ぐれほわSHARK・T   作:GREATWHITE

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ルートR 5,6

5 少しずつ光の射す方へ

 

2-F 教室

 

今日も憮然とした表情で智也は自らの席に座り、特に何をするでもなく窓の外を眺めていた。

基本的に彼に話しかける人間はこのクラスには居ない。二学年に入って間もない一学期ごろは時折一年時につるんでいた少しヤンチャな連中が教室に顔を出していたが、時が経つにつれ、それすらも居なくなっている。

ここ数カ月彼に自らまともに話しかけた人間は別のクラスから来た古くからの知り合い梅原、杉内、そして幼馴染の梨穂子位だろう。

しかし・・今日は意外にも彼に話しかける一人の勇気ある少年がいた。

 

「あの・・茅ヶ崎君・・」

 

「ん・・?」

 

小さな目に小さな体、小さな声と三拍子そろったおおよそ智也に話しかけるとは思えない少年が緊張で目をぱちくりさせながら智也を見る。ちらりと見た智也に萎縮し、さらにその眼の瞬きが大きくなった。

 

「今・・ちょっと大丈夫かな」

 

「・・?いいけど。何?」

 

智也は最近どうにも初対面や良く知らない人間に対しての反応が我ながら褒められたものではないなと内心感じる。智也の素っ気ない反応に小さな少年の緊張は少し増したようだった。小さな少年は成瀬というこのクラスの創設祭の実行委員のメンバーである。

といっても自ら立候補した訳でなく、候補者の居ないクラスで断れない性格の彼が持ち上げられた形で着任することになった。

だがそれで腐ることなく彼なりに真面目に取り組んでいる。

このクラスに協力者が少ないのが少し悲しい所だが・・。

 

「この前さ・・創設祭の準備を手伝える人を募集したよね?」

 

「・・・ああ」

 

「それで・・その・・立候補者がいなかったからくじで手伝える人を選ぶ事にしたよね・・?」

 

くじで選ぶのは正直どうかと思ったが彼も苦肉の策だったのだろう。

クラスの一部から非難が上がっても「クラスの為だから手伝ってくれると嬉しい」と気丈に言いきった。この少年気は弱いが中々に芯はある。

 

「・・ひょっとして俺当たったか?」

 

「あ・・うん」

 

「・・そうか」

 

「勿論都合がついたらでいいんだけど・・」

 

成瀬の尻すぼみなお願いの言葉が続く。

 

「・・解った。今日か?」

 

「・・うん。いきなりでごめんね」

 

「何人ぐらいでやるんだ?」

 

「僕と茅ヶ崎君と・・実行委員の一年生で女子のあき・・京野さんっていう子の三人だよ」

 

「・・・」

 

―人材不足も甚だしいな・・・。

 

それ程の作業量を要求されない仕事ならいいんだが・・と内心智也は思ったがそうはいかないのが世間というものである。

 

放課後・・資材置き場。

「資材置き場」と聞けば聞こえはいいが要するに物置である。置かれた物は既にほぼ使えない状態の物ばかり。破損、大破した木材やら、劣化した廃材がほとんどである。

 

「・・ここをどうすればいいって?」

 

「・・。創設祭の当日にこのスペースを使って来賓の荷物の一時預かり所にしたいらしいいんだ。そこでここにある廃材を素材ごとに業者が回収に来る前に分けて欲しいって」

 

「要するにお片付けか・・」

 

―創設祭の準備と言うより都合のいい雑用係を任された感じだな・・。

 

まぁ愚痴っていても仕方ない。二人は作業を開始する。

 

「・・。ところで来るって言ってたもう一人はいつ来るんだ?」

 

「そろそろ来ると思うんだけど・・遅いなアイツ・・」

 

「・・・」

 

「あ、だ、大丈夫だよ。サボるタイプの子じゃないから」

 

「いや・・そういう意味じゃないんだが・・」

 

 

 

「すいませ~ん遅れました!幹夫先輩!」

 

 

元気のいい声と共に廊下を走ることなど屁とも思っていないであろう元気な女の子が資材置き場の扉を前にしている二人の前で急ブレーキをかける。

小柄な男子の成瀬を遥か下回る更に小柄な少女だが内包している活発さは智也、成瀬の二人を足しても到底賄いきれないだろう。

 

「・・この子?」

 

