ぐれほわSHARK・T   作:GREATWHITE

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ルートS 終章 Roots ~family song~

男は孤独だった。生まれた時からずっと。

 

 

「左京さん」

 

 

実の母親に「さん」付けされるほどの名家に生まれた。今時解りやすい男尊女卑の一家だったと思う。そんな名家に生まれ育ち、それに疑問を抱くことなく家に忠実、そして愚直であった彼の父親は尊大であり、自然その子供達、親戚も生まれた時から自分たちの表向きの社会的地位を自覚しているためか妙に攻撃的、というか他者を見下す傾向が強かった。

そんな家庭の中で特に自分を出すこともなく淡々と、しかしほかの子供たち、親類たちより秀でた能力を持っていた為、「変わり者」程度の家族の中の扱いでじっと男―左京は待ち続けていた。

 

この一家に決められた将来、決められた結婚相手、そして決められた人生から一人離反することを。

 

左京は幼少期より薄々気づいていた。この一家にそれほど先が無い事を。父親は必死で押し隠していたが一家が長年担ってきた事業が頭打ちでこれから先どんどん先細りになっていくことを。この一家と共倒れすることなど左京にとって我慢ならないことであった。だから一定の年齢に達し経済力、生活力、社会的地位、信用、コネクションがついたと同時に彼は暴挙にでる。

 

「一家の合意の上」ですでに婚約、結納まで済ませていた幼いころからの許嫁が居ながら出会ったばかりのまだ十代であった少女を妊娠させたのである。

当然面目をつぶされた父親は怒り狂い、幼いころから従順(そう思い込んでいた)であった息子の暴挙を許容することなく勘当を言い渡した。

既に落ちぶれた家の援助など必要の無い左京は粛々とそれを受け入れ、あっさり家を捨てた。

 

正直言うと左京にとって妊娠させる相手は誰でもよかった。どこにでもいる普通の女であれば面倒も少ない。相手がまだ十代の大学生であったのは流石に計算外であったが初対面、何ともさばさばとした気持ちのいい少女であったため、彼はその女性を選んだ。

 

長年の目的と一時の感情と勢い―そんな曖昧な組み合わせで。

 

こういう「人でなし」な点は「血は争えんな」と自嘲気味に左京は笑ったものだ。嫌い続けた一家の血が逃れようもなく自分にも流れているのだと思い知る。

そんな感傷的な思いも打ち捨て、左京は自分の目的のために利用し、「用済み」となったまだ十代の幼さ残る少女を呼び出した。どう転がろうと対応できる自信はあった。

 

この年齢、そして一時の感情とはいえ「自分ほど」の人間が選んだ相手だ。それにそれなりの大学に通っていることは知っていたし、受け答えもしっかりしていた。少なくとも「一定の分別」はついているだろう。まだ彼女が十代という自分の年齢、彼女の将来を鑑みれば結果は見えている。

 

おそらく堕胎が妥当だろう。

 

堕胎手術費用と手切れ金、そして「報酬」としてそれなりの金を渡せばどうにでもなる―そんな驕りともとれる上から目線と下卑た感情を抱えながら左京はとある人目につかない寂れた喫茶店で少女と再会する。

 

その日仕事での大事な会議を控え、「・・私にはあまり時間がない。申し訳ないが早速本題に入ろう」と前置き、ほんの十分ほどの時間の間に話を終わらせ、「一生会わない、お互いに関わらない約束」を左京は取り付ける腹づもりであった。

 

 

しかし―一回り年の離れた次の少女の言葉に天地がひっくり返った。

 

 

 

 

 

「・・左京様。私この子を産もうと思います。そして貴方は私と結婚して頂きます」

 

 

 

 

 

左京はその日大事な会議に出ることができなかった。それどころかあったことすら忘れた。

 

 

少女はその日既に自分が通っていた大学を中退し、今までの人生も将来も投げ出して左京の前に座っていた。

幼く柔和で、しかしもう「母親になる」という強い決意、意志をにじませたまっすぐな瞳に左京は気圧される。ここまで動揺したことは今まで彼の人生においてなかった。

 

「・・。・・ぐびっ」

 

まともに話ができるまで落ち着くのにアイスコーヒー三杯とお冷二杯を要する。このころから動揺すると彼は飲み物で気持ちを落ち着ける癖があった。

(一方彼女は「お腹の子供のため♥」と言って果汁100%のオレンジジュースを負けじと四杯ほど頼んだ。)

しかし、彼女を翻意させるために用意したありとあらゆる「好条件」を揃えた彼の言葉は全く以て彼女に通用しなかった。

 

「・・決めましたの」

 

愚直に少女はそう繰り返す。手詰まりになり、次第に弱々しくなる左京の言葉とは対照的に。

 

左京は困り果て、妙に高くついた喫茶店の五、六人分ぐらいはありそうな伝票をしゃくり上げ、生まれて初めてこれ以上みっともなくそそくさと逃げた。そんな彼を追うこともなく少女―紗季はテーブルの上で微笑みながら凛と彼を見送る。

 

「・・・♪」

 

