ぐれほわSHARK・T   作:GREATWHITE

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12月24日 吉備東高創設祭当日―



PM7:45 水泳部おでん屋台前にて

「う~さむさむ」

「先輩もどうですか?温かいお茶です」

少女―七咲 逢はパイプ椅子に座りながら既に酔いつぶれ、泣き上戸で口々に日々の教師という職業への愚痴、そして絢辻に対する「うえぇぇ~~ん絢辻さ~~んごべんなさ~~い。駄目なセンセイをゆるじて~~」・・・等の懺悔を七咲に赤裸々に吐露している2-A担任、高橋 麻耶の面倒を見ながら替わりに水泳部のおでんの屋台の店番をし、寒そうにしている水泳部助っ人少年―杉内 広大に注いだお茶を手渡す。

「ありがと七咲・・。・・。ふーあったまる」

「・・ふふ」

―・・楽しいなぁ。この人を塚原先輩に預けるまでは・・・どうかこのままで。

そんな切ない感情を七咲という少女は抱えたまま、ホッと冬の空に息を吐き、「楽しいな。七咲♪」と何も知らずに無邪気に笑う杉内の横顔を見ていた。その杉内の視線が―

「・・・。ん?」

突如前方に怪訝に見開かれたのを七咲は認め、彼と同じ視線の先に焦点を絞る。

「・・?どうかしましたか先輩?・・・あ」

―あれ・・?あれは・・




その約一時間前―

吉備東高校門桜坂にて


「~♪」

鼻歌交じりで桜坂を下りながら癖毛の少女―棚町 薫は水泳部のおでんが入った袋を満足そうに見つめ、微笑んだ。

「・・ふふん~~♪」

―さ~て、そろそろ戻ってやるか・・衛奈ちゃんも待ちくたびれてるだろうし。アイツも・・そろそろ起きた頃かな。

この日の為のとっておきの一張羅、気合いの入りまくった彼女の姿を見て、水泳部のおでん屋台を手伝っている杉内は冷やかすような、そしてその隣に居た少女―七咲は勇気づける様な笑顔で見送ってくれた。そして・・親友の田中恵子にも励ましてもらった。
もう怖いものなんて無い。後は全力でぶつかるだけだ。

―大丈夫!今のアタシなら・・。

左手におでん。右手にはケーキを抱えた両手を一旦全開放してパンパンと両頬を叩く。
乱雑にしたことでクリスマスケーキの苺の位置がほんの少しずれた事など今の彼女は知る由も無い。

―う~それでも緊張するなぁ・・。

両頬を抱えたまま箱の内部でずれた苺と同じように、ぶれる心根と赤く染まった顔と暫く格闘していた時だった。

―ん~・・?あれ・・?


その一時間半後

茶道部お茶会の会場にて―

「ぬ・・?」

「わととととと・・・智也~・・いきなり止まらないで~」

「あ、悪い」

茅ヶ崎 智也は大荷物を抱えたまま、急に立ち止まり、怪訝そうな声を出した。その後ろに続き、その半分くらいの荷物を抱えた少女―桜井 梨穂子は前に立つ大きな背中を持った幼馴染を見ながら首を傾げた。

「・・・?どうしたの?」

「いや・・すまん。何でも無い。・・・?」

「む~そんなカオで『何でも無い』はないですよ~智也~~?」

少し口をとがらせて桜井は拗ねるように言うと

「・・。あれ・・」

その桜井の態度には相変わらず素っ気なく何ら反応せず、荷物で埋まった両手の替わりに軽く首を振って茅ヶ崎は自分の目線の先を桜井に伝えた。

「ん~?・・あ。あれって・・?」





「「「絢辻・・・さん?」」」









ルートT 二十章 落日

 

 

 

 

 

 

 

 

 

21 落日

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「五時・・か。でももう随分暗いな」

 

腕時計を見、有人は自転車を押しながら繁華街を歩いていた。クリスマス用にイルミネーションを施された街路樹を見に来る人間は数多い。この時間この通りで自転車を漕ぐのは少々危険な事から有人は愛車から降り、しばしこの風景を周りに居る人間と共に楽しんでいた。その時―

