ぐれほわSHARK・T   作:GREATWHITE

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12月23日―

絢辻は眠っていた。

「・・・・・」

毛布にくるまりながらまるでこの部屋から外の・・いや、この布団の外の世界から隠れるようにして眠っていた。
部屋の窓から僅かに射しこむ日の光は明らかに本日、小春日和の良い陽気の日である事を示している。それがまた絢辻の憂鬱感を増長させる。全くの変哲の無いいつもの休日であるならば、図書館にでも行って勉強やら読書をし、帰りに喫茶店にでも入って美味しいお茶を嗜んで・・と、「優等生 絢辻 詞の華麗で優雅なる休日」を送るには絶好の日和なのだが・・この23日とは世間は俗に言う「イヴイヴ」である。よって―

―・・。明日は・・いやここ数日は家でじっとしておこう・・。

絢辻はそう呟き、決心して昨夜床に着いた。しかし、現実はそううまくは行かない。
潜り込んだ絢辻の上布団―固有結界をやすやすと貫通し、響き渡る能天気な声が絢辻の耳に飛び込んで来たからだ。言うまでも無く「あの」声。あの「ワンワンピーピー」煩いあの声だ。


「つかさちゃ~ん」


「・・・」

―・・。うるさいなぁ・・。


「つかさちゃ~んってばぁ」


「・・・!」

しつこい姉―縁の声が玄関からキンキン響き続ける。それが繰り返されるたび徐々に絢辻にじりじりとフラストレーションが溜まっていく。

―あ~~うるさい!!私、今年はずっと寝ているんだから!

・・どーせ「あの人」は創設祭に出っぱなしだろうし?ど~せ行くとこなんて無いもん。

ふ~~んだ!

この時期に好きこのんで一人身で外に出る人なんているもんですか!
下心丸見えの連中に行く先々でナンパされるのが目に見えてるっつーのっ!だったら家で寝てるか勉強してたほうが百倍マシっ!

・・創設祭は・・ちょっと行きたいけどっ!・・でも私から引き継いだあの女が主催している創設祭なんて不愉快だからやっぱりイヤっっ!

「つかさちゃ~ん何時まで寝てるの~?」

「・・・!!」

―この私が気の済むまでよ!



「もぉ・・せっかくゆうと君が来てくれているのに・・」



―うっさい!貴方が彼を名前で呼ぶな!私だってまだ正式には彼の事名前で呼んだこと無いのに!あいっかわらず馴れ馴れしい女!

「ゆうとくん・・つかさちゃんまだ寝てるみたい。ごめんね。折角来てくれたのに・・」


「縁さん・・『だから起こさなくていい』ですって。寝ているならそっとしといてあげて下さい・・」


「でも折角来てくれたのに・・うん!!もうちょっと待っててね!私負けないから!」

「勝たなくていいですってば・・っていうか何と闘っているんですか縁さんは・・」



―そうそう!諦めが肝じんよ。いい事言うわねみなも―

みなも、・・


「・・ん?・・え?は?」


がばっ!


「え、え、えええ・・?」


一気に覚醒した頭と寝起き状態のパッパラパーの自分の状態、そしてここに居るはずのない声を総合的に判断し、絢辻は寝起き即のオーバーワークな脳のフル回転を開始する。

―え?・・え!?どういうこと?

跳ね上がった心臓と跳ね上がった何時もの美麗さ、清廉さの欠片もない頭を両手で抱えて脳と目玉を絢辻はぐるぐる回転させる。











ルートT 十九章 純愛ラプソディ

 

 

 

 

 

 

 

20 純愛ラプソディ

 

 

 

 

 

十分前、絢辻姉妹のマンション前の河川敷にて―

 

「こんにちは・・」

 

「ん・・・あ~~っキミは・・・」

 

絢辻の姉―縁が河川敷の草むらに惜しげもなく大の字で寝っ転がっている所を控え目に覗きこんだ有人の顔を上目遣いで見、大人びた物腰を目一杯幼くして微笑んだ。

 

「お久しぶりです縁さん」

 

その笑顔ににっこりと有人も微笑みで返す。

 

「・・・。わぁ!!また来てくれたんだ!嬉しいなぁ。ん?でもつかさちゃんは今元気だよ?お見舞いなんていらないと思うけど・・」

 

