ぐれほわSHARK・T   作:GREATWHITE

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ルートT 三十一章 歩き出せ クローバー 1

 

 

 

―見たことのない女の子ね・・?

 

怪訝な顔で「ん~~っ?」と首をかしげながら、綺麗な黒髪に幼くとぼけた表情の可愛いらしい女性―絢辻 縁は下宿先のマンションのエントランス来客用のインターホンの監視カメラに映る一人の少女を眺める。

 

『あの~~絢辻さん。絢辻 詞さんはオラれますか?あ。その、ワタシは絢辻さんのクラスメイトの―・・』

 

インカムからくぐもった少女の声が聞こえる。しかしどことなく用意された言葉のように感じるのが自然なくらいの不自然な棒読みである。しかし―

 

「あ~~詞ちゃんのお友達かしら~?」

 

縁は疑うことなく簡単に受け入れる。警戒心より先に映っているのが妹と全く毛色の異なる少女で好奇心をそそられるという方が勝るらしい。

 

『・・・。は、はい!!そうでっす~~』

 

まだ名乗ってないんだけど~と言いたげに液晶画面に映る少女は困惑顔を浮かべながらもブイブイとぎこちないピースサインを送る。

 

「わぁ!詞ちゃんのお友達が来てくれるなんて嬉しいなぁ!それになんてかわいい子!わぁ~~♪うわ~~っ♪」

 

インターホンを通して自らのハイテンションを惜しげもなく見知らぬ来訪者に開放する縁。

 

「あ。いけない。申し遅れましたっ。私は詞ちゃんの姉の絢辻 縁です!!詞ちゃんがいつもお世話になっています・・かな?」

 

『あ。はい。こちらこそ~』

 

自分の名前を先に紹介するようになったことは進歩といえよう。しかし今回、縁は逆に相手の名前を聞くことをぽっかり忘れている。どこかやはり抜け落ちている彼女である。

 

ハイテンションのまま「詞ちゃんは学校ではどんな子ですか~?あなたのご趣味は?犬派?猫派?」・・などのずれた質問を矢継ぎ早にインカム通して聞いてくる縁に監視カメラ前の少女が益々困惑している時間が数十秒続いたのち―

 

 

「・・お姉ちゃん」

 

 

痺れを切らした「彼女」は姉を押しのけるようにしてずいとインターホンをのぞき込む。

 

―・・!本当に意外なお客さん。

 

と、言いたげに彼女は丸い大きな瞳をさらに丸めた。

 

 

絢辻姉妹の住むマンションの階下エントランスにて―

 

 

『え・・棚、町さん?』

 

 

「あ!その声は絢辻さん!?良かった!居たのね!?」

 

縁の一方通行過ぎるハイテンションに困惑気味な表情を浮かべて居た来訪者―棚町 薫はインカム内から響くクラスメイトのいつもの声に安心し、ぱぁっっと後光が差すような笑顔でカメラに向かって手を振り始めた。

 

『・・どうしたの?私の所に棚町さんが来るなんて意外だわ』

 

「あ、その、ちょっと事情がありまして・・そ、それよりもまず一つ聞いていい?っていういか一生のお願いなんだけど」

 

いきなりインターホン越しに重いお願いをしてくるクラスメイトもいるものである。

 

『・・・?な、なに?』

 

 

「・・・。ここさ!めっちゃ寒いの!!まずはい、い、いい入れてくんないかな!?そしてと、トイレ貸してくんない!?」

 

 

両手を寒くて擦り合わせているのか、それとも「お願い」のジェスチャーなのか曖昧な動作でカチカチ歯の根を鳴らしながら白い息と、癖のある髪を振り乱しながらそう言った。

 

来訪早々クラスメイトにトイレを借りようとする少女―棚町 薫。絢辻姉妹の住むマンションに襲来。

 

そして―

 

 

 

「・・いいじゃないか。早く入ってもらいなさい」

 

 

 

