ぐれほわSHARK・T   作:GREATWHITE

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ルートT 十六章 雨天決行

 

 

 

 

 

 

 

 

 

17 雨天決行

 

 

 

「落ち着いた?」

 

「うん」

 

言葉少なに社に腰かけた絢辻に有人は話しかける。

 

初めてのズル休み。いや、初めてのズル早退。こっそりと裏庭のフェンスから一緒に逃げだし、人目につかないように走った。「何処に行くの」と聞く有人の問いには答えず、無言で、しかし時々振り返って悪戯な横顔を有人に向けながら絢辻は走った。

「何処に行く」ではない。今自分の足が「行った」場所こそ今自分が行きたい場所だと絢辻は思い、あても無くただ走った。そしてここにたどり着いた。

 

 

吉備東神社―

 

 

この前は否定した。「ここが好きなんだね」という有人の言葉を。

何時ものように「都合がいいから利用しているだけよ」等と言って。

 

でも、頭ごなしにどんなに否定しても、結局は奥底で絢辻はこの場所が好きなんだろう。

何よりも有人といる付加価値を得たこの場所は、彼女の未だ狭く、限られた世界観の中でも、これから見つける未知の居場所と比べても決して色あせる事は無いだろう。

 

―そう。私はここが好きだ。「貴方と二人でいる」ここが好きだ。

 

「・・・」

 

すっきりとした顔をして鬱蒼と茂る竹林から覗く空を見上げ、目を閉じる絢辻を見て、有人も安心したように横顔で微笑んだ。その笑顔を絢辻はじっと見る。

 

―・・・。

 

この少年は笑うと幼い。が、微笑むと不思議と大人びて見える。

こと「笑う」という行為において、絢辻は自分がこの少年に劣ることを自覚している。

この笑顔に癒されている人間は多いだろう。

 

―・・私もその一人だ。・・絶対に言ってやんないけど。

 

「・・・ん?」

 

隣に座った有人の横顔を見ていた絢辻は突然怪訝そうな声を上げる。

 

「・・?どうかした?」

 

「・・・。私の予感が外れるとは・・日本の気候はこれからどうなっちゃうのかしらね」

 

「・・?」

 

「そ・ら。見て」

 

つんつんと絢辻は空を指差した。同時有人も空を見上げる。

 

「え?」

 

「・・。ほら、また一粒」

 

「・・・雨」

 

いつの間にか曇天模様の空の下、二人はぐずつきだした吉備東の空を見上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

社の屋根からぴちょぴちょと定期的に滴が零れ落ちてくるぐらい本降りになりつつある中、二人は境内に腰掛けながら空を見上げていた。

 

―・・本格的に降ってきたね。

 

―そうね。当分帰れそうにないわね。

 

―・・ここならいいか・・。絢辻さん・・?

 

―・・うん?

 

 

―・・君が欲しい。

 

 

―・・・え!!!???ちょっといきなり何言って・・。

 

―嫌かな?

 

―ほ、本気?

 

―嘘でこんな事言えるもんか。・・やっぱり嫌かな?

 

―そんな・・嫌じゃないけど。心の準備が・・それに私達まだ高校生よ?いけないわ・・。

 

―違うよ。僕たちは「もう」高校生だよ。大人さ。

 

―ちょっ・・ちょっとまって!近い、近いよ・・!

 

 

 

 

「・・・・」

 

「・・・」

 

「・・・」

 

「・・・」

 

 

「ちょっと!!!さっさと止めなさいよ!止め時を見失うじゃない!結構恥ずかしいのよこれ!!!??」

 

 

「・・・。今のはハードル高いよ・・正直怖いです・・」

 

率直で尤もな有人の意見である。心なしかずりり、と有人は座りながら絢辻から距離を離す。

いきなりあの「有りがちな展開」を一人ぼそぼそ一人ごち始めた絢辻を前に「何を言っているんだこの人は・・」と、恐怖の顔で暫く有人は硬直していた。

唐突過ぎる絢辻のぶっとんだ暴走に流石の有人も閉口するしかない。笑顔も凍りついている。

 

