ぐれほわSHARK・T   作:GREATWHITE

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ルートS 終章 Roots ~family song~ 2

「・・」

 

「・・」

 

ただ無言。ただ沈黙。記憶と思いの丈すべてを語った直後の中多父―中多 左京とその向かいに座りながらぴんと背筋を正し、彼の言葉を一言一句聞き漏らすまいと強く拳を握りしめていたひときわ小柄の17歳の少年―御崎 太一の二人を静かな沈黙が包み込んでいた。

 

「・・もう一杯どうかね?冷めてしまったが」

 

「・・。・・!あ・・。い、頂きます」

 

ふっ、と笑って左京がポッドに入った残り少ない紅茶を太一のカップに注ぎ込む。いつの間にかじっとりと汗ばんでいた両掌を隠すようにしつつ、太一は注ぎ込まれる紅い紅茶の澄んだ色を眺めていた。ゆらゆら揺れる紅茶の水面と一緒で太一の頭の中もまたゆらゆらまだ纏まっていない。

 

―・・・。

 

「何か言わなければ」とは思う。だが、やはり自分は部外者なのだということもまた痛感する。自分が目の前の中多父―彼にどんな言葉をかけてもすべてが筋違い、的外れのようになるような気がしてしまって今は言葉など出ようもない。しかしそんな複雑な心中を察したのか目の前の紳士は―

 

「・・。聞いてくれてありがとう。みさ・・いや、太一君。正直この話は今まで誰にも話した事はなかったんだ。紗江はおろか妻にすらない」

 

左京は何時になく優しい口調で微笑み、同時やや恥ずかしそうに眉をひそめて太一のカップに残りの紅茶を注ぎ込んでくれた。

 

「全て」は太一に伝えた。与えた。注ぎ込んだ。

 

「・・ふぅ」

 

その「注がれたモノ」をどうするのかは君次第だ、と言いたげに左京は珍しく疲れたように一息つく。その姿に太一は改めて自分に託されたものがこれ以上なく重く、そして大半の情報が自分という人間が「その情報を手に入れる人間」としてはこれ以上なく不適格であることを悟る。

 

しかしそれは解っていたことだ。この情報を本当に聞くべき、そして知るべき人間が居る。そして今の自分は幸運にもその人の下に行ける人間なのだ。伝えられる人間なのだ。それだけのことが今はとてもうれしい。ほんの数年前の自分では考えられなかったことだ。

 

―・・よかった。

 

本当に太一はそう思う。彼らと、そして彼と友達になれて。そしてまた本当に、本当に良かったと思う。

 

 

 

 

―・・紗江ちゃんに会えて。そしておばさんとおじさんに会えて。

 

 

 

 

あくまで聞かされた情報の内、確かに大半は太一のものではない。

 

そう。あくまで「大半」は。

 

一方で今の左京の話の中で確実に解ること、そして太一にとって他人ごとではない事は本当にこの目の前の男性が太一にとっても大事な可愛い少女、そして妻、つまり自分の「家族」を本当に、心から大事に思っていることの証拠である。

 

・・それ故に彼は苦しんできた。到底理解、そして許容できぬ仕打ちを目の前にして憤り、そして何をすることも出来ず忌避し、唾棄し、背を向けた過去を。

 

確かに他人事ではある。彼にとって絢辻家の姉妹達、そしてあの男との関わり合いもほんのわずかな時間の事であることも違いない。

だが、それでももう放っておけないのだ。この目の前に居る小さな少年が友人の一大事を放っておけなかったことと同じ様に。

 

例え他人事、他人の家族のこと、関わり合いの無い事、部外者である自分が茶々を入れることなどおこがましい事だとしても・・放っておけないのだ。

 

 

同じ年頃の娘を持つ一人の人間として。一人の父親として。だからすべてを話した。

 

 

「ありがとうございました」

 

 

「・・・」

 

「・・ふふっ、こう言うのがきっと正しいんでしょうね」

 

そう呟きながらすっくと立ちあがり、太一もまた一息ついて幼く笑う。

「僕が全部を受け取ることはできない、できそうもない」、でも「必要な分だけ貰っていきます」とでも言いたげに時間が経過しすぎ、少し苦味ばしった紅茶を僅かに一割ほど残し、かたりとティーカップをテーブルの上に置いた。それを理解したかのように左京も頷く。

 

「・・ご馳走様でした」

 

「・・。行くのかね。・・また来るといい」

 

「・・・!」

 

―・・・え。

 

初めてだった。太一が左京にこんな風に言われたのは。

いつも素っ気なく帰り際に「・・・今日が君がこの家に来る最後の日であることを願うよ」などと言った大人げない一方、妙にカワイイ悪態を付く彼を何度も見てきたからだ。冗談九割、しかし一割確実に拭い難い本音が見え隠れするあの悪態。

 

 

しかしそれほどに彼は娘が可愛いのだろう。愛しいのだろう。

 

 

太一もまた紅茶を一割残した。飲み干した九割をここに居ない友人の元へ今から届けに行く。そして残りの一割を・・またここに来るために太一は残しておく。

 

 

 

―・・僕はこの家族のことが好きです。

 

 

たとえまだ出会って間もないとしても。・・大切な人たちです。

 

今までいろいろ突飛なこともされた。怖かったこともあった。心底肝を冷やしたこともあった。だけどやっぱり僕はこの人たちが好きです。大好きです。

 

この家族の奏でる「歌」は・・・とても心地いいんです。

 