 

 

「わっ!!」

 

 

「っと!・・大丈夫?」

 

キュッと愛車のロードバイクのブレーキを止め、前輪の近くを有人は覗きこむ。

そこにはきっとはしゃいでいたのだろう。前を見ずに危なっかしく走っていた五、六歳くらいの兄妹らしき子供二人が背後の有人のブレーキ音に驚いたのかびっくりしてしばらく固まっていた。

 

「こら!す、すいませんお兄さん」

 

人混みを掻きわけるようにしてその二人の母親らしき人が走りより、兄妹を一瞬諭した後、有人に謝罪の目を向けた。

 

「いえ・・こちらこそ」

 

「すいませんホントに。コラ!お兄さんに謝りなさい!」

 

「ご、ごごめんなさい」

 

あわあわして言葉が出ない妹を前に、兄としての自尊心ゆえか男の子は怯えながらも上目遣いで有人を見、きちんと謝ってくれた。

 

「ううん。こちらこそ。怪我が無い?・・はしゃいじゃう気持ちは解るけど前はちゃんと見たほうがいいゾ」

 

その言葉に素直にこくんと頷いてくれた兄妹二人共に有人は何時も通りに微笑んだ。

 

 

そして一通りの謝罪の後、子供の母親が広大の自転車を少し見て

 

「あの・・吉備東高の学生さんかしら・・?」

 

有人のロードバイクに貼られた吉備東高通学許可のシールで判断したようだ。一応自転車通学の許可登録はしているが有人は基本通学では自転車を利用しない。知り合いのほとんどが徒歩通学でそれに合わせて最近はもっぱら徒歩で登校している。

 

「・・?ええそうです」

 

「やっぱり!あ、ごめんなさい。今日の吉備東の創設祭・・私達も主人とこの子達との食事が終わったら皆でお邪魔させて貰おうと思っているの」

 

「そうなんですか?是非来て下さい!」

 

「じゃあ貴方もやっぱり・・?ふふ・・会場でまたお会いできるかもしれませんね・・よかったね?このお兄さんと後でまた会えるかもしれないわよ」

 

母親は子供達に向かって嬉しそうにそう呟いた。

 

 

 

 

「・・今年は色々あったみたいだけど・・無事に開催できる事になって本当に良かったです。この子達も楽しみにしていましたから」

 

その言葉に母の右手、左手それぞれに兄妹はぶら下がりながら頷いた。

 

「それも生徒の皆さんが頑張ってくれたおかげね。有難う」

 

「いえ・・そんな。俺はその・・『帰宅部』・・ですし。大したことはしてませんよ」

 

流石に「クビになった」とは言えない。少しもどかしい所だがでもそれでも今年は自分なりに頑張った自負が有人にはある。だから兄妹の母親の言葉は純粋に嬉しかった。

自分達のやってきたこと、そして絢辻のしてきた事が間違いでない―その証拠が目の前に、そして今から会場でもきっと見る事が出来る。沢山の人がきっと今年も来ているはず。

それを想うと嬉しかった。

 

親子に別れを告げる。兄妹は有人に向かってぶんぶん手を振りながら

 

「お兄ちゃん・・また後でね!」

 

と言ってくれた。

 

―会場で落ち着いたらこの親子を絢辻さんと二人で探そうかな?

 

有人はそう思って笑い、再び愛車を引いて歩きだす。

 

 

 

こんな穏やかな時間であった。

 

 

 

・・全てが急激に動き出す瞬間を直前に控えたその時は。

 

 

 

 

優しい母親とその子供たちとのささやかな出会い。この出来事が有人の脳裡に永遠に焼きついた。

 

 

 

・・・「落とし穴」などどこにでも口を広げている。そしてそれは時に何の兆候も予兆も無く訪れる。人の都合など、その日がどれ程大事な日であろうとも全く関係なしの理不尽な不可避のものとして。

 

 

 

「ちょっと!ちゃんと前見て!ほら!赤!赤だって!?」

 

「あ!?聞こえねーって?」

 

「危ないって言ってんの!!」

 

 

爆音が迫っていた。

 

 

