これは梅原から御崎に連絡が行く前―有人と梅原、国枝三人の病室内の会話である。
「う~~む」
大体の事情を呑み込めながらもとある疑問を隠し切れない梅原が腕を組みながら唸り、こう呟いた。
「しっかしよぉ・・よっくよく考えれば何もそんなに協力者を求める事もないんじゃね?だってぶっちゃけ絢辻さんをここに連れてくるだけの話だろ?今から俺が電話してちょちょいのチョイって感じじゃねぇの?」
梅原の当然の質問が飛んだ。確かに彼女をここに連れてくるだけならば一見簡単なようにも思える。
「・・・」
国枝もそれに関しては無言のまま。特に異論はないようだ。確かに絢辻が吉備東をいずれ去らなければいけないことは事実だとしても、昨日の今日ですぐに身動きが取れないほどの状況にはならないだろう。現に今は12月26日、吉備東高校も冬期休暇に入り、一学生がほんの数時間乃至、数十分程度の時間をとることは可能なはず―そう考えていた。
「・・いや」
しかし「現状」の詳細、事の全てを知る有人にとっては梅原の質問はある意味愚問であり、内心明確に否定した。昨夜の絢辻との出来事を目の前で目撃していない人間にとってはピンとこない話だろうが、昨夜この場所に居た有人と絢辻の二人にとって次のこの言葉が共通認識だろう。
―有り得ない。「あの男」が許すわけがない。
まず十中八九、「あの男」はもう娘を―絢辻を有人に関わらせることをさせないだろう。
この時点で大した根拠は無かったが有人にはそういう確信があった。昨夜「あの男」がハッキリと有人に向けたあの静かな、当たり障りのない会話の中の僅かで、しかし苛烈で強烈な敵意の眼差し―それだけで十分だった。ハッキリと言外からこんな感情を感じ取れた。
―娘には金輪際近づかないでもらおう。理由も聞く必要はないよ、ただ忘れてくれたまえ。君と娘。いや、君と「私たち」とはそもそも生きる世界が違うのだ
・・身の程を知り給え。
ほんの二、三分足らずの、ほぼまともな会話は無かったといっても過言ではない「あの男」との邂逅、しかしそのほんのわずかな時間に濃密なほどに有人に浴びせられた強烈な「敵意」―それは同時に有人自身にも生まれて初めてと言っていい物を生まれさせていた。これもまた皮肉なことに「敵意」だった。
「・・無いよ。絶っ対させないと思う」
「え・・そなの・・?」
首を振って梅原の言葉を明確に否定する有人の―彼にしては珍しい強いその断言の言葉に思わず返す言葉を失う梅原に代わり、今度は国枝が質問をする。
「『させない』・・?絢辻さんがもうお前とは会うつもりがない、会ってくれないってことか?」
「・・。絢辻さんの方は・・。確かに確実に会ってくれる保証はない、かもしれない、ね?・・正直、さ」
弱気な表情をして視線を落とし、自信なさげに有人はそう呟く。しかし先程現に「絶対させない」と断言した際のニュアンスと今の有人の歯切れの悪い言葉、態度が全く辻褄が合わない。
「・・『方は』?って言ったか?」
「・・うん。そうだよ直。絢辻さんのことじゃない。絢辻さんの・・お父さんが、さ」
「へっ?そこで絢辻さんのお父さんが出てくんの?なんで?」
梅原はあまりに意外過ぎる有人の言葉を前に素っ頓狂に瞳を丸めるしかなかった。
「・・・」
一方、「絢辻さんのお父さん」と便宜上言った有人の言葉―それに含まれるこれ以上ない不穏さを国枝は感じ取り、押し黙っていた。合点は行かなくてもある程度雰囲気を感じ取ってくれた勘のいい親友の気遣いを前に有人はふっと表情を崩し、
「まさか・・自分の人生で『この言葉』を使うとは思いもしなかったな・・一生使うことないと思ってたよ」
と呆れたように呟く。当然梅原には意味が解らない。国枝は黙り込んだままだった。
「は?」
「・・・」
「あれ・・・『敵』だよ。絶対に妨害してくる」
「敵」―
ドラマや漫画、テレビ、映画で満ち溢れているこの言葉は元来、スポーツなどの「競技」を除けば普通の生活を営む一般人、とりわけ平和な日本の日常生活に使われる事は実はほぼない。
が、有人にとって「あの男」の存在は紛れもない「敵」だった。
自分のプライドを一瞬にして踏みにじり、また問答無用で絢辻を連れていこうとする「敵」。
有人という少年の普段のイメージ、生き方からははっきり言ってあまりにかけ離れている言っても過言ではない言葉である。が、「あの男」はまさしくそれに相応しかった。
そしてそれを裏付ける、そして有人だけでなくここにいる国枝、梅原にもある程度有人の思いを共有させる情報が届く。
数時間後―御崎 太一、そして連れ人として中多 紗江が来訪。
今全てが「集約」した。
29 集約
「僕が紗江ちゃんのお父さんから聞かされたのはこれで全てです・・これ・・何かの役に立つかな・・?」
病室の背もたれの無い、昨夜何時もより小さく儚げに見えた絢辻が座っていた丸椅子の上で今日は女の子の様な小さな少年―御崎 太一が頭を掻きながら苦笑いし、今朝中多父から伝え聞いた絢辻姉妹、・・そして「あの男」の話をし終えた。
しかし御崎はこの中多父―中多 左京から伝え聞いた話がどれ程今の有人たちの状況にどストライクな話題なのかはまだ良く解っていない。解るはずもない。だから申し訳なさそうに照れ笑いしながら誤魔化す。
「「「・・・」」」
何せ御崎の話を聞いた直後、有人はもちろんのこと、国枝、梅原の三人が現在、彼の目の前で完全に無言のカッチコッチのフリーズ状態となってしまっているからだ。
御崎は今にも「すんませんでした!場違いな話でしたね!僕帰ります!お邪魔しまっした~~!!」とか言って逃げ出したい気分だ。
「い、いきなりこんな話聞かされてもって感じだよね・・あはは」
そうひきつって笑う御崎を置いてけぼりになおも有人は押し黙ったまま、国枝も梅原もだ。「やばい。帰りたい」と御崎が思ってしまっても無理はない。
―うう・・なんだろう・・このものすっごい「やっちゃった」感。
「御崎ぃ・・?」
その中でようやく三人の内一人、普段一番多弁の梅原がやはり一番先に口を開く。
「は、はい・・?」
「お前さ。俺いつも思うけど・・な~~~んか『持ってん』な・・?」
「へ?も、『持ってる』って?」
―へっ?ぼ、僕もうお見舞いの品は渡したよね?つまらないものだけど!でも、でももう何も持ってませんって!ほら!?え!?ひょっとしてお金とか?「場違いな情報持ってきたペナルティ」とか!?「お前ぴょんぴょん跳ねてみろ」とか言われるの!?
