と怒られた。

 

・・教官は辛い。

 

中間管理職のストレスを一身にその身に浴びながら部下の為にその身を犠牲にする。

世の大人の苦行の一旦を垣間見て太一はそう思った。とりあえず一通りの訓練終了・・。

 

「中多さんお疲れ様。」

 

「はい・・お疲れ様でした。」

 

「どう・・?」

 

「・・やっぱり大変でした。でも皆さんとてもいい方で・・御崎先輩はいいお友達がたくさんおられるんですね。」

 

―・・それは違いないと思うな。中多さん。

 

「・・何か失礼な事を言ってたとしたら謝りたいです・・。」

 

「大丈夫。思ったよりずっと喋れていたと思うよ。」

 

これは励ましでもおべっかでもなく正直な話である。実際会話した連中は・・

 

「思ったよりずっとお話が出来る子だったよ。」

 

―まぁ失言は御愛嬌で。太一君に話せないのが辛いな。これは。

 

「ちょっと声が小さいけど心地いい声。・・またプーのことで相談したい。セッティングよろしく」

 

「・・いい子だな。案外大丈夫なんじゃないか?後はアイツがフォローするだろ。」

 

「全然いけるぜ!金払ってでも会いに行きたくなる資質があるよ。」

 

梅原は中多をキャバ嬢か何かと勘違いしている感がある。

 

「・・怖がってたけど目は逸らさなかった。芯は案外強そうだ。・・謝っといて。『怖がらせて御免』って。」

 

不評点も無くは無いが、軒並み高評価。

 

「うん。よく頑張りました。中多さん!」

 

「はい!有難うございました!」

 

堅い言い回しも無く、ただ純粋な笑顔を中多は太一に見せてくれた。また見たくなる。そんな笑顔だ。

 

「・・御崎先輩・・。」

 

「ん?」

 

「よかったら・・私とお話して下さいませんか・・?」

 

「え?まだ続ける?練習熱心だね。」

 

「いえ・・違うんです。練習とかじゃなくて・・御崎先輩と・・お話したいです。」

 

「・・・。うん。喜んで。」

 

僕も今は

 

君と話がしたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

4 受難

 

 

御崎家宅にて

 

「太一~?明日買い物行くんだけど付き合ってよ。どーせ暇でしょ?」

 

太一の二つ上の姉であり、双子(そうこ)の双子の姉である二子(つぎこ)は大学一年のこの冬に何かを賭けているらしい。太一からこの姉を言わせると「見た目はそこそこに可愛い」が、「少々性格がキツメ」といったところだ。おまけに少しがつがつしている所も、そこを上手く隠せない所もある。言い方は悪いが男にとってそこが「重い」のだろう。

 

「ゴメン。明日はちょっと・・。」

 

「ん?何?」

 

「友達の家に遊びに行くんだ。」

 

「・・。ひょっとしてこの前遊びに来てくれた梅原君と源君と国枝君!?ちょっと!私も連れてってもう一回ちゃんと紹介しなさいよ!」

 

・・この通りである。節操がないのだ。

 

「・・違うよ。女の子の家だよ。」

 

・・おっとろしい台詞を惜しげも無く吐くこの弟もどうかと思うが・・。

 

「・・またなの!どこの女!?太一ばっかずるい!」

 

「く、首を絞めないでよ。二姉ちゃん・・。」

 

ちょっとヒス気味なのも付け加えておく。

 

「もう・・二子・・また太一虐めてるの?」

 

「双子(そうこ)!おかえり。」

 

「双子姉ちゃん・・助けて。」

 

双子が大学から帰宅する。三姉妹の末妹にあたり、二子とは双子の間柄であるが性格は良くも悪くも対称的である。完全な体育会系でありながら、性格はどちらかと言うとドライであまり感情を強く表す事は無いストイックな性格だ。彼氏がいた事も数度あるが、恋愛方面に関しては重きを置かない為、長続きせず、また本人も全く気にしていない。

しかし、派手で着飾るのが好きな双子(ふたご)の姉の二子の私服を時々拝借するなどのしたたかな面も持つ。

 

「ほどほどにすんのよ?二子。太一も生き物なんだから。」

 

そう言っただけでさっさと二階に上がってしまった。

 

―・・助けて・・くれないの?う・・意識が・・薄れていく。

 

 

「こーら。二子。太一離してあげなさい。」

 

 

―この声は・・!