別に信号が青に変わるのを待ち焦がれるほどはしゃいでいた訳でも無い。

正直有人は落ち着いていた。周りがこの師走の、そしてクリスマスという年に一度の祭典故に浮かれ、足早に動いている中でも自分のペースを変えず、信号が青に変わっても一拍待って歩きだせるほどに。

そんな彼の何気ない日常に異質で不躾、そしてあまりに理不尽な非日常がずるりと浸蝕しようとしていた。

 

 

 

「・・・きゃあああああああああ!!!????」

 

 

 

爆音と唐突なヒステリックな頭の悪そうな女の悲鳴がどんどん近付いてくると思ったとほぼ同時の時間―

 

 

 

――――!!!!?????

 

 

 

有人の視界は空転。

 

 

―・・・・え?

 

 

彼の愛車のロードバイクの部品が煌びやかに装飾された街の光を纏ってキラキラと舞いながら粉々に砕け散る瞬間を有り得ない角度のままスローモーションで眺める自分の目がまるで他人事のように感じられた。

 

 

・・・・どさぁっ!!

 

 

しかし宙から叩きつけられた衝撃は決して他人事の「痛そう」ではなかった。

何も考えられなくなるほどの実感を伴った「痛い」であった。

 

「うぃっつ・・・!!!!!てっ・・・・つぁっ・・!!!あっ、かはっ・・・!」

 

吹き飛ばされて四メートル以上宙に舞い、背中から勢いよく叩きつけられた呼吸困難は容易に彼の背中から胸を貫通しかねんばかりの激痛を放つ。閉じた目を薄く開こうとしたが目が開かない。否、目は実際開いていた。でも有人自身が「目が開いた」と実感出来なかった。何故なら何も見えなかったからだ。

 

 

 

 

パァアアアアアッ!!!!!

 

 

 

 

彼の目にフロントのハイビーム、そして耳を劈くけたたましいクラクションの音が情け容赦なく突き刺さっていた。

 

もう一つの衝撃と摩擦で炎が出そうなブレーキ音と共にまた有人の目の前は―

 

 

 

 

 

暗転。

 

 

 

 

 

 

 

―・・・?

 

それからどれくらい時間が経ったのか。一時間か・・いや実は一秒も経ってない時間かもしれない。有人の時間の感覚はマヒしていた。

有人はうつ伏せの自分の顔を伝う「妙な液体」に意識を起こされた。

 

 

―え・・?冷た・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・赤い。

 

 

 

 

 

 

 

 

それが有人の全身を浸すぐらいの範囲に広がり、その広さはまだゆっくりと、しかし確実に広がっている。それにどんどんと彼の体温が奪われていく。まるでその液体に体温が吸い込まれていくように。

 

 

 

一目で解る。

 

 

 

 

 

 

致死量だ。

 

 

 

 

 

 

―っ・・・・。

 

それをまるで他人事のように、取るに足らない事のように。有人は笑った。

そして眠る様に―

 

 

 

 

― あ や つじ さ、ん  

 

 

ご、 めん。

 

 

 

 

意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

吉備東高正門に続く道―桜坂にて

 

「・・・」

 

腕を組みつつ、細い手首に巻かれた腕時計を覗き、少女は時間を確認する。

 

 

―「あの人」はまだ、・・みたいね。こんな日に私を待たせるなんていい度胸してるじゃない。

 

などと内心思いつつも、

 

―・・まぁそりゃあ流石に早すぎるでしょ・・私。

 

と、どこか自分に呆れている自分が居る絢辻 詞だった。現在の時刻は四時半。有人が指定した夕方六時の集合時間のまだ一時間半前である。

 

 

事前の準備や用意に関して自分程要領のいい人間は中々いないと絢辻は自負している。

正確なタイムスケジュールを元に定刻までに周到な準備を完成させる事において彼女は絶対の自信を持っていた。

しかし、この日は予定より早く準備をし始めてしまい、結果、準備を完了した後に膨大な空き時間を残してしまった。

 

否。「始めた」のではなく「始めてしまった」のだ。

結果、予定よりもあまりにも早く出来上がってしまった自分の「完成」の姿は予定が大幅に遅延し、時間ぎりぎりで滑り込みで完成した自分の姿よりもきっと滑稽だろうと絢辻は思う。

