「・・・。委員長」
「・・うん」
創設祭委員長―黒沢 典子は促され、大きく息を吸って
「・・・。お、お、お疲れ様でした!!!」
折角した深呼吸はあまり意味がなかったらしい。結局たどたどしく、あんまり閉まらない黒沢の「閉めの言葉」に委員達は苦笑しながらもお互いの顔を見合って口々にこう呟いた。
「お疲れ!」
「・・やった!終わった~・・」
「ホント・・良かった・・」
「ちょっと泣かないでよ・・吊られちゃうじゃない」
感極まって泣き出す子も出る始末である。
本日創設祭二日前、12月22日。吉備東高校創設祭の実行委員会は創設祭準備の全作業日程を満了した。細部に限れば遅れはあるものの許容範囲内であり、大筋は妥協のない結果に満足そうに、そして心底安心した姿が見てとれる。感極まるのも無理のない程苦難の道だったのだ。その気持ちは有人には良く解った。
「おいおい~本番はまだなんだぜ~?泣くなら創設祭終わってからにしよ~や~・・」
実行委員のムードメーカーを務めた一年男子、ヤンチャそうな久野がおどけるようにそう言ったが、
「何よ。久野君だって泣きそうなくせに~鼻声よ」
と、反撃を喰らって
「な、泣いてねーって」
と返すのが精いっぱいだった。しかし一番泣いていたのは黒沢典子だった。
「うっ、ひっく・・ぐすっ」
一番泣いてはいけない立場だと自分に言い聞かせ、絶対に泣くまいと気を張っていたようだがやはり無理だったらしい。紆余曲折あった。全ては自分の撒いたタネだった。結果自分の未熟さ、幼さ、目をそむけたくなるような自分の嫌な部分と初めて向き合った。
そして沢山の人に助けられ、多くの貸しを作り、また多くの人を傷つけた。そしてまだそれをこれから先もまだまだ黒沢自身、色んな事を償う必要がある事も百も承知だった。
それを鑑みれば到底自分は泣ける立場にないとは百も承知。でも黒沢の涙が止まらなかった。
「・・はい!も~~黒沢委員長!いつまでも泣いてないで!」
「え、ええ・・皆さん・・ぐすっ御苦労さまでじた。ぞ・・じてまだまだこれからですぃ。
創設祭本番を成功さぜるために・・ひくっ・・最後までごぎょう力おねがいじばふ・・」
正直、聞くも見るも堪えないトップの激励の言葉だが有人以下、創設祭委員、国枝、梅原達を初めとする臨時委員も込みでその気持ちが良く解る分、士気は幸いにも上昇気味である。有人は泣きじゃくる黒沢を宥めた後、創設祭委員の皆とハイタッチした後、何時ものメンツ―梅原、国枝の元へ行き、
「おつかれっ!」
満面の笑みでそう言った。
「ああお疲れ。・・後は任す」
「大将お疲れっ!俺らも本番も適当に参加して盛り上げっからよ?頼んだぜぃ?」
「うん。本当に有難う」
「何。楽しかったぜ。なぁ?国枝?」
「・・・」
国枝は無言で頷き、彼にしては珍しく素直に微笑んだ。
「太一君や棚町さん達にもまたお礼しないと・・ちゃんと創設祭本番には連れて来たげてね?・・直」
「にひひ~何時もみたいにトチんなよ?」
有人と梅原は少し悪戯そうに国枝を見た。
「・・・」
そして彼ら臨時の実行委員との労いの場もそこそこに
「ぐずっ!・・・さて!・・これから正規の実行委員だけで当日の手順の確認を行います!明日のリハーサルが本番だと思って取り組みましょう。つまり今からの作業がリハーサルだと思って気を引き締めてください!」
ようやく落ち着いた黒沢が今度は中々に委員長として威厳を保ったしっかりとした指示を行って場を引き締めた後、最後に臨時の実行委員―梅原や国枝達に向け背筋をちゃんと伸ばし―
「臨時の実行委員の皆さん。・・本当にお疲れ様でした!皆さんの協力なくしてはここまで来られなかったでしょう。本当にお疲れ様、そして有難うございました!!本番を楽しみにしていてください。・・実は正規の実行委員にしか知らされていないいくつかのサプライズも用意してありますのでお楽しみに!出は改めて本当に・・本当に有難うございましたっ!!」