ひょこっ、と上半身だけこの年代の女性にしては随分可愛い起き上がり方をし、とぼけた表情で有人をまぁるい上目遣いで見つつ、縁は相変わらずずれた発言をする。

 

「いや、今日はお見舞いじゃないですよ・・」

 

「そうなの?へんなの」

 

「『へん』・・?」

 

―・・・。縁さんには言われたくないんですが・・まぁいいや。

 

有人は思い知る。世の中には深く考えちゃいけない事が確実に存在する事を。

 

 

「あの・・絢辻さんは居ますか?」

 

「え?『絢辻』ならここにいるよ」

 

縁は自分の顔を人さし指でさして、またまた不思議そうな顔をする。

 

「・・え~っと・・『つかさ』さんです・・」

 

「あぁ!つかさちゃん?・・なら今日はまだ寝てるよ~。今朝何度か起こしに行ったんだけど『うるさい!』、『眠い!』、『寝かして!』でとりつくシマも無く追い出されちゃったわ~。寝相が悪いのを注意しようとして近付いたら蹴り飛ばされちゃったし~~・・つかさちゃんったら酷いと思わな~~い?」

 

「・・・」

 

普段と違って優雅さも、品性のかけらも無い生活感丸出しの絢辻の話を嬉々として聞かされる。

 

―・・。「居るか」って聞いただけなのに・・。

 

しかし拙い情報を色々聞かされた。妹としてフリーダムな姉の言動に常日頃、心底気を遣っているはずの絢辻に後で「・・あの人と何を話していたの?答えなさい・・?」とでも聞かれたらどう答えればいいのやら。内心「まずいなぁ」と有人が苦笑いで縁の話に適当に相槌を打ったところで

 

「よっ!」

 

縁はぱんぱんとお尻を払いながら立ち上がる。背は妹より随分と高い。

 

「待っていてね。つかさちゃん呼んでくるわ♪」

 

「・・あ。まだ寝ているなら大丈夫です。これを渡しといてもらえれば・・それと一つ伝言をお願いしたいです」

 

そう言って創設祭の案内、スケジュール、事付けを書いた資料を有人は手渡そうとしたが・・

 

「会ってあげて。つかさちゃんも喜ぶと思うから。それに・・」

 

遮る様に縁は微笑んで有人の袖を掴み、年端の行かぬ女の子の様に無邪気にぐいぐいと引っ張る。元々目を奪われるくらいの美人、その上天然魔性を備えた特有の可愛らしい仕草、

おまけに何処か言い淀むような言葉―吸い込まれるように

 

「それに・・何ですか?」

 

 

有人は言葉の続きを促してしまった。・・正直「私も貴方が来てくれて嬉しいから」とでも言ってくれたら嬉しい。

 

 

が―

 

 

「よかったら私を私の部屋まで案内して送ってくれるかな~~♪いっつも自分のお部屋の場所を忘れちゃうの。私」

 

 

「・・・。解りました。行きましょう」

 

露骨ながっかり感と脱力感に有人は断る気力すら失った。

 

 

 

十分後―現在

 

「ゆ、縁さ~~ん!?」

 

―どうどうどうどうどう!!

 

マンションの部屋に着いた後、妹を強制的に起こそうとずんずん進撃する縁の制止をしながら有人が絢辻の部屋までの廊下を縁に引きずられるようにしていると―

 

バガン!!!

 

いきなり絢辻の部屋のドアが廊下を遮る様に勢いよく開いた。

ドアの前にかかった「つかさちゃんのお部屋❤」と明らかに姉の縁が書いたであろう手作りくさい立て札が振り落とされんばかりに勢い良く揺れ、有人は思わず「おおっ!?」と、ビクッとする。

 

 

 

「来ないで!!!」

 

 

 

廊下を塞ぐように開けられたドアの向こう側から鋭い制止の声がし、同時にドアの横からにょっきりと人形劇みたいに絢辻の左手が人差指を立て、今すぐにここから立ち去る様にしきりに激しい動作で有人と縁を制止、牽制する。が―

 

「や~っと起きた!つかさちゃん!ゆうと君が来てくれたわよ~」

 

「~~~~~!!!・・!・・!・・!!!」

 