 

「・・・はぁ~~~っ」

 

まだ正午を過ぎたばかり、昼の一時にもなっていない時分―自室で、余りに気合いの入りすぎた「完成形」の自分の姿を鏡で覗きこみながら絢辻は大きくため息をつく。何事も遅すぎるのは困りものだが逆に早すぎてもそれはそれで時に滑稽なものだ。

彼女の人生の忙しいサイクル上、何時もは秒針が進む時間が早く感じて仕方ない場面がほとんどなのだが今日ばかりは―

 

―・・怠けてんじゃないわよ。サバ読んでんじゃないの?

 

絢辻よりも時間にきっちりしているはずの彼女の細い手首に巻かれた腕時計も絢辻の内心の追求に「ちゃ、ちゃんと働いてますって~~」と言いたげにいそいそ針を進めていた。

 

 

 

そして現在―

 

集合場所に来た現在時刻は四時半、これでも粘って時間を潰した方なのだ。その潰した約三時間の間にも色々な事があった。

 

―もういい!彼を呼びだして何かどっかで話でもしてたらすぐに時間になるはず!

 

と思い立ち、一度絢辻は自宅の電話の受話器を取った。しかし、番号をプッシュする直前でぴたり手が止まる。

 

―ん!?んん~!!?そ、そう言えば源君の電話番号って・・?

 

・・しまった。そう言えばクラス、そしてその他の知り合いの電話番号録を載せていたのは「あの」手帳だ。絢辻はがっくりとうなだれた。

 

―焼却処分しちゃったじゃない・・。私のバカ・・。

 

あの日は色んな意味、勢いで突っ走った日だったからな~と、絢辻は受話器を置きながら頭を掻いた。そしてあの日の記憶を少し反芻する。

 

勢いのまま有人の机、そして週刊誌に落書きしたり、人体模型を抱えて校内を疾走したり、

某スナイパーの如く遠距離から有人の頭部をサッカーボールで射抜いたり、誤解だと解った後、恥ずかしさのあまり逃げようとしたり、・・勢いで「貴方を私の物にします」と言ったり、

 

そして勢いであの手帳を燃やした日でもある。

 

その後勢いで・・・

 

―・・・・。

 

「・・・は!違う違う違う!今はそれどころじゃないでしょ!え~っと・・う~んと・・」

 

自分の記憶力には自信がある。絢辻はこめかみに人差指を当て、うんうん唸りながら

 

―思い出せ、思い出すのよ。所詮数字の羅列よ。この私に思い出せないはずはない!

確かあの人の住んでいる所は○○○で、番地は確か△△だから・・・・よし、まずこの番号で行ってみましょう・・。よし・・開始!

 

暇人絢辻は記憶も曖昧な有人の電話連絡先をほぼあてずっぽうで入力する暴挙に出る。

・・よい子は絶対に真似してはいけません。

 

 

『はいもしもし辻内です』

 

「あ・・ごめんなさい間違えました」

 

がちゃり。

 

―まずこれは消えたっと・・次

 

『お電話有難うございます。山崎屋です』

 

「あ、すいません・・番号欄をまちがえちゃったみたいで・・ごめんなさ~い」

 

がちゃり。

 

―次!

 

『もしもし?ひょっとして樹理か!?あの女とは遊びなんだ!愛してるのはお前だけだ!』

 

がちゃり!

 

―次!

 

『は~い。吉備東の撃墜王と呼ばれている「ミッキー」こと御木本久遠!聖夜の夜・・僕と一夜を過ごすのは君、かな・・・?』

 

がちゃり!

 

―次!