絢辻姉妹とは全く異なる、落ち着きはらった低い声がインターホン前に居る二人の姉妹の背後より響く。そして大きく、たくましくも綺麗に整えられた指先が姉妹二人を割って入るように伸びてきて何の躊躇いもなくエントランスの開錠ボタンを押す。階下の棚町 薫の目の前でガチャンと音が鳴り、エントランスのドアが開錠音を発している頃―

 

「詞。丁重にお出迎えしなさい。クラスメイトなのだろう?」

 

「はい・・わかりました。・・お父さん」

 

少しの間とともに娘―絢辻 詞はこくりと頷いて玄関先へ歩き出す。・・動揺を悟られないように自然な後姿を父―絢辻 孝美に向けて。

 

 

 

「ふぅ~~っ。おっす!絢辻さん!助かったわ~~めるしーぼーくー♪」

 

突き抜けるほどの尿意から解放された棚町が意気揚々とトイレから出てきたのをくすくすと笑いながら絢辻は向かい入れる。

 

「まさかいきなりトイレを貸すことになるなんて思いもしなかったわ。棚町さん」

 

「いや、あはは。・・面目ない」

 

恥ずかしさを振り切るようにお手洗い後、早々普段の彼女らしい爽やかさで誤魔化そうとしていたが絢辻は忘れず、そこをきっちり突いてきたので再び棚町は恥ずかしそうに頭を掻いて目をそらした。

 

「・・ふふっ。まぁそこまでにしときましょう。あ。でも棚町さん?」

 

「うん?」

 

「私・・言っておかなければいけないことがあるわ・・とっても大事なお話・・」

 

いきなり会ったばかりのクラスメイトに重そうな話が今度は絢辻から出そうな歯切れの悪い口調だ。思わず棚町も表情を引き締める。

 

「・・ん?何・・?」

 

が―

 

「・・・。ちゃんと手は洗った?」

 

 

「・・。『そこまで』って言っておきながら未だに引っ張る絢辻さんにどんびきよぉ・・」

 

「くすっ♪」

 

 

―・・・。

 

棚町は正直内心驚きだ。

 

確かに棚町は聞かされていた。他でもない国枝達から事の「全て」を。しかし、目の前に居る絢辻と普段の絢辻との違いを現状彼女ではまるで見出せない。何だかんだ彼女ら二人もほぼ丸一年間教室、クラス活動を共にしているのだ。友人と言っても差支えがないぐらい最近は交流があった。流石に「親友」とは呼べない間柄とはいえそれなりにお互いを見知っている自負は棚町にはある。しかしー

 

―本当にこれが・・その、「壊れた」状態?だっての?直衛・・。

 

国枝はこういう事で冗談を言うタイプではない。それは誰よりも彼女がわかっている。でもやはり今の絢辻の彼女の印象は普段と大きく異ならない。

 

―・・もう少し普段から絢辻さんと色々話しておくべきだったのかな?・・せっかくクラスメイトになれたのに。何だかんだ言って私も絢辻さんに何処かでカベ作ってたのかも・・ね。

 

と、少し内心落ち込む。

 

「・・?棚町さん?」

 

「・・・!あ。ごめん。はは~いきなりあったかい部屋入ったせいかぼ~っとしてた!」

 

「いいけど・・。今日のご用は?その手にある鞄がキーとなってはいるんだと思うけど」

 

棚町は心根、そして表情を入れ替え、本腰の用向きに入ろうとする。切り替えは早い。「蒸し返すんじゃないわよ」と言われそうだが突き抜ける尿意から解放されて余裕も出てきた。

 

「御明察。・・絢辻さん!!!本っと申し訳ないんだけど勉強教えて!!数学の追試があんのよ今度!!で、ついでに冬休みの宿題をちょっと手伝ってほしいな~・・なんて・・ダメ?」

 

国枝からの「依頼」プラス棚町本人のいくつかの「個人的事情」。完全に利害が一致しているために棚町はこの日、絢辻姉妹の居るマンションに来たのだ。

 

棚町の突然の要請に「仕方ないわね」と言いたげな困った顔で笑っている絢辻に棚町が満面のいたずらな笑みで返す中―

 

・・足音もたてずに既にあれは近付いていた。

 

 

「レディのお話中失礼・・」

 

 

―!