 

「一姉・・ううう。太一がぁ・・。」

 

「はいはい。明日は私が買い物付き合ってあげるから・・まずは太一を離すの。」

 

「ホント!やった!」

 

「パパに言って車も使えるようにしとくからね。」

 

「ありがとう!一姉!」

 

一子(いちこ)

御崎家三姉妹の長女であり、末っ子の太一と何と九つ違いの26歳の御崎家の長女である。

 

「・・・大丈夫?太一?」

 

甘い両親に変わって双子の妹、そして末の弟に対して時には厳しく、時には優しく接する御崎家の精神的支柱でもある。頭もよくて、仕事が出来て、綺麗で、正直太一にとって自慢の姉だ。もし彼女が結婚したら太一は自分は泣くと思っている。

 

「・・うん。今日は早かったんだね。一姉ちゃん。」

 

「先月からの仕事にようやく目途がついてね。しばらくゆっくり出来そうだわ。」

 

「そうなんだ。」

 

「明日は何か在るの?よかったら太一も久しぶりに一緒に買い物行かない?」

 

「いや・・明日ちょっと遊びに行くんだ。」

 

「梅原君達と?」

 

「ううん。最近知り合った一年生の女の子だよ。」

 

「へえ・・。」

 

一子は意外そうに弟を見た。

太一が女の子の家に呼ばれたり、遊びに行く事は珍しい事ではない。むしろ今までは同性の友達と遊びに行く方が珍しかった。一子が驚いたのは「年下」という言葉だった。

先刻の対処こそアレであるが、長女の一子はもとより次女の二子も三女の双子も弟の太一が大好きである。小さく、気が弱かった幼少時の太一は彼女たちにとって弟と言うよりも「妹」に近い感覚だった。自然と太一もそんな姉達と付き合ううちに年長の女の子との付き合い方が自然と身についてしまった。異性として意識することなく、簡単に友達になれた。結果同性の友達が出来にくいのは皮肉なことでもあるが。

 

その中で不思議なほどに「年下」の女の子との接点がない。周りに居るのはいつも姉も含めた彼より少し年上の、彼をもてはやし、可愛がり、・・そして太一自身が本気になってしまうと少し距離を開ける様な子達だった。

 

「姉ちゃん?」

 

「ん?あ、ごめんね。そっかじゃあ明日は無理ね。」

 

「うん。また今度。」

 

「・・ちょっと待ってて太一」

 

「ん・・?」

 

「・・ほら。今日仕事先のお得意様から頂いたの。最近話題になってる風味堂のロールケーキ。私甘いもの苦手だから太一、持って行ったら?」

 

「え?いいの」

 

「早く隠すことね。二子と双子に見つかったらどうなるか解んないわよ?」

 

「うん!ありがとう!」

 

高校二年生になっても幼さが抜けきらない少年、いやむしろ少女に近い様な太一の笑顔をとても可愛く、愛しく思う反面、弟思いのこの長女は少し申し訳なく感じていた。

自分達が遠因となって太一を取り巻く環境を今のようにしてしまったのは恐らく間違いは無いのだから。

だから先日、この弟が家に梅原達三人の同性の友達を連れて来てくれた時本当に嬉しかったのだ。

そして今日、唐突に現れた「年下の女の子の友達」

太一は進んでる。変化している。きっと素敵な男の子になる。

そう願って心配性で、過保護で、ある意味依存しているこの女性は優しい目で再び向かいに座った小さな弟を見た。

 

―しっかりね。太一。

 

 

 

 

 

 

 

―・・ここ?

 

数十分前

中多に手渡された地図を頼りに最寄り駅を降りた太一は景気よく晴れた日曜日の陽気を楽しみながらサイズ24のレディースのスニーカーを履き、てくてく歩いていた。

 

―ここ曲がって・・次・・の信号左ね・・。

 

内心でそう呟きながらキョロキョロと周りも見る。

思ったとおり中多はそれなりに上流の住宅街に住んでいるようだ。綺麗に整えられた公園や道路、近くを散歩する犬も高級なプードルやらヨークシャーテリア、庭が広くなければ飼えないような大型犬、グレートデン、アイリッシュウルフハウンド、ボルゾイなどの犬が飼い主と一緒に広い公園で走り回っている。

良く躾けられているのか太一が近くを通っても全く吠えるとか粗相をする気配が無かった。

太一の飼っている柴の雑種の「新べえ」には到底真似の出来ない落ち着きようである。

 

地図の目印だった公園を通り抜け、更に住宅街に入ると・・

 

―ん・・?