「あ~あ!・・ほら!サブイボたってきた!貴方のせいよ!責任とりなさい!!」

 

右腕を差し出し、ぴよぴよとさえずる鳥肌を有人に顕示しつつ、絢辻の暴走はなお続く。

 

「えぇー・・今までで最も理不尽な展開になってきた・・」

 

「うるさい!」

 

 

 

 

「でも意外だね。絢辻さんがそんな妄想狂だとは思わなかった。正直本の見すぎじゃないかな?」

 

「あ・・!がっ・・!!」

 

知的で聡明な少女を、まるで漫画の見過ぎでイタイ影響を受けている男子みたいに言い放ち、微笑む有人に絢辻は顔を真っ赤にしてあんぐりと口を開いた。

 

―・・生まれて初めてかもしれない。こんな殺意は。

 

これまでと全く異なる恥辱に絢辻は顔を真っ赤にしながら頭を掻く。尚もへらへら笑う有人の顔が憎らしい。

 

「・・・」

 

―・・鞄は学校に置いてきた。武器は無い。なら仕方ない・・。

 

「・・・源君?」

 

「はい?」

 

「そい♪」

 

「ぐふっ!?・・・・。う~ん・・う~ん」

 

絢辻の鍛え上げたエルボーは的確に隣に座った有人の鳩尾を捉えた。腹を抱えて悶絶し、うんうん唸る有人を見下ろしつつ、

 

「さっきの事は全て記憶から抹消なさい。それが出来なければ『もう少し』手伝ってあげる事も出来るけど・・どうする?」

 

手頃な石を持ちあげて構え、人を殺しかねない目をしてそう言った。

 

「は・・はい」

 

「よろしい。・・全く。貴方が話さないからこっちから話を振ってあげたのに・・」

 

「え?そうだったの?それが・・アレ?」

 

「あら?『アレ』?って事は源君・・まだ記憶から抹消しきれてないみたいね?ごめんなさ~い。今度は確実に・・」

 

「げっ!」

 

―ゆ、誘導尋問かよ!死ぬ!殺される!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「結構・・降るわね」

 

「うん。けど・・意外に寒くないのが救いかな」

 

再び季節外れ、「絢辻天気予報」泣かせの雨を神社裏に腰かけ、二人は見上げていた。

 

「いや、寒いんですけど。あっためてくれないかしら?」

 

「・・護身術を一切使いませんと誓ってくれるなら是非」

 

「あ~ら残念。色々と試したい技があったのに」

 

腕を組み、ニタリと悪い顔で隣の有人を見ながらちっとも残念そうじゃない口調でそう言った。

 

 

 

―・・。冗談半分・・本気半分だったんだけどな。

 

 

 

いつものような物騒な会話の応酬の中でも、絢辻は実は内心少し残念そうにそう思っていた。「・・少しは大胆に来てもいいのに」という乙女心の複雑な心境である。

 

でも有人はそういう少年だ。人の弱みにつけ込むとか、精神的に脆くなっている人間に過剰な要求をするような少年ではない。聡い故に普通の少年なら無視して突っ走る所を、一旦止まって相手が落ち着くのを待つ。相手の勢いのままの行動を助長して相手が結果、後悔してしまう事を彼は良しとしないのだろう。

慎重と冷静、臆病と奥手。その境界線は曖昧だがその線引きに関して有人はとことん真面目な性分らしい。

 

そもそも・・

 

―私達・・そういえばここで・・キ・・スしてるのよね・・?