これまたお元気そうな子で。と、でも言いたげな眼で智也は成瀬に尋ねる。

 

「あ、うん!ア・・き・・京野いきなり呼びだしてゴメン。部活大丈夫?」

 

「いいんすよぉ!・・幹夫先輩のためなら!!」

 

遅れてきたちいさな少女はご機嫌そうに満面の笑みで成瀬に微笑みかける。・・・どうやら智也はまだそのきらきら光る眼中に入って無いらしい。京野と呼ばれた少女のみ違う世界に居る様だ。

 

「あ、えと・・今日手伝ってくれるクラスメイトの茅ヶ崎君」

 

「え・・は!すいません!よろしくお願いします!」

 

智也に気付き、背筋を伸ばして非礼を詫びる。彼女は根っからの体育会系だなと、内心智也は笑った。

 

「成瀬」

 

「はい?」

 

「二人は知り合いか?」

 

「あ・・」

 

ばれたかと言うように成瀬は少し気不味そうな顔をした。顔は逸らさないものの小さな目は少し泳ぐ。

 

「あ、幹夫先輩と私はウチが近所なんです・・先輩には昔からよく面倒を見てもらってその時から私・・って!きゃあああ・・って何言わすんですかぁ!!茅ヶ崎パイセン!?」

 

「・・」

 

―なんかもう・・色々解った。さぁもういいから作業を始めよう。

 

正直心地よい子だ。智也に対して何ら色眼鏡、警戒を抱いていない。愛情表現も真っ直ぐで素直な良い子なのだろう。

 

大きな少年、すこし小柄な少年、ちんまいが元気一杯の少女三人の作業が始まる。

 

「・・段ボールが無い?」

 

片付け、収納作業、回収業者に廃材を受け渡す際に必須の段ボール箱が無い。

 

「・・在るにはあるんだけど」

 

「結構残っていたんすが『嵩張る』って言うんで先日解体しちゃったんすよ・・で、今日急遽必要になったのにこの有様でして・・」

 

解体され、コンパクトにされた段ボールの束が資材置き場に最早ゴミの様に乱雑に置かれていた。

 

「・・まずそこからか・・」

 

「ごめん・・色々面倒が多くて」

 

「幹夫先輩が謝ることないっすよ。第一解体したのは幹夫先輩にここ片づけるように言った当の実行委員の連中っしょ?めんどくさいトコだけ人任せって都合がいいにも程があるっす!」

 

彼女は怒らない成瀬の変わりにプンスカ怒る。

 

「京野。いいから・・とりあえずまずは段ボールを組み立てることから始めよう」

 

少女を宥めながら成瀬は段ボールの組み立てに取り掛かる。しかし手元がおぼつかない。

 

「成瀬・・ガムテープの上からガムテープを貼っても貼りつかねぇぞ」

 

智也はそう言った。

 

「え・・」

 

「まず前使ってたガムテープを外せ。少々破れてもいい」

 

「う、うん」

 

「・・。役割を分けよう。えっと・・京野さんだったよな」

 

「はい!京野でいいすよ。茅ヶ崎先輩!」

 

「解った。君は成瀬が分けた処分するものとしないものを素材別に分けて作った段ボールの箱につめていってくれ。成瀬、彼女にその指示頼んだ。俺も出来る限り早く適当な数の段ボールの空箱作ってそっちの作業に回るから」

 

「・・うん!解った。じゃあまず捨てる物からいくよ。業者に処分してもらう分だけ先に作ろう」

 

「解った」

 

「了解っす!」

 

三人の共同作業は徐々に軌道に乗る。

 

「幹夫先輩!これって可燃物ですかぁ?」

 

「あ、それはダメ。こっちの段ボールに入れといて」

 

「あいよ!」

 

「成瀬・・段ボール足りてるか?」

 

「あ・・こっちにもう二箱欲しいかな」

 

「了解」

 

三人の作業は続く。その中で成瀬は思った。

 

―茅ヶ崎君って思ってた人と全然違うなぁ。凄く・・頼りになる人だ。僕なんかより。

 

そう思った瞬間二箱の段ボールが成瀬の足もとに転がり込む。早い。

 

「これで足りるか?」

 

「・・うん!」

 

 

 

 

 

 

「ん・・?」

 

2-Fで智也の担任を務める多野はその光景に訝しげにつぶやいた。

 

―茅ヶ崎?

