ぐれほわSHARK・T   作:GREATWHITE

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ルートT 二十三章 足音

時は現在―クリスマスが終わる直前の有人の病室に舞い戻る。

 

しんしんと雪が降り始めた屋外よりも更に零下の如く冷え込んだ空気の中、無言で俯いたままの絢辻の表情を病床の有人は目を見開いたまま、茫然とすることしか出来なかった。

 

―・・・。

 

一通り話は終わった。絢辻は有人が在る程度状況を理解したと判断し、無言で彼の様子を見ている。その証拠に有人は一言も発さない。実際は理解などしていないのかもしれないし、正直理解出来るものでもないのかもしれない。例え出来たとしても上手く言語化できないのかもしれない。

 

でも彼の「感覚」は告げているのだろう。

 

―私が「あの」絢辻でない事を。少なくとも彼の知っている「あの子」ではない事を。

・・・「あの子」が居なくなってしまった事を。

 

それを「自ら」告げる前に源君に気付いてもらえただけでも少しは「あの子」は報われただろうか?後は・・・「今」の私がやるべきことだ。あの子の「顔」、「声」・・全て同じの仮面の私がやるべきことだ。それは―

 

彼を守る事・・。

 

 

「・・どうしても源君には解って欲しい事が一つだけあるの」

 

「・・え?」

 

「・・『貴方には何の非も無い』という事・・。何せこんな状況だったんだものね・・責められるべきは多分『あの子』の方よ?」

 

 

相変わらず絢辻は他人事の様な口調を決して崩さない。しかし、それが今の絢辻は繕った物ではなく本当に他人事を話しているように見える所が恐ろしい。

背格好、見た目、声すら同じなのに実際全くの同一人物であるはずなのに「全く違うもの」と自分が認識しているという感覚に有人は戦慄を覚える。言葉など出る筈が無い。絶句している有人を尻目に絢辻は尚も淡々と言葉を紡ぐ。尚も他人事のように。

 

「『あの子は』・・自分を許す事が出来なかったんだと思う。貴方を疑った事・・自分を疑ったこと・・自分の中にある貴方を信じられなかったこと・・。『あの子』は一見いつも自信満々に見えて実は誰よりも、何よりも自分なんて信じていなかったの。疑い続けてたの。恐れ、怯え続けていたの。今回の事はそれが招いた自業自得の結果よ・・貴方が気に病む必要はないわ」

 

 

「御免・・」

 

 

ようやく消しっかすのようにか細く出てきた有人の紡いだ言葉はそんな最低最悪の言葉だった。自分の中で必死に理解しようと筋道を正し、どういう状況かを感覚では理解しても頭では理解しきれない故の混乱、自失状態の中、辛うじて今の彼に解るのは今の絢辻の状態の引き金になったのが確実に自分であるということだけだ。

 

でもどうすればいいのか解らない。どう考えても現状最悪の状態の絢辻にかける言葉等見つからない。

 

「御免」―

 

「ごめん」

 

「ゴメン」

 

文字通り「免れたい」。「許してほしい」。

この時有人はこの「御免」という言葉が実は謝罪した対象の為の言葉ではなく、他でも無い何よりも自分を守るための言葉である事を身にしみて思い知る。

しかしこうでもしないと有人まで完全に崩壊してしまうのだ。そうすれば絢辻の言葉をちゃんと理解することすらできなくなる。

今はただひたすらに。有人は自分を守った。そんな有人を更に「今」の絢辻は守ろうとする。

 

「源君?・・そんなカオしないで?・・本当に、本当に私、貴方を責める気は毛頭ないから。元々責める資格なんて無いわよ。『あの子』には。勝手に悲観して、勝手に怖くなって勝手に居なくなっちゃっただけなんだから」

 

暗い病室内にて必死で消え入りそうな灯を、光を灯すかの如く努めて明るく、絢辻はにっこり笑ってそう言い切った。少し物悲しさは配合されていても表情は明るく、笑顔は崩さない。あたかも何年も連れそった今ここに来られない「友人」の本意、総意を本人に変わって冷静に、しかし必死で、懸命に伝えているように。

しかしその光景は例えようもなく痛々しい。それでも尚今の絢辻は言葉を紡ぐ。

 

・・ただ必死に。

 

「こっちこそ本当にごめんなさい。貴方がこんな状態の時にこんな話をして。・・多分私も元気一杯の時の貴方がこんな訳の解らない話をされたら、ひょっとしたら強く責められるかも、罵られるかも、とか・・そう思ったら怖くて・・。だから今貴方がこんな状態の時に話しているのかも・・」