 

徐々に太一は違和感を覚えた。

 

―また一つ家のランクが上がった様な・・・庶民の気のせいならばいいんだけど・・。

 

しかし気のせいでは無かった。

在る家の車庫を何気なく覗いてみる。この不景気の中でもここら辺の住民は車を数台持つのが常識らしい。そのうちの一台に目を凝らす。

 

―こ、これは!?

 

動物は詳しいが車は全く詳しくない太一である。しかし・・流石にそれは知っていた。

 

―躍動する馬のエンブレム・・そして目にも鮮やかな黄色・・洗練された尖ったデザイン・・。

 

そこまで考えると目をそらし思考を止めた。

 

俄かに汗ばむ自分を諌めながら地図を頼りに歩く。

公園にいた数分前の自分に戻りたい。何も知らずニコニコと公園に遊びに来ていた犬達を眺めていた自分に。そしてつと足が止まる。

地図は明らかにこの場所を差していた。

 

「え~・・・・?」

 

おそるおそる太一が見上げると・・。

 

―・・こ、ここ?

 

太一の常識では「家の庭」というものは一目で一望出来るぐらいの面積だと考えられていた。しかし・・今の太一の目の前の光景は違う。

彼の小さな首を百八十度近く目いっぱいねじらないとその庭は一望できず、また入口から正面玄関までの距離は軽く運動が出来そうなくらいの距離があった。そして其処までの侵入を遮る入口の物々しいグレイの門。その近くには呼び鈴、そして地図が間違いなくこの場所を差している事を裏付ける表札が在った。住所の隣に明朝体とローマ字で彫られた「中多 NAKATA」の文字。

間違いない。今まで自覚は薄かったが彼女は間違いなく「お嬢様」だ。太一の予想を遥か上回るほどの。

 

―とりあえず・・中多さんに会わないと。知り合いと顔を合わせればきっと落ち着く・・はず。

 

呼び鈴を押そうとする指が少し震える。そのせいで呼び鈴が二回反応した。

 

ピポピポ~ン。

 

―ああ!御免なさい!すいません!

 

と、太一は声にならない卑屈な程の謝罪をして一歩退いた。

 

『・・・はい?』

 

しかし遠のいた呼び鈴から思ったよりも早く反応が在った。「金持ちは客を待たすもの」という庶民の偏見を植え付けられていた太一は予想外の素早い反応に慌てて一歩退いた呼び鈴に近付く。中々挙動不審な動作である。

 

「あ、あの・・中多紗江さんはおられますか?」

 

―しまった・・先に名乗るのを忘れてた。ああ!この哀れな庶民をお許しください・・。

 

そんな後悔の念が太一を襲う。もはや彼は庶民としての劣等感の塊だ。しかし・・

 

『あ。先輩?』

 

「あ、中多さん?」

 

恐らく玄関用のカメラも設置されているであろう呼び鈴に向かい、かなり情けない顔でホッとしている自分の顔が映っているに違いない、と思いつつも太一はようやく聴けた普段の日常の声に安堵した。杉内が「安心する心地よい声」と彼女の声を評していたが改めてその通りだと太一は思う。

 

『ちょっと・・待っててね・・。はい!どうぞ先輩!』

 

電子音が響き、ガチャリと重い音を立てて扉は開いた。ようやく太一は敷居を跨ぐ。そして入口の門を閉めた。と、同時に入り口のドアが自動で施錠される。

 

―と、閉じ込められた!

 

という間抜けな反応をし、相変わらず重い足取りで遠い玄関に向かった。

しかしその遠い玄関のドアが開く。

 

―ん?

