きたかぜとかめさん
むかしむかしあるむらにいっぴきのかめさんがいました。
かめさんの住むむらには可愛い姿と愛嬌のある性格で人気者のうさぎさんが住んでいました。かめさんはそんなうさぎさんがうらやましくてしかたありません。
そんなある日、かめさんはうさぎさんに競争を申し込みます。
「あの山の頂上まで競争だ!」と。
かめさんは頑張りました。
短い足をばたつかせ、例えうさぎさんが簡単に追い抜いていこうとも、行く先々でのんびりとうさぎさんが寝ていようとも足を止めること無く、こつこつ、ゆっくりと、しかし着実に。かめさんは必死でした。頑張り続けました。
でもどこかでかめさんは気付いてもいました。
そもそもうさぎさんにはかめさんと競争をする気が無いこと。そもそもかめさんの存在すらうさぎさん、そしてかめさんの村に住む者達には気付いてくれてもいないことも知っていました。それでも、かめさんは頑張るしかなかったのです。
自分の出来る事はただ「諦めず、少しずつ、ひたすら、こつこつと歩を進める事」。
それがかめさんにとって唯一の誇りでした。
そんなかめさんにも最近お友達が出来ました。
それはきたかぜさんです。
誰にも気付いてもらえなかったかめさんにもきたかぜさんは優しく、いつも傍に居てくれました。
必死で走るかめさんをそよかぜで優しく冷やしてくれたり、急な坂道を登る際、追い風になってかめさんの背中を押してくれたり、時にはかめさんに無理をさせないために優しい向かい風になってかめさんを止め、休ませてくれました。
木立の陰の下できたかぜさんの心地よい風に包まれてかめさんは何度も眠りました。
いつしかかめさんはきたかぜさんのことが大好きになりました。ずっと傍に居て欲しい、と思うようになりました。
でも何時も傍に居るとかめさんはまた気付いてしまいました。
そもそもきたかぜさんは「そういう存在」だという事を。きたかぜさんは誰に対しても優しい存在でした。
山の頂上にきて見下ろした時、その事にかめさんは気付いてしまいました。
きたかぜさんは―
ことりさんに春を告げ、あそこで寝ているうさぎさんにも昼寝を邪魔しないように優しく撫で、村の風車を回して村人達を助け、たんぽぽさんの子供たちを大空に運んであげていました。
きたかぜさんはかめさんにとって特別でした。たったひとりのお友達でした。
でも、きたかぜさんにとってかめさんは果たして特別なのでしょうか。
かめさんはとっても哀しくなりました。
ひとりぼっちのときよりも、誰にも気付いてもらえない時よりもっともっと悲しくなりました。
そしてこう思うようになりました。こんなことならお友達になんてならなければ良かった。
好きになるんじゃなかった、と。
そして寒い寒い冬が来たら、寒い寒い季節が来たらかめさんはとっても眠くなってしまうのです。きたかぜさんとは会えなくなります。
でもきっとその間もきたかぜさんは他の誰かを優しく、時にちょっと厳しくその風で包み込んでいるのでしょう。村の人達にも誰ひとり例外なく。
居なくなってしまったかめさんのことなんてきっと忘れてしまうでしょう。
そしてきっとほかの誰かを愛し・・また愛されるのでしょう。
・・かめさんだけを残して。
かめさんはまた誰にも見てもらえない。一人ぼっちになってしまうのでしょう。
―それならもう・・ずっと眠っていよう。
そう思ってかめさんは甲羅の中に閉じこもり、もう二度と目覚める事はありませんでしたとさ。
・・めでたしめでたし。