 

 

「娘の御学友でいいのかな?娘がいつもお世話になっております」

 

 

彼女達の下に極自然なタイミング、適度な声色を纏って「あの男」は挨拶に来た。

 

「・・あ。初めまして。いきなり押しかけて碌に挨拶もしないまま・・申し訳ありませんでした」

 

棚町は背筋を正し、礼節を弁えた態度で頭を下げる。職業柄切り替えは非常に速い。そして顔を上げると同時、目の前の紳士をのぞき込むように見上げる。

 

―・・ふ~~んこの人が・・絢辻さんの「お父さん」、か・・。

 

・・かっこいいじゃん。

 

・・「あんなこと」するようには思えないんだけど。

 

当然棚町は国枝達から「この男」の話も聞いている。もともと正義感の強い彼女にとって結構胸糞悪い、自分がもし父親にこんなことをされたとしたら直接鉄拳で返してしまいそうな話を聞かされた。

 

だからこそ棚町は初対面の彼に対して、ここまで他人行儀に程よく距離を置いた礼節を心掛けた。時々彼女のバイトする店に現れるいわゆる「うるさ型」の客に徹底的に終始一貫プロッフェショナルな対応で接し、隙を見せずに穏便かつスピーディーにあしらい、満足してお帰り頂く―そんな経験をしてきた彼女ゆえのスキルを発揮する。

 

普段の彼女ならクラスメイトや友人の親御さんに会うと大抵の場合直ぐに馴染んでしまう。一定の礼節を弁えながらも普段の茶目っ気を失わずに接するからだ。見た目こそ「くるくる天パ」と少々突飛とは言え、茶目っ気と礼節の匙加減、バランス感覚は良好であり、初対面の相手にいい意味で壁を作らない。

 

しかし今日に限って棚町は徹する。冷静に。極度なほどに節度を以て。あくまで今回の自分の目的は絢辻と「話をすること」だ。そして波風立てずに彼女と一旦このマンションを出ることだ。

 

目的はただ一つ。シンプル。大好きな国枝からの依頼を全うすること。

 

「有人と絢辻の再会」である。

 

 

 

「棚町 薫と申します。お邪魔しております」

 

「薫、君・・と、いうのか」

 

「・・。はい」

 

―・・!・・。

 

「・・。ん~~」

 

紳士は少し人懐こそうに目を丸めて棚町を見、やや考え込むように顎に手を添える。

 

「・・何か?」

 

「いや、失礼。まさか詞にこんなに美人なご友人がいるとはね。ふふ」

 

「・・・。嫌だ。美人なんて」

 

「所で・・薫君」

 

瞬時に砕けた口調が消える。今度はやや見据えるような視線、口調だ。

 

「・・。何でしょうか?」

 

「娘は忙しい。来ていただいて早々悪いがお暇を願えないだろうか?」―国枝達からの話を基にするとこれぐらいの対応を棚町は予期していた。しかし―

 

 

 

 

「・・・。トイレの後、手はちゃんと洗ったかい?是非ともおいしいお茶とお菓子があるのでご賞味いただきたいんだよ。せっかく娘の友達が来てくれたのだからね。いや、よかった。せっかくお茶を淹れたのにトイレだけを借りに来たのだったらどうしようかと思っていた」

 

 

 

 

「・・・!ぷはっ!」

 

思わず棚町は吹き出し、真っ赤な顔で破顔した。

 

 

 

「薫」

 

「薫」

 

「薫」

 

 

 

紳士はこう繰り返した。

 

普通の人間ならまず気付かないのであろうがこの男は気づいている。

 

何故かは分からないが、この突然現れた自分に対する警戒を押し隠しているつもりで残念ながら丸わかりの少女が初対面早々、彼が「薫」と名前で呼んだ時に奇妙なほど内面が無意識に揺れ動いているのを。