その姉の能天気な声に苛立たしさが極限になったのであろう。絢辻の左手が見事に中指を天に向けた「F○CK!!」の形になった。

 

「ま!つかさちゃんたらはしたない。お客さんに対して失礼よ~?」

 

「いや、アンタにだよ」と、思わず言いかけながらも有人は泣きそうな口調で必死に縁に退陣要求する。「殿!お願いですからここはお引き下され!!」的な。

 

「ゆ、縁さん。戻りましょう!ほんと!ほんっっっっとお願い!」

 

ぶぅ、と唇を尖らせて尚渋る縁の背を玄関の方向へ押しながら有人は振り返り、

 

「お、お邪魔しました!絢辻さん!ホント、ほんっっとごめん!!」

 

絢辻の手に向かって泣き笑いに近い心持でそう言った。が―

 

――!あ・・。

 

 

「・・・。・・・!・・・!」

 

 

有人の目に映った今度の絢辻の手は掌を一杯に広げ、何かを軽く叩くような動作で小刻みに上下に振っている。彼女の意図する答えは有人にすぐに解った。

 

 

 

―待ってて。すぐ行くから。

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・~~~~~っ!!」

 

いらいらいらいらっ・・・!

 

三十分後、身なりを整えた絢辻はなかなか自分の階まで来てくれないマンションのエレベーターを放棄し、階段で駈け下りた。苛立たしげにマンションのエントランスの自動ドアをこじ開ける様にしてすり抜け、河川敷へ駆けだす。

河川敷に絢辻が躍り出た瞬間、冷たい風がぶわっと強く吹き、絢辻の長い髪を浚う。

 

「・・・っ!・・・。」

 

一瞬目を塞いで髪を右手で支え、整えながらゆっくりと瞳を開ける。本当にいい陽気だ。

 

 

―・・・?―!・・・!?

 

そして探す。

 

まだ今日は正式には顔を合わしていない。顔を合わさないどころか、まともに会話もしていない。指だけで必死に会話した「つもり」だ。実はまだ絢辻には「実感」が無い。

 

ひょっとしたらさっきの部屋の前でのやり取りは自分の願望が引き起こした勘違いの産物だったんじゃないか?―そう思った。

 

―・・・だって仕方ないじゃない。

今日ここに来るはずのない、居る筈のない、・・会いに来てくれるはずもない「あの人」がまさか・・・。

 

でも―

 

「・・・・!」

 

―――あ。

 

あ。

 

あ・・。

 

 

彼女の瞳はキッチリととらえてくれた。目の前の嬉しい現実そのものを。

 

 

―ほら。大丈夫よ。よく見なさい?・・良かったわね。・・・私。

 

 

そう優しく語りかけるように。

 

 

 

 

犬と戯れる姉の前に、何時もの茶色い跳ねた頭を風になびかせながら微笑む何時もと違う普段着の少年―源 有人の姿を絢辻の見開かれた丸く大きな水晶の様な瞳が水面の様に映す。

 

それが不意に中心から水面に「波紋」が立つ。「波紋」は中心から円形に拡がっていく。

ゆっくりと・・外へ、外へ。

 

そして次第に重力に従い、落ちていこうとする。絢辻の瞳から「何か」が零れそうに、溢れそうになる。

 

―・・・。ふふっ。

 

其の「何か」を絢辻は瞳を閉じ、瞼で蓋をする。「何をしているんだか」と自嘲の笑いを浮かべて腕を組み、歩み出す。

 

 

「・・。こんな所で何やっているのかしら?天下の創設祭実行委員サマともあろうものが」

 

 

呆れたように両手を腰に当て、座っている少年に向かって今日初めて少女はそう呟いた。

その声に少年―有人は視線だけ背後の絢辻に向け何時ものような苦笑いをして

 

 

「・・。委員会クビになっちゃいました・・」

 

 

こう言った。

 

「・・何ソレ。何かやっちゃったの?」

 

「みたい」

 

「・・・。ははっ」

 

「と、いう訳で・・俺ヒマですので・・その・・何て言うのか・・」

 

「・・何かしら?」

 

 

「遊んで?」

 

 

「・・・。仕方ないわね」

 

呆れた顔を一度自分の視線の足もとへ移し、一瞬くくっと笑った後、絢辻は美しい顔に満面の笑みを浮かべてそう言った。他でも無い彼の笑顔に向けて。

 