 

「せんぱーい」

 

そこには中多が笑顔で手を振る姿があった。

 

「お邪魔します・・・」

 

玄関から入った先は確かに高級住宅地の家の玄関としてふさわしい広さがあったが思ったより着飾った高級感は無かった。高そうな壺やら、絵画も無く、いい香りのする花が控え目に飾られていた程度である。おまけに使用人等は居ないようだ。玄関先でいきなり「ようこそいらっしゃいませ」などと応対されたらどうしようと思っていたが幾分気が楽になる。

 

「遠いところから足を運んでいただいて・・有難うございます先輩」

 

そう言って普段着姿の中多はぺこりと恭しく頭を下げた。

ベージュのパンツとフリルが付いた白のブラウスを着た清潔感重視の飾らない彼女のスタイルがさらに太一の安心感を手助けする。派手すぎず華美すぎない。庶民にも優しい気後れしない良スタイルだ。華奢でスリムな彼女のイメージにも合っている。

 

「ううん。全然。あ。これ・・つまらないものだけど」

 

姉に持たされたお土産を手渡す。中身をよく知らない太一は内心びくびくしていた。

 

「わぁ・・有難う。御丁寧に。じゃあ案内しますね。こっちよ・・先輩」

 

そう言って太一に来賓用のスリッパを差し出し、少し前に出て中多は歩きだす。

 

―・・・ん?

 

太一は少し違和感がして足を止めた。

 

―「有難う」・・?「こっちよ」・・?

 

「・・?どうかした?先輩?」

 

そう言って中多は振り返って怪訝そうに上目遣いで太一を見た。

 

―・・んん!?

 

そんな中多を更に太一は凝視する。

 

「そんなに見ないでください・・。恥ずかしい」

 

そう言って照れ、中多は顔を逸らす。両手で少し顔を隠すように。

「あの・・」

 

「はい・・先輩?」

 

「すいません・・今更なんですけど。あの・・どなたでしょうか?」

 

その太一の言葉を聞いて目の前の中多の表情が一切消えた。そして一呼吸置いた後・・控え目な何時もの中多の笑顔からは想像もつかない形容の笑顔に変わる。いつもの不器用な「ニコ・・」では無く「ニィッ」という感じの笑顔だ。

その瞬間・・

 

バタン!

 

「ママぁ~~~・・・」

 

派手な何か崩れる様な音を立て、半泣きの気の弱そうな女の子の声が先の廊下の向こうで響いた。

 

「あらら・・ダメよ紗江ちゃん。もう少し隠れてないと・・」

 

「???中多さん?」

 

声のする方へトタトタ太一は駆けていく。完璧に清掃された滑るフローリングの床に手こずりながら曲がり角を曲がると物置らしい部屋から散乱したいくつもの荷物とそこに倒れ込む少女の姿を認めた。何故か手は後ろに回された上に手首は縛られ、口にはずれた布、足にタオルと身動きの取れない状況で芋虫のようにもぞもぞともがいている。

 

―ゆ、誘拐!?拘束!?監禁!?一体何が起きてんだこの家!?

 

「な、中多さん!?」

 

「ふぇ・・先輩ぃ・・くすん」

 

いつもの小奇麗な彼女からは想像もつかないボロ雑巾のような姿に太一は戸惑いながらも駆けより、拘束を解いてやる。

中多は恥ずかしそうだった。招いた客にこんな醜態をさらす羽目になるなんて・・どんな羞恥プレイだ。

 

「あ~あばれちゃったか。途中までは上手くいってたのに・・」

 

さっきまで中多だと思い込んでいた女が太一の後ろに立っていた。

姿こそ中多だがさっきまでの幼い声は薄れ、やや低めの落ち着いた声色になっている。

 

「ダメよ紗江ちゃん騒いだら・・もう少し楽しめそうだったのに・・『実は紗江ちゃんはこんな本性の女の子でした設定』であと十分くらいは・・」

 

物騒な事を言いながら女は中多の拘束をほどいていく。

 

―手慣れているように見えるのは・・気のせいだな、うん。そう思いたい。

 

「ひどいよ・・ママぁ・・」

 

―・・・ママ?

 

太一硬直。

 

「では改めて・・初めまして。私は中多 紗江の母親の中多 紗希と申します。娘がいつもお世話になっております。御崎さん。」

 

大人の女性の落ち着きと高級感を漂わせる品格を垣間見せながら中多母は改めて背筋を伸ばし、太一に挨拶した。

 

「こ、こちらこそ初めまして。僕は御崎太一と申します・・。」

 

自動的に言わされた様に反射的に太一は返事をした。

 

「中多さん・・マジですか?」

 

「・・はい。そうです。御免なさい先輩・・初対面早々・・」

 

自分の残念な状況と初対面の太一に対するあんまりな母の仕打ちを健気な娘は心底詫びた。

 

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