 

しかしそこまでの行為に至ったにも関わらず、相変わらず二人の距離は一定だ。付かず離れず、あの日から急激に近付く事も無ければ、決して離れてもいない。

「少しも」。絢辻はそう思いたい。

 

 

正直彼と自分はお互いに距離を図り損ねているのだろう。あまりに唐突、衝動的過ぎたあの日の自分の行為に絢辻ですら未だに現実味が薄いのだ。当の絢辻ですらこうなのだから、こういう性格の有人があの意味を図りかねるのも無理ないだろう。

その後お互いに特にその事で気不味くなったりする事も無く、創設祭準備等の日々の忙しさもあってかお互いにその真意が宙ぶらりんになって現在に至っていたのだ。

 

だが、しかし。今なら・・聞けるかもしれない。

 

「・・・」

 

絢辻は黙りこくった。心臓が跳ね上がる。最早ちっとも寒さなど感じない。

絢辻の細く、真白い指の先端も冬の雨のひんやりとした外気などどこ吹く風。ちりちりと上気して落ち着かない。有人側に置いた左手の指先は意味も無くもじもじする。

 

―ちょっと!アンタ「何が欲しい」のよ!私の手のくせに!

 

自分の意思で止められない自分の一部に内心必死でクレームを言う。

 

―動くな~動くな~気付かれる~またからかわれる~。

 

そうやって「落ち着け」「自分を諌めろ」という絢辻の脳からの神経伝達がようやく指先に届いた。

 

―ふ~・・納まった。

 

絢辻は内心・・のつもりだったが、現実でも大きく息を吐いた。

 

しかし次の瞬間呼吸が止まる。

 

「ひゃっ!?」

 

と、まるで猫が飛び上がるように、つい先程一息をついた時に情けなくへにゃりと曲がった背筋がピンと立つようにして大きく絢辻は目を見開いた。

冷たい感触が絢辻の手に伝わっていたからだ。

 

―・・え・・!え・・!?

 

おそるおそるその方向―自分の左手に絢辻は目を向ける。そこには一回り大きい有人の手が再び挙動不審に震えだした絢辻の小さな指先に軽く絡むように覆いかぶさっていた。思わず絢辻は目をそらす。

 

―ちょっ!・・・ちょっと待って!

 

先程恥ずかしくなる様な自分の過激な妄想を垂れ流しにしておきながら、それとは比べ物にならない衝撃が絢辻の頭を貫く。

 

―・・まてまて~手に触れているだけよ・・触れてるだけ・・。この前は握られたでしょうが・・。何そんな舞い上がってんのよ私は・・!

 

だが前回の「自らが促した時」と今回の「不意」では大分と意味合いが違う。

くりくりと忙しなく右往左往する視線、いつもと違う意味でぐるぐる回転する頭を必死で抑えつけながら、ようやく絢辻は触れられた指先の感触を推し量る。

 

・・冷たい。そして些細に触れられている指先。痛くも痒くも無い。ほんの少しくすぐったいだけ。・・色んな意味で。

 

男性の割に有人の指先にはごつごつとした節くれが無く、部活などで酷使されてない指先はどちらかというと女性的に整えられており、妙な圧迫感は少ない。

 

・・正直絢辻は心地よい。

 

でも

 

―・・。ちょっとムカつく。なんで?なんで震えてないの!?何でこんな冷たいの?ひょっとして・・余裕!?有り得ない・・「この」私がこうなのに!・・・。

 

指先から伝わる感覚に徐々に不機嫌そうに絢辻の口がへの字に曲がる。今隣に居る有人を直視は出来ない。もしからかわれるように優しく笑われたら正直、ハッキリ言って・・「どうにもならない」。

 

怒るべきなのか、喜ぶべきなのか、泣くべきなのか、笑うべきなのか、

表情を選ぶ事も出来ないだろう。突発的で反射的な今の絢辻には想像できない自分のリアクションが垣間見られるだろう。自分の一秒先がどうなっているのかも見当もつかない。こんな先行きの解らない事は彼女の主義に合わない。だから―

 

―・・・。

 

覆いかぶさられた有人の指から一旦自分の白い指を出す、一瞬宙を舞って痺れを伴った指先をほぐすように逡巡しながらも指先をゆっくりと有人の甲に触れ、伝わせ―

 

―・・・んっ!!