 

 

―・・貴方は気付きもしないでしょう。今や貴方のその表情が、微笑みが私の世界にどれ程の影響を及ぼしているか。

 

今日が何月何日なのか。

 

今日が世間にとってどういう日なのか。

 

今日がどんな日和であるか。

 

 

・・もうそんなことはどうでもいいの。

 

貴方がいれば全て埋まる事だから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ・・確かに載ってないわね」

 

絢辻は先日、有人が手渡された実行委員の創設祭当日の作業分担の資料とスケジュールを確認しつつそう言った。確かに有人の名前が無い。

 

「・・。『戦力外通告』か・・。貴方も大概大したこと無いわね~」

 

「・・・」

 

「でも確かに見事な役割分担だわ。黒沢さんのこと正直ちょっと見なおしたかも。特に源君を外したとこなんかホントファインプレイだと思うわ」

 

「・・・」

 

「うん!これなら多分本番も大丈夫ね!源君なんか居なくてもきっと大丈夫!あ~あ・・これで私がいればさぞかし完璧な創設祭になったでしょうね・・」

 

絢辻は太鼓判を押して資料を「戦力外通告」された有人につっ返す。ニヤニヤと悪戯な笑みは相変わらずである。

 

「絢辻さんに太鼓判を押してもらえて俺も安心だよ・・・」

 

複雑そうな顔で資料をしまいながら有人はそう言った。その彼の顔を見て絢辻はまたくくっと笑い、座りながら「う~ん!ぷはぁっ!」と大きな伸びをして気持ちよさそうに蒼い空を仰いだ。

 

「・・・。やっぱり絢辻さんは心配してくれていたんだね」

 

「・・え?」

 

「創設祭・・っていうか実行委員の皆の事」

 

「・・・」

 

―・・・。相変わらず目ざといわね。貴方は。

 

隣に立っている少年の質問に少し諦めたような表情で絢辻は薄く笑ってあっさりと

 

「うん。当然でしょ。・・よかった。それを見る限り大きな妥協点もなさそうだし」

 

そう言って素直に認めた。同時何処か心もとなさそうに絢辻は両足を抱えて神妙そうに隣の有人に向けてこう呟く。

 

 

 

「・・。ねぇ源君?」

 

「ん~~?」

 

「皆さ・・後悔すること無くやり通せたと思う?」

 

―私が・・私が創設祭の実行委員にいた意味はあったかな?

 

絢辻は言外にそう言い含め、珍しく不安げに聞いた。

 

「うん!きっと!」

 

ふっ切る様に曇りなく、有人はきっぱりそう応えた。

 

―それを君に伝えるために俺は多分ここにいると思うから。

 

「・・。そ」

 

―ありがとう。

 

その言葉を絢辻は飲み込み、変わりに少し照れくさそうに笑った。

 

 

 

「・・絢辻さん?」

 

「ん?」

 

「よかったら・・俺と一緒に明日・・行かない?」

 

「・・・!」

 

絢辻は丸い目を更に大きく見開いた。

 

「い、『行く』って?」

 

「え・・!?あ、い、いやその?」

 

「ちゃ、ちゃんと主語入れなさいよ・・が、学校でしょ?創設祭でしょ?」

 

「そ、そうそう、『学校の創設祭一緒に見に行こう』ってこと!」

 

「・・・」

 

何だろう。安心したと同時に何だ?この苛立ちは。内心舌打ちしたい気分だ。ま、かといって創設祭以外に明日一体どこに連れてかれるのか、と考えると絢辻は思わず閉口、思考停止してしまう。

 

「あ、絢辻さん?」

 

「・・・!?な、何よ!?」

 

「う・・」

 

「あ・・」

 

有人の怯えた様な顔に絢辻は顔を真っ赤にして視線を逸らし、必死に心根を仕切り直す。そしてようやくこう言えた。

 

「いいわよ・・別に」

 

「ほ、ホント?」

 

「嘘は言わないわ。・・はい!!それ以上言わない!『俺となんかでいいの?』とか言いだしたら私の気が変わっちゃうかもしれないんだから」

 

「あ」

 

「・・・」

 

―・・。言うつもりだったわね・・。このヘタレが。

 

 

 

 

「ふぅ・・大事な日あげるんだからちゃんとエスコートしてよね」

 

大きくため息を吐いてそう言いながら絢辻は立ちあがり、パタパタと長いコートを掃う。そして思わずパタパタと顔を無意識に手で仰いでふぅふぅ息を吐いた。。

 

―・・。何?・・なんでこんな今日暑いのよ?異常気象?