彼の人生においてこれほど鮮やかで美しい少女を見たのは初めてであった。

 

自分の過去、今、約束された未来すべてから外れた直後のこの少女がその原因を作った張本人の男に浮かべている表情がこれ以上もなく美しかった。

 

 

そのまま彼女と合わせる顔もなく数か月が経過する。

 

一方的に金は送り続けた。堕胎費用と手切れ金と報酬すべての意味を込めて尚過剰すぎるほどの金を。けど一向に会う勇気は生まれない。何とも情けない自分の有様に頭を抱える。

 

・・気付けば四六時中彼女のことを、そして彼女のお腹の中にいる子供のことばかり考えている自分がいることに左京は気づく。あの後彼女がどうなったか、どうしたのか分からない。確かめる勇気も湧かない。

 

 

―彼女は今、どうしているのだろうか。やはり自分の若さを痛感し、子供をおろしたのだろうか。

 

彼女―・・・つまり私の子供を。

 

完全な私の自分勝手な都合で生まれてしまった命―

 

簡単に切り捨てようとした、向かい合おうともしなかった命―

 

もう既に喪われているかもしれない命―

 

・・・・!!

 

 

 

左京はその日再び大事な会議があったにもかかわらず会社を飛び出し、市内全ての産婦人科をしらみつぶしに車で回る。

 

 

奇しくもその日が彼の最愛の娘―紗江の誕生日であった。

 

 

最後に訪れた小さな助産院―そこにまだ名もついていない小さな小さな女の子を抱え、息も切れ切れ、乱れた髪、疲れた表情の左京を笑顔で迎え入れたあの少女―いや、「母親」になった紗季が居た。

 

 

「・・抱いてあげてくださいな。左京さん」

 

 

彼女にそう言われたがとても出来なかった。目の前の母親である紗季に比べればなんと今の自分は頼りない存在か。そんな情けない人間にこの子も抱かれたくはないだろう、と、左京は目を逸らす。

 

「・・ほら、左京さん?」

 

しかし尚も紗季は促す。一足早く人の親になった紗季が急かす様に左京を。お転婆な娘が照れ屋の父親の手を引くみたいに。

 

―・・・。

 

紗季に促され、ようやく恐る恐る左京は無言のまま生まれたばかりの赤ん坊に人差し指を伸ばす。その小さな小さな手のひらに向かって。正直まだ目が開いていない段階の赤ん坊でなければ確実に拒否られるほどのおっかない表情の左京であったが、生まれたばかりの娘はそんな「父」の指先を手探りに辿り、小さな掌でしっかり握る。

 

 

 

 

・・涙が出てきた。

 

 

 

 

―・・何というものを手放そうとしていたのか、自分は。あっさりと。何の感慨もなく。

 

 

この小さな手が男にとってかけがえのない至宝になることが決まった瞬間であった。震える指先を止められない。そんな彼の指先の震えを慰めるように掴む小さな娘の掌が温かい。

 

 

 

―・・この子のためになら何でも出来る。何にでもなれる。

 

 

 

そう思い、祈るように無言でただ俯いたまま嗚咽する左京の姿に向かってにっこり微笑み、紗季は―

 

 

 

「改めて・・私と結婚してくださいませんか?左京様」

 

 

 

・・二回目のプロポーズをした。

 

 

「貴方がこの子を放っておけなかったように私もあなたを放っておけません。だって貴方は・・いつもとっても寂しそうなんですもの。私でよろしければお傍に居させてくださいな・・」

 

 

「・・駄目だ。やっぱり君の申し出は断るよ」

 

「・・・」

 

 

プロポーズに対するあまりに冷たい拒絶の言葉を発した直後の男の顔が上がる。しかし、今の彼の表情は先ほどの言葉とはあまりに対照的に熱く、赤く染まっていた。照れ隠しのごとく少しの「えへん」という咳払いとともにこう切り出す。

 

 

「そして・・改めて私から言わせてもらいます。・・紗季さん。どうかこの子と一緒に末永く私と添い遂げてくれませんでしょうか・・?このような瞬間でしか自分の気持ちに気づけない情けない男ですが・・」

 

 

深々と左京は頭を下げる。

 

 

 

 

この日より左京、紗季、そして後日「紗江」と名付けられる三人の「S」は家族となった。そして歩み、奏でる事となる。

 

 

・・・ルート「S」を。

 

 

 

・・・何ともにぎやかで愉快な家族の唄を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





だからこそ―


左京は「あの男」を許せない。


なぜこうまで自分たちは違うというのか。

同じような人生を歩みながら。

同じ年齢でありながら。

近い年齢の宝物のように可愛い娘を得ながら。


―お前にもあったはずだ。この時の私と同じ様な瞬間が・・!!


なのに。



―・・なぜ「それ」ができる?



・・なぜそんな仕打ちができる!?



ある意味これは「同族嫌悪」なのかもしれない。一歩間違えれば左京もまた「あの男」と同じ道を辿ったのかもしれない。

しかし、似たような環境、似たような家族の風景を作った二人の男のたどった道は実際の所、あまりにも対照的であった。










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