 

 

 

 

「・・・。はぁ・・私一体何してるのかしら・・」

 

―この私がまるで悪質な勧誘電話まがいの電話番号のローラー作戦なんて・・。

 

恥と自己嫌悪のオンパレードである。快く自分の暴挙を電話もとで許してくれた方々、本当に申し訳ありません、と、絢辻は謝った。

 

―・・まぁいいわ。時間も潰せたし、少し楽しかったし。

 

いつ彼が出るのか、何時「あの声」が聞けるのか。全く解らない。そもそも聞ける保証も無い。そんな無駄な時間だった。

 

「源」

 

そんなにありふれた名前ではない。電話帳で調べれば案外こんな苦労もせず、いずれ彼の家の番号にたどり着けただろう。でも絢辻は敢えてそれをしなかった。

 

―「自分が彼の元へ一足早く辿りつけるかどうか?」の運だめし。

どうやら空振りの様だけど、その間に永遠に近い様な待ち合わせまでの時間がちょっとは削れたし、気も紛れた。・・ま。良しとしましょう。

 

そして絢辻は家を飛び出した。まだ早い。でももう待てない。

 

 

 

 

そして現在―

 

―・・まだかしら。

 

やや日が落ち始めた桜坂で絢辻は彼を待っていた。

 

 

 

 

あの声を待っていた。

 

あの笑顔を待っていた。

 

それは・・

 

 

 

六時になろうとも

 

七時になろうとも

 

・・八時を過ぎようとも変わらなかった。

 

その代わりに

 

早く過ぎて欲しかった絢辻の時間は一転、逆に一分、いや一秒でも限りなく遅くなって欲しいと願うようになった。

 

何度も連絡した。今度は学校の最寄りのバス停付近の公衆電話から。記憶をまたうんうんと必死で振り絞って。

 

トライ&エラーの繰り返し。間違った電話先の相手への謝罪する自分の声が徐々に生気を喪っている事に気付きつつも愚直に絢辻は繰り返す。

 

 

「あの」声を。「あの」声を聞きたくて。

 

 

財布の中に予めあったテレホンカードの度数は切れ、十円玉も底をついた。だが幸いにも「候補」は減っていた。あの馬鹿な時間つぶしのお陰で。結果、確かに、待望の「あの」声は聞けた。最初の一声が、一言が聞けた瞬間に絢辻の瞳にぱぁっと光が宿る。

 

―・・・やった!

 

とうとう辿りついた。間違いなく「あの」声だ。今絢辻が求めて止まない彼の声だ。

 

 

 

『はい。もしもし源です』

 

 

 

「・・・!!!み、なもと君・・?」

 

 

 

『ただいま留守にしております。御用のある方は発信音の後にメッセージを・・・』

 

 

 

「・・どうして」

 

 

 

耳に残っているあの声が頭を共鳴しながらも、絢辻が送話口にようやく発する事が出来た言葉、留守電メッセージはたったそれだけだった。

 

 

―・・どうして。

 

 

―どうして?

 

 

鉛より重い公衆電話の受話器をゆっくりと置いて絢辻は誰も来ないバス停を後にし、賑やかで煌びやかに光る吉備東高校門への桜坂をひとり登っていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

―・・この私がお誘いに乗って上げたのよ?それをあの人が無下にできる筈が無いわ。

 

容姿端麗!成績優秀!品行方正!清く、正しく、美しく!

 

そう私は絢辻 詞。「あの」絢辻 詞なのよ!

 

あんなへらへら、ふわふわ、こっちがハラハラする程のお人好しには勿体ない逸材なのよ。

 

ま、所詮せいぜいあの人は・・。

 

 

・・あの人は。

 

優しくて。あったかくて。あの人の隣は居心地が凄く良い。その程度・・。

 

・・・。

 

 

・・なぜ?

 

私はなぜそんなに自分に自信を持てるの?

彼が来る保証なんてどこにも・・ないじゃない・・。彼がずっとそばに居てくれる保証なんて無いじゃない。

 

だって私は

 

だって私は

 

ホントは意地っ張りで、猫かぶりで、へそ曲がりで、皮肉屋で、強情で、打算的で

 

そして、何よりも、何よりも・・

 

 

 

・・愛された事も無い。

 

 

 

そんなわたしが・・何故そんなに自分に自信が持てるというの?なんで過信と自惚れにまみれた根拠のない自信に浸っていられるの?