 

意を決して握りしめた。

 

今までの有人との短いながらも沢山の記憶と記録をなぞる様にして伝わせ、最後に忘れないように、刻むように―

 

 

・・握りしめて。

 

 

 

―・・時間が止まればいいのに。

 

 

 

使い古された言葉だ。絢辻の好きな小説でも何度も見た事がある。普段はとことん現実主義の絢辻には鼻で笑う様な、そして鼻に突く表現だ。

「時が止まる事なんて無い」。「同じ時間なんて続かない」。だからこそ「立ち止まるなんて無駄」。「時間が止まればいいなんて思う事自体無駄」。

 

そう絢辻は思っていた。

 

早く大人になりたかった、生き急いでいた彼女が今、生まれて初めて「本当に時が止まればいい」と思った。この時が一生続けばいいと思った。

 

きっと今まで彼女が見てきた小説の作者は誰もがきっとこんな思いを一度はした事があるのだろう。だから敢えて陳腐でも使い古された言葉達でもこの表現を使う事を選んだんだ―そう思った。

 

例え本当に時間は止まる事は無い、現実にはあり得ないとしても、「時間が止まればいい」と思った瞬間が現実に存在した事は紛うこと無き事実なのだから。

そういう意味では今二人の時間は確実に止まっている。

 

きっと今降っている雨は時が止まった事によって宙に浮いたまま止まっているのだろう。

そして実は雨というものは降っている時、「滴の形」で降ってくるのではなく、実は「逆さにしたお椀の様な形」で落ちてきている事が解るのだろう。

それを二人で眺めて「へぇ意外だね」等と言って笑うのだろう。そんな事を絢辻は思っていた。

 

が―

 

当然時は止まっていない。この時も動き続けている。

 

 

 

「・・・ん?へっ・・!?」

 

 

 

―・・・!・・・!!・・・!!!きゃああああああ!!!!

 

 

声にならない声が絢辻の中で共鳴する。

絢辻の口から絢辻の形をした魂が出、その魂の口からも次々と同じ形の魂がでて、ようやくその四番目くらいが発した位の声である。それ程声にならない叫びの原因は・・

 

 

―ちょっちょっ・・ちょっと待って!源君!本気でちょっと待って!!!

 

 

ずるり・・

 

有人の頭が絢辻の左肩にかかり、尚も絢辻の肩甲骨あたりまでずれ込もうとしていた。

 

 

―お願いホンっト!ほっっっんと待って!?私達高校生!高校生よ!?

 

 

やはり先程の絢辻の妄想はあくまで妄想だった。妄想の時は「私達まだ高校生よ・・早すぎるわ」なんて落ち着いたカッコイイ台詞を言えたものだが現実は所詮こんなもんだ。

 

 

「み、みなも・・と・・君・・?えっ・・?へっ・・・?」

 

 

「・・・す~っ」

 

 

「・・マジで?」

 

「す~っ」

 

「嘘」

 

「すん・・・」

 

絢辻は左手で目を閉じてぐったりと自分にもたれかかって来た有人を支えつつ、全身全霊を込めて溜息をつき、右手でこりこり頭を掻いた。

 

―そう言えば・・最近「あんまり寝てない」って言ってたっけ・・。

 

「すぅ・・・」

 

「・・・」

 

「くぅ・・・」

 

「・・・」

 

 

 

「・・絢辻さん」

 

「!」

 

「俺頑張るから・・」

 

「・・・♪」

 

「だから・・」

 

「・・?」

 

「・・ぶたないで・・」

 

「・・・・」

 

「す~・・・」

 

「・・・」

 

「くぅ・・」

 

 

「・・・くすっ。・・よっと」

 

 

起こさないように、寝言を邪魔しないように、ゆっくりと絢辻は傾いた有人の頭を自分の腿に乗せる。閉じた瞳の先にある泣きぼくろ、形のいい耳、そして意外に長く、少し癖の強い有人の髪が自分の膝をさらさら伝っていく感触を感じながら絢辻は瞬きもせず、眠る有人の横顔を眺めた。

 

「・・・」

 