 

智也がいかにも重そうな段ボール箱を片手間に乱雑にひょいひょいと廊下に叩きだしていた。

 

「・・おい」

 

「・・!あぁ・・。多野さ・・・、先生」

 

智也は汗を拭って目をそらす。

 

「茅ヶ崎・・お前何している」

 

一見すると不良生徒が何かをしでかしていると疑っている教師がその生徒を詰問でもしているように見える。が、多野にとってコレはあくまで自然な生徒に対する問いかけなのである。

 

「あ・・その」

 

「多野先生」

 

扉の前でバツが悪そうに立っていた智也の異変に気付いて成瀬が顔を出す。

 

「成瀬・・?」

 

「あ、すいません騒がしくて・・」

 

「・・ああ。資材置き場の整理を頼まれたのはウチのクラスの実行委員だったか・・」

 

多野も合点が言ったかのように頷きながら視線を智也に「なんだ・・堂々としていればいいだろう」と、でも言いたげに向けた。

 

「はい・・そこで茅ヶ崎君に手伝って貰っていて・・凄く助かってます」

 

「そうだったのか・・ご苦労だったな。怪我には気を付けたまえ」

 

「はい」

 

「・・」

 

少し多野は黙り込んだ。そして口を開く。

 

「・・この段ボールは何だ?」

 

「あ・・はい。これは今日処分する廃品です」

 

「・・。じゃあ中にあるそれは?」

 

「こっちは処分せずに保管するまだ使える備品ですが・・」

 

「・・君」

 

「は、はいっ!」

 

多野は教師の登場で作業の手を止めていた京野に突然声をかけた。さっき初めて智也に会った時の彼女と同じように背スジを不自然なほど延ばして返事をする。

 

「適当な紙とペンは在るかね?」

 

「へ?は、はい」

 

「内容物と個数を記入した紙を張っておいた方がいい。保管の際整理がしやすくなる。蓋を閉めてからでは後の祭りだぞ」

 

「あ・・はい!」

 

「で・・茅ヶ崎。この処分する廃品は何処で回収してくれる手筈になっているのかね?」

 

「・・来賓用の駐車場でですけど・・」

 

「・・台車がいるな。管理人室から借りてくる。待っていたまえ。それにあんまり乱暴に作業するな。私じゃ無くても何事かと思って他の先生の誰かが見に来るぞ」

 

「あ、有難うございます」

 

その感謝の言葉に反応せず、多野はさっさと行ってしまったと思うと二台の台車を用意してすぐに戻り、作業に必要な最低限の言葉しか発しないながらも手伝ってくれた。

そして台車を使い、半分程の処分する廃品を来賓用駐車場に運び出した時だった。

 

「む・・すまない。会議の時間だ」

 

多野は腕時計を覗きこみながら相変わらず事務的にそう言った。

 

「助かりました・・」

 

「多野先生有難うございました」

 

「どうも有難うございました!」

 

「・・台車は管理人室の前に置いておきたまえ。明日も三人とも遅れんようにな。創設祭の作業も大事だが本業の学業をおろそかにしては本末転倒だ」

 

素っ気なく事務的に多野は去っていった。相変わらず厳しさも交えた捨て台詞を残す所が彼らしい。そして彼と入れ替わるように回収業者の軽トラックが駐車場に姿を現した。

最後にこれに三十箱はある段ボールを積み込むのである。

 

「よっし!先輩方!後ひと踏ん張りです!やっちまいましょう!」

 

そう言って小柄ながら元気な少女は意気揚々と段ボールを持ちあげようとするが・・

 

「ストップ」

 

智也は彼女を静止する。

 

「・・はい?」

 

「ここはいい。成瀬、京野と一緒に資材置き場の整理しといてくれ」

 

「え、でも・・」

 

「あそこに残す物把握してるのお前だけだしこの荷物女の子じゃキツイよ。だからいい」

 

「・・」

 

「早くしろ。終わんない」

 

「解った。いこうアキ」

 

「はい・・」

 

―さてと・・。久しぶりに明日は筋肉痛かな。

 

そう思いながらYシャツを脱ぎ半袖クロTシャツ一枚に智也はなった。部活動に属していないとは思えない体つきに

 

「兄ちゃん・・何か部活動でもしてんのかい・・?」

 