そう締めくくって深々と頭を下げる。
ある意味彼女はこの実行委員会を通して最も成長した人間の一人である。高飛車感を改め、心からの感謝をまだまだたどたどしいながらも少しは伝えられるようになってきた。そんな彼女に自然と拍手と彼女を元気づける様な声も飛ぶ。
「へへ・・っ」
それを素直に受け入れ、はにかみ、照れた顔で微かに黒沢は笑った。有人は黒沢の成長を見届けた様な顔で満足そうに彼もまた微笑む。
「・・。と、言う訳で二人共・・本番お楽しみに・・」
「何だよ~みなもっちまだ隠し事かよ~隅に置けないねぇ~このこの~」
「まぁね・・」
「・・・。多分会計に載ってたあの使途不明金の使い道だな。備品の内容的に巨大ロボットとか何かか?」
「・・・勘が良すぎるのも大概にした方がいいね。直」
「うわ~くにえだっち・・つまんねぇ男だわ・・・ホント空気読めよ。例え気付いたとしても敢えて口にしないっていう優しさ見せろよな・・」
「え・・・当たりかよ」
「ほら!帰るぞ国枝っち!そしてオメはこれ以上なんにも喋るな!全く・・サプライズネタ全部見抜きそうでこえぇんだよお前さんは!俺は驚きて~のに」
「・・・。すまん」
珍しく梅原に針の莚にされた国枝は居心地悪そうに黙るしかなかった。そして親友二人を見送った後、有人は改めて元祖創設祭の実行委員の最終会議に出席するために視聴覚室へ向かう。
視聴覚室にて―
「え?」
・・何かがおかしい。有人は首を傾げながら何度も手渡された資料を見直した。
「・・んん?」
今度は反応まで変えた。しかし内容は変わらない。明日のリハーサル手順、そして本番当日のスケジュールとそれに合わせた各実行委員達の身の振り方、配置、人員、休憩時間のローテーション等が細かく記載された手元の資料を穴があくまで見る。
「???」
しかしその資料の何処にも、どう探っても「源 有人」の名前が無い。出てこない。
「・・では、このプランにしたがって明日のリハーサルは動いてもらいます。明日、そして本番はくれぐれも遅刻しないように。あと体調には気を付けて!本番のイヴの日は結構寒いみたいだし各自体調を整えておく事!以上、解散です」
黒沢はそう締めくくった。他の実行委員も呆ける有人の疑問などどこ吹く風。一部の委員が資料片手に黒沢と二、三確認するぐらいで大半の委員はぞろぞろと帰り支度を始める。
―いやいや・・「以上」じゃなくて「異常」があるんですけど・・。
「あ、あの黒沢さん・・」
「了解。お疲れ様。明日も頑張りましょう」と、確認しにきた委員に柔らかい声を掛けながら見送った黒沢は歩み寄って来た有人に―
「・・。何かしら?」
自らの表情を憮然としたものに変えて腕を組んだ。
「僕は当日・・というか明日からどうすればいいのかな?何処にも・・名前のってないみたいなんだけど・・」
「ええ?・・。あ~~らホント」
作業資料にほんの少し目を付け、ほぼ間髪いれずに黒沢はそう呟いた。大した確認はしていない。明らかに知っていた節が在る。
「『ここ』に載って無いんじゃ仕方ないわね。お疲れ様。源君。明日も当日も好きにしたら?」
いつの間にか「変わった」と思っていた黒沢が以前までの有人に対するつっけんどんな黒沢に戻っていた。
「えぇ~~!!ちょ、ちょっとまって!」
「だ、だって仕方がないじゃない!?役割割り振っていったら源君だけ何故か余っちゃったんだから」
「そ、そんな・・」
「ねぇ・・みんな?仕方ないよね?」
「そーそー」
「仕方ないです」
「源センパイ居なくても大丈夫っすよ俺達」
口々に帰り支度をしながらも黒沢の問いに適当なざーとらしい生返事が有人に帰ってくる。有人に同情票を上げる人間が一人もいない。
―・・いじめ?