そういえばここまでまじまじと彼の顔を見るのは初めてかもしれない。微笑まれると結構「きつい」から直視はしてなかったのだが・・「いい機会だ」と絢辻はクスリと笑い、眠る有人の生来色素の薄い茶色の髪をさくさく撫でる。

 

―・・ふーむ。・・少し肌のお手入れと髪のトリートメントは甘いわね。こういう所はやっぱり男の子というべきかしら・・?・・でも流石に何時もへらへら笑っているだけあって笑い皺は良い感じについてる・・。

 

絢辻、今度は自分の目じりの笑い皺を手で触れて確認する。

 

―こうかしら・・。あっ・・でもよくよく考えてみれば女の子の笑い皺ってあんまり歓迎すべきものじゃないかも・・よそ。

 

そして次はほんのすこし彼の左目の下の泣きぼくろに触れてみる。

 

―いい位置についているわね・・。・・こう見ると結構美系なんだ。もう少しガツガツしてれば言い寄る女も増えるでしょうに・・。

 

 

「・・・・」

 

―・・それも困るか。

 

最後に謝罪のつもりで有人の顔を軽く撫でる。

 

風に吹かれたと勘違いするように優しく、出来るだけ繊細な手つきで。まるで母親が眠る幼子の顔に触れるように。

 

 

 

 

―・・・。あぁやっぱり・・「そう」なんだ。私・・・

 

 

 

 

「・・・え?」

 

 

 

―雨・・?・・違う。・・また一つ。ほら、また一つ

 

眠る有人の冷たい頬に一滴、また一滴透明な滴が落ちる。そして一秒後にはもう絢辻はそれを数える事を止めた。数える余地もないぐらい立て続けに

 

 

 

―・・な み だ ・・?

 

 

混じり気なし。絢辻の瞳から直接有人の頬へ。

 

・・・止まらない。次々に落ちる。

有人の左目の泣きぼくろにも落ちる。有人の目が反射的にピクリと反応した時、

 

―・・!っと!

 

絢辻は慌ててごしごし涙を拭いた。有人の頬に落ちた涙も綺麗に拭う。

 

―・・起こさなくて良かった。

 

もし彼を起こしてしまったら今の自分の状態を上手く有人に説明できそうもないからだ。目頭を指先で拭い、ぐすぐすぐずりながら深呼吸、暫くして漸く涙は止まった。

 

 

―「こんな時」に涙って出ちゃうんだ・・。

 

 

実は悔し泣きなら絢辻は人生で何度もしてきた。誰にも見せず、隠れてこっそりとひっそりと一人で憤懣やる片ない憤りと空しさを糧にして。

 

でも・・こんな涙は初めてだ。

 

 

恥ずかしくて、情けなくて。

 

 

でも嬉しくて・・凄く幸せで。

 

そして、

 

 

 

・・切なくて悲しくて。

 

 

 

数分後、雨は更に強くなった。しかし、絢辻はその頃合いを敢えて見計らって傘も差さず、有人を静かに寝かせたまま、自分の上着のブレザーを彼にかけ、その場を去った。

 

 

 

 

 

鞄も傘も何も無い。また隣に誰もいない。

 

何も持たず、また、何も得ようとせず、ただ自分の中に生まれ、今日ようやく認めたその感情だけを心に携えて。

 

 

絢辻は更に強くなった雨の中を一人飛び出す。

 

 

 

 

 

雨天決行―

 

 

 

 

土砂降りでも、ずぶぬれでもいい。

 

 

 

 

この気持ちを持っていられるのなら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数十分後―

 

社の屋根からこぼれた雨の滴の音で有人は目覚めた。

 

「・・・?絢辻さん・・?」

 

自分の乾いた頬に何か張り付くような、突っ張る様な独特の感触に違和感を覚えながらも有人はその「真実」に気付くこと無く、不思議そうに絢辻のブレザーを大事に抱え、家路についた。

 

 

 

もう雨は上がっていた。社の屋根から滴り落ちる透明な滴が夕陽の光を吸って淡く光る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