 

「12月23日の本日の日中の最高気温は上がっても7度程度でしょう。厚手のコートを手放さないでくださいね♪」と、お天気キャスターのお姉さんは言っていたが。

でも絢辻は暑い。熱い。

 

原因は解っている。解りきっている。異常なのは気候じゃない。異常なのは確実に―

 

―・・あたしだ。

 

 

「~~~~!!ウル!おいで!!」

 

 

絢辻は突然叫んだ。

 

・・・?・・・!ワン!!

 

姉、縁と戯れていたゴールデンレトリバー―どこの家の子か解らない為に便宜上、縁に「ウル」と名付けられた犬は思いがけない絢辻妹のお誘いに全開で尻尾を振って走り寄って来た。そんな彼を前にして絢辻は軍隊の様に規律正しくビッビッと指示を出す。

 

「はい!お座り!お手!おかわり!!」

 

高圧的、威圧的な絢辻の号令にも呼んでもらった嬉しさが勝るのか「ウル」はきびきびとそれに従った。

 

「あらら。お利口さんね~?頑固で口応えばっかするどっかの誰かさんとは大違いだわ~良いコ良いコ♪」

 

「え!?」

 

―・・。え!?それひょっとして俺?

 

「あ~んずるい!つかさちゃん!?ウルは私の子よ?」

 

妹とウルのやり取りにずれたクレームを縁が出してくる。

 

「・・!?」

 

―いいえ違います!「ウル」は貴方の知らない何処かの家の子です!そもそも名前自体「ウル」じゃないはずです!

 

絢辻姉妹の双方に有人は心の中で即突っ込みを入れた。

 

「ほら!いくわよウル!着いてきなさい!」

 

「あ。ちょっと待ってよ。ウル!つかさちゃ~ん!」

 

駈け出した絢辻に続き、ウルは尻尾振りながら全く逡巡すること無く駆けていく。それを口を尖らせて見送りながら縁は

 

「むー・・何でぇ?ウル?酷いわぁ・・」

 

と文句を言う。

 

「・・・」

 

―多分妹の方が「まだ常識が通じそうだ」と思ったんだろうな、あの犬。

 

有人は内心一人納得した。ま、「どっちにしろ」姉も妹も一癖も二癖もある姉妹であるが。それをあの犬が知る日もそう遠い将来ではないだろう。

 

 

 

数分後―

 

「あっと・・、・・絢辻さん!」

 

ひとしきりウルと遊ぶ絢辻姉妹の姿を眺めた後、有人は思い出したように本題―明日の予定確認の捕捉の為に絢辻に声をかけた。が―

 

 

「「何?」」

 

 

有人の呼びとめに何故かその「絢辻」の返答はエコーする。

 

「・・え?」

 

「・・え!?」

 

―ちょっと何で貴方が反応してるのよ!?

 

という顔を絢辻は姉―縁に向ける。しかしそんな妹の内心のクレームにも姉―縁は構わず

 

「ん~?私もつかさちゃんも『絢辻』なんだけど・・ゆうと君・・今一体どっちを呼んだのかしら~~?」

 

と、また不思議そうに顔を傾けて有人に語りかける。

 

「え?そりゃあ・・」

 

 

「駄目よ~ゆうと君。私達は姉妹なんだから同じ名字なのよ~?解るように名前で呼ばなきゃ~」

 

 

「・・・・!???」

 

―こ、この女!一体何を!?