お金なんてもうないって!!この前のクリスマス前のパーティーでスッカラカンだってぇ!!
真っ先に口を開いてくれたはいいが梅原の言葉があまりにも中途半端すぎる。御崎は気の毒な事この上ない。
「太一君・・」
びっくぅ!と背筋を伸ばしながら今度は有人の言葉に御崎は躍り上がる。
「は、はい!?・・・!」
「もう覚悟はできています。ヤキ入れてください!」と、言いたげに目を瞑った御崎の耳にあまりに意外な言葉が届く。
「・・ありがとう。おかげで決心が固まった。色々と。本当に、ホントに有難う・・・」
そう言って深々と有人は頭を下げた。
「え・・?う、ううん」
御崎はそんな有人を前に女の子みたいに仕草で胸の前で両手と、そして「よ、よしてよそんな」とでも言いたげに首をぷるぷる振りながらワタワタする他ない。
「御崎・・お前本当に凄いわ。梅原の言う通りホントに何か『持ってる』よ。・・おかげでこっちも色々と状況が解った」
最後に国枝も同調する。
「・・そ、そう?・・よかった」
まだ「半分」しか状況の解ってない御崎はまだおそるおそる怯えつつそう言った。彼には気の毒な事だが現状少し涙目ですらある。彼のタイムリー過ぎるファインプレイを当の彼自身が未だ理解できないという何とも悲しい状況はこれからもまだ数分間続くことになる。
そんな彼への感謝を終えた有人は今度は中多 紗江にも微笑みかける。
「なか・・いや、・・紗江ちゃんも本当にありがとう。そして紗江ちゃんのお父さんにもお礼を言っておいてほしい」
「ふへっ・・!?はっ、はひ・・」
そんな状況を少し離れた所で見、いざ御崎がピンチの時駈けつけようとして居つつも怯えが消えず、プルプル震えていた中多もまた涙目だった。
そんな彼女も今の有人の心底の感謝の言葉を前に心底ほっとし、同時安心と極度の緊張感からの解放からかふらふら、へなへなと腰が砕ける。
ーはぅう~。心臓に悪いですぅ・・。
「おっとぉ~~紗江ちゃんあぶぬわぁ~~いっ♪」
「わ。あ、ありがとうございます・・」
そんな彼女に「はいどうぞ~」と梅原が絶妙なタイミングで病室の丸椅子をあてがう。そして未だ緊張した面持ちで背筋を伸ばしながら忠犬のごとく健気に座る彼女の背後で「紗江ちゃ~~ん?リラックスリラックス~♪お?なんなら肩でもお揉みしましょうか~~?『さぞ』凝ってることでしょう~~?」と、言いたげに揉み手をしだす。が、明らかに「別の所」を揉みそうなので御崎はきっ、と鋭い視線で梅原を睨んだ。
―・・「触った」ら殺すよ。梅原君。
―ちぇっ。ケチケチすんな~~い。
そんな些細な日常のやりとりを経てようやく御崎の心根も平常に戻りつつあった。
そして御崎もまた安堵する。そして中多と視線を合わせ、お互いにやや疲れた瞳を緩ませ笑いあう。
―・・よかった。ちゃんと聞いてもらえたみたいだぁ。ホントに・・よかった。はぁ・・。
それほど今の病室は御崎の話を終えた後、異質な空間になっていたからだ。国枝はもとより既に梅原もまた雰囲気を元に戻している。
御崎から聞かされた内容をかみ砕き、国枝、梅原もある程度「理解」する。有人が「敵」と断言した意図を。そして思った以上に状況は一筋縄ではいかなそうな事を。
・・一方―
―・・・。絢辻さん。
有人は中多 紗江にもしっかり頭を下げてお礼を言ったのち、頭を下げた姿勢のまま眼鏡の奥の薄茶色の瞳を見開きながら無言のまま今はただ絢辻の事を考えていた。
今までの彼女のことを。彼女と過ごした日々を。
そして彼女がどのような環境で育ち、どんな想いで生きてきたか、そしてその一部を有人とのほんの短い時間の中で少なからず静かに送り続け、見せ続けた―
・・小さな小さな儚いメッセージ達を。
集まり、集約する。有人の中で。
絢辻 詞という少女が。
彼女は美しく、優秀で知的で。
そして―
・・コワレモノだった。