翌日―


2-A教室にて

「絢辻さん」

「ん?何かしら?」

「はいコレ・・昨日は有難うね。俺眠っちゃったみたいで申し訳ない・・」

「いいのよ。疲れていたみたいだから気にしないで。私も途中で帰っちゃってごめんね?起こすのも悪かったし、丁度雨が止んだ頃だったから今の内にと思って・・」

「ううん。いきなり寝ちゃって困っちゃったでしょ?送りもせずにホントにゴメン・・」

「いいのよ。ふふ・・寝顔可愛かったし」

「うわ・・・お恥ずかしい」

「じゃ、また後でね。私寄る所があるから」

「うん」



そんなやり取りで二人は自然に別れた。しかし―



「有人・・?」

「大将・・」

「ゲン・・」

「源君・・」

「みなもっち・・」

「・・不潔」

「仲間達」は到底二人のその光景、やり取りを看過できなかった。


「えっ?な、何?皆して」

有人はじとりと自分に突き刺さる一行の視線に逡巡気味だった。

「今の・・どういうことだ・・大将?」

「え、い、『今の』って?」

「・・・ゲン・・一線越えちゃった!?・・んがっ!!」

「杉内ぃ・・声がでかい・・」

「い、『一線』・・?ちょ・・ちょっと待って?皆何か面白い誤解・・してるよね・・?」

そんな有人の返答にやれやれと首を振って梅原はこう言った。ぎりりと悔しそうに奥歯を噛みしめて。

「・・大将?・・・『二人してズル早退』→『絢辻さんブレザーの忘れ物』→『俺眠っちゃった』→『いいのよ。疲れていたみたい』→『寝顔可愛い』→『お恥ずかしい』・・と、まで来て言い訳が通用すると思ってんのかああぁ大将!!?あ、・・ありえねぇ・・二人して早退して心配していたのに・・、俺らお前が実行委員来ない言い訳まで考えてたのに・・当のお前はちゃっかり『抜け駆け』していたなんて・・!!何てけしからうらやまし・・ぬ、おおお!!!見損ったぞ!?大将!」

「でぇ!?じ、実行委員のそれに関しては本当に申し訳ないと思ってるよ!?けどそれ以外の解釈はホント誤解だから!?・・・頼むよ・・信じて」

「うん・・。悪い有人。今回ばかりは俺もお前を擁護できない」

親友から目を逸らされる。

「直まで!うそ!誤解だって!」

「うぅ・・源君、不潔だよ・・」

田中も眉を歪めていた。そんな田中の肩に「よしよし」と言いたげにぽんと手を置き、彼女の親友の棚町は―

「そうね・・流石に今回に関しては言い訳が通用するレベルじゃないわ。・・私は源君はもっと『露出が多い子』が好みだと思っていたのに・・」

「まだそれ言うの!?棚町さん!?」

「え!?薫!それ本当なの!?源君・・・最低だよ。趣味にもドン引きだよ!」

「ちょ!ちょっと!!あ、あぁ・・また新たな誤解が・・た、太一君・・助けて」

ただ一人神妙な面持ちで黙っていた御崎は伏せ目がちにしたまま、自分に縋ってくる有人から視線を逸らしながらこう言った。

「・・源君?」

「な、何?」


「せめてその・・『事後』は男が女の子を送るべきだと思うんだよね?僕。・・ヤることヤッた後で一人寝ちゃうのは・・やっぱり男として最低だよ」

―ほら・・その、なんて言うのかな?「フィーリング」って言うか?「お互いの気持ちや愛を確かめた以上、それを再確認する意味でも別れ際は重要」・・的な?

・・的なウザイ手振りをくわえつつ、御崎は哀れむような眼で有人を見た。


「た、太一君まで!ずれたところで誤解している分、更に質が悪い!」







「・・・ふふふっ♪」

そんなやり取りが起こっているのを、そんな「やり取りになる様に仕向けた」絢辻が有人とその友人達の会話を片耳で聞きながら心底楽しそうにクスリと笑った。


















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