 

ボンっという音が聞こえてきそうなほど沸騰し、唖然と立ちつくした絢辻妹を尻目に能天気に姉―縁は尚も続ける。

 

 

「さ~て~?ゆうとく~~~ん?どっちかしら~?私~?それともつかさちゃん~?」

 

 

「・・・」

 

―・・意外だ。結構イジワルなんだな。縁さん・・。さすが絢辻さんのお姉さん・・。

 

今回は彼女お得意の天然ボケで無く、確実に意図していた言葉である事が縁の満面の笑みから解る。少しの間言葉を失っている有人はちらりと妹の方を見る。

 

「・・・」

 

―・・・。

 

流石の絢辻も顔を真っ赤にして絶句していた。心配そうに足元のウルが絢辻を見上げている。

 

「・・・。その」

 

「・・・」

 

 

 

 

「・・詞・・さん?」

 

 

 

 

「・・はい?」

 

「明日の集合場所は校門前の桜坂でいいか・・な?時間は六時でいい・・?」

 

「う、うん!」

 

「うん♪良く言えました!ざんね~ん。ゆうとくん私を誘ってくれたわけじゃないんだ~」

 

二人のやりとりを見届けて心底残念そうじゃない、してやったりな声で縁は嬉しそうに笑った。そしてこう付け加える。

 

 

「ゆうと君。・・・つかさちゃんの事をお願いしますね?」

 

 

 

「・・・・っ!~~~~~!!」

 

縁のその言葉に有人が応える前に絢辻・・詞は駆けだした。ウルもそれに続く。

 

 

「つかさちゃ~んあんまり焦って走ると転ぶわよ~」

 

その姉の言葉にも振り向きもせず走っていく。

 

「は、ははは・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「有人君・・貴方はよく笑うコね」

 

河原に腰をおろし、何時もより楽しそうにはしゃぐ妹の姿を眺めながら縁は隣にいる有人にそう語りかけた。

 

「あ~多分、・・そういう性分なんじゃないかと」

 

「『性分』か・・詞ちゃんもそうだったな。よく笑う子だった」

 

「・・。そうなんですか?」

 

「ええ。私よりもね」

 

「へぇ・・」

 

失礼ながら意外さを隠す事が有人には出来なかった。

 

「・・。近くにいる人の笑顔が自分にも張り付いちゃう子なのよ。詞ちゃんは。素っ気ないように見えて人が笑ったり、嬉しそうにしていたり、微笑むのを見るのが何だかんだ言っても好きなんでしょうね。きっと」

 

「・・・」

 

「だから・・あんなにたくさん頑張る事が出来るんだと思う。詞ちゃんはきっと否定するだろうし怒ると思うけど。・・『詞ちゃんは人の幸せを見る事が何よりも好きなのよね~?』・・なんて言っちゃうと」

 

「・・」

 

―確かに。裏ではボロクソ言うけど絶対についてきてくれた仲間を見捨てないもんな・・絢辻さん。

 

それは創設祭委員会の皆の事を心から想っていた事をさっきの絢辻の言葉からも容易に読みとれた。そう考えると昨日創設祭の準備が終わったあの瞬間の創設会やその関係者の多くの皆の安堵や喜ぶ表情が見られていたら相当絢辻は嬉しかっただろうなと考えると有人は思わず少し胸がつまる。そんな僅かに曇った有人の表情を見て縁は切りかえる様に明るくこう言った。

 

「・・おっと~~!あんまり喋りすぎちゃうとまた詞ちゃんに怒られちゃうわ。有人君にも迷惑かかるわよね。いっつも聞かれるでしょ~?『あの人と何を喋ったのって』」

 

―・・「あの人」

 

姉である縁自身も自分が血を分けた妹に他人行儀にそう呼ばれている事を知っているのだ。

 

「お姉ちゃん」でも「姉」でもなく「あの人」。

 

世間的に他人に自分の家族の事を敢えて他人行儀にそのように呼ぶ事が全くない訳ではないにしろ、絢辻のここまでの徹底ぶりに有人も流石に感じ入る事はあった。が、

 

「・・ええ。正直結構毎回解答に困ってます」

 

有人は聞きたい事を全て飲み込んで笑い、そう言った。

 

「・・ふふ♪・・でしょうね」

 

 

 

その時であった。

 

 

「いやぁあああ~!!!」

 

 

二人の少しシリアスな会話を吹き飛ばすような悲鳴が辺りに響き渡った。

 

「・・・!?絢辻さん!?」

 

「つかさちゃん!?」

 

 