 

 

 

前日―

 

吉備東病院にて

 

「・・有人寝た?梅原」

 

「ん。何だかんだでアイツ実際のところ結構重傷だかんな。おまけに精神的にすっげぇ思った以上に参っていたらしい上に・・さっきの御崎からのあの話だろ?」

 

数分前、一通りの話を終えて有人はその場にいた国枝達全員に珍しく、すこし弱気そうに「ちょっと疲れた」と言ってほほ笑んだのち、目を閉じた。そして―

 

「くぅ~~っ。す~~っ」

 

「すぅ・・すぅ・・」

 

後から参戦し、有人たちに真実を伝えた御崎 太一、中多 紗江もまた病室の外の廊下のベンチにてチビ達二人、肩を寄せあい眠っていた。彼らも極度の緊張から解放された疲れがドッと出たらしい。

正直二人の功労はすでに十分すぎるほどであり、そんな二人の姿を微笑ましく国枝達は見たのち―

 

「・・。さて次は俺らがどうするか」

 

有人自身には最後に大仕事が待っている。それまで眠って英気を養ってもらうしかない。それを彼自身もわかっていて眠ったのだろう。・・来るべき時のために

それは詰まるところ国枝、梅原たちを有人が信用している証拠でもあった。

 

「ん。でも大将よぉ・・正直オメの言ってたさっきの感じでいいんじゃね?棚町に絢辻さんとこ行ってもらって連れ出してもらって・・棚町が絢辻さんとこに行く理由。実際結構リアルだろ?」

 

「・・まぁな。『ちょっとズボラなルックス、パッとしない微妙な成績、おまけに追試予定あり、長期休暇に出される宿題は基本休暇の終わるギリギリに開始するタイプ』・・『成績優秀で頼られる学級委員の鑑の絢辻さんのところに行く』理由としては十分だわな」

 

「お前・・棚町にはキッツイな・・」

 

「・・梅原。お前アイツに夏休みの宿題の手伝い頼まれたことないだろ?8月末に休み中遊びまくって真っ黒コゲになったアイツが笑いながらほぼ真っ白の宿題の教材を持って真っ白な俺の前に現れるんだぞ。トラウマもんだわ」

 

「・・苦労してんのな」

 

 

 

 

 

 

「で・・今の感じだとおめぇ不安なんか?棚町が絢辻さんとこ行くの?アイツあ~見えて何だかんだアタマいいし頼れんぜ?」

 

「・・知ってる。けどなんとなく・・今回は相手が相手だし」

 

「まぁ絢辻さんだしな。確かにお互いクラスメイトとはいえ棚町とは滅茶苦茶仲いいってわけじゃねっし。でもよ~?何だかんだ利害一致したら協力関係しける間柄だろ。あの二人は。ドッジの時も創設祭の準備の時もそうだったし心配するとこか~~?」

 

「いや・・絢辻さん自身じゃなくて俺が心配してんのは・・絢辻さんの親父さんの方さ」

 

「・・ええ?棚町とは全くの赤の他人だぜ?」

 

「・・・。昨日まで全く他人だったはずの有人が『あれ』だぜ。・・あの有人が」

 

「・・・」

 

そう国枝に言われると梅原は何も言えなくなった。

 

「・・それにさ」

 

「ん?」

 

「アイツ・・薫のやつは早くに親父さん亡くしてっからさ。結構年上の男に案外免疫無いんだよな。妙に憧れ、・・って言えばいいのかな。結構・・街中で娘さんと仲良くしてる親御さんの姿とか見てると俺たちの目盗んで羨ましそうにしてんの何回か見たことあんだよ・・俺」

 

「・・」

 

―あ~そういやこの前のパーティー・・紗江ちゃんとお父さんのやり取り・・じっと見てたような気すんな・・棚町のやつ。

 