 

いや、むしろ過信や自惚れならどれほど楽だろう。過信や自惚れなら自分の哀れさ、滑稽さに気付かないまま、知らぬ存ぜぬのまま幻想に浸っていられるのだから。

 

私のそれは・・「虚勢」。

 

気付いていながら・・解っていながら、それに目をそむけているだけ。

 

 

・・そう。私は絢辻 詞。

 

 

・・誰にも見てもらえない。たった一人。今も。そしてこれからも。

 

ずっと。

 

ずっと・・。

 

 

 

「・・バカね。私は何を期待していたのよ」

 

 

 

見上げた夜空、冬の澄んだ虚空に向かってそんな言葉をはぁっと吐く。

 

 

白の吐息はすぐに音もなく消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方

 

 

吉備東高創設祭会場にて―

 

 

―・・!?・・なんで?なんで来ないのよ!「あの」二人!

 

 

少女―黒沢 典子は奥歯を噛みしめながら腕を組み、満員御礼のメイン舞台周辺であの二人の姿を探していた。しかし、一向に見当たらない。他の実行委員達にもそれとなく捜させているが、あの二人と接触できた委員は今の所居ない、とのことだ。

 

―あ~~もう!気になって最初の舞台挨拶のスピーチも途中から忘れちゃうし何度も噛んじゃったわよ。どうしてくれるのよ!

 

八割方自分の到らなさが招いた結果とは解りつつも黒沢は内心そう毒づいた。

しかし、それを除けば全体的に今年の創設祭の進行はすこぶる順調だ。心配された来客数も例年かそれ以上。実行委員達も安堵と共にその来客に応えるべく程良い緊張感の中、一人一人慌ただしくも楽しそうに、同時頼もしく動いていた。その姿に一番安堵していたのは当の黒沢かもしれない。

 

―・・ねぇ。絢辻さん?貴方にはとても敵わないかもしれないけど中々のもんでしょ?この創設祭・・?だから、だから早く見に来なさいよ・・。源君と一緒に。

 

黒沢は少し不器用そうに優しく微笑み、純粋に絢辻達の来訪を心待ちにしていた。そんな彼女の下に―

 

 

「あ!いた・・!あの、黒沢委員長?ちょっと舞台前まで来てもらえますか・・?」

 

「・・何かトラブル?」

 

緩んでいた表情をきっと切り替えて黒沢は現れた後輩委員の話を聞く。

 

「ええ・・まぁ・・。ここじゃ説明が難しいので・・とにかく来てもらえますか・・?」

 

「解りました。行きます」

 

たったひとつの気がかりを振り払うように黒沢は促されるままメイン舞台前の待機場に向かう。そこでは舞台進行の裏方を務める何人かの委員が黒沢の到着を待ち侘びていた様に手招きしていた。

 

「あ。来た黒沢先輩!こっちです」

 

「何?トラブルって。ここで話して。あんまり近付き過ぎると舞台進行の邪魔になるから」

 

「先輩!いいからこちらへ」

 

「?何?」

 

「いいから!もっと近くに!」

 

「・・・?何よ一体・・」

 

 

「・・せーの・・えい!!」

 

「わわっ!!ちょっ・・おさない―」

 

がたん!!

 

黒沢が呼び出された実行委員三人に背後を取られた直後、背中をどんと押され、その勢いのまま舞台に躍り出た瞬間―

 

 

おおおおおおおおおおっ!!???

 

 

一斉に歓声が上がった。

 

「―・・・・でよ?」

 

不意に勢いよく背中を押されて乱れた髪をせかせか整え、黒沢は目を丸くしながら熱狂している舞台前の観衆を見回す。

 

―な、何よコレ!?一体!?

 

物凄い視線とスポットライトの熱気の中、黒沢は気圧されておどおどする。明らかに観衆は自分の登場に熱狂しているのだ。舞台進行役の実行委員が黒沢の混乱などお構いなく煽るようにアナウンスを開始する。

 

 

「待ってましたぁ!!!黒沢 典子実行委員長の登場です!!今日は・・なんとこの目の前に居るこのボーイが黒沢委員長?・・貴方に伝えたい事があるそうです!!レッツリスニィィィィング!!!」

 

 

「「「「おおおおお!!!!???」」」」←観衆

 

―ええええ!!!???