 

 

がたっ

 

 

『ちょっ・・紗・・ちゃ、ん・・ママよく、聞こえないわ~~~・・もうす、こしよ・・ってちょ~~だいっ!!』

 

『ま、ママぁあ!!・・お、重いよぉ!きゃっ、きゃあ!!』

 

 

 

「・・・ん?」

 

「・・・む?」

 

 

そんな声が廊下から聞こえてきた。はっきり言わなくてもわかるだろう。「奴ら」は聞いていやがったのだ。おそらく発案はあの悪戯な母親であろうが。

 

「きゃあ!!」

 

「あらぁっ!」

 

そしてお約束通り、応接間のドアが聞き耳立てていた二人の重さに耐えきれず、バガンと開き、悪趣味な母娘二人がどどっと雪崩れ込んできた。

 

 

 

二択開始。この母娘、やはり背格好、見た目ともによく似た二人だ―

 

 

「・・!!」

 

 

しかし太一は迷うことなく一直線に駆け出し、そのうち「一人」を選んだ。初めて「彼女」と出会ったあの日、吉備東高校の食堂で出会ったあの日と同じ様に。

 

 

「・・わっと!」

 

「きゃっ・・!」

 

 

・・今回もまた正解。でも正直中多母―紗季には悪いが多分、この先ずっと太一は自分が彼女と母親を見間違えないだろうなという自信があった。

 

 

「・・先輩」

 

「・・・」

 

あの日と一緒だ。この女の子はこれからずっとこの先このぐらいの大きさだろう。相変わらず頑張って毎日牛乳を飲んでいるようだが、残念ながら彼女の体のとある「一部分」を除いて成長は望み薄のようだ。

 

そして太一も同時にまた望み薄。きっと一生身長が160cmを超えることはないんだろうなと内心諦めの苦笑いする。

この童顔も、力の弱さも男にしては妙に高い声も変わらないんだろう。

 

でも―

 

今は出来ることがある。誰かに何かを与えることができる。伝えることだってできる。

なら誰かを支えることだってきっとできるはず。この手の中の小さな一人の女の子を支えられたらどんなに嬉しいだろう。誇らしいだろう。

この子を産まれた時からずっと守り続けてきた人たちに比べるとまだまだあまりに貧弱すぎる両腕であるが自分が出来ることはすべてやるつもりだ。

 

それにこの小さな少女は意外にも見た目ほどに柔ではない。ほんのわずかな時間でだれもが目を見張る成長を太一達に見せてくれた。

 

 

「・・立てる?」

 

「・・・へ?」

 

「立てるね?紗江ちゃん」

 

「・・は、はい!」

 

一瞬呆けたような表情を中多 紗江は見せたがすぐにパっと大きな瞳を見開いて姿勢を正し、衣服をしっかり整える。

 

「・・・っは!!(ぺこぺこ)」

 

ただ結局太一と左京の話を覗き見、盗み聞きしていた事への詫びなのかぺこぺこと頭を下げてしまう。しかしそんな相変わらずの所もまた可愛らしく、何とも「らしい」。

 

「・・・む~~また見破られちゃった・・。ほら見て貴方?わざわざ私紗江ちゃんと同じ服に着替えたのよ。なんっで~~~!?」

 

「紗季・・いい加減よしなさい。私も人のことは言えないが・・」

 

床の上で頬杖をつき、不機嫌そうに足をぶらぶらしながらぶ~たれつつ、口を尖らす妻―紗季に手を差し出しつつ、左京は大人げない今の妻の姿をいつもの自分と重ね、反省したような自嘲気味の口調でつぶやく。

 

―・・私も、いや、私たちも大人に、大人にならねば。・・な。

 

 

「・・・ふふっ♪」

 

そんな神妙そうな彼の手を少し幸せそうに、うれしそうに微笑みながらしっかり掴んで妻はゆっくりと立ち上がり、夫と共に小さな娘と少年のやり取りを暫く微笑ましく見守る。しかしー

 

 

「・・い~~えっ!私諦めませんわ!!『これと』、『それと』は別っっ!!」

 

 

結局堪えきれずに彼女もまた「らしさ」を全開に出す。

 

 

「・・もう好きにしたまえ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




三十分後―太一、そして中多 紗江の二人は家を出る。目的地は言葉に出さずとも皆解っていた車で

「送ろうかね?」という左京の申し出を太一は笑って断った。

ー「自分達」の足でいきます。

とでも言いたげな二人をせめて玄関先までと、左京、紗季夫婦は見送りに来てくれた。
正直まだまだ周りで見ている方が不安になるくらい一見頼りなさげで小さな小さな少年少女二人―しかしその姿は今や中多夫婦にとってこれ以上なく頼もし気、そしてどこに出しても恥ずかしくない二人であると確信している。だから左京は申し出を断った太一にこう声をかける。


「・・いってらっしゃい。気を付けて。二人とも」


「またいつでも帰ってくればいい。・・『二人』で」―そう言いたげにやさしく微笑みながら。


この玄関先、この場所こそ新しいルート「S」の「原点」、「Roots」。



今日この日。一つの家族に一人の小さな少年が新たに仲間入りする。


小さな小さな「S」―


「少年」、「小動物」、そして「新参者」―御崎 太一。


彼らは新しいルート「S」ー家族の唄を奏でる。



行ってらっしゃいー




行ってきます―





ただいま―





おかえり。











                            ルートS       完
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