「はっきり悪意とか敵意とか向けてくる解りやすい相手なら靡かないんだけど・・絢辻さんの親父さんは有人と御崎の話聞いた限り・・なんか・・なんとなく、な・・」

 

「・・・」

 

そこにやや国枝に個人的な嫉妬のような微妙な感情が相まっているように梅原には感じた。彼なりに死んだ人間に、ある意味このままずっと棚町の中にそのまま残り続ける存在に何とも言えない遣る瀬無さを覚えているのかもしれない。

 

―・・・オメ。変わったな。国枝。

 

 

 

 

そして現在―

 

―・・・。いい人そうじゃん。

 

実際に棚町はすでに国枝の予想通り、「あの男」―絢辻 孝美を受け入れそうになりつつあった。幼少の時父を失い、それ以降母の手だけを握って歩き続けた彼女が手に入れることが出来なかった感覚を疑似的にも覚えていた。

 

そして屈託なく笑うあまりにも聞かされた話からはかけ離れている目の前の絢辻の父親の印象のギャップに軽い錯乱状態に棚町は陥っていた。

 

 

 

・・・そう。あの男は今―「笑っている」のだ。棚町 薫に向けて。

 

 

 

実の娘には確かにこの男この数年笑いかけてはいない。しかし、この男「笑顔」という「道具」を当然失ったわけではない。

 

それどころかこの男は有人と同様かそれ以上の強固な、強烈な「氷の微笑み」を持っている。

 

そして―

 

「・・」

 

それを今、娘である絢辻 詞は隣で実際に「見ている」。かつての姉―縁がじゃれつく妹―詞に微笑む父親の光景を眺めていた時の表情と皮肉にも全く同じ表情で。

 

もう一人の自分を見失い、そして昨日有人とも別れを告げた直後の壊れかけ、宙ぶらりんの絢辻 詞にとって結局縋ることになるのは、頼りになる人間は現状この男しかいないのはまず間違いなく事実なのだ。そしてその男はー

 

「地位、経済力、知識、知恵、容姿、包容力」

 

凡そ人間の男女が生涯切望する人間的魅力をほとんどすべてを兼ね備えている男だ。

そして詞とは間違いなく血の繋がった親娘である事実。・・よくよく考えると娘としてこの父親に「愛されたい」と思うのが普通である。

 

根元的に「雄」、そして「親」、「父」として一つの「動物」、一つの「個体」として「この男」は優れすぎているのだ。

 

そんな存在が自分を見て笑うことなく、赤の他人に目の前で無償の微笑みを与えている。

棚町は意図せずしてその状況を現在、絢辻に突き付けて居てしまっている状況なのだ。

 

棚町と絢辻という少女は一見対照的でありながらどこか酷く似通ってしまっている面がある。結果状況は完全にすでに「この男」に支配されていた。

 

 

 

 

 

 

 

その時であった。

 

 

 

ピンポ~~~ン

 

 

 

「む・・」

 

 

 

「・・!はいは~~~い♪」

 

縁が新たなインターホンの呼び出し音にとことこ歩いていき、ボタンを押す。そこには―

 

 

『はぁ・・はぁ・・』

 

 

膝に手をついてぜぇぜぇとせき込む一人の少女が居た。

 

「???どなたかしら~~?っていうか、だ、大丈夫かしら~~?(^_^;)」

 

挙動がすでにおかしい少女に怪訝そうに縁は声をかける。すると少女は顔を上げ―

 

『すぇ・・すいませ~~ん。そ、その・・絢辻さんとととっ・・た、棚町さ~~~ん!?そこにいますか~~?遅れてごめんなさ~~~いぃぃぃ』

 

可愛らしい、そして間の抜けた声を出して栗毛でふわりとした癖っ毛の少女が太ましい体を揺すって心底申し訳なさそうに眉をゆがめた。世界中、約九割九分の人間が呆れてすぐに許してしまいそうな表情をしている。

 

「・・・??」

 

流石に「同属性」の縁も戸惑うほかない光景であった。そんな彼女におかまいなく新たに現れた少女は液晶画面内で再び挙動不審にもじもじし始める。

 

―・・・?