有人、縁の二人が駆け寄るとまるで足に根が張った様に不自然に立ちつくす絢辻がそこにいた。ぎりぎりと奥歯を噛みしめる様な悔しさと恥辱が入り混じった顔が何ともいたたまれない。対称的に足元を跳ねまわる犬―ウルはきゃんきゃんご満悦の表情だ。

 

「こんの駄犬っっっ・・!!」

 

絢辻は何処の犬か解らないウルを殺しかねない目で見ていたが、ウルはそんな絢辻を見てさらに嬉しそうに尻尾を振って跳ね回る。

 

ボクを見てる。ボクをじっと見てる。嬉しいな♪嬉しいな♪

 

とでも言いたげに。Mっ気が非常に強い犬だ。ただ絢辻と一緒にいる上では少し参考にしたい所もあるぐらいの図太さではある。縁に調教されたのだろうか?

 

―・・ああ~~なるほど~~。

 

何にしろ有人は状況を瞬時に理解した。何せ絢辻の足元をうろつくウルの様子と不自然に固まったままの絢辻の右足の真っ白なソックスに不自然な黄色がかった液体がかかっていたのだから。

ここら一体の河川の水質は市の地道な努力によって年々改善傾向にある。まかり間違ってもこんな色で靴下を染める程の有機物は含まれてないだろう。

つまりこれはウルの「アレ」である。

 

「やられたね・・」

 

―お気の毒です。絢辻さん。

 

「・・・く~~っっっ!!」

 

有人のその言葉に悔しそうに絢辻はさらに歯を噛みしめた。

 

「一体どうしたの・・?つかさちゃん?」

 

「・・おしっこ引っ掛けられたんですよ」

 

この馬鹿丁寧に端的に主語を省いた有人の台詞が仇になった。

 

「ええ!?誰に!?何処にいるのその人!?トイレに案内してあげなくちゃ!」

 

天然絢辻姉―縁。本領発揮。

 

「あ、あ、あ・・!!」

 

絢辻妹は顔を真っ赤にして目を見開き、有人の失言を全身全霊で咎めた。

 

―あぁああ、しまったぁ!

 

有人は内心、「某探偵風」に頭を抱える。

 

一連の修羅場の後、絢辻を宥め、縁に懇切丁寧に説明し、誤解を解く。常識人の絢辻がいるのに何故ここまで自分だけが苦心しなければならないのだろうか?その貧乏クジさを有人は改めて嘆いた。が―

 

「ふーん。『うれション』かぁ・・ウル・・私にはそんな事してくれたこと無いのに・・羨ましいなぁ・・つかさちゃん」

 

「・・」

 

―お願い。ホント黙って。

 

「・・」

 

―お願い。ホント黙って。

 

流石にその縁の一言には有人も絢辻も一言一句間違いなく、言葉にならない苦言を内心呈した。

 

 

 

 

 

 

 

「・・・それじゃあ俺はそろそろ帰ります。休みの日に起こしちゃってごめんね」

 

「いえいえ~♪大してお構いも出来ませんで~~」

 

「・・・」

 

―貴方には言ってない・・。

 

うんざりとした表情をしながら絢辻は能天気な姉をぶぎゅると片手で押しのけるようにして一歩前に出た。相変わらず姉との会話は極力避ける傾向にある妹である。ここまで性格が違えば中々会話も成り立つ物ではないのだろうか。それともある意味で似通いすぎているのだろうか?この姉妹は。

 

「とりあえず・・源君?わざわざ来てくれて有難う。そして明日のお誘いに関しても・・。・・ありがと」

 

有人に向き直り、正式に絢辻はお礼をちゃんと有人に言ってくれた。・・語尾はやや尻すぼみであったが。

 

「うん。・・俺らも来年は受験生だしね。今年ぐらいはゆっくり楽しもうよ」

 

「・・そうね。ま、私にかかれば来年のこの時期だろうと一日二日ぐらい休んでもどうって事は無いでしょうけど」

 

「・・確かに。今の一年生の実行委員の子達が来年の創設祭を主催するって考えたら行ってみたくなるよね。正直数も質も今年の俺らの代の比じゃないよ」

 

「・・・」

 

「下が優秀だと上は気楽でいいよね♪」

 

「・・・」

 

―時折嫌な所を見透かすのよね。このヒト。

 