軽トラから降りて積み込みを手伝おうとする若い男が思わず声をかける。

 

「いえ帰宅部です」

 

そう淡々と答え、一つ軽く十キロを超える資材を満載した段ボール箱を苦も無く智也は軽トラの荷台へ積み重ねていった。その作業中実に三回も「俺らントコでバイトしねぇか」と業者から勧誘をされ、その度丁重に智也は断る。

 

 

 

―ちょっと気になっている部活動があって・・入部迷ってるんすよね。また落ち着いたら考えてみようと思います。

 

 

 

翌日・・2-EHR

 

「出席をとる・・赤谷」

 

「はい」

 

「上元」

 

「はい」

 

「風間」

 

「はい」

 

「椎堂」

 

「はい」

 

「・・茅ヶ崎」

 

「・・・」

 

「茅ヶ崎」

 

「・・・はい・・」

 

「・・。よし」

そう付け加えて多野は出席確認を続けた。

威圧的な多野の出席確認によって張り詰めている教室がざわつかないまでも独特の狐につままれたような沈黙に包まれる。何故なら明らかに返事をした人間が智也では無かったからだ。

「代返」した成瀬は少しドキドキしながらも席に寝そべって反応しない智也を見て少し笑った。そして思う。今朝京野から貰った疲れの癒えるはちみつ漬けレモンを後で御馳走しようと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日以来、智也は度々成瀬の創設祭の作業を手伝っていた。意外な人物の参加に当初、2-Eの実行委員達は戸惑っていたが予想以上に真面目で要領もよく、頼もしい智也の姿におそるおそるながらも話しかける人間が増えて言った。

そして大概の人間は智也の印象を変えていく。

思った以上に真面目でかつ常識的な人間なのではないかと。

目に見えて周りを誰かが取り囲むようには流石にならないものの、彼らも智也の印象を改めつつある。智也もさすがに悪い気はしなかった。

これを機に人気者に、などとは彼は性格上全く考えない。が、少なくとも脅えと好奇の目が和らぐのはやはり気が楽だ。

登校するのが億劫で一時期少し遅刻が増えたこの2-Eの教室も悪くないと思えてきた。二学年に入り、梅原や杉内、源、そして梨穂子とも離れ、元から特に思い入れも無く過ごしてきたこのクラスがほんの少し居心地を変えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

6 鶴の一声

 

 

「よ~っす。茅ヶ崎居るか~?」

 

「失礼します」

 

「梅。杉。」

 

「茅ヶ崎 智也言語」を翻訳すると梅原、杉内の二人が遊びに来たという事である。

 

「やめい。・・・何かそれ丼物のサイズで呼ばれているみたいで・・」

 

杉内はその呼び名に少し複雑そうな顔をしてそう言ったが―

 

「「杉」は無いぞ。「松」はあるが」

 

真顔で智也に返される

 

「・・・・」

 

「はっはは!的確なツッコミだな大将!」

 

2-Eを訪ねてきた二人の友人を智也は彼らしく向かい入れた。ただ彼を訪ねてきた珍しい来客に向かいで智也と雑談していた成瀬は少し立ち位置を見失った。

 

「僕・・席を外した方がいいかな?」

 

「ん~?いんや?気にすんなって俺は2-Aの梅原、んで、こいつは杉内ってんだ。よろしくな」

 

「成瀬。こいつが絢辻さんに話通してくれたヤツ」

 

「あ。そうなんだ!この前はありがとう!」

 

もともと頼まれごとを断れないタイプの少年の成瀬は実行委員の一部の連中から面倒な雑用を押し付けられる事が多かった。

それ故その不満からか2-Eの実行委員メンツの足並みがそろいにくく、人数が安定しない悪循環に陥っていた。それを文句も言わず淡々とこなしていたのは評価に値するが流石に貧乏くじが過ぎる。そこで智也は梅原に相談したところ、彼の同じクラスで実行委員長を務めている少女、絢辻 詞を紹介してくれた。

 

智也は彼女に会って驚いた。まぁ大した女の子だと。

 

片手間程度に聞いてはぐらかされると思いきや積極的かつ、真摯に受け止めてくれ、仕事を振るだけであまり動かない一部の委員会連中の風紀と風潮をすぐに諌めてくれた。

結果2-Eの仕事量、質ともに改善されつつあり、まともな活動が行えるようになってきたのである。

 