 

そのアナウンスと共に観衆から急かされ、友人らしいニヤついた男子生徒に「ほらいけよ」という感じで背中をつつかれ、追い出されるように一人の少年が躍り出る。

 

「・・・っ!」

 

緊張と同時、覚悟が固まった様な締まった表情をして黒沢をみていた。

この状況、雰囲気。・・どうやら「そういうこと」のようだ。

 

その後暫しの少年の黒沢へのアピールタイムが開始される。

正直、その少年が話していた事は非常に申し訳ないが完全にテンパっていた黒沢はよく覚えていない。しかし最後の締めくくりの言葉だけは流石に解った。頭にすっと入って来た。余りにも明確で単純で簡潔な、しかし力強い言葉であったからだ。

 

 

「黒沢さん!!好きです。僕と付き合って下さい!!!」

 

 

その一言と同時、メイン舞台周辺の観客達のボルテージが最高潮に達する。

 

視線も頭の回転の方向もぐるぐる定まらない中、カニが泡を吹くような不明瞭で曖昧な言葉達が黒沢の口からぶくぶくはみ出ては蒸発していった。黒沢が後に自分でも何を言ったかよく覚えていないその言葉達は奇しくもいつも通りの彼女らしく、正直になれないちょっと高飛車で遠まわしな言葉達だった。

 

「・・私には他にも色々やることがある」「・・構ってあげられないかもしれない」・・云々。

 

おいおいおいおいィ・・

 

何とも見ている観衆にとってはじりじりフラストレーションをためるはっきりしない言葉の連呼であった。しかし―

 

「・・・」

 

そんな黒沢の煮え切らない言葉も告白した当の少年はちゃんと一つ一つ受け入れて頷いていた。言葉は発しないが彼女から目をそらさず、きっちりした姿勢で。

ノリと勢いに流されてこの場に来た訳じゃない事が会場に居る誰にも解る誠実さを持っている少年であった。

そんな彼を前に取りあえずの取り繕いの数々の言葉を全て吐きだした後に言う事が無くなった黒沢は最後に―

 

・・にこっ

 

不器用に彼に向って覗きこむ様な表情で微笑んだ。素直に。

 

その笑顔の意味する所を観衆、そして黒沢の目の前に立った少年が即時理解できる程の可愛らしい素直な黒沢の笑顔であった。

 

 

 

 

―・・人を好きになるだけじゃなく。

 

 

時には人に好かれてみようか。愛されてみようか。

 

 

そして自分をもっと知ってもらおう。ズルイ所も良くない所も汚い所も。すべて。

それでも自分を「好きだ」と言ってくれる人なら、そして理解してくれようとする人なら私はその人の事をきっと好きになれる。人を好きになった事がある私なら今「私を好きだ」と言ってくれるこの目の前の子の事もきっと解ってあげられる。だって片思いの年季なら私、負けないんだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

・・おめでとう。

 

 

 

 

 

 

 

―・・・え?

 

どこかからそんな声が黒沢の耳に聞こえた気がした。かつては不愉快、不快にしか感じなかった「あの」声だ。

 

 

―・・・?絢辻さん!?

 

 

黒沢、今は彼女を必死で探す。創設祭メインステージの中央。ココが世界の中心かと見紛う程のふわふわとした言いしれない多幸感の中、全てを見通せそうな見晴らしのいいそこから必死で周囲を見回した。

 

・・だが―

 

 

終ぞその声の主、そして彼女の傍に居るであろう黒沢 典子がかつて想い、恋焦がれた少年―その二人の姿をその日、黒沢は見つける事は出来なかった。

 

 

 

 

第57期吉備東高創設祭終了―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 














吉備東高校


屋上―







・・・源君?


あたし幸せだった。





貴方に見つけてもらえて。



貴方に惹かれて。



本当に幸せだった。


わたし。


貴方に逢えてよかった。


だから。


これ以上もう・・・何も・・望まないね?






ふっと仰いだ吉備東の聖なる夜の空をいつの間にか舞い散る雪の下―




少しずつ、少しずつ。




一つ。また一つ冷えていく自分の体の中の僅かな灯を抱いた。












「・・ばいばい」














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