 

しゅんと頭を下げ、心底申し訳なさそうに視線を落とす。最後に消え入りそうに

 

「はは。ずるいね。・・私」

 

こう呟いた。そして有人に向き直り、またふるふると首を振る。「貴方のせいじゃない」と。

 

「本当に御免なさい。・・『私』の事はいくら責めてくれてもかまわない。だからお願い・・『あの子』の事は許してあげて?こう見えて私の方が『あの子』より強いのよ?」

 

―・・何せ私は「あの子」から生まれた絢辻 詞だから。あの子の数々の失敗、教訓を元にあの子が作った「仮面」なんだから・・。それが本人より「強い」事は当り前じゃない?

貴方の前だけに現れた、解き放たれた混じりッ気なしの「あの子」よりも、多くの他者との中で培った私の方が「人」の中で生きる分にはよっぽど強くて都合がいいのは当たり前・・でしょ?

 

ねぇそうでしょ?・・私。

 

 

「そ、んな・・・責めるなんて・・出来る訳ないじゃないか・・」

 

「・・やっぱり源君は優しいんだね」

 

苦笑いして微笑む絢辻の言葉に今の有人はまともに返す言葉が浮かばない。ただ今度は有人が振り切る様に頭をふるふると振って頭を抱えた。

 

 

―・・違う。これは決して「優しさ」なんかじゃない。ただただ自分が楽になりたいただの・・・ガキの言葉だ。

 

 

お互いにただひたすら自分を守るために二人は自分を責め続けた。・・・余りに悲しい光景であった。

 

 

 

 

「・・・。ごめんね。やっぱり私はもう貴方の傍に居ない方がいいかもしれない・・私の顔を見るたび・・『あの子』のことを思い出しちゃうでしょ?それで貴方が背負わなくてもいい、必要も無い罪悪感を与えちゃってるんだとしたらそれこそ・・」

 

―・・!そんなことない!

 

と、有人は即否定するつもりだった。

 

「そっ・・・!!・・・ぅ・・」

 

しかし出来なかった。実際有人は怖かったのだ。

 

絢辻であるはずなのに絢辻と思えないこの目の前の少女をこれ以上見ているのが辛かった。

そしてそれを引き起こしたのが紛れも無く自分の失態だという事実だ。

罪悪感は確かにある。しかし確実に心の奥底で存在するこんな自分もまた否定しきれずに居た。それは絢辻の言うとおり、「彼女を内心何処かで責めている自分」だ。

 

 

―だって・・・だってしょうがないじゃないか!俺は事故に遭ったんだぞ?意識無かったんだぞ!?二日近くも!

 

俺のせいじゃないぞ!?悪くないって・・俺は!

 

 

正論である。

 

客観視したのならば有人の中にあるこの言い分は至極まともだ。しかしそれが今の絢辻の言葉を即否定する言葉を遮ってしまう。

 

「正論、まとも」―この言葉で世の中すべてまかり通るのであれば苦労は無い。

 

結果二人の間に残されるのは後味のこの上なく悪く、苦い苦い沈黙である。残酷なこの冷え切った病室を包み込むまた暫くの重い沈黙。それを破ったのは有人ではなく・・・絢辻だった。

 

「くす・・」

 

相も変わらず悲しそうに笑っている。

 

「安心して?・・どうやら私にはそう時間が無いみたいだから。だからすぐに居なくなるから。・・貴方の傍から」

 

「・・・?」

 

その絢辻の言葉に有人は当然の疑問を呈そうとした。「一体・・どういう意味・・?」と。その言葉を―

 

 

 

コンコン・・

 

 

 

有人の病室のドアがノックされる音が遮った。

 

 

 

 












数分前―


コツ――ン

コツ――ン


消灯後の薄暗く、静かな病棟の廊下を切り裂くような鋭く、甲高い足音が響いている。


近付いていた。

迫っていた。

そして今、口を開けようとしていた。


今日この日この状況をまるでバタフライ・エフェクトの様に作り出したルーツとも言える存在が今の心のぽっかり空いた空洞に苦しむ絢辻の元へぬるりと浸蝕、そして飲み込もうとしている。


有人は今夜、己を知り、向き合い、そして同時・・・



出会う事になる。

彼独自の生き方によって生ずることが無かった、生まれる事の無かった存在に。初めての存在に。
端的にそれを至極単純な単語に言いかえるとするなれば、それは―




「敵」と言えた。





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