「いいってことよ!」

 

気のいい少年梅原は相変わらず江戸っ子のノリで返す。

 

「成瀬君だったっけ・・コイツ案外何もしてないよ?」

 

杉内は戯れで茶々を入れ、

 

「・・そうだよな。絢辻さんのおかげが九割五分ってところか?」

 

それに智也も乗る。

 

「おい!俺の粋な計らいは一割にも満たない貢献だってのか!」

 

「そんなこと無いよ。本当に有難う梅原君。実行委員長の絢辻さんにもまたお礼言わないとね」

 

―・・。ああ~成瀬君・・。真面目だな~~コレはいい奴だな~。良い人すぎて損するタイプだわ~。気苦労が多そうだな~。

 

そう思いながら梅原はちらりと茅ヶ崎を見る。

 

―出来るだけフォローするよ。ありがとな。

 

少しだけ頷いて智也は少し笑った。内心智也に尊敬に近い友情の感情を抱いている梅原は久しぶりの智也の前向きな笑顔が嬉しかった。

 

「ところで・・今日は何でまた杉内が梅原と一緒に・・?」

 

「あ、そうそう。最近茅ヶ崎ってさ、茶道部に出入りしてるらしいよね?通い婚?」

 

「・・張り倒すぞ。で・・それが?」

 

「コレなんだけどさ・・茶道部の皆と食べてみてくんない?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

チーン

 

―・・本当に何でもあるなぁ。茶道部。

 

多機能型レンジまであるとは。まぁ先日の備品整理で判明した数々のいわくつきの備品達に比べたら、比較的あっても不思議ではない物のようにすら思える。馴れというものは恐ろしい。

 

「さて!今日は茅ヶ崎の差し入れとのことだが・・」

 

「せいぜい期待させて貰おうか・・」

 

そして相も変わらず三年のこの大事な時期にこの部室に堂々と居座る重鎮二人が智也にプレッシャーをかけてくる。

 

「わーい♪出来た出来た」

 

その二人とは対称的に呑気でほんわかとした声をあげ、梨穂子はレンジに駆けよっていく。

 

「梨穂子。熱いから気をつけろよ」

 

「平気平気~。・・・だあぁぁぁ熱い!」

 

「・・。だから言ってんのに」

 

「う~~ん飽きんわ~~梨穂っち。一生やってて?」

 

「・・あんこ~る。あんこ~る」

 

 

「や・り・ま・せ・ん!!あああん!!あっつ~~い!」

 

 

やれやれと思いながら智也は炊事場に梨穂子を連れて行き、暫く火傷した指先を冷水につけさせた。

 

指は冷えた。確かに腫れは引いた。

 

でもおかげで今度は梨穂子は顔の火照りを抑える事に少々難儀する羽目になった。

 

 

 

 

梨穂子の手当てを終えた後、一行は改めて試食会を開催。

 

 

 

「ほう!おでんか。いいね」

 

「ふむ・・」

 

「わーい。いい匂い!おいしそう」

 

コタツに入ったままおでんを囲むこの光景。学校の一室の光景とは思えない。

 

「・・・」

 

―・・一体何なんだこの部活は。

 

「・・?どうしたの智也?」

 

「いや何でも・・」

 

「ふむ・・市販の物ではなさそうだが茅ヶ崎・・お前が作ったのか?」

 

相変わらず独特のテンポの口調で飛羽は尋ねる。未だに箸をとらない所から見てどこか警戒している様にも見える。

 

―え。俺そんなヤバいもん持ってきました?

 

「いえ。俺の連れが『水泳部の創設祭にだすおでんの試作品だ。食ってみてくれ』って渡してくれたんす。感想が欲しいらしいですね」

 

そう言いつつ智也はファイルに挟まれたアンケート用紙を鞄から出す。書かれた質問要項も結構細かく、本格的な市場調査をしていることが窺える。

 

「ああ!『あの』水泳部のかい!それじゃあ期待できそうだね!」

 

「・・そうなんですか?」

 

創設祭に全く縁のない、興味も無い茅ヶ崎には縁のない話である。

 

「え。智也知らないの!?水泳部のおでんはすっごく美味しいんだよ。吉備東の伝統の味なんだから。その大根は天を裂き、竹輪は地を割り、卵は・・」

 

