「君さ~『誰かに似てる』って言われたことな~い?」
「はい~?」
「ん~・・ま~いいや~まったね~?」
―
「・・・やっぱり似てるわ」
―
「やっぱり・・似てるわ・・有人君」
「・・・」
「詞ちゃん・・?」
「・・がう・・・」
「詞ちゃ―」
「違う!」
28 Roots ~元凶~
・・ワケが解らなかった。
「笑顔」が消えた。大好きだったあの笑顔が。
私の気のせいなのだろうか?いや、違う。確かに消えた。突然に。
どうして?どうしてなの?
―・・パパ。
少女―絢辻 詞は求め続けた。自分に間違いなく向けられていた「かつて」の物を取り戻すために。
それは―父が幼いころから自分に向ける無償の笑顔であった。
姉―縁がかつて「手に入れよう」とあがき続けたそれを今度は妹―詞は「取り戻そう」とし、皮肉な事に姉と同じ道を彼女は辿る。
信じられなかった。そして信じたくなかったから。
しかし―彼女はその道の過程、つまり成長の過程で気付いてしまう。皮肉にも元々聡明で在った為に彼女の理解は殊更早かった。むしろこの事実を知らぬまま生き続けていた方がよほど楽であったろう。それ程にこの事実は絢辻 詞と言う少女にとって屈辱的な事実であった。俗っぽい言葉を使えば「トラウマ」とも言える。
・・自分が体のいい姉の「スペア」であったことを。「代替え品」であったことを。
そして―
・・・もともと「愛」等存在していなかった事を。
しかし、先述したように妹の絢辻 詞と姉の絢辻 縁―この姉妹には決定的に違う面がある。一時的に、そして仮初めとはいえ「愛に包まれた」―少なくとも妹の詞自身はそう認識していた時期があった事だ。
姉の縁は一貫して終始冷たく突き放されていた一方、妹の詞には少なくとも自分を包む「世界が愛に包まれている」と認識、否、「誤認」するほど親に愛されていた「らしい」時があったという事実がある。
「元々無かった者」と「かつては持っていた者」―この差がこの姉妹の行きつく先を変える。
一度愛を得た者は自分に対するその愛が偽物であったとは認めたくないものだ。思いたくないものだ。
愛によって得られていた自分の幸福感が実は空しい虚構だったことになるのだから。
子供という存在にとってその屈辱は計り知れない。幼い子供にとって誰よりも認めてくれていると思っていた存在―親から実は「否定されていたも同然」という事実はつまるところ「世界に否定されていた」事と同義である。
その事実をすぐに受け入れる事は出来ない。否定する他ないのだ。そうでないと自分が壊れてしまう。だから詞は親に―あの父親に認めてもらう為の動機が遥かに姉より強かった。
自分への愛は確かに存在していたんだ。
虚構ではない。断じてない―そう確認するために。
―私が頑張れば、もっと頑張れば、きっとまた・・パパはまた「あの笑顔」でほほ笑んでくれるはず!だって、だって私は愛されているんだから!きっと・・きっとそう!
実際にはもう決して訪れないその日をただひたすらに待ち望んで彼女は走り続けた。姉と同様に努力し、積み重ね、実績を上げる。
それが「あの男」の思う壺である事を何時しか聡明な彼女は気付いていた。でも最早止められなかった。その度に彼女の冷静な部分がこう指摘する。
―・・何を貴方は期待しているの?
と。
でも気付いた時には彼女は世間で言う「立派な女の子」になっていた。
清く。正しく。美しく―明朗快活、成績優秀、容姿端麗。
即ち築き上げた仮面、彼女なりの抵抗の証。
それは何時しか彼女の顔にぴったり張り付いて一向に外れようとしなかった。その仮面の一枚下にあらゆる己の負の感情を覆い隠した。
屈辱、恥辱、憤怒、悲哀―そんな遣る瀬の無い、誰にも見せる事の出来ない本当の自分の声を。
でもその作り上げた「仮面」の下に多くの人は集まるようになる。あの父親に自分を認めさせる為に、また微笑んでもらう為に作り上げた仮面によって与えられる副産物。
多くの出会いは生まれた。しかし、彼女の虚構の仮面はそれと同じ数の多くの誤解と不理解を生んでしまう。
本当の自分、本当の彼女を誰かに知ってもらえる事はない。
それを諦観し、都合よく踏み捨て通り過ぎていく日常の中である日―
詞は「あの」笑顔に出会った。
最早期待もしていなかった、二度とこみ上げる事は無いと思っていた「あの」感情をもてあました。
その笑顔は良く似ていた。
幼い頃に大好きで飽きもせず、その笑顔の為だけにまとわりついた―小さい頃の自分にとって「世界の全て」だったあの笑顔に。
ざわついた。「あの男の正体、本性」を知ってからは最早嫌悪感すら覚えるかつてのあの男の笑顔が戻ってきた気がして。
でも逆に、
「あの頃」の愛を取り戻したような押さえきれない懐かしさを覚えて。
「俺は源 有人っていいます。初めまして。一年間よろしくね」
笑って手を差し出す。あの春の日、初めて出会ったあの少年の笑顔。
「元凶」―
その文字通りの「凶兆」を差す言葉は、常に闇の底で暗くねばねばと生理的嫌悪を催す形をしているとは限らない。
太陽の様な明るい光の下で
甘く。
優しく。
人を惹きつけて止まない魔力を時に持つ。
絢辻 詞という少女にとって美しく、懐かしく、心地がいい。しかし、虚構だったかつての真実、事実。
薄々それに感づき、見て見ない振りをし、同時どこかで理解しながらもその「元凶」を追い求め、恋焦がれ続けた少女の目の前に突然現れたのは一人の少年―
・・源 有人。微笑みのひと。
皮肉にも詞が生まれて初めて惹かれたその少年の笑顔は、今では彼女の中で愛憎入り混じったものになってしまった記憶の中の―
・・・かつての父親が彼女に向けた笑顔に良く似ていた。
だから彼女は出会ったその日すぐに―
この少年、有人に惹かれた。
「・・・。・・ふふ。一足早い自己紹介ね。私は・・絢辻。絢辻 詞っていいます。これから一年間よろしくね。源君」
源 有人―
絢辻 詞は彼を知って行く内に理解した。「あの男」のかつての笑顔も、今の彼の笑顔もまた―
・・・「仮面」であるのだと。
―・・ああ!!何て事!
寄りによって初めて惹かれた相手が皮肉にも今では最も嫌う男とよく似ているなんて!
ああ最悪。サイアク。
・・でも。
この人に認めてもらえれば―?受け入れてもらえれば―?
・・愛してもらえれば―?
私は実は本当に愛されていたのではないか―?
・・そうよ。頭ごなしにどんなに否定しても。虚勢を張っても本当の私は―自分を誰かに見て欲しい。私の話を聞いてほしい。一緒に居て欲しい。
・・・愛してほしい。
誰かに愛されたい。・・愛されていなかったなんて認めたくない。
だから。愛して。
・・・愛して。