その仕打ちに閉口している有人を見ながら黒沢は大きくため息をつき、そして少し心なしか瞳を曇らせてこう言った。
「・・明日も当日も『好きにしたら』?『誰と来ようと』、『何処に行こうと』源君の・・・
『自由』、よ?」
どこか自虐的に笑った黒沢は少し大人びて見えた。その彼女をフォローするように実行委員の同輩、後輩達が口々に続いた。
「お疲れ源。本番は見に来いよな」
「そうっすよ。源先輩」
「・・。『誰と来ようと』自由ですよ」
「・・出来るなら私達の『成果』を『見せるべき人』に見せて欲しいなぁ」
「・・仕方ないですね。ヒマになっちゃった以上、せいぜい本番の日は有意義に過ごしてください。源センパイ・・」
最後に実行委員会一年生代表の真面目な「あの」少女―坂上が珍しく悪戯そうにそう言い放った。有人は気まずそうに苦笑いしながら頭を掻き、
「解った。解りましたよ・・少しさびしいけどそうするよ」
「自由」―
この言葉を皮肉にもこんなに不便に感じるのは人生で初めてである。
自由―「何をしても許される事、自己の本性に従う事」であるが、コミュニティの中で定義された「自由」の意味は必ずしもそうとは限らない。
確かに有人は「自由」だ。先程まで彼を拘束していた場から一締め出された以上、これから彼が何をしようと何処に行こうと「自由」だ。しかし、その今回の「自由」には逆らい難い「陰の強制力」の様な物が働いていた。自由を行使する上での避けられない「義務」を重く背負わされた感じがした。
しかし、不愉快な訳ではない。そして自由の定義である「自己の本性に従う事」にその「義務」は必ずしも有人にとってかけ離れている訳ではない。
「自分達の成果を、結果を見せたい、楽しんでもらいたい人が居る」―それを今有人、そして目の前に居る彼ら達も大いに理解し、共有している。だからこそこの有人へのある意味理不尽な「不自由な自由の強制」に踏み切っているのだ。
有人はここ数カ月離れること無く一緒だった創設祭実行委員の面々に見送られ、視聴覚室―
否。
「創設祭実行委員会」を後にした。
「・・・」
―・・う~~~ん。
部屋から出た途端、大きく有人は伸びをする。解放感と共に何処か寂しい空虚感がない交ぜになった不思議な感覚を味わった。今考えてみると数か月前は彼の日常はこれが普通だった事を考えると奇妙な物である。
今は「これをしなければ」「あれをしなければ」ではなく、「何をしようか」を考える時間だ。
―・・絢辻さんもこうだったのかな?
ふと有人はそう思った。「当り前の日常から外れた彼女と当り前の日常に戻った自分」―そのような差はあれどきっと抱えた今の感情には大差は無いのではないかと思う。
悪くは無い。でも少し淋しい。
そうなると今自分はまず何をすべきかなと考える。とりあえず今は―
―直と梅原に追いつくか。まだそんなに遠くへは・・
「誰がお探しかい?大将」
「・・随分早いお帰りで」
・・どうやら「彼ら」は有人を除く実行委員会の策略、魂胆に加担していたらしい。悪戯そうな笑顔で「彼ら」―国枝と梅原は有人に歩み寄る。
「・・。さて『明日から』どうすんだ~~?大将」
「・・・。とりあえず出かけるよ」
「・・そうかい♪」
ニヤついた梅原の表情にそう返す有人を国枝はじっと無言のまま見ていた。
「自由」の代償に背負わされた「義務」を携えた友人―有人の背中を。
「・・・」
ドアの向こう、何時もの友人三人に囲まれ、帰っていく有人達の声、足音に黒沢は耳を傾けていた。そして足音も気配もしなくなった後、黒沢は自分のカバンからおもむろに「それ」を取り出す。
―やっぱり・・必要無くなっちゃったわね。これ。
有人がもしそれでも「ここまで来たんだから最後まで実行委員としての役目を全うしたいよ」―とでも言ってくれたなら黒沢はこれを有人に手渡すつもりだった。
「それ」はもう一つの実行委員への当日の役割分担の配布資料。コピーもしていないオリジナルである。これにはちゃんとリハーサル、そして創設祭当日にちゃんと「有人を含めた」実行委員各自の行動の割り振りが載っている。
「・・・んっ!」
黒沢はそれを両手でくしゃりっと丸め、ゴミ箱に詰め込んだ。もう誰の目にも触れる事は無いだろう。
・・彼女の有人への想いと共に。
―あ~~すっきり・・・・・した。
・・ぐすっ。
少し泣いたらまた・・
頑張ろ・・。