梨穂子は別の世界の住人になった。日本の伝統料理はいつ神話の存在になったのか。

 

「・・で」

 

「むぐ?」

 

語りに落ちる梨穂子の口をふさぎ、とりあえずはぎりぎり現実には居るはずの茶道部の先輩二人の話を智也は続けさせる。

 

「ああ。確かに美味いね。そんじょそこらの屋台に真似できるもんじゃないよ」

 

「確かに・・。去年出していたおでんも非常に美味であった・・」

 

「へぇ・・そうなんですか」

 

「・・しかしだ・・」

 

「はい?」

 

「コレは去年の物とは違うな・・塚原が作ったものではないのか?」

 

「すいません。作った人の名前までは・・塚原って人なんですか」

 

見ただけで「去年と違うもの」という事が飛羽に解る事に疑問や驚きを抱かない理解ある少年に智也も既に洗脳されている。

 

「塚原ってのはアタイらと同学年の女子水泳部の主将さ。・・『元主将』って言ってもいいかもね。まぁとにかく去年のおでんの味付けした子だよ。いや~あれは美味かったね!」

 

「・・先輩方と同学年ってことなら三年生ですよね?いえ・・俺の連れの話だと『後輩の子が作った』とか言ってましたから・・多分違いますね」

 

「何と・・後輩とな?」

 

「あんたと同級生の後輩って事は・・一年生かい!?はぁ~っ塚原も思い切った人選したもんだねぇ!」

 

「そう考えてみるとそうですね。一年生の子がこのおでんを・・大したもんだ。って・・え!?」

 

一通りの話が済み、視線を他の三人がおでんに視線を戻した時だった。

 

「もぐもぐ。んぐんぐ・・」

 

すでに梨穂子は一つ目の大根を平らげ、ゴボウ天に食指を伸ばしている。箸で掴まずぶっ刺している所に彼女の精神状態が如実に表れている。

 

「おいおい!ちょっと待ちな梨穂っち!・・もう食ってんのかい!?」

 

「ふらいんぐ・・」

 

「・・っくん!だって・・私そっちのけで皆楽しそうに話してますし・・?」

 

食い意地三割。嫉妬七割。

 

「あっははは・・悪かったよ梨穂っち。ほら、お茶ついでやるから機嫌直せ?」

 

「ほら・・竹輪だ・・あーんしろ・・」

 

「・・じゃあ頂きましょうか。ほら、梨穂子~卵だぞ~。美味いぞ~」

 

「・・ぶぅ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うん!おいしい!すごいなぁ・・コレ作ったっていう一年生の子!羨ましいなぁ。お料理上手なんだねぇ~」

 

梨穂子もようやく機嫌が直り、いつものように周りをホッとさせる幸せそうな笑みを見せる。梅原によるとそこが彼女のチャームポイントの一つらしい。いつもはいちいち梅原の嗜好にケチを付ける智也もそこは妙に納得がいく。

 

「・・うん。美味い。創設祭の日は寒いだろうし売れるだろうな?これだったら」

 

「そうだね~えへへ~最後の大根頂いちゃいま~す」

 

さっきの不機嫌は何処へやら。有難う。名も知らぬ杉内の知り合いの後輩に智也は内心感謝。

 

―おかげで梨穂子はこんなに機嫌よくなりましたとさ。

 

「・・お二方はどうですか?」

 

「・・・ふむ」

 

「・・・」

 

夕月と飛羽は黙りこくったままだった。

 

「・・先輩方?」

 

「む?ああ、そうだね。うん、美味い。確かに」

 

「・・」

 

含みのある言い方だ。

 

「だけどさ・・う~~んやっぱ塚原の作ったのと比べるとなんか違うんだよな~もうひと味ってゆうかさ?」

 

「・・そうなんですか?」

 

「ああ。まぁ試作品だから入れてる品目も少ないせいってのもあるんだろうけどね。出汁にもう一つアクセントが無いんだよ。牛スジとかいれたら出汁に深みが増すし、食感も他と違うもんだから入れても面白いと私は思うけどね」

 

「はぁ・・」

 

予想外だ。学園祭の出し物の料理にこれほど意見を出す女子高生が存在しているとは。

 

「・・まな先輩はどうですか?」

 