少し溜息と困った顔をして絢辻は「かなわないわね」と珍しく白旗を挙げた表情をして笑った。有人も珍しく悪戯そうにつられて笑う。

 

「・・じゃ、明日はせいぜい遅れない事ね?私そんなに長々と待つつもりないから。もし遅れたら・・そうね・・行く先々の人達に泣きつこうかしら。確か・・梅原君、国枝君、水泳部の手伝いで杉内君、茶道部で茅ヶ崎君に桜井さん辺りは来る事決定しているはずよね?あ、貴方のお兄さんとその彼女の沢木さんも来るかもね~?」

 

「・・恐ろしく的確にメンツを知っているね・・」

 

「悲しい顔をして私その人達に叫ぶの~~。『源君にすっぽかされた!もう誰も信じられない!』って。うわ~貴方友達無くすわよ?」

 

「・・。俺を学校に居られなくする気満々だね」

 

「そ。それほど私を誘うという行為は見返りが大きい分リスキーなの。ザ・ハイリスクハイリターン!!」

 

「ははは・・そうだね。・・・ん・・リターン?見返り?」

 

「・・!!!ほおぉ~?そこを疑うなんていい度胸しているわね~~?」

 

「いや、そういう意味じゃ・・痛い!」

 

有人はまるで女の子の様な声で悲痛な叫びをあげ、蹴られた自分の脛をさすった。相変わらず絢辻は人体の急所を心得ている。

 

「あイタタタ・・」

 

「・・・はぁはぁ」

 

―ふー危なかった。いけないいけない。どーもこの人を前にすると喋りすぎちゃうわ。

 

絢辻は内心、自分のつけ込まれかねない失言を強引に握りつぶして安堵した。同時一瞬少し顔を赤らめながら視線を逸らす。

 

 

 

―・・ま。それなりに「リターン」はしてあげるつもりではあるけれど。

 

・・「ご褒美」はあげないと、ね?

 

 

 

 

「・・絢辻さん?どうかした?」

 

「何でも無いわよ」

 

 

 

 

 

「ま、来年も源君が滞りなく平和に学校生活を送りたいのであれば明日は必死に頑張ることね」

 

「・・。そのつもりだよ。来年もまた来たくなるぐらい楽しもうとは思っているつもりだから」

 

「・・・。来年も・・誘ってくれるの?」

 

「絢辻さんが望むなら。それも明日次第でしょ?」

 

「・・そうね。来年も、・・ね」

 

その時心なしか絢辻、そして後ろでその話を聞いていた縁の表情が曇った様に感じたのを有人は覚えている。

 

「・・・?どうかした?」

 

「え」

 

「やっぱり何だかんだ言っても受験シーズンは迷惑かな・・?」

 

「・・。さぁ?そんな先の事は私にも解らないし?こっぴどく断られる事も覚悟しといてほしいかもね」

 

「そっかぁ・・」

 

有人は頭を掻いた。

 

「とりあえず・・明日は楽しみにしているんだからちゃんとエスコートしてよね」

 

 

 

―・・・。

 

なんだかんだ言ったけど・・今は先の事なんてどうでもいいの。貴方はともかく「私は」ね。

 

・・今この時が大事なの。

 

貴方がくれたこの「貴方がいる日常」

 

今はそれを

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

覚えていたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

握りしめて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




「じゃ・・また明日ね」

「うん。縁さん、ウルも。また」

「ええ、また遊びに来てね~待ってるわ」

わん!

有人の瞳の中―二人と一匹。その中心で絢辻は微笑んでいた。

気が強く、意地悪で、意地っぱりで、しかし誇り高く、知的で、優秀で、努力家で、
反面繊細で、人情に厚い。

そして何よりも、誰よりも優しい少女。


絢辻 詞―

有人にだけ心を開いてくれた、心根を見せてくれた少女。

微笑んでいた。冬の澄んだ蒼い空の下、心地よい風に吹かれ、長く美しい黒髪をなびかせながら。













その姿が。










有人が見た最後の「絢辻 詞」だった。














「やっぱり・・似てるわ・・有人君」

「・・・」

「詞ちゃん・・?」

「・・がう・・・」

「詞ちゃ―」




「違う!」




「詞ちゃん・・」





この日初めてこの姉妹がまともに会話した瞬間だった。
とても短く、


とても悲しい会話だった。

























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