 

絢辻姉妹のマンションの一室がそんな状態で凍り付いている。新たに現れた少女の一挙手一投足に注目が集まっていた。

 

 

『あの・・すいません・・その、・・おトイレかしてくださ~~~~いぃ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

再び前日の吉備東病院にて―

 

「・・・。大体話は分かったけど」

 

「・・・」

 

「・・・え・・」

 

「なら簡単な話じゃね?梅。国枝」

 

「え・・・」

 

「・・?」

 

「助っ人を連れて行けばいいだけの話だろ?あの二人と同い年で『ぱっとしない微妙な成績』、『追試予定』、『休み末には宿題で泣きついてくる』・・おあつらえ向きの奴がいるぜ?」

 

 

腕を組み、国枝、梅原の話を無言で聞いていた、この「三人」の中でひと際体格のいい少年―

 

 

 

 

茅ケ崎 智也が確信めいた口調でこう言った。

 

 

 

 

「梨穂子を連れてけ」

 

 

 

 

―・・確かにアイツの頭は良くはない。喧嘩も口喧嘩も強くない。

 

 

だけど―

 

 

 

・・アイツに勝てるやつを俺は知らない。

 

 

 

 

 

 

 

じゃ~~~っ

 

 

 

パタン・・

 

 

「ふぃ~~っ助かりましたぁ~~皆さんは命の恩人ですよ~~」

 

少女は拝み倒す様に両手をすりすり目の前でこすり合わせ、憑物が落ちたような顔で微笑む。ものすごくデジャヴな光景が絢辻姉妹のマンション一室にて展開されていた。しかし一方で―

 

―・・・。

 

彼女のトイレが流された音と一緒にこの空間に籠っていた淀み、濁りが全て取り払われたような感じがした。そんな彼女に―

 

 

「・・ははは。トイレを貸しただけでこんなに幸せそうなカオをするお嬢さんに会ったのは初めてだ」

 

 

先ほどまでの淀み、濁りを引き起こした張本人である「あの男」は突然インパクトマシマシで現れた少女に先ほどの棚町と同じ様に笑いかける。

 

「うわは~~~っお恥ずかしいデス・・。・・すみません本当に」

 

本当に、心底落ち込んだ姿勢で新たに現れた少女はがっくりと肩を落とす。

 

 

「ははは。まぁゆっくりしていってくれたまえ。えっと・・」

 

「申し遅れましたっ!初めまして~~桜井 梨穂子と申します」

 

「わは~~っ」と言いたげな全くの屈託のない笑顔で桜井は目の前で微笑む紳士に返す。

 

 

 

―・・。これは。

 

 

 

・・手ごわいな。

 

 

 

そんな男の心象もいざ知らず。

 

 

「?」

 

 

桜井は瞳を丸める。

 

 

 

 

 

桜井 梨穂子ー

 

彼女という少女の周りは笑顔に溢れていた。それは他でもない彼女自身が常に笑顔であろう、そしてありたいと強く願っているからだ。

 

 

だからこそ彼女は靡かない。流されない。例え偽りの笑顔であろうと全てを包み込む。

 

 

 

 

 

「くすっ・・いいわ。絢辻さんに桜井さん。二人纏めて面倒見たげる!」

 

 

「・・棚町さん?それ私の台詞よ」

 

 

 

絢辻は微笑んで談笑を交えつつ二人を自分の部屋に招く。

 

 

 

 

 

「・・お父さん?レディの会話に立ち入るなんて無粋な真似、しないで下さいね?」

 

 

 

 

縁のその言葉に紳士は一切反応しなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

31 歩き出せ クローバー 1

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




棚町×桜井・・。

原作では個人的に何故か「タブー」的な印象があるんですよね。殆ど絡む機会が無い。
同い年のうえ設定上、中、高同じなはずなのに。

・・我ながら書いていてぞくぞくするねぇ。






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