「・・瑠璃子と同意見だ。確かに美味い。良く出来ている。しかしこれは味付け云々よりもむしろ素材の問題かもしれんな・・肝心の大根の味がな・・。材料の仕入れ先は知らないが恐らく吉備東スーパーのものであろうな。惜しい・・」

 

「ふーん。そうなんですかぁ・・・?」

 

「・・・」

 

―凄い。凄いけどこの二人・・何か・・もう―

 

怖い。

 

 

「ん!?あぁすまないね。文句ばっかり言っちったみたいだけどこう見えて私ら水泳部のおでんは期待してんのさ。期待を込めての駄目だしって事にしといてくんな?」

 

夕月はニッと笑いながら先輩らしい気の遣い方をしてそう言った。

 

「解りました。伝えてみます。お二人の意見直接ここに書いていいですか?」

 

「いいのかい?悪いが伝えとくれよ」

 

「それで少しでも美味いおでん作りの役に立つのなら願っても無い事だ・・」

 

カリカリと智也が夕月と飛羽から貰ったアドバイスを書き込む中、梨穂子はじっと黙りながらも最後の大根を一口ずつ食べ、首をかしげていた。

 

「・・梨穂子。あんまり考え込まなくていいぞ。思った事言ってくれ」

 

「うん。大丈夫だよ。ふーん。先輩たちがそう言うんだからきっと正しいんだろうなぁ」

 

「『美味しかった』だけの率直な意見でもいいんだぞ」

 

「・・うん。そだね。じゃ!私の感想言うね」

 

「うん聞かせて?」

 

「このおでんね・・「優しい」味がした」

 

「ん?」

 

「へ?」

 

「・・ほう」

 

梨穂子を除く三人は眼を丸くした。

 

「それって味の感想?って言われたら困っちゃうんだけど・・そんな感じがしたんだよね。『美味しいものを作ろう!』っていうよりまず『食べてもらって喜んでもらおう』と思って作ってる感じがする。きっと作った子には食べさせたい人がいるんだと思うな~」

 

何とも梨穂子らしい感想だった。他の三人が暫く呆気にとられる。完全に梨穂子の時間の流れがこの空間を支配した。

 

「ぷ・・あっはははは!!そうだね!梨穂っち!アタイらの穿った知識や先入観よりもよっぽど大事だよそりゃ!うん!どんだけ味付けが上手かろうと、素材が良かろうとそれが無きゃ意味無いね!そりゃそーだ!なははは!」

 

夕月は心底楽しそうにそう言って笑った。飛羽もその意見に頷くように少し微笑みながら

 

「ふふふ。結論を出されてしまったな・・梨穂っちにはいつも恐れ入る・・」

 

「え?え?馬鹿にしてないですか~?ひどいです~」

 

「本気で褒めてんだって!あははは」

 

「ふ・・」

 

「じゃあ何で笑うんですか~二人共」

 

「・・ゴメン梨穂子。俺も笑った・・」

 

「む~・・・」

 

「・・。『鉄は熱いうちに打て』という・・梨穂っちの今感じたままの意見を今のうちに冷めないまま書いてやれ・・きっと参考にしてくれる」

 

飛羽はそう言って梨穂子の前にアンケート紙を出す。

暫くの間梨穂子は書くのを渋り、ふくれっ面をしていたが智也に無言で促されると渋々ペンを手にした。

 

数日後・・

 

 

そのおでんを作った水泳部の少女―

 

「・・ふふっ♪」

 

七咲 逢は就寝前に月明かりで茶道部が出してくれたアンケートを楽しそうに読み返していた。厳しい意見を受け止め、改善点を思案しつつも、その内の異彩を放つ一枚を見て手を止める。そこには丸く整った可愛い字が並んでいた。その文を書いた人間の性質を良く表している。

 

―すっごくいい人だろうな。

 

大人びた笑顔で少女は少しクスリと笑った。そしてその文に目を通す。

 

『とっても美味しくて優しい味がしました。きっと食べさせたい人がいるんだろうなぁと思いました。(私の勝手な思い込みだったらゴメンナサイ)創設祭も絶対食べに行きます。さらに美味しくなるとイイですね!応援しています。・・御免なさい。役に立たない感想で』

 

匿名のアンケートには名前は無い。しかし少女―七咲にはおでんを作る、そして更に美味しく作るための理由がまた出来た。この名も知れない誰かが喜んで貰う為に頑張らなければ、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

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